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マスター:十三番
シナリオ形態:イベント
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/12/10


みんなの思い出



オープニング

●喫煙所
 小日向千陰(jz0100)は両手を強く、硬く握った。2度、3度と具合を確かめる。続いて両足を握る。
「……良し……」
 呟き、煙草を咥えてから携帯を取り出す。発信ボタンを押してから火をつけた。

「――はい、久遠ヶ原学園依頼斡旋所です」
「お疲れさ……」
「あー! お疲れ様です太丸(たまる)ですー! 怪我の具合どうですか?」
 小さく笑い、それより、とすぐにそれを引っ込めた。
「依頼を登録してもらえる?」
「え、今からですか?」
「いいえ」
 みしり、と携帯が軋んだ。
「今すぐ」




 山間に位置する、数ヶ月前に放棄、閉鎖された動物園。その入場門の前に参(jz0156)と伍(jz0157)は居た。
 彼女らは必死に気配を押し殺し、中の様子を探る。空は曇天、辺りは無音。居るだけで蹴散らされそうな夜だった。
「おかえりなさい」
 声が飛んできた。それは出迎えの言葉ではなく、命令だった。
「さあ、おかえりなさい」
 ぶるり、と全身を震わせる参。彼女を横目で見、伍が先行する。参は慌てて彼女を追った。


 フードコートや売店に周りを囲まれた広場。テーブルや椅子は倒れ、ゴミ箱からはビニールや紙くずが零れている。土地の安さを味方につけた、広さがウリの閑散とした施設だ。動物らが入っていた檻はまだずっと先。

「おかえりなさい」

 その上空に、天使・訶梨帝母(かりていも)は居た。
 全身を包む白い着物と角隠し。黒く長い帯と髪がひらひらと宙を撫でる。
 組んだ脚の上で両手を組み、涼しい顔で目を閉じていた。

 参が喉を鳴らす。
 伍が一歩進み、声を張った。


「――みんなは?」
 白装束の切れ間から長い腕が這い出る。やはり黒く塗られた爪はゲートを指し示した。
「――……返して……」
「帰った子もいれば、帰らなかった子もいました」
「――違う……!」
「違うと言いたいのは私の方ですよ、黒の子」
 音も無く、訶梨帝母の高度が下がる。
「帰った子もいれば、帰らなかった子もいました。
 例えばあなたたちのように。命を救われた恩を忘れ、私の言いつけを守らず、今ごろ帰ってきました。
 例えば白の子のように。敗れ、自ら命を絶つという愚かな真似をし、私を深く悲しませました」

 自ら命を絶った。
 投げられたフレーズを拾い、伍は息を呑む。

 彼女の隣で、参が勢いよく銃を取り出し、構えた。
「死なれんのが嫌ならあたしらを使わないでよ!! もうほっといてよ!!」
 訶梨帝母は鼻を鳴らした。
「母は戯言を好みません。そして約束を尊びます」
 長い腕を頭上に掲げる。続いて袖の下から黒い、小さな、稚魚のような塊が飛び出した。幾つも、幾つも。
 やがて巨大な球体を模した。訶梨帝母よりも二回りほど大きい。表面を黒い塊が蠢き続けている。
「罪には罰を。それもまた母の役目」
 くん、と手首が折れた。
 刹那、黒の球体が辺りを揺らしながら2人目掛けて突進してくる。
 参が引き金を引く。撃ち出された弾丸は、しかし弾かれてしまう。
 伍が鋼糸を振る。絡む、が、あっさり振り解かれてしまう。
「「……ッ!」」
 2人は咄嗟に腕を前に出し、訪れる黒から懸命に顔を逸らす。


 彼女らの間を、背後から、鮮烈な光を放つ白い衝撃波が奔った。


 バシイイイイイイイッ!!


 けたたましい炸裂音を残し、白と黒の塊は散り散りとなり、辺りを漂った。
 恐る恐る顔を上げる参と伍。

 その間を、肩を揺らしながら大股でやってきた千陰が、腕を振り回して光の粉塵を払った。
 彼女に続き、学園の撃退士――あなたたちも続々と踏み込んでくる。

「遅いよ……!」
 毒づく参を尻目に、伍が千陰に歩み寄る。
「――……壱(イー)は……」
 千陰は少しだけ目を伏せた。
「私の指示が甘かったの。ごめんなさい」
 伍は首を振る。
「――……なんと、なく……わかってた、から……」
「ってか、なんであんたがいるの?」
 千陰が視線を投げると、参はバツが悪そうに顔を背けた。
「あ、あたしらは、あんたに……」
「許さないけど咎めないわ。だから償いなさい」
 口の煙草に火をつけ、千陰は目線を伸ばした。
「何笑ってんだよ、クソババア」


 遠く、訶梨帝母は再び浮上。空と地の中ほどで体を折ってひくついていた。


「何をしに来たのですか?」
「八つ当たり」
「おや、まあ」
「こいつらは私の獲物だったんだよ。何度やられても足掻いて立ち向かってくる、手のかかるガキどもだったんだよ。
 『この時期』にソロ活動してるカス天使が余計な邪魔するまではね」
「邪魔とは心外ですね。私は母の愛を以て、僅かに力を増やしてあげただけ」
「知ってるよ。うちの生徒が看破余裕でした。くだらねえことしやがって」
「人間を越えたと勘違いさせて、人間同士で数を減らし合ってくれれば楽々と思いましたが、ここまで弱いとは。母の見込み違いでした」
「ゲスの考えそうなことだな、おい。独り身じゃ寂しかったって素直に言えよ、見ててサムいから」

「気付いていないのなら否定してあげましょう」

 訶梨帝母が片手を挙げた。
 直後、植込みの茂みから、木陰から、物陰から、池の中から、ぼんやりと白く光る無数の、人の形に似たサーバントが現れる。それらは瞬く間に辺りを埋め尽くした。
「そういえば、あの子たちは、と言いましたね」
 空から耳障りな音が降り注ぐ。翼が羽ばたく音だ。顔を上げれば、訶梨帝母の周囲に、鳩に似た首の無いサーバントが舞っていた。無傷な個体は一体。他に、胴が一部黒く焦げている個体、腕に切り込みが入っている個体が見える。
「訂正します。あの子らは、ここにはいません」
 その下を、巨大な白いサーバントが進行してくる。凧のようなフォルムは角が取れて丸っこくなっている。その下を、ぬらぬらとした影がぴたりと張り付き、這って来ていた。中央には赤い光が窺える。
「ここにあるのは、我が子の玩具だけ」
 凧状のサーバントがゲートの前に到達すると、ごぽり、とゲートが蠢いた。

 みゃあ みゃあ

 中から出てきたのは、巨大な赤ん坊の頭部。模様のような目と口が泣き顔に見える。
 やがて丸々と太った腕が伸び、胴体が上半分覗いた。
 ダニに似ていた。脇腹から節の付いた脚をもぞもぞと蠢かし、ぶつけている。
 音が聞こえた。脚を動かす音と、ごつん、ぐちゃり、という音が。
 そして、脚には――


「動かぬ『物』を、子とは呼びませんものね」


「弐(アル)ッ!!」
「――肆(スゥ)……陸(リュウ)……ッ!!」


 訶梨帝母の高らかな笑いが夜空に木霊した。
「さあ、あなたたちも母の罰を受けるのです」


「――……ぁぁあああああああああああああああああああアアああああああああアアあアああアアアああッッッ!!」
 己の身体を軋ませるほどの叫び声を上げ、伍が跳んだ。
 赤い鋼糸を振り回しながら一目散にゲートを目指す。

