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マスター:稲田和夫
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:10人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/01/31


みんなの思い出



オープニング

 ここは現代日本である。例え天魔などという手合いが人々の日常を脅かすとしても、やはり現代の日本なのだ。
 であれば、何か市民生活を脅かす事態が発生した際。その現場に赤色灯を回転させた白と黒のパトカーが複数乗りつけ、制服に身を包んだ警察官が現場を封鎖し、人々から事情を聞く光景もまた日常。
 ここは関東地方の某所にある廃病院。
 徹底的に朽ち果て今は訪れるものもいない筈だったが、ある日の夕刻ようやく、次の開発計画が決まり、取り壊し作業の下見のために訪れた作業員からここで怪しい人影を見たと通報があった。
 犯罪者――であれば、それは警察官の仕事だ。しかし
「て、天魔だ! 大至急撃退士に連絡を」
 廃病院に踏み込んだ巡査数名が大慌てで逃げて来た――。


 確認された天魔は特徴からディアボロらしかった。
 妙な事に天魔は物質透過が使えるにもかかわらず、病院の外に出ようとしない。
 そのおかげで警官隊はもちろん安全な距離を保ってとはいえ黄色いテープで敷地を封鎖する事も出来たのだが。
 あるいはゲート作成のための下調べを命じられているのかもしれないが、そうでない可能性もある。確かめる術は無かった。
 それに、どんな理由であれ倒さなければならないのは変わらない。
 
 現場は重苦しい雰囲気に包まれていた。ビルの中で天魔に遭遇した解体業者は5名。内3名は何とか逃げ出したが、未だに2名がビルの中に取り残されているのだ。
 現場に残った中年の作業監督は祈るように病院を見上げる。残されているのはまだ若い作業員なのだ。
 警官たちとて、その気持ちは痛いほどわかる。何となれば彼らは、市民を守るためにこの制服に袖を通しているのだ。
 しかし、天魔という存在には十分な訓練を積んだ者でさえ一般人である以上太刀打ちできないのだ。
 それは業者の方も解っているから、ただ耐えるしかない。だが――そんな彼らの願いも空しく、遂に廃墟から残忍なディアボロが餌食に上げさせる悲痛な悲鳴が響いて来た。

 現場に緊張が走った時、出動した巡査の中でも一際若い越村誠一巡査は、拳をきつく握りしめた。
 解っている。解っているのだ。同僚を責めてもしようがない。天魔相手に一般人が挑んでも、無駄に被害を増やすだけだ。
 それは解っている――!
 しかし、同僚の悲痛な悲鳴にへなへなと崩れ落ちる作業監督の姿を見ると、越村はもはやいてもたってもいられなくなり、現場の責任者である巡査部長に向かって声を上げようと――。

「すみません。通してください。久遠ヶ原の撃退士です」
 現場を封鎖している警官が道を開ける。歩いて来たのは一人の少年。
「久遠ヶ原小等部の‥‥皇 樹生(すめらぎ たつき)です」
 裾の長い儀礼服を着て、腰に長刀を差したどう見ても小学校高学年にすらなっていない男の子が、撃退士であることを間違いなく証明する手帳を差し出す。
 慣れた様子でそれを確認した巡査部長は。

「ご苦労様です。所轄の車原です」
 必要な情報をよどみなく伝えた巡査部長は、礼儀正しく頭を下げた少年に向かって、ぴしりとした敬礼で応えた。

 はっと気づいてはわわと、敬礼を返す樹生。

「では、他の方も後から?」

「うん‥‥はい、ぼくが別の依頼でたまたま近くにいたので、一足先に現場へ行くようにって……行くようにと。すぐに十分な戦力が到着します」

 まだ民間人取り残されていることを知った樹生は僅かに迷った後、決めた。

「先に突入します。一人で奥までは行けないけれど、もし助けられる位置にいるなら」
「どうかくれぐれも気を付けてください」
 力強く敬礼する巡査部長。他の部下もそれに習ってきれいな敬礼を返して、病院へと向かう少年を見送る。

 だが。

「どうしたんだ?」 
 同僚が、思わず尋ねる。何故か越村は敬礼もせず拳を震わせているだけだったのだ。
 
 そして、さまざまな事後処理のために警官たちが動き始めた時、越村は只一人走り出す。
「!? おい、何処へ行く!? そっちは!」
 悪魔の待つ、廃病院へ!


「おかしいだろ、こんなのおかしいだろ……!」
 越村は、敬礼という仕種が好きだった。何かを守るためにこれから危険へと赴く者同士のための儀礼。それは送られる者にとって最大の敬意であることは勿論だが、送り出す者にとってもまた、必要があれば自分たちも即座に危険に飛び込むという意思の発露であるべきなのだ。

「撃退士!? 冗談じゃない、まだ二桁になるかならないかじゃないか! そんな子供を一人であんんな化け物の巣に送り出すなんて! 冗談じゃない! そんな事をするやつに敬礼する資格なんかあるものか!」

 越村は職業柄撃退士とかかわることは勿論多かったが、まだ、そこまで若い撃退士を見たことが無かった。

 だが、実の所、彼の暴走の原因は単純だった。

 彼の弟もあのくらいの年齢だっただけだ。

 あの日、弟は警官になったばかりの大好きな兄を可愛らしい敬礼で見送ってくれた。
 
 それが、越村が見た弟の、天魔に殺される前の最後の姿だった。


 樹生が突入して数分後、病院の裏口から作業員の一人が駆け出してきた。即座に警官たちが保護する。
「あんな小学生でも……撃退士なんですね。凄いもんだ」
 傷を負いながらもほっと息をつく作業員。
 彼の話によれば樹生は一回の奥で彼を包囲していたディアボロを樹生が追い散らして安全な場所まで守ったようだ。
 樹生は、『敵はこちらを待ち伏せしていそうだから、増援が来るまで一階を動かない』と後から来る久遠ヶ原生に伝えるよう作業員に言っていたという。
 だが、残ったもう一人の作業員については彼も答えられなかった。襲われてから救助されるまで一度も会わなかったということだ。
「そうですか……それで、申し訳ないのですが」
 ここまでの話を丁寧に聞いていた巡査部長が言いにくそうに切り出した。
「その、中で警官に会いませんでしたか?」
 首をかしげる作業員。
 巡査部長の顔が青褪める。資料によれば病院は地下二階まである。恐らく樹生とは別の方向に行ってしまったのだろう。
「くそ……あの青二才!」
 車原が毒づいたとき、病院から明らかに通常の拳銃のものと解る発砲音が響く。そして――撃退士たちの後続が到着した。


 一階の朽ちたソファーに腰掛けた樹生は両手で刀を床に突き立て、じっと暗闇を見据えていた。
 さきほど、ディアボロを攻撃して追い払ったばかり。
 深追いはしない。それが彼のクラスのでっかい一本角の生えたせんせいの教えだからだ。

「『敵地で敵が容易に退くような動きを見せたなら、まず立ち止まる事だ。罠の可能性が高い』……はいせんせー、ぼく、気をつけます……かえさるもそうやってがりあで戦いました」
 教わったとおりの内容を復唱する樹生であった。


リプレイ本文

「巡査が再突入……!? なんで?!」
 現場に到着後、関係者から話を聞いた長幡 陽悠(jb1350)は、思わず叫んでいた。
 それに応じるように、越村の同期が口を開き彼の敬礼に対する持論や家族の事などを手短に語る。

「小等部も一人で先行か。早く追いついてやらないといけないぜ」
 そう言っていた榊 十朗太(ja0984)も巡査の話を聞き。
「……気持ちは分からないでもないが無謀だ。早く見つけて殴ってでも止めるしかないな」
 と表情を緊張させる。

「無茶するわねー。そういう熱いの嫌いじゃないけどね」
 とメフィス・ロットハール(ja7041)。

「ふむ、一刻を争いそうだな。だが、焦りは禁物であろう」
 と黒兎 吹雪(jb3504)。

「案ずるな、我が叔父上は言った……一人ヤルのも二人ヤルのもあんまり変わらん? と」
 何故か戦闘前から、スレイプニルに騎乗済みの雪風 時雨(jb1445)が余裕すら感じさせる口調で言い放つ。更に。
「全員アドレス交換も済ませたようであるし……巡査部長殿、拡声器での呼びかけを所望する」
 時雨が呼びかけさせたのは作業員と越村に対してこれからスマホで連絡するからマナーモードにしておけというものだった。
 確かに、これは意外に良いアイディアかもしれない。ディアボロ、眷属は基本的にそう知能の高い相手ではないし、仮にこの内容を理解できたとしても、まだ、二人が捕まっていないのなら、急に危険にさらされる訳でも無い。何より勇気づける効果もあるだろう。
 ただ、これから攻め込む撃退士には危険が増す可能性も高い。その事を車原が指摘すると。
「待ち伏せ? はははは、そんな連中は後ろから殴り倒せばよかろう!」
 凄い自信だ。

「さてと、人助けをしながらの討伐作戦ですか……では打ち合わせ通り行動しましょ」
 最後に、服部 雅隆(jb3585)がそう言い、10名は廃病院へと急いだ。


「子供が戦うの、やっぱり不思議なのかな……? とにかく、早く助けないと」
 病院の入り口で分散する際、草薙 胡桃(ja2617) は友人の藤沢薊(ja8947)にそう言った。
「一緒にやるの初めてだね。頑張ろうね?」
 これが二人で挑む初任務ということもあり、薊は改めて大切な友人を見た。
 頷く胡桃。そして彼らは二手に分かれる。

 一方、忍軍という特性を生かし月臣 朔羅(ja0820)と音羽 千速(ja9066)は病院の壁を垂直に駆け上がる。外から見守っていた警察官たちが思わずざわめくような光景だ。
「自分がやるべき事を、完全に見失っているようね。無事でいてくれると良いのだけれど」
 朔羅はやら呆れたように、しかし心配そうに言う。
「人を護るのが撃退士の仕事! ……だけど、その人の気持ちも……」
 と音羽。
 その時二人の耳に、警官たちの『危ない』という声が!
 
 上から数体の敵が壁面を這って迫っていたのだ。

「迅速且つ確実にいきましょう」
 朔羅は相手がほぼ一直線に並んだ瞬間を狙って雷死蹴を真横に、つまり一般的な方向で言えば真上に放ち、数体を纏めて薙ぐ。
 
 完全に絶命し、あるいは麻痺して落下する敵。
 まだ息がある者には音羽が短剣を投げつけて確実に止めを刺す。こうして二人はなおも壁面を駆け上がる。


『久遠ヶ原学園生だ。そなたと合流したい』
 闇を睨んでいた樹生は吹雪の声に跳び上がったがすぐに気付く。天魔の『意思疎通』だ。

『長幡も同行しておる』

 樹生の顔が明るくなる。
 実戦で世話になった長幡の事は良く覚えていた。
 また、もともと彼に学園の天魔に対する不信感は無い。担任ははぐれ悪魔で、初の実戦で助けてくれた学園生にも天魔も交じっていた。
 
 だが、樹生は吹雪に答えられない。意思疎通はそれを持たない者には一方的に伝える事しか出来ないのだ。だが、樹生は警官に伝えていたように安全な場所で待っていたので、合流はすぐに完了した。
「お疲れ様、よく頑張ったね。一緒に探そう」
 長幡がにっこりと笑い、樹生も笑顔で返す。その時、皆のスマホが揺れる。時雨からだ。

『From:雪風
 >連絡した。各自のスマホに注意せよ』

「む? 私も勿論持っておるぞ……便利な世の中になったものよ」
 手慣れた様子でスマホ確認する吹雪。四人は連れ立って地下への階段を降り始める。
「んー、どこかなー?」
 薊はキョロキョロと周囲を見る。

 やがて、地下一階に着くと長幡はヒリュウを呼び出す。
「通路の曲がり角に危険が無いか……頼むな」
 ヒリュウはパタパタと飛び去る。やがて、眼を閉じていた長幡が言う。

「はっきりとは分からないけど……相当数は居そうだな」
 その時。皆のスマホがまた揺れる。

『From:■■■@■■
>ちかにかい』

 続いて、地下に連続で発砲音が響いた。


 瞬く間に銃を撃ち尽くした巡査は、苛立ちと恐怖がない混ぜになった表情で配電室の天井を見上げる。三体の敵が一斉に越村に襲い掛かった!

