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マスター:十三番
シナリオ形態:イベント
難易度:やや易
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/15


みんなの思い出



オープニング


 程よく焦げたソースの匂いが居間に充満していた。
 小日向千陰は背後から聞こえてくる2つの黄色い声に眉尻を下げながら3人前の焼きそばを炒めている。同居人の三ツ矢つづりが珍しく土日と連休を獲得したので、早めの夕食を摂ってさっさと休み、明日は映画でも行こうか、という話になっていた。

 ぴーんぽーん

 突然鳴ったインターフォンに驚き、千陰は豚肉を零してしまう。おっとっと、と呟いてから菜箸で摘んで口に運び、肩越しに同居人へ声を投げた。

「悪いんだけど出てくれるー?」
「軍艦軍艦ぐーんかん!」
「――ハワイ、ハワイ、軍艦……!」
「古の遊びに興じてないで出てよ! 今手が離せないの!」
「――……今、佳境……!」
「火ぃ止めればいいじゃん」
「それ以上文句言うとトリプルテールにしたりお夕飯がまっ黒焦げになるわよ!!」

 どんな髪型だよ逆に見てみたいよ。ぼやきながらつづりは渋々立ち上がる。
 まったく、と肩を落として調理を再開する。何本かは早くも焦げ付き始めていた。


「はーい」

 ――。

「あ、はい。そうです、けど」


「(参(サン)が敬語……?)」
 眉を寄せる千陰の横から五所川原合歓がフライパンを覗き込む。彼女はわたわたと瞬きをし、ちゃんと万遍なくかき混ぜるようにジェスチャーで指示した。
 はいはい、と手を動かす。気候とコンロの火の所為で汗ばんでいたのに、どうしようもなく背筋が冷えていった。この段階では、まだその原因は判らない。
 だが、やがて自分が背筋を凍らせる理由を頭の中に並べ、ありえそうなある一つの可能性を思いついた瞬間、軽い足音を立ててつづりが居間に戻ってきた。

「司書ー、お客さーん」
「こんな夕飯時に誰が――……」


「ごめんなさいね」

 と、澄んだ声。
 千陰は菜箸を落とした。

「でも、手ぶらではないから」

 両手いっぱいの荷物を掲げ、小日向万裏(まり)はにっこりと微笑んだ。




 お土産の饅頭を限界近くまで頬張りながら、合歓はキッチン、テーブルを囲む千陰と万裏を観察していた。
 つづりも平静を装って扇風機と戯れているが、視線は絶えず保護者とその姉に注ぎ続けている。

「(天使に中指立てた、あの司書が……)」
「(――いつも、賑やかな、千陰、が……)」

 完全に恐縮していた。文字通りの有り様だ。恐れ、縮こまっている。
 姉の万裏は彼女の前で、急いで淹れられたコーヒーで喉を潤した。
「ちょっと薄いわね」
「と、突然どうしたの……デスカ?」

「明日の夜、お祭りにいらっしゃいな」

「……は?」
「お?」
「――え……」

「三者三様ね」
「いや、突然お祭りって言われても……」
 言い淀んでからはっとしてカレンダーを振り返る。そして声を潜めた。
「っていうかお祭りって、もしかして隣町の……?」
 万裏は頷く。
「私の同級生が今年から責任者になったの」


「(――いくつ、なの、かな……?)」
「(それ多分絶対口にしちゃダメなやつだからね)」


「ちぃが居た頃もそうだったけど、あのお祭りは年々寂れていく一方だったでしょう? サクラを探してくれ、と頼まれてしまってね。この前のお返し、というわけではないけれど、こうして遠路遥々ご招待に上がった、というわけなの」


「(お祭りかあ……いいなー懐かしいなー)」
「(――映画……)」
「(あとでDVD借りてくればいいじゃん)」
「(――映画館……ポップ、コーン……)」
「(屋台のがいろいろ選べると思うよ。甘いのもしょっぱいのも)」
「(――!!)」


 無言で会話を続けるつづりと合歓に体を向ける。屈託のない笑みが浮いていた。
「あなた。そこの荷物開けてみてくれる?」
「あ、ウス……」
 頷き、つづりが一際丁寧に梱包された箱の封を解いていく。合歓はまじまじとその様子を眺めるばかり。千陰は小声で姉を呼び続けたが応答は貰えず、やがて上がったつづりと合歓の歓声にかき消されてしまった。


「おおー! 浴衣だー!!」
「――……っ!!!」


「聞けば、生徒さんと一緒に暮らしているって言うじゃない。
 いつもこの子が迷惑かけていると思って、私からのプレゼントよ。気に入ってもらえた?」

「はい! ありがとうございます!!」
「――あり……がと……!!」

「突然で本当にごめんなさい。お祭り、来てくれる?」

「――行く……行きたい……!」
「あ、サクラってことなら、知り合いとかも呼んでいいですか?」
「ええ、もちろん。みなさんでいらしてね」
「「はいっ!!」」


 微笑んで頷いてから、万裏はテーブルに向き直る。
 妹はテーブルに額を乗せて沈んでいた。

「仮にも保護者なら、いつでも背筋を伸ばしていなさい」
「参は私に絶対使わない敬語だし、伍(ウー)はもう着ようとしてるし……。
 どっちも色はバッチリだし……ていうか、私の浴衣がない……。
 なんでだろ、多分外堀が完璧に埋まってる気がする……あ、映画の前売り券がパァになった……」
「どうせなら喜んでもらいたいもの。学園の方にいろいろと、ね」

