撃退士15名が踏み込んだのは、かなり広いリビングルームであった。
鴉守 凛(
ja5462)視線の先――フローリングの床の上に佇むゴア・ザ・シープの頭部の肉塊がぐじゅぐじゅと波打つ。
「これは……まずいかもですねぇ……」
そう言いながらゆらりと踏み出した凛は素早く老人の前に踏み出す。ゴアの頭部が爆発した――いや、肉から無数の触手が飛び出し室内を荒れ狂ったのだ。
爪が鉄板を擦る様な音が響き凛の盾に命中した触手の軌道が逸れる。しかし、触手の数は余りに膨大だ。
「後ろにっ!」
長幡 陽悠(
jb1350)が叫ぶと同時に召喚したストレイシオンが、触手から老人を守る。
「成程、余興としては楽しめそうだね……」
アデル・シルフィード(
jb1802)は咄嗟に地形の陰、この場合はリビングの階段の陰に隠れて触手の暴威を避け、攻撃の機会を伺う。
「おじいさんが危険にならない内に、あの悪趣味なディアボロをやっつけるのですワ!」
ミリオール=アステローザ(
jb2746)の周囲に赤い小石のようなアウルような物が生み出され、次の瞬間ゴア本体に飛翔、次々と小爆発を引き起こした。
「ええ、まずはあの紛い物の羊を屠るのが先決ですわね」
ミリオールの攻撃とは射線をずらしつつ、ユーノ(
jb3004)の投射した雷の剣のような魔力の塊が触手の数本を焼き切りつつ、本体に突き刺さった。
「ふぅん、これが本場の悪魔の風流ね。良い趣味してる」
エルザ・キルステン(
jb3790)は毒を含んだ感想を述べると、両手から細い鋼線をなびかせ、自身に向かってきた触手を数本絡め取り、逆に引き千切った。
「見た目は威圧的だが、弱点を晒しておるだけではないか」
黒兎 吹雪(
jb3504)もユーノ同様に雷型のエネルギーを発射。今度はゴアの頭部に集中させるが殊更に効いた様子は無い。
並木坂・マオ(
ja0317)も駆ける。
「てゆーか、なにアレ(−−;)。めっちゃグロいんですけど」
嫌悪を露わにしたマオに、死角からの触手が叩きつけられた。だが、派手吹っ飛んだマオは意外なくらい素早く起き上がる。
咄嗟に後方に飛んで勢いを攻撃の勢いを殺したのだ。
だが、仕留め損なった事に腹を立てたのかゴアは縫いぐるみの腹部から昆虫の脚のような物を無数に生やすとシャカシャカとマオに這いよって行く。
「しかしどこまでも気持ち悪い羊だな。改造前は可愛かったのに……」
エルザは顔をしかめた。
一方、ナナシ(
jb3008)は翼で飛翔した。この家のリビングは天井の採光窓から一階まで吹き抜けになっており、彼女が飛ぶ空間はあった。空中から雷剣を床の上のゴアに放つナナシ。だがゴアは攻撃を受けながらも魔力を集中させナナシに発射しようとする。
「させません」
だが、咄嗟に牧野 穂鳥(
ja2029)がマジックシールドを纏ってナナシに向かって地上から撃たれた魔力の直撃を受ける。傷は浅い。
その隙にゴアの背後にマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が肉薄していた。そのまま黒い焔を纏ったアガートーラムをゴアに打ち込むも、ゴアは吼えマキナに食いつこうとする。
「――グレイプニル」
だが、次の瞬間ゴアの周囲から発生した黒焔纏う鎖が動きを封じた。
「チャチャッと倒して、騒ぎに巻き込まれてる人達を助けに行かないと!」
そこに振動脚を叩き込むマオ。
「斬り応えがありそうなお仕事。ですが、不安要素もたくさんありますねぇ、ふふふ〜」
落月 咲(
jb3943)も燃焼させたアウルを自らの太刀に纏わせ、一閃。
