再開されたブリーフィングに加わったメンツは、全部で十二名だった。急遽の呼びかけであるにも関わらず、その顔ぶれは間違いなく歴戦をくぐり抜けたものだった。
けれども、自らと目的を同じにする彼らをぐるりと眺めてなお、安心できるような案件ではない。
伝えられた情報を頭の中で整えつつ、作戦行動を考える鳳静矢(
ja3856)の脳裏に懸念が掠める。
「街中で冥魔を作っているか……」
増え続けるディアボロ。それは即ち、同時に冥に属する存在が人の住む場を蹂躙し闊歩しているに等しい。自身の理念を思えばこそ、その状態を看過するのは到底できないことでもある。
彼の思案顔が、鋭さを増してさらに思考を深めてゆく。
転移装置に十二人が揃う。すでに大まかな指針は決まっていた。集団で街中を突貫してヴァニタスへ接敵。そして撤退以上に追い込む。そう決まった。けれど、
(これだけの手練が揃えば楽できる……はずがないさねぇ。ヴァニタス相手だし)
音にすることはなくとも、思わず不安が九十九(
ja1149)の胸中に込み上がる。周りの顔ぶれに視線を巡らすその細い眼が、さらに細くなったような気さえした。
集まった面々には、最低限の敵情報は渡されている。物魔ともに攻勢において目劣りするものはそうなく、しかし防御面に不安がある相手でもない。今の自分、ここに集まった者でどれだけのことが出来るのか、然りと考えた上で対峙する必要があるだろう。幸い――今回の参加者は互いに既知であるある間柄も多い。即席に集まった以上の戦果は期待できた
ただそうは言っても、
(隙の少なそうなヴァニタス相手そうですし、油断はできませんねー?)
九十九と同じように、櫟諏訪(
ja1215)にも思いが渦巻く。ことに彼ら二人などは、下手を打てば一撃で戦闘不能となりかねないだけに、油断などできるはずもない。
「援護は任せられる、な?」
スっと、諏訪の隣に赤髪を揺らす長身の青年が並び立った。アスハ・ロットハール(
ja8432)。特に気負うような様子もなく、かといって気軽というわけでなく、確認するように訪ねたそれに、諏訪は柔らかな笑顔でそれに返した。
「大丈夫ですよー?」
お互い知らぬ仲ではない。普段の交流を考えずとも、目配せ一つで多少の連携程度は難なく取れるだろう。屈託なく浮かべる笑顔を視界に映しつつ、アスハが転移装置へと足を踏み入れた。
「さて、仕事、だ」
茜色に染まった空。そして夕暮れに照らされる静かな街。
昼間から続いていた悲鳴や喧騒はまだ断続的にではあるが続いていた。とことどころに混ざる硬質な音と、響き渡る怒号は撃退士のものか。
それらの音を聞きながら、そこに足音を加えてゆく。侵攻する向きは東に向って。自らの背中に夕日を置く影は十二。
言うまでもなく、久遠ヶ原の撃退士だ。それぞれに、それぞれの思いを抱きながら陣形を組んでゆく。
(みんなの足纏にならないように、頑張ろう)
自分に言い聞かせるように、雨宮祈羅(
ja7600)が心の中で呟いた。戦闘は、苦手の部類に入る。けれど、周りを見て、広がる惨状を見て、響き渡っている悲鳴を聞いて、決意をする。ここにくるのに、奪われるために来たわけじゃない。阻止をするために、護るために来たのだから。
俯きがちの顔を上げ前を見る、と雨宮歩(
ja3810)が彼女の肩に手を置いた。
「歩ちゃん」
思わず、声が出た。不安かそれともそれ以外の何かも混じってか。そんな声で。いつもの気安さは感じなかった。恋人同士ではあるが、だからこそ、こういう場での歩がどうあるか知っているし、彼のためにしようと思えることがある。
