冷たく通り抜けて行く冬を知らせる風を感じながら、久遠ヶ原で想いと想いが交差する。
この日が忘れぬ一日となるのだろうか。この後に綴られる彼、彼女らにとって、そんな日であればと想う。
●叫び、語り、伝え、育む。
さて久遠ヶ原にある屋外ステージにて。そこは少々特殊な盛り上がりを見せていた。騒がすのはみな、イベント参加者だったり、見物人だ。
舞台上では、一人の女生徒がマイクを握っている。佐奈川早苗だ。
「さて、続いてはお一人でのご参加ですね。どうぞ!」
彼女の司会に促されて、蓮城真緋呂(
jb6120)ステージへ姿を表す。
(愛を叫ぶのよね。大丈夫。私の愛は誰にも負けない。地球、いや宇宙を超えて1!)
「ご参加ありがとうございます」
「愛なら負けないと、愛するものの素晴らしさを語りまくる為に参加したわ」
「ちなみにお相手はどんな?」
「イメージ的には渋いけど、かめばかむ程味がでるようで、なかなか個性的だと思うわ」
マイクを向けられ、笑顔で答える真緋呂。
「それに……気がつけば私の心の中にいて、離れているのは辛い存在。傍にあると辛さを癒してくれて、もう大分長い付き合いになるわ」
「なるほど。それでは思い出なども」
「ともにある毎日が思い出といっても過言じゃないわ!」
清々しく、けれど力強く。彼女は語る。その口ぶり、有様に会場からも感嘆の声があがった。
ただ、つまるところ、
「今まで通り、いえ今まで以上に愛を注ぎたいと思ってる」
彼女は、
「そして皆にも愛して欲しい――この、酢昆布を!」
酢昆布を愛しすぎている。
曰く、栄養満点、美容に良し、携帯に便利、なにより美味しいのだ、と取り出した酢昆布を片手に語るのは某社長自らTVにでる通信販売さながらなのだ。
「最後に、『酢昆布のテーマ』を演奏するので聞いて下さい 」
酢昆布の代わりに取り出したのは、愛用のフルート。しばらく会場には、綺麗な音色が響いていたという。どこか酢昆布を思わせるかどうかは――わからないけれど。
「続いては夫婦でのご参加ですよー!」
お願いします、の声に応えて中央まで歩いてきたのはメフィス・ロットハール(
ja7041)とアスハ・ロットハール(
ja8432)。
「ご参加ありがとうございます。これを機会にいろいろ語ってくださいね」
まずはお互いにどう思っているのか。
「とにかく格好いい、かな」
口を開いたのはアスハの方だ。
「良くも悪くも、僕とは色々と対極に位置してる、な。思考も生き方も……」
「むむ、ちょっと興味深いですね。メフィスさんはどうでしょう」
「なんと言うか、ほっとけない馬鹿? まっすぐ過ぎて気に入らないない時もあるくらいで」
そこは叩いてでも曲げてあげるわ、と笑いながらも口にするメフィス。
「こういうところが、な」
「あら、私が間違ってたら、同じことをしてくれると思ってるわよ?」
こんなやりとりをみると、アスハの格好良い発言もなるほど、とどこか思える。
「それでは自分にとってお相手はどんな存在でしょうか」
「……僕にとって彼女は、日常に留まる枷であり最後の一線でもあるのかもしれん」
少しの拍をおいて、アスハが慎重に口を開いた。自分自身にも確かめるように。
「失ったら、間違いなく僕の中で何かが終わるほど、愛する妻とか家族とかそれ以上の関係、かな」
或いはそれは普段から考えることの吐露なのかもしれなかった。
「並々ならない思い、ですね。そんな思いが出来上がるまでのおふたりの馴れ初めや思い出などをお聞かせください!」
そこでふとメフィスとアスハの目線が交差した。出会い、馴れ初めと言えば……。
