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マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/07/29


みんなの思い出



オープニング


 茜色の太陽が西の地平に沈もうとしている。
 青々と夏の草木が生い茂るその山中もまた、赤い光を浴びて、黄昏の色に景色を染めていた。
 そんな中、少女はじっと地中に沈んでいた。比喩ではなく、その小さな肢体を文字通り沈めていた。
 特に山深く草木が濃い藪の中で、顔だけを僅かに覗かせ静かに息をついている。
 普通の人間であるならば、そこに少女が存在していると、気付く事は不可能だろう。
 撒いた筈だと、少女は思った。だが、確信はなかった。
 何故なら――
 風を裂いて紫色の光が無数に飛来した。
 反射的に少女は地中へと完全に沈み、さらに土や岩盤を無視して移動する。少女は息を止め暗闇の中を無我夢中で逃げ回った。しかし、攻撃は止む気配がない。地上から見えない筈であるのに、相手は女の位置を把握しているようだった。
 相手も追跡者として選ばれただけはあるらしい。
 さらに、少女は地上へと向かって押し出される力を感じた。阻霊術が発動している。こうなると、地中に潜行し続ける事は出来ない。
 覚悟を決めて地上へと飛び出した女の眼前に、パンツスーツに身を包んだ若い女が降り立った。
「今晩は、お嬢さん。もう陽が暮れるわ……鬼ごっこはおしまい。良い子だからお家に帰りましょう?」
 ブロンドの髪の女――使徒ナターシャは何処か艶と気だるさを感じさせる口調で述べた。
 視線を上へと走らせれば、炎を纏った怪鳥が無数に旋回している。
 数が多い。
 戦っても、勝てはしないと少女は悟った。
 しかし、それでもここで捕まる訳にはいかなかった。
 一歩、二歩、と後ずさりすると踵を返し全力で駆け出す。
「あまり手間をかけさせないでくれる?」
 紫光が宙を貫いた。
 少女の背へと光の刃が次々に突き刺さって爆裂を巻き起こしてゆく。ただの人ならば、並の撃退士であっても、一瞬で消し飛ぶ程の猛攻だ。
 しかし、少女は倒れなかった。血飛沫をあげながらも、そのまま木々の間を駆け抜けてゆく。
 見た目とは裏腹のこの頑強さにはナターシャも驚きの色を隠せなかった。
「流石に、あの筋肉ハゲと同じ階級だっただけの事はあるのね……」
 だが、少女は無傷という訳でもなかった。
 ナターシャは今度こそ仕留めんと両手の指の間に六条もの光の刃を出現させる。
 しかし、それが放たれる事はなかった。
 ナターシャは反射的に地を蹴りつけると横へと大きく跳んだ。間髪入れず、先程まで女がいた空間へと緑色の光の塊が飛来して大地を爆砕した。
「あ〜らぁ? ヤったと思ったのに、よーけられちまったかぁ」
 緑色のオーラの中からゆらりと振り向いたのは、獣の耳と金色の長髪を持つ若い男だった。
 人間ではない。
「……随分と乱暴なアプローチね。マナーがなってないわよ。悪魔の眷属がどういうつもり?」
 ナターシャは問いかけた。暗黙の了解というものがある。天使と悪魔は地球で全面対決に発展してしまうの嫌って、直接は争おうとしない。
「お初にお目にかかるぜ、天使ギメルが使徒ナターシャさんよ。俺はヴァニタスのユグドラ。用件だが『アレら』は冥界のモンだろぉ? うちのイザコザだ。天の手出しは控えて貰えねぇかな」
「あら……元々は天界の者達だって聞いているわよ。天は天に在るべき、違うかしら?」
「詭弁だナァ」
「さぁ、どちらが詭弁かしら」
「退く気はねぇってかい」
「そうだと言ったら?」
「なるべくなら争うなって言われてるが……死人に口はねぇだろ?」
 男が纏う緑色のオーラが勢いを増して吹き上がる。ナターシャは光の刃を構えた。
「その言葉、リボンをつけて返してあげるわ。貴方、犬っぽいから首輪の方が良いかしら?」
「ぬかせ!」
 対峙するユグドラとナターシャの殺気が膨れ上がった瞬間――
「何をしている!」
 茂みを割って二本の角を持つ白髪の少女が現れた。
 それを見てユグドラは盛大に顔を顰める。
「くそっ、アシュラか。うるさいのが来やがった」
「誰がうるさいだ。目標はどうしたユグドラ。こんな所で何を油を売っている!」
 ユグドラは不承不承といった表情を浮かべてナターシャに向き直ると、オーラを霧散させる。
「気が削がれた。勝負は預けとくぜ」
「……盛大に邪魔してくれて、それで済ませると思ってるの?」
 微笑を浮かべてナターシャ。
 それにアシュラと呼ばれた少女が言った。
「二対一だぞ。空にサーバントがいくらかいるようだがな。面倒はそちらも困るだろう?」
「元々、その面倒は、そっちの男が吹っかけてきてくれたのだけどね……まぁ良いわ、ここは退いておいてあげる」
 嘆息すると光の刃を消す。
「謝罪はしようナターシャ殿。だが、アレらは我々が貰う。いくぞユグドラ」
「へいへい」
 ヴァニタスの二柱はそんな言葉を残して梢の陰へと消えてゆく。
 ナターシャは少女が逃げていった方角を進んだ。
 木々の間を抜けると、崖に出た。
 眼下には人間達の街が、夕焼けの中に佇んでいる。
「逃がしはしないわ」
 ナターシャの呟きは、風に乗って周囲へと響いていった。













