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マスター:十三番
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/05/01


みんなの思い出



オープニング

「今企画の監督を務めます、学園図書館司書の小日向です。よろしくね」
 黒いパンツスーツに身を包んだショートカットの女性が頭を下げた。
 彼女は、さて、と呟き、教卓の上に置いた山のようなプリントをめくり、文面を噛み砕いて口にしていく。
「久遠ヶ原学園は言うまでも無く、天魔と戦う撃退士を育成するための機関ではあるのだけれど、何も四六時中戦うことだけを求められているわけではないわ。こんなときだからこそ、あなたたちにしかできないことがあるの。
 天魔に家族を奪われた孤児らに対するイベントの運営もその一つ。心の傷を癒してトラウマを拭い去れ、とは言わないけれど、一緒になって楽しむことはできるでしょ?」
 ってことで。間延びした調子で呟きながら、背後のホワイトボードに大きく文字を並べていく。


『桜の下でプチフェスティバル』


 書き上がった文字を二度ノックして、小日向はにっこりと笑った。
「あなたたちには小規模のお祭りを運営してもらいます。
 ……っと、難しく考えなくてもいいわ。要するに『あなたたちだけで回して頂戴』ってことだから。
 会場の準備、出店、対応、出し物、後片付けがメインになる、かな?
 日にちは6日後、100人くらいの小学生が来るから、そのつもりで準備して頂戴」

 ペンを手に取り、四角を4つ簡単に描いていく。一つだけ明らかに大きい。

「テントの数は3つ。出店内容も全てあなたたちに決めてもらうわよ。予算はそこそこあるから、あんまり気にしないでいいわ。基本的に無償のイベントだから、くじ引きとか金魚すくいとかは難しいけど。
 食べ物屋さんが無難、かしらね。必要な機材は一通りあるけど、使うときは一声かけてね。
 で、この大きなのはステージね。こっちは本当にお任せするわ。『何かやって頂戴』。
 おととしは創作ヒーローショー、去年はライブ、だったかな。こっちも必要なものがあれば言ってね」

 言い切り、会議室を見渡すと、生徒らの表情はどれも少なからず曇っていた。つられて小日向も苦笑いを浮かべる。

「そうね。正直大変なイベントだとは思うわ。一週間足らずで内容と役割を決めろ、というのもね。
 でも、だからこそ、隣にいる仲間との相談が必要なのよ。
 1人でやるんじゃないの。みんなでやるんだから。それだけは、絶対に忘れないでね」

 腕時計を一瞥し、小日向がパン、と手を叩く。

「じゃ、144時間の相談の後、本番よ。めちゃめちゃ楽しみにされてるから、頑張ってね!!」


リプレイ本文

●午前
 集合時間をかなり前倒し、運営委員の面々は着々と準備を始めていた。
 早朝からステージを組み立てる業者の鼻を芳ばしい匂いが徒にくすぐる。それは、真っ先に用意されたテントBから漂ってきていた。
 肉が焼ける匂いに紛れ、包丁がまな板を叩く音が軽快なリズムで走る。地堂 光(jb4992)は慣れた手つきで牛蒡、人参、万能ねぎを刻んでいく。それらはすぐに、ボールいっぱいに積み重なった。
 光の隣、寸胴鍋で豚肉を炒めていた赤座 大将(jb5295)が感心した様子で頷く。大したもんや。小声で落とし、顔を向けてきた光に歯を見せて笑う。
「そろそろ煮込もか。味付けは任せてええんやな?」
「ああ。精々焦がさないようにするさ」
 鍋に大量の水を注いだところで、大きな炊飯ジャーが作業の終了を告げる。白野 小梅(jb4012)は満面の笑みでふたを開け、顔に当たる湯気を存分に味わった。
「すっごく美味しそうに炊けたよぉ」
「おー! こっちも美味そうやでぇ!」
 大将が開けたジャーには黄色に輝くピラフがぎっちりと詰まっている。散りばめられた野菜の赤や緑が鮮やかだ。味を想像し、彼の喉がごくり、と鳴る。思わず手を伸ばしかけた彼に、エレムルス・ステノフィルス(jb5292)が声を投げた。
「容器、預かってきました。スプーンやお手拭も。あと、これ、頼まれていたものです」
「おお、ありがとさん! ほんなら、チェックしていこか」
 エレムルスが頷いたところで、僅かに息を上げた百鬼 沙夜(jb5085)がテントの下へ入ってきた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いいたします」
 一人ひとりに頭を下げていく。先立って準備していた面々は笑顔で応える。
「何かお手伝いできることはありますか?」
「ん? こっちは自分とエレムルスはんで充分やで。ちゅうても、数えるだけやけどな」
 大将の笑顔にエレムルスも倣う。ならば、と顔を向けた先では、光が鍋の様子を真剣な眼差しで見つめていた。小梅は少し離れたテーブルで、おにぎりの具の下ごしらえに忙しそうだ。誰も手際が良く、隙がない。
 止む無く、やや離れた位置からそれぞれの動きを観察していると、
「はいはい、そこ危ないでー」
 組み立てたテントの脚を持った梅垣 銀次(ja6273)がやってきた。沙夜は慌てて移動する。
「よっしゃ、降ろすでー」
 銀次の号令を受け、ヴィルヘルム・E・ラヴェリ(ja8559)、ガルム・オドラン(jb0621)、炎武 瑠美(jb4684)が呼吸を合わせてテントを降ろした。
「ありがとうございました。これでA班も準備を始められます」
「ええよ、このくらい。お互い気張ろな」
 頭を下げる瑠美にひらひらと手を振り、銀次はその場を後にする。
 ぐい、と体を起こし、瑠美はラヴェリと共に器材の準備と下ごしらえを始めた。
「今日はよろしく。いいお祭りにしようね」
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
「……わぁ……すごい、綺麗だね。魔法みたいだ」
「コツがあるんです。やってみますか?」
 着々と準備が進んでいくテントA。ガルムは首や肩を回しながら、C班のテントで段ボールを開けている。
「(……私には、何が出来るでしょうか)」
 沙夜は唇を噛み締め、つぶさに周囲を観察、懸命に仕事を探した。