「アスハが誰かに告白したそうにしてたのを私がからかい半分で背中押したんだっけ? まさか自分だとは思ってなかったから驚いたわよ」
当時を思い出してか、ほほの緩む二人をよそに、会場や司会は一気に興奮する。
「結婚したのは、1年少し前、か。プロポーズは……」
「ちょっと、アスハ、そこまで」
「『メフィス……僕を、君の【家族】にしていただけるだろう、か?』だった、な」
メフィスさんが少し頬を紅くしていますが、会場、大興奮です。
それを紛らわすかのように、口を開いた。
「思い出はいろいろあるけれど、私の暴走を身を呈してとめてくれたことかしらね。全力の私の剣の前にでてくるんだからあのときは死んだと思ったわよ」
「ああ、想い出深いな。依頼中に全力で斬られたこと、それと、また別件だけど、ちょっと本気で彼女を怒らせて僕自身が後悔した事、もな? 」
少し苦笑を交えつつ。二人で確認してゆく。忘れられないもの、花火やキャンプの楽しかったもの。
思い出すものを大切に、けれど、先を見なければならない。
「それではこれからについて一言を」
「これから、か……、少しでも長くこの関係のままいられる事、か?」
「私は、アスハが無事に帰ってこれる場所になって行けたらいいわね」
少し消極的なアスハに対し、ずっと傍にいると言うメフィス。
そんな二人をみて、早苗がふとアスハに、
「最後にアスハさんなりの気持ちの伝え方を少しだけでも」
「気持ちを伝えるのに? 天然たらし、とか言われるし、な…言葉では足りないだろうし、何も言わず唇を奪う、かな?」
そういうところよね、天然たらし。アスハの答えを聞いたメフィスがそう呟いて。不意にアスハが観客に背を向けて彼女の方へ。それこそ何も言わず、アスハの顔がメフィスへと近づき、重なった。
「な、なんだか顔が熱いですが……そろそろ夕暮れどきですね。続いては飛び入り参加のお二人です」
ロットハールの二人に続いて舞台に上がったのは七ツ狩ヨル(
jb2630)と蛇蝎神黒龍(
jb3200)。出掛け帰りによってみた、とのこと。
「おや、お二人とも男性ですね。これは……」
会場の一部で貴婦人の嬉しい叫びがあがった。なるほど。
黒龍が会場をよそに、徐にヨルを引き寄せて自分のコートに引き込んだ。寒さが苦手なヨルを慮ってのことだ。
そんな会場を遠い目で見つつ、司会も気を取り直して。
「さて。まずは仲の良いお二人についてそれぞれお願いします」
「一番大事、生涯唯一だな」
即答したのは黒龍だ。自分が愛おしく思う翡翠色の髪、紅の眼、わずかな表情の変化。それを視界に収めながら、ヨルの頭をさらりと撫でる。
「黒は、俺と同じ悪魔で、でも俺よりずっと色々な事知ってて、くっつきたがりで……ぬくい」
答えると共に、先より一層身体を寄せてくるヨル。
「それで、一番の友達……いや、相棒……? とにかく、一緒にいると楽しくて、大事」
どうやら、夫婦の意味はやはりわかっていないらしい。ただ、それもまたいじらしく思えて、黒龍もヨルを抱き寄せる。
「シンプルで、でも相手を想う気持ちに溢れた答えですね。これはちょっと出会いが気になるところですね」
「夕日見てたら、黒がカフェオレくれた」
こちらを見上げるヨルと共に思い出す。夕焼け色の光と流れる髪、それに心を攫われたが思い浮かぶ。心に留める、大切な記憶だ。
「どんどん雰囲気を作るお二人ですが、少しだけでもいいですので、思い出などを教えていただけないでしょうか?」
「まぁここでは口に出せんし話すのももったいない。というかボクだけの、ボクらだけの大事な想い出やから内緒や」
「っと、これは失礼しました。えっと、ヨルさんはどうでしょう?」
「いい思い出は一緒に色々綺麗な物見た事、かな」