「あたしは……あたしたちは……ッ!!」
 滅多矢鱈に引き金を引きながら参も進軍を開始する。


 千陰はあなたたちに振り返り、笑みを見せた。
「気付いてた人いるかな。私さ、よく『気を付けて』って言うじゃない? あれ、今日は言えないわ」
 踵を返す。
 わなわなと震える背中、その上から、眼帯が舞い飛んだ。

「――征くよ。ここは勝つところだからね」

 言い残し、千陰は走る。
 それぞれの得物を手に、あなたたちも続く。


 深い深い夜の中、戦いの幕が開いた。
 天使の底ぬけた笑い声が、戦場に長く、永く鳴り渡る――。


リプレイ本文


 その夜は曇天。
 月は失せ、星は瞑り、風も無い。常世から切り離されたかのような、深い、深い夜だった。



 咆哮を上げ駆け出した伍(jz0157)と、銃弾を撒き散らしながら切り込む参(jz0156)。
 彼女らに遅れること数瞬、学園の撃退士らも行動を開始する。

 雑多に群がり、迫るサーバント――餓鬼ども。そこを目掛け、雫(ja1894)が得物を振り上げる。身の丈を越える、武器と呼ぶには余りに無骨な鉄塊が鮮烈に輝いた。
 振り降ろす。放たれた光は三日月を模し、地を削りながら進む。直撃を受けた餓鬼は体の一部、或いは全身を高々と舞い上がらせ、光の粒となって爆ぜた。
 纏めて薙ぎ払ったとはいえ、餓鬼の群れは未だ健在。
 クリスティーナ・アップルトン(ja9941)は半透明の剣を抜き、構える。
「凄まじい数……ハンパではありませんわね」
 吐く言葉と裏腹に、姿勢に気品を漂わせ、彼女は駆けた。手前にいた餓鬼を踏み込んで切り裂き、返す剣閃でもう一体を刻む。手応えを感じた彼女は僅かに口角を上げ、頭上に剣を掲げた。
「星々の瞬きを御覧なさい。スターダスト・イリュージョン!!」
 叫び、剣を振り抜く。刹那、身を包んでいた幻想的な光が流星の如く奔り、群れを大きく穿った。
 がらん、と開いたスペースをクリスティーナが鼻で笑い飛ばす。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』、伊達ではなくってよ?」

「なんとも、なんとも頼もしいね」
 ジェーン・ドゥ(ja1442)は呟いてキャスケットの下で笑い、四肢の一部を吹き飛ばされた餓鬼に銃口を向け、引き金を握る。真っ直ぐ飛び出した銃弾は欠けた餓鬼の喉を貫く。餓鬼は発光、やがて、ぼん、と湿った音を立てて爆発した。傍らの餓鬼らがぐらりと揺れ、身をよじる。なるほどなるほど、とジェーンは笑みを深めた。
 そして物語を紡ぐ。
「『絡まるぞ、搦めるわ――微睡み妨ぐ不届き者め!』」
 結べば、群れの中ほどに逞しい茨が幾束も鎌首を持ち上げ、餓鬼を強く締め上げた。
「さて、さて」
「了解よォ」
 ジェーンの合図を受け、黒百合(ja0422)がロザリオを翳す。大袈裟な十字架が放つ無数の矢が一目散に身動きの取れぬ餓鬼を目指し、突き刺さった。
 震え、爆ぜる餓鬼。周囲の餓鬼がその煽りを受けて悶える。そこをジェーンが狙い撃つ。傷ついた餓鬼はその身を爆ぜる。特攻ではなく、仕組みなのだ。そこに意志はない。怯み、弱った群れの中へ、黒百合が影の手裏剣を幾つも投擲する。命中し、歩行さえ困難になった個体から順に身を弾き、被害は徐々に広がっていく。
「或いは、万全の黒百合くんが飛び込めば、一瞬だったかもね」
「当然よォ、こんな連中ゥ……」
 癒え切らぬ傷口を抑え、彼女は唇を噛んだ。
「……不甲斐無いわァ……」
 握り慣れた得物も取れず、走る脚も覚束ない。今の自分が、この熾烈な戦場に於いて戦力足り得ないことは、誰よりも彼女自身が痛感していた。
 だからこそ『想い』を託した。私の分も。私の代わりに、と。もうとっくに、ずうっと先へ行ってしまった仲間に。
 それを牧野穂鳥(ja2029)が汲む。
「こちらですよ」
 彼女は儚げに微笑み、黒百合らへ向かおうとしていた餓鬼にアウルを匂わせ引き付ける。
 導かれ、幽鬼のように集う餓鬼。
 穂鳥は一度笑みを深め、すぐに目つきをがらりと変えた。
「ようこそ。燃え落ちてください」
 告げ、指を曲げる。直後、餓鬼の足元に牡丹が咲き乱れた。それは瞬く間に混ざり合い、やがて地の底を思わせる程に煮え滾る。
 足を取られた餓鬼は端から溶け、崩れ、やがて跡形も無くなった。
 サイドテールを軽く振り、穂鳥が残党に宣告する。
「よほど空腹なのですね。お腹いっぱいの熱と炎をご馳走しましょう」

 彼女が切り開いた路の先に、アスハ・ロットハール(ja8432)が幾つもの魔法陣を展開させる。それらが餓鬼を包囲したことを目視してから、彼は目の前の魔法陣を己のアウルで打ち抜く。すると離れた位置の魔法陣から隙間なく深紅の弾丸が放たれ、餓鬼を穴だらけにしていった。
「背中は、任せた」
 残し、風を纏って駆ける。
「まったく、特攻ばかりなんだから」
 メフィス・ロットハール(ja7041)は肩を竦め、腰を落とした。腕に宿るのは伴侶のそれと似た得物。
 鋭く息を吐き、突き出す。仄かに紫を帯びた光が走り、密集していた餓鬼を一網打尽にした。
 恋人が視線で感謝を告げてきた。メフィスはにこりと笑う。
「あんたは柔らかいんだから、気を付けなさいよ」
 激励を飛ばした先、アスハの奥で別の餓鬼が集い、迫っているのが見えた。
「援護お願い!」
 背後の仲間に指示を出す。この時既にアーレイ・バーグ(ja0276)は攻撃の準備を終えていた。彼女は目を線にして笑い、薄い魔導書を開いて巨大な火球を放った。
 それは、既に走り出していたメフィスの頬を僅かに掠めてから、餓鬼の群れに激突、押し潰す。
 目を見開いて振り返る。髪が焼けた臭いが鼻を撫でた。
「ちょっと! 今のは近すぎるって!」
「残念。リア充爆発させ損ねましたか……」
「聞こえたわよ!」
「……イヤナンデモアリマセンヨ?」
「何急に片言になってるのよ! 今のわざとでしょ!」
「日本に来て学んだ言葉があります……一発だけなら誤射かもしれない♪」
「ほぼ肯定じゃない!!」

 火球の爆心地の傍らで紫煙が上がった。
「……何やってんだか……」
 小日向千陰(jz0100)は目を細めて背後を流し見た。
 彼女らを諌めるべきか、と暫く眺めていたが、次の一撃は安全に、的確に放たれた。懸念していた黒百合も仲間の傍を離れず、また仲間も彼女を意識している。孤軍奮闘する雫の許へはクリスティーナが合流した。かくて無限にも思えた餓鬼は早くも四半近くが失せている。千陰が予想していたペースを遥かに上回る速度だ。
「(……いや、ここまで来ると暇ね)」
 手近な餓鬼を殴り飛ばす。有り余る力がつい籠り、思いの外遠くまで飛んだ。おどけて指で作った銃を弾く。
「小日向!!」
 高い位置から呼ばれ、見上げる。
 視界の大半を白が占拠していた。
 咄嗟に後退、跳び退く。彼女がいた位置に、白い巨大な拳が振り降ろされた。
 傷一つない翼が広がる。千陰の前に降り立った握鳥は、体の下から伸びた腕で地に立ち、無い頭を振って威嚇した。
「単騎って……ナメられたものね」
 首を鳴らし、千陰は大股で距離を詰めてゆく。