 テント側が徐々に賑やかになっていく。時折視線を向けながら、しかしステージ担当の面々は入念な打ち合わせを繰り返していた。膝を突き合わせ、険しい眼差しで、時折笑い声を上げる仲間を、水無月 ヒロ(jb5185)は見上げるように一瞥する。
「音量はコレね。隣のはマイクのだから」
「あ、は、はい」
 監督――小日向の説明を一言一句漏らさずメモに認めていく。少しでも不安なところがあれば訊き直した。小日向は何度でも説明を繰り返した。
「アナウンスもやってくれるんだっけ?」
「はい……頑張りたい、です」
「判った。お願いね」
 小日向は悪戯っぽく言ってヒロの背を叩いた。
 そして小走りで去っていく。進む方角の先には、大きなバスが2台、白線の内側に入ろうともがいている。
 ヒロは胸の前でマイクを握り締め、操作方法を再確認した。



●開場
 たくさんの「こんにちは」が青空に吸い込まれていく。風に吹かれた桜の枝が、まるで歓迎するように残り少ない花弁を舞わせた。
「本日は、ご来場ありがとうございます。
 クレープやおにぎり、豚汁を用意しました。お腹がいっぱいになったら、輪投げで遊んでください。
 今日は、よろしくお願いします」

 よろしくおねがいしまーす!

 底抜けの挨拶は、場の雰囲気を一気に温めた。



 真っ先に子供らが殺到したのはテントA、クレープの出店だった。6割がたの子供らが甘い匂いにつられて長蛇の列――を作ることもままならず、文字通り押し寄せていた。
「こんにちは。君はどの具がいいかな? これ?」
 瑠美が指さしたバナナに、しかし女の子は首を振る。それじゃあ、と半分に切ったイチゴを提案すると、少女は目を線にして頷いた。
「自分で包める? 私がやろうか?」
 じぶんでやってみたい。少女が言うので、瑠美はクレープの生地にイチゴ、その隣に生クリームを添え、器に移して手渡した。頑張ってね。うん。少女は満面の笑みで道を開ける。少しだけ見送ってから、瑠美は続く子供に好みの具を尋ねた。
 その瞬間だった。
 幼い雑踏に紛れて、ばた、と聞き慣れない音が届いた。見れば、先程まで朗らかに微笑んでいた少女が地面に転び、土の上で逆さまになってしまった紙皿を呆然と見つめている。
「あ……」
 瑠美が息を呑む。と同時、脇から腕が伸びてきて、焼き置いてあった生地やイチゴを手早く集めていく。そして器に並べると、一目散に駆けて行った。
 到着するなり、うらは=ウィルダム(jb4908)は膝を折り、少女の頭を優しく撫でた。
「怪我はないか? ああ、泣くな泣くな。ほら、代わりだ」
 少女が起き上がり、受け取ったのを確認して、瑠美は胸を撫で下ろす。
 安堵もつかの間、彼女の前には我先にとクレープを求める小さな手が懸命に伸び並んでいた。
 先程自分が接した子供を探す。その間にもどんどん手は伸びてくる。
「はい、じゃあ……君」
 横から身を乗り出したラヴェリが1人の男子を請け負う。
「どれにする? ……決められない? んー……そうだな、僕はこれが好きかも。君は?」
「はい、二列に並んでくださいね」
「慌てなくても逃げないし、無くなりもしないわよ」
 テントから飛び出した幌絽河 想(jb5129)と百夜(jb5409)が子供らを整列させていく。完璧に、とはいかなかったが、さっきまでとは比較にならないほどましになった。
 目の前の女の子がリクエストする。瑠美は笑顔を浮かべ、生地にチョコソースで線を描いた。