ここで、ゴアに狙いを定めていたアデルがリングを構える。
「……終わらせる」
眩い光の波動を放つアデル。強烈な光の一撃を受け、闇のディアボロはぐちゅりという音と共にその肉片を撒き散らした。
●
「どんな改造をされているか油断できないわ」
戦闘終了後、ナナシは一時的に活性化させた炎の剣でディアボロの肉片を灰にしていた。
「全くですねえ……」
だが、ナナシに協力して肉片を集める服部 雅隆(
jb3585)の目は何故か異様な光を湛えていた。ふと物陰に飛び散った肉片がぴくりと動いたのを見ると、何故か唇の端を吊り上げる。
ナナシが振り向く。
服部が突然肉片にクローを突き刺したのだ。
「いえ、動いたような気がしたので」
そう言ってにこやかに笑う服部。
しかし、彼は唇の端に付着したゴアの体液を誰にも見られぬよう注意してぺろりと舌で舐める。
服部の足元では肉片が今度こそ動かなくなっていた。
さて、この時老人がまた怒鳴り声を上げた。
「こんな茶番でわしをたぶらかせるものか! ディアボロを呼び出したのが運の尽きじゃ!」
「そんな……ストレイシオンはディアボロなんかじゃ……」
悲しそうな顔をする長幡。人間並みの知能を持ったストレイシオンも、やはり項垂れる。
どうやら、老人は咄嗟に自分をかばった長幡のストレイシオンをディアボロと思い込んで避難を勧めてきた長幡にまで噛み付き始めたらしい。
だが長幡はすぐに撃退士としての自分の使命を思い出したのか老人を傷つけぬよう押さえ。
「後で話は幾らでも聞きます! お願いだから今は助けさせて下さい!」
「茶番……? 命を張らない分際で、文句だけは一人前に吐くか……」
魔術師、つまり以前からアウルの力を扱う家系という特殊な家系で育った彼の考えでは力無き者に呉れてやる慈悲は無かった。サンバラト以外にも当り散らす様には不快感しか感じないようだ。
とはいえこの呟きを老人に聞かせないようにはしていたが。
「……」
これを耳にしてしまったユーノは思わずアデルの方を睨みそうになったが……すぐに目を伏せた。
(人や撃退士も綺麗とばかりは……いえ、一様ではないのでしょう。……悪魔と同じように)
アデルもそれ以上は語らず、自分を抑えている。
(ご老人の怒り嘆きは当然の事。ですが……直接邪険にしたのでないなら……困難な任務で不和を立てるのは止めましょう)
ユーノとは違う思いながら、マキナも老人から視線を切る。
「怒りに任せての雑言……耳を傾けるだけ無益ですね」
ふと、視線の先にサンバラトの翼が見えた。
――あぁ、それが己の悪果であるならば兎も角として。 悪魔である事自体で彼に咎はないのというのに
「何も変わらないのに……解ってくれないのは、やはり寂しいのですワ……」
ミリオールは天使ではあったが、さっきの敵の姿への嫌悪は別として特に悪魔にも敵意が強いわけではなく、この光景は悲しかった。
「おやおや、ここで立ち止まって話し込む時間はあるんでしょうか〜」
咲が刀の柄に手をかけて踏み出す。老人に刃を突きつけて説得する気らしい。
しかし、その前に穂鳥が一歩前に出て老人に近づこうとする。
彼女の前には丁度サンバラトが立っていたが、穂鳥は常の礼儀正しい彼女らしくも無く無言でサンバラトを押し退ける。
「何じゃお前は!」
今度は穂鳥を罵ろうとする老人。しかし、次の瞬間老人は糸が切れたように崩れ落ちた。
「ご無礼を。緊急事態ですので、お話はお目覚めになった後でお願いします」
穂鳥はそう言って倒れ込んで来た老人を丁寧に抱きとめた。
「ご無礼をいたしました。……先に言葉を交わすとあらぬ誤解を招くと思いましたので」
