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マスター:it
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:7人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/11/16


みんなの思い出



オープニング

 あの天使は言った。力なき故に、喪うのだと。

●宵の光を受けるもの

 天上に浮かぶ美しい満月をぼんやりと見上げながら、男はほぅ、と息を吐く。美しく輝くその月は、どこか魔性を待つようで。思わず口が緩んでしまう。月が綺麗なことを、愛することに訳したのは誰だったか。
 どこかで記憶に収めた知識をゆっくり引き上げながら、酒気を帯びた頬を肌寒い秋風が撫でた。気分は上々。飲み会帰りの男は、ほろ酔いと言い張るには少し怪しげな歩調を刻む。
 彼が歩く道にひと気はない。昼には多くの人々が観光を目的に歩く、とある寺の塀の横道なのだが、月が煌々と輝く闇夜を進むのは、それこそ酔いの気持ちに浸るものだけだ。
 そう、だからそこには人影がなく。
 あるのは青いままの紅葉の木が右に、左は緩やかに流れを刻む小川のみ。
 そして静けさの中に響く葉の揺らぐ音、水面に映る美しき月。
 人が作る道にある、確かな自然に身を委ねながら、男は進み行く。あと数刻も立たぬうち、この世に降り立つ彼らとの邂逅を知ることはなしに。



 それは闇夜に浮かぶ、美麗なる月だった。



 寺院を囲う塀の端に着き、さてそのまま帰ろうかとした男は、なにか不思議なものを感じる。ぼんやりとした思考のまま、なんとはなしに右を向く。
 それは不可思議な存在。
 美しく、儚げな、ひっそり佇む、魔の存在。
 現代にしては、えらく古風な出で立ちであった。単衣というのか、テレビドラマや学生の教科書でちらりと挿絵に見た程度の服装。
 それを纏った女性は、遠目にも分かるほどの滑らか艶やかな髪を、地面に着こうか、というほど長さで小さく揺らす。
 重さを感じる単衣を纏いながらも、スラリと立ち、天に光る月を見る様は、どうにも筆舌し難いほど美しい。女の周りにはキラキラとした燐光が宙に浮かび、その寺門の前に立つ姿を彼は生涯忘れることはないのだろう。
 気付けば、頭の中がぼぅ、としていた。歩み進めていた足を止め、心赴くままにその影を見る。幻想さを感じるその姿に、空に浮かぶ月を重ねる。
 天と地に現る二つの月は、中々どうして乙なものに思えた。
 しかし彼が気付くことはない。地の月は、天に属する魔であるということに。
 酔いに満たされ、魔に魅せられた末路など、言うに及ばず。
 気付くことは、ないのだ。その腹に、炎々業火、灼熱の朱槍を生やしても。
 そして、彼の目に艶やかに映る女性は、髪は藍、その顔は恐ろしいまでに青白いことに気付かぬまま、地に伏した。