 ぐりん、と千陰の顔が上がる。

「……隣町のお祭りって、まだアレやってるの?」
「『ガチ納涼タイム』のこと? やっているわよ。あ、そっちも人手が足りない……というか、クオリティの向上と新しい刺激を、ということで学園の方たちに協力を依頼しているから」
「あんなのやってるから寂れるんだって前から言ってるじゃん……」


 ガチ納涼タイム。
 華やかな祭りの中盤にいきなり照明を落とし、魑魅魍魎に仮装した地元住民が突如練り歩いて外部からの来客を驚かす、という趣向のものだ。少しでもお祭りを盛り上げる為、土地に縁のある昔話を曲解して進めていた企画だったが、過疎化が進んだこともあって年々集客力は落ちていた。


 万裏はずい、と身を乗り出し、意地の悪い笑みを浮かべて見せた。

「ちぃ、まだオバケ怖いの?」
 小声で。
「……そ、んなわけないじゃない。私今年27になったのよ? それに、間に合わせとは言え保護者だしし」
 微かに震えた言葉尻に目を細め、万裏は身を引く。
「そう? なら、何も問題は無いわね。
 よかったわ、そこだけがネックだったから。無理を言っても仕方がないものね」
「……断るって選択肢、あったの?」

 万裏は眉尻を下げて半身になった。
 彼女の後ろ、居間には、頬を緩めて携帯を操作するつづりと、顔の前に浴衣を掲げてキラキラと目を輝かせる合歓。

「あの子たちに、『連れて行かない』って言えるの?」

 千陰は数回口をぱくぱくと動かしたが、やがて観念して、再びテーブルに突っ伏した。


リプレイ本文

●橋
「何処から見るか迷うで御座るなぁ〜♪」
 辺りを見回すエルリック・リバーフィルド(ja0112)の隣で、橋場 アトリアーナ(ja1403)がこくこくと頷いた。
「……エリーは何が楽しみですの?」
 エルリックは白い浴衣の袖をぱたぱたと振って考える。柄の金魚が泳いでいるように見えた。
「花火を特等席でのんびりと眺めたいで御座る!」
「……わかった」
「アトリ殿は?」
 言われて少し俯いて、胸の前で指を折り始めた。
「……わたあめ、チョコバナナ……それから……あ、林檎飴なの……」
 瞳を輝かせてアトリアーナは歩き出す。エルリックは置いていかれぬよう、慌てて彼女を追い駆けた。


 ひなこが笑って笑う栗原 ひなこ(ja3001)が広げる両腕に、藤咲千尋(ja8564)は勢いよく飛び込んだ。
 互いの姿を確かめる。浴衣はお揃い、白地に華やかな彼岸花が咲き誇っていた。髪型も揃えてきた。ひなこは右側に、千尋は左側にお団子をこしらえている。
「ひなこちゃんかわいいー!!」
「千尋ちゃんも可愛いー!」
「姉妹に見えるかなー!!」
「ねー! 見えるといいねー!」
 二人は目を線にして、語らいながら歩き出した。


 マキナ(ja7016)が声を上げて手を振った。メリー(jb3287)はそちらへ視線を送り、はっとして顔を上げる。手を振りながら東城 夜刀彦(ja6047)がこちらに向かっていた。
「お待たせ〜」
「いや、俺達も今来たところですから」
 あ、と夜刀彦が身を乗り出す。
「マキナさんの妹さんですね。初めまして」
 頭を下げる夜刀彦。つられてメリーも頭を下げる。
「えっと……あの……メリーなのです。よろしくお願いしますなのです……」
 友人と妹が挨拶を交わす姿に歯を見せて微笑むマキナ。
 だが、その裏では――

「(いいなぁ、こんな可愛い妹さん……あ、あれ? な、なんで笑ってくれないんだろう……?)」
「(こんな綺麗な人……お兄ちゃんとどういう関係なのかな……もしかして恋人!?)」

「よ、よろしくね?」
 戸惑いながら夜刀彦が手を差し出すと、メリーはマキナの陰に隠れてしまった。
 妹の行動にうろたえるマキナ。――の倍オロオロした夜刀彦が彼を見上げる。
「俺、なにか……した……?」
「俺っ娘なのです!?」
「っ娘って……メリー、東城さんは男だぞ」
「えっ」
 目を丸くするメリーを尻目に、背中を丸める夜刀彦の肩を叩くマキナ。
 そこへ小日向千陰が通りかかる。
「こんばんは、マキナ君」
「こんばんは、小日向司書。あ、妹のメリーです」
 どうも、と会釈。
「可愛い妹さんね」
「はい、自慢の妹です」
「!!」
 千陰はにっぽりと笑い、ハメ外し過ぎないように、と釘を刺して立ち去った。
「さて、そろそろ行こうか」
 夜刀彦に続いて歩き出そうとしたマキナの腕に妹が抱き付いた。
「お、おい」
「今日はずっとこのままなのです!」
「ホントに仲良しだね」
 元気よく頷くメリー。
「東城さん、お祭りの楽しみ方を教えて欲しいのです!」
「うん、いっぱい楽しもうね!」



