肌寒い夜、というのは寂しさを感じる時をより一層際立たせることもある。
誰が誰とでもなく思ったか。そんな夜が深まる頃合いの、ある寂れた駅でのこと。
少し頼りなさを感じる照明が、駅のホームで光を生んでいた。すでに使われる未来は遠い、あるいはなくなったその場所は、幾多の血痕が連日の戦闘を知らせてくる。
フワリと風が凪ぎ、髪が宙を踊る。
今夜ここに集ったのは6人の撃退士。視界の先には、線路が暗がりに向けて延々と繋がっている。
ぽつりぽつりとそこで明かりを灯しているのは安物のランプだった。借用のソレが白熱灯の明かりを周囲へ振りまいている。暗闇に浮かび上がるその様はどこか幻想さを感じさせた。
今回はまず第一目標――黒き犠牲者、Black Victimと銘打たれたサーバントへの対処。そして。
「敵か味方か、何れにせよ逢ってみないと分からないか……」
謎の襲撃者。白の仮面を被るものの情報集。
佐藤 としお(
ja2489)の呟き。それを田村 ケイ(
ja0582)が拾い上げた。
「どうでしょうね。聞く限りだと、私たちに敵対してるようだけど」
黒と白のサーバントと聞き、チェスを思い浮かべた。しかし白と黒が共に同じ勢力にいるのではチェスとは少し違った印象も感じ始める。やはり奇妙。
奇怪さや珍妙さは、この依頼の詳細を聞く者にとっては共通事項だろう。
「そのような感じですよね。でも、これ、一般人のような印象も受ける報告なんですよね……面倒なサーバントに面倒な謎の少年、か」
ケイたちに言葉を合わせつつ、最後は一人口に転がすように呟いたのは功刀 夏希(
jb9079)だ。
心の中でやれやれ、と呟きを加えておく。面倒事だ。考えるのは嫌いだ。だから明快にしたい。知り得ることならば、知っておきたい。今日この場所で。そう、白黒のように明白に。
けれど、そうはさせてくれないのが、今の状況だった。
ジャリと、石を踏み抜く音が聞こえた。そこに6人が反応した。
視線を向けた先。ようやく細い月が天高い場所へと登る夜空を背景に。地で光る白のランプによってぼんやりとその身を浮かびあがらせて。
黒き鎧を纏うヒトガタが現れた。
全部で三つ。つまり、三人の犠牲者。
「敵影三、発見。行くよ。二人ひと組、大丈夫ね?」
ケイがショットガンを構えつつ呼びかける。全員の返答。打ち合わせ通り、混乱もない。
「丁度、ひと組一体だなァ。さて、頼むぜ、ケイ」
法水 写楽(
ja0581)の一言に、ケイは素早い撃ち込みでそれに返答していた。銃口から吐き出されるアウルの弾。散らばりながら夜の空を裂いたそれらは一直線に線路上の砂利道へと突き刺さった。同時に、狙い通りBVのその足元にも突き刺さる。
だが――足止めの一射をものともせず、暗闇を黒が突き進む。思いのほか、速い。
ケイへと向かうBV。そこに写楽が割り入った。
「悪いが、体張っても、アンタは止めさせて貰うぜ」
脚部にアウルの光を纏わせた写楽が口角をあげ、笑ってみせた。そこに自分の腕を突き刺してくるBV。その腕先が変化をしだす。
このあたり、か。と狙いを付けて下がる写楽。だがそれに追従するように、腕はツルギとなりて宙を突き刺す。
暗闇を相まって見えづらいその一撃を写楽は避けきれなかった。だが。
「こいつで、止まってやがれ」
傷を負った写楽は、直ぐさま体を攻勢へと切り替える。後ろにいたケイの視界から、スッと写楽の体が消え去った。やや体勢を低めに取った写楽。そこから一息に大剣を振り抜く。アウルの光が身体と刀身と伝い、足元を救うように振るわれた一撃がBVへと直撃する。