 おや、と天使――訶梨帝母は首を傾げた。
「偵察している者でもいるでしょうか」
 顎を引き、一考。そしてすぐに、左を飛ぶ握鳥に指示を出した。



 黒塗りの空に浮かぶ白鱗の馬竜。その背にて、白蛇(jb0889)は毒づいた。
「仮にも指揮官である者が戦場で弛緩とは愚にもつかぬ。退路から崩れるぞ」
 だが彼女と手悪態を吐くばかりではない。眼下の餓鬼の群れ、仲間の手が届かぬ位置を見定めては黒い槍を放っていた。仕留められずとも、その場で爆ぜていなくなる。
 餓鬼は目に見えて減っている。だが握鳥が飛来した。千陰が当たっているが、万が一突破されぬとも限らない。
 加えて、上空に居る彼女だからこそ見えている懸念があった。
 ゲートの前に位置取り、徐々にこちらへ迫っている巨大なサーバント――斑鳩の存在である。恐らく、いや、明らかに餓鬼の群れよりも強大で厄介なそれは、確実に仲間を呑み込むべく動いている。
 更に。
 彼女の元へ、胸元を焦がした、不快な姿の鳥が迫り来る。
「ッ……ええい、鬱陶しいわ!」
 距離を取りながら黒い槍を放つ。握鳥は宙を滑るように移動してそれを回避。
 舌を打ち、来るであろう衝撃に備える白蛇。彼女の目の前で、握鳥が大きな翼を振り被った。

「『ようこそようこそお客さん。歪んで綺麗な不思議の国へ!』」

 その横っ腹を、地上から放たれた弾丸がぶっ叩いた。どぅん、と跳ねるような音、それに押されるように握鳥が墜落してゆく。
「でかした。助かったぞ!」

 視線を送った先。
 唐沢完子(ja8347)が自分の身体を抱え、俯いて震えていた。
「……お客さん? 不思議の、国……?」
 ――違う。
 内なる声に屈するでなく、それすら糧にして敵を討つ。
 そうしなくてはいけない。そうでなくては、あそこで戦うあの人にいつまで経っても並べない。

 完子は頑なな顔を上げ、武器を構える。
 握鳥は翼を振り回し体勢を整えていた。
 ようやっとまっすぐに戻り、腕を伸ばしたその瞬間、樋渡沙耶(ja0770)が背に深々と漆黒の鎌を突き立てた。
「醜い。それに……」
 無様。
 口を動かすと同時、鎌を振り抜く。
 背中を裂かれた握鳥は悶えながらもなんとか上昇、3人を見渡せる位置で滞空した。
「手負いとはいえ、見くびるでないぞ!」
「ンなこと判ってるわよ!」
「雑魚は、雑魚ですけど……」
 握鳥の腕が蠢く。指が端から順に折れ、岩石のような拳を作り上げた。



「待ってくれ!」
 月詠神削(ja5265)が再三投げ続けた声は、ようやく伍に届いた。彼女は走りながら振り返り、
「――……あ……」
 彼の姿を見ると、脚を止めた。続々と撃退士らが駆け付ける。
 追いつくなり、神削は急いで呼吸を整えた。
「……速いな。さすが忍軍」
 伍は顎を引く。
「――……ゲートには……みんなのところには、私が、行く……」
 鬼無里鴉鳥(ja7179)は片眉を上げた。
「あの巨体を単独で屠る、と?」
 伍が頷く。
「容認しかねます」
 鴉鳥の傍らでマキナ・ベルヴェルク(ja0067)が静かに首を振った。神削が続く。
「一緒に行こう。俺達も、お前達も、一緒に笑って帰る。その為に俺はここに居るんだ」
 違う。伍は首を振る。
 不意に、人垣の中からぐい、と腕が伸び、伍の上着の襟を掴んだ。
「それ以上四の五の抜かすなら、もっと無口にしてやるぞ」
 戸次隆道(ja0550)は静かに、だが強く言い放った。闇色の瞳には微かに紅が混ざっている。
「少しは頭を使え。こんなところで駄々を捏ねて何になる。俺達も目的は同じだ」
 伍は目を丸くする。
「――……おな、じ……?」
「ああ、そうだ。判ったら、手伝ってやるから手伝え。俺は……ああいうのが、大嫌いなんだ!!」
「とりあえず、さ」
 神喰茜(ja0200)がつま先で立ち、伍を覗いて手招いた。
「そこ、危ないよ?」

 彼らの寸前には斑鳩が迫っていた。

 学園の撃退士らは似た個体を知っている。大きく距離を取り、迂回しようとする。
 だが伍はまるで知らない。先制される前に駆け抜けてしまおうと、影の中へ踏み込もうとした。
「戻れ!」
 神削が叫ぶ。が、遅い。伍は影に脚を投げてしまっていた。
 影から6つの槍が生え、彼女を貫くべく一瞬で伸びきる。
「――ッ」
 同時に。
 辺りの空間から伸びた似た色の槍が、潰し合うように打ち合う。
 呆気にとられた伍を、駆け付けた森田良助(ja9460)が突き飛ばした。横から不意をつかれ、伍は影から大きく引き離される。反動でふらついた良助が危うく影の中へつんのめりそうになったが、襟首をリョウ(ja0563)に捕まれ、辛うじて踏み止まるに至った。
「行け。こいつは俺達で抑える」
「――あ……」
「皆さん、お気を付けて!」
 リョウと良助は斑鳩の影から距離を置き、攻め入る機会を探った。
 伍の肩に神削が手を置く。
「影と凧みたいなのの間に入るな。大きく迂回して、行こう」
 彼の、そして彼女の視線の先には、白と黒が渦巻く門がぽっかりと口を開けていた。

 互いに顔を見合わせ、ゲートを目指す面々。
 その群れから離れ、ただ一人、桃色の髪を振り乱して飛び跳ねる者がいた。
「ケラケラケラケラケラケラケラケラケラッ!!」
 革帯暴食(ja7850)は底抜けに笑いながら跳躍、檻や柵を踏み台にし、斑鳩の上に飛び乗る。尚も笑った。笑いながら両腕を解き放ち、左目を露わにして直走る。
「さあ、食わせろッ。
 うちの友達を悲しませたヤツ、友達の邪魔をするヤツ、友達の友達の邪魔をするヤツ、それ以外ッ。
 全部食わせろッ。全部、全部だッ!!」
 乾いた笑いを曇天に轟かせ、斑鳩の上をどかどかと進む。
 気を悪くしたのか、斑鳩は体の一部を多分に分離させ、彼女を襲わせた。
 暴食の無防備な背中に子機が迫る。10に近いそれは――しかし、ただの一機も到達することなく、虚空で爆ぜた。
「させませんよ。特に、革帯さんの邪魔は決してさせません」
 カーディス=キャットフィールド(ja7927)はリボルバーの弾を込め直す。
 彼の傍らにマキナ(ja7016)が降り立つ。すぐに弓を構え、こちらへ向かってきた子機を迎撃する。
「では、やりますか」
「ああ。
 性懲りもなく来やがって……また墜としてやるよ」
 得物を持ち替えるマキナ。両手で掴むのは、いつかの死線を共に越えた鈍色の斧槍。