「よろしくな……全力で護ってくれ!」

 その途端、長幡のストレイシオンが越村の前に飛び込んだ。爪が鱗に弾かれて硬質な音を立てる。

 続いて、吹雪の放った雷剣が眷属に突き刺さりスパークが起きる。
「おぉ、いましたねぇ。大丈夫ですか? ……けっ、お呼びじゃねぇのまでいたようですよ……小等部を舐めるなぁあああ!!」
 吹雪の牽制した敵に銃撃を当てる薊。だが、眷属は後から後から現れ、遂に薊に一撃を入れた。

「舐めてくれましたね……私は容赦しませんよ」
 だが、薊は怯むどころか雰囲気を一変させる。その瞳が黄色く染まり、薊の放ったスターショットが一撃で一匹の頭部を吹き飛ばす。
 更に、長幡と樹生も顔を見合わせ、武器を構えた。
 

「こっちです!」
 胡桃が鋭敏聴覚で捕えた振動音を追って、三階の広い部屋に踏み込む四人。しかし、彼らの表情が暗くなる。そこにあったのは携帯と、血痕とわかる染みだけだったのだ。

「手遅れだったということでしょうかねえ」
 服部が険しい表情を見せる。

「まだ、です。まだ……。諦めない……絶対に……!」
 胡桃は血の量が少ない事から、まだ諦めず再び聴覚を集中させる。

 その時、メフィスがすっと腰を落して身構えた。
「ハメられたみたい?」

 いつの間にか、複数の眷属が天井に張り付いて真下の四人に狙いを定めていた。その狙いは何とか作業員の物音を掴もうとして、集中していた胡桃だ。

「……子供に手を出すのは、見逃せませんね」
 襲ってきた敵の顔面を服部の三本の爪が穿つ。床に落下した敵に榊の槍が一閃。続いて、胡桃も打ち刀を抜こうとする。しかし、それを榊が制した。
「草薙は探知に集中していてくれ」
「子供には甘いと良く言われますがね……」
 服部も胡桃を守るように立ちはだかる。

 そう、まだ可能性があるのならそれを繋げるのは胡桃の役割だ。

 じっと耳を澄ます胡桃。

「聴こえました! 多分ビルの壁です!」
 胡桃は仲間に連絡する為にスマホを操作する。

 途端、今度は複数の眷属が着地して、一斉に飛び掛かる。
「お相手しよう。榊流槍術……御見せ仕る!」
 榊は一旦力を込めるように振り被った十字槍を一気に振り抜く。その一撃は纏めて三体を吹き飛ばし転倒させた。
 その隙にまずメフィスが敵を乗り越えて部屋の外に向かう。移動スキルを持つ彼女にも向かってもらった方が成功率は高くなるのだ。
 残りの三人は、一斉に武器を構え転倒している敵に仕掛ける!


 傷を負った作業員を小脇に抱えた眷属は病院の壁面を這いながら階上に向かう。だが、突然ナースの側の窓が破られ、中から白い影が飛び出す。
「……さて罠を仕掛けたと思ったら嵌められた気分はどうであるかな?」
 時雨は飛行する召喚獣の上で不敵に笑う。


 いや、時雨だけではない。朔羅と音羽の二名が、いつの間にか眷属の左右の病院の壁面に垂直にぴったりと張り付いて構えていた。屋上から壁面歩いて回り込んだのだ。しかし、敵を包囲した筈の三人の表情はまだ緊迫している。人質を如何にして取り戻すか?

