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風に乗って空を行く『斑鳩』。色濃く映る影は砂浜を覆い、無数の亡骸を隠すようにぬらぬらと這う。
「……めんどくさそうな敵だな、おい……」
げんなり、と御暁零斗(
ja0548)が呟く。
「だっるゥ……」
膨らんだガムが割れ、九重棗(
ja6680)の口に張り付いた。
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや……とでも言いたいんですかねぇ」
「陳勝ですか。歴史に敗れるのはどちらか、思い知らせてやるとしましょう」
厳しい顔つきで砂浜を見つめる黒瓜ソラ(
ja4311)と字見与一(
ja6541)。
「こんなにでっかいってことはかなりタフか……骨が折れそうだ」
「関係ねーよ、胸糞悪ィ。叩き落としてやる」
マキナ(
ja7016)とテト・シュタイナー(
ja9202)が視線を合わせ頷く。
生臭い空気が塊となり、天風静流(
ja0373)の髪を撫でた。彼女の視線の先には静かに佇む港町。
「しくじる訳にはいかないな」
彼女の隣で久遠仁刀(
ja2464)が頷く。
「守ってる暇はない。一気に行くぞ」
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「私だ。本部から一級撃退士を数名寄越してくれ」
相手が戸惑った様子を返してくると、彼は鼻息を荒げた。
「学園の連中め、女子供の混ざった若手を送り込んできた。失敗は万が一にも許されん。打てる手は打っておく、それだけだ。判ったらとっとと手配しろ」
一方的に通信を切り、現場担当の男は8人の背中を睨んだ。
「望んで死地に来たのだろう。精々やってみろ、学徒ども」
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ソラは丘にしゃがみ込み、スナイパーライフルのスコープを覗いた。
狙いは斑鳩――ではなく、その影、赤々と光る一点。照準を合わせ、引き金を絞る。
銃口から放たれた弾丸は一直線に光を目指し、しかし光の前で掻き消えた。
「手応え無し、ですねぇ」
静流が口元を抑える。
「ふむ。やはり考えすぎ、か?」
双眼鏡から顔を外したマキナが否を唱える。
「何もなければ弾が『消え』たりしない。砂埃くらい上がるはずだ」
「では、やはり……?」
与一の前に仁刀が立つ。
「来るぞ」
斑鳩の表面がぽこぽこと粟立つ。それは魚卵から孵化する稚魚の様子と酷似していた。
野球のグローブほどもある子機は、宛ら変化球のように軌道をくねらせて丘の上の8人を襲う。
「さァて、殺りますかァ」
クロスファイヤを回す棗が仁刀に並ぶ。
「でかいくせにセコい攻撃てやがって」
「特攻精神は嫌いじゃあない」
それぞれの得物を取り出すテトとマキナ。
「あれは俺たちが迎撃してみる」
「おう、ありがとよ」
応え、零斗は風の刃を斑鳩に向けて飛ばした。
刃は一目散に斑鳩を目指し、捉える。被弾を表す爆発が巻き起こった。
「あっちにゃ通りそうだな」
「では、改めて影にも探りを入れてみましょう」
魔導書を開く与一の上で子機が爆ぜる。寸でのところで棗が撃ち落としたのだ。
子機の迎撃は尚も続く。仁刀が大剣を、静流が槍を振るって大雑把に数を減らす。討ち漏らした子機をマキナの弓と棗の射撃が貫き、更にテトの魔法がその穴を埋めていた。
「頼もしい限りです」
薄く笑み、雷球を飛ばす。狙いは影。4つ放たれたそれは、しかし影の上に差し掛かるなり順番に霧散した。
「やはり怪しいですね……」
「もう一度やってみましょう。二人同時に、です」
ソラが銃を構えて並ぶ。与一は頷くと、呼吸を合わせてそれぞれの攻撃を放った。
銃弾、雷球、雷球、銃弾とやはり消し飛ばされてしまう。
スコープから目を外したソラの顔は曇っていた。
「効いてるんだか……わからんですねぇ」
「防がれいるというよりは墜とされている気がします。光といい、生命体であることは明白なのですが……」