●光を与うる。故に。

 男が地に伏して、十数秒。静寂であったその場に、声が響く。低く、しかしてよく通る、自信に溢れた声。
「ようやく、見つけた。……久しいものだな」
 その声に反応したのか、月を見上げ続ける影が、その方を見やる。その瞳に映すのは――――炎熱の、陽炎。
 宙に浮いた、これまた古風な出で立ちの男だった。纏うのは、闇にさえ浮き上がるほどの鮮やかな、橙の日本鎧。端々に光り輝く装飾を持つその鎧は、淡く、しかし強き陽の光を思い出す燐光を纏う。
 兜を被らぬその頭部は、猛々しい焔色の髪を後ろ向きに。しかし一房の髪束を前方に垂らす。目尻の横を通るその灼髪は、その横にある金の瞳と争うように主張し合う。
 絢爛。その二文字を彷彿させる彼の者は、その華やかさに反するように、どこか狂気を孕んだ禍しさを感じる。
 見るものが見れば、疾くと解るだろう。奴もまた、魔であると。ただし、冥の界隈にその身を預けるものである、と。
 そして、それは即ち、天と冥に属する者が、人の世にて相対の最中にあること。ならば、そこに闘争があるのは道理であろう。
 しかしどうして。この二者の間には、先ほどの冥の男の言葉以上の変化は未だなかった。
 再び訪れていた静寂を破ったのは、此度は天の女。
「どうして、あなたが」
 そのような姿に、と小さく零す。震えるようでありながら、その澄み渡る声を聴くならば、まさかヒトに害を与うる存在だとは思えまい。魅惑的なその存在は、視覚のみならず、耳であっても現を抜かしかねないほど、蠱惑。
 その声音を聴いた男が、僅かに目を細めた。その瞳に哀愁を乗せて。
「お前を追って。それ以外にあるものか」
「……なぜ」
 男の言葉に、耐えきれずといった様相で、女が二音を零した。宙に紛れて消えそうなその音は、男の耳には届いたらしい。
 彼女の呟きを嘲るように、短い嗤いを飛ばした。
「無粋なことを。久方ぶりの再開で、よもや俺の想いを忘れた、などと宣うことは許さぬぞ」
「それこそ、まさか、でしょう。私を照らし続けた貴方のことは、かつてと違う身であっても忘れなど……」
「ならば、分かるだろう。お前が人の理から離れるのなら、俺もそうするまでのこと」
 女に語りかけるその口調。そこに宿るものが情愛であることは、伝わるだろうか。それが偏愛であることも。
 それを、女は知ると言う。忘れることはないのだとも。
「どうか心に止めないでと、言ったのに」
 その言葉はどこか苦しげに発せられた。
「……あぁ、そうだ。覚えてる。お前が天の使いにされた日だ。忘れない。愛しく思う故に、忘れるなどできなかったのだ」
 思い返すは遠い日の記憶。この二者がまだ、人で有った頃のこと。残滓のようになりながら、今でなお、記憶からなくなることのない、幸せだった思い出。
 そして同時に、男が取り戻そうとするもの。
「俺は悪魔に命を明け渡してまで、ここに来た。お前に魅入られた巫山戯た天使から、ルナ、お前を取り戻すため」
 だがそれは、女が決別した過去のこと。
「もう、無理なのです。私は今の主に縛られて生き、月満ちる夜の他に自由はないのだから」
 男はそれを知っていた。悪魔の伝で知り、それでなお、探し求めてきた。
 だというのに。自分の求めるものは……やはり。
「どうしても、か」
「はい」
 数秒の間が出来た。
 堪え切れるものを出すかのように、男が深い息を吐いた。
 見上げれば、鮮やかな月。見下ろせば、艶やかな月。
 かつてはすぐ側にあった月は、もう手の届かぬ場所にある。男の身と対極に座する地の月は、心なしか、記憶の其れより美しくも思える。そんな僅かな思考を閉ざすように、男が目を閉じた。
 瞬間。
 月光の降り注ぐその空間に、光輝く陽光が生まれた。その発生源は、男、ヴァニタスのテル・ソレーユ。
「追い掛け回すのは、終わりだ」
 命を渡した悪魔の言葉を思い出す。

 ――その執念は、買おう。だが……

 ――貴様が使徒に愛を囁こうとするならば、

 ――その術は、その命を断つこと以外にないと知れ。

「俺がお前を照らすのは、ここが最後だ」

 例えこの身を絶ってでも。決意を元に、手元の炎槍を、放つ。
 轟音が、響いた。

●夜の帳を切り裂いて

 連続した轟音が響く月夜の元。
 その音が天と冥の巡り合わせが導く道理によって起きたなら。
 そこに『彼ら』が馳せ参ずるのもまた道理。
 石畳の道を駆ける影が、幾つか。
 音源へ疾走する彼らは、前方より飛んでくる木々や瓦を避けながら、燐光を振り撒きその残滓を残してゆく。
 天、冥、地。
 どこにおいても彼らを指す名は変わらない。
 撃退士。
 彼らの向かう先には、猛り狂う陽光と、凛としてある月光が、互いの力をぶつけ合い、最後の逢瀬に興じていた。
 