 クレープの甘味で上がる黄色い声を聴きながら蒼井 明日可(jb1015)は手を動かす。破れてしまった生地に、都合で小さくなってしまったイチゴやバナナを包むと、まとめて器に乗せてテントを抜け出した。向かう先は、今なお調整と飾り付けに躍起になっているステージ班。差し入れよ、とヒロに器を渡す。
「あ……ありがとうございます」
「少し偏り過ぎかもしれないわね。アナウンスで誘導してくれない?」
「わかりました」
 鋭く息を吐き、ヒロはマイクを口に近づける。


「運営員会からお知らせします。
 クレープ以外のテントが比較的すいています。
 お腹の空いていない子やいっぱいになった子は、そちらも楽しんでください」


 放送を受け、クレープを待ちきれなくなった子供たちがごっそりとテントBに向かった。奥、長机の上で調理を続ける小梅と大将がニヤリと笑う。
「忙しくなりそうだねぇ」
「せやな。どんどん握ったらなな!」
 手前ではエレムルスがにこやかな笑みを浮かべて対応していた。
「いらっしゃい。何が食べたいかな?」
 赤いの! カレーのやつ! つなまよー!!
 元気な声に合わせて光が豚汁を紙コップに注いでいく。なるべく均等に具が入るように。縁に零れたつゆはクッキングペーパーで綺麗に拭き取った。
 誰も手際が良く、しかし数が多く、すぐに手一杯になった。握るペースが間に合わず待ちぼうけていた男の子に銀次がおにぎりと豚汁のセットを運んでいく。
「ほい、おまちどぉさん。ヤケドせんようにな」
 いただきまーす!
「お、元気ええなぁ。おーし、食い終わったらおにーちゃんと遊ぶか?」
 あそぶー!
 威勢のいい返答に、目を線にして頭を撫でる。振り返れば、テントはあっという間に大盛況となっていた。エレムルスの笑顔も忙しさに引きつっている。
 フォローに向かうべく一歩踏み出した瞬間、エレムルスの隣に沙夜が躍り出た。
「い、いらっしゃいませ……」
 声と表情は未だ硬い。銀次は短く苦笑いを浮かべた後、口に手を添えて声を張った。
「賢ぉして順番並ばな食べれへんでー」
 それでようやく運営はスリムになった。が、緊張と、不慣れな分だけ沙夜の列は消化が遅れた。ふと顔を上げれば、明らかな列の長さが見て取れる。
 おにぎりが並んだトレイを運んできた大将が彼女の傍らに言葉を置く。
「変わろか?」
「……いえ、やらせてください」
「――おう。頼んだで」
 ぽん、と背中を叩き、大将は奥へ戻っていく。
 すみませーん。
「……いらっしゃいませ」
 沙夜の声量は、先程よりも少しだけ大きくなった。