「それじゃ、行こうか祈羅」
いつもの愉しいやり取りではない。彼の瞳は目の前の戦いに向けられている。ひたすらに。だから、自分も。
「……うん」
自身が荒らし尽くした路上を、カシャリカシャリと鎧で音を鳴らしながら、テル・ソレーユは歩いていた。右手に持った朱槍を肩に担ぎ、左は力なくした人の体を抱えながら。後ろには粗末な槍を持った骸骨兵、そして頭上には巨躯の三本足の鴉がつきそたがっている。
テルが立ち止まったのは、数分前に絶命した死体の前。そこに抱え込んできたもう一つの死体を重ね合わせ、吸魂、そしてディアボロ作成。そう間をおかずに、彼の前に炎を纏う馬が現れた。
「……ゆけ」
開いた口から出た声は、乾ききっていた。最初は躊躇いがちだった一連の動作は、半日の間に淀みなく出来ていた。それに呼応するように、骸骨兵は炎馬にするりと跨り、直ぐさまその場を掛け離れていった。
そして、鴉が一声鳴いた。
しばらくぶりに鳴いた下僕の合図に、しかしテルはすぐには反応しなかった。一度目を閉じ、息を吐く。まるで何かを自身に言い聞かせるようにも見えるが、不意に目を開け、手を軽く上げた。
主人の意図を組み取ったその鴉――炎を纏う八咫烏が高度を上げて太陽に頭部を向けた。そして、もう一つ鳴く。
ただの人が聞いただけでは、ただの鳴き声にしか聞こえぬだろう。撃退士が聞いてもそうかもしれない。けれど、その鳴き声は接近する影の存在を主へと伝えるものだ。
そこから得た情報から、まだかなり距離があることはテルはすぐ理解した。それもあってか、ゆっくりと戦闘体勢を整える。自身の現状の力を確かめ、さらにきちんと振るえるように。そしてそれを終えた彼の傍に、一つずつ、灼熱が生まれた。灼熱はすぐに形を整える。槍の形へと。
一つ。二つ。三つ。四つ。五つ。六つ。
進みくる彼らを待ち構えるように、その時を刻むように作られる。
――七つ。
「……来るか」
まだ、姿は見えない。けれど、戦の予兆は確実に見えていた。
進路の行先に、骸骨騎兵が現れる。炎の騎馬の嘶きが響いた。
それを振り払うかのように。闘気開放をし、その膂力をさらに強化した森田直也(
jb0002)の双龍旋棍が空を薙ぐ。
「あんま調子に乗ってると」
空を薙いだトンファーが、騎馬の側面に向って突き進み、
「落馬するぜ!」
気合一閃。痛烈な一撃が骸骨騎兵を襲い、騎馬がその場でたたらを踏んだ。そこに間髪を入れることなく。追うようにして、諏訪の銃撃、九十九の一矢が突き刺さる。
それに意を介さず、直也に向けて骸骨騎兵が槍を徐に突き入れた。当てる気があるのかもわからない乱雑なそれを直也はやり過ごす、が骸骨騎兵は翻るようにして距離を取った。
そして――その裏に回り込んだアスハが自手に持った波山を突き立て、刃で引き切る。だが思いの外、騎馬が崩れることはなかった。防御に多少厚いと聞き及んでいるとはいえ、即席のものにしてはしぶとい。
だが、結局は冥魔の類。
カオスレートの恩恵を受けるものにとって、全力の砲火を惜しみになく引き出せる相手。
黒き雷槍が、白布を纏う自分の腕先から現れ出て、数瞬の間すら経ず、敵の身体を貫くのを見届ける。その結果、目の前のディアボロが崩れ落ちるのをエリーゼ・エインフェリア(
jb3364)は見届けた。脚部狙って機動力を削ぐつもりではあったが、まるで動きを見せない様子にさすがにそんなものかと納得をする。彼女の一撃が強力出会ったことは無論言うまでもないが、それ以前に蓄積されたダメージも相当なものだったはずだ。それに、ただのディアボロに手間をかけるようではヴァニタスで己の力量を測るまでもない。
