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マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/01/11


みんなの思い出



オープニング

※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。







 ここ、私立久遠ヶ原学園には、ひとつの伝説(読み:じじつ)があります。
 それは――



「卒業式の日、

 禿げたマッチョが全力で笑っている顔みたいな模様が浮かび上がった記念樹の前で告白をして結ばれたカップルは、

 七代先まで確実に結ばれ続ける」



 勉強、部活、そしてイベント。

 目まぐるしく巡ってゆく季節の中で、

 掛け替えのない出会いを果たし、

 決して解れぬ契りを交わす。

 やがてそれは、一生忘れられぬ思い出となることでしょう。



 今年の学園の主役は、あなたたち。

 いったいどんな1年がみんなを待っているのでしょうか――




 (なんかポップなテーマ曲と共に90秒程度のオープニングムービーが流れる)


 ドズバアアアアアアアアン!




 \ と き め き ☆ エ リ ュ シ オ ン /




 ぷっしゅ すたーと ぼたん(極めて丸っこいフォントで)


リプレイ本文

●4月8日
 それでは、1年間よろしくね。担任の教師が教室を後にする。それを合図に生徒らは一斉に席を立ち、新たな交友を築くべく行動を開始した。
「うわっ、髪めっちゃキレイ! それに足細っ!」
「そ、そうでしょうか……あ、ありがとうございます……」
 フレイヤ(ja0715)にやや押され気味な留学生――エリス・K・マクミラン(ja0016)を少しだけ気にしながら、神凪宗(ja0435)は教室のドアを開けた。
 彼が一歩廊下に踏み出した瞬間、

 ぽにゅん

 横顔に柔らかいものが高速で激突する。
「す、すみません!」
 雨音結理(jb2271)が慌てて駆け寄る。
「怪我は、ありませんか?」
 顔を真っ青にして問う結理に、宗は微笑んでヒリュウを渡す。
 あはは、と聞きなれた笑い声が背中に届く。
「新学期早々ついちょらんにゃー」
 日野時雨(jb1247)はころころとした笑みを浮かべていた。
「大方、時雨がそそのかしたんだろう」
 紹介するちや。時雨は露骨に話題を変えた。
「わしの友達の結理ぜよ。こっちは、神凪宗」
「ど、どうも。よろしくお願いします、神凪先輩!」
「ああ。よろしく頼む」
「どうや、可愛いじゃお?」
 宗は軽く頷く。
「生き物は好きだ。それによく懐いている。余程大事にされているのだろうな」
 時雨は手を振る。
「結理のことじゃき」
「えっ!?」
 慌てる結理に宗は目を細めた。
「可愛いと思うぞ。髪も綺麗だし、服も似合っている」
 顔を真っ赤にする結理。まったくこいつは、と時雨はあごを引いた。
「すまない、もう行かなくては。体育祭の実行委員を押し付けられてしまった」
「あははー。ほいたらのー」
 軽く手を挙げ、宗は小走りに去ってゆく。
 その後姿を見つめながら、結理は口の中で彼の名前を呟いた。


 宗が会議室の扉を開けると、無数の視線が一斉に突き刺さった。一際強いものが壇上から彼を貫く。
「遅刻したの君だけだよ」
「済まない」
 頭を下げ、宗は空席――壇上直前の席に腰を降ろした。目の前では、風鳥暦(ja1672)が長い白髪を掻き上げていた。
「えっと、私が体育祭の実行委員長になったわけだけど。副委員長に立候補してくれる人、誰かいる?」
 暦が室内を見渡すが、手は一向に挙がらない。挙がる気配さえ無い。
 宗は軽く振り返ってその光景を眺め、まあこんなものだろう、と前を向く。
 暦の、緑色の双眸がこちらを見ていた。慌てて顔を背けるが、遅い。
「はい、じゃあ今わざとらしく目を逸らした君、副委員長ね!」
「いや、自分は……」
 否定は、背後から波のように押し寄せる肯定の拍手に揉み消された。暦は年上ぶった表情で笑い手招いている。宗は観念し、起立、壇上に上がり頭を下げた。
 拍手が一層強くなった。それに負けないはつらつとした声で、暦は言う。
「短い間だけど、よろしくね、後輩君」
「……全力を尽くそう」
 差し出された手を、宗はしっかりと握った。



