「ふきのとう探しなら大得意よ!パパッと探してくるからね!」
雪室 チルル(
ja0220)威勢の良い宣言を合図に銀世界と化した学園(の一画)に踏み出した。
ここは雪が降った範囲の、ある校舎の裏山の麓だ。
「……ばっけ摘みだなんて、なんだか田舎に戻ったみたい。美味しい新メニューができるといい、な」
雪の積もった雑木林――犬の散歩には縁の無さそうな一画を歩きながら大きめのクーラーボックスを抱えた神埼 累(
ja8133)は幼い頃を思い出したのか懐かしそうに呟く。「ばっけ」とは秋田弁でありふきのとうの事だ。
「あたいが一番多く探して見せるわ! 突撃ー!」
とチルルが走り出そうとするのを慌てて、神崎が止める。
「あ、ちょっと待って。料理に使うのはまだつぼみが小さい物よ。覚えておいてね」
神崎は、早くも近くの雪溜まりから摘んでいた物を示す
「もうそんなものが出てくる時期になったのね。時間が立つのは早いのね」
卜部 紫亞(
ja0256)は多少面倒そうに呟く。
「とりあえず校舎の裏やら物陰やらの風があんまり吹いてこない場所を探そうかしら」
「卜部さんもカイロ使う? 雪室さんは暖かい格好しているから大丈夫そうだけど、他にも使いたい人が居たら言ってね」
神崎が人数分のカイロを取り出して見せる。
「ありがとう。助かるわ」
紅 アリカ(
jb1398)はそう礼を言ってカイロを受け取った。
「すまんの。ところですぐ近場だと取り合いになるかもしれぬ。わしは千里翔翼にてもう少し遠い場所で探してくるとしよう」
白蛇はそう言うと召喚したスレイプニルに跨り飛び去って行った。
「まずは人の来なさそうな場所を探してみて……花壇で栽培している所で分けて貰うのも良いですね」
村上 友里恵(
ja7260)もそう言って微笑む。学園生たちは集合時間を決めた後、それぞれ手分けして探し始めるのだった。
●
「春の匂いがするわ、ね」
クーラーボックスの中の大量のふきのとうを見て神崎が目を閉じる。再び集合した一同は予定通りパン屋の厨房に入ると集めて来たふきのとうをまとめていた。
「まずはあく抜きじゃ。何度か水を替えるのも忘れぬようにせねば。苦味があった方が好きじゃが、一般受けを考えれば、苦味は少ないほうが良かろう」
「その方が無難だろうね」
依頼人である店主が言う。
「それで、厨房やパン焼き窯は借りられるのよね?」
とチルルが確認する。
「勿論だ。私も一緒に手伝うから、使ってもらって構わないよ」
「……ふきのとうを使ったパンなんて聞いた事ないけど、作ってみない事には、ね……私は調理の方を手伝わせて貰うわ」
とアリカ。
「じゃあ、思いつくままに幾つか作ってみる? 残すのもなんだし、ちょっとづつにしましょう」
と卜部。
「試作という名目でパンを作って食べられるなんて……素敵なのです♪ 頑張って食べ……作りますね♪」
村上も楽しそうだ。
「試食会か。悪くない。お主らの麺麭の味を確かめてくれる」
と白蛇。
●どうしてこうなった……
「負けた……君の勝ちだ!」
「やっぱりあたいってば最強ね!」
がっくりと調理台にもたれかかるパン屋の店主を前に雪室 チルル(
ja0220)が勝ち誇っていた。
台の上に置かれたのは、店主のパンとチルルのパン。
チルルのパンは、ホットドッグなどの使われるコッペパンに茹でたふきのとうのペペロンチーニ……この場合はニンニクと唐辛子を炒めて……というか低温から『煮て』香りを出したEXVオリーブオイルで絡めた物を挟み込んだ一品である。
一方、店主のパンは……というと、何やら黒に近い緑色の何の変哲も無い丸パン。
「職人さんの方が手間はかかったんですけど……」
アリカが苦笑した。
依頼人のパンはいわゆるホウレン草パスタの要領で記事に細かく刻んだふきのとうを練りこんで焼いたパンだ。手間はかかったが……うん、その……味はまあ確かにそれっぽいんだけど言われなければふきのとうとは気付かないレベル。
「やっぱり色が悪いなあ……」
同じ『緑』でも職人の言葉通り色から鮮やかなふきのとうの緑を想像するのは難しい。
一方、チルルのパンはシンプルながらふきのとうを食べている、という事を実感させる味だった。欠点といえばやや油っぽく、時間がたつとパンに油が染みてしまう事だが味だけ考えれば合格点だ。
「まさか本職が一回戦敗退とは……やっぱり学生を頼んで良かったよ……さあ! 気を取り直して第二試合だ!」
いきなりノリノリで叫ぶ職人。突然だがここでルールの説明だッ!
試合はトーナメント方式!
たった今終了した第一ラウンドが依頼人VSチルル!
第二ラウンドは白蛇VS村上
第三試合が卜部VS累!