(ヴァニタスに今の私の力がどの程度通じるのか興味深いですからねー)
街を気遣っての参加では、ない。それは堕天使である彼女の――人間ではあまりない感情の現れなのかもしれない。純粋な、好奇心か。
けれど、その思いであろうとも、今回の行動においては彼女の繰り出す一撃は強烈極まりないし、少なくとも揃ったメンツの中では確実に最高火力を持ち得る。
おそらく、ヴァニタスといえど無視できぬ程に。だからこそ、ダアトの中でもその威力を純粋に求めた彼女を信頼して、黒須洸太(
ja2475)が彼女の庇護を受け持っている。
また別個体の骸骨騎兵が迫ってきていた。かなりの勢いで迫りくるソレは、先ほど同胞が崩れるのを見たのだろう。エリーゼに向って迫っていた。そこに洸太が身体を割り込ませ、手を翳した。
槍の本質は刺突による点の攻撃だ。そして勢いが強ければ強いほどその威力を増す。けれど、眼前に迫るそれに怯えることは全くなく。むしろ安易に想像できるその軌道を阻む位置に己のアウルを集結させる。
硬質な音が、辺りを一瞬支配した。金属ではない物質とアウルのぶつかり合い。勝ち取ったのは――龍の文様を浮かび上がせる、洸太の出現させた盾だった。完全に防ぎ切ったおかげか、洸太にはまるで損傷はない。
「彼女を簡単に傷つけるわけにはいかないからね。ここで止めるよ」
むしろそれで立ち止まることとなった骸骨騎兵を、 エリーゼが黒の雷槍、ブリューナクで打ち据える。今度は倒れなかった。けれど、脚部へと命中したそれのせいか、騎兵の身体がぐらりと揺れる。
そこに追撃する形で。弥生丸輪磨(
jb0341)が曲刀を振り抜いた。砂色が敵の炎に包まれるのを視界に入れつつ、その頭へと強かに。
「こんなところで、立ち止まるわけにもいかないから、ねっ!」
駆け抜けたそれが敵の頭部を切り裂き、騎馬が悲鳴を上げた。たまらず後退しようと身体を動かす、も、続いて振るわれたのは大ぶりな鎚。白のそれが弧を描き、痛烈な一撃となって騎馬の側面から襲っていった。
振るったのは、日下部司(
jb5638)。目の前で落馬した騎手が、仲間の追撃で完全に動きを止めるのを確認して息を吐いた。
またすぐに移動開始する。そして、その中で否応なしに彼の視界を覆う街中の惨劇。飛び散った血痕。崩れ落ちる建造物。そして、放置されたままの死体。いや、未だ息があり助かる存在もあるのかもしれない。けれど、それを助けてしまいたいという衝動を押さえ込んで前を見る。ヴァニタスを止めなければ、その救いと共に、救われぬ者が増えるのだから。
突き進む彼らの視界には、上空を旋回する一匹の鴉が映っている。ヴァニタスとの接触も近いのだろう。それを思ってか思わずか。そして目に映る惨状を見かねての思いか。夏野雪(
ja6883)の口から、思わずそれが溢れた。
「これ以上の狼藉‥‥食い止めねば。秩序を乱すものを、見逃しはしない」
走り込む中で握る手に力が篭った。無意識のそれはだからこそ、思いの強さがそこにある。並走する、彼女が敬愛する静矢も頷きながらそれに同調した。
「ここまでのものを引き起こしたとなると……なるべく早期に止めたい所だな 」
周りをみつつ、特に高層の建造物を確認した静矢は、仲間に一つ思いつきを伝える。屋上を伝っての接敵、そして上部から敵の気を引き付けることを。
「静矢様……お気をつけて」
「ああ、大丈夫だ」
雪の声に返事をし、手頃なそれの一つに進入してゆく。
丁度、それくらいの所で、七つの炎槍を携えた、血風にまみれたヴァニタスを一同が認識した。
「ウィンドウォール、かけるよ!」