 朔羅は思案する。
(敵は単体……影縫いの出番、なんだけど)
 麻痺させると敵が人質を放してしまうかもしれない。そうなれば、生命が危ない。

「人質、のつもりなのかな……」
 音羽が呟く。実際、この眷属は本能的に獲物を自分たちに有利な状況に誘い込むように動いている。迂闊に動けば、どういう行動に出るかは未知数。獲物を一噛みで殺してしまうかもしれないのだ。
 じわり、と三人の間に冷たい汗が流れる。その時、またもや三人のスマホが振動した。


 眷属の居る階に到着したメフィスはスマホの遣り取りで状況を把握、連絡を済ませると敵に気付かれぬよう、先程時雨が破壊した窓にまで忍び寄っていく。

「こっちだよっ!」
 最初に動いたのは音羽。あらぬ方向にナイフ投げて敵の注意を引き付ける。
 その隙にメフィスは一気に相手に接近、ディアボロと視線が合った瞬間、メフィスの全身を黒いアウルが覆い、翼のような形に広がった。

「間に合えぇ!!!」

 メフィスは、エンジンのような爆音と共に、窓から跳躍。ビルの壁に張り付く相手に刃を突き立てる。

 呻き、作業員を取り落す眷属。作業員はそのまま地上へ――激突する前に時雨とスレイプニルに受け止められた。
「この世に光を、心に安らぎを! 民草を守る為に、我参上!……む、やはり気を失っておるか」

 そして、壁を走って来た朔羅が、両足を壁に着けたまま敵と共に落ちて来たメフィスをしっかりキャッチする。これで、作業員もメフィスも無事転落を免れた。時雨と朔羅がお互いの特性を生かして救助対象と仲間の危機を救った訳である。
「私、恋人居るんだけどね?」
 抱き抱えられたメフィスが悪戯っぽく笑う。
「あら。お互いさまよ」
 朔羅も片目をつぶって見せた


 作業員確保と、地上階の敵全滅の連絡が撃退士たちに回った頃、越村は今更ながら、一人の警察官として問題のある行動をとってしまった事、そして改めて撃退士と一般人の違いというものを思い知り強烈な虚脱感に襲われていた。
 だが、そんな越村に長幡が声をかける。
「……うん。俺たち撃退士は化物と戦える力を持っていますから、一般の子と同じ扱いとか普通貰えないと思っていました」
 ふと、うつむいていた顔を上げる越村。
「勿論、無謀は良くないと思いますけれど……その心は、嬉しかったです。俺も……彼も」
 長幡はそう言って樹生の方を見る。樹生も、笑った。


 担架に乗せられた作業員は穏やかな寝息を立てていた。周りでは現場監督を始めとする同僚たちがほっとした様子であちこちと連絡している。

「もう大丈夫です。あとは僕らの仕事ですよ」
 救急隊員の一人が薊に笑顔で話しかける。
「何やっても。一番年下。でも、年上に、負けないくらいの覚悟はあります。撃退師としても、薬師としても」
 薊、いや今は刺草が、疲労の汗を拭いながら答える、仕草が多少女性っぽいのは多分気のせいだ。
「ま、命があって何よりじゃ」
 と吹雪。
 勿論この二入が救助された作業員を、救急車が来るまでに治療したのだ。

「そうだ、ねぇ様の怪我は大丈夫ですか」
 親しげに胡桃に言う薊。
「ありがと。心配してくれんたんだね。……ん、皆結構激戦だったけど、大丈夫」
「良かった……って、別に心配なんてしてません!」
 慌てて向こうへ走って行く薊に、一同の間に暖かい笑いが広がった。

 と、吹雪は真顔になって呟く。
「そんな事情があったとはの」
 それを聞いた救急隊員が頷いた。
 眷属が病院に居座った理由を懸念した吹雪は、さっきまで捜査陣に交じって病院の中を調べ、またこの辺にずっと住んでいるというこの隊員に話を聞いていた。
 
 解ったのはかつてこの病院が天魔に襲われ犠牲者が多数出た事。
 
 そして、吹雪が地下の倉庫で見つけた埃を被っていたこの病院の看護師の制服のデザインがさっきまで交戦していた眷属のそれと同じだったこと。

「襲われた際にディアボロに変えられた者が、作成者の命令に本能で従い続けていたとしたら……やり切れんの」


 「撃退士が来るまで囮になるとか、自分を盾にした人は尊敬出来るけど……撃退士がいてやるべき仕事がある時に普通の人が天魔に向かうのは……違う気がします」
「坊や……失礼。音羽撃退士の言う通りだ」
 安全が確認されてから、真っ先に病院の中にすっ飛んで行った車原は項垂れている越村を睨みながら音羽と話す。