改めて挨拶する穂鳥。
項垂れる少年を穂鳥は穏やかに励ました。
「……要救助者と揉めるのはよくあることです。その姿を隠されないということは人の弱さや痛みを受け止める覚悟がおありなのでしょう?」
「……ありがとう……」
「爺も小僧も頭では解っていても気持ちで折り合いが付けられないか。 問答無用で潰せれば楽だったが……そうもいかないのがヒトか。難儀なものだよ……いや、爺は違うかもしれんが」
肩を竦めるエルザ。
一方、長幡に丁寧に背負われる老人を見るナナシの目は少しだけ悲しそうな光を湛えていた。
「よもやこの程度で泣き喚きはすまい?」
そして、吹雪は傷ついたものを治療し次の戦闘に備えるのだった。
●
一同が住宅地の地図を広げて細かい動き方を確認している最中にサンバラトとハッド(
jb3000)は何故か服を交換していた。
「王冠をとればたいして背もかわらぬじゃろ!」
ハッドは自信満々でふんぞり返り。
「嫌な予感がするからの。そのハルヒロ? とやらをヴァニタスにしたコト自体が歪んだ愛情にも思えるからの〜」
そう言われては黙るしかない。
「お前の優しさは美徳。だが精神は未熟じゃ。此度は試練になるやも知れぬぞ」
サンバラトは静かに頷く。
「気をつけて……魔力を供給しているのが父上の配下の誰かなら相当強力なヴァニタスになっている筈……」
「案ずるな! 若き魂を正しく導くのも王の務めゆえの。うむっ」
「相談は纏まりまして? ……なら、サンバラト様もこちらの方がよろしいかと思います……酷な事を頼んでいることは、自覚しておりますけれど、他人に任せて済ませられない事でもあるでしょう」
●陽動/住宅地東地区
突入班の6名を駐車場に送り届けた誘導班は、住宅地で激しい戦闘を繰り広げている。
エルザの雷帝霊符がファウストの逞しい肉体に連続で突き刺さる。
「筋肉達磨め……」
忌々しそうに呟くエルザ。ファウストは反撃のため巨大なボウガンを構えた。
「ふふふ、それを待っていましたよぉ!」
咲が植え込みの影から飛び出した。狙いは一点。敵のボウガンだ。
振り下ろされる打ち刀はしかし、鈍い金属音と共に弾かれ、遂にボウガンの矢が撒き散らされる。
「くっ……」
咄嗟に緊急障壁を展開して強力な矢を防ぐ穂鳥。
「ちぃ、無駄に固いですねぇ!」
逆に、ディアボロは力任せに少女を殴り飛ばし、足を振り上げた。
回避不可能。咄嗟に身を固くする咲。しかし、錯乱したファウストの無駄に逞しい足が蹴り砕いたのは、咲の傍の街路樹だった。
「インサニア・コンターギオ……咲様、退避を」
周囲に微かなスパークを纏ったユーノが叫ぶ。
「狙いは悪くない。砕く!」
飛び退く咲。合わせてアデルがフォースを発射。魔力弾をボウガンに直撃させた。だが、ボウガンはまだ壊れる様子はない。
「直接殴れば!」
魔力を纏った袋井 雅人(
jb1469)がクローをボウガンに叩き込みようやくボウガンは砕ける。
が、咄嗟にファウストの拳が空を切った鎌の柄を握り込んだその鉄拳を胴に受けた袋井舗装された歩道にたたきつけられてもなお止まらずワンバウンドして茂みに転がる。
「袋井さぁん?!」
咲が叫ぶ。しかし、今度は反対方向からも誰かが吹っ飛ばされて来た。吹雪であった。反対側でもう一体のファウストを相手にしていた。
「さすがに重いな」
盾を構えていて致命傷を避けてはいるが、やはり無傷という訳にもいかない。
「やってくれますねぇ……、この肉だるまさんはぁ!」
仲間を傷つけられたことで、本性を現した咲は二体のファウストを睨む。
(ボウガンを壊したほうはすぐには何も出来ないでしょうからぁ……!)