●北側
 たい焼き、イカ焼き、林檎飴。物珍しさにすっ飛んで行く青毛のヒリュウ・チビとそれを追う地領院 夢(jb0762)。両方の襟首を久瀬 悠人(jb0684)がむんずと掴んだ。
「きゃっ」
「ウロウロし過ぎ」
「ご、ごめんなさい」
「食べ物なら買ってきたから――って、お前は早速食い付くなコラ」
 掲げたビニール袋に潜ろうとするチビを叱咤しながら持ち上げる。
「で、何食べる?」
「あ、じゃあお好み焼きを」
 その発想はなかった。悠人はぽりぽりとこめかみを掻く。
「……買いに行くか。今度はどこかに行かないように」
「はい」
 目じりを下げて微笑み、夢は目を付けていた屋台に走っていく。桜色の浴衣に咲いた花がひらひらと舞った。


 チョコーレ・イトゥ(jb2736)とヴァローナ(jb6714)は、初めて見るわたあめと器材に見入っていた。
「主人、コレはいったいなんだ? 食べられるのか?」
 もちろん、と店主。千切って二人に手渡す。ヴァローナは躊躇うことなく、チョコーレは物珍しげに眺めてから口へ運んだ。
「……ほう……これは……ふわふわしていて、そして、甘いな!」
「うん。美味しい」
「甘いものはよい。我が『しゅくめいのらいばる』にも土産として買っていってやるとするか」
 2人が綿あめを購入して受け取ると、背後から歓声が上がった。振り向くと、そこには人垣ができていた。


「負けないでくださいね、東城さん!」
「突っ走れなのですー!」
「ちょ、勝負とかしてないよ……ね?」
 豚串を頬張りながら五所川原合歓はこくこくと頷いた。
 二人の思惑とは裏腹にギャラリーは更にその数を増やしていく。パッと見華奢な二人が次々と平らげていく様子は圧巻だった。事実、合歓の食べっぷりを知っている月詠 神削(ja5265)でさえ普段を大きく上回るペースに苦笑を浮かべ、水無月 ヒロ(jb5185)に至っては開いた口を塞げずにいた。
「ど……どこに入っているんでしょう?」
「まあ、いつものことだ」
 言って頬を掻く神削。彼の胸に懸念をひとつ抱いていた。それは的中してしまう。
「せっかくの浴衣、汚すなよ、伍(ウー)」
「――(こくこく)……っ!!」
 頷きながら呑み込んでしまい、喉に詰まらせてしまう。胸を叩こうにも両手に持った食べ物の所為で動けない。お構いなしに叩いてしまえばせっかくの浴衣が汚れてしまう。
 見かねた神削が歩み寄り、お茶のペットボトルを手渡す。合歓は受け取るなりこくこくと呑み込むが良くならない。ヒロが献身的に背中をさすってみるが、効果は薄かった。
「あー……ちょっと待ってろよ」
 念を押し、神削は自販機を目指して駆けていく。ヒロは見かねて本部の人を呼びに走っていってしまった。
「――……〜〜っ」
 屈み込み、なんとか呑み込もうする合歓の前に水の入ったペットボトルが差し出される。
 受け取って勢いよく半分ほど飲み干すと、ようやく肉は喉を降りていった。
「……大丈夫か?」
「――う、うん……」
「そうか」
「――あ……あり、がと……」
 合歓が顔を上げると、秋月 玄太郎(ja3789)は目を逸らした。
「――……あ……」
「その様子だと、聞いているか」
 聞いていた。そしてその内容に玄太郎は強い後ろめたさを感じていた。どんな顔をして会いに行けばいいか判らず、そもそも会いに行っていいのか判らず、それでも気になって顔を見に来てしまった。
「――……ん」
 合歓は屈んだまま、手にしていたチョコバナナを差し出した。
「いや、俺は……」
「――……美味しい、よ……?」
 眼差しに押し切られ、玄太郎はそれを受け取る。チョコとバナナの甘い香りが鼻をくすぐり、思わず沸いたつばを飲み込む。それがなんだか妙に滑稽で、玄太郎は小さく笑った。
「君が食べるといい」
 玄太郎が差し出すも、合歓は一度断った。しかし再び口元に持ってこられると、合歓は口を開けて頬張った。



