冬の寒さの冷え込みさを感じながら、とある住宅街の、これまたとある一軒の住宅に久遠ヶ原の撃退士たちは到着した。
ここに集結したのは、全部で8人。それぞれ、今回の依頼についての情報を整理しつつ、連絡先の交換、他の警備候補の住宅で待機する地元の撃退士と情報の交換をしていた。
特に、龍崎海(
ja0565)は、被害者に対して、撃退士のスキルによる回復の見込みはないのかが気になったらしい。そのことについて、一言二言通信越しに確認していた。
「……そう、ですか」
結果は、海が頭に思い浮かべたスキルは、軒並み効果が得られなかった、ということだった。
聖なる刻印、現世への定着、マインドケアなどだが、外見としては変化が見られないらしい。
どこか歯がゆい思いを感じつつも、各警備場所で阻霊符の展開は徹底するように頼み、通信を終了した。
4日で8世帯の被害があったのならば、ほぼ確実に連日二箇所以上の被害あったことになる。警戒して損はない。
とはいえ、まずは自分たちの持ち場だ。
「それじゃ、俺はここの人たちに事情説明をしておくよ」
同行してきた仲間に声をかけ、警備する住宅の玄関先に立ってインターホンを押し込んだ。
「それにしても」
海のそんな姿を見ながら、小田切ルビィ(
ja0841)が思案顔で懸念を吐露した。
「――眠りから目覚めないってことは、今回の天魔は“夢魔”系か?」
夢魔。つまり、眠りを与えることを危害を加える発端するものたち。覚めない眠りというだけできな臭く、ましてそれだけで終わる被害とは思えないのだろう。
「サーバントが人を襲う以上、ただ相手を眠らせるはずがないよな」
千葉真一(
ja0070)もまた、似た考えを持ったのだろう。真剣な面持ちに見え隠れする思いは、彼の信条も相まって並々ならない。
『なににせよ、与えられた情報を確認しつくしましょう』
声……ではない。アウルによって作られた、オーラ状のものによって作られた文字だ。意志の主はヒース(
jb7661)。燕尾服を身に纏い、顔を覆う仮面は道化を思わせる意匠。
『もうすぐ、夜ですよ』
夕闇は刻一刻と漆黒に帳へと変わってゆく。あたりに敵影はいまはない。けれど、時は彼らのいる場所を一層の警戒を要する場所へと遷移させてゆく。
●
日は完全に暮れてしまい、辺は暗がりへと落ちている。時計を確認するならば、すでに深夜と言い始めていい時間になりつつある。けれど、この住宅街は少なくない明かりが点っていた。暗さを軽減するために警備住宅周辺までも協力したおかげだ。ただ、夜としても不思議なほどに生活感のなさは漂っている。
その状況下、護衛をする撃退士は淡々と周辺の警備に努めていた。
変化のない状況が続く中、不意に、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が声を上げた。
「見つけた!」
張り上げた声はすぐに仲間へと伝わっていった。仲間が声を返すのを聞きながら、ソフィアとその傍らにいた神崎晶(
ja8085)が同時に戦闘体勢を整える。
空では白と黒の影が宙を滑空していた。
右へ、左へ。白から黒へ。黒から白へ、左から右へ。
入れ替わり立ち代り、交差しながら舞うように空を切って降下する。
その手に大鎌を、その身にrag――ボロ切れを。
視界に収めるだけで、総数はざっと、6か7か。白は――2。
それを確認しつつ、ソフィアは自らの得物を構える。一見すれば杖に見えるそれは、巨大な銃だ。太陽を思わせる宝玉は、魔女たる彼女のイメージを込めたもの。その銃身が、光り輝いた。
飛び出した銃弾は、輝き光りながら唐突に夜に表れた太陽となって闇を切り裂く。
「魔法が効きにくても、打ち破るよ」
彼女の宣言を再現してか、突き抜けた銃弾の軌跡は、動き回るブラックラグの体へと吸い込まれ、そしてそのボロ切れに風穴をあけた。被弾したブラックラグは、一瞬停止をし……崩れ去るように形をなくした。
しかし、それを皮切りにしてか、白黒の一団は瞬時に軌道を変えて鋭角に差し込むように地に向って突き進む。
そしてそこに、さらに銃弾が宙を駆けた。打ち出されたのはアウルを込められた約9mmの弾。打ち出したのは35.7口径のリボルバーを構える、晶だ。
ホワイトラグ狙って射出されたその弾頭は寸分狂いなく、目的を果たすべく夜闇を切り裂くが、そこに割り入るように黒い影が身体を差し込む。先ほどとは別個体のブラックラグが、彼女の銃弾をその黒布に吸い込んだ。
