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マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/01/21


みんなの思い出



オープニング

●自宅
 3人はカレーを頬張っていた。皮が残った、ごろごろとした野菜に隠れてぶつ切りのウインナーが入っている。見てくれは悪いが、味がいいので食は進んだ。
「ねー、司書ー」
 そろそろ名前で呼んでくれてもいいのに。小日向千陰(jz0100)はスプーンを置き、水を含む。
 三ツ矢つづり(jz0156)はいつにも増して真剣な眼差しを向けて来ていた。
「バイト、したいんだけど」
「すれば?」
「……い、いいの?」
 いいんじゃない。千陰は、向かいに座る五所川原合歓(jz0157)が突き出した平皿に白米を盛る。
「ひょっとして、保護観察云々を気にしてくれた?」
 僅かにたじろぐつづりを眺め、千陰は意地悪く微笑む。
「あれは要するに責任者になれってことだから、問題さえ起こさなければ何やってくれてもいいのよ」
 はい、と合歓にカレーを渡す。受け取るや否や、彼女は夢中でスプーンを動かした。
「あなたは? バイトしてもいいのよ?」
 ないない、とつづりが答えた。
「伍(ウー)はそういうタイプじゃないじゃーん。そろそろ気づきなよ」
「……あっそ」
 そういうものなのか。そういうものだったっけ。頬張ったカレーが口の中でじゃり、と鳴った。


●掲示板前
「さーってと。ちょろくて長期で時給が良くて休みが多い所がいいなー……」
 もちろんそんな優良物件は無く、目につくのはどれも短期のものばかり。喫茶店のウエイター、ゲームセンターのフロアスタッフ、書店員。
 つづりは唇を尖らせる。
「アウェーなの苦手なんだけどなー……」
 二の足を踏むつづり。頭と縛った髪がしょんぼり、と垂れた。

 彼女に人影が落ちる。同じく、短期のアルバイトを探しに来たあなたたちのものだ。
「……んー……」
 つづりは暫し考え――るフリをして意を決し――た後、ねえ、よかったら、とあなたたちに声を投げた。


リプレイ本文

●ゲームセンター
「ああ、ペアで動いてくれて大丈夫ですよ。困ったことがあれば呼んで下さいね」
 言って店長は事務所に戻ってゆく。様々な筐体が大声で存在を主張する中、残された並木坂マオ(ja0317)、真柴榊(jb2847)、そして三ツ矢つづり(jz0156)は顔を見合わせた。
「とりあえずは掃除だけでいいのかな?」
「っぽいな。そんじゃ、マオは遊撃頼むわ」
「オッケー!」
 マオは掃除道具を手に走り去る。ベルトから下げたメンテナンス用の鍵をじゃらついた。
 榊は傍らのツインテールを見遣る。
「何て呼べばいい?」
「何でもいいよ。三ツ矢でもつづりでも、参(サン)でも」
「呼ばれて嬉しいのは?」
 つづりは即答する。榊はまるで妹を見るような目で笑った。
「判った。よろしくな、参」


 景品コーナーに突入するなりマオはその場にしゃがみ込んだ。カーペットに黒い塊が付着している。吐き捨てられ、誰にも気づかれぬまま幾度も踏み潰されたガムの成れの果てだった。専用の溶剤を垂らし、暫し待つ。それでようやくなんとか動くようになった。ヘラで根気よく削ってゆく。根気の要る作業だ。
 軽く見渡しただけで同じ汚れは幾つも見つかった。マオは一瞬だけ肩を落とし、作業に集中する。
 一か所、二か所と綺麗にしていくマオに、ふくよかな老婆が声を掛けてきた。


「どうして燃えるゴミ箱に缶を入れるんだ……」
「ね。隣にカン入れあるのにさ」
 分別し、ゴミ袋の口を縛る榊。つづりはゴミ箱を雑巾でごしごしと拭いていく。
 繰り返すこと数か所。ゴミ袋はすぐに持ち運びきれない量になった。
「1回捨ててくるよ」
「場所覚えてるか?」
 つづりは頷き、パンパンのゴミ袋を両手に小走りで去っていく。


 マオが連れて行かれたのはメダルコーナー。席を覗き込むと、メダルがレールに詰まって遊べなくなっている。
 メンテキーを手繰り、大きなアクリルの扉を開ける。指で押してみるがびくともしない。ならば、と腰に差していたドライバーで押し遣った。
 メダルは通るようになったがモニターが暗転してしまった。画面には解除方法がざっくりと表示されている。
「んー……?」
 首を傾げながらいろいろ操作する。読めない英語もあったが、操作が正しかったらしく、ゲームは無事再稼働した。
「っと。お待たせしましたー」
 ありがとう。すみません。老婆は何度も言いながら席につく。
 小さくガッツポーズを取るマオの耳に、突然若い男の罵声が届いた。