「来るなっての、ゾンビゲーかよ!!」
 ぼやきながら寄る餓鬼を撃ち、参は侵攻を続ける。
 が、余りにも多い。開戦と同時に深くへ突出した分、多数の注意を引き過ぎていた。なんとか自爆はやり過ごしていたものの、次第に物量に押され始める。
 学園の撃退士が追いついたのは、ちょうど彼女が安全の際に立たされた直後だった。
 参に近づく餓鬼の頭部を赤坂白秋(ja7030)と桐村灯子(ja8321)が正確に弾丸で穿つ。援護射撃を受け、参は残りの一体に二丁分の銃弾を撃ち込んだ。
 ふう、と息を吐き、向き直る。
「助けるならとっとと助けてよ」
「お前が先行し過ぎなんだよ」
 ぽん、と白秋が参の頭に手を置いた。
「足並み揃えようぜ。力を貸してくれ」
 灯子がそっと頷いた。
「どうせなら終わらせましょう。その為には、あなただけでも、私たちだけでも、勝てないわ」
「……前にも聞いたけど、正気なの? 相手は天使だよ?」
「前にも言っただろ。纏めて『俺達』で、食い破ってやろうぜ」
 参は観念したように肩を落とし、頭を抑えられたまま白秋を見上げた。
「報酬は?」
「飯奢るぜ、5人分な」
 くしゃ、と細い茶色の髪を揉む。
「5人分、ね……」
 遠く、ゲートを眺める参。その視界に高野晃司(ja2733)が映り込む。
「弐さんは大丈夫。そうに決まってますよ」
「私が行くわ。お互い気を付けましょう」
 言い残し、灯子はゲートに向けて走る。去り際の笑顔に、面々は軽く手を挙げた。
 気休めだ、と参は鼻を鳴らす。体のあちこちに傷を負い、どてっ腹を貫かれてサーバントとゲートの中。無事なはずがない。
 と言って、諦めたわけではなく。希望を最小限にとどめただけ。
 にしても。参は尖らせた視線を晃司に送る。
「……なんでメイド服?」
「気分の問題です。意味はありません」
「問題があるんだけど」
「解けない問いを考えている暇はないと思うよ」
 アニエス・ブランネージュ(ja8264)が声と顔を上げる。
 腕の左右に傷を負った握鳥が迫る。


 その奥から。
 訶梨帝母が4人を見下ろしていた。



 握鳥が翼を振る。ナイフに似た羽が幾重にも重なり、暴風雨のように完子へ降り注いだ。回避を許さぬ密度、続けて起こる爆風。その只中にありながらも完子は銃を構え続けた。だが、肩を押され、脚を掬われ、やがて転倒してしまう。
「唐沢!」
 叫ぶ白蛇に握鳥が向き直る。次はお前だ、と拳を固めた。
 その背に沙耶が飛び移る。
「お粗末……」
 溜息を混ぜて零し、先程の傷口に対して垂直に大鎌の先端を突き立てた。全身で跳ねる握鳥を一瞥、峰を踏みつけて更に抉る。
 握鳥は宙で半回転。沙耶はぶらりと垂れ下がる。彼女は少しだけ目を細めてから、鎌を引き抜いて離脱、着陸した。ごぽり、と鳴って胴の一部が削げ落ちる。
 姿勢を直し、羽ばたこうとする握鳥へ、白蛇が漆黒の槍を放つ。それは容易く沙耶が抉った部位を捉えた。
 暴れる握鳥を見下ろし、白蛇は笑みを深める。
「上を取られることに慣れておらぬか。なんとも手応えのない相手じゃのう」
 握鳥が拳を固める。狙いは眼下、手前、沙耶。振り子のように腕を引き、地を抉りながら拳を振り上げる。
 沙耶は事も無しと跳び退いてそれを回避。すぐに屈む。
 彼女の上空を、完子が放った弾丸が疾走、握鳥の腕に喰らい付いた。
 ぐい、と押され、腹から墜落する握鳥。が、次ぐ挙動に迷いは無かった。『手元』にあったコンクリートの檻をむんずと掴み、力任せに放り投げる。
「おまけに見苦しい……」
 沙耶は首を傾げてそれを往なした。その先、完子は大きく横に動いて事なきを得る。
 握鳥が翼に力を込めた。狙いは沙耶と完子。白蛇は入っていなかった。
 特大の黒槍が握鳥の左翼に突き刺さる。つんのめり、左の翼は誘爆、右の翼から放たれた羽も明後日の一帯に舞った。
「今じゃ!」
 白蛇が叫んだ時には、既に沙耶は駆けていた。
 地を這うような姿勢から、踏み込みと同時に鎌を振り上げる。
 ぱっくりと割れた傷口、露わになった『中身』に、完子が照準を合わせて引き金を引いた。
 弾丸が体内を走り、向こう側から飛び出すと、握鳥は一度身を震わせ、そのまま塵と成って舞い、消えた。
「うむ。見事じゃ」
 高度を落とし、賞賛を送る白蛇に、沙耶はぐっと親指を立てて見せた。

 手負いとはいえ、先ずは一体。完子は息を吐き、はたと思い立った。
 無傷の個体と戦っている人が居た。
「……千陰先生っ!」
 振り向いた先。
 千陰は、地面で痙攣する握鳥の上に屈み、紫煙をくねらせていた。
 視線に気付くと、彼女は向き、にっこりと笑った。
「グッジョブ。また腕を上げたわね」
 そしてすぐに視野を移す。

 アーレイの雷が焦がし尽くして消し飛ばした。
 雫の大剣がぐしゃりと押し潰した。
 穂鳥が放った茨の蔦が餓鬼を突き刺し地に消えた。
 ブロンドを靡かせるクリスティーナがふらついた餓鬼を真っ二つに斬り伏せた。
 アスハが得物で腹部を貫き、彼の背中に迫る個体をメフィスが炎で包み込んだ。
 ぽつんと佇む餓鬼にゆらりとジェーンが近づき、二刀で綺麗に首を刎ねた。
 がくがくと震える胴に黒百合が光を叩き込んだ。

 笑う。
「すっげー」
 かくて、80いた餓鬼の群れは殲滅。事に当たった人数が物を言った。
 呆気ないとさえ表現できる火力と手際であった。

 千陰はすっくと立ち上がる。
「黒百合さんと白蛇様はこのまま後方で待機。前に出過ぎずついてきて。危なくなったらすぐに助けを呼ぶように。
 他のメンバーは散開、まだ戦っている仲間をサポートして頂戴。
 2人が安全に退路を確保できるように押しまくるのよ。いいわね?」
 指示を受け、頷き、走って征く。
 眺め、降り立つ千陰に、アスハが問いかけた。
「チカゲ、は、どうする?」
「こんなに早く片付くと思ってなかったのよね……最悪一人でやるつもりだったから」
 ぽりぽりと頬を掻いてから、
「だから、もうちょっと暴れてこようかなって」
 言い、彼女は肩越しに空を見上げた。



 上を見たまま良助が声を張る。
「マキナさん達が凧に乗りました!」
「了解した」
 リョウが杖を振り、影の奥へアウルを凝縮させる。滅多矢鱈に伸びる黒い槍が影の槍と強烈にぶつかり合う。
「――行くぞ」
「はい!」

 両手で銃を構え、紺碧の空を目掛けて引き金を握る。
 立ち上る光弾は交戦開始の合図。

「おおおあああああッ!」
 雄叫びを上げ、マキナが斧槍を振り上げる。
 彼の殺意を感じた斑鳩が子機を射出、取り囲むように展開、マキナを狙う。
 カーディスはやや後方から照準を合わせ、素早く、丁寧に子機を撃墜していく。
 渾身の力を込めて振り降ろす。びりびり、と凧と大気が震えた。
 カーディスは舌を打つ。
 撃ち漏らした子機が、マキナに激突して爆発した。