一瞬停止する。が、今度は崩れ落ちはしなかった。さもなにもなかったかのように構わず突き進む。
その間に彼我の差は絶え間なく詰まってくる。ブラックラグは前へと、ホワイトラグやや後方へと位置を保ちながら。
ソフィアがもう一度弾丸を放った。この弾もブラックラグに間違いなく着弾し、が、今度はそのボロ布を突き破ることはなかった。
敵の防御特性を実感してか、ソフィアの顔が曇った。明らかに攻撃の通りが悪い。
後退を開始するも、空いた距離はかなりの速さで詰められ、大鎌を一閃。避けきれずに腕に切り傷が走る。
思わず悲鳴をあげるソフィアだが、その視界を銀髪が踊るように遮った。その主、ルビィが両手で持つ大太刀、鬼切を裂帛の気合と共に振り抜いた。目の前のサーバントが先ほど繰り出した一撃よりも、数段鋭いそれは、敵が防御しようと構えた大鎌をかいく潜り、その胴体へと届ききる。が、やはりこれも手応えの薄い一撃か。ルビィの口から思わずと悪態がでる。
「チッ……攻撃の通りが悪――」
口を開いた瞬間を狙ったかのように彼のやや左後方、そこから接近してきた別のブラックラグの大鎌を、緊急活性したシールドで受ける。が、横振りのそれは彼の盾と身体の合間へと刃が侵攻する。
どっと冷や汗がでるも、そこは冷静に後退しつつ盾で鎌を打ち付けて浅い切り傷でやり過ごす。
「っと、危ねぇ……他の戦況はどうなってんだ?」
敵二体を全面に陣取りつつ、仲間の戦況を伺う。状況としては、そう、丁度緋桜咲希(
jb8685)が普段の彼女とは打って変わった様子でブラックラグに突撃してゆくところだった。光纏の光を埋め尽くすかのように体から黒の煙が溢れ出で、瞳は真紅に輝いている。振るわれる漆黒の大鎌をバックステップで回避をし、そのまま懐へ飛び込み、既に傷を負ったであろう、血が流れ出る片腕で敵の腕を掴みとる。そしてそのまま――一息に、もう片腕に持った大鉈を敵に打ち込んだ。
「あは、ハ。そう、ダ。殺しちゃえば、イイんだ!」
敵がぐらつく。だがやはりうまいダメージは通っていない。敵の特性、同じ色種のサーバントを叩き続けても、威力が減退されるという効果が彼らの一打一打を必殺となりえなくしていた。
ならば、と、白いぼろ切れを狙って晶が銃口を空に向けた。
「そんなボロボロなナリじゃ、ここから先は通せないの 」
スキルも込めた一発がその銃口から放たれる。突き進む弾丸は、今度は辛うじてよけられる。
そしてその弾の軌跡を追うように、一つの蛇腹剣が宙を巡った。空に向けてそれを振り抜いたのは、フルフェイス型のヘルメット、いや、ヒーローマスクに身を包んだ真一。
「俺たちが相手! そしてゴウライソード、ビュートモードだ。喰らえっ!」
空を切り裂く音を発しながら伸びてゆく蛇腹の剣は、やや回避に移った敵のせいで決定打にはならない。しかし、その体の一部を捉え、強引に切り裂く。
これで、まず暫くはブラックラグへと攻撃は通る。
と、ここにきて、二体のホワイトラグが宙で停止した。その干からびた手が、腰にぶら下げたカンテラへと伸び、掴みとる。
自身の前へと持ってきたそれの蓋が、一人でに開くと同時。
周囲一帯に、まだ未熟な頃合いの男女の悲鳴や負の感情を乗せた声が辺り一体へと響き渡った。
戦闘開始の報と共に、海は生命探知を発動し、仲間へ敵の総数を伝えていた。全部で8。一つだけ、最初の襲来と別に降り立った個体がいたため、それは近場にいたヒースに主戦場へと連れ去ってもらった。
次いで、現場撃退士との通信を行い状況を確認し合う。どうやら、一部の他警備場所にても敵は現れたらしい。ただし、その数は4体。恐らくそう簡単にはやられはしないだろう。しかし、可能であるならば早めにこちらを切り上げて応援にも駆けつけたかった。
だが急がば回れとも言う。今を疎かにして良き結果が得られるわけでもない。
彼は今、警備住宅の中、住人の小学生、中学生、そしてその母親の三人の護衛をしていた。万一に備えての配置に、なにより囮のような形を取ることで起きる恐怖感を無くさなければならにためだ。或いはこういっこと配慮もなくただ戦闘を行おうとするのならば、いらぬ軋轢が起きたのかもしれない。
直接戦闘に参加するという配置ではない。が、決して軽視はできない事柄でもあった。各種スキルを使い、抵抗を高め安心感を得るようにしたとして、それでも住民の持つ不安は拭いきれないのだから。
「大丈夫。落ち着いて。いま、外で君たちを護るために必死に戦ってくれてる人がいるから、大丈夫」
