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マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/01/17


みんなの思い出



オープニング


 空も大地も、隣を歩く仲間でさえ真っ白に染まっていた。耳元では轟々と風が鳴いている。目を開けて立っていることもままならぬ、大吹雪だった。
「弱まる気配もありませんね」
 同行していた男性が苦笑交じりに呟く。両腕は、数時間前にやっと保護した娘を抱き締めていた。
「雪が降るのは毎年のことですが、ここまで酷い天候は初めてかも知れません」
 言葉は寒さでとても震えていた。横目で見れば、たくわえた口髭が凍っている。



 遡ること5時間前。
 久遠ヶ原学園から駆け付けた撃退士――あなたたちは、父親と共に遭難した娘の捜索に赴いた。
 通常であれば関与する案件ではないが、山ではサーバントの目撃例が散見されていた。念の為、そしてどうしても、という父親の嘆願に応じた形となる。
 結果、集落から遠く離れた川沿いで娘は発見された。ぽっかり空いた横穴に避難こそしていたものの、全身は氷のように冷え切っていた。
 ああよかった、さあ帰ろう、と歩き出すと、途端に天候が崩れ、雪が落ちてきた。
「日頃の行いが祟ったんですかね」
 冗談ぽく父親は笑い、自らの上着で娘を包み込んだ。



「もう少し、ですかね」
 家の灯りは元より、視界に雪以外のものが見えない状況にも関わらず、父親は言う。
「帰ったら、シチューでもいかがですか。自慢じゃありませんが、家内の作るホワイトソースは絶品で――」

 動くな、喋るな、と。一人が父親を手で制した。

 猛吹雪にして豪雪。雪は膝下まで積もり、隣の者の顔さえ窺えない。
 辺りは一面の銀世界。他の色は見当たらない。
 斯様な悪条件の下で、それでもあなたたちははっきりと察する。


 ――囲まれている。明確な敵意に。


リプレイ本文


 ゴーグルをつけているとはいえ、顔には飛礫のような雪が絶えず当たる。あっという間に積もった雪は、誰の足も例外なく甘く掴み、膝から下を冷たく濡らしていた。
 一刻も早く帰還しなければ、というところへ、この敵意である。誰であろうと気が滅入る。
「……運が無いわね……」
 背にした親子に聞こえぬ声で呟き、藍星露(ja5127)は長い髪をかき上げた。
「ど、どうしたんですか? もしかして……」
「大丈夫ですよ」
 レグルス・グラウシード(ja8064)が膝を折り、親子に笑みを見せた。隣には似た表情を浮かべたレイル=ティアリー(ja9968)。
「申し訳ありませんが、少しの間動かず辛抱してください」
「……よろしく、お願いします……」
「はい。お任せください」
 カーディス=キャットフィールド(ja7927)は微笑み、携帯していた保温シートを父親に手渡した。受け取るなり、父親は冷え切った娘にそれを巻き付ける。大丈夫か、もう少しだからな。
「……絶対に、守りましょう!」
「ええ。傷一つ付けさせません」

「(――とは言え)」
 やや離れた位置で迎撃の準備を整えていた各務浮舟(jb2343)が、周囲に気を配りながら思考を巡らせていた。
「(天候、足場、守るべき存在。悪条件で、後手も後手。
 ……こんな時、お兄ちゃんだったら……多分、冷静になろうよ、って言うよね)」
 大丈夫。繰り返して鋭く息を吐き、白い闇を注視する。


 この時既に8名はサーバントによって包囲されていた。
 等間隔に距離を置き、積雪を蹴散らしながら機会を窺うように旋回する。
 さらに、狙いも2つに定められていた。
 ひとつは、保温シートに包まれて献身的な介抱を受ける娘。
 もうひとつは――


「なんか、イヤァ〜な感じ……」
 合わせた手に息を吹きかけ、ミシェル・ギルバート(ja0205)繰り返し小さく跳ねる。全方位から見られているような感覚が彼女を絶えず襲っていた。辺りに気を配りながら、時折ポケットに手を入れ、持参したカイロを揉む。温もりが手のひらから伝わり、少しだけ彼女を安心させた。
 そしてそれが仇となる。
「――んー……?」