 すぐさま銃口を地面と水平に戻し、赤く発光する部分に狙いを定める。黒い霧を纏った弾丸は一直線に光源を目指し、だが、影から生えた槍によって拒まれてしまう。
 リョウが影に踏み込む。影は機械的な反応で槍を射出、彼を貫かんと伸び尽くした。
 良助の耳に何かが裂ける音が飛び込む。まさか、と顔を向ける。そこには、ぼろ切れとなったコートがゆらゆらと舞っていた。
 尚もリョウは進軍する。また槍が伸び、襲い来る。身代わりを残し横に跳び、また進む。また影が伸びる。
「む……」
 必死に身をよじる。避け、避け、避け、避け、だが5本目と6本目が彼の腿と脇を裂いた。
「いけない……させないっ!!」
 良助が射撃で援護しようとする。だが弾丸は影の輪郭近くで拒まれ、弾かれてしまう。
 転がるように着地したリョウ。彼の足元から6本の槍が伸びる。

 マキナはよろめき、しかし踏ん張り、凧を薙ぎ払った。手応え有り。続けて斧槍を払い、叩き付ける。
 カーディスが懸命に援護を続ける。だが数に追いつかない。2つ、3つとマキナに特攻する子機は増えてゆく。
 その只中に在りながら、それでもマキナは攻撃を続けた。この手が休まれば、影に当たっている仲間に手が及ぶ。それだけは、何があっても阻止しなくてはならない。
 放つ。皮膚を焦がしながら。
 放つ。頭を揺らされながら。
 放つ。背中を打たれながら。
 だが。
「ぐ……っ」
「マキナさん!」
 カーディスの位置からでも、苦痛に歪むマキナの顔は見えた。友の近くを飛ぶ子機を撃ち落とし、彼は大剣を握り、凧に振り降ろす。
「止まれ、止まれえええええッ!!」

 凧がぶるり、と震えた。
 腹側がぷつぷつと泡立ち、尖る。
 粘り気を漂わせて伸びたそれは、やがて固まり、一気に降下を始めた。

 跳び退きながら頬を深々と裂かれ、反動でリョウは凧を見上げる。
 僅かに霞んだ視界に、音も無く無数の針が降ってくる。

 叫び、良助はトリガーを引き続ける。
 大雨のように降り注ぐ白い針を撃ち落とす為に。
 無論、到底適わない。それでも彼は援護を続けた。誰かが続けろ、と背中を押していた。


「「せーのぉっ!!」」


 ぶん。


 リョウと針の間に、瀕死の握鳥が投げ込まれた。
 辛うじて稼働していたその個体は、降り注ぐ針を一手に引き受け、針もろとも消し飛んだ。

「上手くいったから良いものの、無茶をするわね、司書さん?」
「あはは。でも、このくらいしないと私がいる意味もないから」
 声に良助が振り返る。メフィスがジト目で、満足げに笑う千陰を睨んでいた。
「あ……」
「続けなさい。のんびりできる相手じゃないわよ」
 言いながら千陰は走り去る。
 唖然とする彼の肩を叩き、メフィスが影に向けて折鶴を放った。それは黒い炎を纏い、突撃する。
 黒い不死鳥は、やはり槍に阻まれる。良助が続いて放った銃弾もだ。

 だが、その瞬間、確かにリョウへの反応は遅れたのだ。

 着地し、狙いを定める。狙いは赤の光源ただ一点。
「――嘗めるな、愚物が。ヒトの渇望と怒りを思い知れ」
 光源の上空に凝縮したアウルを放つ。
 影の槍は来ない。
 黒の槍が光源に深々と突き刺さった。
 影が波打つ。致命的な一打は、しかし決定打には至らない。
 なれば、と追撃に備える彼の足元から影の槍が伸びる。奥歯を噛み締め、跳び退く。
 悔恨を込めて光源を睨む。
 彼の眼に映った光景は、飛び込んできたアスハが、赤へ極太の杭を振り降ろす瞬間のそれだった。

 下で起こったことを凧の上の2人は知らない。だから我武者羅に攻撃を続けた。
 怒りと力に任せてハルバートが振られる。友を守る為にリボルバーが発射を続ける。
 だが子機は絶えず、凧がまた殺意で震えた。
 カーディスが撃ち落とす。
 マキナの肩が特攻を受ける。
「……ふっ!」
 飛び掛かった千陰が、凧の末端に重い、全力の一撃を叩き込んだ。

「やってやんなさい!」
 伴侶の声を受け、アスハは口元を歪めた。
 そして赤い光に杭の先端を突き刺すと、アウルを爆発させ、最大出力で打ち出した。
 炸裂音が轟き、影が跳ねる。
 びたびた、びらびらと踊るように捻じれ、助けを求めるように広がる。だがやがてそれも治まり、影は端から色を失い、粉々に砕けて逝った。

「はい離脱!」
 マキナを肩で担ぎ、千陰はカーディスに笑顔を向ける。
「来るよ!」
「お任せください」
 2人は同時に凧を蹴る。
 蹴った部分から別れ、先程よりも二回りは大きい子機が彼らを狙って飛来する。
 カーディスは宙で身をよじり、近い物から撃ち落とす。無論全てとはいかない。足場にしていた巨大な凧が全て子機となって特攻してきているのだ。
 点では間に合わない。面でなくては間に合わない。
 カーディスのすぐ真横を緋色の鞠が舞い飛んだ。それは子機の群れの中へ届くと、周囲に火種をばら撒いて四散する。
 続けて雷光が走る。密集している箇所を狙った正確な一撃は、多くの子機を消し炭に変えた。
 事も無し、と地上で微笑むアーレイ。その隣から穂鳥が二つ目の鞠を放った。
「……助かりました」
 カーディスも着地、片膝をついたまま子機を次々と撃ち落としていく。
 大丈夫そうかな。千陰は地に降りるなり、大声で指示を飛ばした。
「リョウ君とマキナ君はこのまま後方に避難。
 良助君とカーディス君は2人を護衛、退路を確保して頂戴」
「了解しました」
 答え、カーディスは最後の子機を丁寧に撃ち落とした。



 握鳥が振り上げた翼に鋭利な銃弾が突き刺さる。続けて一発、さらに一発着弾。
「次」
 アニエスが短く告げ、白秋、参がトリガーを握る。時たま回避されることはあっても、弾幕すべてが躱されることはなかった。
 サーバントは腕に傷を負っていた。動かす度に体を裂かれるような深い傷を。因って得意な遠距離戦を挑む、が、射程内に近づかせてもらえない。前に出れば銃弾が跳んでくる。その手前には防衛と援護を兼ねる晃司もいる。
 完封。
 そう言い表せ、また、他に表現する言葉がないほどの布陣と戦法だった。
 参が唇を舐める。
「こんなに楽勝でいいのかな……?」
「俺の策はここ最近大当たりだ」
「あたしとかね」
「拗ねるなよ」
「まだ終わっていないよ。無駄に頑丈だね」
 スコープを覗き、アニエスが握鳥の翼を撃つ。銃弾は狙い続けた一点を穿ち、とうとう大きな穴を開けた。
 と、同時。
 握鳥の胴体が、中央から真っ二つに割れた。
 眉を寄せ、スコープから目を外す。
 それが能動的な動作でないことは、アニエスの眼にも、晃司の眼にもはっきりと判った。白秋は一瞬考察、しかしこんな動きは過去の報告に無いと断じる。参は喉が引き攣るほど息を呑んでいた。
 割れた握鳥は地に吸われるように堕ちてゆく。