 クレープやおにぎりを咥えた、或いは食べ終わり空腹を満たした子供の元を竜見彩華(jb4626)が訪ねる。頭上には桃色のヒリュウが、小さな羽をぱたぱたと動かしていた。
「こんにちは」
 かわいい! かわいいー!!
「ありがとう。ねえ、もしよかったら一緒に遊ばない?」
 なにー? なにするのー? あそぶー!
「うん。じゃあこっち。ほら、来て来て!」
 彩華の後を追い、子供たちがテントCへ向かう。
 彼女らが到着したときには、そこそこの集客が整っていた。彼らは一様に、山のように積まれたぬいぐるみやボールなどのおもちゃ、シュシュなどのアクセサリーに瞳を輝かせている。
 ぬいぐるみを選別するガルムの頬が少しだけ緩んだ。グレイシア・明守華=ピークス(jb5092)は無関心げな表情のまま差し出されたぬいぐるみを受け取る。ひっくり返してみれば脇の位置から綿が漏れていた。
 どうするんだろう。どうなるんだろう。まじまじと見守っていた子供たちに、白鷺冬夜(jb3670)が優しい声を投げる。
「おもちゃ、欲しいかい?」
 ほしー!
「そうか。じゃあこれを持ってくれ」
 冬夜が渡したのは、プラスチックで出来た色とりどりの輪っか。女の子は首を傾げたまま、冬夜にやんわりと追い立てられてゆく。やがてストップ、と言われた足元には、小さな靴跡で幾分滲んだ白線が引かれていた。
「あそこにお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるだろ?」
 冬夜が手で指示した先には、柊崎 歌純(ja0293)とインヴィディア=カリタス(jb4342)がちょこん、と膝を折って座っていた。二人の手は、やはり足元に置かれている、杭が立てられた板を示していた。
「輪投げはやったことあるか? ここから投げて、入った数だけ、好きなおもちゃをあげよう」
 ほんとにー!?
「ああ、本当だとも。さあ、頑張れよ」
 やるー!!
 言うが早いか、女の子は片目を瞑って狙いを定め、体の横から輪を放った。うっかり白線を越えそうになり、腕をぱたつかせてなんとか堪える。そんな健気さに応えたのか、輪は素直に杭を潜って落ちた。
「凄い凄い。上手だな」
 冬夜の言葉に合わせて歌純とカリタスが手を叩く。それで勢いがついてしまったのか、2投目と3投目は外れてしまった。
「1個、かな。じゃ、あっちのお姉さんから景品を貰っておいで」
 間延びした返事を残し、女の子はてくてくとテント側へ歩いていく。次のチャレンジャーを羨ましそうに眺める彼を歌純が慰める。
「いっぱいあるから、ゆっくり選んで、一番好きなのを持って行ってね」
 かくん、と頭を傾けると、女の子が不思議そうな顔で仕草を真似た。
 あなた、なんでそっちがわにいるの? ずるいよ!
「むーっ。私は高校生だよ。ちょっとコンパクトなだけだもん」
 真っ赤な頬を膨らませた歌純を、まあまあ、とカリタスがなだめた。
 女の子はツン、と唇を尖らせて進む。そして景品の前に来ると、瞳に星を輝かせた。
「おう、決まったか?」
 ガルムが話しかけるも、女の子は懸命に宝を探し続けた。やがて彼女を射止めたのは、明守華が手にしていたうさぎのぬいぐるみ。
 それがいい!
 言われて明守華はあごを突き出す。
「ちょっと待ってなさい」
 口を動かしながら針を動かす。耳の付け根にあった割れ目は見る見る塞がり、愛らしくくっついた。
「はい」
 と、放り投げる。女の子は両手でそれを受け取ると、満面の笑みを浮かべて友達の輪の中に戻っていった。
「へぇ……慣れたもんだな」
「裁縫は得意なのよ、昔から」
 納得した、とガルムが頷いていると、あんたも慣れてるわね、と飛んできた。何が、と返せば、子供の扱いが、と返ってくる。
「ちゃんと子供に目線を合わせるところとかね」
「嬢ちゃんと一緒だよ」
 それきり口を閉ざし、ガルムは修繕が必要なぬいぐるみを探る。口角は心なしか吊り上っていた。

 続く男の子は2投続けて外してしまった。どちらも大きく逸れてしまい、掠りもしなかった。後方から囃し立てられ、大きな目には涙が溜まってしまっている。
「……行け」
 羽佐間 味丈(jb0767)の命令に応じ、ヒリュウがふわふわと宙を漂う。そして男の子の頭上を旋回すると、赤い輪っかを小さな手で懸命に拾い上げた。この判断に冬夜も乗じる。彼が呼び出したヒリュウは対角に転がっていた青い輪っかを掴んだ。2匹のヒリュウは速度を合わせ、並んで男の子に輪っかを届けた。
 いいなー!!
 羨望の声に紛れて、
「頑張ってね」
 と、駆け寄ったアルクス(jb5121)が激励する。
 男の子は力強く頷くと、決意を新たにして輪を放った。赤い輪はふらふらと回転し、緩やかな弧を描いて飛んでいき、杭に当たってぱたん、と地面に落ちてしまった。
 男の子が泣き出す前に、アルクスがすっと手を伸ばし、男の子に握らせる。
「はい、参加賞だよ。だから泣かないで」
 手を開けると、そこには竹とんぼがあった。アルクスが懸命にこしらえたそれを見て、しかし男の子は首を捻る。初めて見る玩具だった。
「こうやって遊ぶんだよ」
 言ってアルクスは、合わせた手の中で竹とんぼを転がす。男の子の頷きが返ってきたのを確認してから、一気に手を動かして飛ばして見せた。くるくると回転しながら桜に届くそれを見て、男の子は興奮した様子で腕を振る。
 すごーい! 今のなにー!? みせてみせてー!!
「ああ、えっと、順番にね?」
 あ、おにいちゃんしっぽついてるのー?
「ちょ、くすぐっ……たくないよ、作り物だよ、作り物だからね!」