二人が見てきた多くの景色、そこで感じたこと、見たこと、その想いが詰まっている。
「悪い思い出は…黒が俺を庇って怪我した事。俺は怪我してない筈なのに、凄く苦しかった」
思い出しながら、やはり苦しく思うのか、自然と黒龍のコートの端をヨルが掴んだ。それをなだめながら、黒龍は自分のマフラーをヨルにも回してやった。
「これから、もっと思い出を一杯作ろうな、ヨル」
マフラーに顔をうずめるヨルと目の高さを合わせる。そしてそのまま――ここからはマフラーが真実を隠していた。けれど、会場の一部が湧きたったのは言うまでもない。
日が落ちる。あたりは暗くなり、一ヶ月後に備えるクリスマスのためにイルミネーションが辺りを輝かせる。そして今日の夜は快晴。夜空にもまた、星によるイルミネーションが煌めいている。
夜空の下で、レグルス・グラウシード(
ja8064)がステージに立っていた。
「ふゆみちゃんは、僕にとって…星みたいな存在です」
人が少なくなり始める時間。けれど、閑散の字は似合わないそこに彼の言葉が響き、観客席にいる新崎ふゆみ(
ja8965)にも届く。
少し恥ずかしいけれど、普段はなかなか言えない思いを伝えたい。その一心で言葉を紡ぐ。
「この学園で僕を支えてくれたのは、ふゆみちゃんの存在でした」
司会の早苗も後ろに下がり、彼がひとり、懸命に恋人へと思いを届ける。
「いつも明るく笑っていて、まわりのひとを助けて、自分よりもみんなを優先して、僕のことだって、一生懸命励ましてくれて」
顔が赤くなるのを感じる。だけど、それを乗り越えて。
「だから、」
顔を上げると、星の夜空が視界に入り、それが勇気をくれる。だから、力を込めて言おう。
「僕は、僕だって……ふゆみちゃんの力になりたいんです。力もなくて弱くて、それでも、ふゆみちゃんみたいに、ひとを照らす星みたいになりたい」
ひとつの言葉を大事に、きちんと届けれるように。
「僕もそのために、全力でがんばります! だから、これからも……僕の行く道を照らす星でいてくださいっ!!」
大きな声で、言い切る。この想いは届くのだろうか。
レグルスが言い終えた瞬間、ふゆみは思わず涙が溢れ出ていた。
「ふゆみを助けてくれるのは、いつだってだーりんなのにっ」
一目惚れした彼は、彼女にとっても、星であり、なにより、彼女の王子様なのだ。
そんな、彼の言葉。大丈夫、届いてる。
レグルスが会場から出た瞬間、ふゆみは迷わず彼に抱きついた。
思わず照れるレグルスに、感涙の収まらないふゆみは、最後に手を繋いできろにつく。それまでよりも、きっと互いを強く感じて。
「恋人同士じゃないのに良いの……?」
常塚 咲月(
ja0156)がそう聞いてくるのにいいんだよ、と答えながら、鴻池柊(
ja1082) は彼女と揃って舞台に登る。
「寒くなってきましたが、まだ続きますよ!」
出迎えるのは一日中ここにいる早苗だ。
「さて、カップル、とまではいかないらしいのですが……お相手の方はどんな方でしょう?」
「どんな……女としての意識が低い。大食らいで自分の世界の人間を護る為なら自分の命を軽視する奴ですね」
少し困り顔になりつつ、そう答える柊に対し、咲月は一言、居場所と応えた。そう答えれるのは、やはり、信頼関係が厚いのではないのだろうか。
「そして、俺の護るべき存在。恋愛感情抜きで愛すべき存在です」
言い切る様は、それに迷いがないことを皆に伝わらせる。対する咲月も彼を、
「恋愛感情じゃない好きな人……」
という。出会いも幼い時に親の紹介を介してのもので、思い出も、遊びに行ったりしたものとか、そういうのとは違うもの。確かに恋人とは違うのかもしれない。けれど、