もう一体のファウストへ、今度はその足に太刀を横薙ぎに叩き込む。
「……どうしたその図体は飾りか?」
吹雪も扇を投擲。ファウストの足を深く斬った。
続いて、ユーノも脚に集中。遂にディアボロは膝を着く。
「その筋肉に糸は通らないだろうが、これならどうだ?」
ディアボロが苦し紛れに持ち上げたボウガンがエルザのグリースが絡めとる。ディアボロが慌ててそれを引っ張ろうとするが、サンバラトが腕を狙って放った魔力を受けて、遂に放してしまう。
「纏めて怯んでくれれば良いのですが」
更に、穂鳥が魔力の竜巻に脚が無事なファウストを巻き込み朦朧とさせる。二体のディアボロはボウガンを破壊された。更に片方は足を傷つけられ、もう一体は朦朧となり無防備な姿を晒している。
「さあ、後は存分に切り刻んでやりますよ、ふふふ〜」
咲が改めて太刀を構える。だがその時。
「……? そう言えば……彼はどこに?」
サンバラトが呟く。その時、付近の住宅の一部が爆発して吹っ飛んだ。
●
「ヒリュウ!」
叫ぶ長幡の背後でヒリュウが鋭い悲鳴を上げた。
長幡を、性格には彼がせおっている老人を庇ったヒリュウには鋭い矢が突き刺さっている。遥か後方にはボウガンを構えるファウストがいた。
長幡は、何回か遭遇した経験から全力で逃げれば振り切れると解っていた。とにかく走る。
「まずいな……どんどん遠回りに……」
長幡は単独行動、しかも背後に無力な一般人を抱えている状況では慎重に行動するしかない。結果から述べると、彼が老人を安全な位置に護送し終えるのはゲートコアが破壊された後になる。
●誘引の計
ハッドは仲間から少し離れた所に潜み援護の機会を伺っていた。
「見つけた!」
直後、何かが異様な力でハッドを引っ掴む。抵抗する間も無く攫われ無人の住宅に連れ込まれた。
ハッドが見たのは喫茶店の従業員が着るようなベストに、小さな山高帽子、それに握りの所が曲がった短いステッキを持ったすらりとした少年、ハルヒロが異様に目を輝かせて自分を見つめている姿だった。
「やっと会えましたね!」
嬉しそうに。本当に嬉しそうに少年は心から笑った……が、突如その表情が急変する。
「サンバラト……様?」
表情が引きつる。
戦闘中、見覚えのある服装を確認して隙を見て攫ってみたはいいが、よくよく見れば別人なのは明らかだ。
ハッドの背筋にぞくりと冷たい物が走った。
「おまえ……」
ハッドは悟った。自分は、このヴァニタスの逆鱗に触れたのだと。
「何故お前がサンバラト様の御召し物を着ているぅうううう!」
それは、とてもハッドの反応出来るような速度では無かった。
ハルヒロの杖が一発、二発。強打でハッドが悶絶すると、何故かハルヒロはハッドが着ていたサンバラトの衣服を丁寧に脱がせ――再び狂気に近い怒号と共に振り下ろされる連打は瞬く間にハッドを叩き伏せる。
「このっ! このっ! よくも貴様如きの汚らわしい肌が! サンバラト様の御召し物を汚すなんてぇえええええ!」
最後の一撃は、爆発を伴った。
この爆発で見当をつけて飛び込んで来たサンバラトたちが目撃したのは凄惨な痛手を受けたハッドを片手で吊り上げ、なおも止めを刺そうとするハルヒロの姿だった。
「……止めて!」
サンバラトが叫ぶ。
振り向くハルヒロ。その顔から潮の引くように憤怒と狂気が失せ――。
「ああ……お許しください。お召し物を下衆の血で汚してしまいました……!」
