.


マスター:it
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/09/21


みんなの思い出



オープニング

 残暑というのが正しい日だった。日の照りつける街路をゆっくりと歩いていると、だんだん吹き出る汗に辟易してしまう。はやく木陰に入ってしまいたい。そう感じるくらいには、九月だというのにも関わらず、暑い日なのだった。
 今日は平日だが仕事は休み。遠出から帰ってくる同僚と、彼の勧める小洒落たカフェで悠久の時を過ごそうとしていたのだった。
 待ち合わせの場所をスマートフォンで確認しながら歩いていく。地元ではあるが、普段は踏み入れることのない場なので、手探りの状態での移動だった。幸いなのは綺麗に区画された道であるため、歩道も道路も広く、十字に交差する場が多いことだろうか。
 周りにある建物に気をつかって行きさえすれば、迷うことはない。

 しばらく歩いていると、前方から親子が歩いてくるのが見えた。暑い日中だというのに、子供は元気に母親に話かけている。

「おかーさん、おひるごはんなぁに?」

 気持ちのいい笑顔だった。無邪気なその表情は、まだ平和な場だからこそ見れる光景なのだろう。

「そうね……どこか涼しいお店で食べましょうか」
「ほんと!? やった!」

 どこか眩しくみえるその光景を目に収めながら、親子の横を通りすぎると、背後から急に声をかけられた。

「よっす! 相変わらず面白い顔をするね、陽介」
「……ああ。お前か。相変わらず背後に立ちたがる変な奴だな。変態め」

 馴染みのある声だというのに、少しびっくりしてしまった。だがそれを悟らせるのはどうも嫌で、少しばかり言い返してやった。

「こういうやり方は僕の仕事の一つだからね。変態ぐらいで済むなら結構結構!」

 どうやらあまり効いていないらしい。

「おかげで死に損なった、か。まあ無事でなによりだ、佐原」
「おや、陽介がいつになく優しいぞ? なにがあった!」
「……さてね。にしても暑い。さっさと案内しろよ」
「あ、やっぱ変わんない。いつもどおりだね」

 ヘラヘラと笑う佐原を急かしながら、陽介はまた歩き出した。ここからどのくらいかかるのやら。先ほどと違ってうるさい奴が増えた分、到着までの時間と労力が一気に増すかもしれない。悪くないことだが、この日差しだけはなんとかしたかった。



「平日の昼間から男二人でカフェか」
「仕方ないよー。僕たちって休日なんて不定期だし。というか、そんなこと言うと思って、割りと男性向けの店選んだのに」

 そういわれて改めてぐるりと見渡せば、木造りの店内で、華美な装飾よりも、味のあるアンティーク系統の置物が視覚を楽しませてくる。陽介も好みの内装だった。

「そいつはどうも。で、今回はどうだったんだ?」
「んー、相変わらずだね。数はいないから適当に間引いただけ」
「この辺はまだ安全、か。今はでっかいやり取りがいくつかあるらしいし、そっちに掛かり切りなのかね」
「そうだといいけどねー」

 仕事の休み、だからと言って交友を深めるだけではなかった。しばらく会っていなかったために、仕事についての情報交換が今回の目的だった。

「まあだからこそ、俺とお前の二人でもこの街を任せられてるんだがな」
「あれ、まだ4、5人常駐してなかった?」
「ちょうど今朝の出立だ。残ったのは俺とお前」
「そっかー。なにかあったら大変だ」
「なんで笑ってられるんだか。俺は神妙になんもないことを祈るくらいしかできねーよ」

 頼んだブレンドコーヒーを一口すすると、思った以上に美味しかった。

「美味しいでしょ、ここのコーヒー」
「ああ、ビックリした」

 そんな他愛のない話がしばらく続いていたときだった。彼らの休日は唐突に終りを告げる。
 最初に気づいたのは佐原だった。カフェの窓から見える景色がやけに暗かったのだ。まるで、そこが影になったかのように。
 気になった二人が空を仰ごうとした瞬間、轟音が鳴り響く。
 それは、まるで悲鳴だった。あまりにも高すぎる音の波が二人の鼓膜をうつ。一般人よりはるかに高いポテンシャルを持つ彼らが音の影響でふらついた。こんな所業ができるのは、ひとつしか思いつかない。