●南側
 神喰 茜(ja0200)と三ツ矢つづり、そして御堂・玲獅(ja0388)と桜ノ本 和葉(jb3792)はぶらぶらと祭を満喫していた。玲獅は白地に赤の曼珠沙華、和葉は紺地に桜、茜は黒い帯の映える薄紅色、つづりは金魚が泳ぐオレンジの浴衣をそれぞれ纏っていた。
「へえー、もういっこお祭り行くんだ」
「はい。締切も近いんですが、今日は息抜きということで」
「お体には気を付けてくださいね」
 なんか大変そう。ぼんやりしていたつづりの袖を、くいくい、と茜が引っ張った。
「ね、アレ取ってよ」
 茜が示していたのは射的の出店。伸びた指は並ぶ景品のひとつ、狐のぬいぐるみを指さしていた。
「得意でしょ? その……」顔を寄せて小声で。「……専攻的に?」
 つづりは悪い笑みを浮かべ、茜の手を取って出店に向かう。
「報酬はたこ焼きで」
「冷ましとくねー」
 弾を込めて片手で長銃を構える。一瞬で狙いを定めて引き金を引くと、飛び出したコルク弾はまるで予め定められていたかのような軌道でぬいぐみの眉間を射抜いた。
 こてん、と倒れた狐のぬいぐるみがハイタッチを交わす二人のもとに届けられる。つづりは受け取って茜に手渡し、茜はつづりの口にたこ焼きを運んだ。
「えへへ、ありがと」
「お見事でした」
「凄かったです!」
「どうってことないってば」
 と、ドヤ顔を浮かべるつづりらの背後で大きな歓声が沸き起こった。
 見れば、大きな熊のぬいぐるみが挑戦者に運ばれる瞬間だった。
「やったー!! よかったー!!」
「かっこいー! ほーれる〜ぅ!!」
 撃ち抜いた千尋と、彼女以上に喜ぶひなこが黄色い声を上げながら飛び跳ねていた。
 つづりの肩を茜が叩く。
「えーっと……どーんまーい」
「お気になさらず」
「こういうこともありますよ」
 つづりは手荷物を全て茜に渡すと、再び出店に赴いた。紙幣をドン、と置き、器いっぱいに弾を補充する。
「あ、チャレンジャーだよ」
「残り全部貰うからね」
「むー!! わたしも欲しいのあるのにー!!」
 千尋とつづりは片っ端から景品を撃ち落としていく。初めは遠巻きに見守っていたギャラリーも徐々に距離を詰め、ひなこが即席で始めた実況を聴きながら一緒になって楽しみだした。
 その最中で頭を抱えている人物がいた。桜木 真里(ja5827)である。彼は割と早い段階から二人に挟まれる形で射的に興じていたが、成果を上げられずにいた。
「凄いね、二人とも」
「あー!! 真里くんだー!!」
「あ、ウス。1人ですか?」
「こんばんは、藤咲、三ツ矢。うん、せめてお土産を、と思って――」
「三ツ矢って……えー!! あなたがつづりちゃん!!」
 つづりは首を傾げたが、千尋が恋人の名前を告げると大きく何度も頷いた。
「わたしもお土産もってかえるんだー!!」
「先輩も頑張りましょうよ。あ、弾どうぞ」
「でも、俺不器用だから……」
「いっぱい念じれば当たるよー!!」
 つづりが小さくずっこける。しかし千尋は彼女を気にも止めず、真剣な眼差しで次々と景品を獲得していった。当たりますように×∞。
「……参ったな」
 頬を掻く真里につづりが指導する。真里が言われたとおりに何度も挑戦し、ようやく可愛らしいぬいぐるみを獲得した頃には、既に両脇の2人の活躍によって棚はすっからかんになっていた。
 店主のギブアップ宣言を以て射的大会は終了となる。景品の山はみんなで分配することになった。一仕事を終えた千尋をひなこがなでなでし、張り切り過ぎてぐったりしたつづりに茜がかき氷を食べさせる。
「いやー、にしても獲ったね」
「やり過ぎた感が……あ、好きなの持ってってね」
「じゃあ、俺これ」
 と、ひょっこり顔を出した悠人がおもちゃのボールを掴んで頭上に放り投げる。キャッチしたチビが宙でころころとじゃれ付いた。
「あ、先輩」
「よう後輩。山賊みたいだな」
「ひっど。頑張ったのにー」
 苦笑いを浮かべるつづりが、悠人の後ろにいた夢に気が付いた。互いに小さく頭を下げる。
「初めまして、地領院夢です」
「三ツ矢つづり。初めましてー」
「浴衣、とっても似合ってますねっ」
「ありがと。夢もバッチリ似合ってるよ」
 向かいから愛らしい浴衣姿を眺めていた和葉が、不意に気が付いた。
「あら、御堂さんは?」



●橋
「(やはり……この手の空気には、慣れん、な)」
 自嘲気味に笑うアスハ・ロットハール(ja8432)に、
「おーい」
 低い位置から千陰が声を投げた。彼女の手前には黒夜(jb0668)が、奥には体のあちこちに包帯を巻いた影野 恭弥(ja0018)が同じ姿勢で並んでいた。
「ヒマなら一緒にダベらない?」
 アスハは少し逡巡してから寄ろうとした。が、僅かな抵抗が掛かる。見れば、女の子が彼の上着の裾を掴んで見上げていた。
「……もしかして?」
「……コチラに来て、子供作った、記憶は、ない」
 この事態に、南側から玲獅が駆け付ける。
「迷子ですか?」
「そのよう、だ」
「私が送ってきます。小日向さん、迷子センターなどはありますか?」
 千陰が離れた集会所の位置を示すと、玲獅は会釈、供の手を取って歩き出した。半ベソをかきながらてくてくと進む子供――に並んで、アスハも足を動かす。
「あら……」
「乗り掛かった舟、だから、な」
 玲獅は微笑。では急ぎましょうか、と、3人は並んで歩いていく。
 彼女らをぼんやりと見送っていた黒夜が、突然、
「……っ」
 と眉間を抑えた。千陰は目じりを下げて彼女の首の後ろをトントンする。
「……ん、サンキュ」
「私のレモン味も食べる?」
「てか全然食べてないな」
「あなたは怪我人なのにメッチャ食べるわね……」
 千陰のツッコミを軽く受け流し、恭弥はレモン味のかき氷を食べる。
 そこへチョコーレがやってくる。彼は両手に持った桃色と水色の綿あめを交互に減らしていた。
「おぅ、小日向殿。なんだかあまり楽しそうには見えないな」
「やっぱり……」と、黒夜がおずおずと切り出す。「あの姉さんがいるからか?」
「遭遇したら上手く口裏合わせないとな。見合いのこともあったし」
 千陰はふぅ、と息を吐く。
「お姉ちゃんもだけど、実は――」
 この祭に隠されたイベントを説明すると、チョコーレはほぅ、とあごを抑えた。
「なるほど、ガチ納涼タイムか……」
「へ、へー。なんか面白そうなことやるんだな」
「とは言え、所詮は作り物だろう?」
「……まあ、ね……」
 横目でチラリと恭弥を見る。素知らぬ顔でかき氷を食べていた。
 千陰が小さく物憂げな溜息をつくと同時、会場の照明が揃って目を閉じる。