直也への祈羅の呼びかけがまず響いた。
「ああ、頼むぜ!」
ちらりと後ろをみつつ、目礼と共に返した直也の身体を祈羅のアウルが包み、そして風を呼び寄せた。
そのまま直也、そしてアスハを先頭に突き進む。
迫る距離。あと30mあるかないか。その、撃退士にとっては、数拍で奪える距離といった所で直也が声をあげた。
「さーて、ちょっと奴に特攻をしかけてくるぜ」
にやりと笑った直也が死活を発動させる。ヴァニタス対して接敵するためとは言え、一歩違えば死する行為。だがそれでも、敵の注意を引きつけてその間に攻撃を加えてしまいたかった。
そして、それに合わせて、アスハもまたスキルを行使する。自分の周りに、黒色の霧、そして幾多の黒羽根を纏わせる。黒に紅を混じらせたアスハが直也に声をかけた。
「ナオヤ……一気に踏み込む、ぞ!」
「おう、一気に詰めようぜ! しかし、あんたも相変わらずムチャするな」
自分が無茶をしようとしているのはわかっている。そしてそれに付き合うアスハに直也は笑みを深めた。
さて、準備は整えた。ならばいざ。と、足を踏み込んだ二人に。
「ちょっとちょっと。どうせ行くなら、僕の支援くらい受けていきなよ?」
輪磨のアウルが半透明の衣となって二人に、そして周りの仲間にもその加護と共に付与された。
そこから間髪をいれず、直也が全力で一つ、足を踏み込んだ。急速に迫る彼我の距離。ヴァニタスのテル・ソレーユは金の双眸で直也を捉えている。
「刃を、交えようか。撃退士」
ぽつりとテルがそう言い、そしてバックステップを踏んで直也から距離を取った。その手に持った槍が瞬時に刀身へと変わる。続けざま、テルの周囲にあった炎槍が一つ、音もなく飛来した。当たれば無論、痛手だ。それを分かってなお、あえてそこに突き進む。
身体をかき乱すような衝撃が、直也を襲ったそれを無視して、さらに突き進む。
「逃がすかよ!」
着弾後に起きた爆風を抜けて、自身の歩みを一層深める。だが実質、敵を逃がさないのは彼ではなく――アスハだ。
直也の視界、テルがいるその先に、見慣れた姿が現れた。黒霧をまとったアスハの姿。すでに目の前のヴァニタスに向けて、得物を突き立てんとする直前だ。テルが気付いた様子は、ない。
ただ、そこに鴉の鳴き声が響いた。声がした方へ目をやる。炎を纏う八咫烏が、主の後方上空から、自分たちを見下ろしている。
「くっ……」
耳に届いた苦悶の声は、聴き慣れた相手のものだった。一瞬目を離した隙に、アスハが片腕から少量ではあるが血を流していた。そこに追い打ちをかけるように、テルの身体がくるりと周り、回し蹴りをアスハに叩き込む。アスハの身体が、視界の外へと流れていった。
ギシリ、と自然に歯を噛み締めた。闘気開放を再度行い、武器を握る手を強める。すぐそこにある、死地へと身を投じた。
視線の先で起きた一つの攻防を収めつつ、九十九がアウルを練り上げた。風となったアウルが主の視界を補助する。縫いとめるように走らせた視線が、敵の位置を暴き出す。
「っと、敵は全部で5、さねぇ。骸骨騎兵が3。気をつけるさぁね」
軽く周囲を見渡すも他に敵影はいない。とりあずは奇襲の心配はないようだった。一つは復帰したアスハがすでに対峙をしている。幸い、まだ動けぬ傷というわけでもないようだった。
直也はテルの前に立ち、剣戟を交えている。分は明らかに直也が悪い。すでにいくつか傷を追っている。
九十九の呼びかけに応えて、三人が前線に飛び出した。歩、雪、司そして輪磨。
「さぁ、『舞台』の時間だ」
歩の背中から、血色の翼が出現した。濡れるような赤色が、夕暮れの中で一際目立つように羽ばたく。歩の口もとが歪み、嗤いだす。謡い踊るように歩みを進める。