「さっきのはフラグか?」
「せっかく帰ってきたら今度は地元で天魔って……僕の休みはどこいったんだ……」

 そんな小言をいいながらも、二人はすでに駆け出していた。少しばかり残してしまったコーヒーを惜しみながらも。



「なんだ、アレ……」

 呆然と空を見上げる陽介の口から、そんな言葉がポツリと零れ落ちた。辺りを影で覆う何かがある。
 まず、その大きさが目に付いた。悠々と空を動き回るその姿は、言い知れぬ迫力を見せつける。白く流麗なフォルムでありながら、あまりにも長いその全長は、感動などよりも恐怖を彷彿させた。
 あまりにも巨大な白鯨だった。

「どうすんの、アレ……」
「こいつはちょっと荷が重そうだ」
「……とりあえず避難が先だね」

 降って湧いたような災厄に、思わず舌打ちがしたくなる。どう考えても、二人で対処できる相手ではなかった。すでに騒々しくなってしまった通りを移動しながら、混乱する住人へ声をかけて行く。幸いなこと……かはわからないが、こういったことに慣れた一般人もおり、そういったものに協力を得ながら避難を進める。
 とりあえず、大通りは佐原に任せ、裏路地に入っていく。逃げ遅れた者の確認だった。
 数十秒としないうちに、親子がうずくまっているのが視界に映った。すぐぞばにサーバントがいる。鋭利な歯をチラつかせる、大きな一本角を持った宙に浮くサメのような異形。

「あれは……」

 佐原と会う前にすれ違った親子だとすぐに分かった。あの時に見せていた子供の笑顔は見る影もない。晴れやかな笑顔を浮かべていたことを知るだけに、今の恐怖に染まった顔を見ていられなかった。
 開放したアウルに身を任せ、サメもどきに体当たりをして引き離す。

「早く立て! さっさと逃げろ!」

 なんとか立たせ、大通りの方へ向かわせる。裏路地の目につかない場よりも、佐原がいる分、対処はしやすいはずだ。あれでも腕の効くインフィルトレイターだ。
 とにかく、今はこのサメをどうにかしなければならない。愛用の大剣を活性化し、数合打ち合ったのちに止めを刺す。幸いなことに、阿修羅である自分がそう苦労する相手ではない。体当たりの時に鋭利な鱗で傷を負ったが、その程度。ただ、あのデカイ鯨は手に負えない。すぐに佐原と連絡をとる。

「そっちの状況は?」
「さっきからサメみたいなのが増えて来てる。襲ってはないけど……たぶん人を一箇所に集めてる」
「一気に喰うつもりか、クソッ」
「応援を呼ぶしかないね」
「どこにだ」

 今から間に合うような頼りどころは思いつかなかった。

「いくらなんでも母校を忘れるのはどうかと思うよ」
「あ……久遠、ヶ原……」
「僕が連絡と撤退は受けるから、陽介は敵を引き付けておいて!」

 すっかり失念をしていた。あそこなら確かにすぐ応援を見込める。ならば、あとはそれまでの時間稼ぎか。
 一人で、というのは骨が折れるが、まさか放棄などするものか。
 この街での天魔確認は初めてのこと。いままで平穏な場所だった。今日見たような笑顔がたくさんある場。それを、守りたいと陽介は想い続けていた。
 だから、多少無理があっても成し遂げよう。

「任せたぞ、佐原」
「そっちも。気を付けてね」

 それを皮切りに二人は行動を開始した。遊撃と避難に動く両人が街を救えるかは……救援を求めた久遠ヶ原にかかっていた。


リプレイ本文

 迫り来る白い鮫に対し、愛用の大剣を振り上げる。異様な存在感を放つ一本角を浅めに切りつけて、その反動を利用し白鮫の突進を避ける。飛んだ先ですぐに大剣から鋼糸に魔具を変更し、逃走の気をみせた黒鮫を絡め取った。