「〜♪」

 鼻歌を奏で、女は無人の公園を歩いてゆく。後に続くは配下が成す部隊。

「――旦那方も余裕がねぇったら。こんな隅っこ、無視したっていーだろーに」

 くるくると回していた指がピタリと止まる。
 耳が場に不釣り合いなエンジン音を拾い、肌が日焼けしたような緊張感を捕まえた。

「あー……? なんつったっけ?
 ……そう、確か『ゲキタイシ』。
 いやに早いな。察したのか、それとも偶々か。
 まーどっちでもいいや。これでちったぁ面白くなるんべ」

 地を穿って踏み切り、離れたビルの屋上に着地する。


 女の名は『小虎(シャオフー)』。


「踊れ踊れゲキタイシ。上ー手に舞えたら相手してやんよ」


 ヴァニタスだ。



 ハンドルを切り、小日向千陰(jz0100)は左目を細めた。
「……聞いていたのよりずいぶんと多いじゃない……」
 ぼやいてから煙草を押し込み、公園を注視する。

 地面から立ち上る朝靄の中に浮かぶ、列を成した黒い影。
 事前の情報では精々5か6だろうと言われていた。が、影はざっと数えても10以上居る。
 そのどれひとつも例外なく、瞬く深紅の双眸を湛えていた。


「全く、やってらんないわね……っ」


 サイドブレーキを引くとワゴン車は後輪を滑らせて停車した。
 千陰はシートに腕を置き、座席に座るあなたたちに檄を飛ばす。


「弱そうな個体だし、サクっとやっつけてらっしゃい。危なくなったらバックアップするから、思いっきりどうぞ。
 ただ、油断だけはしないで。くれぐれも気を付けてね」


 頷き、あなたたちは勢いよくドアを開け放った。


リプレイ本文


「さて、パーティの始まりだ」
「さすがに、この数は多くないかい」
「しかも隊を成しているのか」
「ぼやいてたって仕方ないでしょ?」
「視界も悪く、厳しい状況ですが……頑張りましょう」
「行くぞ」


 固めた決意を表情に滲ませ、戦場に駆けて征く6人の生徒。
 小日向千陰(jz0100)はバンに背中を預けて彼らを見送り、紙巻きに火をつけた。
「ふぅ……」
 煙を吐き、思考を巡らせる。

――辺鄙な場所に突然の討伐命令。聞いていたそれの3倍ある敵の数。そしてこの雰囲気……

 フィルターを噛み、拳を柔く握る。

――『居る』のね




 6人の撃退士は陣を形成した。
 前列にマキナ(ja7016)・大浦正義(ja2956)・唐沢完子(ja8347)、後列に影野恭弥(ja0018)・神城朔耶(ja5843)・平山尚幸(ja8488)と並び、それぞれの得物を構える。