 閉じていた目を見開き、レグルスが声を上げる。
「います……4体。囲まれています!」

 それとほぼ同時。
「来たしーっ!!」
 ミシェルが発声、利き腕に鉤爪をはめ、己が闘争心を解き放つ。
 視界には、まるで除雪車のように雪を巻き上げて突進してくる白い影がうっすらと映っている。
 鋭く息を吐き、ミシェルは腰を落とす。
「? 何を――」
 浮舟が問うより早く、サーバントの巨体がミシェルを押し潰すように突進した。辺りにボンッ、と不快な音が鳴る。
「っ……!」
「ギルバートさん!」
「大丈夫だしっ!」
 ミシェルは歯を食い縛ると、鉤爪をサーバントの身体に突き刺し、押し込んだ。身を振り払おうとするサーバント。ミシェルはなんとか耐え、3本の爪で身体を抉り取った。水を吸ったスポンジを欠くような気味悪い感覚が彼女を襲う。
 体を大きく左右に振りながらサーバントは駆ける。浮舟が牡丹色に染めた瞳でそれを観察していた。歪に窪んだ部位からはごぽりと体液が漏れていた。ともすれば目印になるかと思われたそれは、しかし雪の色だった。
「(なら、見失わなければいいだけのこと)」

 彼女の意図を汲むように、
「眩しいですから、顔を伏せていてください!」
 レグルスが鮮烈な光を纏った。久しぶりに感じる明るさにそっと安堵しつつ、父親は顔を伏せて娘を抱える。
 そこへサーバントが、左右から2体同時に突進する。
「通しませんよ」
「通しはしないっ!」
 レイルとレグルスがそれぞれの盾でサーバントの攻撃を防ぐ。2メートルを超える巨体に押され、踵が父親の背中に当たった。しかしてそれは力となる。レイルは両刃の剣をサーバントの首元に突き刺す。声を上げず悶える様に眉を寄せ、剣を横に払って引き抜く。転がるような挙動でサーバントは彼から距離を置いた。
 レグルスはただ堪えていた。防がれ封じられ、それでも前へ進もうとする白い巨体を、新雪に踏ん張り耐え抜いた。
「お前なんかの攻撃に――負けてたまるかっ!!」
「感服いたします」
 微笑を混ぜて言い、カーディスがサーバントの脇腹に大剣を振り上げる。剣先は雪と、純白の体液を巻き上げた。サーバントは一度横転、ややもたついてから立ち上がり、彼らから距離を置く。
 再び訪れた静寂。顔に当たる雪を袖で拭い、レイルが毒づく。
「雪に紛れる保護色とは、厄介な……」
「ヒット・アンド・アウェイがまた面倒ですね」
「何度来たって防いでみせます!」
「しかし万が一、ということがあります。体液まで白では見分けがつきません」
「私が囮に、とも思いましたが、連中、目はおろか顔さえありませんでした。引き付けるのは難しいでしょう。攻勢に転じるきっかけが欲しいところです」
「そうですね……と……」
 カーディスが言い、3人が構える。

「んー……そーだっ!」
 表情を晴らし、ミシェルは作業を開始する。
「ここを、こーして……」
「来てますよ、ギルバートさん!」
「こーして……できたしっ!」
 深紅のマフラーを自慢げに翳すミシェルに無傷のサーバントが猛スピードで迫る。彼女は再び腰を落とし、備える。
 目と鼻の先まで迫った瞬間、彼女は左に大きく踏み込んで攻撃を往なし、それを軸にして回転、マフラーを握った腕を振る。
 ずぶり。
 そのまま持っていかれそうに薙がれた腕は、しかし確かに手ごたえを得ていた。歯を見せて振り向けば、サーバントの胴体には鮮やかな赤がたなびいている。くくりつけたペンライトを突き刺したのだ。
 サーバントは遠くで旋回、身を震わせ突撃してくる。その流れをマフラーが雄弁に語る。
 ミシェルは笑みを深め、剣を両手で握る。
 猛然と突進してくるサーバント。その挙動に合わせ、踏み込み、剣を振り抜き、横へ移動する。
 胴の芯近くまで裂かれたサーバントは躓くようにして前進。
 その先には親子、その手前には星露。
 彼女は数歩駆け、よたつくサーバントの脳天目掛けて戦斧を振り降ろした。大陸特有の、しなやかさと速度を合わせ持つ一撃を見舞われ、サーバントはその場に平伏、数瞬の後爆発。体の破片は雪に紛れるようにして舞い飛んだ。
「やっるーぅ!」
 吹雪の中を回転してペンライトとマフラーが飛んでくる。
 ミシェルはそれをキャッチ、星露に笑みを向ける。彼女は事も無し、と肩をすくめた。
 浮舟は横目で顧みて、
「(ディフェンスが心強いと、オフェンスが大胆になれていいね)」
 得物を指でなぞり、前を見た。
 身体の一部をくぼませたサーバントが正面から迫ってくる。
 浮舟は腕を振り、白い扇を投擲。吹雪を蹴散らし、巨体を穿つ。
「でも……」
 星露の懸念通り、サーバントは止まらない。しかし彼女は目を見張った。鉄扇が直撃した部位に、確かに赤が滲んでいたのだ。遥か彼方に逃げられたならいざ知らず、目視できる位置で距離感を掴むには充分な目印だ。
 『己の血』が滴る扇を捕まえる浮舟。寸前まで迫ったサーバントの突進は横に大きく跳んで回避。
「お願いします!」
 応える代わりに、星露は薄青の蛇龍を生み出す。
 巻いたとぐろの中央で目を見開き、強く一歩踏み込んだ。
 間欠泉のように雪が舞い上がる。そこへ肩から切り込むと、戦斧を背負った背中からサーバントに激突した。