「ク、ッソ。数が多すぎる」

 たまらず悪態をつく。すでに陽介の体には鮫肌による裂傷がいくつかつけられ、挙句、動き続けたために汗も酷い。

『もう少し耐えてよ、陽介。いま久遠ヶ原から連絡があったから、そろそろ……』
「待ち遠しい、なッ」

 耳元で聞こえる友人の声に返答し、気迫をともに、黒鮫を地面へ叩きつける。アスファルトを陥没させるほどの衝撃を受けて、黒鮫もまたその命を没した。
 ようやく1。阿修羅である陽介でも10の相手を惹きつけながら、撃破は簡単ではなかった。ここまでかなりの時間をかけ、気力、体力もかなりすり減らしている。
 だからこそ、状況を動かす一手を取ったのだが、その一瞬、他への注意がなくなっていた。

「しまっ」

 離れた位置にいた黒鮫が逃走を開始した。慌てて追いすがろうにも、残りの8体が邪魔をする。
 後退しながら、舌打ちをした時だった。聞きなれない声が耳に届く。

「あなたが、陽介さんですよね」
「応援にきたのです!」

 『英雄』目指し闘い続ける少女、新井 司(ja6034)。
 巫女服に身を包み、足元に白い五芒星を携える久遠寺 渚(jb0685)。
 その姿を確認するな否や、陽介が助けを求める。

「黒を一匹逃した。頼む!」

 頼まれるまでもなかった。陽介が言い切る前に、司は自身の脚部にアウルを集めている。

「私がいくわ」

 瞬間、発した言葉すらそこに置き去るように、天をも踏む歩みが司を黒鮫へ近付ける。

(痛い、だろうけど)

 鈍く光る鮫肌にひるむことはなく。
 渾身のアウルを込めたその拳を、敵に突き刺す。
 振り抜かれた拳から司のアウルが流れ込む。全身に受け止めた黒の鮫は、凍ったように動けない。
 宙を落下する黒鮫は、抵抗を許されることなく司の追撃を受けて地に落とされた。

「黒鮫、一体撃破よ」

 鮮やかな流れに陽介は素直に感嘆し、渚と残りの鮫を逃がさぬように挟み込む。渚は陰陽師、だろうか。盾を持つ姿に違和感を感じはするが。
 当の渚は四神結界を発動し、リブラシールドで黒鮫を逃がさないように立ち回りながら、ふとあることを思い出した。

「そう言えば鯨って元々餌を一箇所に集めて一気に食べちゃう、んですよね……でも、私達をそんな風には絶対させません!」

 脅威となる天魔を、討つために。壊したくないものを、護るために。
 いまこの街に集う撃退士は、みなその思いを心に秘めている。
 確かな決意を言葉にした渚が、黒鮫に符を向ける。霊符から出る澱んだ氣のオーラが黒鮫を包み込み、舞い上がる砂塵へと。
 砂塵が収まった場所には、石化した鮫がそこに鎮座していた。




 通信を介し、順調に鮫が数を減らしている様子を確認する。中華服のパオを着込む少年、九十九(ja1149)は思わず安堵の息を吐いた。彼を中心に早急に立ち上げた連絡網は、この状況で十分に活きている。

(……また鮫かね。もう何度目かねぇ……鮫の天魔と相対するのは)

 かつての鮫型の天魔を脳裏に浮かべながら、ちらりと佐原を視界に収める。この街の撃退士であるという彼と、今しがた通信が繋がった陽介の二人に九十九は少なくない共感を覚えていた。
 自らの故郷とでも言うべき香港に、想いを馳せる。フリーランスとして彼の地で活動することを視野にいれる九十九にとって、生まれ育った地、人々を守ろうとする彼らへの助力に、是非はない。
 自分が同じ状況ならば、やはり、彼らと同じ行動をとる気がしてならないから。
 彼らの望みを叶えるため、九十九の口が開く。

 ――この眼差しは百里を見通す風にならん 力願うは方神を翔駆せし白き風の神 風伯

 彼の周囲を風が渦巻く。幸いなことに強化された視界には、特別な変化はない。特筆するならば、こちらを向く白鯨がいるくらいか。白鯨班の攻撃開始のタイミングは任せているが、開戦の様子はなかった。
 状況を聞いてみるべきか。そう思案し、口を開いたところで、九十九と同じく避難誘導にあたる樒 和紗(jb6970)から敵発見の報が届く。
 黒鮫が二体。索敵を使用していたおかげで、接敵までにはまだ余裕があるらしかった。
 ただ、それでも一般の人々にはいるだけで脅威の存在だ。うねりながら宙を遊泳する異形に和紗の周囲が一様に怯えてしまう。
 だが彼らに反して、和紗は冷静だった。