「何か……何かあるはず。鬼にだって弱点はあるんだ。弱点のない存在は、無い筈!」
斑鳩が丘に差し掛かる。
「飛び乗れそうだな。行くぞ」
「ああ。穴だらけにしてやる!」
助走をつけ、斑鳩に飛び移る仁刀とテト。やや遅れて棗、得物を斧槍に持ち替えたマキナが続く。
「で? 影はなんだかわかったのか?」
与一は首を振る。
「恐らくサーバントだとは思いますが、斑鳩との関連性も、有効打もわかりません」
「そんだけわかりゃ充分だ」
「え?」
与一の制止を振り切り、零斗は丘を駆け下りて行く。
「私も下に行こう」と静流。
「一人にはしておけないからね。援護を頼めるかな」
「任しといてくださいよ」
「くれぐれも気を付けて」
お互いね。
言い残し、静流は零斗の後を追った。
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斑鳩の表面はつややかではあったが滑らかではなく、充分踏ん張りが効いた。
到着するなり、テトは持ち替えた杖に電撃を宿し、斑鳩に突き立てる。
「(どこかで分割とかされてない限り、どこに打ち込んでも有効なはず……!)」
まばゆい光を上げ、斑鳩の一部が爆ぜる。
だが斑鳩の動きは鈍らない。ダメージが間違いなく与えた。表面は穿たれ、黒々と焦げている。だが速度は落ちない。
「クッソ! なら――!」
顔を向ければ、既に仁刀が中央部――赤い光が差し込む位置へ駆けていた。
姿勢を低く保ち、表面を裂きながら進む彼の前に、無数の子機が浮かび上がる。
が、8つ浮かんだそれは全て棗が撃墜に成功。仁刀は進軍、軽く跳び、中央部へ深々と大剣を突き刺した。
その刹那。
―――――――――――――――――――――――
それは発狂じみた攻撃か、苦悶の悲鳴か。
斑鳩の全身が震え、上にいた4名の体を内外から強かに揺らした。
「ぐぉ……っ!」
たまらず仁刀が手を突く。彼の周りに子機が浮かび上がる。
「……舐めやがってェ……」
「ふざ……けんな……!」
それを棗とテトが撃ち落とす。
仁刀はまだ立ち上がれない。
彼を尻目に、マキナはハルバードを握り直した。
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砂浜に到着すると、零斗は再び風の刃を産み出し、影に向けて放った。
そこで今度こそ、彼は目の当たりにすることになる。
影が槍の形に持ち上がり、彼の攻撃を貫き、散らす様を。高い位置からでは槍の色が背景と同化し、見ることができなかったのだ。
「なんだそりゃ。めんどくせぇなぁ……」
静流が駆け付ける。
「何か判ったのか」
零斗がざっくりと説明する。静流はなるほど、と小さく頷き、パルチザンを構えた。
「丘の上にいる二人に援護を頼んでおいた。私たちはあれを狙おう」
あれとは無論、『影ならざる』一点。
おいおい、と零斗は鼻を鳴らす。
「正気か? 迂闊に踏み込んだって穴だらけにされるのがオチだぞ」
「怖気づいたのか」
「馬鹿言え。こっからが本番だ」
言ってステップを踏む零斗。
静流は視線を影に戻し、手前のそれにパルチザンを突き刺した。
直後、無音で、そして一瞬で6本の黒い槍が現れる。
その脇を抜けるようにして零斗が影に踏み込んだ。
当然のように槍が突き上がる。
「っとぉ」
身をよじってなんとか回避し、彼は更に奥へと歩みを進める。
「疾風迅雷の名はな、伊達じゃないんだよ」
或いは単独で侵入していれば、四方八方から槍に襲われ、彼の原型は跡形もなくなっていただろう。
事実、静流は槍の猛攻に阻まれ、まだ踏み込めずにいる。
だが、だからこそ零斗は進軍できていたのだ。
即ち――
度重なるリロードでソラの指は所々赤く腫れていた。しかしそれでも彼女は弾を込め、絶え間なく影を狙撃し続ける。
着弾した箇所には槍が持ち上がり、その瞬間だけ零斗がフリーになるのだ。丘から注意深く観察していた彼女だからこそ影の攻撃の法則性に気付けた。
