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マスター:it
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/05/02


みんなの思い出



オープニング

「まったく。お前という男は。私がお膳立てを幾分としておきながら、どうしてその思惑通りに動かないのか」

 頭の中で主の言葉がリフレインされる。

「それは未練か、それとも境界への忌避か」

 ぶつけた視線をすぐに逸らしたことを思い出す。

「今一度、貴様に言おう。お前はテル・ソレーユ。目的のために手段を選ばず力を得ようとした、冥に属する一員だ。決して、最早ヒトではない」

 黙る自分に、主は溜息をついた。

「……自由を与えたことが間違いか、判断するのは早計だが、考えを改めたくもなる」

 言葉を発することなく背を向けると、奴の声が己に降りかかった。

「未だその手は死の味を知らぬ手だ。死という色に染まらぬ身だ。そのまま逃げた先には、己の死が口を開けて貴様をまっているぞ、テル?」

 心の中だけで、その思いの丈を返しておく。口にすることはないけれど。




「やれやれ。最近は特に忙しいね」
 拘束のために作り上げたアウルの鎖を消して、御堂涼奈が一息ついた。共に戦った同僚と労いの言葉を掛け合って周囲を確認する。
 薄汚れた道路。倒壊するビル群。暖かな陽気に包まれれど、閑静でひと気を感じない。一ヶ月もしない過去に、ここは活発な街並みであったとは信じられないほどに。
 現在、テル・ソレーユ(jz0281)による被害で壊滅した一つの街は、とりわけ悪魔や天使に占拠されるわけでもなく、しかし、野ばらしに放たれたと思われるディアボロやサーバントが度々現れる地域となっている。これが決して少なくなく、未だ被害の少ない近隣の街を守る防波堤として撃退士が毎日巡回をしている。
 とりわけ、先日、テル・ソレーユがすぐ近くの街に出現するも、人的被害は一つもなく日中が混乱に陥るという事件があってからは、周囲の警戒も日を追う毎に強固なものになっている。
 その日を境に、移住するものが増えたという。これから予定しているものも。だが、そうは言ってもここはまだ多く人の住む街を守るために警戒をしなければならないし、手薄にするわけにはいかない。疲労が積み重なるほどではないため、未だ不満はそこまで出てはいないが、それも時間の問題と言ったところだろうか。
「とりあえず、今日は帰った方がいいかな」
「そうですねー。なんだか最近天気も気まぐれですし、早く帰りたいです」
 私、洗濯物がいつも気になっちゃって、と笑う後輩に私もだよ、と返す涼奈。
 今は暖かな日差しが降り注いでいるのだとしても、この時期は案外、天候が変わりやすい。
 涼奈たちは6人編成の班で行動している。この街で稼働する撃退士は一先ずこの組み合わせが基本だ。それを大抵4〜5を散策させつつ天魔の撃退、そして防衛ラインとしてこの街から隣接する非被害地区より数キロ先に常時警戒員を配置している。現状はこれでなんとかなっている、が、正直これ以上は増強が厳しいとも聞く。
 ともあれ、時間的には活動を終える頃合いとなった鈴菜の班は、奇襲に備えた陣形を組みつつ、索敵を並行して移動してゆく。存外、これが時間のかかるものだった。比較的機動力の高いメンバーを集め、かつ火力を保持したメンバーと、鈴菜による敵拘束特化した彼女らのメンバーは、割合多くの天魔を仕留めて行くため奥地へと行きやすい。彼女らの本拠地へと到着するまでの時間は、2時間はかかる計算だった。
 ともあれ、ゆっくりではあるが彼女らが移動を始めて一時間ほど経った頃。雲行きが怪しくなり始めた。ほどなくして冷んやりとした空気になる。
「寒いな……」
 仲間の一人がぽつりと呟いた。
 肌寒い時はどこまでも冷たくなってゆく。そんな季節だ。ひんやりとする、しっそりとした街の跡地に声が消えてゆく。
 響かせるのは靴音と警戒方向に向ける武器の音。それがまた少しだけ続き、ポツリと。
「雨……」
 道路に染みを一つだけ作った雫に、涼奈が反応した。それを皮切りに。雨粒はその間隔を短くして地面へと打ち付けられる。そんな中で。