あえて目立つように。己に耳目を集めるために。
周囲にいた骸骨騎兵、そして直也へと視線を向けていたテルまでも歩へと視線を移した。
さぁ、集まれ。そして愉しむのだ。この戦を。この舞台を。
そうして力を求めよう。己の力を昇華しよう。ある種それは、そこにいるヴァニタスと同じように。
金の瞳と目があった。やつの口が動く。
「……悪いが、余興という気分ではないな」
炎の槍が、歩の元へと飛翔した。
すぐ隣で起きた爆風。それを掻い潜って雪が疾駆した。桃色の髪が宙をはためく。目の前には、ここまで散々と目にした惨状の根源たる存在がいた。
その後方では八咫烏がゆったり旋回しながら時折鳴き声を上げていた。それに合わせて、ヴァニタスがだんだんと東へと向かい、一本道へと進入してゆく。
その最中に先ほど投じられた炎槍。それによってすぐ隣で起きた爆風を歩が食らっていた。鬼道忍軍、スキルも使用したであろう彼でも、爆風の中心近くでは回避も容易でないのだろう。やや苦痛を浮かべ、それでも前へと進んでいる。
敵の攻撃は苛烈だ。まして自分はアストラルヴァンガード。天界の力を少なからず受けている。防御に専念しても、そう耐えれるかわからない。けれど。
思いが彼女を突き動かしていた。決意を込めて、敵のヴァニタスへ宣誓する。
「夏野雪、推して参ります!」
手に持つ書物から、鎖が飛び出た。神聖さを帯びる鎖がうねりを上げてテルへと向かう。直前で気づかれる、も、テルが翳した腕へと鎖が絡みついた。鎖はとどまることなくテルの身体へと結びついてゆく。
「チィッ……」
自分の変調に気づいたのだろう。顔を歪めたテルが雪を睨みつけた。その動きは鎖によって鈍くなっている。
「活目して私を見よ! 我が盾砕けぬ限り、お前の刃が自由に及ぶと思うな!」
テルの睨みが凄みを増した。刀を槍に変えて雪へと振ろうとする。と、そこに、直也が身体を挟んだ。
「てめぇの炎じゃあ、まだ俺は燃え尽きねえぜ! もっと当ててみろ!」
身体は、正直に言ってボロボロだ。死活は二度目に入って、すでに口から血は溢れ出、いまの死活が終わればもっと危ういだろう。それでも、挑発してでも限界までやりきる以外に考えはなかった。
彼を支えるべく、輪磨もヒールを直也に飛ばす。必ず効果があるとは思えないが、なければないで、彼が本当に死んでしまいかねない。
とはいえ、前線で闘う仲間がそう簡単に倒れ伏すのを見とどけるようなことをしようはずもない。
戦鎚を構えた司が、思いの丈と共にソレを相手にぶつける。
「お前がどれ程の想いで行動していたとしても、被害を食い止め人々を助けるためにも、そして『貴方』自身の為にもお前を止めて必ず開放させる!」
狙いはヴァニタス、そしてその傍らにある炎槍を二つ。
「……その一撃は、愚行だ」
答えをはぐらかした一言の意はすぐにわかった。
狙いへは、狂うことなく突き刺さった。けれど、最初に接触した炎槍。それが触れた瞬間に変化を起こす。
爆風がテルを中心に広がった。周囲にいた四人が吹き飛ばされる。
苦悶の仲間のいる合間を駆け抜けながら、銃弾が飛翔した。一直線にその弾丸がテルに向かうも、これはするりと身をかがめて避けられてしまった。
「よけられましたねー? ちょっと遠すぎましたかねー?」
射程ギリギリからの一撃。腐敗を狙ってのアシッドショットだったのだが、敵はほとんどこちらを見ることなくよけられている。そうそう外すつもりもないだけに、少し疑問も募った。