「ただいま」
 いつもより重い家のドアを開けると、弟――星杜焔(ja5378)がエプロンで手を拭きながら出迎えた。
「おかえり〜。遅かったね〜」
「体育祭実行委員会の副委員長になってな、打ち合わせが長引いた」
「そうなんだ〜。やっぱりおにいちゃんは凄いな〜」
 焔の瞳からハイライトが消える。
「俺なんてさ〜、友達も彼女もいないしさ〜。やることないからすぐに帰ってこられたよ〜。あ、でも寂しくはなかったよ〜。ずっと妖精さんとお話してたんだ〜。ね〜ティンク〜。あ、おにいちゃんにも見える〜? 今俺の肩で両手を振ってるんだけど〜」
「ああ。いつも元気だな、ティンクは」
 すまない。本当にすまない。できるだけ早く帰るようにする。宗は胸の中で何度も詫びた。
「今日はカレーにしたのか?」
 その一言で、焔の表情に明るさが灯る。
「うん〜。いっぱい作ったからたくさん食べてよ〜。副委員長になったなら体力つけないとね〜」
「いつもありがとうな」
 頭を撫で、撫でられながら、兄弟はすっかり準備の整った食卓へ向かった。



●4月10日
 授業を終え、帰り支度を始めていた宗の机に人影が落ちた。見れば、エリスが困ったような顔で彼を見つめている。
「少し、お時間をいただいてよろしいですか? 先程の授業で判らないところがありまして……」
 胸の前で抱えられたノートの表紙には、まだおぼつかない平仮名で『げんこく』と書かれている。なるほど、と宗は頷き、自身の鞄から現国のノートと教科書を取り出した。

 その光景を廊下から眺める女生徒の姿があった。
「(いいなあ……)」
 小さな机を挟んで座り、同じノートを開き、同じ文字を追う。年下の結理にはまだ高いハードルの向こうだった。
「どうしたの?」
 通りがかった上級生が足を止め、彼女に声を掛けた。
「誰かに用事?」
「あ、いえ、大丈夫ですっ!」
 暦は表情で了解、と伝え、教室へ身を乗り出した。
「副委員長ー、いるー?」

「……すまない。委員会の仕事があるようだ」
 エリスは静かに首を振った。
「お忙しいのにありがとうございました。体育祭の準備、頑張ってください。楽しみにしています」
 ありがとう。告げ、宗は鞄を持って席を立つ。廊下に出、結理に軽く挨拶をしてから、暦に並んで歩いていく。
「会議の予定はなかったはずだが?」
「体育祭が終わるまで休みなんか無いよ」
 案内されたのは生徒指導室。滅多に使われない個室を、暦が教師に直訴して借り受けたのだ。
 狭い室内の両脇には本棚が並び、正面には窓、そのすぐ下には生徒用の机が椅子に挟まれていた。
 鞄を漁りながら暦は進み、右の椅子に腰を降ろした。宗が向かいに座ると、クリアファイルが差し出された。
 宗が問うより早く、頬杖をついた暦が口を動かした。
「競技を種類別に纏めて、人員を割り振ってみたの。あとは、準備に必要な資材とか経費をざっくりと計算して、当日の動きを簡単に整理したの。委員に配布する資料と、あ、それはパンフレットの目次を並べてみた。
 目を通して、意見くれる?」
 話を聞けか聞くほど、書類で膨らんだファイルは重みを増していく。たった数日でこれだけの量の書類を纏めながら作成した暦に、素直に敬意を抱いた。
「……飲み物を買ってこよう」
「ん、よろしく」
 笑顔で見送られ、そういえばリクエストを訊くのを忘れた、と自販機の前で後悔した。迷った末、炭酸飲料と紅茶、コーヒーとオレンジジュースを購入する。長くなりそうだし構わないだろうと。
「すまない。遅くなった」
 倉庫のような教室に駆け込み、喉まで上がったその言葉を、宗は慌てて呑み込んだ。
 椅子にかけていたはずの暦は、椅子に足を乗せ、床に身を投げ出して寝息を立てていた。
 宗は細心の注意を以て扉を閉め、足音を立てないように気を配りながら進む。4つの缶を机に置き、上着を脱いで暦の腰を覆うように乗せた。
「んー……」
 暦が身をよじる。宗は相好を崩して向かいに座り、丁寧に取り出した書類に視線を落とした。



