ぴょこんと、櫟 諏訪(
ja1215)の頭部に生えたひと房の緑髪が天へと伸び上がった。そのままやや横へ倒れこみ、それがくるくると回りだす。一つ、二つと周囲へとその先端を向かい合わせたところで、諏訪が一つ悩み声をあげた。
「んー? やっぱり難しいですかねー?」
やや彼が小首をかしげると、索敵という役目を果たせなかったアホ毛も鎌首を持ち上げてそれをかしげる。
共に行動していたそれを視界にいれると、弥生丸 輪磨(
jb0341)がクスリと笑い声をこぼした。
「今日だけで数回目にしているけれど、なかなか面白いことをするね、諏訪君」
「あるがとうございますですよー? 自慢のスキルですしねー?」
ぴょこぴょこと跳ねるアホ毛に、微かにアウルの光を見せる諏訪。素晴らしきはアウルの力か、これできちんと索敵を行えるのだから恐ろしい。
ただ、その索敵は未だ効果を得ることはできていなかった。目標のテル・ソレーユの発見は20分ほどの時間では未だ見つかっていない。けれど、諏訪の索敵は恐らくもう効果がないと見ていいだろう。あほ毛がしんなりと休息に入っている。そうなると、次は自分の番だ。
人の注目を自らに集め、そしてテルを釣り上げる。
「っと、これでよし、かな」
輪磨、諏訪のいる場所から少し離れた場所で、金髪の青年が利き手にスマートフォンを置いていた。壁に背を預ける格好で画面を見やる。
そこには自分が書き込みをしたSNSの掲示板があった。この地域の人が見やすい場所で、天魔関連のものを扱った掲示板だ。
『【拡散希望】いまこの街にヴァニタスがいるらしいよ!!みんな気をつけて!!』
レスを確認すると、情報の信憑性を疑う人やら、すでに反応を示して行動を起こそうとしている人まで様々だ。疑う人はいれど、こういった情報はすぐに出回る。こちらは放っておいても充分だろう。
「さてと、次は聞き込みかな」
壁から背を離し、ふっと視線を巡らせる。最初に視線があったのは、すぐ傍を通りかかった女子校生。ふわりと笑顔を浮かべて聞きにゆく。
「ねね、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
突然話しかけたためか。目の前の彼女がビクリとした。それを落ち着かせるように、
「大丈夫大丈夫。変なやつじゃないって。ほら、俺、撃退士なんだよね。霧谷温。よろしくね」
久遠ヶ原の学生証を提示すると、確かに、そこには霧谷 温(
jb9158)の文字がある。それに安心してか、相手の顔から多少強張りが取れた。
「それでさ」
少し間を置きつつ、すっと、聞くべきことについて纏める。所謂人探しだけど、聞くに印象を変えた姿を尋ねてていいものか。
(というか、人探し、でいいのかな……? 諏訪くんにはテルの名前だすなーっていわれてるけど)
人探しだとして、名は出せず、そして気取られずに対象を見つけ出さないといけない。とするなら、似た人物を聞くのがいいだろうか。そうアタリをつけて、温はテルの本来の姿を探し人に尋ね始めた。
所変わって。ペアを組んで行動する男女の姿があった。黒須 洸太(
ja2475)とエリーゼ・エインフェリア(
jb3364)だ。共に二人には、テル・ソレーユに苦い思いのある組み合わせだろう。そう古くない記憶の中で、彼と交戦した身にとっては、今回の依頼は少なからず、奇妙なものに映っている。それでも引き受けたのは、敵と接触せずして討つことは叶わない、という気持ちもあってか。
この二人にとってすれば、一つの街というものはヴァニタスの討伐に対しては厭わない対価と考えることのできる。実際、二人の間にはそのような会話がなされていた。
「武装がない、という情報通りなら、どんな状況でも潰すべきだと思いますけど……」
「いや、それは確証ある情報じゃないし、なにより、以前に僕らがやられたのはあの炎槍だ」
歩みを進めながら会話していたエリーゼの顔が苦いものに変わった。先日の一件を思い出してか。確かに、洸太の言う通りで、殊にこの二人は彼のその炎槍による連撃で不自由な思いを確かにしている。
会話を終えた二人が立ち止まる。目の前にある建物は、どこか慌ただしさを感じさせていた。
撃退署、と名打たれたそこにて、二人が交渉に挑む。全て本意ではなかろうと、受けた身として依頼を遂げる助けとなるために。
「監視カメラを見せて欲しい、だぁ?」
「はい。申し訳ないですけれど、撃退士としての活動で必要でして……」
目の前に渋い顔の壮年の男性。手応えが悪いな、と感じつつももうひと押しか、と判断して久遠ヶ原からきた者であることを告げる。
「つってもなぁ。話にも聞いたことはあるとこだがよ、お前さん、随分と歳若ぇじゃねぇの」
歳若い、と言われそれが理由か、と落胆するのは紫園路 一輝(
ja3602)。忍法「響鳴鼠」を使って索敵をするも、芳しい結果を得ることはできず、商店街の事務所を頼ってきたのだが、この状況。説得するには、少なからず理由付けが薄すぎた。