 それは唐突に響いた。

 爆音。

 一つ。いや、続けて立て続けに三つ、四つ。もっとか。

「戦闘音……? 随分と大きいね」
「妙、ですよね。激しい音が生むようなものは控えるように、私たちですら言われてるのに……」
 隣接地域はまだ人口は多く、その面々を気遣って元市街地の場とは言え音には気を付けろ、という命令がそれを気にするまでもない戦い方の彼女らにまで渡ってきている。それだというのに、今響いた音はあまりにも大きい。
 不思議に思いどうするべきか、それぞれ思索を巡らせる、と。
 今度は通信機から連絡が入った。
『至急連絡。現在、サーバントの反応多数増加。街中央部に転送されています』
「了解。すぐに向かいます」
『いえ、現在は待機を願います』
「待機? どうしてだ」
 オペレーターが返答を躊躇った。そして。
「……テル・ソレーユが、出ました。こちらは防御体勢を整えるので動向を考慮のち、各班に指示を通達します」



 学園側に一つの緊急依頼が舞い込んだ。テル・ソレーユ。それの足止めをする依頼だ。

 


リプレイ本文

 雨が段々と強くなってていた。自身へ打ち付けられる雨粒を、されどそれを取り立てて気にすることもなく。ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)は手に持った髑髏をゆったりと撫でていた。灰色の髪は雨露に濡れてさらに暗く見える。
「そろそろ……かな……」
 大通りに面したビルの影で、少女がポツリと声を漏らす。待つは己に太陽の言葉を冠したヴァニタスだ。
 そして雨音が響く中、彼女の通信機が着信を告げた。

 ビルの中で身を潜めながら、不知火蒼一(jb8544)は通信を受け取った。ヴァニタス発見を知らせるそれは、外の様子が分からない彼にとっては非常に有難いものだった。仲間より遅くの行動で、敵が注意を向けてないうちに一撃を叩き込むつもりだ。
 少しずつ、緊張感が高まっていった。


「まったく。厄介さねぇ」
 仲間にテル及び八咫烏の発見の報を伝えると、九十九(ja1149)はやれやれといった体でため息を零した。
「発見は出来ても、こちら側が先手を打つのは難しいか」
 すぐ傍で黒須洸太(ja2475)が顰め顔をする。次第に雨脚は強くなり、時間とともに心持ちはどうしても下がる。
 状況がそれを少し後押ししていた。
 九十九のテレスコープアイ。視力を強化するスキルにより、九十九は八咫烏とそれに騎乗する赤鎧のテルを発見した。
 だが。
 九十九が八咫烏をその目に収めた瞬間。八咫烏と目が、合わさったのだ。
 仕方なしとは思える。彼も、そして洸太も、テルとは一戦を経ている。だが、それでも有利さをとれないのは歯痒く思うしかなかった。

 そこからそう遠くない場所にて、エリーゼ・エインフェリア(jb3364)とキイ・ローランド(jb590)の二人も待機していた。今回は九十九を洸太が、エリーゼをキイが護る形をとる予定になっている。
「足止めは難度が高いですよね……」
 エリーゼが声を零した。しかし前回の交戦でも、彼女はテルによる攻撃で、洸太の庇護を受けながらも二人共に重体となった。
 それを回避する考えはあり、用意してきている。そして今回も守ってくれる人がいる。ならば頑張る他ない。そう心に決めて空を見上げた。暗がりをもたらす雨空へと。


 長く伸ばされた髪。その髪が雨に濡れて重くなる。ふと、己の心もそうあるような気さえする。
 弥生丸輪磨(jb0341)は思いに耽る。テルは、何を思い、この場に来たのだろうか、と。自然の摂理に視界を奪われるも、少し遠くに、テルが見える。いま、彼は進行を留めて宙へ待機してた。
「前の様に、大人しく戻っては……くれなさそうだね」
 躊躇うように、思わず唇から音が零れた。微かに漏れたそれは、少しばかり面識のある御堂涼奈の耳に届いていた。
 淡い期待はできないですよ。と、涼奈は言った。それに輪磨は小さく頷いて返答する。
 テル・ソレーユは手に弓を持ち、炎纏う八咫烏が前進を開始していた。

