こうして、学園生たちは次々とかまくら作りに参加し始めた。
「えっと……雪、ですね……こんなに積もるなんて、知りませんでした。ふわふわきらきらして、綺麗だと思います……」
久慈羅 菜都(
ja8631)は、改めて周囲の光景に圧倒されて呟いた。
「あ……、かまくら作るんですね……どうやったら大きいのができるのかな……? 誰かと協力して……」
と菜都が言った時、彼女の知り合いである花菱 彪臥(
ja4610)が駆け寄ってきた。
「菜都ねーちゃん、一緒に作ろうぜ!」
とそこに、木花 小鈴護(
ja7205)が現れた。
「あ、花菱さん?」
木花は、花菱を見て挨拶した。以前に別の依頼で出会って何となく気になっていたらしい。
「前あった事あったような……」
「うん、ちょっとね。それでさ、そのかまくら作り俺も参加させて貰えたら嬉しいんだけど……」
「別にいーぜ、デカいから、役に立つよな!」
ちなみに、この木花と久慈羅は両方とも180cm越えだ。二人並ぶとかなり威圧感がある。
「大きいと言えば……ホーン先生って、大きいですね……それに角があって、強そうです……」
と、菜都は自分たちをかまくら作りに誘った張本人であるグレーターモノホーン(jz0171)の方を見る。
「先生は見た目を隠さないんだな……とても悪魔っぽいのに穏やかで、少し不思議な印象だ……」
木花も呟く。
「えーと、グレー…ホーン先生? 先生……すげー変な格好に見えるけど、スーツと眼鏡が好きなのかな? でも、良い先生だとは思うぜっ! だって皆笑顔だからなっ! じゃ、俺達も作ろーぜ!」
「この大量の積雪は一休み状況とも言えるので、とりあえず先生に誘われた事ですしカマクラを作成してまったりしましょう」
防寒着を着込んだ杉 桜一郎(
jb0811)も早速雪を集め始めた。
一方、武田 美月(
ja4394)は他の参加者とは少し違う行動を取っていた。バケツに雪を詰め、まるでプリンを皿の上に出すときの様に引っ繰り返す。そして固まった雪の中をくり抜いていく。こうして小型のバケツ大のかまくらを大量に作っている。
「おねーちゃん、何してるの?」
興味を持ったモノホーン先生の生徒が声をかける。
「これがね、小さくて可愛いだけじゃないの! ライトアップした時、すんごい綺麗になるんだから!」
「……なんか、楽しそう! 今、皆も呼んで来るね」
更に、鳳 優希(
ja3762)も。
「人手が多い方が良ければ手伝うのですよー? カマクラを作るのが、ユキの喜びなのですよ! よ!」
とバケツを持つ。
フローラ・シュトリエ(
jb1440)は調べた作り方通りにかまくらを作っていた。まず、雪を積み上げて山にし、まずはその山に乗って踏み固め、内部をくり抜いていく段階になったら、最初は内部を小さめにくり抜いて、内部からも叩いて雪を固めて行く。
「ふう、見た目はイグルーに似てるけど、作り方は大分違うみたいね」
「雪…? ふん、そんな物は珍しくないね、僕は雪国出身だぞ」
はしゃぎ回る学園生たちを冷めた目で見つめるイリス・ヴィーベリ(
jb4169)。彼はこんな寒さなど何でもないとばかりに薄着だ。スウェーデン出身の彼は寒さに強いのだろう。
「かまくら? この僕が入る場所にしては些か不格好じゃないか?