避けることは、なかった。薙ぎ払いの一撃に相手は以降も反応を示さない。動きがない――スタンだ。
「女子の前で変なトコはみせれねェんだよ。大人しくしてな」
あまり響かない程度の声量で呟いた写楽。こうしておけば、あとはなんとかなるだろう。そう思い、一先ず一息をつくと、視界の先で鮮烈な赤が暗闇に映えた。
「変身っ!」
高らかな声が強き意思を乗せて響き渡る。帯状の光をいくつも周囲へと撒き散らし、その中心地に立つのは、赤きヒーロー。千葉 真一(
ja0070)。
艶やかに光る赤のマスク。彼の彼たる象徴の証でもあるソレが、今日も彼の思いを手助ける。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!」
拳を、前へ向ける。目の前の、サーバントへと。
「BVも敵といえど犠牲者だ。だから」
まだ、その原因はわからない。ただの人が、特殊な形であるとは言え自分たちと闘う状況にあることは。けれど、それを理由に彼は見捨てることなどはしない。
「手荒くはなるが、俺は、助ける」
その手に愛用のナックルを顕現させる。
「でも、この相手。なかなか面倒ですよ? 間合いがコロコロ変わるみたですし」
真一と共にこの一体に当たる夏希だ。彼女の言葉に真一はマスクの中で笑みを浮かべた。
「向こうが間合いが自在に変えてくるのなら」
構えを作りながら腰を落とす。握りこむ拳に光が宿った。夏希もすぐにそれがスキルの行使だと気付く。
何処からか、「ROOT OUT!」と音が聞こえた。そしてその瞬間、すでに真一は駆けていた。夏希の髪が生み出された余波の風にたなびく。揺れる髪を抑えながら、赤きヒーローの行く末を辿ると。
「変えても意味のないようにすれば良いだろ!」
振り抜いた真一の拳が、稲妻を思わせる光を放ちながらBVの身体を打ち据えていた。
衝撃に打ち震えるBV。数歩後退したそいつは、不自然なほどに動かない。これも、スタンだ。
どうやら、近間で対処するつもりの真一を頼りになる、と思いつつ、夏希がその手に持つリボルバーを構えた。黒い銃口から、アウルの火が鮮やかに暗闇に咲いた。
ぐらり、と、目の前のヒトガタが傾いた。活性化した金属の糸を、一息付きながら格納する。ヨルク・リーシュ(
jb8832)の前で、BVが音を立てて倒れた。同時に、暗がりの中でその黒鎧が霧散してゆく様を、夜の番人により視界を確保するヨルクは確かに見届けた。
後ろから、足音が迫る。振り返ると、このBVに対処するためにペアを組んだとしおだった。ヨルクに近寄ったとしおは、その傍らに倒れる元BVであった人の側に膝ついた。脈を測るも、反応はない。
一つ息を吐くと、としおがヨルクに一声尋ねた。
「随分と、容赦がなかったな」
普段は明るく過ごす彼の声音が、かなり低かった。
「サーバントは除去すべきだと考えているからな」
それを目的にここにも来ている、とヨルクは続けた。たしかに、戦い方を見るにヨルクはそのように動いていた。としおは致命傷は避けようと、敵の腕刀を狙い狙撃をしていたが闇夜に紛れるそれには中々当て辛い。結果は、今目の前にある。
考えが違うことに思うことはお互いあるだろう。が、ここでそれを表面にしても仕方ない。客観的に簡略化してしまえば、BVも人類の敵としての立ち位置を取っているのは確かだ。
それ以上は特に言葉を交わさずに、二人は他のメンバーへと声をかけた。
どうやら、各班共にすでに交戦は終了したらしい。6人が集う。だが、その表情はどうに芳しくなかった。