 遠くの遣り取りを眺めながら、彩華は自作した布ボールを弄んでいた。白と黒の布で作られたそれは――
 あー! サッカーボールだー!
 ――と、男の子の集団に目をつけられてしまう。
「いいでしょー?」
 元気な頷きが幾つも返ってくる。
 彩華が目を向ければ、輪投げを待つ列はすっかり長くなっていた。腹ごしらえを終えた子供たちがうずうず、そわそわと待っていた。或いは待ちくたびれていた。
 よし、と口の中で呟き、彩華はすっくと立ち上がる。
「遊ぼっか!」
 あそぶー!!!
「じゃ行くよー? それっ!」
 ボールを山なりに投げると、子供が足の内側で器用に蹴り返してきた。
「あら、上手じゃない!」
 彩華はそれを一旦胸で受け取り、インサイドキックでお返しする。すると女の子が目を閉じてのヘディングで返してきた。とても大きく跳ね、テント側に飛んで行ってしまいそうなそれを、呼び出したヒリュウに拾わせる。小さな頭がトンッと返すと歓声が上がった。だが、こちらもやはり飛び過ぎてしまう。ボールは彼らとは離れた人ごみに飛んでいく。
「おー、任しときぃ!」
 ずいと立ち上がった銀次が宣言、そして額でボールを見事にキャッチする。バランスを取りながら暫し体勢を保つ彼に周囲の子供らは興奮した声を上げた。どうだ、と言わんばかりの笑みを浮かべてから、銀次は彩華らに向けてボールを返した。
 青空を山なりに飛んでいく白黒のボール。その隣に竹とんぼが舞う。先程のそれとは違い、やや傾き、暴れながら。壊れてしまったわけではない。むしろ新品、子供がアルクスに教わりながら作り上げた1号機だった。
「ちょっと、芯がズレちゃったのかも。もういっこ作ってみる?」
「錐を使うのは初めてか? 力を入れ過ぎないようにして……」
 冬夜が道具の扱い方を教える。工作はなかなか捗らなかったが、それさえも子供は楽しんだ。
 もちろん輪投げは続いている。ようやく順番が回ってきた、まだ幼い女の子が、環がまるで届かず泣き出しそうになっていた。
「大丈夫だよ。じゃあ、ちょっとだけ近くにしてあげるね」
 ぐすっ。ありがとう、ちっちゃいおねえちゃん。
「うん。さ、頑張って!」
 カリタスは遣り取りを微笑ましく眺めていた。
「幼子は全て、天上の宝。愛され、慈しまれ、望まれるべき存在だ。
 そうは思わない?」
 肩越しに見上げた先では、味丈が一仕事終えたヒリュウの頭を撫でていた。
「楽しんでもらえたのなら、それが何よりです」
 瞳は僅かに憂いに濡れた。今はもう無い、自身の故郷を回顧する。
「混ざってきたっていいんだぞ?」
 ガルムの言葉に、しかし味丈は首を振る。苦笑いを零し、なら、と視線を手前へ。
「嬢ちゃんは?」
「嫌よ。キャンキャン煩いんだから。あたしは裏方に徹するって決めたの」
「そうかい」
 ガルムはニヤリと笑い、子供たちに向かって声を張り上げた。
「このお姉ちゃんがなー、ぬいぐるみの服に飾り付けしてくれるってよー」
「ちょっ!?」
 ほんとー!? やってやってー!!
 押しかけられ、突き出されたぬいぐるみの群れを眺め、明守華は新しい糸を取り出した。


 テントAにも子供らが押し寄せていた。列もまばらになった頃、ある女の子が、わたしもきじをやいてみたい、と言い出したのだ。
 百夜が小日向に確認を取り、生地焼きの体験会が始まった。ラヴェリが運んできた丈夫そうな台に登らせ、瑠美が優しく指導していく。
「そう、手首を使う感じで……うん、上手上手」
 だが修練の要る作業ではあったので、なかなか思うようにいかない。もう1回、もう1回と要望を聴いているうちに待機していた男の子が待ちきれなくなり、イライラした様子で暴れてしまう。
 少し大きな音がして器材が幾つか土に落ちてしまった。悪びれる様子も無い彼の前に、百夜がすっと膝を折り、赤い瞳で彼を見つめた。
 な、なんだよ。
「埃が立つからテントから出てくれる? いい子にしてないと、焼かせてあげないからね」
 ……ご、ごめんなさい。
「それよりも、あのお姉ちゃんにいう事があるでしょ?」
 手で示された先では、落ちた器材を明日可がせっせと集めていた。男の子ははっとして、慌てて手伝う。
「ありがとう」
 明日可の言葉に男の子は目を丸くする。だから明日可はもう一度告げた。ありがとう。
 あ、ありがとう。
「うん」
 明日可はにっこりとほほ笑み、男の子を連れて洗い場に向かう。