どさり、と血塗れになったハッドが床に転がる。
一方、ハルヒロはサンバラトの服を抱え――ゆっくりとそれに顔をうずめた。
その異様な光景に固まる一同。すんすんと動物が鼻を鳴らすような音が響く。やがて顔を上げたハルヒロは何故か恍惚とした表情を見せた。
「あ、はぁ……良かったぁ……まだサンバラト様の匂いがします……あだからお許し下さい。僕、ちゃあんとお召し物を取り返しました。サンバラト様の匂いが無くなる前に……」
と、ここで急にハルヒロは現実に帰った。
「……ゲートに!? 人間共ぉ……!」
「やはり、因縁浅からぬようだが、今は問うまい。止めるぞ」
冷静に相手の様子を観察していた吹雪が真っ先に反応。ハルヒロにグリースを絡みつかせた。
「このヴァニタス、相当お前にご執心らしいな……」
反対方向からはエルザのグリースが絡みつく。
「ここで止めなければ、ゲートに向かった皆様が危なくなります」
ユーノに言われ、サンバラトも咄嗟に武器の鎖を投擲ハルヒロに巻き付けた。
だが、ハルヒロは全く動じた様子も無い。グリースの糸も一向に食い込まない。
「お可哀想なサンバラト様……奴らに騙されているのですね。ですが、僕も今や栄光ある冥魔の末席に連なる身、今は助け出せぬこの身をお許しください!」
ただ一度、ハルヒロが力を込めただけでグリースと鎖が引き千切られる。
「ハルヒロっ……!」
「でも。必ずお助けしますから!」
サンバラトの制止も聞かずハルヒロはそのまま追跡不可能な速度でゲートへと向かった。
●
「無茶をする……ほれ、しっかりせい。これで終わりではあるまい?」
「案ずるな〜……我輩はバアル・ハッドゥ・イシュ・バルカ3世……王で……ある〜」
そう言ってハッドは、気絶する。
一方、殴り飛ばされながらもナイトドレスで致命傷だけは免れた袋井は、サンバラトを叱咤していた。
「君も私と同じ人の上に立つ者なら動揺してはいけません。ここは『私の知人のフリをする不埒なヴァニタスを成敗します。みなさんどうか私に力を貸して下さい!』ぐらい言って下さい!」
だが、少年は静かに首を振った。
「僕は……もうそんな身分ではありません。それにもう二度と彼を裏切りたくないんです……だから、僕は自分に嘘はつけない。彼を、ハルヒロをハルヒロとして認めないなんて出来ない……」
「そうですかあ、まあ、冷静お考えになってどうぞお好きに〜」
と咲。だが少年は。
「でも……自分が何故ここにいるかは解っている。……ハッドに事で解った。僕が向かえば少しはハルヒロの注意を引けるはず……」
「……まあ、僕も余裕ががあればゲートの方を手伝うつもりでした。男に二言はありませんね?」
こうして、誘導班もゲートに向かう事になる。重傷を負ったハッドは、吹雪が安全な場所まで運ぶ事になった。そう決まった瞬間、真っ先に戦闘に立つサンバラトを見てアデルは呟く。
「悪魔の割に真っ直ぐな心根だよ……愚直なくらい、真っ直ぐだね」
●
地下駐車場。ゲートの力場が充満するそこに、緑色のディアボロはじっと蹲っていた。彼がその主人より命ぜられしは、ゲートの死守。
通路は割合入り組んでおり、また駐車されている台数も多い。
瞳無き眼窩からポタリ、ポタリと赤い毒液が滴りコンクリートの床を腐食する――と、まるで猫のように耳をピクリと動かすデュアル。
直後、10m以上離れて駐車されていた車の陰から飛び出した一閃の雷光の剣がデュアルの横腹に突き刺さる!