 立ち上る靄の奥、爛々と輝く18対の双眸。
 その一挙手一投足に注視しつつ、全員が全身を緊張させてゆく。


「――行きます!」


 声を張り上げ、朔耶は上空にアウルを乗せた弓を放った。
 同時に後列のディアボロが掲げた腕から弾を放つ。
 光は空で一層眩しく輝くと、分散、ディアボロの編隊目掛けて急降下を始めた。それは毒弾と交錯しながら敵部隊の深い位置に続々と着弾する。
 手応えを噛み締め、朔耶は胸を撫で下ろす。
「彗星を呼び寄せるというのはやっぱり慣れないのですよ……」
「大丈夫、当たったみたいだよ」
「次、お願い!」


「来るぞ!」


 マキナの発声を合図に隊は二分、恭弥・正義・マキナは噴水の左へ、朔耶・完子・尚幸は右へ移動する。
 元居た場所へ続々と降り注ぐ毒弾を尻目に、
「雑魚が邪魔だ」
 マキナは矢に、
「同感です」
 正義は右手に宿した光を同時に撃ち放った。
 それは盾を構え衝撃に備えていた前列のディアボロを通り抜け、中列の敵まで届く。
 辛うじて立っている状態の中列に恭弥が冷静に銃弾を撃ち込んでゆく。赤い瞳が飛び散っては消える。
 なんとか隊列を立て直そうとする群れに再び朔耶の彗星が降り注ぐ。更にその隙間を埋めるようにして完子と尚幸が放った弾丸が中後列のディアボロを手当たり次第に撃ち倒していく。
「いけそうね! 押し切るわよ!」
「毒弾には注意して下さいね」
「ま、どんどん仕留めていきますか!」




 煙草のフィルムを剥がし、千陰はひとりほくそ笑む。
「大正解よ。それでいいの」
 敵の陣形に於いて最も厄介だったのは、前列の防御班ではなく、その後ろに位置する中遠距離攻撃班だ。守っているのが面倒なのではなく、倒さなくてはならない相手が守られている『状況』が面倒だったのだ。
 その点から判断すれば、遠距離攻撃に重きを置き、先ず奥に居る敵を標的にした策は満点に近いと言える。



「でも――だからこそ、この戦いは長引くのよ」



 彼女は火をつけ、背中を浮かせた。




 陣を組む理由は二つある。
 ひとつは『より効率的に勝利する』為。
 もうひとつは、『陣を組んでやっと戦力と足る』為。

 今回のディアボロは後者だった。


 既に半壊していたディアボロの群れに、得物を斧槍に持ち替えたマキナが突撃する。
 盾を構えた敵がそれを迎撃せんと前に出る。マキナは怒号を放ちながら斧槍を振り降ろし、払う。
 十文字に散った敵の後ろから充分にしなった鞭が彼を襲う。が――

 凛――

 鈴の音が鳴ると同時、鞭は中央から切断された。
 マキナは口元を歪め、ディアボロの脳天に斧を振り下ろす。奥から眈々と狙っていたディアボロは正義が両断、マキナの背後からにじり寄っていた盾持ちは頭を恭弥に射抜かれた。
 片手で数えられるほどになった敵を前に、マキナと正義は大きく後退する。
 なればと再び隊を編成する群れの頭上に、3度目となる彗星の爆撃が降り注いだ。
 回避もままならずに潰れて消える盾持ちと鞭持ち。唯一残った後列のディアボロも、完子と尚幸の集中砲火を受けて散り、果てた。



「……終わった、の?」
 ぽつりと呟く完子の肩にぽん、と尚幸が手を置く。
「なんだか呆気なかったね」
「皆様、お怪我はありませんか?」
 二人は笑顔を返して応える。恭弥は手をひらひらと振って無傷であることを伝え、噴水の向こうにいるマキナと正義からも張りのある声が返ってきた。
「……なんだか、拍子抜けだわ」
「力を合わせた結果ですよ!」
「うん、そうだね。本当に――」