 テントBは客足が落ち着いていた。豚汁は残り10人分ほど、おにぎりはそこそこの量があったので、包んでお土産か差し入れにしよう、と話がついていた。事実、小梅はせっせと包んでいた。朝からの疲れが押し寄せ、小さな口から息が漏れてしまう。
「交代します」
 沙夜が提唱する。小梅はやや考え、首を横に振った。
「大丈夫だよぉ。それよりぃ、みんなと遊んできてよぉ」
「そういうわけには……」
「2人とも、行ってきていいぞ」
 鍋をかき混ぜながら光が言う。
「もう腹いっぱいなんだろ。1人いれば充分だ。混んだら呼ぶ」
「しかし……」
「じゃあ、客引き、ってことでどうかな?」
 目を細めたエレムルスが覗き込む。きょとん、となる沙夜の頭を大将がぽんぽん、と叩いた。
「沙夜はんはもっと笑ったほうがええ。せっかく可愛いんやから。ほな、みんなで行こか」
「え、あの……」
「いいからいいから」
 エレムルスと大将に押されるようにして、沙夜はテントから出ていく。判りましたから、とテントを振り返る。頬は心なし赤らんでいた。
「いつでも呼んでください。すぐに駆けつけますから」
 目を向けず手を振る光。その傍らに小梅が何かを置いて、彼女らを追い駆けた。見れば、小ぶりなおにぎりがテーブルの上で揺れている。見送った先、沙夜らと合流すると、4人がすぐに子供たちに囲まれた。初めは戸惑っていた沙夜の表情も、やがて笑顔に移ろってゆく。
 おにぎりを齧り、光は小さく微笑んだ。






 ステージの前に敷かれたシートはあっという間に埋まった。その周囲では年長組の子供らが人垣を作っている。祭を訪れた子供ら全員が集結し、目を輝かせながらステージを見守っていた。
 舞台袖には演者が集合していた。ユズリハ・C・ライプニッツ(jb5068)。眉間に深い皺を刻み、頭の中で入念に流れを確認する。頭の後ろで手を組んだ歌音 テンペスト(jb5186)が彼女を覗き込み、ニッコリと笑って見せる。
「大丈夫ですって。なんとかなりますよっ」
「……それは、私よりも彼女に言ってあげるべきじゃないかしら」
 ユズリハの視線の先では、胸の前で手を組み、顔を真っ青にして震えている指宿 瑠璃(jb5401)の姿があった。
「……あ、あ、あの、やっぱり私にアイドルなんて……」


「それでは、これからライブステージを行います。
 みなさん、温かい拍手でお迎えください」


 ヒロのアナウンスが流れると、会場には遠慮のない拍手が広がった。沸騰、という表現が正しい。火はついてしまったのだ。
「行くわよ」
「はいっ!」
「……っ」
 3人はステージの上に駆けていく。
 先頭は――瑠璃。
 彼女は舞台の最前線に立つと、にこやかな笑顔で子供たちに手を振った。
「みんなー! こんにちはー!」
 こーんにーちはー!
「私たち『9on』でーす! 今日は私たちのライブ、最後まで楽しんでいってください!!」
 はーい!!
「(舞台度胸、ですか。大したものですね)」
「(指宿さん可愛いなぁ……)」
 ユズリハとテンペストがチェックのスカートを翻してポジションに着く。3人は一度目配せしてから、胸の前でマイクを構え、目を閉じて俯いた。
 曲のイントロが流れ出す。勘のいい子供たちがざわめき立つ。期待が膨らんでいくのが目を閉じていても見えた。
 そしていよいよ、誰もが聞いたことのあるフレーズが流れる――
 ――寸前に。