●5月7日
「で、またつられて学校で寝落ちたの!? 合計10回目ですよダンナ!?」
 耳元で大声を上げるフレイヤを手でなんとかいなしつつ、宗はあくびをかみ殺した。
 心配そうな視線を向けてくるエリスにも笑みを返す。が、いかんせん眠気が取れない。
 指で目蓋を揉んでいると、
「副委員長ー」
 すっかり聞きなれた声色が廊下から飛び込んできた。生徒らが囃し立てる中、宗だけは眉をひそめて席を立つ。
 廊下で、暦はを挙げていた。宗も手を挙げ、そのまま彼女の額に当てる。
「……っ」
「ん……冷たい……」
 暦は糸が切れたように、その場に崩れ落ちた。


 目を覚ますと、そこは保健室だった。薬品の匂いに頭を動かすと、額の重みが取れ、顔の前にタオルが転がった。
「起きたか」
 傍らには宗が座っていた。
「あれ、私……?」
 廊下で突然倒れたことと、午後の授業中ずっと眠っていたことを宗が伝えると、暦は溜息をつき、鼻の上まで布団を被った。
「情けないなあ……」
 それは違う、と宗が諌める。
「少し張り切り過ぎただけだ」
「でも、私がやらないと……」
「自分がいる」
 不意に言葉は強くなってしまう。
「頼れるところは、頼ってくれ」
「……ありがとう。
 じゃ、もうちょっとだけ、休ませてくれる?」
 宗は頷く。それを確認してから、暦は頭の先まで布団を被せ、寝返りを打った。



●5月26日
「盛り上がってるね〜ティンク〜」
 過去最大規模の装飾と演出が巧妙に絡み合う体育祭は、学園のイベントとしては桁違いの盛り上がりを見せていた。来場客の数も記録を更新したそうだ。
 焔は少しだけ胸を張って人ごみの外側を歩く。そろそろ昼時だ。副委員長としてこの日まで頑張ってきた兄を労うお手製の弁当を手に、運営テントを目指していた。
 軽やかだった足取りは、しかし兄の姿を見つけてピタリ、と止まってしまった。
 宗は並んだ長机の奥に陣取っていた。その左肩には、暦が白い髪をすっかり預けていたのだ。
 弟を見つけ、宗は最小限の動作で手を挙げる。焔は頷き、兄の前にそ弁当を置き、蓋を外して立ち去った。フォークで食べられる献立にしたことが功を奏した。
 テントを抜け、焔はふう、と息をつく。
「時雨くんでも探そうか〜」
 誰にも見えない妖精が焔の肩をポン、と叩いた。


「げにまっこと焔クン元気なかったぜよー。こじゃんち優しくしてやってなー?」
「そうだな」
 時雨は笑いながら宗の背を叩き、ふと何かに気付くと、
「……と、ほんだらにゃー」
 そそくさと立ち去ってしまった。
 取り残された宗はぼんやりとキャンプファイアーを眺めていた。この後夜祭も今年初の試みだった。
 疲労と炎で火照った頬に汗をかいた缶が当てられる。驚いて振り返ると、隣に暦が掛けていた。
「お疲れ様」
「委員長も」
 受け取った缶のプルタブを開け、乾杯。よく冷えた飲み物が喉を駆け下りた。
 暫く肩を並べていたが、やがて暦は立ち上がり、3歩前に進んだ。
「最初は適当に君を選んだけど、結構頼りになったよ」
「何よりだ。自分も楽しかった。ありがとう、委員長」
「なら、大成功かな」
 聞き取れず、聞き返す宗の言葉を振り切るように、暦はくるりと振り返る。
「ね、また来年も一緒にやらない? 今年よりももっと派手に、楽しくしようよ!」
「ああ、是非」
 缶を翳す。その向こうで、炎を背にした暦は、まるで子供のような笑みを浮かべていた。
「よし、決まり! これからも、来年もよろしくね、宗君!!」