「いくわよ!」
ナナシの雷剣による攻撃を合図に、撃退士たちは車や通路などの物陰から一斉にデュアルへと向かっていく。
「時間もありませんしねえ……御互い全力で……」
凛の斧槍が白い光を纏う。まるで白刃の輝きがそのまま刃と化した如き閃光が飛翔。デュアルを焼き切った。
「跡形も無く消し飛ばして差し上げますワっ!」
デュアルに向かって走りながら手をかざすミリオール。アウルのエネルギーがデュアルに向かって収束し、縮退し、凝集し――
「ぎゅー……どかーんっ! ですワっ!」
煌めく星屑のような爆発が敵を包む。
「それじゃあいきますか……流石にこいつの血は不味そうだな……」
物騒な事を言いながら、敵に駆け寄る服部。連続攻撃をうけたにも関わらず、デュアルは即座に反応してその逞しい腕を振るう。
「そう来ると、思っていましたよ?」
だが、服部も無策で突っ込んだわけではない。腕に捕えられる直前に跳躍した服部はそのまま天井へ。見上げるデュアルの眼前で思いっ切り天井を蹴ると、一直線にストラスクローを突出し、デュアルの片目に叩き込み、着地する。
不気味な咆哮を上げるデュアル。
「ぐ……」
だが、呻いたのは服部も同じ。見れば右顔面から胸にかけてが紅く染まっている。血では無い。至近距離から赤い体液を諸に浴びたのだ。一方のデュアルだが、相変わらず目から赤い液体を流しており、眼を潰せたかどうかは解らない。
「動きを封じれば、ゲートへの道は開けるでしょう」
ここで、距離を詰めたマキナが再び手を突き出す。縛鎖だ。しかし、デュアルはマキナの手を躱すと、続いてその両眼から、体液を赤い霧状にして撒き散らした。
閉鎖空間に充満する毒性の赤い霧、撃退士たちは激痛に耐え、顔を顰める――いや。
「なるほど、イイ感じですねぇ……!」
ただ一人、凛だけが激痛に笑顔を浮かべる。
その時、突如轟音が地下駐車場を揺るがした。
「何が起きたの?」
ナナシはそう言ってから、更にある事に気付く。
「……並木坂さんは?」
●
マオは、途中から他の五人とは別れ、別の通路から地下に向かっていた。それ自体はナナシに予め話してあった事で問題は無い。
だが、一旦地下二階に辿り着いたマオは爆発音を聞いて本能的にそちらへ駆けだしていた。
「まさか……だよね!?」
他のメンバー以上にヴァニタスの存在に注意を払っていたマオだからこそ気付いたのだろう。数秒後、マオは複数のファウストを引き連れゲートへと向かうハルヒロに地下通路で遭遇していたのだ。
「何だ……たった一人か。そこをどけ撃退士。僕はゲートに用がある」
冷たい声で言うハルヒロ。
「きみが親玉……悪いけど、横槍は入れさせないよ」
立ちはだかったマオは、一体なんのつもりかトマトを取り出すと、一口。途端その全身から闘気が立ち昇る。
マオにとっては地の利があった。ハルヒロの後ろにひしめくファウストは図体がデカく一度に通路を通る事が出来ない。
「解った。死にたいんだね?」
酷薄な笑いを浮かべるハルヒロ。
「相討ち上等……体張らなきゃね!」
先手必勝とばかりにハルヒロへ詰め寄ったマオ。その軌跡が黄金色に煌めき、マオのブーツがハルヒロの胴体を踏みしめる。一段高い所に上ったマオの回し蹴りがハルヒロの顔面に吸い込まれていく。
――みんな、コアを壊す時間くらいは稼ぐから――!