リプレイ本文

●夜の帳を切り裂いて。

 闇夜を疾駆する影が、全部で七つ。一様に同じ場所を目的に走る彼らの顔は、どうにも浮かない。
 その原因は、さきほど入った連絡にほかならなかった。
 予期せぬヴァニタスの出現。それに伴って本来の目的であるシュトラッサーの討伐、撃退を取り消し、現場の判断のもとで対応をしろ、というもの。
(まいったわね……現場で判断といわれてもねぇ……)
 稲葉 奈津(jb5860)がこぼれでないようにしつつも、心の中で呟く。シュトラッサーが一体であれ、楽観できない脅威を持つ者が大半だと言うのに、加えてヴァニタスまで。
 幸いなことは両者共に撃退士との交戦経験があり、ある程度の情報は得られていることか。あるいはシュトラッサーが2体、などよりはいいのかもしれない。泣き言を言っても仕方ないのだ。今できる、最善を尽くす。それが、撃退士としてできるベストなのだから。
 だがどうにも腑に落ちないものもある。シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)は状況を聞くとそう感じていた。ヴァニタスとシュトラッサーは悪魔と天使の下僕。人気の少ない場でのその二者の邂逅が、無闇にあるとは思えない。
「なにか理由があってのことでしょうか」
 ぽつりとこぼしたその声は、永連 璃遠(ja2142)が拾った。すこし逡巡しつつ、口を開く。
「場所は夜間は人気のない寺院、でしったけ。そんなところに一対一ですし……僕もなにか事情があるように思えます」
 どこか思案する顔を浮かべた璃遠は、すぐに打ち消し、確かな決意を浮かべる。
「それでも、僕達としては、周りに被害が出る前に撃退しないといけないから……ね」
 荒事を好んでするわけではないが、しかしヴァニタスとシュトラッサーを見逃したままというわけにもいかない。
 仲間に視線を巡らすと、雁鉄 静寂(jb3365)がすいっと前へ進み出た。
「最初は静観、ですよね。でしたら、先行してわたしがあちらの様子を見てきます」
 こちらの戦力を考えると、二者が対立しているという状況は、周囲への被害を差し引いても利としたいところだ。静寂の提案に皆が頷くのを確認すると、改めて連絡方法を確認した後、音をなくして先へ進み始めた。

 暗闇は一向にあける気配はない。

 一方で彼らの行く先には、光を振りまく小さな太陽がある。振るう力に、何かを託しながら。

●闇の逢瀬は辺りを照らす。

 思ったより、明るい。
 静寂からの連絡を頼りに寺院を囲む木々の影に紛れると、そんな感想がまず浮かんだ。シュトラッサーのルナ、ヴァニタスのテル・ソレーユが、彼ら自身の発する燐光と、テルの振りまく炎熱の魔法槍が爆裂し、あたりに明滅をもたらす。
 弾けては消え、その後を追ってまた弾ける光。刹那的な煌きでありながら、有り余る光の余韻にソフィア・ヴァレッティ(ja1133)が思わず目を細めた。暗視装置が必要かとも思っていたが、この分なら問題はなさそうだった。状況と価格を考えてもそう簡単に用意が出来ないために、これはありがたいとも思える。
 ただ、その光は明るすぎた。どちらにも気付かれないよう、いっそう気を遣って身体を隠しつつ様子を伺う。この戦闘の行く末がどうなるか、見定めるために。
「おやおや、まるで太陽と月、お似合いだねぇっと」
 ソフィアに少し遅れて木陰に辿りついた宮本明音(ja5435)が、感嘆したように口にした。
「……気になるけど、やってることは、見逃せないね」
 多少目を奪われはしたけれど。きちんと現場に目を通せば、少し離れた所に倒れふす人。恐らく死人が出ているのだろう。今でこそ周りに人気はない。だからこそ、ここでなんとかしなければならない。
 そんな思案に耽る彼女らは、不意に変化に気付く。戦闘の気配が止んでいた。
 目線を向けた先で、ヴァニタスとシュトラッサーが視線を交わしていた。ヴァニタスの持つ刀が、シュトラッサーの首のすぐ傍にありながら。

●太陽は死んでいる。

 どうして動かない。
 このまま、躊躇わずに振り抜けばいい。
 そうすれば終わる。すべて終わるのだ。
 俺も、愛する人も、終を迎えることができる。
 それを求めて得た武器は、だが一向にその役目を果たさない。
 どうして――……どうして?
 わかってる。わかっている。
 そんな単純なこと、わかってる。

 愛する人を、殺せない。

 だが――だが――だが――ッ!