お互いに結果を尋ねる。だが、一つとしていい結果はなかった。BVを倒した後に生き残った被害者はなし。
「一応、何かしら弱点はないか探ってみた」
と、真一。
「一番守ろうとしていたのは顔面、仮面の場所だな」
「やはりそこがキーポイントかしら」
「報告にある白仮面ってのも、仮面持ちらしいからなァ。狙ってみる価値は、あるんじゃねェか?」
仮面、といえばそう。今回のもう一つの目的に関わる。
「ったく。黒か白かと行きてェトコだが、そうは生憎といかねェもんだな」
「本当にそう思いますね。せめて、あとは白仮面くらいは情報を確かにしたいものですが」
写楽の愚痴に、夏希が賛同する。二人も思う判然としないものは、BVからは得られなかった。警戒を続けつつも、なんとか6人が情報の共有と推論だけで立てようとすると、としおが使用する鋭敏聴覚に反応があった。
「反応あり! 砂利を踏んだ音!」
としおの声に、ケイがすぐさま反応した。
「方角は?」
「南だ!」
聞いた方向へ索敵スキルを発動させて見やる。――いた。何処かの学校のブレザーに、頭部に異質なフルフェイスの仮面。
まずはケイがリボルバーM88を活性化し、銃弾を放つ。白仮面は、それを軽いジャンプで交わすと、猛然とダッシュし始めた。速い。
だがある程度距離はあった。接敵を許す前に、真一、写楽、ヨルクがその進路を阻むように位置取る。その合間を縫って、としお、夏希が牽制の一射を放った。
だが白の仮面はそれを気にすることはなく、真っ直ぐに接近し続ける。
その進路には、赤の仮面を被る真一いる。
「現れたな」
白仮面が思い切りのよい踏み込みで、宙を駆けた。間合いにして、それなりの距離を一足に詰める。暗闇の中で白の一刀が迫るのを、真一は視界納めた。自分へと向かうその一撃。分かっていながら、やや回避には足りなかった。引いた身体追うようにして、刃が僅かに真一へと届き、身体を切り裂く。
「……ッ!」
僅かに零れる痛みの声。大した傷ではない。だからこそ、狙いの一打をすぐさま放てた。
「ゴウライ、マグナムストレェェトッ!」
気合一閃。太陽の輝きを帯びた真一の拳が、白仮面の、その仮面へと突き刺さった。
弾け飛ぶように宙へとその身体が舞った。数メートル先でうつ伏せに倒れる白の仮面に、ヨルクが追従した。
「白仮面……お前は何者だ!」
叫びつつ、鋼の糸を走らせると、敵は鋭敏に反応した。上体を起こしながら迫り来る糸を手に持つ曲刀で叩き落とし、距離を取る。仮面は、一部が損傷していた。
僅かに見える仮面の下の素顔。わかるのは、目と少しの口元程度か。
動こうとする彼を、足元に飛び散った銃弾が遮った。ケイやとしお、夏希の一射だ。
「君と似た黒いのとはお友達? 」
「あなたは、どうしてここに?」
「学生か? ご両親はどうしてる」
口々に飛び出る疑問の声。しかし思い思いにかける声が、互いの問いを邪魔していた。白の仮面が戸惑う素振りは見せるも、どれかに対して反応はしていない。
「ここ、は?」
声。白仮面からだ。やはり若さを感じる、というよりは、衣装通り、どこぞ学生思わせる。
その視線が、片側のものだけではあるが、撃退士へと向けられた。
「……え? 人? どういう、こと……?」
錯乱気味というよりは、戸惑いというものに近かった。
「私たちは撃退士よ……あなたとは、敵対状態にあるけれど」
ケイが声かける。銃口は向けたままだ。情報がない今、油断だけは出来ない。
続けて夏希が声を発した。
「正義の勇者気取りかしら? それとも、天使の手先?」
その言葉に。僅かに少年がピクリと反応した。視線が夏希へと向けられる。どこか、何かを恐るような目だった。