距離を詰めるべきか。いや、詰めすぎれば攻撃を食らって終わりだ。無理はあまりできない。ならば八咫烏を撃ち落とそうかとも思うが……どうも誰かに近寄ることもなく、上空を旋回している。距離は遠く、狙いもそう定まらなかった。
加えて、辺りを骸骨騎兵がこれでもかというくらいに動き回っている。先ほどの一撃も、ようやく見つけた隙で打ち込んだものだ。どうにも、騎兵が邪魔だった。
また、諏訪の前でそいつが射線を邪魔する。
「そこは邪魔ですよー?」
仕方なしに、不格好な骸骨兵へと銃口を向けた。
ヴァニタスが身を屈めた瞬間、静矢はすかさず引き金を引いた。放たれた弾丸は――直撃はしないまでも、傷をつけることはできた。
ビルの上から戦場を見下ろす静矢は、先ほどから戦場を見渡せている。けれど、どうにも諏訪や九十九と同じように、簡単に銃撃はできずにいた。いや、やろうと思えばできる。俯瞰しての位置から打つのならば、誤射も少ない。
だが……テルの動きが妙にこちらの射線を邪魔していた。ろくに一つも打ち込まない時点から、ちらりとこちらへと視線を向け、東へと後退しつつ戦闘をするせいで、仲間の背中がスコープに映った。射程のあるスナイパーライフルで狙うも、これでは上手くいかない。先回りして頭上から撃とうとしても待機するビルの傍まで寄られる。。いまの一撃がようやく届いた一発なくらいで、苦虫を噛み潰す思いに包まれていた。
ふと八咫烏へ視線を向ける。こちらがあまり有効打を打ち得ないせいか、邪魔に走ることもなく、結果遠方で遊泳しているだけに留まっている。
「ともあれ、気を抜いて機会を逃すわけにもいかないな」
打ち抜く機会はあるはずだ。銃口をヴァニタスに向けて狙いをつけ続けるしかあるまい。
「蒼天の下、天帝の威を示せ! 数多の雷神を統べし九天応元雷声普化天尊」
九十九の声が響くと同時、凍風を纏う大弓から光纏う矢が放たれた。一直線に伸びた矢がディアボロの身体に風穴を開けた。そのまま成す術もなく崩れ落ちる。ほぅ、と一息ついた。
「ようやく倒れたさねぇ」
随分としぶとかった。下手をすれば道中のものよりも。あいも変わらず攻撃はお粗末なために傷を負うことはないが、いかんせん労を使う。さらにいえば、こうして邪魔される度に前衛との距離が開いてもゆく。
エリーゼと洸太はテルに一撃を加えるためにディアボロほとんど無視して前衛を追いかけている。エリーゼは特に『魔法使いは究極的にただの砲台という持論を証明する時が来ました』と意気込んでいたものだし、おそらくそのチャンスを虎視眈々と狙っているのだろう。
ともあれ結果、どうも後衛のディアボロ対処が苦しくなっていた。
実質、骸骨騎兵を相手取れているのは、諏訪、九十九、祈羅の三人だ。アスハは戦線が移動するに連れて、攻撃をしにくい騎兵よりもヴァニタスを優先しつつあるために被害はなくとももどかしい攻防が続いている。
祈羅も当初はテルへのディスペルなども視野にいれていたが、そも効果範囲に入れなかった。
(あ、そろそろウィンドウォールがきれちゃうな……)
頭の中で測っていた時間から、そろそろ効果が切れる頃合だなと推測する。使用回数も直也、歩、エリーゼ、自分に使ったせいでもう使用はできない。たとえなくとも怪我を負う相手にも思えなかったが、しかし万が一もある。自分に迫ってくる騎兵に異界の呼び手で動きを止める。これは結構上手く聞いた。耐久はあれど、特殊抵抗はあまり強くないらしい。
「ほんとは烏も相手したいんだけど……ちょっと遠すぎるし」
たぶん、烏の索敵能力が予想以上なのだろう。どうにもこちらの位置などがほとんどタイムラグなしにヴァニタスに伝わっているらしかった。それはおそらく、みなわかっている。けれど、一方向から攻めた弊害か、ヴァニタスを突破せずに八咫烏をどうにかするにはかなり骨の折れる作業になっていた。