声をかけ、少しでも気持ちを和らげるようにする。だが、そこに――――少年少女の悲哀の叫びが響き渡る。そして、その中に感じる確かな攻撃性のもの。
まずい、という思いが来たときには、既に遅かった。目の前で三人が崩れ落ちる。自分には、それほど支障をきたす攻撃ではなかった。しかし、一般人にとっては、撃退士は傷を得るという攻撃は何であれ、軽視できるものではなかった。
すぐさま順繰りに、ヒールをかけてゆく。声はそれほど長くは続かなかったが、だがこの後も使用されることになるのならば、確実にまずいこととなる。海の背中を、冷や汗が一筋、流れていった。
響き渡る少年少女の声。
『あのカンテラ、何かしらの仕掛けがあるようですね』
ヒースが一連の敵の動作を見つつ、思考を巡らせる。その手に持つ大鎌が強く握られた。
閉じたカンテラを腰周りに再度ぶら下げたホワイトラグは、そのままやや前進してくる。そこに向かって飛び出す影。ヒースだ。
手に持った大鎌を予備動作を大きく、あえて反応させるように。それにつられてか、ホワイトラグもまた鎌を自分の前で構えた。その柄で防御しようという魂胆ではあるのだろう。それがヒースの狙い目だった。大鎌での攻撃を破棄し、突っ込むようにして、手を敵の腰回り、そこにぶら下がるカンテラへと伸ばし、そして強引に掴み取り、奪い取った。抱え込むようにしてそれを死守すべく、急ぎ退避しようとするが、遅い。接敵をしすぎたのだろう。ぐるりと白の大鎌が、照明を反射しながら弧を描き、そして彼の身体を切り裂いた。
切り裂かられた瞬間に訪れる、壮絶な痛み。かなりのダメージに、そして強制的に襲い来る眠気。しかし、自分に出来ることをやり遂げるという覚悟か、辛うじてその意識を保つ。だがこのままでは、もう一撃くらいかねない。しかし、動けない。
ぼんやりとする思考の中で、彼が聞き届けたのは、このタイミングまで身を潜めて機会を伺っていた、不知火蒼一(
jb8544)による、援護射撃の発砲音だった。
蒼一の一撃が敵の気を引き、なんとかヒースから注意を逸らすことに成功する。だがヒース様子は芳しくなかった。辛うじて意識はあるようだが、どこまで持つかも怪しい。兎にも角にも、一体からとは言え奪ったカンテラをみすみす失うわけにもいかない。まして仲間を見捨てることな出来はしない。決意を込めて蒼一は、もう一度手の中にあるPDWの引き金に指をかけた。
その後、全員どこかしらの傷をおいつつも、ブラックラグは数を二体減らし、ホワイトラグにも適宜ダメージを蓄積していった。だがこれ以上、長引かせるわけにもいかなかった。
ホワイトラグがほぼ横並びに集まった瞬間、すかさず真一が勝負をかける。
「その覚めない悪夢、破らせて貰うぞ!」
疾駆する彼の赤のマフラーが、夜空をはためきながら追従する。何処からともなく、《CHARGE UP》と音声が響き、同時に彼の身体をアウルの装甲が覆い強化する。
目の前で晶の放ったアシッドショットによって、ボロ布を腐敗してゆく様を視界に納めながら、渾身の決め打ちを放つ。
「ゴウライ、クロスプリット、キィィック!」
宙を飛びながらも、瞬時に弧を描いた彼の脚が、見事に二体のホワイトラグに突き刺さった。腐敗し脆くなったボロ布は、彼の一打を最後に、あっさりと宙へと紛れ込み消え去った。道路に一つ、カンテラを残して。
その後、すぐさま撤退を決め込んだブラックラグを海とヒースを除いた六人が追従。逃走先であったもう一つの交戦地にて、これらを掃討に成功した。
海はヒースの介抱、そして周辺住宅の交戦による被害のケアに回った。敵の持つ広範囲の魔法攻撃が存外に周辺住民に少なからず影響を与えていたためだった。
結果として、多少の被害を残しつつも、久遠ヶ原の生徒は依頼を成功に導いた。
最初に警備にあたった場所に戻り、安全の確保を伝えると、疲れ果てたのだろう。どさりと三人一様に倒れながらも安堵の息を漏らしていた。
「今夜からは安心して寝られるわね」
にこりと笑いかけながら晶のその一言を皮切りに、小学生の子がこくりと船を泳ぎだした。
とある少年が、眠りから目覚める。
久しぶりに起きたような気だるい感覚を覚えながら、辺りを見渡すと、見知らぬ青年が立っていた。見慣れぬ服装に、銀髪に赤の瞳。思わずびくりとしてしまうが、青年の表情は友好的なことに気付く。
どこか気安げな、安心できる声で彼は声をかけてきた。
「よっ、目覚めはどうだ? 悪夢の時間は終わったぜ」