●キタガワ
「――?」
 真っ暗になって真っ先に反応したのは合歓、そしてヒロだった。

 ――……ゥ……

「――!?」
 暗闇から聞こえてくる音に、合歓は身を強張らせる。
「ね、合歓せんぱい、こっちです!」
「(こくこく!)」
 頷く合歓の手を取り、ヒロは路地裏へ駆けていく。
「……何事だ?」
「さあ……」
 顔を見合わせる玄太郎と神削を余所に、事態は悪化の一途を辿る。

 わけもわからず逃げ出ていた合歓だったが、突然ヒロが手を離してうずくまった。
「う……っ」
「――?」
 呻くヒロに目を白黒させる合歓。
「――ど……どうした、の……?」
 合歓が恐る恐る声を掛けると、
「……せ  ん  ぱ  ぁ  い……」
「!!!!!」
 焼け爛れた(被り物の)顔に血(糊)を滴らせたヒロの頭が持ち上がった。




●ミナミガワ
 顔だけゾンビの集団はこちらにも出没していた。ヒロの提案で、運営委員や事情を知っている来客も一斉に扮装する手筈になっていたのだ。
 暗闇に突如浮かび上がり、取り囲んでくる不気味な面々。対するリアクションは実に様々だった。


 ヴァー……

「わあ!?」
 真里は頓狂な声を上げるが、仕組みが判ると
「……びっくりしたあ」
 と、柔らかく微笑んで胸を撫で下ろした。


 ヴァー……

「な、何?」
 驚く、というよりは何が起こったかを把握しきれずに和葉は狼狽える。
「え、あの、血が……び、病院に連絡を……」
 やや硬直して、いやいや、とゾンビが首を振る。
「え、あ……ああ、お化け屋敷的な!」
 ヴァー、と頷くゾンビ。
「なるほど……あ、ちょっとすいません」
 と距離を詰める和葉。まじまじと観察されながらメモを取られ、ゾンビは完全に硬直した。


 ヴァー……

「キャーっ!」
 チビを抱えて夢は逃げ回る。
「キャーっ! キャーっ!!」
 怖がるどころか楽しんでいるのだが、反応を喜び大勢のゾンビが彼女らを追い回し、夢は更にどこか明るい悲鳴を上げて走り回る。悠人は離れた位置でたこ焼きを頬張っていた。


 ヴァー……

「い゜やーーーーーーー!!」
「やーだーーーーーーー!!」
 大体同じ内容の悲鳴を上げながらひなこと千尋は逃げ惑う。本当に苦手なので全力で逃げようとするが、リアクションが面白いのでゾンビが集まってくる。結果、彼女らはゾンビの群れに完全に包囲されながら、隣町まで届きそうな絶叫を暫く上げ続けることになる。


 ヴァー……

「ん?」
 茜が行ったことは、鼻を鳴らして振り向いた。ただそれだけである。
 だが無意識のうちに殺気が乗ってしまう。ゾンビに扮した一般人は脱兎の如く逃げ出した。
「お化け平気なタイプ?」
 茜は頬を掻いて苦笑する。
「うん、作り物は別に」
「の割には結構な殺気だったけど」
「あはは、悪気はないんだよ、悪気は。参(サン)も平気?」
 頷いて焼きそばをすするつづり。
「今怖いのは司書くらいかなー」
「あー……」と茜は複雑な笑みを浮かべる。
「これは、どうかなー?」
「?」
 眉を寄せるつづりの顔を――


 たっゆん……


 と、左右から柔らかいものが挟んだ。
 一瞬で死んだ魚のような目になるつづりを、アーレイ・バーグ(ja0276)はその豊満な胸ごとたゆんたゆんと揺らす。
「はーいひんぬーツインテさん。おっぱいおばけですよー?(たゆん)」
「あ、はい。アーレイさんもいらしてたんですね」
「(そこ敬語なんだ)」
「お化けを怖がらない悪い子は胸を……これ以上小さくしたら抉れますね……どうしますか(たゆゆん)」
「一応、なんですけど、大きくするっていう選択肢は……」
「それは素材の問題なので……私にはどうすることも……ごめんなさい(ゆん)」
「はーなーせー!!」
 力任せに暴れるつづりの頭に一つの疑問が浮かんだ。あれ、肌の面積広くない?
 アーレイの力が緩んだ瞬間にすり抜ける。そして振り向き、つづりは目を丸くした。
「ちょ!? 服は!!」
「着てるじゃないですか。ちゃんとひんぬーにも見える生地で作ってきたんですよ?」
「そんな素材が存在してたまるかあっ!! てかそれ服!? ほとんど紐じゃん!!」
「はい♪ ひんぬーには絶対に着れない服ですよー」
「なんか羽織れえええええっ!!」
 何をやってるんだか。茜が顔を逸らした先、集会所の屋上には人影があった。