 命を絶たせることの他に、天から月を取り戻す術はない。

 そのために、そのためだけに、魂を悪魔に売り渡した。命を、捨てたのだ。だから。

 腕が、動いた。そう、それでいい。

 ただ――愛する人の涙だけは見たくなどなく、目を閉じた。

●想うが故に。

「涙……?」
 まさか、と思いながら、皇 夜空(ja7624)は、つい今見たものを反芻する。見間違いか。いや、確かに見た。シュトラッサーが、涙をこぼすその瞬間を見た。その姿が……いや、そもそも先の二人の戦闘からして、夜空の琴線を刺激してくる。どうにも奇妙な感覚が燻っていた。
 どうするべきか。不用意な戦闘は避けたいと思った故に、いまは様子見に徹しているが、しかし状況は動かない。
 テルがルナに刀身を向けてから、不思議なくらいの静寂が流れている。変化があったのは、それこそシュトラッサー、ルナの涙。
 仮に戦闘をするならば今、だろうか。テルの注意が周囲にあるとも思えない。ならば、と仲間へ連絡を取ろうとした時、低い声が静寂を破った。
「……お前を、愛しているから、と言えば受け入れてくれるか」
 無理やり吐き出したような声だった。そこに含まれるのは、恐らく、憂いと哀しみと悲痛。それも、全てが特別な想いを持つゆえに生まれたもの。
 ヴァニタスの問いかけに、頬を濡らすシュトラッサーは首をゆっくりと横に振った。
「いやです……いやですよ。ほんとは、ずっと、あなたの傍にいたいのに、出来なくてっ。でも、こんな形でも、あなたに逢えて……それを捨てたくなど、ありません」
 ああ、そうか。この二人は。
 悲痛な叫びを聞いて、夜空は感じ取った。今そこで命のやり取りをしているのが、好きな者同士であることに。それはあまりにも心苦しい。そして、だからこそ救いたいと心に思ってしまったのだろう。
 だが彼の心に構うことなどなく、ヴァニタスは愛しき人の返答に、刀を上げることで応えた。
 目を閉じてそれをする彼は、目の前の光景を拒絶しているのだろう。
 その拒絶した光景が現れていたのなら、それは、きっとある種の終となり得たのかもしれない。
「すまない」
 ただ一言、絞り出したヴァニタス、テル・ソレーユが振り下ろそうとする刀は、
「ストーップ! その戦いの矛を収めなさい」
 シェリア・ロウ・ド・ロンドの一声が遮った。



 シェリアの声が届いた瞬間、テルは鎧姿に似合わぬ身のこなしでそシェリアから距離を取った。即座に腰を落とした彼の手には、刀から形状変化させた槍が握られている。
 テルがルナに少しだけ目を向け、すぐに逸らした。ルナに外傷は見当たらない。
「撃退士か」
 思うより冷静なヴァニタスに少し驚きつつも、先に決めていた通り、こちらに最初は交戦意思がないことを伝えなければならない。
「私たちから交戦しようというつもりはありません。あなたたちが敵対しないというのでしたら、無理に争うとは思っていないのです」
「……わからないな。それはお前たちの仕事ではないだろう」
「先ほどの戦闘を見させていただきました。恐らく、何かしらの理由があるのでしょう?」
 先程まで見ていた情景を思い出す。綺麗ではあるけれど、儚い。人であった、人に害を成し得る冥の陽と天の月の逢瀬を。
「その上で提案です。望むのなら、お二人の会談をここでなさりませんか? 言葉を交わせば、和解できるものもあるはずです」
 無表情を貫くヴァニタスと、先程からひっそりと佇んでいるシュトラッサーを視界に収める。その二人の様子を見るに、どうも手応えはない。
「いいや、それは応じたところで益のない提案だ」
 交渉は、決裂か。
「そうなれば、わたくし達はあなた方を全力で討伐しなければなりませんわね。良いのですか? このまま我々に討たれ、お二人が永遠に袂を分かつ事が」
 返事はなかった。代わりに返って来たのは、燃え盛る炎の槍。交戦開始の印だった。
 シェリアが咄嗟に回避ができたのは、僥倖だった。しかし、よけた魔法槍はすぐそばの地面で爆発を引き起こす。真後ろで起きた爆発はさすがに避けることができず、被弾した反動で地面を転がるしかなかった。思わずうめき声をあげてしまうが、そのままでいるわけにもいかない。思った以上にダメージを受けた身体を叱咤しつつ無理やり立ち上がると、すぐそばまでヴァニタスが接近していた。すかさずフレイムシュートを打ち込むも、形成された炎の塊を、ヴァニタスが流れるように避けられる。
「袂など、既にないに等しい」
 その言葉だけを聞き、あっと言う間もなく、槍が振るわれるのを視界に入れて、そこからシェリアの意識はなくなった。