こうして出来上がっていくかまくら。だが、相変わらずイリスは手伝わず、自分でも作ろうとせず冷めた目で見ているだけ……なのだが、明らかにその目は好奇に輝いていた。
「あ、丁度良い所に! 自分の分が終わったのならこれ手伝ってくれない? 数が多い方が盛り上がるから!」
そう言ってバケツを差し出す美月。
「まあ、これも勉強の内だ」
ようやく手伝いに参加するイリスであった。
●
「! むむむむむ〜、怪獣じゃ〜怪獣じゃぞ〜……!」
一方、遠巻きにモノホーン先生を発見したハッド(
jb3000)は、おめめキラキラでその巨体を見つめる。
「かま……くら? うむ、もちろん知っておるぞ。いいくにつくろうかまくらばくふ、というやつじゃな」
「確かに音は同じだ。君はこちらに来て日が浅いのか? それならば無理もない」
一方、ラヴ・イズ・オール(
jb2797)の反応を聞いた先生は丁寧に説明する。だが、ラヴは周囲を見渡して。
(なるほど、このこわい顔をした悪魔教師の狙いが見えてきたのじゃ。この手で学園の権力を打倒し、新たな政権を立てよ、と。だが、ここは人間の目も多い故、雪の家を作るだけの呑気な行事に見せかけておるわけじゃな……!)
どうやら余計勘違いが加速しているようです。
「わっはっは! そういうことならこのラヴ、協力は惜しまん。力を貸そうではないか」
「……まだ、何か解らない点でもあるのか?」
微妙に嫌な感じして確認するモノホーン。だがラヴは胸を張り。
「みなまで言わんでも良いぞ。ふふ。そういうことならわしも作ろう、雪の家をな!」
「……まあ、楽しめそうなら是非参加してみると良い」
モノホーンはそう言って去って行った。
●
長幡 陽悠(
jb1350)は彼の相棒のヒリュウと共にかまくら相手に悪戦苦闘していた。
「あ、こら、雪で遊ぶなって、まず手伝えよ!」
しかし、ヒリュウは雪が珍しいようで、はしゃいで飛び回るのを止めようとしない。
「召喚獣も今日は休みということか」
そこに、モノホーンが二人の生徒を連れて現れた。
「あ、お久しぶりです。はは、すみません……もうお前はそこで大人しくしてろっ」
長幡はばつが悪そうな表情を見せると。ヒリュウを捕まえ、無理やり頭へと乗せる。
「かわいいー! 僕たちのクラスにはまだバハムートテイマーの子、居ないんだよー!」
司がはしゃぐとヒリュウきぃ、と鳴いた。樹生も珍しそうな視線でじっと見つめている。
この様子に長幡は気づいて、にっこりと笑った。
「触ってみる?」
二人の少年はコクコクと頷いた。そして彼らは放し始めた。
「弟さんも元気そうなんだね」
「うん! 翼も長幡お兄ちゃんたちのおかげで、学園に来て先生みたいな人たちを見ても驚かなくなったよー!」
長幡は良かったね、と言ってから樹生の方を見て。
「この前の依頼は大変だったね。お疲れ様」
「あ、ながはたさんこそ、ありがとうございました。あんまりお礼もいえなくて……二回も助けてもらったのに」
「君には特に世話になっている。生徒のことも含めて感謝したい」
「そんな、先生まで……俺は別に……」
長幡はなんだか照れくさくなって笑った。
●
「あ、おはよう」
龍崎海(
ja0565)も樹生の姿を見つけ、声をかけた。
「あ、龍崎さん。お久し振りです」
以前の恩人を見つけ、樹生も会釈した。
「こんなに積もっているのに……やっぱりだいがくせいって大変なんですね」
と樹生。
「講義は休講になったけど、借りていた図書の返却日だったんだよ。この雪だから延期できるかなって思って連絡を取ってみたら、司書が出勤しているから、返却するようにって言われてね」
笑いながら説明する龍崎。