「げへへ……」
 エルレーン・バルハザード(ja0889)はニヤリと笑い、大きく飛び跳ねた。
 生温い風を全身で切り裂きながら変化していく。宛ら、彼女の心の形へ。
 即ち――



 \ホモーーー┌(┌ ^o^)┐ーーーッ!/



 騒然とする会場の中央で、和葉がはっとして振り返る。
「あれは……!」
 エルレーン……いや、┌(┌ ^o^)┐は和葉を見つけると、ころん、と無い首を傾げた。
 和葉は初めおっかなびっくり、やがて半ば以上の確信を抱いて手を伸ばし、┌(┌ ^o^)┐の頭を撫でる。

「ホモォ……」
「……はい」
「ホモクレェ……」
「同感です!」
「ホモォ!!」

 ┌(┌ ^o^)┐は前足で和葉を掴むと、ぐいと屈んで彼女を背中に乗せた。和葉は嫌がる様子もなく、むしろ喜色満面。
 こうして、浴衣美人を乗せた┌(┌ ^o^)┐が街中を飛び跳ねながら練り歩き始めることとなる。

 『四つん這いで爆走する白い生命体』

 奇しくもこの時、南側でも似たような現象が起こっていた。



●キタガワ
「どうした?」
 悲鳴に身を乗り出した玄太郎に、飛び出してきた合歓が遠慮なしに激突し、そのまま押し倒した。
 頭部を胸に潰されて軽い窒息状態に陥り身動きの取れない玄太郎と、何を下敷きにしたか把握できず尚もじたばたと暴れる合歓。その両者に溜息を落としてから神削が声を投げる。
「落ち着け、伍。……ってか、何があった」
「――あ……お、おば……!」
 首を捻る神削。彼の視界の端に、申し訳なさそうに路地から顔を出すヒロが見えた。当然、その仮装まで。
「大丈夫だ。オバケなんか居な――」
 言う神削とちょっとしゅんとしたヒロ、潰されたままの玄太郎と潰したままの合歓。
 それぞれの耳に――


「トウ……フゥ……」


 暗がりから声が届く。
 芝居がかった声に、しかし神削は聞き覚えがあった。
「……何をやってるんだ……」


「……トウフゥ……」


 顔を真っ青にして合歓が振り向く。
 赤坂白秋(ja7030)が幽鬼のように立ち尽くしていた。全身を真っ白いタイツに包み、頭には[・_・]の被り物。どちらにもべっとりと血(糊)が滴っていた。

「――っ!!」
 息を呑んで飛び起きる合歓。ようやく解放された玄太郎は眼鏡を直して状況を察すると、黙って導線を開けた。

 白秋……いや、[・_・]はゆらりと首を傾けると、四つん這いになった。
 図にするとこうだ。

 ↓

 ┌[┌ ・_・]┐

 そして両目を緑色に光らせ、絶叫しながら合歓に迫る。
 図にするとこうだ。

 ↓

 ((((((┌[┌ ☆_☆]┐<――ンンンドヴウフゥゥウウウウウウウウウッッッ!!!


「!!!!!!!!」


 イカ焼きを食べていたマキナが瞳を尖らせた。
「敵襲か!!」
 彼のすぐ横を泣き叫ぶ合歓が駆け抜け、[・_・]が猛然と追い立てる。
「……あの所業、許せねえ!!」
 瞬く間に臨戦態勢を整えたマキナを夜刀彦が慌てて羽交い絞めにする。
「ぅわー! マキナさん違ッ、それ敵違ッ!! いや、俺もちょっと迷ったけど!!」
 説得に応じず、鼻息を荒げて猛るマキナ。今にも飛び掛かりそうな勢い――
「しっかりしてよ、お兄ちゃん!!」
 だったが、メリーが腰の入ったボディブローを鳩尾へ的確に叩き込むと、プルプルと震えながらその場に屈んだ。


「……あれ、ひょっとして捕まったりしませんか……」
「それは流石に……いや、どうかな……」
「一応、追うか」
 髪を手で直し、玄太郎が歩き出す。彼の後に、不安げな表情を浮かべたヒロ、首の後ろを揉む神削が続いた。








●ハシ
┌(^o^ ┐)┐=3<ホモオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
ンドヴウフゥゥウウウウッッッ!!!>Σ=┌[┌ ☆_☆]┐



「……なんだ、あれは?」
「あ、戻ってきた」



ホモオオオオオオオオオオオオオオオッ!!>Σ=┌(┌ ^o^)┐
┌[☆_☆ ┐]┐=3<ンドヴウフゥゥウウウウッッッ!!!