●天の月・ルナ

 ヴァニタスが魔法の炎槍を放った瞬間、静寂は潜伏していた樹木から行動を開始した。狙いはルナ。彼女がいるのは開けた場所のほぼ中央で、潜行は難しい。無理やり突貫するしかないようだった。
「天魔や冥魔に変わり果ててまで、想いは連鎖していくのでしょうか……」
 物憂げに佇む使徒を見て出た呟きを置き去りにし、静寂が広場へと進み出た。そこから躊躇うことなく地面を踏み込み、一心にルナへと接近する。
 瞬の時間すら経たず気付かれた。が、ここで引くわけにもいかない。グローリアカエルの最大射程に踏み込んだ瞬間、躊躇うことなく闇色を纏う魔弾を打ち込んだ。
 対するルナもその脅威に気づき、すぐに自らの藍髪を防御に回すが、V兵器でも簡単に裂けぬその藍髪を魔弾が突き破る。その身で被弾することとなったルナの悲鳴が辺りに響いた。
 いまの一撃はCR変動の一撃。つまり今はかなりのリスクを背負っている。すぐに退避しなければ、と静寂が身を動かそうとして、身動きができないことに気付く。静寂の足に藍色の髪が巻き付いていた。なんとか断ち切ろうととするも、すかさず足を引っ張られ体勢を崩してしまう。
「静寂さん!」
 そのまま足を引っ張り振り回され、横薙に宙を横切ると、丁度ルナに接近し、静寂の名を呼んだ璃遠にぶつけられた。もつれ込んだ二人にさらに追い打ちをかけるように月を模した球体が接近し、二人をさらに跳ね飛ばす。
 璃遠が先に起き上がり、静寂を庇うように立つ。静寂はダメージが大きいらしく、呻いてすぐに起き上がらない。
 一歩前へ出て抜刀・閃破にアウルを込める。今の自分にできるだけの力を振り絞り、放つ。鬼神一閃のその一撃は――しかし藍髪の衣に阻まれる。加えて、その隙間から先ほど静寂が与えた傷が徐々に治り始めているのを確認できた。
「……まずい、ね」
 ルナの対処予定のシェリアは、先ほどテルに気絶させられた。今は夜空が介抱しているようだが、戦線復帰は望めそうにない。防御型とは言え、シュトラッサー。どこまで耐え切れるか、わからなかった。