「お疲れさん」





 周囲の空気が一瞬で張り詰めた。まるで、靄が鉛に変わってしまったかのように。
 水平線から太陽が顔を出す。日差しは靄を黄金色に照らし上げ、彼らを例外なく撫でた。


 背中にかいた汗は盛夏の朝日の所為ではない。



 噴水の頂上に音もなく着地した、異形の女が放つ威圧感の所為だった。



「微塵も思ッちャいないが褒めてやる。よくあの逆境を跳ね返した。流石だ、ゲキタイシ」



 一見すれば十代後半の女性のように見える。短く切り揃えられた金が混じる黒髪と、華奢ながらも肉感を湛えた四肢を見れば人間にも見えた。だが髪の間からは猫科のそれのような耳が生え、胴、胸と腰回りを髪と同色の体毛が覆い、臀部から伸びた緒が腰のくびれに巻き付いていた。



「で、だ。のこのこ帰れるなんて思ってねェよな?」



 むくりと持ち上がった顔には金色に輝く三白眼と、異常なほどに発達した犬歯。



「ヴァニタスか……。こりゃ、かなりの大物だ」
 肩越しにマキナを確認し、ヴァニタス――小虎は鼻を鳴らす。
「何粋がってんだ、赤毛。楽しくなるのはアタシの方だ」
「それはどうかな?」
「ちょうどいい。退屈してたとこだ」
 マキナの隣で刀を構え直す正義。遠くでは恭弥が装填を終え、完子と尚幸も臨戦態勢を整えていた。
「おめでたいバカ共だなァ、勝つつもりでいやがる」
 小虎はニタリと笑って腕を組む。
「でもそうこなくっちゃあなァ。左遷じみたオツカイだと思っちゃいたが、これで元くらいは取れるだろ」
「一つだけ、お尋ねします」
 毅然とした朔耶の声に小虎が視線を送る。
「貴女は部隊を引き連れてここまで来て、何をするつもりだったのですか?」
 小さく吹き出し、小虎は腕を解く。
「『捜しモノ』さ」
 朔耶は二度瞬いた。
「……まさか答えてもらえるとは思いませんでした……よかったのですか?」
「アンタこそ、よかッたのか?」
「――え?」


 刹那、朔耶の鼻を強烈な獣の臭いが貫く。
 そして次の瞬間、彼女は背中に形容しがたい衝撃を受けた。背後を取った小虎が回し蹴りを叩き込んだのだ。朔耶は地面に2回弾み、噴水のへりに激突した。


「口封じッて知ッてるかィ、メスガキ」


 笑みを深める小虎に完子が斬り掛かる。低い位置から地を這うように放たれた斬撃は、しかし小さく跳ねて回避され、逆に顔面にソバットを叩き込まれてしまう。
 小虎が地に足を付ける直前、
「ダンスの時間だ」
 尚幸の放った、光を纏う弾丸が小虎の頬を叩いた。
 奇襲に成功した尚幸の頬が緩み――強張る。
 彼の腹部には強烈な鈍痛、目をやると、小虎の尾が下っ腹を穿っていた。たまらず膝を折る。
「独りでもがいてろ!」
 舌を打つ彼女の後頭部に銃弾が喰らい付く。
 瞳を憤怒で燃やして振り返れば、こちらに向けられた仄暗い銃口と、左目から金色の光を放つ恭弥の姿があった。
「ここからが本番なんだろ。気を抜くなよ」
「――いッてェなァ!!」
 小虎が追うより早く、恭弥は動き出していた。トリガーを引きながら移動、噴水の向こう側へ移動する。
 舌を打ち、小虎が噴水を飛び越えるように跳躍する。
 だが、そこで彼女を迎え撃ったのは、恭弥の放った弾丸ではなく――ハルバードを携えたマキナだった。
「シャアッ!」
 気合一喝、斧槍を振り回す。が――初撃をむんずと掴まれてしまった。
 思わず口角が上がる。
「やっぱりそう甘くないか」
「ッたりめェだッ!!」
 どてっ腹に蹴撃を、わき腹に尾撃を受けたマキナは地面に急降下、激突した。
 再び噴水の頂上に降り立つ小虎。彼女の耳が音を拾う。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――凛