「そん、な。だって、僕は……」
俯きつつ、何かをつぶやく白仮面。その仮面が、少しづつ元の形を取ろうとしていた。彼の手に持つ刀に力が込められる。
「っと、そうそう暴れらるわけにも行かねェンだよ」
写楽がそれを阻止すべく、動いた。近寄る写楽に、白仮面は反応を示さない。
疑問を持ちつつも、一打。攻撃加えようとすると。
「あーあ。あんまりイジメちゃダメだよ。この子、繊細なんだから」
どこからか。ハリのある、溌剌とした声が響いた。パリン、と。設置していた照明が一斉に割れた。辺りが一層暗闇に満ちる。
それに追従するように、写楽の身体を、衝撃が打ち据えていた。予想外の一撃に、あまり力を感じなくとも受け身すら取れなかった。地面を転がり、何度かえづく。なんとか視線を上げると、見慣れぬ少女がそこにいた。
ある種、異質な少女だった。白の髪、それに近しいほどの白さを持つ肌。モノトーン調の服装。
けれど、冥の影響を受けるジョブを持つ者ならすぐにわかった。そいつは、天使なんだ、と。
突然現れた天使。けれど、取り立てて交戦の意思はないようだった。
ただ、傍らに立つ、仮面を被る少年に耳打ちを少しだけすると。
撃退士の6名に、朗らかな笑みを浮かべた。
「ちょっとだけ、この子がお返しするね」
修復された仮面でもう一度顔を覆った少年が宙を駆けた。空へと歩み進めた少年が、恐ろしい速度で地へと降り立つ。それと同時に宙を踊る白の刀が、夏希を捉えて血を撒き散らしていた。
「君たちは、敵。だから僕は……」
「待ちなさい!」
呼び止める声は、無視をされた。再度宙へと歩みを進める白の仮面にケイが銃を構えた。
(マーキングが出来れば、行き先がわかる。せめて、それだけでも!)
願いを込めてでき得る限りの速度で引き金を引く。だが、それはするりと対象の側を通り抜けて行った。
天使の元に、白仮面が並び立つと、白い身なりの少女が手を振った。
「じゃあね。撃退士のヒトたち」
そんな言葉を残して天使と傍の少年が闇に紛れた。まるで、そこ溶け込むように。
「あ、そうそう。名前。私ね。モノ・クローマって言うの」
また、発生源のわからない声が聞こえた。面白おかしそうに、天使の声が響いた。
朝日を迎え、任務が終わった。交代に入ってきた現地撃退士と手続きを済ませた学園生は、どこ釈然としない顔持ちだ。
「夏希さん、大丈夫?」
「ええ。とりあえずは」
ケイが気を使うと、夏希がやや弱った笑みを見せた。重体でこそないが、辛くはあるのだろう。
「結局、わかったことは、天使が裏についているってとこだけか」
としおが朝日に向かって背伸びをしつつ呟いた。
「……それが分かったというのは大きいと思うぜ」
真一はそういうも、顔色は優れない。BVと言えど、救えたならば、と思う彼にとっては、朝焼けは少し苦い思いと共にあった。
「とりあえずは報告だなァ。天使となっちゃ、黙ってらンねェだろ」
「……とはいえ、あの少年も気になるな」
どうしたものか、と悩むヨルク。
複雑な思いが、事態が判然としないまま膨らみ此度は収束を迎えていた。
後日、白の仮面の外見から得られた情報から、多少のことは判明した。
現場に比較的近い私立高校。背丈は170ほど。しかし、詳しい情報は他にわからない。とりわけ、当校にて日中に挙動が不振という生徒もいない。
ともあれ、ほとんど目撃情報しいれていない環境の中では、目標は達成したと言えた。
仮に次の邂逅があるならば、未だ明かされない事実は明るく紐解かれるのだろうか。それはまだ、よくわからなかった。