「これからも俺は月が心から必要だと思える人が現れるまでは自分が【居場所】であり続ける。─―でも良いですか?」
相手のために身を尽くすその想いは、愛とは違う、けれど特別な感情なのだろう。
もう少し夜が濃くなって、さすがに落ち着きを取り戻してゆく会場。そんななか、この時間になってやってきた少女がひとり。美森あやか(
jb1451)だ。従兄妹としての美森仁也(
jb2552)にメールで呼ばれたので来てみれば……視界に広がるイルミネーション、ステージで催しているものに、驚きを禁じえない。空いている席に座って少し待つと、仁也がステージに表れた。
「彼女は、知り合いの言葉を引用するのが一番適任だと思うよ」
『マリアでイヴでジャンヌなリリス』少し微笑みながら、自分の恋人、そしてもうすぐ妻となる相手を見ながら口にする。
「子供にとって聖母となる存在、俺の唯一の番、戦いは嫌いだけど他人にとっては守り手たる戦乙女、そして俺がはぐれる原因となった誘惑者」
どこか謳うように、口から出る。全てが彼の愛する人の、幼き頃より見続けた女性を表す言葉なのだから。
「そんな彼女との思い出は?」
「イベントは、全て思い出がありますよ」
今回のこれもそう。いや、この後そうするのだ。そうするために準備もしてある。彼女との、大切な思い出に今日という日をするために。
「彼女さんのこと、これからもしっかり気遣ってあげてくださいね」
言われなくとも。
イベントの終了が告げられ、ついに一日が終わりに向ってゆく。輝くイルミネーションの光に照らされながら、柊と咲月は肩を並べて歩いていた。
「これからも、宜しく。必要だと思える人を見つけるまで、俺はお前の『所有物』だ」
イベントの中で言い切れなかったこと共に、ラッピングしてきたプレゼントを渡す。
「おー……髪留め」
何も用意してない、と言う咲月に、柊は返事を返すこともなく。
「あと、これもだな」
代わりに彼女の額と手の甲に口付ける。祝福や友情、それに敬愛の想いを込めて。自分が彼女の居場所となり得るように。
「俺はお前達の盾でいる。それが誓いだ。今も変わらない。――俺は咲月やアイツの幸せを願ってる」
彼の誓いを、静かに月と星が見守っている。
そして同じ月の下、悪魔の仁也は本来の姿へと戻った上で、あやかの前に立っていた。その手には桃の薔薇とカスミソウの花束。
「赤より桃の方があやかに似合うから」
桃の薔薇の花言葉は、しとやかさや温かみの心など。カスミソウは清らかで、純粋で、そして感謝の意。
「態度でも見せているけど…俺の妻となる人へ
何時も花を家の中に飾っているお前に贈物を
花を活けている時の笑みが好きだよ
傍でずっと笑っていて欲しいから、花を贈るよ、花を作るよ
俺の花はお前だから、俺の傍らで綺麗に咲き続けて
何時か共に大地に眠るその日まで」
言葉に想いを、花の中にも想いを添えて、彼の愛する人へ贈る。
暗き夜空の中に、浮遊する一つの影。いや二つが重なった一つの影だ。
ヨルを抱えた黒龍が空を浮遊し、街を彩るイルミネーションを見ているのだ。寒い中ではあるけれど、ヨルは黒龍のおかげでぬくぬくと。
二人で景色を見ながら、黒龍の中にふと思いが募ってゆく。腕に抱くこの愛しい彼が、これからも楽しんでいけるように、驚きと笑みが満ちるようにしていきたい。愛をもってそうしたい。視線を合わせて微笑み合って、そう想う。
時計の針が12と重なったその場所から、一つ動いた。
すでに前日となった日は終わり、今日はもうすでに彼らの『これから』。
その先が幸せに満ちることが、永遠に続いていられますように。