●6月2日
「なるほど。それで機嫌が良いのですね」
「そんなことはない」
「ご冗談を」
 姫宮うらら(ja4932)はティーカップを傾けた。久方ぶりに訪れた宗の部屋は本や小物が増えた程度で、昔とあまり変わっていなかった。主は向かいに座り、真剣な表情で問題文を見つめている。
「とても生き生きとしていますよ、今の宗さん。幼馴染には一目瞭然です」
 そう言われては仕方がない。宗は観念すると、数式を書き終え、ペンを置いた。弟が運んでくれたドーナツが疲れた頭をやんわりと癒した。
「楽しかった。とても。参加するまでは面倒だと思っていたが、いいものだな、ああいうものも」
 かくん、と首を折るうらら。頭の大きなリボンが揺れた。
「その委員長さんと、恋に落ちたりはしなかったのですか?」
 ドーナツが気管に入り、宗は盛大に咳込んだ。口元を襟で隠してうららは笑う。しかし眼差しは弛まない。
「どうしてそうなる。委員長は、言ってみれば戦友だ。恋仲など、有り得ない」
 そうですか。うららはようやく目じりを下げた。
「まあ、近くに私のような者がいれば、色事に疎くなるのも止む無し、でしょうかね」
 そうだな。宗はレモンティで口の中を整えた。
「休日を返上して勉強を教えてくれる。いい友達を持った」
「――……」
「? どうした?」
「なんでもありません。
 さ、勉強を再開しますよ。宗さんはひと月も周りから遅れているんですからね!」



●6月27日
 期末試験の日程と共に、中間試験の結果が公示された。
 あれからも度々教えを受けた甲斐あって、なんとか平均よりやや上の位置に名前を残すことができた。ほっと胸を撫で降ろす。――うららの順位が去年よりも僅かに落ちていることが、ほんの少しだけ引っかかった。
 ところで、と辺りを見渡す。一緒に見に来た時雨の姿が見当たらない。一瞬だけ似た影が見えた気がして、人ごみをかき分けて進んだ先に、顔を真っ赤にした結理が佇んでいた。
「あ、あの、えっと……神凪先輩、試験お疲れ様でした!」
「ああ。結理殿もお疲れ様だ」
「そっ……それで、ですね……あの、あ……お、お願いがあるんです!!」



●7月19日
 終業式の後、2人は電車に揺られていた。流れてゆく景色を眺めていると、宗の腹の虫が鳴いた。結理はにこりと笑い、早起きして作ったサンドウィッチを差し出した。やや塩気の強いそれを、宗は旨い、と綺麗に平らげた。
 2人は海を一望できる丘を訪れていた。無数の向日葵が燦々と咲き誇り、黄金色に輝いている。濃い青空から巨大な入道雲が彼らを見下ろしていた。
「私のお気に入りの場所なんです」
 結理の手を離れたヒリュウが清々しそうに飛び上がる。見送るようにくるりと舞い、結理は笑顔を浮かべた。
「ひまわり、綺麗でしょ?」
「ああ。ここまで見事な花畑は見たことがない」
「よかった、神凪先輩が気に入ってくれて」
 てくてく、と結理は歩みを進める。
 宗が彼女を追おうとした瞬間、結理はくい、と振り返った。

「実は私、今日、誕生日なんです」
「そう……だったのか。おめでとう。
 しかし、済まない。知らなかったので、何も用意できなかった」
「いいんです。そういうつもりじゃ――」
「そうはいかない。昼食まで貰ってしまったからな。何か、自分にできることはないか?」

 厚い雲が太陽を隠した。
 宗の位置からは、雲の影の形、幾つもの向日葵の中央で俯く『百合』の姿がよく見えた。

「じゃあ……ひとつだけ、私のわがまま、聴いてくれますか?」
「わがまま?」
 結理は小さく頷いた。






「好きです。
 私、神凪先輩のことが、大好きなんです」






 どこかで鳴いていたひぐらしが、声を潜めて飛び立った。






 静観を決めていた雲が流れ、辺りに陽だまりが降りてくる。






 波の音に、風の音に負けないように、宗は声を絞り出した。






「――すまない」



 結理は息を吐こうとした。だが胸でつかえてしまう。何度試しても上手くいかない。踵を返して、海を眺め、空を仰いで。それでようやく、
「はい」
 と言えた。
 振り向く。
 変わらない笑顔がそこにはあった。




「ただいま」
「おかえり〜……?」
 僅かな、ほんの些細な変化を感じ取れるのは、2人が家族だからなのだろう。
「ご飯、食べられる〜?」
「ああ」
 強がりだった。焔はすっかり見通していたので、それきり黙って兄の茶碗に白米をよそった。いつもより控えめに。