●
デュアルと対峙する五人は焦燥に駆られていた。あれからもう一度、総攻撃を仕掛けたのだが――攻撃一つ一つに手応えはあるにもかかわらず、デュアルは一向に倒れる様子は無い。
撃退士たちの戦術に問題は無かった。問題は戦力の絶対数――ゲートの守備に配されるようなディアボロは当然耐久力と継戦能力に特化していたのだ。
また、マオが抜けているのも更に厳しい。
といっても、メンバーは後で知ったのだがこの間マオはハルヒロ相手に時間を稼いでいた。また、ハルヒロがハッドの誘引に引っかかって貴重な時間をロスしたのも大きい。
つまり、ハッドとマオの『犠牲』があったからこそ、まだ撃退士たちは敗北しては居なかった。そして、撃退士たちが勝利を掴むためにはまだ一人、生贄が必要であった。
「余所見をしないで……」
どこか妖艶さすら感じさせる凄絶な笑いを浮かべ、凛は最後尾で怪しげな動きを見せる服部に襲い掛かろうとしたデュアルに打ち掛る。
カオスレートを調整し、更に再生を付加してなお凛の体は傷だらけだった。このままでは限界を迎えるのも時間の問題だろう。
だが、凛は一向に引く様子も、攻撃を避けるそぶりすら見せずひたすらデュアルと傷つけあう。額から垂れた血が唇に達した時、凛はそれをぺろりと舐め。
「まだまだですねえ……!」
更に深く、斧槍を撃ち込む。
同時にデュアルの手刀が凛の肩を砕いた。
「打撲も中々……おや……」
それが致命傷だったのか、ぐらりと傾く凛。だが、視界の端でアウルを解放するマキナを見て笑い、どさりと倒れた。
「後は……お任せします……」
「最後のチャンスかもね。今度こそ!」
まずナナシは活性化させた大鎌を振り被る。
「了解ですワ! 流石に痛いなあ……美味しく無さそうだけどその力……頂くですワっ!」
同時にミリオールがアウルで作り出した黒い球体を投げつけた。無論、ここまでに見せたデュアルグリーンの固さでは、隙はつくれても動きを完全に封じる事は難しい。
だが、まずはそれで十分だった。
一歩踏み出したマキナは強力な魔力を纏っていた。凛が限界を超えて自身に敵の攻撃を集中させた理由の一つがこれだ。
マキナがその秘めたる力の一端を解放する行為――『九界終焉・序曲』には時間がかかる。その時間を凛が稼ぎ、更にナナシとミリオールが攻撃で作った隙にマキナがデュアルに叩き込む黒炎は。
「――これを幕引きとしましょう」
九界終焉・序曲から奏でられる渾身の旧世摧滅・終曲がデユアルの背後から黒い火炎を吹き上げ、マキナのアガートーラムがデュアルの背面を穿つ。同時に。
「皆さんが力尽きないように、全力を尽くしましょ!」
巨大な駐車場の真ん中に発生した時空の歪みに疾走、その中に飛び込む服部。
デュアルはその動きを補足していた。
しかし、反応出来なかった。マキナの一撃で受けたダメージが大き過ぎた。しかし――。
「これでも、倒れないなんて……」
マキナの一撃は、デュアルが服部のコア破壊を阻止しようとする行動を止めるには十分だったが、ディアボロそのものを屠るにはまだ足りなかった。
しかも、服部がゲートに消えてからすぐ上階から繋がる通路から、複数のファウストを引き連れ、ボロ切れのようになったマオを引き摺ってきたハルヒロが現れた。主人の到着にデュアルが一際大きな咆哮を上げる。
「何て事……」
ナナシが呆然と呟く。
マオと凛は重傷で戦闘不能。服部はゲートの中だ。マキナ、ミリオール、ナナシの三人も決して無傷ではなく、ここまでで相当消耗しているのだ。
「間に合ったみたい! さあ、戦力の差くらいは理解出来る筈だよね? 大人しく我らが栄光に平伏すのなら、苦しめはしないと約束しよう!」
マオをナナシたちの方に放り投げ、高らかに宣言するハルヒロ。
(このままじゃ味方が壊滅ですワ……!)