「かまくらはできたけど時間もありそうだから、雪だるまも作ってみない? こっちもできるだけ大きくしてみようよ」
元気よく返事をする子供たち。早速力を合わせて雪だるまを転がす。
まず、龍崎と数名のグループが撃退士としての身体能力を活用してデカい雪玉を一つ。だが、そこにもう一つの雪玉を転がして来た樹生が途方に暮れた。
大きさのバランスはいいのだが、如何せん大き過ぎて幾ら撃退士でもここれを運び上げるのはキツそうだった。
「どうしよう……」
小等部の生徒たちがざわめく。
「しまった、頭の位置が高くて届かない。そうだ、飛べる先生に手伝ってもらおうか?」
「ふむ……確かに運べなくも無いが、それでは面白くないのではないか」
モノホーンは顎に手を当て、多分、恐らく冗談めかした微笑みらしきものを浮かべ生徒たちを見回す。せっかくここまでやったのだから、自分たちで最後まで、という事らしい。
「何、簡単な理科の問題だ」
ポンと手を打つ龍崎。彼はそのまま生徒たちになにやらヒントを出す。しばらく生徒たちの相談のざわめきが聞こえていたが。
「わかった!」
樹生が言う。それをきっかけにして生徒たちは新しく雪を盛り上げ始めた。
雪を積み上げて出来上がったのは、雪だるまに密着したの胴体と同じ高さのスロープだ。これを使って頭を胴体の高さにまで押し上げて、スロープを壊せば完成だ。
「君は大学受験の経験があったな」
「理科というか、物理ですね」
そう言って龍崎も微笑んだ。
こうして、参加者たちがかまくらづくりをしている間に、日は暮れて行った。
●
「でさ、本当に凄い訳よ」
「へぇ、一回見てみたいもんだなあ」
夜。降雪があった一角を二人の高等部生が談笑しながら歩いていた。
学園都市、とは言ってもその無秩序な発展故に人気も無く、明かりの少ない区画も多い。まして今日は局地的な降雪のおかげでこんな時間ともなるとこの一帯は相当寂しくなる。
「今夜何食って帰る?」
もう一人は周囲を見渡す。この辺は人通りも少なく、久遠ヶ原に多い飲食店なども無いはずなのだが……
「豚骨ラーメンだ!」
学生の指差す先には、雰囲気たっぷりの赤提灯が。
「食べていこうぜ!」
二人の高校生を出迎えたのは前掛けも締め、雰囲気バッチリの佐藤 としお(
ja2489)であった。
「あ、ラーメン二つで」
注文を受けたとしおは店の奥を見る。そこには慣れた手つきで、丁寧に青ネギを刻む星杜 焔(
ja5378)と、その彼が刻んだネギを水に晒す雪成 藤花(
ja0292)の姿が。
「悪いな」
「あ。いいよ。これくらい」
にっこりと笑う焔。
「すみませんね」
と鈴代 征治(
ja1305)も笑う
直前になって、ネギを用意したはいいが刻むのを忘れていたとしおを見兼ねて征治が焔に手伝いを頼んだらしい。
程なくして二人の前に出されたのは、焼豚・ほうれん草・青ネギ・海苔を載せた中太ストレート麺。豚骨スープが香ばしい。
「ごちそうさん!」
あっと言う間に平らげた二人は店の中を見てようやく自分たちがかまくらの中にいる事に気付く。
外に戻った二人は続いて周囲を見回し……
「「なんじゃこりゃ〜ッ!」」
二人の周囲は大小無数のかまくらが並んでいた。傍らにはでかい雪だるまもある。
「うるさいぞ」
かまくらの中から声をかけたのは影野 恭弥(
ja0018)だ。
「ここで何をしているんだ?」
「他の奴に聞け」
そう言うとまた恭弥はかまくらに引きこもったが、ふと思い出したように。
「食べ物なら、向こうで貰える」
と、ある一角を指差して、再びもちの焼け具合へと注意を移す。
これ以上は話は聞けないと思った二人は、意を決してその幻想的な広場へと歩を進めた。
●
「……また、新しいお客様ですかぁ……、丁度良かったですぅ……こちらのかまくらが空いていますよぉ……」