「……リンドウみたいな奴……」
 セメントに叩きつけられる雨音にボソリと音を紛らせた南條侑(jb9620)。彼は、ビルの屋上で待機していた。進行する敵を視界に入れ、飛び出すタイミングを測る。通り際に一射。タイミングは逃せない。けれど、思考は少し逸れていた。
 日中にその猛威を奮うヴァニタス。まるで、晴天の時にその晴れ姿を見せる、竜胆のようだ。
 それは、陽への憧れなのか。そう思考を深め、けれど、それを断ち切る。恐らく仲間も行動を開始しているはずだ。自分も可能なことはこなさなければならない。そろそろか。身体を乗り出し、射撃の体勢を整える。
 その時だった。また、敵が止まった。地上に視線を這わすと、ベアトリーチェとエリーゼは各々の翼で宙に浮き、キイ、洸太、九十九、現地撃退士の4名が距離を詰めている。輪磨は誰とも遠すぎない位置だろうか。回復に専念すると言っていたことを思い出す。
 しかし、誰からの射程よりも、テルは遠くにいた。
 その場所で。奴は弓を片手に、一本の矢を引いた。進路の上空へと向けられた鏃に、なぜか少しの不安を感じた。
 テルの手元から炎が生まれ、それは矢と共に空へ打ち出された。上空へと飛ばされたそれが侑の視界を猛然と突き進み、雨空を裂く。
 そしてそれは、雨空の中、花咲いた。
 ズン、という奇妙な音と共に一つの矢は弾け散り、幾多に散らばる炎の雨粒が侑たちに降り注ぐ。
「聞いてないぞ、こんな、攻撃!」
 視界に収めた瞬間、すぐに手頃な場所にあったタンクの影に身を寄せる。毒づく彼は、あることを思い出した。大量に現れたサーバントは、そこのヴァニタスが粗方処分したという。つまり、大多数を相手にするには厳しいテルがそれを可能にしたものは。これか。
 タンクが音を立てて爆ぜ、水を撒き散らした。それに紛れて一つ、矢が自分にも襲いかかった。
「ッァ!」
 炎で形作られた矢が、片腕を裂いていた。堪らず声を上げる。いまだ降りしきる炎の雨。そして傷口へ入り込み続ける雨露が侑へ痛みを与える。
 けれど、それくらいで留まる程ではない。
「これくらいで、諦めるわけないだろ」
 誰に飛ばすでもなく、むしろ自分を叱咤するように声を吐き出した。多少傷付きはしたが……いける。そう判断した侑は、敵へと視線を飛ばした。そして、進む烏にFeroce M2の音波を叩き込むのだ。



「下がって。自分が前に出る」
 キイの声だ。全員が大なり小なり傷を追ったが、キイや洸太にとっては支障はほぼないレベルだ。
 しかし、全員が無視できるものではない。ベアトリーチェはその最たるものだ。
「いた……い……」
 ベアトリーチェが苦痛に歪ませた声をだした。召喚したヒリュウがで防いではいたが、それも限界がある。四肢はすでに傷を負った彼女にヒリュウが潤んだ瞳を向けてきた。
 弱々しい笑みで答えるベアトリーチェ。けれど、退くつもりはなかった。仲間は下がれというが、自分が下がれば目の前のヴァニタスはここを突き切る。それは阻止しなければ。
「私が……止める……」
 すでに敵は飛来していた。その進路を塞ぐように、陣取る。決して退かない意思を込めて。
 あと少しというところで、テルと目があった。と思うや八咫烏を踏み台に、ベアトリーチェの元への飛び込んできた。
 ヒリュウが主を庇うように前に躍り出る。けれど、目の前のヴァニタスは手の内の朱槍を躊躇いなくヒリュウごと、主の元へと叩きつけていた。
 急激に衝撃を受けた彼女の視界に写ったのは、雨と共に地へ降り立つ赤鎧の男の姿。
 声に出せぬけれど、ごめんなさい、と謝り、彼女の意識は幕を下ろした。



 地に降り立った、テル。それを撃退士が出迎えた。
「撃退士か」
 雨音の中でも、その声は不思議とよく聞こえた。
「待ちかねていたよ。まだ、借りを返してないからね」
 ただの様式美だけど、と言いつつ、洸太が答えた。
 言い終わるや否や。テルが後退し距離を取りつつ周囲を見渡す。そこに見慣れた顔を認めたのだろう。表情が曇った。
「あの天使と……」
 その先は言い澱んだ。どこか迷いがあったのかもしれない。だが直ぐさま、戦人の顔となる。
「貴様たちが俺の行く道を邪魔するならば、是非もない。全力で――押し通る!」
 音もなく、炎の槍が飛来した。狙いは、エリーゼ。だが彼女を護るため、キイが地を蹴り、その進路に盾を翳す。
 瞬間、轟音。キイの身を衝撃が襲う。盾すら抜けるソレが全身に渡り、追撃に爆発。盾を縫って叩きつけられる暴風に体が捩れそうになる。
 けれど、耐える。超えた死線が、鍛え上げた装備が彼を支えている。だからこそ、不敵な宣言もできる。
「僭越ながら自分が彼女の盾を担わせて貰う」
 静かな闘志を、敵にぶつけた。
 舌打ちをするテルが炎槍を作製しつつ周囲を見渡す、と、頭上の八咫烏へと弓を引く九十九に目をつけた。八咫烏は屋上にいる侑と戦闘中だ。それを邪魔されるのを嫌ったか、炎槍を一射。
 されど、今度は洸太。その進路を邪魔すべく身を置く。そして、古き真言を紡いだ。
「オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ……蓮華王傍牌!」
 瞬時、彼の前に美しき龍を表面に宿す盾を呼び起こした。そこに炎槍は着弾。一度味わった衝撃が身を貫いた。多少なりとも体はぐらつく。だが余裕はあった。そしてすぐに八咫烏対策ために、発煙手榴弾を宙で爆破させる。
「お前が人の地を侵すから、ボクらは君を潰そうと動くんだ」
 叩きつけるように声を吐く。敵の事情など関係なく、ただ相対する人形へと向かう凄み。それが、彼を動かしていた。