 榊が到着した時には、既に一触即発の有り様だった。場所は景品コーナー。髪を逆立てた男がつづりに向かって怒鳴り散らしていた。
「この台全然取れねえぞ!」
「だからって機械揺らしたら壊れちゃうでございましょう!?」
 つづりは真っ向から言い合いに応じている。遠目にも手が震えているのが見て取れる。さらに見れば、台の中の景品が盛大に崩れている。なるほどと榊は頷き、2人に駆け寄る。
「どうなさいました?」
 顔を真っ赤にした男からは推察以上の情報は出てこなかった。
「では少し取りやすく置き直しますので」
 男は応じない。景品を寄越せ、の一点張りだ。
「しばいちゃおうよ」
「駄目駄目」
 小声で打ち合わせ、榊が笑顔で前に出る。ただの笑顔ではない。目つきの悪い剃髪の男の笑顔だ。それは知らぬ内に威圧を孕んだ。
「他のお客様のご迷惑にもなりますので」
 男は一歩下がるものの、既に引っ込みがつかなくなっていた。うるせえ、と怒鳴り、拳を握る。
 その手を、駆け付けたマオが掴んだ。同時にぐい、と軽く捻る。それだけで男は仰け反り、動けなくなった。
「ここは遊ぶとこだよ? 大声出したらダメだってば」
 極めるマオと痛がる男、俯いて小さく拍手するつづりを見遣り、榊は肩を落として店長を呼んだ。


 騒動が片付き、清掃に戻って終わらせると契約の時間を少々過ぎていた。各々は着替え、店長から給料を受け取る。よくやってくれたけど、さっきのあれはちょっとやり過ぎ。ということで、給与は通常分貰うことができた。
「いやー、普通にお金を稼ぐって大変だね!」
 ホント。相槌を打ち、つづりは首を鳴らす。
「でも、この先ずっと戦えるわけでもないしね」
「だよね。できることを増やしといて悪いことはないよね」
 にこりと笑い、あれ、とマオは目を丸くする。
「真柴さんは?」
 話題に上ると同時、榊は苦い顔をして戻ってきた。
「確かに激ムズだな、あの台は。結構持っていかれたぞ……」
 首をかしげるつづりに榊が景品を放り投げる。それは、先程男と揉めた台に飾られていたものだった。
 榊は笑う。とても朗らかに。
「バイト記念ってことで。お疲れさん」



●喫茶店
「へえ。よかったじゃない。で、それをずっと眺めていて仕事が手につかない、と」
「そういうわけじゃない、けど……」
 反論しつつ、つづりは携帯から下げた黒地のストラップを弄んでいた。膝の上にはチビ――久瀬悠人(jb0684)の蒼毛のヒリュウが足を畳んでいる。
 笑みを浮かべ、常木黎(ja0718)はフライパンを振るった。制服をきっちり着こなし、絶えず微笑んで調理する様子は、同性のつづりから見ても眩しく、美しく、何より映えた。
「ほら、ナポリタン。3番テーブルによろしく」
「んー」
 携帯とヒリュウをカウンターに置き、つづりは腰を上げた。
 トレイに出来立ての料理を乗せて運んでゆく。香ばしい香りに腹の虫が鳴いた。
 道中、店内を清掃していた悠人とすれ違う。意味ありげな視線が飛んできたが、つづりはその意図を汲めなかった。
 小さくため息をつき、彼はカウンターへ戻る。黎が身を乗り出してきた。
「言い方悪いけど、結構頑張るね。サボりたいって顔してるのに」
「サボりたいよ。でも、そう思うほど仕事が捗るんだ。なんでだろ」
「真面目な性格してるってことさ」
「お待たせしましたー」
 つづりがナポリタンをテーブルに置く。フォークの柄を右に向けたのは経験者である黎と悠人の指導の賜物だ。
 赤く輝く料理、丁寧なもてなし。にも関わらず、スーツを着た中年の男性はつづりから目を離そうとしない。悠人の嫌な予感が的中した。
「自分、可愛いねえ」
 何言いだしてんだこのオッサン。やや眉を寄せて生返事を返すつづり。
「今日何時上がり? このあと予定ある?」
「あと1時間くらいですけど、すぐ別のバイトに行きます」
 真正直に答えなくても。カップを拭く黎の笑顔が少しだけ強張った。
「美味しいクレープ屋さん知ってるんだけど、よかったら一緒にどう?」
 古典的だな。口の中で呟き、悠人はチビの首根っこを掴む。
「……は?」
「ね、すぐ終わるからさ、ちょっとだけ付き合ってよ」
「……ゴユックリドウゾ」
 言い捨て、つづりは踵を返す。
「つれないねえ。そこがまた可愛い」
 耳を貸さず、立ち去ろうとしたつづりの臀部に男が手を伸ばした。
「――……ひぁっ!?」
 一瞬ではあったが、間違いなく触れ合った。つづりの背中が一気に粟立つ。
「こっ……!」
 シルバーのトレイを振り翳して振り返る。その視界の隅を蒼色が横切った。
 次の瞬間、