「俺達が護りますから、慌てずに避難して下さい」

 何も心配などいらない、そう思わせる和紗の微笑みがさざめき立つ彼らの心を和ませる。

(いつ天魔の襲撃があるかわからない、か。平和に暮らすのは無理かしれないけれど、ささやかな平和もあるのですから……俺はそれを護りたいですね)

 心に浮かべる決意を確認し、全体の流れにそって避難を再開した彼らを見送る。直ぐさま和弓を活性化しアウルを込めて、そのまま2射。高まったアウルを察してか、黒鮫に回避されるがこれは牽制だ。気にすることはない。
 発見早々に鮫を対応する3人には援護を頼んだので、そこまで時間稼ぎができればそれでいい。だが、さすがに己の力量では2体の牽制は骨が折れる。敵を射る手は休めずとも、距離は確実に迫っていた。と、視界の端から、黒鮫に接敵する1つ。同じく避難誘導の牧野 穂鳥(ja2029)だ。
 裏路地からの奇襲気味に、彼女から黒鮫の一体へおびただしい量の紅葉した葉が吹き付ける。吹き荒れる風が、鮫を閉じ込めるように紅の葉を纏わせる。
 風が止み、その身体に葉が尽きながら朦朧とした黒鮫を確認すれば、彼女のすぐ傍に蕾が並ぶ。オニユリの柱の如き姿を、連なることで形成するその蕾。帯電をし、宙を彩る姿はどこか幻影的で。
 穂鳥が腕を持ち上げれば、鎌首をもたげ、蕾が膨らみだす。

「あるべき場所へお帰りを。あなた方には文明の森などよりも、光を知らない海の底こそが相応しい」

 振り下ろす腕とともに、宙を雷電が駆ける。その行き先は違うことなく、朦朧とする黒鮫に向かい、着弾した瞬間に雷は体を駆け巡り、残りあるその生命を確実に奪う。
 どさりと倒れた黒鮫が動かないのを確認し、もう一体へ向き直る。

「樒さん、ここは私にお任せを」

 和紗を避難する人々のもとへ行かせながら、彼女は再度、紅く染まる葉を呼びだす。
 体当たりは緊急障壁でガードをし、難なく撃破すると、今度は佐原から白鮫発見の報が届いた。すぐに反転をし、そちらへ向かう。
 数歩進んだところで、炸裂音が空を震わせた。視界の端で、巨体が宙を仰ぐのを確認する。あまりに大きな躰は、太陽の光でさえ遮っている。状況を見るに、白鯨への攻撃を開始したのか。
 そういえば、記憶の中では授業中に雲の鯨に乗る話を読んだような気もする。宙に浮かぶ白鯨に、穂鳥はそんなことをふと思った。





 あたりにアウルをかき乱す悲鳴が広がっていた。音響攻撃による移動不能状態に、斉凛(ja6571)は完全に晒されている。すでにブーストショットを用いて初撃を撃ち当て、すぐに距離をとるという目論見は失敗だ。
 確実に特殊抵抗不足。純白のメイド服に眼帯をする彼女は、さらに生命力の低下を受けて囮をするようだが、どこかの誰かが心配するレベルで危うかった。

「純白クイーンの座は渡しませんわ」

 初撃を打ち抜く前に、そう呟いたそうだが……健闘を祈る。
 予想外の一撃に痛手を負った白鯨は、凛へと向き直るとその口を大きく開ける。そのまま白鯨が迫って来るが、案の定、動けない凛はその大口に銃撃を叩き込むしかできない。口腔内へのダメージは強烈だが、だがそれ故に余計な注意を引き付ける。
 白鯨の横腹に、スナイパーライフルを持つ和装の青年、鳳 静矢(ja3856)の一撃が突き刺さるが、それすら意に介さない。ルインズブレイドの彼がスナイパーライフルを持つことに疑問はあろうが、しかしその威力は折り紙付きのものだ。
 凛が動けないことを敏感に悟っているのか、その進行が止むことはなかった。