だから、せめて今ここにいる骸骨騎兵くらいは自分の手で止めよう。少なくともそれができれば、ずっと前で闘う仲間も楽になる。
そう心に決めた時、その彼らが闘う先で一際大きな音が響いた。
「さすがに、危ない一撃だな。それは」
当て損なった。こちらを睨むヴァニタスに目をむけながら、エリーゼが下唇を噛む。ブリューナクは命中を主軸に鍛えた魔法だ。先の爆風で仲間が吹き飛ばされ、追撃の射撃で体勢が崩れたというのに、だ。
辛うじて、という体ではあった。静矢の放った銃弾が着弾した瞬間には、こちらが撃ちもしない内に回避に入っていた。単純に、追撃を恐れてとった行動だろう。けれど、絶好の機会を逃したという思いは消えない。
「なるほど、天使。いや、堕天使か」
テルの体からは、いつのまにか鎖が消えていた。こちらは骸骨騎兵と違って抵抗力が強いのだろう。歩のスキルによる注目効果もすぐに打ち切っていた。
腰を落とし、テルが武器を構えた。と、同時に炎槍。
「黒須さん、お願いします!」
「もちろんだ」
エリーゼの前に洸太が身体を割り込ませた。盾を活性化し、アウルでさらに強化する。炎槍がもろに直撃した。抑えきれない衝撃が洸太を襲う。
「結構効く、な」
追加とばかりに爆風が起き、それが晴れると、アスハとテルが刀で竸っていた。
「想い人をその手で、か……僕達を利用すればよいもの、を」
至近距離にいる相手にアスハが問いかける。
「……そうか。あの時の撃退士たちか」
以前、学園の撃退士はこのヴァニタスと接触し、彼の目的が想い人、ただし使徒がその相手があることを把握している。
「袂は無くとも、利害は一致する筈、だ。殺すにしろ奪うにしろ、舞台を整える程度は、出来ると思うが、な」
交わした視線の先で、金の瞳が揺れた。わずかな逡巡がそこに感じ取れた。
「悪いが、俺は今の主に恩があり、そしてそれをそう無碍にしようと思えない。勝手は慎もう。それと……」
一瞬、ヴァニタスが目を閉じた。すぐに開ききった途端に、加えられた力が弱まる。アスハの身体が前に倒れた。だがその程度なら、どうとでもなる。纏った黒霧と黒羽がテルの振り下ろす斬撃に反応してそれを逸した。
けれども、さすがに追撃にと打ち込まれた炎槍は、如何ともしがたかった。二本。一度に打ち放たれたそれらがアスハの身体を吹き飛ばし、意識を奪った。
「お前たち撃退士の力は、出来ればあの日に借りたいものだった」
身を引いたヴァニタスのすぐ傍、その地面でで赤い陣が浮き上がる。全部で五つ。破滅の紅炎の発動だ。
「っと、そうはさせないね」
アスハを追い越して、歩が血を駆けた。隼の如く、一手で距離を詰め愛刀である、黒刀で突ききる。テルは、避けなかった。避けるではなく、その突きを懐に抱き込むようにして止めた。
歩に冷や汗が流れた。敵の抱え込む力は存外、強い。足元で紅炎が迸る。そしてそこから、炎蛇が生まれ、歩を飲み込まんと天へと突き抜けた。
回避などろくに出来なかった。無理やり逃れるようにもがいて、なんとか半身で被害が済んだ。
「っつ、ぁ……」
痛みが声にならなかった。身体がろくに動かない。追撃を受ければ、まずい。受けずとも、厳しい。
よろめくようになりながら、後退する。しかし――絶好の機会であるにも関わらず、ヴァニタスは、そして炎蛇もまた歩にはそれ以上気を寄せなかった。届かない刃を悔やみつつ、歩の意識が沈んだ。
テルが動いた。今度は東ではなく、西へ。つまり、撃退士に向って。