 千陰はゆっくりと紫煙を吐き出すと、頭を抱えて俯いた。
「人の地元でなんてことを……」
「お、おい……泣くなよ、小日向」
 慰めようと黒夜が手を伸ばした瞬間、彼女の首筋に冷たいものが触れた。
「――っ」
 ぐい、と袖を掴まれ、千陰もつられて目を丸くする。
「え、どうし――」
 続いて千陰の首元も冷たいものが撫でる。
「ひゃあっ!!」
 叫んで黒夜にしがみつく。
 隣に掛けていた恭弥と向かいに立っていたチョコーレに、橋の手すりの向こうから、雫(ja1894)が口元に指を立ててサインを送る。二人ははいはい、と目を逸らした。

 ちりん……

 寂しげな鈴の音。一層体を強張らせる二人に、雫がほぼ零距離から呟いた。


「姉」


 ピンポイントで恐ろしい単語を囁かれた二人がバッと距離を取って振り返る。
 そこには髪を前に垂らし、手にした懐中電灯を顔の下から照らして、黒夜をまじまじと見つめる雫がいた。
「ウチかよ……」
 跳び退くように立ち上がると雫がついてきた。下がれば下がっただけついてくる。たまらず黒夜は走り出し、その背を雫がひたひたと追いかける。うっかり転びそうになる黒夜を見て、チョコーレがやれやれと後を追った。
 溜息をつく千陰に、恭弥が小さく噴き出した。
「天魔に比べたら大したことないだろ」
「雰囲気と不意打ちがダメなのよ……」
 まあ波は去った。と思いきや、

 ちりん……

「っ!!」
 短く笑う。
「そんなに怖いなら俺の後ろに隠れてろよ」
「こっ、怖くなんか……」

 ちりん……

「……誰にも、言わない?」
「ああ」
 戻ってきた頷きを確認すると、千陰は腰をずらし、恭弥にぴったりとくっついた。
 それと同時、地面――橋に白いものが浮かび上がる。
 ヴァローナだ。彼女は鈴を鳴らしながら頭から浮かび上がり、くりん、と顔を向けて嗤った。
「〜〜〜〜!!」
 悲鳴を堪える千陰を見て、恭弥は彼女の手を強く握った。
 安心させるように、しっかりと。






●ミナミガワ
 [・_・]が侵入してくると、南側は混沌の極みに達した。
「――ンンンドヴウフゥゥウウウウウウウウウッッッ!!!」
「とんでもないものが……」
「……豆腐先輩?」
「間違いありませんね」
 茜らはまだ落ち着いている方で。
「やーーだーー!! またなんかきたーー!!」
「ひなこちゃん!! どうしようひなこちゃん!!」
 パニックに陥る二人の前で合歓が転んだ。この隙に[・_・]が飛び掛かる。
 カエルのように飛び込んでくる白タイツは彼女らの恐怖心を存分に煽り尽くした。
「来るなーーー!!」
 叫びながらひなこが極小の流星を降らせた。それは全弾[・_・]の背に降り注ぎ、地面へ強かに叩き付けた。
 そこへ半泣きになった千尋が駆け込み、戦利品のひとつである木彫りの置き物を[・_・]目掛けて振り降ろした。
 べこっ、と音を立てて凹んだ被り物。開いてしまった穴にアスハが青塗りの銃を突きつける。
「おいたが、過ぎた、な」
「ちょ、待て待て! 俺だ、俺!!」
 つぽん、とベコベコになった被り物を取り、白秋が顔を出す。
「あー!! ハクさんだったんだー!!」
 千尋が駆け寄るより早く、合歓が白秋に飛び蹴りをお見舞いした。
 その場にぶっ倒れる彼に玲獅が駆け寄る。
「あの、お怪我は?」
 向かいから千尋が覗き込む。
「騒いだら喉乾いたー。ハクさーん、カキ氷ーイチゴのー」
 隣で揃いの髪型を揺らすひなこ。
「会うのははじめましてーかな。栗原ひなこだよーよろしくね♪ あ、ブルーハワイもいいよね〜」
「放送部が世界に誇るアイドル様とのお近づきとは嬉しいね。俺は赤坂白秋。カキ氷は痛みが引くまで待ってくれ」
「つか、何やってたのマジで」
 訝しむつづりに白秋は眉を曲げる。
「二人と友達になりてーって奴がいんのに、お前ら珍しく別行動してたからよ。
 あーっとな、こいつが――」
「えいっ♪」
 絶妙のタイミングでアーレイが白秋の顔に胸をたゆんと乗せる。
「――いうあううりおとさん。え、あっいいいうおあうーら」
「Kカップ語で紹介すんな!!」
 つづりが白秋の横顔にニーを叩き込むと同時、会場の照明がうっすらと灯った。






●橋
 淡い、最低限の明かりは、その場にいた者を例外なく、優しく照らした。
 怯えていた千陰も、彼女を支えていた恭弥も、離れた場所から恭弥を見ていたアトリアーナも。

 優しい表情はか細いオレンジ色の光の所為ではなかった。

 あんな顔は見たことがなかった。



 おや、とエルリックは口の中で呟いた。アトリアーナが、思っていたよりも随分早く帰ってきたからだ。
「もういいので御座るか?」
「……うん。もう、大丈夫」
 アトリアーナは歩いていく。エルリックは心の内で首を傾げるものの、手を求められると、決してほどけないようにしっかりと繋いだ。






 スピーカーから音楽が流れ、遠い位置から花火が上がった。ひとつひとつのんびりと上がる花火は、派手さの代わりに風情があった。
 学園勢の殆どが橋の上、南側に集まっていた。
 夜空で花が開く度に浮かぶ影は、どれも笑顔だ。幾人かの例外を除いて。