丘の上の狙撃班は無論容赦なくそこを突く。与一もそこに加わると、とうとう静流も影に踏み込めた。
「賽は投げられた、と」
「黒ずんだルビコン川ですけどね。続けましょう」
加えて。
斑鳩にはもう一つ攻撃手段があった。それは自身の下に隙間無く針を投下し、槍の隙間を埋めるというものだった。
言うまでもなく、影が攻略されかけている今、それはこの上ない有効打足りえた。
では何故死を招く針は降り注がなかったのか――
自身の背が猛攻を受けていたからである。
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怒号一喝、マキナがハルバードを羽根目掛けて叩き付けた。手応えは充分、折れはせずとも陥没し、やや反れたのが視認できる。
「こ……んのおおおおおッ!」
続けて渾身の一打を放つ。放つ。放つ。放つ。
放つ。6度目の一発で斑鳩が露骨に傾いた。羽根には亀裂が走っている。
「マキナ!」
テトが大声で呼ぶ。マキナは応じ、本体側へ移動。彼らは足並みを揃え、呼吸を合わせると――
テトはワンドを逆手に持ち、
マキナは斧槍を強く握り、
「はぁッ!」
「おりゃあッ!」
同時に亀裂へ得物を突き立てた。
湿ったような音を上げ、右翼が本体から切り落とされる。
翼はしばし形状を保っていたものの、やがて粉砂糖のように散り、風に消えた。
がくん、と斑鳩が傾く。
「ま、こうなるよな――っと」
バランスを崩したマキナの腕を掴むテト。
「悪い、助かった」
テトは小さく笑った。
「墜落する前に離脱するぞ!」
やや離れたところにいる二人、仁刀と棗にも同じ言葉を飛ばした。
だが返答はない。どころか、彼は斑鳩の中央を見つめて微動だにしない。
「……先に降りろ。俺はぎりぎりまで攻撃してみる」
「寝惚けんな!」
テトは怒鳴った。
「翼が落ちてもあの攻撃は来なかっただろ! つまりそういうことなんだよ! 墜ちてから全員で叩けばいい!」
駄目だ。仁刀は譲らない。
「全部分かれて港町を襲われたら防ぎようがない。ここで仕留める」
「――……っ! 勝手にしろ!!」
顔をしかめ、テトは決断を下す。彼女はマキナを連れ、斑鳩から飛び降りた。
「あんたも行けよ」
顔を上げずに言う。
棗がいる位置から、パン、と小さい音が返ってきた。
「オプションは撃ち落としてやるよ」
「『アレ』が来るぞ」
「さっきも平気だったし、大丈夫だろ」
彼らを取り囲むように、幾つもの子機が表皮から浮かび上がる。
「見せ場譲ってやるんだ。トチるなよ」
「……ああ、判ってる」
言い、大剣を握り直す仁刀。眼には力が戻っていた。倒すまで絶対に倒れないという、決意に満ちた力が。
鋭く息を吐くと、彼は、
「――行くぞ」
大剣を高々と掲げ、切っ先を中央部に突き立てた。
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「……来てます、よね?」
「来てますね」
丘の上、ソラと与一はその光景を目の当たりにしていた。
片翼を失い傾いた斑鳩が、徐々に高度を落としながら丘に向かってくる様を。
「ど、ど、ど、どうしましょう?」
「落ち着いてください。落ち着きましょう。一旦距離を置きます」
「そ、そうですね」
砂浜からは影がせり上がり、空からは巨大な白が落ちてくる。逃げの一手は対策として当然と言えた。
だが、その瞬間、確かに影への援護射撃は途絶えたのだ。
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あと一歩で赤い光に手が届く。援護が途切れたのはちょうどその瞬間だった。
それまで無傷で、正に風の如く槍撃を往なし続けてきた零斗に、とうとう切っ先が届いた。肩口をえぐられ、血が飛沫となって影を濡らす。
「……はっ」
前髪を掻き上げる。露わになった瞳は鋭さが増していた。
やや後方で静流も槍の猛攻を受けていた。辛うじて直撃こそ免れているが、腕や腿、頬には赤いものが滲んでいる。
だが、ただ踊らされていたわけではない。
