今回引き受けた依頼の詳細を反芻しながら、ヘリオドール(
jb6006)はふと天界にいた時のことを思い出した。標的となっているのは、サーバントとディアボロ。どちらにしても、より巨大な力を持つ者の尖兵でしかない。
(でも、だからって放っておいていい訳じゃない、ですよね)
依頼の目標は天魔の完全な殲滅。取りこぼしは許されない。望まれぬ戦いを収めるため、彼女は転移装置へ飛び込んだ。
次第に強くなる雨の中で、小田切ルビィ(
ja0841)とあまね(
ja1985)は校舎の屋上でグラウンドへ目を向けていた。
「ディアボロとサーバントの争いか。面白い見世モンだが、このまま共食いさせとくって訳にも行かねぇのが辛いトコだぜ」
「ぜったいに逃がさないのー」
「ああ。だが今は“不動如山”――均衡が崩れるのを待って介入する」
今回の作戦は、端的に言ってしまえば漁夫の利。
均衡が崩れたところを、挟撃によって片陣営づつ撃破する。ルビィとあまねはそのサーバント対応班だ。ただ、結構な時間がたっているが未だにその様子はない。すぐに変わるというわけでもなさそうだった。
生憎の雨でなければ、天魔たちの戦いをフレームに収めてもいいかもしれない、とルビィの思考がそれるくらいには。
学園から支給された双眼鏡で件の天魔の戦いを見ていたユウ(
jb5639)が、首を振りながらそれを仕舞いこんだ。その様子にViena・S・Tola(
jb2720)が首を傾げる。
「どうか…されたのですか…?」
「グリードウルフに個体差でもあれば、と思ったんですけど、意外に難しいんです」
留まっているのならばともかく、動き回っている敵を観察するのは骨が折れる。さらに現在は、少なくない距離と降り続いている大粒の雨がそれを邪魔していた。
「この雨、すごいですよねー。早めに止むといいですけど…」
「天候に留意、と僕も聞いてきましたが…予想以上、ですね」
グラウンドのやや端にある器具庫の裏手に待機しながら、エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)がナチュラルに抱え込んだヘリオドールとそんな話をする。側面から顔を出して戦闘を見るヘリオドールを、既に天使の翼を顕現させたエリーゼがさらい上げてたのだ。戦闘に目は向けているが、注意はヘリオドールへ向いている気がしないでもない。
ちなみにヘリオドールの抵抗は上級生に対する遠慮と、宿命的なカオスレート差に奪われているようだ。
「ですが…ここにいる四人に留意と言うとしましても…」
Vienaの発言に天使と悪魔が苦笑した。例え阻霊符があろうとも、水溜りならばともかく、雨粒には透過することができる。
『ちなみに、こっちはずぶ濡れです』
しばらくの間、雨にさらされ続けている四条 和國(
ja5072)からの通信だった。魔装が天候に左右されないような加工をされているとはいえ、気にはなるのだろう。不満がでるのも無理はない。
しかし、先ほどから和國はこうして偵察と連絡を引き受けているのだが、悪天候を耐え忍びながら、集中を欠くことなく天満の争いを注視しつづけている。撃退士は身体能力こそ常人の比でなく高いものだが、それに伴う精神力はそう簡単には得られない。彼の持つそれには、自身の過去が充分に作用しているのだろう。
『そろそろ、戦闘準備、お願いします』
自分たちが身を隠している器具庫からでは、どうしても詳細な戦況が分かりづらいだけに、これは四人ともにありがたかった。
和國に従い、Vienaとユウも闇の翼を顕現させ、ヘリオドールは地面へ降り立ち、阻霊符を取り出しておく。
開戦まで、もう間もない。
「さて、天秤はどちらに傾くのやらな」
小さく呟いたのはヴィンセント・ライザス(
jb1496)。彼もまた和國と同じように潜行しながら戦況を見守っていた。その鋭い双眸は、天魔が揺らす天秤の秤をジッと見つめ続けている。天へと向くか、冥へと向くか。興味という点で言うのならば、それを見て終わるのも一興なのかもしれない。
しかし、天秤の役目を果たさせる訳にもいかない。二つのバランスが崩れたとき、その時は同時に台座に破壊をもたらせねばならない。
ヴィンセントの瞳に、グリードウルフのミスが映った。ぬかるみに足を取られてのよろめき。
(透過能力を利用して、足場環境も無視するほどの知恵はない、か)
均衡状態において、それは確固たる現状に亀裂が走った証だった。すぐに態勢を整えれないでいるグリードウルフへ、一筋の銀線が向かった。回避の動作すら取れぬまま、側面に大きな裂傷が開く。見るからに大きなダメージだ。