 結理がホームに降り立つ。世界は茜に染まっていた。
 遠くでひぐらしが鳴いている。駅を出たところには影法師。
「おかえりよー」
 時雨の言葉を受けた途端、我慢していたものが溢れた。
 拭いても、拭いても、止め処なく溢れた。
 時雨がぽん、と結理の頭に手を置く。小さな頭は、吸いつけられるように流れて時雨の肩にうずもった。
 鼻の詰まった、嗚咽に濡れた言葉は聞き取ることがとても困難で。
「……私、ダメだー……」
「んー?」
「……ちゃんと、最後、まで……言えなかった……。
 どうしよう……諦められないよ……。
 ……このまま、好きなままでも、いいのかなあ……?」
 ぽんぽん、わしゃわしゃと髪を撫でる。
「朝まで愚痴ぃ、聞いちゃるぜよ」




●10月31日
「そういやぁ、わしと雨音サン、付き合うことになったぜよ」
 足を半分ほど衣装に通したところでバランスを失った宗はそのまま前に倒れ込み衣装箪笥に激突、額と鼻を木製のそれへ強かに打ちつけ、痛みに悶えていたところへ衣装が雪崩れ込み、埋もれた。
「おっこうな……冗談やき」
 時雨の声に引っ張られるように、宗は衣装の山から顔を出した。
「……さすがに悪質だと思うが」
「どっちがちや」
 着ぐるみのジッパーを引き上げる時雨。
「フったことを悪いとは言わんき。やけんど、もうちょい色事考えてもえんでないかのう?」
 例えば、と、もふもふした丸っこい指を上げたところで、ドアがノックされた。
 話の流れを汲んで身構えていた宗に時雨が顎を振る。わしはまだ着替えが途中じゃき。
 自分もなのだが。渋々ベルトを締め、宗は扉を引いた。
 廊下には、大きな黒い帽子と同じ色のマント、そして胸元がそこそこ開いた衣装に身を包んだエリスが、凛々しい顔でビシッ! と鳴りそうなポーズを決めていた。
「Trick or Treat!」
 と、流ちょうに言い放つ。
 上から下、下から上へ視線を流してから宗は口を動かす。
「……何を、しているんだ?」
 まるで中身が爆発したように、エリスの顔が一瞬で耳まで赤く染まる。
「……ハロウィン、ですから、あの……」
「仮装は判る。自分もこの通りだ。……そのポーズは?」
「フレイヤさんが教えてくれたのですが……ま、間違っていましたか?」
「ポーズを取る風習などないぞ」
「え?」
「からかわれてしまったな」
「か……」
 言われたことを頭の中でゆっくりと理解してから、エリスは姿勢を正した。マントを整えて、スカートの裾を正し、咳を払う。顔の赤さだけが戻せなかった。
「それで、あの。
 よろしければ、一緒にパーティを回っていただけませんか? 他の友人がみな先に行ってしまって……」
 宗は首の後ろを揉んだ。既に先約を取り付けていたのだ。
「わしのことなら気にせんでええがや。焔クンでも誘うき」
 小声で時雨が言う。
 宗は小さく頷き、廊下に出た。