「そこかァッ!」
 振り向きざまに尾を伸ばす。が、手ごたえは愚か気配さえない。
「――あァ?」
 片眉を上げる彼女の背を目掛け、青い長髪を靡かせた正義が斬り掛かる。刃は見事に背中を捉えた。だが決定打には至らない。
「……ンのォおお!!」
 力任せに腕を振る。しかし既に正義は後ろに跳んで回避、しながら、光り輝く左手を小虎に翳していた。
 気付いた時にはもう遅い。飛来する幾何学文様の青白い光を小虎は腕を交差して防ぐ。
 初めて訪れた明確な好機。自身らの3倍の部隊を打ち倒した彼らが逃すはずがない。
 光が治まるより早く、前後から恭弥と尚幸がありったけの弾丸を撃ち込む。ダメージではなく機動力を削ぐべく、そして間を開けないことを意識した銃撃が続々と小虎の四肢を叩き、皮を食い破る。
 永遠に続くと思われた猛攻は、しかし――


「――るッせェんだよッ!」


 咆哮と共に小虎が両腕を打ち開くと、小虎の周りを無色の衝撃波が覆った。銃弾は軌道を逸らされて明後日の方向へ飛んでゆく。
 目を見開いて息巻く小虎の頬を、朔耶が放った矢が小さく裂いた。


「てめェらァ……!」


 前に出ようとした小虎の右――道路側で爆発音が生まれた。
「あァ?」
 踵を返して小虎は道路側に体を向け、すぐさま再び踵を返した。
 即ち――


「……ッ!」


 背後から迫る完子に面と向かい、彼女の顔面を片手で掴んだ。
「その手にはもう乗らねェよ」
「唐沢様!」
 5人が武器を構え、しかし小虎は口笛を鳴らす。
「動くなよ。オトモダチがデュラハンになるぜ」
 それは脅しでも命令でもなく、予告だった。
 先ずは人質というアドバンテージを生かし、厄介そうな狙撃犯を仕留める。思考はそこまで巡っていた。
 だから『いつでも潰せる』頭を優しく保っていたのだ。
「しッかし――持ちやすい頭だな、ガキんちョ」
 完子が苦し紛れに蛍丸を振るう。白刃は小虎の腕を捉えたが肉にまでは至らない。
「……おとなしくしてろッてんだよ……!」
 腕に筋が浮かび、完子の頭が軋む。
「……あああああああああああああああああああああああ!」
「エヒャヒャヒャヒャ! いいねェ、もっと哭いてくれやァ!!」



 歯ぎしりをする尚幸のやや前方に、空から小さな白が落ちてきた。
「(? あれは……)」
 顔を上げる。
 焼ける朝の空に烏のような影が浮かんでいた。



 勝利を確信した過度の興奮は、小虎の集中力を削いでいた。
 5人から目を離したわけではない。むしろ注意深く観察していた。
 だからこそ、伏兵の存在に気付けなかったのだ。



「ッ!?」



 膨大な敵意を感じ取り、しかし遅い。
 小虎は脳天を抑えつけられると――
「……ふっ!」

 ガガガガガガガガガガガガガガッ!!

 そのまま自身の顔面で噴水台を縦に『割らされた』。
 石が砕ける音と飛沫となって飛び散る水の音が騒然と鳴り響く。
「――がァッ!!」
 上げようとした頭に千陰が容赦なくトンファーを振り下ろす。ガツン、と固い音を立てて再び水に沈む小虎の頭部。それを千陰は前蹴りで蹴り上げ、更にトンファーを振り抜いて追撃した。
 噴水より発射され、しかし跳ねた先でなんとか着地する。
 そこへ左右から
「はあッ!」
「うおらぁッ!!」
 正義とマキナが同時に斬撃を繰り出した。
 小虎は舌を鳴らして後方へ大きく跳び退く。
 そこへ間髪入れず、恭弥の放った『光弾』が迫る。初撃こそ首を大きく傾け回避したものの、次弾は胴、胸部に直撃。足をずる程の衝撃をなんとか堪え、雄叫びと同時に辛うじて弾く。
 ぷすぷすと焼ける自分の肉の臭いが彼女の頭を容赦なく煮詰める。
「くッ……そォ!」



 千陰は完子を抱きかかえて噴水から出た。



「おい! 聞いてんのか!!」
「帰るわよ、みんな」
「無視してんじャねェぞ!!」


 うるせえな。ぼやき、千陰は小さく振り返る。


「終いだって言ってるのよ。痛み分けでしょ、いい幕間だと思わない?」
「勝手に決めてんじャねェ! テメェら全員ブッ殺してやる!!」


「……『捜しモノ』はいいの?」
「あァ……?」


 その場にいた誰もが感じ取れるほど、小虎の闘気が一回り弛緩する。


「こんな辺鄙なところで油を売ることがあんたの仕事だったの? だとしたら、あんたもさっきのディアボロと同じ、捨て駒だったってことよね?」
「違うッ!」
「なら尚のこと、油を売ってる暇なんかないんじゃないの?」
「ンなこと言ッて、逃げる口実だろうがッ!」
「逃げる……?
 口実……?」


 足を浮かし、今度こそヴァニタスに向き直る千陰。その鋭利に歪んだ表情は小虎の比ではない。
 小虎にも無論思考や優先順位といった概念はある。だがそれでも彼女は千陰を放っておけなかった。殺してやりたいほど憎んでしまった。
 しかし、そこ――千陰の下へ辿り着くには、斧槍を傾けるマキナと忍刀を向ける正義を突破し、二人の間から静かに照準を定める恭弥の射撃を掻い潜り、更にその隙間を埋めようとする尚幸をいなし、傷ついた仲間を守るべく立ちはだかる朔耶を倒さなくてはならない。


 頭の中で煩く鳴る警鐘。
 心理を本能が上回り、前に出ることができない。


「ハラガク舐めてんじゃないわよ」
 嬉々として言い放つ千陰。
「一度『倒す』と決めたら、何ヶ月掛けてでも、地の果てまで追い詰めて必ず倒すのが私たちよ。
 その私たちが見逃してやるって言ってるの。甘んじて受け取っときなさい、『ルーキー』!」


「……………………ッ!!」


 怒りを地にぶつけると、眩暈を覚えるほどの揺れが辺りを襲った。


 小虎は飛び跳ね、暁の闇に沈む。


「次が最期だ! 必ず死なす!
 テメェらだけは、アタシが必ず死なす!!!!!」


 台詞を残し、今度こそ小虎の気配は消え失せた。









「倒すのは俺たちだって、聞いてなかったのかよ」
 吐き捨て得物を仕舞うマキナ。正義は苦笑いを浮かべ、恭弥も鼻を鳴らし、彼に倣う。
「んー。ちょーっと物足りなかった、かな?」
 頭を揺らしながら言う尚幸を朔耶がやんわりと諌める。まあまあ、なんとか追い払えたのですから。


 千陰は静かに微笑んだ。朝日のように柔らかい、心の底から湧き出た笑みだ。
「遅くなったけど、なんか食べて帰る? 朝牛くらいなら奢るわよ」
 湧き上がる歓声に紛れ、蚊の鳴くような声がそっと上がる。
「せんせえ……」
「ん?」
「……ごめんなさい……」
 何言ってるの。千陰は左目を細めた。
「ディアボロは全部倒せたでしょう? ヴァニタスだって追い払えたじゃない。
 疲れたでしょう、ゆっくり休みなさい。家まで送って行ってあげるから」
 完子は小さく頷くと、そっと目を閉じた。


「さ、帰りましょ」


 ――結局、この作戦は何のためのものだったのか
 ――そして、ヴァニタスは何を捜していたのか


 胸のしこりを悟られぬよう、千陰は精いっぱい取り繕った笑顔を生徒たちに向けた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
彼女のために剣を取る・
大浦正義(ja2956)

大学部5年195組 男 阿修羅
夜を見通す心の眼・
神城 朔耶(ja5843)

大学部2年72組 女 アストラルヴァンガード
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
二律背反の叫び声・
唐沢 完子(ja8347)

大学部2年129組 女 阿修羅
猛る魔弾・
平山 尚幸(ja8488)

大学部8年17組 男 インフィルトレイター