広場の中心に向かう二人に月乃宮 恋音(
jb1221)がかまくらから声をかけた。
彼女の周囲には二、三人用のかまくらが複数積まれていた。
小等部の生徒が使い捨ての発泡スチロール椀に盛られたなめこ汁を運んできてくれた。
「……おぉ……、美味しいですか……ここにいる人たちだけで楽しむのも、もったいないと思ったので……良かったですねぇ……」
大喜びで味噌汁を啜る二人を見て恋音は嬉しそうな様子を見せる。
そして、二人組は遂に広場の中心に到達した。そこには周囲を睥睨するように一際大きなかまくら(6mくらい)が聳え、そのてっぺんにはハッドが。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王である! ……そこな者共、王の威光はどうじゃ〜? お前たちも、かまくら〜をたのしむのじゃ〜」
上機嫌で甘酒を傾けるハッド。どうやらこの巨大かまくらを作ったのは彼らしい。
「むむ〜? 何をしておるのじゃ〜?」
ふと、ハッドが後ろを見るとそこではアッシュ・スードニム(
jb3145)がキャッキャッいいながら雪だるまをなにやら彫刻していた。よく見れば雪だるまが何やらガタイのいい人型に成形されようとしている。
「……ところで、お主寒くないのかの〜」
マジマジとアッシュの格好を見て思わず尋ねるハッド。
「子供は風の子!」
えっへんと胸を張るハッド。それを見ていた二人連れは自分たちまで寒くなったのかくしゃみをした。
と、そこにモノホーンが。
「これは……」
完成した像を見る。
「あ、せんせー、できたー! どうかな? どうかな?」
構ってオーラ全開で尻尾や羽根パタパタさせるアッシュの目はきらきらだ。
「何やらこそばゆい気もするが感謝する」
そう言ってアッシュを撫でる先生。
「わー、褒められたー!」
「……カマクラッ!!! どうですか? 中々の光景でしょう?」
そこに優希もやって来た。
「暖かくて美味しいなのですよぅ。皆さんも、どうぞなのですよっ☆」
差し出された紙コップには即席コーンスープの粉末が。
「僕にもちょうだい!」
「俺にも〜!」
いきなり元気の良い声。小等部の生徒たちが鳳の周囲に集まっていた。
「は〜い、まだまだ一杯あるのですよぅ♪」
嬉しそうに笑う優希と子供たち。と、そこに雪球が『降って』来た!
きゃあきゃあと騒ぐ子供たち。
「おーし、第二ラウンドだ! ぶつけられるモンならやってみろ!」
宙に浮かんだ石上 心(
jb3926)がニヤリと不敵に笑い、抱えた雪玉を下の子供たちに投げまくる。子供たちも反撃。雪球がびゅんびゅんと飛び交った。
「おおーっ、すげー雪! 雪! 雪合戦だーっ!」
彪臥は空を飛び回る心に向かって雪球を投げ上げる。
「雪合戦だ! おもっきし遊ばねーとな!」
夢中で投げ合う心と彪臥だが……
「うわっ!?」
突然、心を追いかけていた彪臥が雪煙に覆われ姿が見えなくなる。
「いってー! あれ? これ、俺が掘ったヤツじゃん!」
彪臥自身が掘った穴に嵌ったようだ。
「チャンスだぜ!」
ここぞとばかり、の真上に陣取る心。
だが、それは地上の小等部生たちにとってもチャンスだった。ここぞとばかりに対空砲火にさらされた心は遂に一発貰って地上に。
「ちっくしょー……」
「大丈夫……?」
「いってー、あ、サンキュ」
一方、彪臥も木花に引き上げて貰った。
小等部生たちが明るく笑い始める。つられて心と彪臥も笑い始めた。
菜都がふと呟く。
この様子を眺めていた菜都は手近な雪を手にとって何かを思い出す。
「……カキ氷……じゅる……」
更に雪塗れになった彪臥と心、それに小等部生たちを見た菜都は。
「粉砂糖……練乳……みぞれ味のかき氷……じゅるり」
「!? な、菜都ねーちゃん……?」
何故か雪の冷たさとは違う寒さを感じる彪臥。
と、そこにモノホーンが。
「あ、リアル悪魔! いままで何処言ってたんだ?」
起き上がって雪を払う心。
「少々片付ける仕事があった。さて、雪合戦も楽しいだろうが、そろそろそろそろ人も増えて来て危険だろう」
まあ、撃退士しかいないのでそこまで危険でもないのだが。
「準備が整ったようだ」
それを聞いて優希、心は広場の中央へ走り出した。
「さて、観客は皆中央へ集まっている。諸君らもどうだ?」
モノホーンは呆然としている二人にも気さくに声をかけた。
●
「さあ、これだけ作ればもういいよね? さあ、点火!」
美月が元気良く叫ぶと、周囲にいたモノホーンのクラスの生徒が一斉に走り回って、かまくらに火をつけて回る。
それは、幻想的な光景だった。もともと街灯の少ない区画であり星星明かりも無ければ正に真の闇だ。だが、この夜は違った。かまくらの中で灯された無数のキャンドル。それは人間の原初的な何かを喚起する炎の優しい光だ。
広場の中央で一斉に点火されたバケツサイズのミニかまくらを照らす明かりを中心に、それぞれのかまくらが優しい光を放ち、それがその素っ気無い広場を例え様も無く不思議な場所へと変えた。
「ろうそくの灯りは好きです……」
歩き回っていた菜都はそう言って顔を綻ばせた。
ネピカ(
jb0614)もこの光景に感嘆。
「ほわわぁ〜」
「凄い……」
惚けたように二人の学生は立ち尽くす。周囲には彼らだけではなく、同じようにこの不思議な光景に見せられて集まってきた学園生や職員、教員などが一様にこのイルミネーションに見とれている。
「しかし、あの雪の彫刻は一体……」
「学園の天魔がふざけて作ったんじゃないのか?」
続いて高等部の二人が目にしたのは、ハッドの巨大なかまくらの上に屹立する何やら羽の生えた巨大な人型らしい雪の像だ。
ご丁寧に征治が知人たちから借りたフラッシュライトでライトアップされている。その造形の最限度についてはノーコメントとするが、少なくとも雰囲気を出すのに一役買っているようだ。
その光景に密やかな華を添えるように、弦楽器の調べが広場を満たして行く。観客がざわめいたのは一瞬。即座にその音に彼らは耳を傾ける。
「ん……こういう雰囲気で奏でるのも中々良いものさねぇ」
「せんせー、あれ、何!?」
演奏する九十九の姿を見たモノホーンの生徒が勢い込んで尋ねる。
「あれは確か中国の楽器であったな。月琴、あるいは二胡かもしれん。私も実際に聞いた事はほとんどない」
一曲終えた九十九(
ja1149)は、弦を調律しつつ穏やかに目を細めた。そこに響く、心の篭った拍手喝采。
「アンコールかぁ……これは答えるしかないさねぇ」
と、そこに九十九の知人である戸次 隆道(
ja0550)が甘酒を手にしてやって来た。
「その前に一杯どうですか? 温まりますよ」
二曲目の演奏も佳境に入った頃、広場にまた新たな人影があった。藤花と焔。それに、この二人に誘われた加賀谷 真帆(jz0069)だ。藤花と焔の手にはライラックの花の色をしたキャンドルが握られていた。
ここで、焔と藤花は真帆に手を振って一旦別れる。一人この光景を眺め、弦楽に耳を傾けた真帆は
「わーすごーい……」
とただ圧倒された様子だ。
「……悪くないさ。僕の住む街の夜景には負けるが、この光景も、決して嫌いじゃないよ」
イリスもキャンドルの灯りを見つめながら精一杯のほめ言葉を述べた。
イリスが雪で最後に遊んだのはいつだったか。あのころのイリスは屋敷内で勉学に励む日々を過ごす事に疑問や不満はなかった
だが。
こうして久遠ヶ原でこの光景に出会って。
「……嗚呼、悪くないとも。こういうのもな」
そう言って甘酒を飲むイリスの口元は少しだけ笑っていたのかもしれない。
さて、この幻想的な光景を演出した功労者の一人である美月は、というと。
「うー、自分が入る分を作ってなかったよ……どこかにお邪魔させてもらおっかなー?」
「……向こうにぃ……私のつくったかまくらがありますよぉ……2、3人なら入れますぅ……良かったら、どうですかぁ……」
と、その美月におずおずと恋音が声をかけた。
「言葉に甘えて……お邪魔します!」
こうして、美月も無事かまくらに収まった。
「乾杯だーっ!」
少し冷えた体を甘酒で暖める美月だった。
と、そこに心が駈け込んで来た。
「わりぃ! 俺も入れてくれ、いや、作ったんだけどさ……その、壊しちゃって……トルテくれたねーちゃんみたいに丁寧に作れば良かったぜ……」
恋音は優しく笑い。
「……大歓迎ですぅ……よろしければ……、お味噌汁もありますよぉ……」
「夜の時間までいるのは無粋だと思ったけど……これは帰れなくなっちゃったな。何か食べ物も一杯あるし。」
龍崎も、恋音から貰ったなめこ汁を啜りながらこの光景に見入っていた。その時、小等部の一人が軽いくしゃみの音を響かせる。
「でも、皆、風邪には気を付けるんだよ」
●
――きっと亡くなった妹さんを思い出してる――
優しい炎を灯す、ライラックの色のキャンドルを見つめる焔を見て、藤花が思った事はそれだった。
気が付けば、九十九の奏でる弦の音はせつなく、それでいてどこか安らぎを感じさせる旋律へと変化していた。
心なしか、灯火が命を持ったように優しく暖かく揺らめいている。
ふと、藤花はごく自然に手を伸ばし、焔の腕を取る。
焔は驚いた様子も無く藤花に顔を向け、少しだけ真剣に藤花を見た。
言葉は必要無かった。
二人はその指を愛おしげに絡ませたまま、ライラックの灯りを見つめ、同時に、そっと目を閉じる。
九十九の旋律がどこか厳かさを想起させるものとなる。
――もう、大丈夫だよね。
それは祈りだった。
焔が亡くした妹のようだった少女への思い。後ろ向きな懺悔ではなく、ただ幸せ、そして安らぎを。
その祈りが終わった後、二人は改めて顔を見合わせる。
「お腹、すいたね」
「甘酒、もらってこよっか」
二人は屈託なく笑うと、手を取り合ってかまくらの外へ出て行く。
人々の楽しげなざわめきが小さな整理をつけた二人の恋人を包んだ。
●
「後は雪祭りをたのしませてもらおうかな」
フローラも自身のかまくらでまったり。持参したコーヒーを温めトルテを切ろうとすると。
「なんか、コーヒーの香りがするぜっ!」
「お菓子の匂いもな!」
フローラのかまくらを覗き込んだのは、まだ駆け回っていた心と彪臥、それに菜都だ。
「あ、丁度良かったわ。食べる?」
トルテを差し出すフローラ。
「「食べる!」」
と即答してかまくらの中に入る心と彪臥。
「せっかくなので……いただきます……」
「あ、俺も……」
菜都と小鈴護も後からかまくらに入ろうとするが。
「あ……」
「……」
「何やってんだよ二人共ー!」
共に180cmの二名は頭を入り口にぶつけてしまい彪臥に笑われ、自分たちも苦笑した。
●
グレーターモノホーンはその巨体で悠然とこの小さな雪祭りの会場をのし歩いていた。当初はかんたんにかまくらを作って済ますつもりだったが、いつの間にかイベントの規模が大きくなり過ぎた。
曲がりなりにも教職員である彼としては、然るべき場所に届け出たり、寮の門限を過ぎそうな自身の担任の小等部生たちと、小等部である小鈴護の事を事前に申告しておく必要があったのだ。
自由な久遠ヶ原にもそれなりの秩序はあるのだ。
とはいえ、手続きは問題なく終わり、今は見回りをしつつ彼自身この意外な祝祭を楽しんでいるところであった。
と、そこに彼の生徒が駈けて来る。どうやら大学部の生徒がモノホーンを招待したいらしかった。
「いや、やっぱりおっきいですねー。ちゃんと入れて良かったです」
「手間をかけたようだ。相済まない」
「いえいえ、あ、これ茨城県のお酒なんですけど、良かったらどうぞ」
クリフ・ロジャーズ(
jb2560)が差し出したのは純米大吟醸の日本酒であった。近くの購買で購入したのだろう。
「喉越しも香りも良いので気に入ってもらえたら嬉しいです」
「これは……いや済まぬ。これで酒には目が無いのだ」
喜色を顕にして、しかし決して下品ではない態度で感謝したモノホーンはゆっくりと腰を下ろし、カップを取り出した。
「ふむ……中々の逸品だ」
怪獣のような口で、どういう器用さか溢しもせず一献飲み干したモノホーンにクリフが注ぎつつ。
「あの……先生の眼鏡は伊達ですか? それとも近視とか? その、凄く気になって」
するとモノホーンは眼鏡を外す。
「これに度は入っていない。ここで教師として振舞うと決めた時、なんとかそれらしい装いはないかと考え、これに思い当たった」
「じゃあ、俺と同じですね! 俺も伊達眼鏡なんですよ」
和やかにクリフは笑う。モノホーンも次のかまくらに行く前にと笑い(に見えないこともない表情)を見せ酒を干した。
●
「うわっ。モノホン先生だっ? 本物のモノホン先生だーっ!」
「ふむ……期せずして言葉遊びになっているな」
自分のかまくらにモノホーンがあらわれた瞬間、大喜びで騒ぐ征治。対照的にモノホーンの突っ込みは冷静である。
「実はいつかの朝礼の集会でお見かけしてから大ファンなんです。握手して下さい」
顔を輝かせた征治が差し出した手を、モノホーンの巨大な掌が包み込む。
「や、どうぞどうぞ。うちのかまくらでくつろいで行って下さい。あ、磯辺焼き派ですか、きなこ派ですか?」
征治の背後に置かれた七輪ではお餅ちが美味しそうに焼けていた。
「これはかたじけない。では磯辺を」
「丁度良く、友人から海苔を分けて貰ったんですよ」
「先生もやっぱり冬は寒いんですか?」
餅を食べながら世間話が始まった。
「天魔にも五感はある。尤も、普通の人間ほどは堪えないが」
「あ、おかしもあります」
樹生から菓子を受け取った征治は。
「お菓子ありがとう、ぼく達」
といってよしよしと頭を撫でる。樹生はちょっと照れ臭そうだった。
「先生は優しい?」
征治の質問に複数の生徒が元気よく答える。
「「とーっても!」」
「良かったね。先生の言うことを聞いて良い子にしてるんだよ?」
そのまま、モノホーンたちと征治たちは暫く談笑する。
「やっぱり、次はこたつとミカンですよね……って先生流石にわからないですよね……」
と征治が苦笑するとモノホーンは。
「私もこの季節は炬燵で採点や書類の記入を行うことが多くなるな」
思わず目を見張る征治だった。
●
広場の片隅、割と目立たない一画に片瀬 集(
jb3954)のかまくらはあった。
片瀬は面倒そうに頭を掻いていた。広場で小等部生たちを手伝って豚汁を来訪者に配るのを手伝っていた。ところが一段落して自分のかまくらに戻った時、自分の分を貰って来るのを忘れたのだ。
「でも、戻るのも面倒くさい……」
そのまま、片瀬は何ともなしにキャンドルに照らされたかまくらの群を眺める。
「かまくらなんて、実家に居た頃に作って以来かな……。……あ〜、面倒くさい」
今度の「面倒くさい」は今までとは少し調子が違っていた。
「何で思い出しているんだろ、俺……もう戻るつもりなんて、全然ないし……」
久遠ヶ原に来る前の故郷。それがどんな意味を持つかは個人によって異なる。この片瀬にとって、そこは決して心地ち良い場所では無かったのだろうか。
「あんな場所に、戻らない……絶対に」
そう暗い表情で言ってから、片瀬は頭を振る。
「本当に、面倒くさいなあ……」
そう言ってやっぱり何か貰ってこようかと立ち上がった時。
「成る程。ここからなら確かに広場の全景が良く見える」
地の底から響く野太い声と共に、ぬっとかまくらの入り口に悪魔が立つ。
一瞬呆然となる片瀬。
(……やっぱり、改めて見ても怖い先生だな)
すっと巨大な手で豚汁や食べ物を差し出すモノホーン。
「君が自分の分を持たずに行ってしまったと生徒が言っていたのでな……まあ、ゆっくりすると良い。滅多に見れぬ絶景だ。静かに過ごすのも良い事だ」
そう言うと、モノホーンはかまくらから去って行った。
片瀬は熱い豚汁を一口啜って。
「後片付けも手伝おうかな……面倒だけど」
そう呟いて、先程よりは穏やかな表情で再びかまくらに見入った。
●
「モノホーン先生、ばっさばっさと良くいらっしゃいました」
「盛況だったようで何よりだ」
モノホーンはとしおのかまくらを訪れていた。
「うむ、本物の酒の後はやはり麺類に限る」
ちなみに、あの巨大なでどうやってと思うだろうがちゃんと箸を使って食べるモノホーンだった。
「ああ。もし、麺が余っていたらで構わないが替え玉があるとありがたい。……太麺ではあまりしないものかもしれんが」
「先生……そこまでご経験あるんですか」
流石にびっくりするとしおであった。
●
夜も大分更けて。相変わらず幻想的な光が灯る広場の中央、一際大きなかまくらのなかにモノホーンは立っていた。周囲には複数の生徒が座って彼の話に聞き入っている。
「このように、かまくらとは水の神々を祀る祭礼が起源であった。他にも地方によって様々な意味を持ってはいるが」
「かまくら……大型の作業機械でこう、がばっと、父さんが作ってくれたっけ。そうか……そういう目的があったんだ。やっぱり……実家を思い出すな……今年の冬はどれくらい積もったんだろう」
モノホーンの講義を聞きながら、木花は実家に想いを馳せた。
「雪は静かでひんやりしていて好きだな。雪の結晶を探したり、動物の足跡をたどったり……猛吹雪とか、実際は大変なことが多いけど、こういうのは楽しいな、先生、ありがとう」
そっと呟く木花。彼のすぐ側では、彪臥と心がすやすやと寝息を立てている。
「……昨夜、記憶無く誰も頼れない不安であまり眠れなかったそうです……」
彪臥を見ながら菜都が言う。
「気にする事は無い。今夜は心地よい疲労で良く眠れると良いが。後片付けなどは私がやっておくので都合の良い時に寮へ連れ帰ってやってくれ」
モノホーンは優しく言う。
「なるほど〜、かまくらとはそういうものであったのか〜」
一人頷くハッド。
「ところでその角はサイかの? キョウリューかの〜?」
「どちらかと言えば、犀を意識しているかもしれん」
丁寧に回答する先生。
「お詳しいんですね……やっぱり日本にも以前来た事があるんですか?」
長幡が質問する。
「そう頻繁に、と言う訳ではないがな少なくとも江戸末期と、昭和から平成にかけては短い間だが滞在していた事もある」
「あはは……何だか、凄いですね……」
笑う長幡。
「……ほほう、わかったぞ。つまり重要なのはこうした行事を大切にして一般庶民の支持を得ることなのじゃな!」
相変わらずのラヴであった。
と、その時優季が手を上げる。
「そうだ! まだ蝋燭は点いているですよね? 折角だから皆で広場に集まるですよぅ♪」
そう言った彼女の手にはデジカメが。
こうして、参加者は記念撮影を行った後解散するのだった。