 修学旅行2日目。
 学園はホテルのホールを借り切り、ハロウィンパーティを開催していた。
 生徒は思い思いに着飾り、パーティを楽しんでいた。黒とオレンジが映えるオーソドックスなものから、何故その発想に至ったのか理解に苦しむコミカルなものまで、観ていて飽きることがない。
 ドリンクの入ったコップを傾け、エリスは宗をまじまじと眺めた。
「その衣装……吸血鬼、ですか?」
 気恥ずかしさに足を組み直す宗。
「こういうものには疎くてな。時雨に全部見立ててもらった」
「似合ってますよ。宗さんらしくて素敵です」
 ありがとう。弧を描いた薄い唇から作り物の犬歯が覗いた。
「エリスのそれは」
「はい。魔女です。私、末裔ですから」
 言った後で、しまった、と目を丸くした。見上げれば、宗も似た顔をしている。
「そうだったのか。どうりで似合っているわけだ」
 エリスが息を呑む。
「……笑わないんですか? 私、魔女の末裔って……」
「嘘か冗談なのか?」
「……いいえ」
「なら何処に笑うところがある? 似合っているし、可愛いと思うぞ」
「え、あ……か、可愛い、ですか? えっと、その……ありがとうございます」
 微妙な沈黙が2人の間を横切る。
 エリスがコップに口を付けると、天井からぶら下がった一斉に大声を上げた。次いで穏やかな、それでいて軽快なリズムがフロアに浸み込んでくる。
「……ダンスタイム、みたいですね」
「そのようだな」
 じーっ。
「……踊りたいのか?」
「折角ですから」
 言って手を差し出す。華奢なそれを宗は優しく掴み、エリスの歩幅に合わせて進み出した。
 大半の生徒が集まっていたホールは密集地ともなると足の踏み場もない。戸惑い、エリスは歩みを止めてしまう。が、宗が人垣を肩と手でかき分けて道を創ってくれた。連れられて進めば、ぽっかりと空いたスペースに出た。
「リードしていただけますか?」
「……あまり期待するなよ」
 開いていた手を繋ぎ合い、音楽に合わせてステップを踏む。簡素で最低限のそれは、しかし2人のルックスも相成りとても絵になった。やがてペアを組んだ他の生徒らが、宗たちの真似をして穏やかに踊りだした。
 ダンスの輪の中心で、エリスは朗らかに微笑む。その背に誰かがぶつかった。不意をつかれた彼女はバランスを崩し、足を宗の靴の上に運んでしまう。
「す、すみません!」
 気にするな。宗は笑う。
「軽いな、エリスは」
「そっ――」
 否定しようと顔を上げる。宗の顔が目の前にあった。慌てて離れようとするも、両手はしっかりと繋がれている。
「……顔が赤いぞ。疲れてしまったか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「そうか。安心した」
「あの、ですから、その……もう少しだけ、お願いします……」
「ああ」



「なんであれで彼女できんかのー?」
「おにいちゃん鈍感だから〜」
 離れた位置から眺めつつ、狼男に扮した焔と化け猫に仮装した時雨は談笑を交わす。合間に口へ運ぶのは焔が作った南瓜パイ。
「あそこまで行くと重罪だにゃー?」
「根が真面目ってだけだと思うけどね〜」
 手を伸ばし、しかし指は空を掴む。
 確かにひとつ残っていたはずなのに。焔が振り返ると、巨大な頭のジャック・オ・ランタンが、張りぼての奥でむしゃむしゃとパイを咀嚼していた。
 ――まるで、何かのあてつけのように。





 そして季節は過ぎ――





●3月2日
 手に持った黒色の封筒は、汗でところどころふやけてしまっていた。せめて中身は汚さぬように、封の角をつまんで無人の廊下を歩く。
 卒業式を終え、エリスはその足で玄関を訪れていた。秋から育んだ思いを忍ばせる為に。
 誰もいないと思っていた下駄箱の前には、しかし人影があった。
 転入直後に話しかけてきて、それからも交友を育んでいた、フレイヤだった。彼女は下駄箱の『ある場所』の前で両手を合わせ、何やらぶつぶつと唱えていた。
 自身が手に持った物と、友人が立っている位置で、エリスは察する。察してしまう。
「……あの」
 声が零れた瞬間、ぐい、とフレイヤの顔がこちらを向いた。
「フレイヤさん、もしかして……」
「シッ――」
 フレイヤは廊下の奥を睨んだ。つられて耳をすませば、聞き覚えのある――忘れようもない声が聞こえてくる。
 エリスが次の行動を起こす前に、フレイヤは彼女を抱え、階段を駆け上った。道中誰かとすれ違った気がするが全て無視。やがて屋上に到着すると、そこでようやくエリスを降ろした。
 風が吹く。薄い桜の香りを含んでいた。
 息を切らすフレイヤにエリスが向き直る。
「……何をしていたんですか?」
「ぐへへへ……」



 靴を取ろうとして、何かが手に当たった。見れば、紫色の封筒が靴の上に陣取っていた。眉を寄せて手に取る。青い薔薇のシールがあちこちに張られていた。差出人の名前はない。
「何だ?」
 まっこととろこいのう。
「開けてみたらいいきに」
 ふむ、と頷き、封を切る。
 純白の便箋には、

 家族の命が惜しくば記念樹の元へ来るがよいフハハハ!