 雪崩を警戒したくなるほどの鈍音。

 踏ん張ることさえできず、サーバントは後方へ押しやられる。そこには剣を振り被ったミシェルがいた。
 彼女は軽いステップで前進、射程に捉えると、地面と平行に剣を振り抜いた。
「ホームラーンッ! ってね!」
 はにかみ、振り返る。視線の先で、大きな体は跡形もなく砕けて散った。


 時同じくして。
「――っ」
 レイルがサーバントの攻撃を受け止める。すかさずカーディスが回り込み、一瞬で照準を合わせリボルバーの引き金を握る。光り輝く弾丸が肩を捉える。が、決定打には至らない。
 追撃をかけようとするが、サーバントは踵を返して光の外側に逃げてしまう。カーディスは忌々しげに息を吐く。
 或いは、このまま徐々に敵の戦力を削るという選択肢もあったかも知れない。だが――
「おい、しっかりしろ! もうすぐ帰れるからな!」
 豪雪に紛れて確かに飛んでくる父親の叫びがレグルスの決意を固めた。
 何度目か判らぬサーバントの突進を、天冥を象った大盾が食い止める。圧倒的な質量差に腕が軋んだ。が、レグルスは怯まず、どころか、ポケットからナイフを取り出した。
 隣でレイルが目を剥く。仲間の眼前で猛っているのは天魔だ。ただのナイフでどうにかできる存在ではない。
 名前を呼ばれるより早く、レグルスは――
「く……っ!」
 己の手の甲を深々と切り裂いた。レイルが息を呑むほど、深く。
「お前たちを倒せるなら、このくらい……っ!」
 滴る鮮血をサーバントに向けて振る。隆起した背から首の横に掛けて、まるでタトゥーのように鮮明な赤が走った。
 サーバントは視力を持たない。自分が何をされたか判らぬまま、先程までと同様に後退した。既に安全な場所など無いとも知らずに。
 光の僅かに外、旋回したサーバントへカーディスが銃弾を叩き込む。仲間が文字どおり命を賭してひねり出した案を1ミリも無駄にしない為に、冷静に、正確に、次々と打ち込んでゆく。初め、サーバントは体を揺するだけだった。しかし着弾する度に揺れは次第に大きくなり、やがて膝を折った。それでもカーディスは手を緩めない。サーバントが弾け飛ぶまで、念入りに、執拗に射撃を続けた。
 レグルスは赤く染まった左手を握る。
「あと……1体っ!」
 呟くと同時、レイルの盾にそれが激突する。強固な守りを続けていたレイルにも疲弊の色が見え始めていた。足元には靴の裏が轍を作り上げている。
「いい加減……」
 それでもレイルはありったけの力を込めて直剣を突き立てる。速度を威力の糧としたしなやかな刺突は、前回、前々回と同じ部位を食い破る。深く届くようになった分、手ごたえは緩い。彼は捻りを加えて剣を引き抜いた。
 痛みか、怒りか。サーバントが顔らしき部分を持ち上げる。
 レイルは構えない。否、構えることは構えたが、防御の姿勢ではなかった。
 降りてくる白い腹。
 そこへ、カーディスが放った漆黒の棒手裏剣が襲い掛かった。鋭利なそれはサーバントの胴体を大きく削り、或いは貫いて飛び出す。
 たまらず転倒するサーバント。仰向けになったところへレイルが踏み込む。ぶにゅり、と気味の悪い感触を覚えた。
「……見飽きたんですよ」
 告げ、高速で剣を振り降ろす。ばん、と小気味よい音を立て、腹部がぱっくりと裂けた。そして患部がおもむろに持ち上がると、まるで吹雪に連れ去られるようにふわりと浮かび、幾万の雪の飛礫に紛れて消えた。