「さて、せっかくですし食べ歩きでもしますか」
「待って! お願いだからちゃんとした服着て!!」

「――〜……!(ぽかぽか)」
「痛ッ! 伍、悪かったって! 奢る、奢るから!」

 玄太郎と神削は反対側の手すりに腰を預け、花火と仲間を眺めていた。
 沈黙を破ったのは神削。
「あと4人、ここにいたかも知れないんだよな……」
「……過ぎたことだ」
 言い聞かせるように玄太郎は呟く。
 関わってしまったが故に得た、成果と犠牲の間で。
 深く呼吸する彼らを激励するように、一際大きな青い花火が咲いた。



 真里はひとり、川原を訪れていた。歩き通しで火照った足を流れる水が優しく冷やしてくれる。
 花火が上がったので目を閉じた。暗闇に光が漏れ入り、すぐに大きな音が訪れて体を叩く。
「(見るのも好きだけど、音もいいよね。たくさん楽しんで、いっぱい話してあげないと)」
 炎が尾を引きながら夜空を昇っていく。今度は見て楽しもうか、と少し考えて、真里はやっぱり目を閉じた。



 花火もクライマックスに近づき、かなり間隔が狭くなっていた。
「たーまやー! で御座る〜」
 エルリックは紺色のキャンパスを色鮮やかに彩る花火に惜しみない賞賛を送る。
 アトリアーナは膝を抱えて眺めていた。ひとつひとつを見逃さないように。決して忘れないように。
 やがて連発が始まった。始まる頃には区切りがついていた。アトリアーナは花火と、次々と色を変える友人の笑顔を交互に楽しんだ。
 アナウンスが流れ、音楽が止まる。橋の方から何人もの大声と拍手が聞こえた。祭が終わったのだ。
 細い声を上げながらエルリックが伸びをする。
「いやー、満喫したで御座る!」
「……うん。綺麗だった」
 立ち上がったエルリックが手を伸ばし、アトリアーナがそれを取る。
 引っ張り上げようとした瞬間だった。エルリックは敷物に足を取られてバランスを崩し、転んでしまう。
 ――前のめりに。
「あ……」
「……う」
 二人の顔はほぼ密着していた。食べていた飴の匂いはもちろん、赤くなった顔の熱まで伝わるほどの距離。喧騒がより遠くのものに思えた。
「え、っと……」
「……ん……」
 どちらからともなく位置をずらし、息が合わないままシートを畳む。それから二人は、微妙に距離を開けたまま、一足先に帰路へ着いた。









 帰りのバスの中は静まり返っていた。誰も遊び疲れ、叫び疲れ、深い眠りについていた。
 千陰は最前列の窓際から外を眺めていた。少し大げさな溜息をつくと、彼女に寄りかかっていた黒夜が僅かに右目を開けた。
「ゴメン、起こしちゃった?」
「……平気」
 ぽんぽん、と頭を撫でる。
「どうだった、私の地元のお祭り」
 よかった、と黒夜は呟く。
「デカい花火を見るのは久しぶりだったから……今までは、部屋で音聞いてただけだったし。
 いいもんだな、空の花火も」
 とても眠そうだった。タオルケットを深く掛けてやると、まぶたがゆっくりと降りていく。
「また来年も……一緒に……」
 言葉は途中で寝息に変わった。千陰は微笑み、もう一度だけ黒い髪を撫でてから、視線を外に移した。
「(来年も、か……そうだといいわね、本当に)」
 窓の外、深い夜の更に奥に、故郷の明かりが微かに見えた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ┌(┌ ^o^)┐<背徳王・エルレーン・バルハザード(ja0889)
 時代を動かす男・赤坂白秋(ja7030)
重体: −
面白かった!:22人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
銀と金の輪舞曲・
エルリック・R・橋場(ja0112)

大学部4年118組 女 鬼道忍軍
血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
己が魂を貫く者・
アーレイ・バーグ(ja0276)

大学部4年168組 女 ダアト
サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
懐かしい未来の夢を見た・
栗原 ひなこ(ja3001)

大学部5年255組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
秋月 玄太郎(ja3789)

大学部5年184組 男 鬼道忍軍
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
真ごころを君に・
桜木 真里(ja5827)

卒業 男 ダアト
災禍祓いし常闇の明星・
東城 夜刀彦(ja6047)

大学部4年73組 男 鬼道忍軍
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
輝く未来の訪れ願う・
櫟 千尋(ja8564)

大学部4年228組 女 インフィルトレイター
撃退士・
黒夜(jb0668)

高等部1年1組 女 ナイトウォーカー
絆紡ぐ召喚騎士・
久瀬 悠人(jb0684)

卒業 男 バハムートテイマー
絶望に舞うは夢の欠片・
地領院 夢(jb0762)

大学部1年281組 女 ナイトウォーカー
chevalier de chocolat・
チョコーレ・イトゥ(jb2736)

卒業 男 鬼道忍軍
蒼閃霆公の心を継ぎし者・
メリー(jb3287)

高等部3年26組 女 ディバインナイト
撃退士・
桜ノ本 和葉(jb3792)

大学部3年30組 女 バハムートテイマー
優しき心を胸に、その先へ・
水無月 ヒロ(jb5185)

大学部3年117組 男 ルインズブレイド
小悪魔な遊び・
ヴァローナ(jb6714)

大学部3年278組 女 鬼道忍軍