「さすがに……」

 銃撃を続けながらも焦り始める凛。予想以上に移動不能の効果が長かった。だが動けぬのなら撃ち続けるまでだ。手汗を滲ませながらも、グリップを握りこむ。

「斎殿、無茶しすぎじゃの!」

 不意に凛の体が持ち上げられた。そのまま、一気に視界が流れ、白鯨が目前を通過するのを見やる。ビルの上から、路上に下ろされた凛は、自分を持ち上げた悪魔を視界に収めた。

「助かりましたわ、橘様」
「ほむ、なかなか厄介なものじゃの、あの音響の攻撃も」

 きのこを愛でる不思議な悪魔、橘 樹(jb3833)がきのこを片手に宙に浮かんでいた。そのきのこをそのまま口にいれ、一言。

「このきのこさえ食べれば、わしは飛べるの……!」

 飛行が苦手な彼は、今の一幕も苦労したらしい。大好きなきのこで自己暗示をかけている。
 そこに静矢が白鯨へ狙撃を続けながら加わる。

「2人とも、無事か」
「はい、なんとか」

 無事を確認した三人は、すぐにまた散り散りなる。
 ハウリングの厄介さを目の当たりにし、静矢はさらに白鯨への攻撃の手を早めていく。先ほどの食らった時も自分はすぐに回復したため、特に心配はないだろうが、凛へ向かわせるのは不安がある。
 彼の一発は確実にダメージは大きな一撃。白鯨の巨躯が、今度は純粋な悲鳴音を周囲に響かせる。たまらず反り返るその姿は、人間界最大の生物であったころ、まさに白長須そのものの姿。
 サーバントとなっても、その美しさは変わらない。だが。

「お前の相手は私だ!」

 敵は、敵だ。
 今度は通常の一撃を一発加え、さらに挑発を加える。白鯨のぎょろりとした目が、静矢に向いた。それを確認した静矢は射程の範囲を保ちながら後退し、さらにもう一発。


 確実にダメージを受けながらも、尚もひるまない白鯨の側面で飛行しながら、樹も和弓で攻撃を続ける。飛行し、距離が近い分、巨躯にはずすことこそないが、巨大な尾の一撃をもらうのは避けなければならない。見るからに質量のあるあれを受け止めれる気はしなかった。
 注意深く用心する樹の前で、白鯨がピタリと止まる。

(なにかくるかの)

 何かが来る、と思ったときには白鯨はその身体を横たえていた。樹に腹を見せる形で。
 瞬時に何がくるのかは分かった。目の前で回転を始めた白鯨の巨尾が周りの空気を巻き込み、鈍い音と共に樹に接近してくる。急ぎ高度を落とすことで、頭上スレスレの所を寸の間に抜ける。

「あ、あぶなかったの!」

 用心を怠っていればくらっていたかもしれない、その安堵から、胸をなで下ろした樹に、凛の声がかかる。

「橘様、上ですわ!」
「んむ?」

 彼女の忠告に空を見上げた樹の視界に太陽はなく。暗赤色の空洞が迫っていた。一瞬で冷や汗をかく樹の全てを、白き巨躯が飲み込んだ。

 直ぐさま、静矢と凛は迷うことなく目や口元への銃撃を開始する。だが、固く閉ざされた口に開く様子はない。むしろ、そのまま上昇を開始し始める。
 まさか、逃げる、か。二人の間に緊張が走る。

「させるものか!」

 静矢が強撃の一撃を白鯨に叩き込む。一際大きな穴がその下腹にあいた。これで、と思うが樹がでる様子はない。代わりに白鯨の音響攻撃が静矢と凛を襲う。
 瞬間の硬直。その隙に白鯨はさらに高度を高め――自身の持つ吹き穴から、アウルを噴出させた。
 勢いよく出るアウルは下降し続ける度に範囲を増し、二人に降り注ぐ。静矢は護法で防ぐが、凛は防ぐ手立てがなく……地に伏した。
 剣魂を使う必要が出るほど、大量のアウルの雨を食らっている。凛は起き上がる様子はなく、樹は飲み込まれたまま。現状を確認して芳しくないことを悟る。