 その奥。
「使えぬ子は要りません」
 訶梨帝母が長い腕を広げながら、ゆっくりと高度を落としてきていた。

 ごくり、と誰かの喉が鳴る。

「恩を仇で返すとは、正にあなたのことですね、橙の子」
「恩なんか受けてないよ!!」
 反応し、発射。銃弾は、しかし訶梨帝母の手前で見えぬ何かに弾かれた。
「飽く迄母に弓を引きますか」
「おうよ。それも3つな」
 がちゃり、と銃身を鳴らし、白秋とアニエスが銃口を向ける。
「納得いかないかい? でもね、『自らを由として』、起こるべくして起こった結末だと思うよ」
「参は返してもらうぜ、必ずな。いい加減子離れしやがれ」
「愚かな」
 胸の前で手を向い合せる。瞬く間に、黒い塊が生まれた。それは一息で肥大する。
 両腕を開け放てば、塊は高速で射出され、轟々と辺りを揺らしながら彼らに迫った。
「下がって!」
 叫び、晃司が青い龍の翼を広げる。
 間髪入れず塊が直撃する。ぐりぐりと蠢き、翼を食い破ろうとした。が、適わず消し飛ぶ。
「……っと……」
「ちょ、無茶しないでよ!」
「しますよ。『代わり』は務まらないかも知れませんけどね」
「? 何言って――」
 訶梨帝母は攻撃の手を緩めない。宙を滑り、長い腕を晃司――青い翼目掛けて振り降ろした。
 ダン、ドン、と体を揺さぶる音が響く。晃司は辛うじて耐え、苦笑した。
「こりゃ厳しいねえ……やれやれ」
 訶梨帝母の左腕が唸る。まるで鞭のようにしなり、晃司目掛けて振り降ろされた。彼は咄嗟に盾を出し、辛うじて受け止める。足の裏が地面にめり込んだ。
 だから右腕への対応が遅れた。大蛇のように横から参へ迫る。
「合わせて!」
 アニエスの号令に従い、3つの銃口が同時に火を噴いた。立て続けに突撃した銃弾は腕をぐらりと揺らす。直撃必死だったそれはくん、と下がり、しかし地面を削りながら彼女らを襲った。足元を掬われるように吹き飛ばされ、地に背を付ける。
 訶梨帝母は口で弧を描き、体の前に黒を集めた。
 晃司の頬を冷や汗が伝う。アニエスの背筋が凍り、白秋が強く舌を打った。
「さあ、逝き――」



「スターダスト・イリュージョン!!」



 声に振り向けば、光の流星が目前に迫っていた。
 両腕を引いて受けようとする。が、左腕は沙耶と雫の剣閃を受け大きく弾かれていた。
 右腕と防壁で何とか受けるが、衝撃を受けてやや後退する。

「間に合ったようですわね」
 手の甲で金髪を払い、クリスティーナが晃司の前に立つ。彼女の左には沙耶が、右には雫が立ち、構えた。
「助かりました」
「あなたもなかなか様になっていましたわよ。衣装以外は」

「何故此処に。あの子らは――」

「殲滅済み……」
 くい、と眼鏡を直し、沙耶が伝えた。
「不細工な鳥も一体残らず、です……」
「あの大きなのも、直に堕ちる」
 雫が言うので、訶梨帝母は斑鳩を見遣った。影が苦痛に波打ち、千陰が凧を打ち付けた瞬間だった。
「馬鹿な……こんなことが――」
 がくん、と肩をひくつかせ、訶梨帝母は口を手で覆い、項垂れた。



 身体が薄い膜を破ったような心地だった。
 暴食がゲートの中に降り立つ。床は近く、彼女は膝を曲げて易々と着地。粘つく気配に胸やけを覚えながらも立ち上がり、周囲を見渡した。
 宛ら胎内。薄桃色の壁には細かい突起が無数に並び、呼吸するように脈打っていた。
 その中央。
 長躯の暴食でさえ見上げる程の、巨大な乳児の頭が、ずい、と持ち上がった。
 ベルヴェルク、鴉鳥、茜、隆道、神削、そして伍が突入、暴食に並ぶように位置を取った。

 みゃあ

 鬼子が鳴く。新しい玩具が来た。

 みゃああ

 鳴いて上体を起こす。
 害虫のそれのような腹部から伸びた脚は、『お気に入りの玩具』で直下、宝玉のようなコアを撫で回していた。
 人の形をした玩具は、既に命が宿っていないことを雄弁に物語っていた。肌は土の様に色褪せ、くすんだ血で汚れていた。節々はあらぬ方向に曲がり、捻じれている。
「だよねえ……」
 目を閉じ、茜が呟く。攫われた状況、過ぎた時間、来て早々目の当たりにした光景。考えれば当然のことだ。
「……だよねえ……――」
 彼女の髪が金色に輝く。色濃い赤が全身から噴き出た。
「気に入らない。心底気に入らないな」
 隆道が瞳を深紅に濡らした。

「――……ぅぅぅうううううあああああああああああアアアアああアああああアアアアアアアアアア!!!」
 咆え、伍が走る。神削が仲間に目配せをし、彼女に続いた。

「執念、かの。マキナ殿は?」
「生憎私は、摧滅を招く身ですので」
「では刻んでやる故、消せ」
 ベルヴェルクと鴉鳥が牙を研ぎつつ距離を置く。

「辞めたッ」
 かくん、と首を曲げ、暴食は言葉を吐き捨てた。
「辞めたッ。食ってやらねえッ。テメェみてぇなのは食ってなんかやらねぇッ!」
 全身の口が開く。ぱくつき、一斉に食い縛った。
「踏み潰してやるッ! 蹴散らしてやるッ! そら、来いッ、来いよォッッ!!」

 みゃあああ

 丸々と太った掌が暴食を叩き、吹き飛ばした。足の裏で襞を削り、止まり、尚も叫ぶ。
「まだだッ! もっとだッ! 次だッ、次寄越せェッ!!」

 みゃあ

 同じ攻撃を繰り出す。距離が開き、やや前のめりになった。
 がら空きになった脇腹に伍が深紅の鋼糸を振るう。研ぎ澄まされた一振りは肆(スゥ)を携えた脚に絡み付く。切断には至らない。もう一度力を込める。が、駄目。
 だが、神削が繰る黄金色の糸が同じ位置に絡み付くと、ぶつん、と湿った音を立てて千切れた。

 みゃああああ

 神削が糸を仕舞い、伍が糸を引き寄せる。彼女は友を抱きかかえ、必死に名前を呼んだ。
「肆ッ!」
 答えは返らない。後頭部は背中まで垂れ、皮の伸びた喉は肉を透かしていた。
「肆……ッ!!」
 背に慟哭を受け、神削は手に布を巻き、鬼子を睨んだ。

 鬼子の向こう側、刀を構えた茜が走る。
 鬼子は脚を振るった。直後、軌道の延長に紫色の闇が走り、彼女を押し流すように包む。
 茜は止まらない。
「――こんなもんなの」
 肩を前にして、闇を裂いて進む。
「あいつを使っておいて、こんなもんなの」
 駆け抜け、斬り付ける。身が軋むほどの、全身全霊の一撃が、陸(リュウ)の脚諸共脇腹に叩き込まれた。
 吹き飛ぶ脚の下を隆道が駆ける。狙いは鬼子の『足』。
 髪を赤く染め上げ咆哮一喝、体重を存分に乗せた回し蹴りを放った。

 みゃああああ

 ぐらり、と揺らぐ。追い打ちに備える隆道。
 その頭上で弐(アル)が刺さる脚が振られた。
 刹那、腕の周囲に極めて強い風が巻き起こった。脚は振られ、産み出された青い靄は天井に激突、霧散する。