彼女は計っていた。槍の長さ、射出する間隔、自身に反応してから攻撃してくるまでの時間、そして間合いを。
「ふむ」
静流は一歩大きく下がり、すぐさま周囲をパルチザンの先端で撫でた。
気圧の変動を受け、槍がパルチザンの軌道上に現れる。
「やはりな」
静流は零し、前進。そしてすぐに槍を影に突き立てた。
引っ込んだ影の槍がすぐさま静流を襲う。狙いは一点、全方位からの必殺の一手。
「(死中に活を……か)」
しかし攻撃は空振りに終わる。
「(よく言ったものだな)」
静流はパルチザンを掴んだまま、まるで棒高跳びの選手のように、自らの体を槍の上に持ってきていたのだ。
影の攻撃は緩まない。まるでプログラムされているように、変化のあった場所へ黒い槍を出す。
今度こそ、槍はものの見事に標的を貫いた。
――零斗が放った風の刃を。
「馬鹿が」
本人は遂に赤の光源に到達、そして間髪入れず得物を添え、撃鉄を起こしていた。
高速で射出された極太の杭が光の中心を捉える。
反動に身を任せ、大きく跳び退く零斗。
彼の視界に映ったのは、まるで干されたバスタオルのように波打ちたなびく影と、そこへ槍を携えて急降下してくる静流の姿だった。
「――終わりにしよう」
青褪めた刃が赤い光を垂直に貫く。
影は己の端を天高く持ち上げた。そして強風に叩かれたようにばたばたと耳障りな音を立てると、静かに、そして緩やかに広がっていった。
夜のような深い色はとうに失せ、砂浜に広がる頃には影も形も無くなっていた。
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47度傾いた斑鳩の背面で、再び空気が細かく、激しく振動する。
仁刀と棗はそれぞれの得物を突き刺し取っ手のようにしてなんとかしがみついていた。
しかし恐れていたことが起こる。斑鳩が端から大雑把に分離し、彼らに突貫してきていたのだ。
「ったく……」
棗が片手で撃墜すべく引き金を引き続ける。しかし先程までとは大きさが違う。命中させても構わず突っ込んできては爆発を起こし、彼らの体力を徐々に、だが確実に削いでいた。
一際大きな個体が二人を狙って飛来する。
「……だっるゥ……」
呟く彼の前で、個体は横から飛んできた銃弾に押しやられ、遠くで爆発した。
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「迎撃の基本は!
飛ぶ速さを線に、距離を点にして!
弾が届く時間分だけ点を先にずらして撃つ!」
叫びながらソラは発言を実行していく。
「なるほど。勉強になりますね」
「書を捨てよ戦場に出よう、ですよ」
「捨てませんよ」
軽口を叩きながら、与一も迎撃を繰り返す。
戦列にはマキナ、そしてテトも加わっていた。
「やっぱり翼の残った奥が厚いな。頼めるか?」
「おうよ。さっきはカッコつかなかったからな。ここできっちり仕事させてもらうぜ」
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「一級撃退士の件だがな、あの命令は棄却だ。
何度も言わせるな。不要になったんだ。休暇でも出しておけ」
言い放ち、通信を切る。乱暴な物言いとは裏腹に、男の顔は喜色満面だった。
「やりおったか……。少ない情報で、あの巨体を……。
フフフ、そうか。フハハハハハ! 認識を改めてやろう、学徒ども!
見事だ!」
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絶え間なく、そして正確に撃ち込まれる弾丸、魔法、矢、魔法。仁刀と棗の目の前で白は次々、続々と爆ぜていく。
「助かったっぽいよ」
「そうか……」
やがて光の当たっていた部分だけが残り、それも砂浜近くで霧散した。
久方ぶりに降り立った地面に転がるようにして着陸する。深く呼吸をし、体を砂浜に投げ出す。
目の前に広がるのは、白一つない青空。
「お疲れさん」
「ああ」
満身創痍ながら表情に達成感を湛える二人に、静流と零斗が口角を上げて駆け寄った。