「ぬおおおおお!?」

 緊張する静矢に、どこか場違いな声が響く。声がする上を見上げると……きのこ系悪魔が落下してきていた。
 飛行が苦手な彼だが、さすがに地面との接触は望んでいないだろう。翼を実体化させ、落下を食い止める。

「あの体の中で暴れた甲斐もあったの」

 身体は見るからにボロボロだが、どこか元気だった。静矢も安堵するも、すぐに凛を思い出す。樹も気付き、すぐに回復を行うと、幸いなことにすぐに意識を取り戻した。

「ご迷惑を、お掛けしましたわ」
「……そろそろ誘導を開始しなければ持たない、か」

 明らかにこちらの方が不利。できるのなら、早急に討伐してしまいたいところだった。
 そこに九十九からの連絡が届く。避難完了、鮫を僅かに残すがいつでも合流可能だと。
 あとはここの三人で白鯨を大通りが十字に交差する、開けた場へ誘導するだけ。

「もうひと頑張り、するかの!」
「ええ。よそ見なんてさせずに引きつけますわ」

 とある街を救う戦いが、終局へ向かい始めていた。



 幻影の蛇が白鯨へ噛み付く。毒を孕んだそのアウルが、じっくりと牙から広がり出した。渚の放った蠱毒だ。誘導場へ一番初めに居た彼女が、おびき寄せられた白鯨に最初の一打を放っていた。
 すかさず弓矢と銃弾が白鯨を穿てば、衝撃に耐え切れない白鯨が高度を落とした。弓は暗い紫の風を纏う九十九が、銃弾は佐原が放ったイカロスバレッド。
 高度が下がった白鯨に、静矢、凛、司の銃口と和紗の和弓が向けられた。

「一気に片を付けるわ」

 司の言葉を皮切りに、四方からスキルが飛び交い、ヒレ、目、口と狙いやすくなった急所に風穴が刻まれて行く。無論そのままでいられない白鯨も暴れるが、陽介が闘気解放、練気の一撃で巨尾を根元から切落とし、穂鳥の出す蕾の雷撃がその傷口から体内を荒らし尽くす。
 すでにその巨体には数え切れぬ傷が刻まれ、かつてあった美しさはもうそこには見受けれない。しかし、ゆっくりと、その身体が上昇を開始する。身体を波打たせ、天へ逃れるように、ゆっくりと。

 満身創痍のその宙浮かぶ白き鯨は―――しかし、二度と天の光を遮らない。

 一筋の矢がその身体を貫いた。

「逃がしは、しないさね」

 力を失った白鯨は地に堕ち逝く。
 低く穏やかな音色を、訪れた街に響かせて。
 きっとそれは、白の鯨が生きてた頃に響かせた音。



 天魔襲来のあの日よりも幾分涼しい日中のこと、2人の撃退士がとある街の小洒落たカフェで珈琲を飲んでいた。
「あの時はなんとかなってよかったね」
「まったくだ」
 2人が、つい先日助力を得た8人を思い出す。
「ほんとに、助かった」
 感謝の念を呟くその彼の視界には、店の外にある小道で元気に笑い合う親子。思わず頬が緩み、だがそれを目の前の友人に悟られないようカップを口元へ。
 しかし……先日は残してしまった好みの味は、いつのまにかなくなっていた。
「あ、にやけてる」
「うっせ」
 素っ気ない返事を返しながら、しかし彼は思う。
 守りたいものは、守れた、と。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 万里を翔る音色・九十九(ja1149)
 撃退士・鳳 静矢(ja3856)
 紅茶神・斉凛(ja6571)
重体: −
面白かった!:4人

万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
喪色の沙羅双樹・
牧野 穂鳥(ja2029)

大学部4年145組 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
新井司(ja6034)

大学部4年282組 女 アカシックレコーダー:タイプA
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
未到の結界士・
久遠寺 渚(jb0685)

卒業 女 陰陽師
きのこ憑き・
橘 樹(jb3833)

卒業 男 陰陽師
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター