●一日目の風景
「ふむむ〜 、ここがトチギか〜! ここは王としてたのしまねばの〜!」
到着早々ハッド(
jb3000)はおめめキラキラでお目当てのニク(栃木牛)とイチゴ(とちおとめ)の情報を探す。
「それにしても寒いの〜……吾輩は王であるゆえ、風邪を引かぬよう旅館で探すことにする! ……でもあそこのとちおとめソフトクリームを食べてからじゃ〜!」
「古い神社なんだね」
一人でお土産屋を見て写真をとっていた弥生 景(
ja0078)は、とある神社に来ていた。ゆっくりと敷地内を歩いてから、階段を昇って本殿へと向かう。
「?」
そんな彼女の目に、極めて熱心かつ古式ゆかしい作法で参拝を行う少女の姿が目に入った。
白蛇(
jb0889)だ。やがて参拝を終えた白蛇がこちらに歩いて来るので、景は挨拶をして自分も社殿に向かう。
すれ違い様、こんな言葉が白蛇の口から。
「感心じゃの。わしの同輩に失礼が無いようにな?」
白蛇の言葉を不思議に思いつつ参拝を終えた弥生が神社の敷地を出て暫く歩くと、知り合いである神凪 宗(
ja0435)に出会った。
「弥生殿。丁度良い所であった。実はお願いがあるのだが……」
「たまにはこういうのも悪くないですよね、ミナ」
と蔵里 真由(
jb1965)は一緒に散策を楽しんでいるヴィルヘルミナ(
jb2952)に語りかけた。
彼女たちも、おもいがけない休暇を満喫。ハッドも買っていたソフトクリームなどを食べ歩き。
「悪くは無いな。私としてはもう少々刺激があった方が面白いが。まあ、これの味は思ったよりは悪くない」
「栃木は牧場も多いそうですから」
周囲にはどこそこに牧場直送の牛乳を使っている事を売りにしている店が多い。
「牧場、か」
「……ミナ」
冗談だ、そう言って笑うミナ。彼女にとって、人の魂を奪わないというのは禁煙と同じ認識でしかないようだ。最も、傍らの人間の少女を見る表情には大切な物を見守る暖かい感情が流れていた。
●ヒメマスを釣る人
ミリオール=アステローザ(
jb2746)は、光の翼を用いて観光名所と名高い中禅寺湖の湖上を飛んでいた。時々、一般人から驚きの声が上があんまり気にしない。
「わたし知ってますっ! あれは……釣りってやつなのですワっ!」
そんな彼女が見つけたのは同じ久遠ヶ原生数名が湖岸で釣りに興じている姿。まず、彼女が近寄って言ったのは、さながらマジックのように魚を釣りまくっている紺屋 雪花(
ja9315)だ。早速降下するミリオール。
「びっくりしたな。お前、天使か」
と雪花。
「ミリオールと申しますワ! ご迷惑でなければ教えて欲しいですの」
「教えるってほどの物でもないけど……」
二人が話していると、そこにまた誰かが飛んで来た!
最近の久遠ヶ原では飛んでくるのがブームなのか。スレイプニル騎乗で現れたのは雪風 時雨(
jb1445)である。
「中々、見事な腕前であるな! しかし、ここは新入生の手前一つ勝負と行かぬか!」
時雨は、呆然としている二人の前でいきなりスレイプニルに命令。
スレイプニルから馬の嘶きのように発せられた超音波が湖面を走ったかと思うと、複数の魚が腹を出して浮いてきた。
「これ不味くないか!」
「こんなにたくさん可哀想ですわワ!」
お怒りの雪花とミリオール。
「問題ない、狩りにおける真の覇者は他の者達の分も生かしておくのがマナーというのも理解しておる!」
どうやら超音波で一時的に気絶させただけだから問題ないと言う気らしい。
「さあ、今のうちに必要なだけ捕るが良い!」
溜息をつく雪花とミリオール。だが、そこに現れた弥生 景が。
「あ、少しだけ貰っても良いかな? ちょっと同じ寮の人から頼まれちゃって」
とにっこり。
かように騒がしい連中を横目で眺めつつ、石動 雷蔵(
jb1198)と四条 和國(
ja5072)はもう少し静かに釣り糸を垂れていた。
「彼女、天使なんですね。先輩」
「……そうだな」
石動も四条も、天魔に家族を奪われたという因縁がある。その二人はこの光景に何を思うのか。
「む。釣れた」
そう言って石動は魚を釣り上げた。
「不思議だな。天魔から皆を守る力を求めて学園に来たのに、その天魔の人と……」
「……そうだな」
二人の表情は、静かだった。
「初心者の私でも釣れるかな? 釣れるかな?」
天使がいれば、悪魔もいるのが今の久遠ヶ原だ。はぐれ悪魔のパルプンティ(
jb2761)は釣りにドキドキワクワクしながら竿を構える。
「私知っています! それはルアーですのね!」
「ちょっと試してみようかと……って、きゃー!」
こんどはこっちに来たミリオールを見て腰を抜かすパルプンティ。割とビビリの彼女にとって敵対種族との接触は刺激が強過ぎた。
「て、て、天使です〜(泣)」
「そういう貴女だって、悪魔なのですワ!」
これが久遠ヶ原だ……。
その騒ぎを一人静かに釣り糸を垂れつつ眺めるのは緋山 要(
jb3347)だ。
「こういうのもたまにはいいものだ……ずっと面倒事に巻き込まれたりとかしていたしな……だけど、天魔のいる学園か。母がこの光景を見たら……卒倒しそうだな」
緋山は僅かに苦笑する。だが、彼を手放そうとしない母を振り切ってこの久遠ヶ原に来るのを決めたのは緋山自身だ。
どうせ、この後三日間はどこかで顔を合わせるのだ。挨拶ぐらいはしても良いかもしれない。そう緋山はそう考えて二人に近づいて行った。
一方、昼時を迎えた旅館。今回は希望者に向けて旅館が昼食を出してくれることになっていた。食堂には黒兎 吹雪(
jb3504)、ガナード(
jb3162、フロスト(
jb3401)の三名が集ってヒメマスに箸を伸ばしていた。
ちなみに、当然時雨や雪花からのおすそ分けである。
「けしからん。人間の作った食物がこんなに美味いはずがない!」
そう言いつつヒメマスの塩焼きを綺麗に食べる吹雪。
「いや、お前それ三匹目だぞ」
「ガナードも二匹目ではないか」
「いや……つい。やはり人間界の食物は中々だな」
苦笑するガナード。
吹雪にとっては言うまでもない。なにしろこのおじいちゃん(年齢的には)が、天界から寝返った理由からして(本人は否定)それである。
「む。どうしたフロスト。まだ残っておるぞ」
「いえ……その、このキノコという物が私はどうも苦手で」
そう言って顔を赤くするフロスト。
「でも、このアイスクリームというのは好きです」
すでに彼女はデザートに入っていた。
「勿体無いのう。折角良い味がついているのに……む、仲居。すまんがもう二匹。今度は刺身で頼む」
「まだ召し上がるのですか?」
フロストが目を丸くする。
「あらあら、やっぱり学生さんは育ちざかりで良いわねえ」
上品に笑って厨房へ戻る仲居さん。彼女は知らない……この彼らが全員天魔であって育ち盛りも何もないことを。
●二日目/湿原ハイキング
二日目。旅館の厨房の片隅では弥生 景が弁当作りに励んでいた。前日、土産物屋などを回っている時に同僚の神凪宋に出会い、手作り弁当という無茶ぶりを受けたのである。
「……こだわらないって言ってくれたけど、美味しく作りたいよね」
用意されているのは前日分けてもらったヒメマスを始めとして旅館が分けてくれた物もあった。
彼女だけではなく、矢野 古代(
jb1679)とカーディス=キャットフィールド(
ja7927)も手作り弁当に励んでいた。
「カーディスさん、お弁当にタコさんウィンナー入れるのか。羨ましい」
「旅館で朝使うのを分けてもらいました」
和気あいあいと手作り弁当を用意する男二人。
「さ〜て、ボクも気合入れなくちゃね♪」
一方此方では綾(
ja9577)が大量の食材を扱っていた。その傍らには旅館で借りたと思しき、何と三十段も重箱が……。
●
一方、厨房の別の場所には全身耐火服にヘルメットの異様な人影、灰里(
jb0825)。
「……」
視線の先にはいかにもこういった施設に相応しい大型のガスコンロ。それを見た灰里はブルッと身体を振るわせ、憎悪を浮かべる。灰里は彼女の両親を奪った炎を嫌悪していた。寮でも直接火を発するような道具は使わない。
……しばらく思案していた灰里はやがて、旅館の従業員を呼び止める。数分後、どうにか借りることのできた電気コンロで調理をする灰里の姿が厨房にあった。
●
「さーて、野良が居ないか見回り見回り♪」
メフィス・ロットハール(
ja7041)がうきうきと旅館から出て来た。
「とか言って、目的は別じゃないのか?」
その良人、アスハ・ロットハール(
ja8432)が苦笑。
「やっぱり散歩を楽しみたいわよね♪」
二人で仲良く歩く二名。暫く歩いて中禅寺湖を見える道にまで来た時、常木 黎(
ja0718)が向こうから歩いて来た。
「……もしかして、奥さん?」
顔見知りのアスハが、常木にとっては初対面のメフィスを連れていたので尋ねる常木。
「メフィス・ロットハール。旧姓は『エナ』よ。始めまして♪」
「常木黎だよ。へえ、中々……」
アスハを見て、感心したような声を出す常木。
「レイがこんな依頼に参加するとは珍しいな」
「ははは……知り合いに『偶には静養でもしたら?』と言われたんで参加してみたけどね……」
その後、三人は談笑して別れる。
「ほんと、切った張ったやってる方が落ち着くんだけどなぁ……」
別れた後、一人で遊覧船に乗った常木は湖面をぼんやりと眺め呟くのだった。
●
冬の戦場ヶ原は、寒い。それでも空は晴れ渡り、周囲の山々も良く見える。
「ずっと学園の奥底にいて、こんな広い場所は初めて。なんて広い、なんて青空…… ああ思いっきり飛んでみたい。ああ、気持ちいいなぁ」
他の学園生より一足早く戦場ヶ原に着いた堕天使のソーニャ(
jb2649)は大きく両手広げ、周囲を仰ぐと幸せそうにそう呟いた。
「……でも普通の人ってみんな天使が嫌いなんだよね。ここはがまん」
この辺は、同じ天使と言っても個性があるらしい。
「そうだ 。鳥を見に行こう。素人には湿地に方が見つけやすいって言うし。飛ぶ姿に想いを重ねて……ボクの心をあの青の中に運んでもらおう」
周囲を男体山などの山に囲まれた雄大な眺めの湿原は条約にも登録されるほどの野生動物の宝庫であり、冬でもレンジャクやウソなどの小鳥が湿原中の枯れ木に遊ぶ。
その野鳥を見つけたソーニャは、いつまでもそれを眺め続けるのだった。
●
「花の蕾くらいは、そう、見られるのではと期待したのですけれど……ままなりませんわね」
ソーニャとは少し離れた場所でやはり木をじっと見上げている明日香 佳輪(
jb1494)が呟いた。明日香は花が見たかった。
とにかく花が見たかったのだ。
もし、すぐ近くから明日香を観察した者がいれば、その微妙な表情の変化に驚いたかもしれない。目の下に隈が浮かび、微妙に目つきが悪くなる。まるで今すぐ花をみないとどうにかなりそうな感じ。
しかし、冬の湿地では流石に花は無い。それでも、辛抱強く探し続けた明日香は木にまだ小さい芽が吹いているのを見て、僅かに顔を綻ばせた。
「……そう。少しだけ、お預けということかしら。花開く前の木々を眺めて、早く春がきますようにと、思いを馳せるのもまた、一興ですわね、ふふ」
●
「ここが戦場ヶ原ですか。流石に絶景ですね」
湿地に渡された木道の上を歩くカーディスは早速デジカメを取り出して周囲の風景を撮影していた。
「ふむ、やはり結構広い所だな。あの川が湯川で、三本松はここから……」
古代も一口、温かいお茶を啜ると旅館で貰った戦場ヶ原の地図や案内板を眺める。
こうして二人は散策しながら周囲の地形を把握していく。この時は、二人とも単なるトレッキングの趣味の延長程度の気分だったのだろうが……?
「旅行……うん、たまには良いかな」
日が高くなり、多少気温が上がるにつれて灰里も彼女としては珍しいくらいに寛いでいた。ヘルメットを外し、深呼吸。高原の爽やかな空気が肺を満たす。
「息抜きにもなりますしね。ゆっくりとした時間を過ごすのも悪く無いかな……」
一方、別の小道では先ほど三十段弁当をこさえていた綾が仲間たちと歩いていた。
「虎、ジェラルドさん、10段ずつ持って〜!」
無茶振りにも思える綾の言葉に、虎綱・ガーフィールド(
ja3547)の表情が引きつった。
「だ、大丈夫かね? ……って、意外に持てるでござるな……おっとっと!」
「これじゃデジカメが使いにくいな〜」
とジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)。
「HOUSE! ボクのお弁当がこぼれるじゃない! 写真よりもボクのお弁当のが大事!」
どうやら、綾の頭の中は弁当のことばかりらしい。
「そうは言うけど……んー……綺麗な景色だねぇ☆」
だが、ジェラルドはしっかりと周囲の景色をカメラに収めていく。
「見て見て、あれ、イタチじゃない!?」
「季節柄、動物はすくないかと思ったが、結構いるもんだな」
ロットハール夫妻も、戦場ヶ原の雪景色を楽しむ。
「わー可愛い! やっぱり都会とは違うんだね」
小鳥や小動物を見て声を上げる弥生。
傍らには景と自分の二人分の荷物を持った神凪 宗がやはり目を細めて自然と動物を眺めていた。
(弥生殿と学生寮以外で行動を共にするのは初めてだな……)
動物が去っていったのを期に背負った弁当の中身を考える宗。
(味にうるさいことを言うつもりは無いが、朝から張り切っていたようだし、期待しても良いのだろうか)
このように各々の撃退士が平和な時間を過ごしている内に、更に太陽が高く昇り昼食時となった。
●
「お、こっちで御座る!」
昼食にちょうど良い休憩所を見つけた虎綱の言葉で、綾やジェラルド。そして志堂 龍実(
ja9408)、それに虎綱が誘った氷月 はくあ(
ja0811)たちは昼食を広げた。
周囲を見渡し改めて呟くジェラルド。そして綾の弁当を口にして。
「おお、凄く美味しいよ♪ さすがだねぇ!」
「いやー、良い天気ですな。……リア充は多く……ござる……が?」
ちなみに明確にカップルなのは、ロットハール夫妻だけで後は同性二人組みだったり女性一人だったりですが、何か?
と、そこに本当のリア充がやって来てしまった。綾の顔見知りである森田良助(
ja9460)と黒崎 ルイ(
ja6737)である。
元気良く二人に手を振る綾。
「あれが……なんたいさんかな……きれいだね……りょうすけ……♪」
お弁当を食べながらちょっとだけ、だが本当に嬉しそうに微笑んで良助の肩に頭をもたれさせる。
「そうだね……うん、景色も綺麗だけど」
ルイの肩を抱きながら、良助はそう言うと改めてルイの顔を覗き込む。
「……りょ、りょうすけ……?」
顔を真っ赤にしてドギマギするルイ。
「ルイはそれ以上に綺麗だよ」
良助、キリッ。
「〜っ!」
顔を真っ赤にするルイ。
だが、彼女の顔を良く見て欲しい。真っ赤になりながらもぜんぜん嫌がっていない……畜生! リア充、畜生!
「こら! 何時までイチャついてるの!」
「以外にリア充って少なくね? と思ったら身内にいたでござるの巻き!」
ぱこん、ぱっこん!
綾と虎綱二人の投げた空のペットボトルが良助の頭を直撃。
「何だよ! 綾さんだって、虎綱ちゃんとさっきから!」
そう、何故か虎綱は無駄に毛並みの良い虎の毛皮のぬいぐるみを着ており、それをさっきから綾がもふもふしまくっているのだ。
「これはイチャイチャじゃなく、モフモフでござる!」
そのまま言い争いをはじめる良助たち。
「……いいねぇ、青春だねぇ、学生だねぇ☆」
ジェラルドはニコニコ。
「最近殺伐とした仕事ばっかだったから、心が安らぐのです……はふ〜」
一方、わいわいと騒ぐ綾たちの傍らでははくあがすっかり和んでいた。綾の弁当を満足いくまでいただき、周囲は奥日光の雄大な景色。
「なんだか、気持ちよくて眠くなるのです〜……」
静かに寝息を立て始めたはくあを見て、虎綱は微笑んだ。
●
「うん……予想以上の味だ。無理を言って済まなかったな。弥生殿」
「喜んでくれるのなら、作った甲斐があります♪」
景と宗も弁当を楽しむ。
……やがて、昼過ぎになる頃一人で行動していた者は奥日光の湿原に、聞こえるか聞こえないかの微かな音で響く神楽笛の音に気付く。
「綺麗な音だね」
相変わらず小鳥を眺めていたソーニャが呟く。ふと、見ると数匹の小鳥がその音に誘われるかの様に、音のする方に飛んで行く。
人気の無い木道で一人静かに音を奏でていたのは中津 謳華(
ja4212)だった。その歐華の側の木にはいつの間にか多くの小鳥が止まっていた。
●襲撃前/夜の高山付近にて
二日目夜。中禅寺湖西岸と高山周辺の間、満月と星明りに照らされ、周辺には背の高い木も少なく意外に明るい草地では剣戟の音が響いていた。
「天ヶ瀬焔さん、流石武闘派ですねえ♪」
「天羽さんこそ、随分動きが良くなりましたね」
天羽 伊都(
jb2199)と天ヶ瀬 焔(
ja0449)とはそう言って笑い合う。二人とも遊びというか模擬戦のために周囲に人気名の無い場所を探してここまで来たらしい。
伊都は、結わえていた髪を解き模擬戦というか汗を拭う。長い黒髪が流れる様はまるで女性を思わせる。
「……先客がいたとはな」
と、今度は本物の女性の声。現れたのは水無月 神奈(
ja0914)だ。
『水無月さんも、訓練ですか?』
と質問する焔。
「訓練というか鍛錬だ。野良のディアボロとやらも出んのでな」
そう言いって持っていた刀を示す。
「じゃあ、もう一戦いきます?」
そう伊都が言った時、たまたま散歩でここに来て、何となく模擬戦を眺めていた言羽黒葉(
jb2251)が、広げていたノートパソコンから顔を上げて、言った。
「ちょっと待て。今学園の職員から呼び出しが……うわ、嫌な予感当たった……たまにはこういうのもいいかと思っていたのに……」
「むしろ好都合だ」
呼び出しの理由を聞いた水無月はそう言った。
●旅館
こうして、学園生たちはディアボロ襲撃の報を受けそれぞれの部屋で準備に追われる。
「……せっかくゆっくりと休暇を取ろうと思ったのに、やはり休ませてはくれないようですね。仕方ないですし、ここは速やかにディアボロ退治をすることとしましょう」
楊 玲花(
ja0249)はそう呟いて支度を急ぐ。
同様に特徴的ながんもどきマスクがトレードマークのオーデン・ソル・キャドー(
jb2706)も旅館の従業員にある頼みごとをしていたが、慌ただしさのために他の撃退士はそれに気付かなかった。
こうして、学園生は夜の栃木へと出撃していったのである。
●暗黒湿原
戦場ヶ原は、遥かな神話の時代日本の古き神が戦った場所であるという伝説ゆえにそう名付けられた。
そこで今、人と天魔の戦いが行われている。
「Hey specters,もういっぺん死んでみるか?」
デニス・トールマン(
jb2314)の挑発的な言辞が木霊した。
湿原の上を這うようにして現れた脚の無いファウストのようなディアボロにデニスが矢を射かける。
雄叫びをあげ鎌を振り回そうとするディアボロだが、そこにセラフィ・トールマン(
jb2318)の投擲した光の鎖が撒き付く。そして、デニスの攻撃を受けた拍子にディアボロのゾンビのような顔が剥き出しになった。
「うぅぅ……なんでよりによってお化け……」
うぇ〜、という表情をするセラフィンだが勿論攻撃の手は緩めない。鎖によって麻痺したディアボロの動きが止まった所を黒井 明斗(
jb0525)が槍で一突き。ディアボロは為すすべも無く倒れ込み動かなくなった。
「敵が一体なら、誘導するまでもないですね!」
●
場所は変わり、本陣。というか他の撃退士たちが潜伏している一帯。
デニスら囮班から連絡を受けたリョウ(
ja0563)は微かに眉を顰めた。
「これで三体目か」
この時点までに先行している6名の囮班と接敵したディアボロは、リョウたちが苦心して構築した『罠』に誘い込むまでも無く囮班『だけ』で倒されていた。
しかし、これは別に不自然な事ではない。事前の情報通り戦場ヶ原一帯に展開しているディアボロはとの戦力差は最大で6:1。
戦闘が開始された時点ではディアボロ一体一体は散開しており、そこを6人一組でまとまって行動する囮班が闊歩すれば、緒戦の段階では綺麗な各個撃破になるのは必然である。
『聞こえてる? 使い方はこれで良いのかな?』
その時、闇の翼で空中からの監視に当たっているユエ(
jb2506)の携帯から連絡が入る。事前に彼が旅館から借りたものだ。
「ああ、大丈夫だ……敵の動きに変化があったのか?」
「今度は三体ぐらい纏まって動いてるね」
流石に、敵も戦力を集中させ始めたのだろう。
「了解した。古代、カーディス。彼我の位置関係は解るか?」
ハンズフリーマイクに、懐中電灯、手には書き込みをした戦場ヶ原の地図というカーディスと古代がリョウの問いに答える。
「大丈夫です」
とカーディス。
「この位置なら……照明班が危険になる前にフォロー出来る筈だ」
古代も答える。
「よし……そろそろ決めるか」
リョウは再びスマホを操作して黒井に連絡を取った。
●
暗黒の戦場ヶ原の一画に突如眩い輝きが灯った。それは、黒井の発するアウルの光だ。まず、反応したのは古代とカーディスの計算通り付近に存在した三体の亡霊たち。湿原の上を滑るように、黒井たちの方へ向かう。
「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ……!」
足場の悪い湿原の上を後退しながらヨルムンガルドで応射する草薙 胡桃(
ja2617)。しかし、三体の亡霊の方も黒い空洞の様な大口を開けたかと思うとそこから魔力の弾丸を撃ち出して反撃する。
「これは……ゴーストバレットのようなものなのでしょうか。なら、こっちも負けていられませんね!」
今度は、袋井 雅人(
jb1469)によって戦場ヶ原に季節外れの花火が撒き散らされる。
しかし、亡霊どもは一旦怯んだ様子を見せたものの猛然と撃ち返して来た。
「お行き、ウドゥンバラ。あの凛々しい方達を、守ってあげて頂戴」
明日香 佳輪の命令で出現したのは漆黒の鱗の隙間から、白い花を吹き出させた竜のような召喚獣だった。その出現と同時に目に見えて6名が受ける魔力によるダメージが減少した。
「これで、少しは持つ筈ですわ……」
と明日香。何とか体勢を立て直した6名はひたすらに囮班の方へと急ぐ。
●
『これは、不味いぞ……!』
再びリョウたちの待機場所にて。今度はユエ同様闇の翼で空中からの戦況把握に努めていたガナードが連絡を寄越す。
『新手だ。別方向から囮班の六人の方へ向かっている数は……四匹って所だ』
「このままだと今囮班を追っている敵グループと、今現れたグループに囮班が挟み撃ちにされるな」
地図を睨んでいた古代が言う。
「僕が行きます」
そう宣言した青柳 翼(
ja4246)の手には、周辺施設の車から手に入れた発炎筒が握られていた。
「お兄ちゃんが行くなら私も……!」
福島 千紗(
ja4110)もそう申し出るのだった。
●
夜の闇に発炎筒の赤い炎が上がった。
黒井の放つアウルの光とは違うそれに反応したのか、四匹組のディアボロがそちらに進路を逸らす。
だが、三匹組の方は雪と湿地に足を取られる照明班に確実に迫っていた。
遂にボロ切れを纏った亡霊のようなディアボロが鋭い爪の生えた細い腕を伸ばす。だが、その瞬間、明鏡止水で潜行しつつ接近していた久遠寺 渚(
jb0685)の呪縛陣が発動した!
「せっかくの旅行を邪魔するなんて……許しません!」
二体のディアボロが呪縛を受け、足を止める。
更に、何とか魔力を振り切ってなおも前進する大型の骸骨のような幽霊をソーニャが自動小銃で攻撃。アウルの弾丸がディアボロの進路を防ぐ。
「ここはボクたちが抑えます」
陣形的には渚より更に奥、この場に集ったメンバーの言葉を借りれば【伏兵】だったソーニャだったが、飛行とアクセサリーで強化した移動力で足止めに参加したのは。
(ボクは皆の役に立たなければ。そうでないと――)
という想いがあったからか。
いずれにしろ、ここまで誘い込めれば後は包囲殲滅に移行するだけだ。リョウの指示の下、この時を待っていたとばかり撃退士たちは四方からディアボロに押し寄せる。
「正直、夜は苦手です……」
和弓を構えつつ蔵里 真由は呟く。アウルの力で視界を確保しているとはいえ、この人煙まれな山奥の闇は彼女には馴染まない様だった。
「でも、一人な訳でもありませんし、ミナに心配ばかりかけさせられませんからね。しっかり勤めて見せます」
矢が風を切る音が響き、呪縛にもがくディアボロへそれが突き刺さる。
黛 アイリ(
jb1291)も更に敵集団に接近する。
「たまにはゆっくりしたかったんだけどな。ま、さっさとお帰り願おう」
狙いを定めて十字手裏剣をディアボロに撃ち込む。
「この位置なら……」
サガ=リーヴァレスト(
jb0805)は固まっているディアボロを攻撃しても味方を巻き込まない位置からダークブロウを放つ。湿原にディアボロの苦悶の叫びが木霊する。
「……私も……!」
華成 希沙良(
ja7204)もシルバーマグの照準を合わせ、ディアボロに連射。強力なエネルギーに貫かれ、遂に一体は呪縛を振り解くことも叶わず絶命した。
「折角の休みでほほんとできるかと思ったら……自分も敵もお勤めご苦労様な事ですねぇ……!」
明らかに怒気を含んだ口調でそう言った如月 千織(
jb1803)も長射程からアウルのエネルギーをオートマチック拳銃で連射。二体目のディアボロも深手を負い雪の上に倒れた。
「まあでも、飛んで火に入る夏の虫とはまさにこの事ですかね?」
それを確認して如月はニヤリと笑う。
「怖くてチビりそうです〜」
パルプンティはまたも半泣き状態だったがとにかく他の味方に習って自分も慣れないアウル銃を構え闇雲にディアボロを撃ちまくった。
「よ、余計な事しないように、周りの皆さんに合わせて頑張るです」
「とりあえず、今は火力を集中させて敵を殲滅すれば事足ります。作戦が順調に推移していますからね」
「ま、また天使さんです〜」
番場論子(
jb2861)はパルプンティを励ますと自身もエナジーアローでの攻撃を行う。
こうして、囮による釣り出しと包囲、そして火力の集中という戦場ヶ原に向かった33名の作戦は功を奏した。
まず三体のグループが殲滅される。
そして、青柳が使用した囮の発炎筒で一旦進路を逸らされた四体が包囲網に接触する頃には、撃退士たちも体勢を立て直していた。
仮に、このディアボロ全部が撃退士6人分の戦闘能力を持っていたとしても24人分。一方撃退士たちは一箇所に固まって、空中から哨戒に当たっている数名を除いても約30人分の力を結集できる。勝負の行方は自ずと明らかだ。そして、それを新真正面から迎え撃ったのはリチャード エドワーズ(
ja0951)だった。
「力無き者の剣盾であることこそが、私の誇りだ。力を求められた時点でそれを果たすことに迷いはないし、そうあらねば自分の道に悖る」
用の大剣で正面からがっちりとスペクターの伸ばして来た手を受け止める。
「はぁ……。本当に、余程愉しみに水を差すのが好きとみえる」
エルフリーデ・シュトラウス(
jb2801)はうんざりしたように吐き捨てると、リチャードの後列から水の弾丸を模したアウルのエネルギーを投射。ディアボロを押し返す。
今度は別の亡霊がエルフリーデを飛び道具で狙うが、水の弾丸で怯んだディアボロを押し返したリチャードは体でその攻撃を防ぐ。
流石にルインズブレイドの体力なら致命打は貰わない。
「温いね……この程度では私は倒せない。さぁ、勝利に向かって進むとしようか」
スコットランドはハイランダーの血が騒ぐのか大剣を構え突っ込んでいくリチャードをエルフリーデを始めとする撃退士たち数十名の圧倒的な火力が援護する。
続いて、フロストも日頃の鍛錬の成果を見せる時とばかり愛用の小太刀を抜いて切り込んでいく。
「この調子なら押し切れますね。一気に決めましょう」
フードを被った子供くらいの大きさの亡霊がフロストに襲い掛かるが、強力な横薙ぎの一閃がそれらを纏めて転倒させる。そこに一斉攻撃を降り注ぎ敵は為す術も無く沈黙した。
『動いている輩がおるぞ。注意せよ』
四体組のディアボロが、ほぼ撃破されかかった頃、空中からの哨戒に徹していた黒兎 吹雪がスマホで呼びかけた。
「わかった。丁度今戦っている場所の反対側だな。そっちに戦力を向かわせる」
リョウが返事をする。
だが、困った事に敵はどうやら隠密性に優れたタイプらしく、一定距離まで近づくと姿が夜陰に紛れてしまう。
「何か、音がする……?」
しかし、青柳と一緒にいた千沙がじっと耳を澄ます。敵は幽霊のような外観だが実体はある。物音までは隠せない。
「あそこ……!」
千沙に耳打ちされた青柳が拳銃を発射。手応えはあった。雪が盛り上がってできた物陰から悍ましい悲鳴が上がる。
「あそこだね。行くよミィちゃん」
「おっけー☆ おば様!」
「おば様じゃないやい!」
続いて、アウレーリエ=F=ダッチマン(
jb2604)とミイナ・シーン(
jb2697)がダークブロウを同時に放つ。
ようやく撃退士たちの前に敵が姿を現す。単騎で奇襲を掛けて来ただけあって相応の力はありそうだ。亡霊は地の底から響くような咆哮を上げるとお返しとばかり黒い魔力の波動を放つ。
「命無き鋼鉄の魔竜よ!」
アウレーリエとミィナ他、前衛に立つ撃退士たちを守ったのはウルス・シーン(
jb2699)の召喚した、機械のような身体を持つストレイシオンの変種だった。
「全く……悪意ある幽霊とは、幽霊の風上にも置けないね。同じ幽霊同士、奇襲は失敗したんだ。逃げたらどうだい」
本気か冗談か、語りかけるアウレーリエ。だが敵はなおも魔力を集中させ退く気を見せない。
「ブレス!」
これ以上、敵に攻撃させまいとウルスが召喚獣に命令を下す。召喚獣の吐き出したブレスが亡霊を怯ませる。
そして、一斉攻撃が行われ、奇襲の甲斐無く亡霊は倒された。
●
「いやぁ……皆やられていくぅ……」
三か所の戦場を結ぶ線の僅かに後方。
高い木の上で大きな翼を広げていた冥魔の少女、リトルリッチは泣きじゃくる。適当なディアボロを通して戦況の一部は把握しているのだろう。
その時、両軍が激突している辺りで爆発が起きた。渚が引き起こした広範囲の爆発だ。。
少女はまたひっ、と叫んで身を竦ませる。
「ぎゃあぎゃあ喚くんじゃねえ」
狼男のレザーレスハウンドが言う。
戦場ヶ原の悪霊師団はこの時点で数を半数以下にまで減らしていた。この時点で残ったディアボロの総合戦力と撃退士たちの戦力はほぼ拮抗。残った戦力で突撃した場合、どちらが勝つかは完全に賭けだった。しかし、こちらが引く気配を見せれば、今は固まっている撃退士たちが追いかけて来るかもしれない。その場合、退却に入っている方が不利なのは自明の理だ。
「全滅なんて、いやぁああ……」
「連中は一箇所に固まって動かねえんだろう? 一部を殿に残して時間を稼げ。……それで残りは帰って来られる」
●
「……敵が纏めて向かって来たの。一気に決める気みたいなの」
柏木 優雨(
ja2101)はそう言うと最後の武器である斧槍アルデバランにアウルを流し込んで活性化させる。
ここまで、撃退士たちの戦術どおりに戦況が運んだとはいえ消耗も大きい。無傷の者はいないし、既に攻撃用スキルを使い切っている者もいる。
「怪我は大丈夫? ここまで来て重体とか、死人とか御免だからね」
黛はそう言って急ぎ治療を行う。
「……万全の、状態で……挑みましょう……」
希沙良も傷の深い者から優先して癒していく。そして、撃退士たちが傷を癒し準備を万端に整えた直後、両陣営は総力戦に入った。
「『Totentanz - Paraphrase uber Dies irae』……さあ踊りましょう、死の舞踏を」
テレジア・ホルシュタイン(
ja1526)の放つ魔力の業火が燃え盛り、ディアボロを飲み込んむ。
「あはは! いいわ、いいわよ! こういうの! こういう『団体行動』なら私大歓迎!」
「な! 言ったろ! 面白い事あるって!(ニィ)」
Erie Schwagerin(
ja9642)とCaldiana Randgrith(
ja1544)はテンションとも最高潮のようだ。
エリーは何とも生き生きとした笑顔で純粋な破壊のエネルギーであるエナジーアローを撃ちまくり、全身を魔力で穿たれたディアボロを容赦なくキャルの渾身のアウルの弾丸が貫いた。
特に、Demise Theurgia - Harlot Babylon -(デミス・テウルギア・ハーロット・バビロン)を発動してやたら蠱惑的な姿になったエリーは魔力も、ついでにそのカーブと盛り上がりも最高潮。
こちらでは、テレジアの炎で全身焼けだれたディアボロを優雨が斧で真っ二つにする。
「折角の休息に水を差す真似をしてくれるとはね……尤も、私は大いに構わないがね!」
遠距離攻撃を撃ち尽くしたアデル・シルフィード(
jb1802)は大太刀を引き抜くと、緑色の光跡を残した一閃で亡霊の胴体を一息で切断する。
こうして、戦場ヶ原方面で行われた戦闘は敵の亡霊型ディアボロの半分以上を倒して、撃退士たちの勝利に終わった。
●鮮血山林
高山周辺は、昏い。戦場ヶ原も勿論そうだったがこちらは木々の梢で星や月の明かりさえ遮られてしまうので、尚更だ。
そこを複数の獣人型ディアボロが広範囲に散開して進む。
特に突出していた数匹がヒクヒクと鼻を鳴らした。土と木の匂いに混じる人間の臭気を感知したのだ。
特に強いのは鼻を突くような酸性の匂いだ。
そして更に前進する連隊はある事に気付く。
匂いが二つある……同じような匂いが近くと、より遠くからしている。だが、更に良く嗅げばいわゆる重複が無い臭気もある。これに注意を引かれたのか最前列を進んでいた狼男と犬男は槍斧を構え、それぞれ二方向に散って行くのだった。
●