 ぽにゅん……


 柔らかそうな音を立て、男性客の顔面にチビが激突した。
「ストラーイク、と」
「その投球モーション仕舞いなよ」
 言いながら黎がつづりを手で呼ぶ。頬を膨らませた彼女と入れ替わるように悠人が前に出、男性客に対応する。
「いやー、すいません。うちのチビがご迷惑をおかけしまして」
「どうなっているんだこの店は!?」
 愛想笑いを浮かべ、すみません、と頭を下げる。チビは悠人の頭にしがみつきながら赤い瞳で男性を睨んでいた。
「でも不思議なんですよね。
 『正義感が強い』だけがウリのこいつが、どうしてお客さんに向かっていったのかな……」
 バツが悪そうに俯く男性に悠人が畳み掛ける。
「経験者の俺と違って、あいつ今日が初日なんで。『いろいろ』勘弁してやってください」
 男は舌を打つと、テーブルに紙幣を置いて席を立った。
「まいどありー」
 横目で見送り、悠人はナポリタンの皿を持ち上げる。


 バックヤードに連れられたつづりは、詰まれていた段ボールが空っぽなことを確認してから蹴り飛ばした。
「なんで止めたのさ!!」
 胸の下で腕を組み、黎は重いため息をついた。
「爆発するのが目に見えてたから。あそこで爆発して、客の頭ぶっ叩いて、それでどうするつもりだった?」
「そ、れは……」
「制服に袖を通しているうちは店の看板背負ってるの。それが判らないと、どこ行っても長続きしないよ」
 言い切り、おっと、と眉を上げる。元気だけが取り柄に見えたツインテールは、エプロンを掴んで俯いてしまった。ごめん、ちょっと言い過ぎた。黎はつづりの頭を軽く2回撫でる。
「落ち着いたら戻っておいで。お客さん少ないし、なんとかするさ」
 首が強く振れた。
「戻る……ます。あの……すみませんでした」
「それはマスターに言わないとね」
 黎がドアを開け、つづりを先行させる。カウンターでは悠人がナポリタンを貪っていた。
「……食べるか?」
「具しか残ってないじゃん」
「これめちゃくちゃ旨いですよ黎さん」
「うん、ありがと。マスターの仕込みがいいんだよ」
 黎の気遣いを受け、つづりは奥に座る店長に向かった。頭を下げようとしたつづりに、マスターは微笑む。
「せっかく働いてくれたのに、嫌な思いさせてごめんね」
 てっきり怒られると思ったのに。そして思いっきり反省できると思ったのに。
 いろいろなタイミングを見失ったつづりに、悠人がチビを手渡す。
「モフっとけモフっとけ」
「〜〜〜〜!!」
 つづりはチビの背中に顔をうずめ、ぷにぷにしたお腹を両手で揉みまくった。



●書店
「なるほど。喫茶店でそんなことがあったんですか」
「ん……」
 戸次隆道(ja0550)とつづりは通路を行き来する客にギリギリ聞こえぬ声量で会話を続ける。
「でもなんで気付いたの? あたし、顔に出てた?」
「前髪に見慣れぬ青毛がついていたので」
「ちょ、早く言ってよ!」
 言われてつづりは慌てて前髪を払った。微笑を浮かべながらも隆道は作業を進める。
 ひと段落したところで、つづりの携帯が震えた。振り返り、一見で納得する。
「援護射撃してくる」
「前線を維持します」
 軽く手を挙げ、向かった先はレジのあるカウンター。そこでは桜木真里(ja5827)がにこやかな笑顔で長蛇の列を懸命に捌いていた。
 荷物の山をひょいと跳び越え、つづりが駆け付ける。
「何すればいい? レジ開ける?」
「いや、カバー掛けをお願い」
「オッケー」
 真里が客に尋ね、了承を得た本がつづりの前に滑り込む。慣れてはいないが、要領さえ判れば容易い。細かい作業は得意分野だった。
 真里の接客も丁寧且つ無駄が無く、しばらくして店長がレジを開けるとようやく息つく暇が生まれた。肩の力を抜いたつづりの目に、レジに積まれた本の山が映り込む。
「桜木先輩、それ何?」
「あ、さっきやっぱり要らないって言われた本だね」
「あたし戻してくる」
 言うが早いか、つづりは3冊を抱えてカウンターを飛び出す。心配そうに見てくる隆道には表情で合図。目の回る忙しなさの中で、しかし確かに余裕があった。手応えと言ってもいい。