アリカは調理のアシスト、第二試合では職人の指名で一人がシード権を与えられた上で残りの二人が勝負! という流れである!
なお、判定は調理した二名以外の五名による投票!
……まあ、要するに五人の学園生が提示したアイディアを見た依頼人が選考方法として何故か実食によるトーナメントを言い出した訳だ。
●Now Cooking……
「う〜ん。ポテトサラダをヒントにしたのは良かったと思うんだけど……」
神崎は苦笑する。
「あうう……フレッシュでヘルシーなパンを目指したのですが……思ったような感じになりませんでした」
さて、村上の一皿目はふきのとうサラダパン。茹でてマヨネーズと和えたふきのとうを、そのままパンに挟む。
確かに、茹でたり蒸したジャガイモやかぼちゃをマヨネーズであえたサラダは今や日本の定番だ。しかし。
「葉物野菜とは相性が悪いわね……」
一口サイズのサンドイッチを口にして卜部も渋い顔。ふきのとうと、かぼちゃやジャガイモでは食感その他が違い過ぎた。
「あたい、これはおいしいと思うわよ! チーズならパンとの相性も抜群ね!」
とチルル。
気を取り直して二皿目は、ぶつ切った食パンとふきのとうにホワイトソースとチーズを加えグラタン風に焼いた一品。
「良かったです! 見た目はパンっぽくないけど美味しいですよね♪ 昔実作したものですから間違いは無いです!」
「わ、これも美味しい……! 今度真似してみようかしら……」
神崎が誉める。
「そうだな……僕もこの三つならこれに一票だ」
依頼人はそう言ってから村上の『まぜこみふきのとうパン』をもう一口味見して首を振る。これは軽く茹でたふきのとうをぶつ切りにしてパン生地に混ぜ、そのまま焼いてレーズンパンの様な出来上がりを目指したものだ。
「細かくして練り込むよりは風味が生きていると思うけど……やっぱり山菜の風味は繊細だからね」
「どうやらそっちの手札は決まったようじゃの。ならば、皆の者次はこのわしの麺麭を味わって貰おうか」
白蛇は腕を組んで不敵に笑う。アリカが焼きたてのパンを運び丁寧に切り分ける。白蛇の麺麭(パン)はあくを抜いて湯掻いたふきのとうを牛肉とともに砂糖醤油で煮付けた一品だ。
「おお、すまんの紅殿……さあ、忌憚無き意見を求むぞ」
「あ……これは牛肉? なるほど、これならお肉っ気もあって育ち盛りの学生さんも喜ぶわね」
と神崎が微笑む。
「どっちもややチーズや牛肉の味が強かったね。まあパン屋として無難なのはグラタンの方だけど……やはり肉があるのはいいかもしれない」
依頼人の言葉の後、他の四人も投票。
その結果白蛇の麺麭が勝利した。
●Now Cooking……
「とりあえず、これだけ考えてみたけれど、どうかしら?」
卜部は四品を提示。こういう場合、村上VS白蛇の時もそうだったが、まず全員で一品を選び、更にその一品を対戦相手のパンと対決させる手筈になっている。
「あなたは、どれがいいと思うの?」
卜部に尋ねられたアリカは。
「そうね……焼くのが一番楽だったから、という訳でもないけれど、このふきのとうアンパンは意外といい線いっているかも……」
「私も賛成です。塩漬けにすると元のふきのとうの色が保たれるのはいい感じですね♪」
村上も手を上げる。
「うむ、塩漬けにしてしまう上にあくまでもかざり程度じゃから、そこまで餡子の邪魔をするわけでもないしの」
白蛇も一口大に切ったそれをもしゃもしゃしながら答える。
「餡子なら店で普通の餡パンに使っているものがそのまま使えるからコストも抑えられるし、失敗してもリスクが少ない。言い方は悪いかもしれないが、良い意味で無難な一品だ」
職人の一言で、神崎のパンと対決するのはこれに決まった。
「商品化も考えたら……美味しくて作り易いパンですよね♪」
村上も言う。
なお、神崎の手番に入る前に卜部の他の品を記載しておく。
まず細かく切って塩味っぽく味付けた蕾を生地に練り込んでそのまま焼く『ふきのとうロール』。これは村上の『まぜこみふきのとうパン』と同じ理由で却下となった。
茹でたふきのとうを、ポテトサラダ、玉子、ハムなどと合わせる『ふきのとうサンドイッチ』も今少し面白みに欠ける、という職人の意見で餡パンに譲った。
●
「ばっけ味噌の作り方は祖母から教わったの。……田舎の味だから口に合うかしら……?」
パン生地で蕗の薹味噌と刻んだ胡桃を包んで平焼きにした『蕗の薹味噌のおやき風』を試食する一同を前に、神崎はやや照れたように笑った。
「……ってチルルちゃん、どうしたの!?」
「…あたい、なんだか故郷の味を思い出したわ……」
やたら目をうるうるさせているチルルにびっくりする神崎。神崎は秋田出身であり、チルルも北国出身である。