 ほつれた髪を掻き上げるレイル。視界の隅でレグルスが動いていた。雪の上に座り込み、父親の肩に右手を置く。
「大丈夫ですか?」
 父親の凍て付いた頬が上がる。
「……おかげさまで。ありがとう、ございました」
「そう、ですか。よかった」
 それよりも、と父親は視線を落とす。レグルスの左側、雪が赤く溶けていた。
「……ああ。いえ、このくらいなんともありませんよ!」
「強がりは駄目よ」
 言って浮舟はレグルスの手を取る。微かに歪んだ彼の顔を見て、彼女は眉尻を下げた。
「この先も安全とは限らないでしょ? 治せる傷は治しておかないと」
「……はい、ありがとうございます」
 相好を崩す父親へカーディスが声を投げる。
「お待たせしました。歩けますか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございました」
 言って父親は立ち上がる。保温シートに手を入れ、冷え切った娘の細い髪を優しく何度も撫でていた。




 自宅の扉を開けると、すぐに母親が駆け寄った。父親はそれで緊張の糸が切れたのか、倒れ込むようにして家族の胸に飛び込む。おかえり。ただいま。声を掛け合いながら、ぬくもりを与えて、求めて、互いの背中をさすった。
「一件落着、でしょうか」
 カーディスの安堵に頷き、星露が一歩前に出る。
「お疲れ様でした。それでは、私たちはこれで」
「えーっ!? 帰るのー!?」
 抗議の声はすぐ隣、ミシェルから。彼女は下っ腹に手を宛てて項垂れていた。
「おなかすいたしー……」
 ぐーぎゅるるるるぐぎゅるるる。
 豪快な腹の虫に苦笑し、レグルスが頬をかく。
「そうですね、よかったら……あったかいシチュー、いただきたいです」
 是非是非。夫は振り返る。
「ろくなおもてなしもできませんが、家内は本当に料理だけは得意ですので。なあ?」
「そんなことありませんよ。でも、すぐに準備しますので、どうぞごゆっくりしていってくださいな」
 言って微笑み、妻はキッチンへ小走りに去ってゆく。スリッパがぱたぱたと鳴った。
「それではお言葉に甘えまして。絶品シチューをご馳走になりましょうか」
 レイルは玄関先で雪を払い、上着を脱いで折り畳んだ。


 とろみのあるホワイトソースには大きなジャガイモやにんじん、ブロッコリーと鶏肉がごろごろと入っていた。頭を下げてから頬張り、浮舟は目を見張る。
「――美味しいです、本当に」
 同じ感想を星露も抱いていた。冷え切った体が内側から温まり、溶けてゆく。彼女の隣で、カーディスも目を細めて食事を進めていた。
 暖炉の前で娘の手を揉む父親が優しい眼差しを向けてくる。
「やっぱり、若い人は食べる量が違いますね」
 レグルスがにっこりとほほ笑んだ。
「僕の彼女もたまに作ってくれるんですけど。好きなんです、シチュー」
 父親の腕の中で、小さな頭がくるん、と動いた。大きな瞳を輝かせ、娘はやっとほぐれた口を動かす。
「わたししってる! おにいちゃん、りあじゅーだ!!」
「え!? そ、そうなのかな……」
「ねえパパ、わたしもりあじゅーになれる?」
「ああ、きっとなれるさ。でも、へんな男が近づいてきたら、お兄さんたちに追い返してもらおうね」
 優しい口調で物騒なことを言う。レイルは思わず噴き出しそうになった。それを見て父親が笑う。
「冗談ですよ……半分くらいは」
「……心中、お察しします」
「一人娘が無事で、本当にほっとしています。これもすべて皆さんのお陰です。本当に、ありがとうございました」
「おかわりーっ!」
 ミシェルが空の皿を突き出す。母親は喜んで、とシチューを盛り付けた。

 相変わらず続く、寒空の下で。
 彼らが取り戻した家族の団らんは、夜遅くまで続いた。


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