●冥の陽・テル

「ルナ」
 シュトラッサーの悲鳴が聞こえた瞬間、目の前のヴァニタスがそう呟くのを明音は聞いた。その表情は、どうにも先ほど殺そうとした相手に向けるものではない。
「こんな時に聞くのも野暮だけどさっ」
 炎熱の戦鎚を振り抜きながら、少しだけ聞いてみることにした。
「二人は恋人同士だった! ……違う?」
 振り抜いた戦鎚、後方から飛んでくるソフィアと奈津の狙撃を避けるテルの動きが鈍った。躊躇うようにしながら、口を開く。
「……まだ人であったころの話だ」
 ついで、無造作に振るわれた槍が明音の前を通り過ぎた。
「わっ」
 さらに、思わず驚きの声を上げた明音の足元が紅に染まった。禍しさを含むその紅から、あらゆる全てを殲滅する紅炎が生まれる。
 明音の足元から、炎熱の大蛇がうねりながら宙へ躍り出る。その内に潜む脅威は、思わず背筋が震えるほどで、ほとんど反射的に魔法障壁の柊を発動していた。それでいて、無視などできぬ力の奔流が明音を襲う。それをなんとか防ぎ切った、だがあと一度でも攻撃を受ければ耐えられない。そんな状態に、一瞬で。
 堪えきれない嫌な汗がぽたりと落ちていく。無理矢理に後退すると、入れ替わるように一発の光弾が宙を駆け抜けていった。撃ち放ったのは、ソフィア。
(想い人が天魔に、か。逆の立場だったらあたしもきっとせめて自分で……と思うだろうな。……ごめんね)
 心の中でのみ謝りつつも、容赦などするつもりはまるでなかった。アウルが太陽の輝きを放つ弾丸を、悲しき太陽に撃ち込む。
 が、その一弾は届かない。テルが彼女らに背を向けていた。その方向は彼の想い人のいる場所へ。

●月光は静かに降り続ける。その役目を終えるまで。

 誰かが自分を呼ぶ声がし、そちらに目を向けると……炎槍を携えたヴァニタスが迫って来ていた。
「その使徒を殺すのは、俺だけで、いい。邪魔だ」
 静かにそう告ながら勢いのままに振るわれた長槍は、璃遠の意識を刈り取るには充分だった。

「撤退しましょう!」
 璃遠が崩れ落ちた瞬間、奈津が叫んでいた。戦闘不能者が2名、今回彼女が撤退の提案をするつもりだったラインだ。
「生き残って新情報を持ち帰りましょ。殿は任せて!」
 仲間が顔をしかめつつも頷くのを確認し、テルとルナの前に立つ奈津。そして、その横に夜空が立った。奈津が何かを言う前に、思いつめた顔の夜空が口を開く。
「提案がある。お前たち二人を、久遠ヶ原で保護するというものだ」
 テルが即座に自嘲の笑みと共に、首を横に振った。人であることを辞めた身だ。いまさらそちらに行こうなどとは思わない、と言って。
 ルナもまた首を振る。こちらは、何も語らなかったが。
「……お前たちが人でないとして、だとしたらそれと対峙した俺たちは何だ? 人か? 狗か? ―――化物か?」
 こみ上げる思いを表す夜空に対し、しかしヴァニタスはそれに答えない。ただ、
「もう退け、撃退士。俺は今日はもうなにもするつもりはないのだから」
 とだけ。それに対し、奈津が疑問の声をあげる。
「それは、本当?」
「違うとしても、お前たちにはどうしようもないのが事実だ」
 歯がゆくもあるが、事実だった。もうこの状況に至って、彼らが何をしようとも抑えられない。退くしか、なかった。
 苦い思いを抱きつつも、奈津と夜空が撤退を開始した。間もなく、腑に落ちない結果に思索を巡らす夜空に意思疎通による語りかけが届いた。

『撃退士が何か、か。生前も、そして今も。撃退士は人であり、この身にとって羨望の対象と思うことだけは、言っておこう』

 直ぐさま後ろを振り返り寺院を確認すると、そこには戦闘の残滓だけが残っていた。――穏やかな月光に包まれて。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
戦ぐ風、穿破の旋・
永連 璃遠(ja2142)

卒業 男 阿修羅
乙女の味方・
宮本明音(ja5435)

大学部5年147組 女 ダアト
神との対話者・
皇 夜空(ja7624)

大学部9年5組 男 ルインズブレイド
朧雪を掴む・
雁鉄 静寂(jb3365)

卒業 女 ナイトウォーカー
絆は距離を超えて・
シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)

大学部2年6組 女 ダアト
力の在処、心の在処・
稲葉 奈津(jb5860)

卒業 女 ルインズブレイド