「静かにしてくださあああいっっっ!!」

 客席からがなり声が届いた。
 子供たちが振り向けば、キツネ耳をつけた姫路 神楽(jb0862)が柳眉を逆立ててステージへ向かってくるところだった。衣装は巫女装束。力の入った肩が持ち上がり、息を詰めた頬は赤らんで膨らんでいる。胸の前には、前もってテンペストが預けていたヒリュウを大事そうに抱えていた。
「……あなたは?」
「イナリといいます! よろしくお願いします!」
「よろしくー!」
「そのイナリさんが、なんの用ですか?」
「抗議に来ました!」
 神楽――イナリがズビシィッ! と『9on』を指さす。そのポーズのままステージに上がり、飛び上がったヒリュウと連携、彼女らを挟み打つように位置を取る。
「私たちはこれからお昼寝するところだったんです! なのにステージでライブとか、とっても楽し……迷惑じゃないですか! 余所でやってください!」
 えー!? 耳栓とかしろよー!
「そんな! あたしたちは今日のために……」
「うるさいのです!」
 踏み込んだテンペストをイナリが両手で押し返す。テンペストは高い悲鳴を上げながら後転を繰り返して舞台袖まで飛ばされてしまう。
「テンペストさん!」
「あなたたちも大人しくするのです!!」
 怒鳴りながら、イナリは瑠璃を、ヒリュウはユズリハをロープで縛っていく。あっさりお縄についた瑠璃と対照的に、手間取るヒリュウを時々助けるようにしてユズリハも縛られてしまう。
 かわいそうー! やめてー! あのちいさいのかわいいー! わたしさっきいっしょにあそんだんだよー!!
「ふふふ。なんとでも言ってください。私はお昼寝の時間が一番大切なんです!」
「こんなことをして……」
 ぽそり、とユズリハが呟く。イナリが目を向け、全身をびくつかせた。
「……ただで済むと思っているの?」
 ユズリハはまるで、親の仇を見るような瞳でイナリを睨みつけていた。演技と判っていても慄いてしまうほどの眼光を受け、しかし瑠璃の小さな応援のお陰でなんとか平静を取り繕うことができた。
「お、思ってますよ? それとも、逆転の手でもあるんですか!?」
「あるわよ」
「とーうっ!!」
 威勢のいい声と共に、テンペストが舞台に戻ってくる。装いは黒地に緋色のリボンが眩しいメイド服。ステージの中央付近に躍り出ると、彼女はキレのあるポーズを決め、片目を閉じて名乗りを上げた。
「たぎる萌え! メイドインカノン参上!」
 かわいいー! がんばれー! もえってなーにー?
「(決まった……!)」
 目を閉じ陶酔するテンペスト。彼女の前をヒリュウが飛び回った。台本通りだが応援してくれているようにも見えて思わず笑ってしまう。
 その瞬間、襟首を思いっきり引っ張られ、後ろに倒されてしまった。
「きゃぁっ!!」
「なんだ、全然大したことないじゃないですか」
 うずくまるテンペストにイナリが蹴りを叩き込む。初めはローキックを控えめにお見舞いしていたが、本人からもっと強く、と要望が飛んできたので、やがて踏みつけるような挙動になった。ヒロがおどろおどろしい曲を流しながら照明を点滅させると、観衆の顔色が目に見えて褪せていった。
 やめてー! がんばれー! まけるなー!
 声援を受け、ユズリハと瑠璃がなんとか――を装って――ロープを脱出する。そして切迫した表情で、子供たちに向かって大声で訴えた。
「たいへん! このままだとメイドインカノンがやられちゃう!」
「みなさん、お願い。メイドインカノンを応援してあげて!」
 いいよー! わかったー!
「せーの、で応援してあげて! いくわよ!」
「せーのっ!」

 めーどいんかのーん!!

「とおっ!」
 テンペストが勢いよく立ち上がる。気迫に押し返され、数歩後退するイナリ。鼻先にはリボンがあしらわれたおたまが突き付けられていた。
「くっ……! いったいどこにそんな力が――!?」
「みんなの力を、ひとつに合わせて!」
 台詞に合わせて身を翻すテンペスト。
「必! 殺!」
 大声と共に、
「メイド・イン・ヘブウウウンッ!!」
 おたまを突き出す。と同時、爆発を連想させるコミカルな効果音が響き渡り、
「うわああああっ!!」
 イナリが大きく吹き飛んだ。

 すっげー!!

 湧き上がる歓声を余所に、テンペストはゆっくりと歩みを進める。仰向けに倒れたイナリの前で膝を折り、努めて優しい言葉を投げた。
「どうして、こんなことをしたの?
 ……本当は、みんなと一緒に遊びたかったんじゃないの?」
 イナリは唇を噛んだまま体を起こし、舞台にちょこん、と座った。
「だって……私、こんな耳とか尻尾だし……どうせ怖がられるから……だから――」
「見た目なんて関係ないわよ」
 ユズリハの台詞には、不意に力が入った。
「大切なのは、気持ち。仲良くなりたいって相手を思いやる、気持ちよ」
 誰かに言い聞かせるような台詞だった。
 込められた思いに目を丸くするイナリに、そっとテンペストが手を差し伸べる。
「一緒に、やろ?
 いいよね、みんな!!」

 いいよー!