まず狙らわれたのは、直也。一息に詰められた距離。そして、速度の乗った一撃が直也に向かう。槍による、全力の突きだった。反応することすら叶わず、直也の太ももに突き刺さった。
引き抜かれた途端、直也が崩れ落ちる。けれど、すぐに身体が持ち上がった。テル・ソレーユが彼を自分の目の前に持ち上げていた。自身の盾となるようにして、前に掲げる。テルの周りの炎蛇も周囲を渦巻き、雪、司、輪磨の邪魔をしていた。
「へっ、俺以外の奴らもしつこいと思うぜ……?」
直也の捨て台詞。けれど、動揺よりもテルの瞳に哀愁が漂った。
「力ある身で、死するような真似をするのか」
彼の言葉を聞くか聞かないうちに直也の意識は途切れていた。テルが直也から目を離し、そして自身に向ってくる雪と司に対して炎蛇を向かわせる。攻撃というよりは、牽制をするように。
と、テルの身に幻影の攻撃が加わった。体毛……長髪による束縛をさせるイメージ。それが、どこか、彼の琴線に触れた。
「女は嫉妬深い生き物さ。こちらの相手もして欲しい、かな?」
術を行使した輪磨がおどけるように言った。テル自身は、術にかかってはいない。けれど、テルの口元が緩んだ。
「そうだ、な。それくらいで丁度いい。俺の知る女ももう少しそうあれば、と思うこともある」
手に提げた直也を言い終わると同時に振り投げた。振り投げた先にいたのは、輪磨。思わぬ挙動に虚を疲れた輪磨は、そのまま直也を抱え込んですぐそばにあるビルの壁に叩き付けられた。
ヴァニタスへの周囲が開けた。
エリーゼがすかさず手をあげて、ブリューナクを放つ。属性攻撃、術式開放を込めて、確実に威力を求めた一撃。それが宙を駆け抜けた。
テルは、今度はエリーゼが打ち出す様をみて尚、回避はしなかった。エリーゼの黒の雷槍が直撃する。先のとは違い、今度は確実な手応え。完全に捉えた一撃だ。テルの身体がぐらりとふらついた。ただ、その代わりに。
その周囲に驚異的な速さで炎槍が生まれる。周囲に七つ。
(まずい――!)
洸太がすぐに盾を翳した。けれど、すぐには衝撃は来なかった。
数瞬して。仰角から、それは打ち込まれた。狙いはエリーゼ。わかりきっている。だからこそ、辛うじて式鬼、仲間を庇護する彼の術が間に合った。けれど、それで庇えたのは最初の三発。それもエリーゼの受けるものの肩代わりだ。式鬼を襲うダメージが洸太に返り、意識が朦朧とする。それでもなお、動いたのは意地か。
四発目をエリーゼの前に身体を滑り込ませ、受ける。そこで、洸太は倒れ伏した。
ともなれば、残りをエリーゼが耐えうるはずがなかった。残り三本。それらが続けざまに飛翔して彼女の意識を刈り取る。
連続して起きた爆風が晴れた先では、衰幣したヴァニタスが、三本足の烏の背中で宙を移動していた。そこへ。
「逃がす、ものか!」
静矢が一射を加える。ただこれは八咫烏がひらりと交わしてしまった。代わりに打ち返される炎槍。距離があったそれは、静矢に届く前に消え去る。けれど、牽制には充分だった。ヴァニタスは、一体のディアボロと共にこの戦場から抜け出していった。
その後、周辺に存在していた骸骨騎兵を駆逐。此度の戦闘で重症をおったものを中心に治癒スキルを行使して、なんとか全員事なきを得た。治療系のスキルを持つのが多かったのが幸いした部分もある。
おそらくエリーゼの一撃を堺に、テル・ソレーユは撤退。少なくとも、軽傷ではすまない傷を負ったと考えられる。大打撃といかないまでも、充分な戦果と言えるだろう。
数時間後、夜となったその街は戦闘の音はなくなっていた。その半日前との景観を喪ったことと引き換えに。