「なんとか、間に合ったみたいね」
 ベレー帽を直し、灯子は銃を構え直した。

「壊れろ!」
 隆道の蹴り上げが炸裂する。鬼子のバランスが明確に崩れた。
 倒れながら脚を振ろうとする。だが適わない。鴉鳥が振る黒塗りの刀身がとっくに切り捨てていた。
 背中から倒れ込む。
 無防備な背に、神削が黒く塗り潰した拳で大きく、深く穿った。

 みゃあああああああああああ

「うるさいって」
 茜が跳び、もぞもぞと揺れる腹を刺突した。
「黙れよ」
 隆道が駆け、勢いを乗せた足刀で蹴り付けた。
 2人を払うべく丸っこい腕が動く。が、風によって狙いを外され、それでも振り降ろしたものの、身を呈した暴食によって阻まれてしまう。
 鴉鳥が弾力のある身体を駆け抜け、到達と同時に抜刀、漆黒の閃光が鬼子の顎を抉り、削り、圧し倒した。
 仰向けに倒れ、仰け反るように頭を投げる鬼子。

 顔前には黒焔。
 拳に力を込め、体を捻るベルヴェルクが。

 みゃああ

「――砕け散れ」

 鬼子の醜貌に『終焉』が撃ち込まれた。


 ―――――――――――――っ


 ゲートごと鬼子が哭く。
 形が残っていたので、ベルヴェルクは今一度『終焉』を『告げた』。
 鴉鳥が合わせ、閃光を叩き込む。

 黒い焔と光に包まれ、鬼子の頭部は跡形も無く、消し飛んだ。
 連れられ、胸、腹、足、そして脚が砂のような光となり、爆発。壁や床に吸い込まれるように消え失せた。

「見かけ倒し、だな」
 鴉鳥は腰を落とし、抜刀。コアを一刀両断に伏せた。
「とっとと出ようぜッ」
「同感だ、反吐が出る」
 まとわりつくような疲労感に襲われながら、次々にゲートを飛び出していく。
 茜は一度だけ、遠くに転がる亡骸を見つめ、踵を返した。
 ベルヴェルクは『彼ら』に声を投げようとして、言葉を呑み込み離脱した。

 かつて、共に日々を過ごした仲間の姿はどこにも見当たらない。
 点々と壁を彩っている赤がそうだろうか。とてもそうは思えない。
 では、この身を染め上げた赤だろうか。面影など欠片も遺っていない。
「……行こう」
 伍は動こうとしない。
「まだ、終わってない。そうだろ?」
「――……」
「行こう」
 神削は伍の脇に腕を回し、無理矢理彼女を立たせた。
 伍は喉から細い息を小刻みに吐き出す。
 やがて大粒の涙が零れた。ぽろぽろ、ぼろぼろと、とめどなく溢れた。
 彼女の肩を抱え、神削は歩みを進める。手には不意に力が入った。



「お……」
 千陰が声を上げる。
 ゲートに突入した面々が次々に脱出して来ていた。
 口の中で数を数える。

 人数は増えていなかった。
 参は一度、体の底から深呼吸。
 その小さな背にアニエスが寄り添った。
「まだだよ」
「判ってるよ……!」

 彼女らが、
 ゲートから帰還した生徒らが、
 退路を確保したメンバーが、
 訶梨帝母を包囲する面々が――


「おお……」


 皆が見守る中。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 訶梨帝母を包んでいた白装束が、黒ずみ、腐り、落ちる。
 長い黒髪がぼろりと零れ、痩せた長い羽根が身を隠すように広がった。
 上がる顔に付いた双眸が憤怒に燃ゆる。


「――よくも……よくも、私の子らを……! どこまで母の愛を踏み躙れば気が済む、人間ッッ!!」


「貴様は母ではない」
 白鱗の翼竜に跨る白蛇が断ずる。
「母の成り損ない、単なる愚物じゃ。掛ける情けも無い」


「黙れッ! 母の愛が判らぬ下賤な連中の分際でッッ!!」


「お前に母を名乗る資格なんか、ない」
 小さな身体を震わせ、雫が咆える。
「自分のことしか考えず、子と呼ぶ者を思えないお前が母と名乗るな!」
 概ね同感です、と沙耶が続く。
「まあ、ここで散って、天界で笑い話のネタにされるのがお似合いかと……」


「黙れ、黙れ黙れ、黙れッ!!」


「嬌声は畏れ」


 訶梨帝母は自身の周囲を黒い塊で掃射、爆炎に紛れた。


「手数は焦り」


 千陰は紫煙を吐き出し、ニヤリと笑って中指を立てて見せた。
「もう勘弁してくれって? 誰が許すかよ。念仏でも唱えやがれ、クソババア!!」


「黙れえええええええええええええッッッッッ!!!」


 特大の黒塊が爆炎を突き破り虚空を走る。
 アーレイが雷の矢を、穂鳥が茨の束を、メフィスが無数の折鶴を、白蛇が黒い槍を飛ばす。
 それらは次々、続々と激突し、黒塊の勢いを確実に削いだ。
「充分、あんがとっ!!」
 叫び、拳に集めたアウルを集め、腕を振り抜いて放つ。白い光は黒い塊に激突、暫しの拮抗の後、貫き両断した。
 左右に分かれた塊は彼女の両脇に墜落、豪と爆ぜる。


「小賢しい……――ッ!!」


 訶梨帝母の背中に特大の光が直撃する。
 リボルバーから撃ち出された弾丸は完子のありったけの光を纏い、大砲宛らの口径となって天使を襲ったのだ。

「お、のれ……!」

 振り返る。
 その横顔が、白秋が覗く、友から借りたスコープに映り込んだ。
「あの世で息子が待ってるぜ」
 トリガーを、握る。
 黒い靄に巻かれた弾丸は一直線に訶梨帝母の頭部を捉えた。
 大きく頭を振り、しかし訶梨帝母は堪える。が、続いてアニエスが放った黒弾が激突すると、耐え切れずにがくん、と高度を落とした。

 そこは雫の間合いだった。紫焔を纏わせた鉄塊を神速で振り降ろす。
 地に落ち跳ねる訶梨帝母。
 雫の頭上を跳び越え沙耶が走る。加速を緩めず、倒れ込むほど力を込めて大鎌を振り降ろした。

 地に爪を立て、停止、立ち上がる訶梨帝母。
 その脇腹に――
「ぐぅ……っ!!」
 駆け込んだ伍が短刀を突き刺した。
「――嫌い……大っ嫌い!!」
 訶梨帝母は目を見開くと、力任せに腕を払って伍を弾き飛ばした。肩や頭をぶつけて転がる彼女を、駆け付けた暴食がその身で受け止める。

「おのれえええええええッッ!!」

 咆える訶梨帝母の腹を黒い風に包まれた弾丸が食い破る。
 苦悶する間も与えず、漆黒の光が激突。
 続けて、
 黒焔纏うベルヴェルクの拳が、
 緋色に揺らめく茜の刃が、
 深紅に燃える隆道の脚が、
 黒く塗り潰された神削の拳が、
 訶梨帝母を叩き、斬り、蹴り、貫き、吹き飛ばした。

 呻き、後退する訶梨帝母。膝が揺れ、だらりと腕が垂れ、口が大穴のようにぱっくりと落ちた。
 声を出そうとした。憤怒、畏怖、或いは慈愛。
 その全てが、首の両側に添えられた刃の低温で凍て付いた。
 キャスケットを抑え、ジェーンは笑う。伝える言は2つあった。
「愛しているよ、訶梨帝母くん」