同じ地方でも、食文化は県ごとにかなり多様なものだが胡桃は日本中にある食材だ。何か共通するものがあったのかもしれない。
「確かに悪くないわね。味噌と胡桃でこんなにコクが出るなんて」
味を見た卜部が感心したように呟く。
実は彼女のメニューには刻んで辛く味付けしたふきのとうを大きめのロールパンに仕込んだ『ピリ辛ふきのとうパン』もあった。
しかし、カレーパンのように味付けしてみた所、やはりカレーの風味が勝ってしまっていた。
「飾りにする分は別として、やはり餡状にした方がパンには合いますよね。ああ、それにしても食べすぎには気をつけたいのですが……いけませんいけません、どのパンも味が気になって食べるのが止まらないのです♪」
卜部の提案でどのパンも少し大きめの物を一個ずつ焼いているのだが、やはり焼きたての魅力には抗えないのか、村上はちょこちょこと余ったものをつまんでいた。
「でも、こっちも捨てがたいですね。ちょっとしょっぱいけどチーズが美味しいです♪」
続いて村上が口にしたのはアク抜きし粗めに切った蕗の薹、ベーコン、チーズをのせたミニサイズの『蕗の薹ピザ』。
「良かった。ブルーチーズとアンチョビを入れたら大人の味になったみたい」
「調理中はちょっと匂いがきつかったですけど、火を通したらマイルドになりますよね」
とアリカも満足顔。
「皆ありがとう。でも……アンチョビは旨味だけが残るからいいとして、やっぱりチーズの味が勝ってしまうわね。難しいわ」
神崎の言葉通り、対戦は餡パンとおやきということになりそうだった。だが。
「中身はやはり餡だな。そしてアンチョビ……アンチョビか」
依頼人は何やら考え込む様子を見せる。
「あら、ごめんなさい。苦手だったかしら?」
「いやそんなことはない。むしろ、何か掴めそうなんだ……ちょっと考えさせてくれないか? 先に牛肉麺麭とペペロンチーノによる準決勝を済ませてしまおう」
●新商品完成
「ふむ。少々残念じゃが、まあ仕方がないチルノ殿の勝じゃな」
苦笑する白蛇。投票の結果、チルノのパンが白蛇のパンを破ったのだ。
「仕方がないですよね……牛肉は煮込めば、味が濃縮されて風味が濃厚になりますから」
と村上。
「私の餡パンとどっちが戦うの?」
卜部が問う。すると店主は満面の笑みを浮かべ。
「いや、試合終了だ。これからもう一種類だけ試作するから食べてみてくれないか?」
そう言うと、店主はアリカを伴って厨房へと入って行く。やがて完成したパンを一口食べた撃退士たちの反応は?
「こ、これはにんにくね? やっぱりにんにくは最強ね!」
チルル。ちなみに東北には名産地である青森県がある。
「にんにくだけじゃないわ。アンチョビの旨味が生きている。これって……」
思わず訛りかける神崎。
「だが不思議じゃ。濃厚で強烈なのにふきのとうの味を殺しておらん」
と白蛇。
村上はパンの中を覗き込んで。
「中身は、ゆでたふきのとうと……このペーストはなんでしょうか?」
と村上。
「でも……
「私も手伝ったけれど、にんにくを牛乳で煮てアンチョビを混ぜた物よ」
アリカが説明する。
「後は、これに潮漬けのふきのとうをトッピングすれば完成だ……カレーパンみたいに生地を揚げても良いかな?」
満足そうに職人が言う。
「これは一体なんなのかしら。私も初めて食べるわ」
塩漬けの考案者である卜部が尋ねる。
「『バーニョカウダ』と言って、イタリアのピエモンテ州の料理だ。本来はこのペーストを更にオリーブオイルと混ぜて鍋で煮立てた物に、生の野菜や茹でた野菜をそのままつけて食べるんだよ。これが不思議と大抵の野菜と合うんだ。案の定だったな」
最大のヒントとなったのはチルルと神崎のパンだ。また、白蛇の麺麭から味は強くても素地あの味を引き立てるものというヒントを貰い、村上の洋風という要素や卜部のトッピング案を入れた訳である。
「後は、細かい味を調整すれば完成だ。正直最初に依頼を出した時はどうなるか解らなかったけど、これなら多分大丈夫だと思う。君たちのおかげだ。ありがとう! 少ないが報酬は規定の満額で払わせて貰うよ!」
ちなみに、チルルや白蛇が集めたふきのとうの以外の山菜は厨房の業務用フライヤーで纏めて天麩羅にしたり、おひたしにしたりして7人全員で分けた。どの学園生もその夜のおかずには困らなかったとか。
●
数日後、6人の撃退士たちは問題のパンの売り上げが気になって店に顔を出してみる事にした。
その6人の目にドアに貼られた紙の文章が飛び込んで来る。
『お詫び おかげさまで大好評につき 『久遠ヶ原学園女子学生イチオシ!』ふきのとうのバーニョカウダロールは売り切れました 明日の販売は7時からとなります』
六人は顔を見合わせて満足そうに笑いあい、それぞれのパンを買うために店の扉を開けた。