 けれど、それに水差すように、烏の勝ち誇るような鳴き声が一つ。
 幾人かが頭上へ思わず目を向けた。彼らの視界の中で、傷つき、意識を失った南條侑が落下していた。

 それを輪磨が落下位置へ飛び込むようにして受け止めた。反動で地面を転がり、濡れた身体を痛みが襲う。
 ぐったりとする侑は起きそうにない。けれど、致命傷はない。それに輪磨は安堵する。
「よかった……」
 死者など、出したくはない。そう思いに、声に出せないある男への気遣いが存在していた。


 移ろいだ場の空気を裂くように、テルが疾駆しようと足を踏み出した。しかし――その二歩目は宙より飛び出たアウルの帯が引き止めた。
「いまッ!」
 その帯の主、御藤涼奈の叫び。それには瞬時にエリーゼが反応した。キイの元を飛び出し、射線を確保する。
「今度は、確実に当ます!」。
 決意を乗せた右手、その指に嵌まる白金の指輪から雷の剣が飛来した。それは意趣返しのように、避けれぬテルに突きつ。苦悶の声をあげるテルへ追い打ちをかけるように、ダアトの小向の一撃が彼を襲う。
 ――まだだ。
 九十九の凍風纏う愛弓に蒼の光が瞬時に宿る。主の元にまで届きそうなその光を溜め込み、一射。いまが好機。これを逃す手はないと記憶と経験も叫ぶ。
【蒼天の下、天帝の威を示せ! 数多の雷神を統べし九天応元雷声普化天尊】
 言の葉は、自然と口から漏れていた。それを置き去るように、雷光が宙をかけた。違わず、テルへとそれは突き刺さる。
 少しの一息、それをついた九十九の視界に、ビルより飛び出る一つの影が映った。蒼一だった。その手に炎と雷を纏う黒い片刃の直刀を、テルへと切りつける。しかし、九十九の中で一気に不安が膨れ上がった。
 回避を促す声を、全力で叫んだ。しかし、それは――。
「この程度では、留まることなど、するものかッ!」
 猛り吠えたヴァニタスが遮っていた。

 仲間の攻撃に巻き込まれない形で接近し、テルの背後から一打加えた蒼一。けれど、甘かった。
 彼の近辺で戦い抜くのは、厳しい。蒼一の足元で瞬時、灼熱を感じる。それは業火となって、足元から炎蛇が飛び出し彼を飲み込んだ。視界が炎に包まれ、抜け出さそうともがいた時には、手遅れだった。
「く、そ……」
 震える口でそう言い残して、彼は暗闇に沈んだ。


 拘束を解いたテルは、刀を振るいつつ炎槍を三方向へと射出した。エリーゼ、涼奈、小向のもとだ。射線確保のために動いたエリーゼはキイの防御が間に合わない。辛うじて動き出していたために直撃は避けるも、爆風に煽られビルの壁に叩きつけられる。涼奈と小向はそも守りは手薄だった。そして、残りの三本をエリーゼに二つ、小向に一つ叩き込まれた。
 重撃の結果は――小向は気絶、涼奈も相当のダメージ。エリーゼは……。
(痛い……)
 傷へ雨粒が染みてきていた。裂傷は少ないが、かなり痛い。誰かが自分呼んでいる気もするけれど、誰かわからない。キイか、それとも輪磨だろうか。なんとか目を開けると、テルの姿が薄ら見えた。倒すまで、まだ、届かない。
 少しだけ、身体が軽くなる。輪磨のヒールだろう。けれど焼け石に水だった。あと、もう少しだけでも。そう思って腕を上げようとしても、気だるくて動かない。
「あとは……お願い、します……」
 地面へと壁からずり落ちて、声にならない声で、辛うじて呟いた。