 と、丸っこい文字で認められていた。
「……これは……」
 よろめく宗の背を支え、時雨が身を乗り出して確認、口角を釣り上げる。
「どう見ても恋文じゃ。あはは、えかったのう!」



「今日のヒロインは私がいただいたッ!」
「そんな……駄目です!」
「そうですっ!」
 バン、と扉を開き、飛び出てきたのは結理。目には涙を溜め、手には押し花をあしらった封筒を持っていた。
「私だって……もう一度告白しようって、決めてたんです!」
「そうはさせません」
 バアン、と扉を開け放ち屋上に踏み込んだのはうらら。袖の下から取り出したのは純白の封筒。
「幼馴染である私を差し置いて告白など、以ての外ですわ!」
「あれ、なんか盛り上がってる?」
 キィ、と扉を押して屋上に入ってきたのは暦。
「あ、来年の体育祭に差し支えるといけないし、私が付き合うっていうのもアリ?」
 左手で目をこすりながら、右手で携帯電話を開く。
「ちょっと待ってください、メールは反則だと思います!」
「そうですわ! それに、どうして私も知らないあの人のアドレスをご存じなのかしら!?」

「……って……」
 それは、

「……私だって、宗さんのことが――!」
 この1年で、エリスが出した最も大きな叫びだった。


 だが。


「なによッ!!」


 それを上回る大きな声が、フレイヤの口から飛び出した。

「いいじゃん! みんなはアイツといろいろできたんだから!!
 私は……私には、何もなかったもん!
 委員会も別々だったし、夏休みは補習だったし、修学旅行だって体調崩してたし……。
 ……ずっと『ぼっち』だったから、どうやって近づけばいいかもわからなかったし……」

 こぼれそうになった涙を一度だけ拭った。


「だから! だから頑張って準備したんだもん!
 フラれたらそれで諦めるよ! だから今日は、今日だけは私に行かせてよ!!」


 大げさでなく、鬼気迫るフレイヤの弁に、4人はただ息を呑んだ。
 何かを言おうとして、フレイヤの真剣な眼差しに押し返される。
 永遠に続きそうなこう着を破ったのは、級友、エリスだった。


「判りました」

「……いいの?」

 エリスは静かに頷いた。

「想いを、伝えて来てください」

 フレイヤは力強く頷いた。
 踵を返し、フェンスに登る。両手を広げて、春の風を胸いっぱいに吸い込んだ。


「――この鯉を、伝説にしてくるね」


「……鯉?」
「コイ目コイ科の淡水魚のこと?」
「実はジャンプ力が低くて滝を昇れない、あの?」
「濡れたタオルで目を覆うと大人しくなるんですよね?」
「鯉じゃなかった、恋ね」
 訂正し、フレイヤは飛び降りた。




「おにいちゃん、こっちこっち〜」
 宗が校舎裏に差し掛かると、焔が頭の上で手を振っていた。
「もう皆集まってるよ〜」
 弟の言葉に首を傾げつつ、記念樹のある中庭に踏み込み――目を剥いた。
 青々と茂る芝生の中央にそびえる記念樹、その周囲を取り囲むように、生徒らが円を作っていた。想像していた光景とまるで違う有り様に宗はたじろぐ。
 反り返った背を焔が両手で押し、記念樹の前へ送り出した。頑張ってね、と笑顔を残して人垣に加わる。
 ああ、これが噂の、と記念樹の幹に浮かんだマッチョの笑顔を眺めていると、傍らに級友が降り立った。
「照明!」
 フレイヤが言い放つと同時、記念樹の枝にくくられていたストロボが一斉に目を開き、彼女を照らし出した。自身も淡い光球を生み出したが、あまりに眩しかったのですぐ消した。
「どうして、フレイヤが……」
「あの――!」
 顔を上げると、言葉が詰まった。伝えたい言葉が余りに多過ぎた。それでも彼女は諦めず、見えない勇気を手で揉みながら、ひとつひとつ、丁寧に言葉を紡いでゆく。


「あの……突然呼び出しちゃって、ごめんね。でも、来てくれて嬉しい。ありがと。
 わ、私ね。実は、宗君をずっと見てたんだ、昔から。同じクラスになる、もっとずっと前から。
 体育祭の準備頑張ってた時も、試験頑張ってるところも、ダンスが上手なところも、ずっと見てた。
 そしたら、なんだかもっと前から知ってるような気がしてきて、ひょっとしたら私らって幼馴染なのかなーとか思うようになってきて。このままずっと一緒にいられたらいいのになーとか考えてたら、前世で許嫁だった気もしてきて。
 そ、それにね! 私実は世を賑わす黄昏の魔女でいずれ訪れるであろう世界の終焉を食い止めるため降臨した女神の生まれ変わりなんだよ! ……だから、その――」


 ふい、と上がった顔は必死そのもので。


「ずっと、隣にいてほしいなって……。ずっとずっと、見てて欲しいなって。
 もう、遠くから見てるだけじゃ、我慢できないから。
 私、宗君のことが、ほんとにほんとに、大好きなの!!」


 宗が口を開く。
 フレイヤは開いた両手を突き出し、彼の言葉を食い止めた。

「いいの、何も言わないで! だって――」

「だって……?」

「――ここでキスすれば、七代先まで確定なんだから」


 刹那。
 芝生から無数の腕が伸び、宗の身体を頭だけ残してがんがら締めに仕上げた。
「くっ……!」
 抵抗など適うはずもない。愛の前では、人はいつだって無力なのだ。

 よし。小声で呟き、フレイヤが歩み寄る。そしてパシン、と音が鳴るほどの勢いで手を打ち、宗の顔を固定した。
「ま、待て……!」
 フレイヤの挙動が止まった。宗の言葉が届いた……わけではない。異性に唇を近づける、という人生で初めての行いに尻込みしてしまったのだ。

 顔を真っ赤にして俯いてしまうフレイヤ。

 弱々しくなった彼女の背中に、はつらつとした声が届く。

「諦めちゃダメです!」
 あの夏のような鮮烈な声だった。
「ここでフレイヤ先輩が諦めちゃ、絶対にダメです!」
 袖で顔の下半分を隠し、うららが続く。
「やっておしまいなさいな。さあ、ぐいっと!」
 はい。はい。
 暦が等間隔で手拍子を打つ。それはじわじわと広がり、周囲を取り巻く生徒らに伝染した。
「いっそ宗が迎えに行ったらよかよー」
「おにいちゃん頑張って〜」
「さあ、フレイヤさん……!」
「一人くらい止めはしないのか……!?」


「――良し」
 意を決し、改めて手に力を込める。
 ゴキッ、と宗の首が鳴り、2人の顔は向き合った。
「幸せに、なろ? 七代と言わず、百代先まで――」
「待て、待ってくれ!」
 もう待たない。目を閉じ、口を伸ばしたフレイヤが、徐々に、そして一気に迫る。

「じ、自分は……自分は――」



●1月2日
「絶対に屈しないっ!!」
 誰よりも自分が大声に驚き、宗は自室のベッドから転がり落ちてしまう。まず肩、次いで鼻を打ち、苦悶する後頭部に目覚まし時計が落下。その硬くて冷たい痛みで、ようやく状況を呑み込むに至る。
「……夢、だったか……。とんでもない初夢を見てしまったな……」
 床に転がる時計を拾えば、まだ6時にもなっていなかった。患部を撫でながら布団に潜り込む。目を閉じるには少々勇気が要ったが、気が付けば、気付かぬ内に微睡み、再び眠りについていた。


 その先で、今度こそ幸せなトゥルーエンドを迎えるのだが、それはまた別の話。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 今生に笑福の幸紡ぎ・フレイヤ(ja0715)
 撃退士・風鳥 暦(ja1672)
 白露のリリー・雨音 結理(jb2271)
重体: −
面白かった!:16人

BlackBurst・
エリス・K・マクミラン(ja0016)

大学部5年2組 女 阿修羅
凍気を砕きし嚮後の先駆者・
神凪 宗(ja0435)

大学部8年49組 男 鬼道忍軍
今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
撃退士・
風鳥 暦(ja1672)

大学部6年317組 女 阿修羅
撃退士・
姫宮 うらら(ja4932)

大学部4年34組 女 阿修羅
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
撃退士・
日野 時雨(jb1247)

大学部1年162組 男 阿修羅
白露のリリー・
雨音 結理(jb2271)

大学部3年137組 女 バハムートテイマー