 ぢょぎん

「良くも、良くも、良くも愛しの肆くん達を」


 取り残された胴体が頭を求めてよたよたと歩んだ。
 その胸にアスハがバンカーを添え、放ち、貫いた。

 綺麗に刎ねられた頭部はごろん、ごとん、と戦いの痕が残る地を転がり――
 ――参の足元で空を見上げた。

「……あ、いを……」

 彼女は2丁の拳銃を抜き、

「……母、の……愛、が……」

 戯言を繰り返す干乾びた口内に突っ込んだ。

「あんたのは、要らない」

 そして、皺だらけの頭が跡形も無くなるまで、声を嗄らして叫びながら引き金を引き続けた。











 伍が目を覚ますと、そこは白を基調とした部屋だった。
 身体を動かし、あちこちに見える処置と鼻を突く薬品の匂いで、そこが病室だと知る。
「おはよ」
 加えて、隣から飛んできた声で、ただ一人だけになってしまった友達も助かったのだ、と判った。
 ガラ、と鳴って部屋の扉が開く。不揃いな足音がカーテンの向こうから聞こえ、やがて人影を連れてきた。
「……目、覚めたか。よかった」
 伍を見るなり、神削は僅かに相好を崩した。よかったな、と白秋が茶化し、死ぬわけないじゃん、と参が舌を出す。
 神削は近くの椅子を引っ張り、2人のベッドの間を位置取って腰を降ろした。
「――……あの……」
「ん?」
「――……ありがとう……。私、たち……その……」
 参が俯き、白秋が表情を消す。
「礼を言うのは、少し早いかもな」
 神削が上着から封筒を取り出した。それが何かを知っている白秋は覗かない。参が必死に背伸びをするが覗けない。伍は息を呑んで唇を噛んだ。
「2人が目を覚ましてから伝えてくれ、と、小日向先生に預かった物だ。
 ……今回の件に関する、お前たちの処分を伝える」


 決戦から帰還した千陰は、その足で学園のある一室を訪れていた。
 ライトカラーのスーツを着込んだ重役たちに、彼女は詳細な報告を伝える。
 彼らが問題を起こした背景に、彼らを見放した教員がいたこと。
 それだけならまだしも、隠ぺいした痕跡を発見したこと。
 関わりを持った自分の初動が間違っていたこと。
 拉致監禁された斡旋所職員も精神的に快復し、自身も許してはいないが恨んではいないこと。
 何より、命がけで学園の生徒らと共闘し、天使とゲートを撃退したこと。
 時に息を切らしながも、彼女は必死に訴えを続けた。
 そして――


「学園職員を拉致した件に関しては、被害者から届けが出ていないことから不問。
 6名が起こした暴動は、学園職員である小日向千陰の監督不行き届きとし、処罰は無し。
 但し、この者の保護観察処分とする。
 ……また、小日向先生は減俸12カ月、お前たちを学園から隠ぺいしていた教員は懲戒免職、だそうだ」

「……なんで?」
 参は目を丸くする。
「なんで、ここまでするの?
 あたしらは……何されたって、文句言えないのに……」
 白秋は苦笑。
「あの日先生が言ってただろうが。『許さないけど咎めない、だから償え』。
 つまり、そういうことだろ」
 病室の扉がゆっくりと開き、とてとて、と軽い足音が響く。
「今、受け取ってきました」
 雫は参と伍の顔を確認し、シーツの上に真新しい学生証を置いた。
 詰まった息をなんとか吐き出し、参は白秋を見上げる。
「……また、暴れるかもしれないよ?」
 白秋はシニカルな笑みを返した。
「そん時ゃ早めに言えよ。出撃しないで待っててやる」

「受け取るなら、約束して欲しい」
 神削はまっすぐ伍を見つめ、言葉を紡ぐ。
「仲間の分まで生きる、と。
 お前達を助けようとした皆や、小日向先生の思いを無駄にしないでくれ」
「嬉しそうでしたよ、小日向さん」
 隣で雫が小さく微笑んだ。
「きっと小日向さんの様な人が、厳しくも良いお母さんなのでしょうね」
 参が頓狂な声を上げる。
「あんないろんな意味で煙たいお母さん絶対嫌!!」
「あ、言ってやろ。丁度喫煙所行きたかったんだよ」
「すんません先輩それホント勘弁してください」
 談笑が起こる中、伍はそっと手を伸ばし、学生証を握り締めた。
 どれだけ強く握っても、折れ曲がることはなかった。



 学園に提出する報告書と始末書、住民票、携帯電話の契約書、保険の案内等々。
「だりぃー……」
 ざっと目を通して傍らに放り投げ、千陰はベンチに寝ころび、煙草に火をつけた。

 頭の中に、煙のように思考が巡る。


 助けてやった、とは思わない。
 全て終わった、とも思えない。

 ここからなのだ。
 助けなければよかった。
 助からなければよかった。
 そう言われないように、言わせないように。
 全ては、ここからなのだ。

 それが、教員として学園に居る自分が選んだ道。
 多くの生徒を巻き込んでしまった自分が歩く道。
 逸れるなんて許されない。
 誰より自分が許さない。


 バンバンバンバン!

「ちーかーげーちゃーーんッ!!」

 千陰が跳び起きると、完子を肩車した暴食が名前を呼びながら手を振っていた。
「カーディスちゃんがケーキおごってくれるってサッ!!」
「一緒に行きましょ、千陰先生!」
「おー、行く行く!」
 応え、書類を手早くまとめると、まだ半分以上残っていた紙巻きを灰皿に押し込んで、彼女は喫煙所を飛び出した。



 その日は晴天。
 雲は無く、風も無い。凍て付いた日々を溶かすような、優しく、温かな日だった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 撃退士・マキナ・ベルヴェルク(ja0067)
 血花繚乱・神喰 茜(ja0200)
 修羅・戸次 隆道(ja0550)
 釣りキチ・月詠 神削(ja5265)
 斬天の剣士・鬼無里 鴉鳥(ja7179)
 グラトニー・革帯 暴食(ja7850)
 余暇満喫中・柊 灯子(ja8321)
重体: −
面白かった!:31人

撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
己が魂を貫く者・
アーレイ・バーグ(ja0276)

大学部4年168組 女 ダアト
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
修羅・
戸次 隆道(ja0550)

大学部9年274組 男 阿修羅
約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
無音の探求者・
樋渡・沙耶(ja0770)

大学部2年315組 女 阿修羅
語り騙りて狂想幻話・
ジェーン・ドゥ(ja1442)

大学部7年133組 女 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
喪色の沙羅双樹・
牧野 穂鳥(ja2029)

大学部4年145組 女 ダアト
覚悟せし者・
高野 晃司(ja2733)

大学部3年125組 男 阿修羅
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
押すなよ?絶対押すなよ?・
メフィス・ロットハール(ja7041)

大学部7年107組 女 ルインズブレイド
斬天の剣士・
鬼無里 鴉鳥(ja7179)

大学部2年4組 女 ルインズブレイド
グラトニー・
革帯 暴食(ja7850)

大学部9年323組 女 阿修羅
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
冷静なる識・
アニエス・ブランネージュ(ja8264)

大学部9年317組 女 インフィルトレイター
余暇満喫中・
柊 灯子(ja8321)

大学部2年104組 女 鬼道忍軍
二律背反の叫び声・
唐沢 完子(ja8347)

大学部2年129組 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
セーレの王子様・
森田良助(ja9460)

大学部4年2組 男 インフィルトレイター
華麗に参上!・
クリスティーナ アップルトン(ja9941)

卒業 女 ルインズブレイド
慈し見守る白き母・
白蛇(jb0889)

大学部7年6組 女 バハムートテイマー