 だから気付けた。

「……?」
 棚の森の奥深く、学生服の女性が鞄の中に売り物を入れていた。
 さりげなく一歩寄ってみる。学生は離れるように移動していく。それでもレジ側に向かったのでほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、生徒は出口へ向かって足早に去っていく。
「ちょ――!」
 足を速め、女生徒の肩を掴む。彼女ははっとして振り向いた後、訝しげにつづりを睨んだ。
「……なんですか?」
「会計。まだ済んでないでしょ……よね?」
「なんのことですか?」
「だーかーらー!」
 凄むつづりの頭に隆道がポン、と手を置いた。
「何の騒ぎですか?」
 つづりが事情を説明する。
 女生徒は頑なに否定した。そんなことはしていない。名誉棄損だ。責任者を出せ。帰らせて。
 ふむ、と隆道。
「間違いなく、見たんですね?」
 つづりが頷く。そうですか、と隆道は微笑んだ。
「鞄を確認させてください」
「……! もし何も出てこなかったら――」
「その時は、2人で気が済むまで土下座でもなんでもします。
 お客様の身の潔白を示す為にも、中身を拝見させてください。よろしいですか?」
 女生徒は唇を噛んで答えない。
 既に周囲は野次馬に囲まれていた。その人垣を裂いて真里が現れる。
「申し訳ございません。お客様、詳しくお話を伺いますので、こちらへ」
「っ……だから、私は――」




「こちらへ?」




「――っ」
 女生徒は息を呑み、それきり抵抗しなかった。微笑む真里に連れられて事務所に連行されてゆく。何があったか隆道に尋ねても、知らない方がいい、とはぐらかされてしまった。
 しばらくして店長が現る。
 助かった。ありがとう。
 仕事に復帰していた2人に、彼は何度も頭を下げた。



●閉店
「お疲れ様でした」
「お疲れー……桜木先輩、ちょっと元気ない?」
 眉尻を下げて頬を掻く真里。
「最後ちょっとドタバタしたから、狙ってた魔導書買えなくて。でもお給料貰えたし、また買いに来るよ」
 ドタバタとは、もちろん万引き騒動のことだ。そういえば、とつづりは隆道に視線を送る。
「……どうしてあの時信じてくれたの?」
「嘘を言っているようには見えなかったからです」
 それと。隆道は指を立てて付け加える。
「友人のことは信じる質ですから」
 つづりは。
 ぽかんとして、動けなかった。
 苦笑いを浮かべ、隆道が口を動かす。
「良かったら、皆で甘いものでも食べに行きませんか。いい甘味処を知っているんです」
 はたと我に返り、つづりは顔の前で手を合わせた。
「あ、ごめん! 門限があるんだった!」
「なら仕方ないですね。あの人を怒らせると後が怖いですから」
「お疲れ様、三ツ矢。気を付けて帰ってね」
「うん。2人とも、お疲れ!」
 すっかり暗くなった夜道を、つづりは手を振りながら帰って行った。



●自宅
「ただいむっ」
 玄関を開けるなり、五所川原合歓(jz0157)が抱き付いてきた。宥めながら靴を脱ぐ。
「給料でゲーム買ってきたんだー。一緒にやろうよ」
「――え……やったこと、ない……」
「教えるから大丈夫だって。ね、やろ?」
 小日向千陰(jz0100)がキッチンから顔を覗かせる。
「お、いいなー。私には?」
「保護観察対象にタカるなよ!」
 それもそうか。千陰は換気扇のスイッチを入れ、紙巻きに火をつけた。
「どうだった、労働は? 尊かった?」
 ゲーム機の封を切りながらつづりは答える。
「すっごくしんどかった」
 でも、とその手が止まる。
「教われたよ。いろんなこと、たくさん。
 だから、楽しかった」
 上がった顔は笑みでなく、とても凛としたものだった。
「そう……。ん、お疲れ様」
 千陰が吐き出した煙は、換気扇に吸われて綺麗さっぱり無くなった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
修羅・
戸次 隆道(ja0550)

大学部9年274組 男 阿修羅
筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
真ごころを君に・
桜木 真里(ja5827)

卒業 男 ダアト
絆紡ぐ召喚騎士・
久瀬 悠人(jb0684)

卒業 男 バハムートテイマー
フラッシュポイント・
真柴 榊(jb2847)

大学部7年170組 男 アストラルヴァンガード