そう判断したミリオールは一歩前に出て敢えて敵を挑発する。
「貴方がこの悪趣味なディアボロを作ったんですの!?」
「お館様の栄えある作品を侮辱するのかッ!」
だが、ハルヒロが怒鳴った時ゲートの力場が大きく軋んだ。
「!? ……まさか!」
直後、ゲートの中から服部が飛び出して来る。
「コアは無事破壊して来ましたよっ……あらら、随分とピンチなようで」
味方の状況に服部も苦笑いした。
「貴様ら……よくも我らが栄光に泥を!」
「……その栄光とやらは、如何な輝きを放っていますか?」
終曲の反動で動けぬマキナが言う。
「何だよ……何だよ、その目は……解った! 羨ましいんだね!?」
「……まぁ、死を超えると言う意味では祝福ではあるのでしょうが――哀しいですね。それが呪いだと思えない事が」
「お前ッ!」
激昂するハルヒロ。そこに、この地下駐車場で繰り広げられる宴の最後の招待客たちが到着した。
「ハルヒロ……」
悲しげな目でヴァニタスを見るサンバラトそして、袋井だ。
「サンバラト! やっぱり来てくれた……コホン、来てくれたんですね! 今こいつらを……」
満面の笑顔を浮かべるハルヒロ。だがサンバラトは。
「ハルヒロ……ごめん……!」
常に現出させている闇の翼で滑空したサンバラトはすれ違いざまに巨大な槍をハルヒロに投げつける。
「サンバラト……?」
あっさりそれを弾くハルヒロ、だが明らかに殺意の篭った攻撃に茫然自失となり、隙が生まれた。
「ダメもとでいきますよ!」
同時に、一気に敵集団の中に飛び込んだ袋井は破れかぶれで自分を中心としたアウルの冷気を放つ。
「……こんなもの!」
ハルヒロには通用しない。が力だけがとりえのファウストパワーが次々と眠りに誘われ地響きをたてて倒れる。続いて手傷を負っていたデュアルも怯んだ様子を見せた。
「皆、逃げるわよ!」
ナナシの判断は早かった。凛を抱え自身も闇の翼を形成。続いて服部、マキナも咄嗟に地上へと走る。
「逃がすかぁ!」
吼えるハルヒロ。しかし。
「どこを見ているの? こっちですワ!」
ハルヒロはミリオールの声に反応するが、明鏡止水で気配を消した彼女の位置を咄嗟に看破できず混乱。そこに覚醒したミリオールがアウルを収束させ更に強力な爆発を引き起こした。
それをきっかけとして駆けつけた他の誘導班のメンバーも総攻撃でとにかくヴァニタスを牽制。
「サンバラト様、サンバラト様!」
爆発で視界を塞がれ、更に一時的に配下のディアボロを封じられたハルヒロが空しく叫ぶ。しかし、そのサンバラトは倒れているマオ抱えると、他の撃退士と共に駐車場から脱出していた。
ハルヒロやディアボロがようやく体勢を立て直したときには、もはやゲートが限界に来ていた。このままでは魔界に退却できなくなる。ハルヒロは無言で傷ついたデュアルグリーンに跨ると、ファウストたちを引きつれゲートへと飛び込むのだった。
●
夜明けが迫っていた。
撃退士たちは先遣隊の6名も含めて駆けつけた警察や別の組織の撃退士などと事後処理に当たっていた。
撃退士たちに三名重傷者が出たものの、全体的に作戦は成功であった。陽動が功を奏し、また途中からはヴァニタスが全てのディアボロを率いてゲートに向かったおかげで老人含め避難中の犠牲者は皆無。
取り残されたものもゲートの破壊が間に合ったおかげで助かっていた。
だが、サンバラトの心は晴れない。
「ハルヒロ……」
「ヴァニタスは作成時に項目の刷り込みが出来るのだろう? お前の父親が主ならどんな悪辣な内容か分かったものではないぞ。 子供への仕置きの意味も当然あるのだろうしな」
無意味かもしれないと思いつつ慰めるエルザ。
だが。
「違うんです……父上は、ハルヒロの心を弄っていない……! 僕には解るんです……! それが、下手に彼の心を弄るより『風流』だからッ!」
「怒るのは良いわ。でも誰かを憎んでは駄目。その感情は巡り巡って、いつか自分自身を傷つけるから」
肩を震わせるサンバラトにナナシがそっと声をかける。
「数奇な巡り合わせか、意図的に仕組まれたものなのか…… ……ところで、ヴァニタスってのはどんな……いえ、すみません。独り言です」
服部も言う。
「ハルヒロ……次に会えたら……僕は……!」
「何があっても俺はきみを信じるよ。今回のことで解ったから……支える準備も心持ちもできているから」
サンバラトはそう言った長幡の方を見て、ありがとうと言った。その目はじっと涙を堪えているようにも見えた。