「さあ!」
 テンペストの手を取り、イナリが立ち上がる。
 4人がそれぞれの立ち位置に戻ると同時、軽快な音楽が流れ出した。テレビやラジオでひっきりなしに流れるメロディを聴いて、子供たちは大いに沸き立つ。聞き慣れたフレーズが『9on』の口から飛び出すと、子供たちは一緒になって歌いだした。やがて立ち上がり、『9on』のキレのある動きを真似て踊り出す子供まで現れる。
 こうして、述べ6曲に渡るライブステージは大反響の内に終わりを迎えた。





 定刻になり、子供たちが名残惜しそうに返っていく。見送りに向かった面々はいつまでも応対していた。ユズリハがほんのりと目じりを下げて手を振り、テンペストは差し出された小さな手を握り返す。瑠璃は泣きとおしていた。
「君たちにディースの加護がありますように」
「誰も一人じゃない。そのことを忘れないでくれ」
 ラヴェリと味丈にも手を振りながら、子供たちは帰っていく。
 明日可はその情景を遠くから見守っていた。手には箒と塵取り。ゴミ箱から零れてしまったスプーンや容器などをひとつひとつ集めていく。
「はぁ……面倒だったわねぇ」
 言葉と裏腹に、表情は明るい。
 仲間が呼ぶ声がする。余った食事で、ささやかな打ち上げをやるのだ、と。
 はいはい、と肩を竦めて、明日可は掃除道具を片手に纏め、小走りでテントに向かった。







●数日後
 廊下を歩いていたあなたを小日向が呼び止めた。彼女が差し出したのは、やや大きめの茶封筒。
「この間はお疲れ様。反響良かったわよ。
 これはその報酬。それと――」
 お礼だって。
 言い切り、小日向は笑顔で去ってゆく。
 封筒を開けると、そこには報酬と、手作り感溢れる紙製のメダルが入っていた。折り紙やクレヨンで彩られたそれの下には、折り畳まれた便箋が添えてあった。
 そこには、まだ覚束ない字で、


 くおんがはらのおにいさん・おねえさんへ

 たのしいおまつりをありがとうございました。

 これからもおうえんしています。

 べんきょうがんばってください。


 ……と、精いっぱいの感謝が綴られていた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

撃退士・
柊崎 歌純(ja0293)

大学部4年114組 女 ダアト
桜見祭運営委員・
梅垣 銀次(ja6273)

大学部7年62組 男 阿修羅
全ては魔術に起因する・
ヴィルヘルム・E・ラヴェリ(ja8559)

大学部7年78組 男 ダアト
巻き込まれ属性持ち・
ガルム・オドラン(jb0621)

大学部9年186組 男 阿修羅
スイーツもできる男・
羽佐間 味丈(jb0767)

高等部3年24組 男 バハムートテイマー
狐っ娘(オス)・
姫路 神楽(jb0862)

高等部3年27組 男 陰陽師
撃退士・
蒼井 明日可(jb1015)

卒業 男 バハムートテイマー
桜見祭運営委員・
白鷺冬夜(jb3670)

卒業 男 バハムートテイマー
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
撃退士・
インヴィディア=カリタス(jb4342)

大学部6年282組 男 ダアト
想いを背負いて・
竜見彩華(jb4626)

大学部1年75組 女 バハムートテイマー
惨劇阻みし破魔の鋭刃・
炎武 瑠美(jb4684)

大学部5年41組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
うらは=ウィルダム(jb4908)

大学部3年153組 女 ルインズブレイド
道を拓き、譲らぬ・
地堂 光(jb4992)

大学部2年4組 男 ディバインナイト
惨劇阻みし破魔の鋭刃・
ユズリハ・C・ライプニッツ(jb5068)

大学部6年273組 女 ディバインナイト
努力の果実・
百鬼 沙夜(jb5085)

高等部3年2組 女 陰陽師
ArchangelSlayers・
グレイシア・明守華=ピークス(jb5092)

高等部3年28組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
アルクス(jb5121)

高等部2年29組 男 ナイトウォーカー
新入生・
幌絽河 想(jb5129)

大学部4年220組 男 バハムートテイマー
優しき心を胸に、その先へ・
水無月 ヒロ(jb5185)

大学部3年117組 男 ルインズブレイド
主食は脱ぎたての生パンツ・
歌音 テンペスト(jb5186)

大学部3年1組 女 バハムートテイマー
にゃんこのともだち・
舞鶴 希(jb5292)

大学部2年173組 男 陰陽師
撃退士・
赤座 大将(jb5295)

大学部4年181組 男 陰陽師
夢見る歌姫・
指宿 瑠璃(jb5401)

大学部3年195組 女 鬼道忍軍
暁光の詠手・
百夜(jb5409)

大学部7年214組 女 阿修羅