●
「……うっわ、ウジャウジャいるんですけど」
久瀬 悠人(
jb0684)が肩を落として零す。彼らの周りを、獣のようなサーバントが幾重にもなって取り囲んでいた。やや離れたところには、コートのようなものを羽織った巨大な個体も見える。
そっと森浦 萌々佳(
ja0835)が歩み出た。
「アレは私が食い止めてみますね〜」
不安げな視線を送る悠人に、萌々佳はニコリと微笑む。
「大丈夫ですよ〜」
ヒロインですから。言い残し、彼女は茶髪のぬいぐるみを弄び、征く。
見送り、悠人は正面を見遣った。
開いた手に集った蒼い風、その中に浮かび上がったカードを握り、
「――来い」
砕いた。
星が煌めく音が鳴り、青い光が立ち昇る。中央に生まれた桃色の光は、やがて人を模した。地領院 夢(
jb0762)が力の象徴として現れた姿、ユメサクラである。桜色の着物があでやかに舞う。手に持つ扇は宛ら花弁。
「……燃やし尽くせ」
悠人が命じ、ユメサクラが両の扇を体の前に突き出した。刹那、サーバントの群れの中に赤青緑黄橙白藍と炎が咲き誇る。それらは一切の慈悲なくサーバントを包み込むと、消し炭に変えながら暴れ、爆ぜた。
ぽっかりと開かれた突破口へ、両手に拳銃を握った影野 恭弥(
ja0018)が突っ込む。孤立したサーバントに前蹴りを叩き込み、体勢を崩したところへありったけ撃ち込んだ。
だがサーバントは止まらない。どころか牙を剥き、恭弥に突進してくる。
恭弥は敢えて回避せず、両足を肩幅に開いて受けた。身を護るために翳した腕にサーバントが噛み付く。ぎし、と骨と肉が軋んだ。
恭弥が腰を捻りサーバントを蹴り飛ばす。肩や背中を床に擦りながらサーバントが吹き飛ぶ。
そこへ照準を合わせた。射抜くのは、しかし銃口の寸前に現れた青いカード。
「来いよ……アトリアーナ(
ja1403)!!」
銃口から飛び出したのは弾丸ではなく、具現した橋場 アトリアーナ。全身を柔らかそうな猫の着ぐるみに包んだアトリアーナは、その身に余りにも不釣り合いな、巨大な深紅の斧をサーバントへ振り降ろした。
文字どおり跡形もなく消し飛ぶサーバント。
一仕事終えたアトリアーナの心に届いたのは、しかし恭弥の舌打ち。振り返れば、彼目掛けて数匹のサーバントが飛び掛かる寸前だった。
――キョーヤには、ボクがいる限り、近づくのダメ
目蓋が軋むほど目を見開き、アトリアーナは強く踏み込み、拳を突き出した。飛び出した白光は床を舐めてから急上昇、サーバントへ襲い掛かる。群れていたのが仇となり、3体のサーバントへ白い光が直撃、体の殆どを抉られて消え失せた。
だが1体だけやや傷が浅かった。残った上半身で尚も恭弥へ迫る。が、逆に口の中へ銃口を突っ込まれ、内側から頭を吹き飛ばされてしまった。
ふぅ、と息を吐き、恭弥がサングラスの位置を直す。それを合図にアトリアーナが駆け戻ってきた。
胸へ飛び込み顔をうずめるアトリアーナ。その頭頂部に己の額を押し当て、恭弥はアトリアーナを褒めるように優しく撫でた。
彼らの有り様を羨ましげに眺めていたユメサクラが振り返る。悠人は床に腰を降ろしてあくびを噛み殺していた。おまけに、目と目が合ったのに、どうした? と小首を傾げる始末。
――悠人さん、ちゃんと指示して下さいっ
「……お、おぅ」
怒られてようやく、悠人は大剣を担いで立ち上がった。動作はとても緩やかで、サーバントには隙だらけのように感じられた。
彼を押し潰すように、周囲からサーバントの群れが迫る。
「頼む」
頷き、ユメサクラが軽やかに舞った。彼女を中心とし、床近くに巨大な炎の蓮が花開く。優雅さを湛えたその花弁に触れたサーバントは、身を焼かれながら意識を失い膝を折る。
手近な個体に踏み込み、悠人が銀色の大剣で潰し、割ってゆく。凛々しく、勇ましい姿にユメサクラは目を細め、扇を振ってサーバントを更に焼き払った。
前線で猛威を振るう2組を眺め、八神 奏(
ja8099)はそわそわしていた。
「女性の姿だったらいいな……可愛くても、綺麗でも、どっちでもいい。
最悪マスコットでもいい。白くて丸っこくて、青い帽子を被ってるのでもいい……!