しかし、傷を負いながらも、グリードウルフは自身を傷つけた盾の銀騎士を睨みつけていた。一歩踏み出し、反撃しようと吠え猛る。――が、そんな姿を嘲笑うかのように、上空から双振りの剣がその首へと突き刺さった。
引き抜きざまに首を刎ねる双剣の銀騎士を見ながら、ヴィンセントは天舞ウ蝶を活性化させる。
天秤が――傾いたのだ。
『グリードウルフが一体死亡。同時にディアボロ側が後退を始めました。それに追走してサーバントも移動しています』
和國からの連絡を受けた瞬間、ルビィとあまねは屋上から飛び降りていた。軽やかに着地すると、すぐさま疾走する。
「サーバントどもを引き付けるぜ。頼めるか?」
『了解です』
天魔は校舎から離れて器具庫のある方へと向かっている。わざわざ戦力を分断したのは、陣営を分けて混戦を避けるためだった。なんとしても、サーバントは引きつけておく必要があった。
サーバントへと視線を向けると、和國がグリースで双剣の銀騎士を拘束していた。しかし、周りの盾の銀騎士はフリーのままだ。急いで援護にいかねばならない。
とは言え、和國とて経験を積み重ねた鬼道忍軍の一人だ。手裏剣や忍術でうまく引きつけながら下がってきている。
サーバント側も二人の撃退士に気付いたらしい。盾の銀騎士がそれぞれ左右に前に出て、双剣の銀騎士はその中間で一歩引いた場を位置取る。
その隙間を駆け抜ける小さき影が一つ。あまねだ。
「…誰も居ないとこでやれ、なのー!」
気合とともに飛び上がったあまねの手には、アンクロッドが握られている。それが双剣の銀騎士の頭部へと正確に叩きつけられた。
「ぐわんぐわんなのー。大人しくそこにいるのー」
彼女が放ったのは兜割り。頭部へのダメージで銀騎士がよろめいて動けない。
それを確認したルビィが側面を取りに動く。
(盾のヤツらだけになっちまうが、仕方ねえか)
二人の盾の銀騎士が一直線にくる位置に来ると、腰だめに構えた鬼切をひと思いに振り抜く。刀身に溜め込まれたアウルが解き放たれ、盾を構えさせる前に銀騎士を飲み込んだ。
「――お取込み中失礼します、…ってな! 」
背後を取ることはできなかったが、側面からの攻撃は確実にダメージを与えた。しかし、思ったほど外見に変化がない。
一番の威力を持つルビィの攻撃でこれだ。確実に長丁場になるだろう。ディアボロ班が手早く応援に来るまで、三人で耐えなければ。
グリードウルフの口が開いたのを確認して、エリーゼはさらに高度を高めた。迸る雷電が自分の真下で広がるのを確認しながら、腕を天へと向ける。
「こういうのは、どうでしょう?」
笑顔を浮かべながら、その手をふり下ろせば、瞬く間に光の奔流がグリードウルフを飲み込んだ。
三体を上手く範囲に捉えた一撃ではあったが、一体がそこから、かろうじて逃れた。その個体がそのまま近くにいたVienaへ噛み付こうと飛びついていく。半ば苦し紛れの一撃だ。翼を使いながらその攻撃を避け、アンドラスソードで切りつける。力に頼る攻撃ではないため、刃自体は避けられたが、その直後に等身から出たアウルがグリードウルフを吹き飛ばす。
それを横目に見ながら、ヘリオドールは磁場形成を活かして音もなく移動をし、エリーゼのジャッジメントを耐えた、ブレスを吐くグリードウルフを射程に収める。
ヘリオドールの持つ蛇図鑑が一人でに開き、奇怪な魔法陣から蛇が這い出る。ヘリオドールの指示の元、グリードウルフの喉元へ食い破いた。
連続の戦闘とエリーゼの魔法に加えての追撃で、すでに毛皮は焼け焦げ、身体中から血が吹き出ている。倒れていいはずだ。だというのに、未だ倒れなかった。
「こんなに、しぶといなんて…」
戦闘が開始してしばらくがたっている。最初に挟撃の形を取るという作戦は失敗し、ディアボロとの正面衝突という形になった。グリードウルフが接近してくるため、うまくヴァンパイアへの攻撃は仕掛けられない。
さらにグリードウルフは回避が高く、こちらの攻撃はまともにあたらない。例え命中しても、耐久力まである。
苦く思わずにいられない。だが、グリードウルフは限界の手前で、立っている。死する寸前であるのだ。
グリードウルフが死力を尽くして一気にヘリオドールの距離を詰める。
「ヘリオドールさん!」
ユウが思わず声を上げた。すぐにヘリオドールも危険を悟るが、思考を奪われたせいか一瞬の間が空く。思い切り体を捻って宙へ投げ出すが、回避仕切れない。2メートル大の巨体が当たり吹き飛んだヘリオドールは、動かない。そして、グリードウルフもまた地面へ伏した。
「そんな…」
ユウが呟いたその直後、ガラスが砕けるような音がした。発生源の方向へ視線を向ければ、よろめくヴァンパイアが。そして、その先にヴィンセントがいる。すぐに彼からの援護だと理解した。このタイミングを逃すわけにはいかない。