そも、ここにだって撃退士はいるのに、なぜ学園側がその様なことをするのか。なにかあったのか。その辺りを誤魔化すしか出来ず、なんとも歯切れが悪い。
結局、許可を貰うことに数十分を浪費した。
「……しゃーねぇな。使いな。信用してやるよ」
「すみません、ありがとうございます」
悪いな、と感じつつも、感謝の気持ちだけはしっかりと伝わるようにお辞儀をしっかとする。
(まずはどこに居たのか確認しないと。接触するにもそうしなきゃ何も始まらない)
とにかく、モニターを眺める、も、数が多い。数個あるそれを、一人で処理できない。まして対象の情報は、依頼人から聞いたもの以上のことは自分にはわからないし、モニターをみてわかる情報というのは存外に少ない。一先ず、聞いたテルの格好を思い出して見つけることに専念する。それが実るかどうかは、千に一つか、よくて百に一つか。
「はい。この辺りの不足は僕たちで。ええ、お任せください」
現地撃退士に愛想笑い浮かべつつ、エリアス・ロプコヴィッツ(
ja8792)が交渉をする。内容は、もしものための避難準備だ。突発的な戦闘に備えて、と理由をつけてのことだが、無論建前に過ぎない。ある程度疑問は持たれたようだが、向こうも緊張などがあるのだろう、学園からの増援も上が要請したものを判断したらしく、多少の人員が持ち場を離れていった。これで少しは捜索もしやすくなる。
「そうだなぁ。土地勘もなさげで、買い物中? 戦いたいってわけじゃないんだよね。それなら、行き先は多少絞り込めれるかな?」
情報を整理して、羅列してゆくと、ある程度行動の推測程度はできる。
木を隠すなら森へ、人を隠すなら人の中へ。相手も人であった存在だ。その彼が何を思って、ここにいるのか。気にはなるけれど、向こうも穏便に済ますとするならば、常道からハズレはしないだろう。
「大通りに行って、黒髪、買い物姿、そしてある程度街を離れる男の姿だね。すぐに見つかるといいけれど」
決めた指針に一人頷きつつ、エリアスもまた行動を再開し始めた。
「黒須君の話を統括すれば、テル・ソレーユはいまこの街に存在し、君たち学園側数名はその探索をしている、と。こちらには、敵を監視に留めること、その上で戦闘の意思なければ刺激しないで欲しい、と」
洸太とエリーゼはいま、撃退署にて現場を仕切る人物、田辺と向かい合って離している。場所は応接室。洸太と田辺が向き合って座り、エリーゼは洸太の後方で立ったまま静観している。
「はい」
堂にいった様子で頷く洸太に対して、田辺はふむ、と一息ついて口を開いた。
「理由を、聞いておこうか」
「第一に街中での戦闘のリスクが大きいこと、そして討伐にいたるには装備と人数が不足だと思われるから、です」
元より想定していたことだ。返す言葉は十二分にある。
「前回以上に戦力が居ない上に、逃走に有利な状況でしょう。今仕掛けても向こうの思う壷だと思います」
「なるほど。しかし訂正を加えようか」
洸太が僅かに身構える。一筋縄ではいかぬとは思うが、しかし。
「まず、戦力は揃っていると言おう。どこから判断した情報かは知らないが、少なくとも例の一件以降、早急にここら一帯の警備の強化はできている。突発の事態であったあの時より常駐の撃退士の数、手練も多く揃えている」
断言する彼の言葉に洸太は、しかめそうになる顔を平常にしようと務める。そこへエリーゼが意見を挟んだ。
「それならば、実際に交戦した私の攻撃を対処できるか試してみてはどうでしょう? それすらできなければ」
「おおっと、ここでひと悶着起こすつもりかい? 関心はできないね。そして、君に敵う相手は少ないが、総数なら圧倒できる、だね」
装備を展開するエリーゼにニコリと笑む田辺。意気込みを削がれたか、エリーゼから力が少し抜ける。
「街中で戦闘を避けたいのは同意見だが、発見があった上で、一つの被害の報もない状況。敵の目的は、前回と同じだと思うかね? あるいは、君たちの持つ情報は嘘、ともこちらには判断できるね」
感触はかなり悪かった。与えた情報、言葉の選択を誤った感が否めない。唇を噛みつつも、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「敵は強力です。討ち取る確信ができないのならば、動くべきじゃない」
あくまでも嘘ではないという意図も込めて苦し紛れの一言だ。
「ふむ。しかし警戒を緩める理由にはならないし、有利な状況を捨て去るほどではないかな」
一つ訪れる静寂。それを破ったのは、扉の開閉音だった。
「お取り込み中失礼します」
慌てるように入ってきた男性が田辺の耳打ちすると、応接室にいる苦渋の顔が3つへと増えた。
「なんだか騒がしいようだね」
「なにかあったんですかねー?」
輪磨と諏訪の二人は、先程から行うもののおかげで、周りは二人、殊に輪磨に視線を向けているが、騒ぎはどうやらそれ以外のことでらしい。
そこに、やや離れて活動する涼奈からの通信が入った。
「どいうことだ……なぜか住民にヴァニタスがいるという噂が広まっているんだ」
二人で顔を合わせるも、心辺は無論ない。温が引き起こしたものというのは、なかなか他のメンツには伝わらないだろう。
「ともあれ、やることは変えようがないね」
一息をついた輪磨は、諏訪と同意を交わし、周囲へ呼びかけをする。
「さぁさ見てくれると嬉しいな、我が家自慢の舞だよ!」
晴れやかな笑顔でそう謳い、一つ二つとリズムを刻みだす。周囲の視線を集めて、スタート。レイピアを片手に活性化し、軽やかな身のこなしでリズムにのって剣を宙へ走らせる。右へ左へ、突いて前へ。はたまた周囲を薙ぐようにして。
周囲から感嘆のどよめきが上がる。良い塩梅か。舞の折に一つ仕掛けを施す。
「ほら、綺麗な星の煌きさ!」
彼女の周囲に、光が舞った。眩く輝く姿は、昼間であれど存在を主張する星のを思わせる。あまりに煌びやかなそれは、一般人は目を逸らさずにはいられない。けれど、一般人の中でただ一人、黒髪で、されど見覚えのある顔の作りに金の瞳。その人物が、輪磨の視線の先にいた。
「やぁや、そこの素敵な御人、少しお話をいい、かな?」
星の輝きが収まった後、適度に舞を切り上げた輪磨は、すぐさまテルへ接触した。
「お久しぶり、でいいですかねー? あ、今特に戦闘する気はないので、そこは安心していいですよー?」
諏訪が彼の手元に目線を向けると、なるほど情報通りのネギだった。
「何の用だ。撃退士。少なくとも、お前たちと友好である認識はないものだが」
二人を視界を収めたまま、テルが数歩後ずさる。交戦をするつもりか。
「敵として威厳のない方に言われましてもねー? ネギはさすがにどうかと思いますよー?」
「……見かけだけで判断をするつもりか?」
「いやいや。君相手にそんなことはしないさ。けどね」
輪磨がややテルとの距離を詰める。
「君と戦ったあの日、どうやら撃退士に死者はいなかったらしいね。そして、あの時、瀕死の相手を回復手の僕へと投げつけた。戦闘から離すようにね」
「……」
テルが身動ぎをした。金の双眸が、僅かに揺れるように周囲を伺った。
「僕にはこれが偶然には思えない。君が無為な死者を出したくないのなら、今だけは協力をするよ?」
「見つかって戦闘にならないよう、街の外ぐらいまでお送りしますよー?」
目の前のヴァニタスが目を閉じた。ダメか。二人が戦闘も意識の中にいれて反応を待つ。そして、開かれた口からは――……
「やっとおいついたぁー」
エリアスが声をあげて諏訪、輪磨、テルの元へとやってきた。三人が邂逅して幾分としないうちにだ。どうやら、すでにテルを見つけるも、人の集まる方へと移動する彼に追いつけなかったらしい。
「おつかいは順調?」
あどけなさを感じさせたまま、ストレートに尋ねるエリアスに、やや毒気を抜かれた表情にテルがなった。
「おかげさまで、な」
買い物袋をやや掲げてテルが答えた。無愛想ながら、エリアスはその姿をつぶさに見つめる。どうやら、ヴァニタスへの興味が大きいらしい。
その後、諏訪の連絡を受けて一輝、涼奈が合流し、洸太とエリーゼは遠方で見守るように後を追う。一行の行き先は、南の工業地区。すでにそこにいる温が、どうやら撃退士を街の方へと追いやったらしい。ヴァニタス発見の、誤った位置を伝えて。
道中、エリアスを中心に、テルへ様々なことを聞いてゆく。が、取り留めのないことにはある程度反応するのだが、彼がヴァニタスとなった理由などの彼自身の思いはなかなか口を割らなかった。
釘を刺すことを忘れず、洸太やエリーゼの同行しない仲間もいることを伝えながら進みゆくと、それほどたたずして工場区までたどり着いた。ここに至るまで、撃退士からの干渉はない。けれど、洸太とエリーゼを追ってきた撃退士が結構な数で存在した。結局、洸太の交渉の結果は様子見には努めるというものでしかなかったためか。
けれど状況に動きのないまま、一時の共に進める歩みが終わる。
「これで終了、か。礼は言おう」
テルがやや離れてディアボロを呼び出した。炎の八咫烏だ。その背へと飛び乗った彼が頭を下げる。と、そこに輪磨が前へと一歩出た。
「余計なお世話かもだけど、テル君には迷いが見える。どうしてその姿になったのか、その理由を思い出してごらん」
返答はなかった。けれど、代わりに憂い顔を浮かべる、元、人の姿がいた。答えを返さぬまま、八咫烏が羽ばたく、と、テルの傍にいた6人の後方から、銃弾とスキルの残光が駆け抜けた。そして前方にテルへ接近する二つの撃退士の姿。
「なっ」
誰の上げた声だったか。驚きのその声は、しかし、一つの爆音と爆風がかき消した。それを引き起こした主、テル・ソレーユはちらりと後ろをみつつも、目立つ外傷もなく街から離れていった。