――頼む!」
念じ、顔の前に現れたカードを捩じる。
刹那、青い光の中で黒がはためいた。軽やかに舞うそれは、しかしジャラ、と耳障りな音を立てる。眉を寄せた奏が目を凝らすと、黒い布の中央には見覚えのある人影が窺えた。
がっくりと肩を落とす奏に、具現したクインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)が振り返り、眼鏡の位置を直す。黒いマントの内側にびっしりと並んだ眼鏡が彼の挙動に合わせてジャラジャラと鳴った。
くい。
――さあ、命令を出すといい。僕に相応しい名前を付けてくれてもいいんだよ
「うるさい。いいから行けクイ……眼鏡」
――そうだね、眼鏡の貴公子こと僕さ。でも彼らは眼鏡じゃない。一つひとつに名前があってね。
――紹介しよう! まずこの知性が光るフルリムの彼は……
「どうでもいい。眼鏡ってのはお前の名前だ。ほら、行け」
くいくいくいくい。
「行け」
極めて面倒そうに言い捨て、奏は床に寝転がる。
眼鏡は眼鏡のブリッジを抑えて静かに笑うと、無数の眼鏡をじゃらつかせながらマントを開いた。
眼鏡が眼鏡の奥で目を見開く。直後、眼鏡の眼鏡、そして翻した眼鏡から、鮮烈な虹色の光が発せられた。
眩い光に奏が体を起こす。見た目は残念だが、とても強力なのでは、と淡い期待を抱いて。
光は暫く続いた。サーバントが無い首を捻るほどに。
やがてゆっくりと眼鏡が振り返る。眼鏡はしたり顔で微笑むと、眼鏡のブローチを指で摘んで位置を直した。
――虹の根元には幸せが埋まってるってね。ふふふ、そこには眼鏡が埋まってるのさ
奏はむせた。
「光るだけとか使えない……! あと虹に謝れ!
ほら、新しい眼鏡だよ! これをつけて戦うんだ!」
呼ばれて眼鏡は舞い戻り、奏から預かった眼鏡を装着する。やや重量があることを覗けば良い眼鏡だ。眼鏡は満足げに眼鏡の具合を確かめると、命じられたままサーバントの群れに特攻する。眼鏡がサーバントに取り囲まれたことを目視してから、奏は手元のリコモンを操作した。
チュドーン!!
眼鏡は多数のサーバントを巻き込み、大爆発した。敵も、眼鏡も、木端微塵だ。
ふう、と息を吐き、奏は再び現れたカードを捩じった。現れた眼鏡のあらゆる眼鏡のレンズには亀裂が走っていた。
くいくいくいくいくいくいくい。
「うるさい。次行くぞ!」
眼鏡を差し出され、眼鏡は眼鏡を快く受け取った。
遣り取りの分だけ対応が遅れてしまい、彼らの横を1体のサーバントが駆け抜けた。
狙いはメリー(
jb3287)。あろうことか、彼女は完全に孤立してしまっていた。
「あ……あ……!」
サーバントが迫る。
「いや……助けて、お兄ちゃん!!」
叫び、屈む。
丸まった彼女の背中から、青いカードが浮かび上がる。それはひらりと回転し、独りでに割れた。
牙を剥いてサーバントは突っかかる。が、硬いものに弾かれてしまった。
――傷一つでもつけさせるかよ
懐かしい声にメリーが顔を上げると、そこには上半身を肌蹴た兄、マキナ(
ja7016)の姿があった。
「お兄ちゃんっ!!」
――下がってろ
言って平手を見せる。メリーは頷いて下がり、隆起した三角筋をデジタルカメラで激写した。マキナがどこからともなく現れた、身の丈の倍ほどもある巨大な斧を両手で握る。メリーは盛り上がった上腕二頭筋をデジカメに何度も収めた。一斉に襲い来るサーバントを見据え、マキナがぐいと腰を捻る。存在感を増した広背筋に連続してフラッシュが焚かれる。
――俺の可愛い妹に……色目使ってるんじゃねえッ!!
気合一喝、斧を振り回す。ぶん、という乱暴な風音。紛れてぶち、ぶば、と肉の爆ぜる音。メリーが顔を上げれば、遥か遠方には幾つものサーバントの欠片が散らばっていた。
「お兄ちゃんすごーいっ!!」
凛々しい背中をファインダーに収めてシャッターを切ってから、メリーは兄の上腕二頭筋に抱き付いた。
「とってもカッコいいよー!!」
満面の笑みを何度もこすり付ける。当たる髪の柔らかさに微笑みながら、兄は妹の頭を優しく撫で続けた。
「見せつけてくれちゃって」
嵯峨野 楓(
ja8257)は呟き、でも、と眼鏡の位置を直した。
「うちだって負けてないもんねー?」
踵を返して向き直る。目の前にはサーバントの群れ。
絶望的な状況に、尚も楓は笑う。
「来て……マリ!」
顔の横で指を鳴らす。
優しく静かな黒い光が立ち昇り、その中に、白い兎の耳を生やし、ブラウンのカジュアルなスーツに身を包んだ桜木 真里(
ja5827)の姿が浮かび上がった。
楓は目じりを下げ、その場に座り込む。視線はマリの腰やや下でふにふにと動く丸くて白い尻尾の辺りに。
――楓の為に闇に落ちて
マリが微笑む。刹那、深い闇がサーバントの集団をすっぽりと包み込んだ。それは一度だけ、まるで咀嚼するように蠢いてあっさりと霧散する。
何が起こったのか理解できないサーバントが周囲を見渡す。足元には、ピクリとも動かない同胞たちが重なるように横たわっていた。
楓が立ち上がり、マリの背後から囁く。
「討ち漏らしがあるけど?」
――ごめん。精いっぱいやったんだけど
「だーめ、お仕置きです」
言い、楓は本能の赴くままにマリの臀部を撫で回す。
「ふふ……っ」
なでなで、
「うふふふふふふふふふ」
なでなでなでなでなで。
――……少し、やりすぎじゃないかな?
なでなで×108万。
――…………楓?
「おっと……ごめんなさいー」
苦笑いを浮かべてマリを振り向かせ、跪かせて額にキスをした。感触は2回。ひとつは柔らかなくちびる、次いで、形のいい鼻から滴った鮮血。マリが何かを訴えようと口を開き、しかしニッコリと傾いた楓の表情に何も言えなくなる。
穏やかなひと時をサーバントの攻撃が切り裂いた。ただ1体生き残ったサーバントが、伸ばした腕から爪を飛ばし、楓の頬、皮を薄く斬り付けたのだ。
指でなぞり、傷を確かめて楓は一瞬笑い、すぐに表情を凍らせた。
「首を刎ねろ」
――仰せのままに
立ち上がるマリはやはり笑顔。しかしそれをサーバントが視認した瞬間、マリの姿は消え失せた。
直後、サーバントの後頭部に鈍痛が走る。たまらず突っ伏し、振り向けば、振り降ろした魔導書を開くマリの笑顔がそこにあった。
――楓を傷付けるなんて、覚悟はできてるよね?
風もないのに捲れ続けたページはやがてピタリと挙動を止め、大振りな鎌を担いだ死神を浮かび上がらせた。サーバントが指一本動かす前に、命まで届きそうな鎌の先端が首元深くに叩き込まれる。
とん、と背中がぶつかる。恭弥と悠人は肩越しに互いを一瞥した。息を吐くタイミングが不意に合う。
「粗方片付いた、かな?」
「まあ潮時だろ。そろそろ引き上げ――」
小声で打ち合わせる2人の耳に、高い悲鳴が飛び込んだ。
●ボス戦
萌々佳は単独、巨大なサーバントに対峙していた。
明らかな格の隔たりを感じながら、それでも萌々佳は微笑む。そして茶髪の男の子のぬいぐるみを振り被ると、
「来なさぁ〜い〜……」
足元に叩き付け、
「……UMAぁ〜!!」
ピンヒールで一思いに貫いた。
割れるように揺れたぬいぐるみが輝き、その中から具現化した小野友真(
ja6901)――UMAが現れる。彼は背中を抑えて泣いていた。
――その召喚おやめ下さい心が痛い!
「いいから黙ってつっこんできなさぁ〜い〜!!」
――行ってきますぅー!!
両目から滝のような涙を流しながら、UMAは慣れた仕草で両足を畳む。
――大変この度は!
そして付いた手の上に深々と首を垂れると、
――申し訳ありませんでしたぁ!!
まるで弾丸のように床を滑り、サーバントに吶喊していく。その完璧なフォルムと差し込む後光にサーバントは動く事さえできない。UMAは尚も加速、床に黒い轍を刻みながら進み、脳天からサーバントに激突した。
地面を揺らしながらサーバントが倒れる。
UMAは真っ赤になった膝を擦りながら立ち上がり、ビシッ! っと音が鳴るほど見事なポーズを決める。
――……ふ、俺の土下座の美しさに震えるがいい……
「何カッコつけてるの〜? あなた見習いでしょう〜?」
遥か後方から届いた萌々佳の抗議にUMAが振り向く。
ちょうどその挙動に合わせて、サーバントが萌々佳目掛けて魔法の砲弾を放った。
「え……?」
回避も、UMAも間に合わない。赤と黒が渦巻く砲弾は、成す術ない萌々佳に直撃した。
耳をつんざくような爆発音と、絹を裂くような萌々佳の悲鳴。
UMAが名前を叫ぶが、萌々佳はがっくりと膝をついてしまう。
「……あ〜あ〜……もっと、やりたいこと、あったのに……なぁ〜……」
呟き、萌々佳は糸が切れたように、床に突っ伏してしまう。仲間らが駆け付け、体を揺する。が、起きない。
UMAは彼らに背を向け、嗤いながら起き上がるサーバントに向き直った。
よくも。
怒りに震える体が揺れ、増える。赤、青、緑に輝くUMAが一斉にサーバントを睨みつけ、右手を翳した。3色の光は宙で複雑に絡み合い、それぞれの色を濃く残したまま白色へ昇華、サーバントの胸元を焦がし、押し倒す。
爆発、そして反動で吹き飛び、ごろごろと後転するUMA。膝も頭も腕も傷だらけだった。それでもUMAは立ち上がる。討たねばならない仇があったから。
傷だらけの背中に聞き慣れた声がぶつかった。
「今です! 総攻撃チャ〜ンス〜!!」
――元気なんかああああいっ!?
振り向いたUMAの背中にサーバントの攻撃が直撃する。巻き起こる爆炎、爆煙を切り裂き、仲間らが駆け抜けた。
悠人が大剣を振り降ろし、生まれた傷口にユメサクラが炎を叩き込む。たじろぐサーバントの目前にメリーを背負ったマキナが飛び込み、巨大な斧を叩き付けた。
サーバントが腕を振り上げ攻撃の体勢を整える。が、そこへ恭弥が我武者羅と言えるほどに銃弾を撃ち込んで崩し、飛び込んだアトリアーナが深紅の斧でばん、と切り落とした。もう片方の腕には眼鏡がしがみつき、奏の操作で眼鏡もろとも大爆発する。
幽鬼のように佇むサーバントの首に漆黒の鎌が添えられる。マリがぱたん、と魔導書を閉じると、死神が鎌を引き、頭が闇まで飛んだ。
足を広げ、両膝を伸ばしてから楓が駆け込む。そして勢いを充分に乗せたまま、
「月までぶっ飛びなぁっ!!」
ありったけの力で思いっきりサーバントの身体を蹴り飛ばした。
抵抗する術も無く、サーバントは錐揉みながら虚空に舞い、遠くの闇に呑まれ、一番星のように輝いて消えた。
●
こうして、研修は無事、一定以上、想定以上の成果を残すことができた。
遠く離れた仲間との絆を文字どおり『武器』とするこの異質な力が実戦に投入される日は――……来ない。