思考するよりも早く、ユウの持つベネボランスが紫焔に包まれた。知覚するより早く、体は敵へ向かっていた。その一閃、まさに鬼神の如し。繰り出されたその槍は、ヴァンパイアの右脇腹を貫いた。
ヴァンパイアが狂ったような悲鳴を上げる。そしてその眼を紅く光らせた。怒りに狂う眼光が、ユウを貫く。
「あ……」
その眼をみた途端、ユウは自身の身体が動かなくなるような錯覚を覚えた。その停止しそうになる思考をなんとか振りほどき、翼で上空へ退避する。
「あ、危ないところでした」
おそらく今のが魅了の付与行動だろう。抵抗に成功したとは言え、一瞬でも自分の身体が動かないことには恐怖を覚える。衝動的に、空へ逃げてしまった。
その隙にヴァンパイアが猛然と移動を開始した。さらに指を鳴らすと、Vienaとエリーゼが対応してたグリードウルフまでも身を翻して追走する。
ここでいち早く、ヴィンセントがヴァンパイアを追走。そして、彼の身体を中心に、グラウンドの姿が巨大な花畑へと変化してゆく。
「どこへ逃げようというのかね。まだパーティーは終わらぬというのに」
その一言を皮切りに、大量の蝶が花畑へと現れた。その蝶は一直線にディアボロどもへと吸いこまれてゆく。残る三体のディアボロが一様に足を止めた。そして、そのままグリードウルフはどさりと倒れ込んだ。
ヴァンパイアを睡眠まで追い込めれば最良だったが、結果として二体のグリードウルフを眠らせるだけにとどまった。
深追いしても仕方ない。一度距離を取るべき。そう判断して――ヴィセントに何かがぶつかった。グリードウルフの攻撃なのはすぐに分かった。しかし、なぜ。
そこで思い出す。ヴァンパイアの補助魔法。迂闊、だった。視界の中で、魔法の槍をその身に受けるヴァンパイアを見たあと、ヴィセントの意識は暗転した。
一つ。二つ。三つ。四つ。銀の騎士達が振る、彼らが降る斬撃の数だ。戦闘が開始して早々の奇襲は、悪くなかった。朦朧状態へと陥った双剣の銀騎士に、三人がともに攻撃を叩き込み、かなりのダメージが通った感触があった。
ただ、その後に至っては、双剣の銀騎士は仲間を上手く使って前線に出ることなく、隙を見ては双剣を鋭く突き入れてくる。それこそ見事に連携を取り、無理にもう一度飛び込もうとしたあまねは盾の騎士からカウンターで一度負傷している。脚部を斬りつけるというえげつない行為すら行ってきたくらいだ。そこからはルビィが前衛、あまねと和國は遠距離からの遊撃というスタイルをとっているのだが……当然の如く、ルビィの負担が大きかった。
三者からの攻撃を全て受け切る姿は、さすが歴戦のルインズブレイドたる姿であろう。しかし早々にシールドは切らしてしまい、今はケイオスドレイトでなんとか凌いでいる。致命傷こそないが、身体には切り傷が無数。あまつさえ雨が体力が蝕んでいた。
かなり危機的な状況だ。いつ自分が倒れてもおかしくない。だというのにルビィはその顔に笑みを浮かべた。
「ディアボロ班が殲滅を完了したみたいです。気絶した人も回復。全員で援護にきてもらえます!」
「ようやくなのー」
「……――あんたら、そろそろ仕掛けるぜ?」
「了解です」
「がんばるのー」
それぞれが自分の獲物に持ち替え、最後の闘いが始まった。
八つの影が舞っている。三つの影は、その場からまるで動けない。雨が降り続くその中で、撃退士の舞闘がそこにある。
「護るために…断ち切らせて貰うよ…」
血霞を持った和國はもう遠慮することなく、全力の接敵を行う。ひたすらに速さを乗せた一撃は、ついに猛攻に耐えきれなくなった盾の銀騎士を二つに分けた。
すでに一体は倒れており、残りは双剣の銀騎士のみとなった。自分の状況を悟ったのだろう、和國の攻撃が決まった時にはすでに上空へと高々と飛び上がっていた。しかしここに来て逃がすわけにもいかない。エリーゼのブリューナク、錬気を込めたユウの槍が、再び最後の銀騎士を地面へ送った。
「これで、終わりだぜ!」
ルビィの足元に集ったアウルの爆発。蹴り上げた地面が窪みを残した最後の一撃は、見事に銀騎士の首を刎ねていた。
かくして、人間界の片隅で起きた天魔の舞踏は終わりを迎えた。
戦闘を切り抜けた八人の撃退士たちは、救急セットでの応急手当や損害の補修の申請やらをしながら、ルビィの発案によって周囲の探索が行われた。予想以上の統率を見せた天魔に、指揮官などがいなか確認のためであったが収穫はゼロだった。
結果として謎は残ったままであったが、依頼は見事に成功。八人の撃退士は互いを労いながら、学園へ帰還していった。