 エリーゼが戦闘不能となり、洸太は唇を噛んだ。効果がないわけではないだろうが、八咫烏は煙幕の中でも効力を発揮している。だが悪態をつく暇はない。
 すでにテルは疾走を開始していた。
 させるか。身を呈して行く道を阻む。テルが得物を槍に、突きの構えをとる。しかしそれなら、防ぐのも易い。真言を紡ぎ、盾を翳す洸太。その中心へとテルの突く槍が吸い込まれ――穂先が接触の直前、焔となった。
 槍が長さを失いながら、刀へと変わる。まずい。だが遅かった。盾をすり抜けた凶刃が、脇腹を引き裂きながら通り過ぎていくのを、膝を突きながら感じた。

 しかしテルとて傷は多く受けている。相応に辛さはあるはずだ。そう思い、キイは彼の前に立つ。その彼の手が光を帯びた。
 迫り来るテル。躊躇わず、接近した。
「これが盾の騎士の戦い方だ」
 言葉とともに神輝掌を解き放つ。テルはそれをよけなかった。ならば好機、とさらに押し込む。
「爪牙を隠しているのは自分だけだと思ったか?」
 テルが空気を吐き出した。かなり効いているはずだ。これなら――。
 だが。頭上にある顔が、静かな微笑みを浮かべていた。その周囲に、急速に集まる熱気。
「効いた。ああ。だから、仕返そう」
 七つの炎槍が瞬間、形成された。冷汗すら湧く前に、三つの炎槍がキイへと突きたった。追撃に炎蛇も喉口をあけてキイを通り抜ける。走る激痛。視界が揺れる。力が入らなくなり、軽く放られてしまう。その間に、テルは先へと進んでいた。
 テルが歩みを進める。その先にたったのは輪磨だった。
「……どうして、回復手の僕を狙わないんだい?」
 少しの間と共に、輪磨が疑問をぶつけた。
「一度の、恩だ」
 それは違う。前回とて、狙わなかったではないか。
「本当に、それだけかい?」
「……黙れ」
 その拒絶の言葉は、短いなれど、輪磨を突き放した。彼女の隣を、テル・ソレーユが通り過ぎる。引き止める問いかけは、いまはもう、浮かばなかった。

 背中を見せるテルに九十九は鏃を向けた。まだ届く距離。せめて、もう一射を。しかし九十九の耳に、女の声が入った。
「勝負は着いた、と私は思うのだけれど」
「だれさねぇ。こんな時に」
 雨粒に目を細めつつ、声のした上を見る。背中に翼を生やす、着物服の人影だった。
「初めまして。私はクレリア。……そうだね。ある男に恩を売りつけた悪魔と言えば、多少は伝わるかな」
「……事情は察したさねぇ」
「それは僥倖なことだ。話が早い。私は、これでもその男のことは気に入っていてね」
 視線は九十九へと注がれ続けていた。矢を引く手を離せば容赦ない。そういうことなのだろう。
 次第に九十九が弓を下ろすと、悪魔は満足そうに頷き、配下が進む方へと向かっていく。

 ――行く末を見守る他ない九十九の視界の先で、俯いた輪磨が雨に身を晒し続けていた……。

 そして、テル及びクレリアを名乗る悪魔は防衛陣にて猛威を奮う。それは辛うじて間に合った応援部隊の到着まで続くのだった。


依頼結果

依頼成功度:失敗
MVP: −
重体: 水華のともだち・エリーゼ・エインフェリア(jb3364)
   <テルによる集中攻撃を受けた>という理由により『重体』となる
 揺籃少女・ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)
   <テル正面に立つも攻撃を受け切れなかった>という理由により『重体』となる
面白かった!:5人

万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
踏み外した境界・
黒須 洸太(ja2475)

大学部8年171組 男 ディバインナイト
陽へと輝く星の煌き・
弥生丸 輪磨(jb0341)

大学部4年261組 女 アストラルヴァンガード
水華のともだち・
エリーゼ・エインフェリア(jb3364)

大学部3年256組 女 ダアト
災禍塞ぐ白銀の騎士・
キイ・ローランド(jb5908)

高等部3年30組 男 ディバインナイト
任に徹する・
不知火 蒼一(jb8544)

大学部4年85組 男 ナイトウォーカー
揺籃少女・
ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)

高等部1年1組 女 バハムートテイマー
その心は決して折れない・
南條 侑(jb9620)

大学部2年61組 男 陰陽師