 二人の会話の内容は越村にも聞こえていた、というか巡査部長が聞かせていた。

 ――敬礼とは自分たちも即座に危険に飛び込むという意思の発露、ではなく健闘を祈ると同時に出来る事を最大限努力すると誓う儀式ではないか?。
 音羽はそう車原に問う。

「そう。警察だって一つの部署で何でもやる訳じゃあない……あいつも解っていたとは思うがね」
 そう言って車原は煙草に火を点けようとし……また、失礼といって煙草をしまった。

「貴方には他にやるべき事があったはず。それを見失ってどうするの?」
 朔羅はキツい口調で越村に直接言う。

「封鎖線や現場の処理、撃退士以外にだってやることは山積みだよ」
 同僚もぶつぶつ言いながら処理の手続きを進める。

「彼の言う通り……適材適所じゃないのか。俺達が安心して働けるのも、警察官を始めとした多くの人々の協力があってこそだ。自分の仕事に誇りをもって働いてくれる事が回り回って俺達の手助けになっているということを忘れないでくれないか」
 と榊。

「ま思いやりはありがたいですが、命を犠牲にされては困りますよ。貴方が死んでいたら皇君や……弟さんが人殺しになってしまう」
 服部も越村を窘める。

「確かに子供が武器を手に取るなど間違っている。ああ学園にも嫌々戦う者くらいおるとも。だが皆、そんな世が終わり何かが犠牲にならずに済む事を祈り戦場に立つのだ」
 スレイプニルに乗ったまま時雨が重々しく述べる。

「俺カナダの騎馬警官思い出した……かっこいいな」
「マジ!?」
 遠目から見て呟く巡査二名。
 
「なればこそ、巡査殿も自棄になって命を粗末にされるな、我等が何のために戦ったのやら判らぬではないか」
 頷いてまた下を向く越村だったが、ふと人の気配を感じて顔を上げると、そこにはコワい顔をしたメフィスが。
「言いたいことは痛いほど分かるけどね、その子供に迷惑かけてどうするのよ!?」
 そう言っていきなり手を振り上げるメフィス。ビンタか!? いや流石に手加減は……と見せかけて寸止め!

「なんてね……ま、その様子だと十分解ったみたいだし……あんたにしかできないことってのもあるんだから、次からは頑張りなさいよ?」

 そう言うとメフィスは綺麗に敬礼、ついでにウィンクして颯爽と去って行った。

「戻ったら始末書を頑張るところからだな」
 そう言って越村の肩を叩く車原。
 越村は今度は顔を上げ、去っていく撃退士たちに力強く敬礼した。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 封影百手・月臣 朔羅(ja0820)
 約定の獣は力無き者の盾・長幡 陽悠(jb1350)
 戦場を駆けし俊足の蒼竜・雪風 時雨(jb1445)
重体: −
面白かった!:7人

封影百手・
月臣 朔羅(ja0820)

卒業 女 鬼道忍軍
『榊』を継ぐ者・
榊 十朗太(ja0984)

大学部6年225組 男 阿修羅
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
押すなよ?絶対押すなよ?・
メフィス・ロットハール(ja7041)

大学部7年107組 女 ルインズブレイド
八部衆・マッドドクター・
藤沢薊(ja8947)

中等部1年6組 男 ダアト
リコのトモダチ・
音羽 千速(ja9066)

高等部1年18組 男 鬼道忍軍
約定の獣は力無き者の盾・
長幡 陽悠(jb1350)

大学部3年194組 男 バハムートテイマー
戦場を駆けし俊足の蒼竜・
雪風 時雨(jb1445)

大学部3年134組 男 バハムートテイマー
開拓者・
ツェラツエル(jb3504)

大学部8年231組 男 アストラルヴァンガード
闇に潜む鮮血の襲撃者・
服部 雅隆(jb3585)

大学部8年186組 男 鬼道忍軍