臭いの元に辿り着いた犬男は特に深い考えも無く、光源として併設されていた懐中電灯を踏み潰すと、続いて灌木の茂みから何かの布を掴みだした。鼻をこすりつけたり、長い舌で舐め上げて見たり入念に確かめる。
それは、高山にはいない久遠寺 渚が着ていた服であり、何故それが高山にあるのかというと白蛇が出撃前に久遠寺の同意を得て譲り受けたからである。
『うまく誘いだせたみたいね』
ナナシ(
jb3008)から連絡を受けた白蛇はどうじゃ、と得意そうに腕を組む。しかし、その服がどんな目に合っているのか知ると身をブルッと震わせて。
「後で久遠寺殿に謝っておかねばならんの……」
ナナシと同じように、空蝉で撒き餌のすぐ近くに隠れていたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は。
「うはあ、強そうな上に下品な連中ですねえ。まともに戦っても勝ち目はなさそうですが……ま、小狡く立ち回りますか」
そう言うとナナシに視線で合図する。
「……指揮官が高見の見物なら、統制がそこまで取れてるわけじゃ無さそう。多分、行けるわ」
とナナシ。
「囮にかけてはちょっとした自負があります。務めあげて見せますよ」
マステリオはショットガンを構え、まだ少女の服を舐り回している犬に散弾を発射。
戦闘の火蓋が切って落とされた。
●
『これが実力差かッ……厳しいな』
天ヶ瀬 焔は舌打ちした。
一般的な撃退士8人分の戦力という下馬評に偽りは無く、犬型のディアボロは知能こそ低いものの、ナナシやマステリオの攻撃にも怯まず、透過が封じられているのに木々に頓着せず追い縋って来た。
5人は逃げに徹して敵を誘き寄せる事だったから持っているようなもので、真っ向から戦えば危険であったろう。
御堂・玲獅(
ja0388)は自身の防御力をアウルで高めていたが、犬男が投げて来た石を盾で受けた時、その威力に驚愕した。
「仕方ありません……」
玲獅は審判の鎖を使用。光の鎖が獣人に巻きつく。このスキルの特性もあり強力なディアボロも麻痺して膝をつく。
「今の内に!」
御堂が叫ぶ。
距離を開ける5人。しかし相手が完全にこちらを見失わない位置で立ち止まる。
『悪いが、このエスコートは断らせないぜ』
少しでもダメージを与えようと、焔ハンドガンを連射。彼らの役割は囮。敵を巻いたのでは意味が無く、本隊の所に誘導しなければ意味が無いからだ。
そして、麻痺から復帰した犬男は凶悪な咆哮を上げ、囮班へ飛び掛かろうとした瞬間――狙撃で体を穿たれた。
●
「防衛戦は苦手だけど……観光地に傷なんかつけさせないのだ!」
撃ったのはフラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)だった。【本隊】も距離を詰め、犬男が麻痺している間に包囲網を完成させていたのだ。
「……獣が人の姿をしたところで、獣である事に変わりはない。相手が悪かったな……!」
フラッペの狙撃と、見事にタイミングを合わせ跳び出した神楽笛の男こと中津。一息に相手に詰め寄るが敵も斧を一閃させ中津に傷を負わせる。
「なんのっ!」
それでも中津は連携のために活性化させておいた薙打爪葬で怯んだ敵を即座に転倒させる。そして、弥生のモノケロスと宗の十字手裏剣もがく犬男に降り注いだ。
続いて、高山での作戦の指示を担当していた月詠 神削(
ja5265)の番。
「ちょっと哀れだな……でも、『勝てば官軍』だ」
薙刀を活性化させ、深手を負った犬男を突き刺す。
が、犬男はしぶとかった。血を吐き散らしながら無理やり起き上がると頭上の木へと跳躍する。
「あぁ……めんどくせぇ。黙って下にいろよ……ま。こういった場所は忍軍の見せ場だな……ってなわけで、いこうかダチ公」
反応したのは御暁 零斗(
ja0548)だった。彼は壁走りで木の幹を駆け上がって犬男を追うと、炎熱の鉄槌でディアボロを一撃。
これで地面に戻されたディアボロに零斗の相棒である小田切ルビィ(
ja0841)が抜刀した赤黒い刀身の大太刀で真っ向から切り掛った。
両者の武器が打ち合い、火花が散る。遂にはお互いに深い傷を受けた――かと思いきやケイオスドレストを使用していたルビィの方は深手を免れていた。
「どうした? そんなもんか?」
流石にこれ以上は無理だと思ったのか、低くうなった犬男は、今度は走っての逃亡を試みる。
が、水無月 神奈はそれを許さない。その彼女の目がとても冷たい金色に輝く。
「お前たちを逃がすつもりなど、無い」
溢れんばかりの光の力――極光を纏った水無月の刃が満身創痍のディアボロに吸い込まれる。
文字通りの光の軌跡。白い粒子が舞った後には首から上を失ったディアボロの躯がゆっくりと崩れ落ちた。
続いて、吹き出した鮮血が周囲の木々の幹を赤く染めた。
まずは、一体撃破に一息つく撃退士たち。確かにしぶとく強い相手だったが、多勢で当たったせいか撃退士たちの消耗はほぼ無いに等しい。
唯一、やや重い一撃を受けた中津や、その他軽傷を負った者も神城 朔耶(
ja5843)の癒しの風とヒールで直ぐに持ち直した。
「すまんな」
と中津。
「いいえ、もう、失うのは嫌ですから……中津様もフラッペ様も、私の大切な家族は必ずお守りします。力強く朔耶は言った。
●
その後の高山の推移は単純に言えば以上の状況の繰り返しである。この後、もう1体の獣人が衣服の罠にかかり各個撃破された。
だが、流石に知能の低い獣人たちも事態に気付き始める。
囮として人間の衣服が通用するほどの鼻を持った連中だ。仲間の血の匂いを嗅ぎつけたのである。
しかし、この後更にもう一体が撃退士たちの集団戦に敗れる事になる。ヴァルデマール・オンスロート(
jb1971)のバラ撒いた洗剤の匂いで鼻を利かなくされた個体がまんまと囮に誘われたのだ。
●
さて、この高山周辺ではファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)と彼女の義妹、そして知り合いであるロットハール夫妻の計7名が遊撃班として別行動を取っていた。
更に、ファリス・フルフラット(
ja7831)と鴉守 凛(
ja5462)が二人だけの囮班として別行動を取っていたのである。
この囮班の二人は、槍を持った狼男と遭遇した。
「死地も良い所ですねえ……」
鼓舞なのか、別の意図があるのか薄ら笑みを友人に向ける凛。
圧倒的、というのが正しいだろうか。狼男の猛攻の前に凛と友人は防戦一方だった。
最も、ここまでは彼女らの予定通りでもある。
先に狼男を発見した凛は即座にライフルで狙撃。ニュートライズで彼我のレート差を無くした上での後退に入る。問題なのは、敵の攻撃力が圧倒的でありリジェネでもそうそう追いつかない深手を受けた事である。
ファリスの方も、渾身の一撃を弾かれ、苦境は同じだった。
「あら、活路があるならばそれは死地ではありませんよ?」
だが、不敵に笑うファリス。確かに勝算が無い訳ではない。このまま相手をうまく本隊へ誘導し、殲滅する。それが彼女らの目的だった。
動き方の基本としては、先刻の【囮班】と同じだった。違いは極めて単純に戦力差の問題。高山のディアボロとの戦力差は8対1から10対1。
確かに【囮班】も敵を倒すのには足りない人数だったが、最も強い敵が当たってもギリギリ2対1の差ではある。これは囮として逃げに徹するとしても最低ラインというべき戦力差だ。
やはり二人だけ、というのは少な過ぎた。また、撃退士一人一人の能力を見ても【囮班】の方は、冥魔の足止めとして有効な審判の鎖を活性化していた者が2名いるなど囮に徹するという備えがなされていた。
こういった要素の結果、二名は森の空き地のような場所に追いつめられていた。まだ、致命傷は受けていないがこのディアボロのパワーなら後一撃受ければどうなるか解らない。
凛はなおも好戦的な笑みを浮かべる。彼女はすでに回避という選択を捨てていた。それは彼女の性向から来るものだったが、しかしこれほどパワーとスピードに差のある相手に一矢報いるという意味では間違いではないのかもしれない。
一方、ファリスはまだ諦めてはいない。その芯の強さ故でもあるが、同時にまだ希望があるからでもある。
「いいえ、まだ活路はあります。必ず」
そうファリスが言った時、木陰からその『活路』が飛び出した。
「皆さん、仕掛けます!」
ファティナは力強く叫ぶと同時にライトニングを放つ。命中率の高い攻撃で、確実な足止めを狙ったのだ。
突然の電撃に怯む狼男は咄嗟に目標をファティナへと移す。だが、その狼男の動きを常木の阻止射撃が縫い止めた。
更に、メフィスと橋場 アトリアーナ(
ja1403)がそれぞれ矢で狼男を狙う。
「折角の僕たちの休暇を邪魔して、許さないんだからね」
と橋場
「怪我人は任せな……!」
明らかに昼間と違って生き生きしている常木 黎もオートマチックP37を連射しつつ凛とファリスを守るようにその前に立ち塞がった。
「……軍隊……ね。まぁ油断してくれているというのなら足元を掬ってあげるわ。」
続いて、イシュタル(
jb2619)は乾坤網を発動して味方の防御を固める。
「チップ不足だ、出直せ!」
接近戦での危険性を減じて貰った所でアスハが踏み込み、パイルバンカーを敵の腹に打ちこんだ。
「止めを刺す」
最後に天風 静流(
ja0373)が駆け寄ると、敵の正中線、鼻面の辺りを狙って青白い光を纏った拳を叩き込んだ。
ぐしゃり、という音が山林に響く。だが――。
「まだ倒れないだと……!」
静流は異様に固い手応えを感じて驚く。今度は狼男の番だった。手にした槍を振り回して、アスハと静流を弾き飛ばす。
数の上では9対1だが、合流前に囮の二人が深手を追っている事を考えると実質7対1。そしてこの高山に進軍して来た獣人の中には撃退士10人の手に余る個体がいた事を考えれば、やはり戦力比が多少厳しかったのだろうか。
「く……!」
アスハはダメージを受けて起き上がると無意識にパイルバンカーを抑えた。こうなったら『切札』を使うしかないか。しかし、この深手を負った状態で使用すれば――。
だが、その前にアトリアーナが叫んだ。
「ねーさまっ、上!」
「新手ですか!?」
同時に上を見るファティナたち。樹の上から飛び降りて来たのは、豹の頭部を持ち、片刃の曲刀を構えた獣人だ。恐らく、戦闘の匂いを嗅ぎつけ仲間の援護に来たのだろう。
●
時間は少し、遡る。
敵の出足が鈍った事を訝しんだイリン・フーダット(
jb2959)は本隊より少し先行して偵察を行っていた。
冥魔の気配に意識を集中すれば半径20m位の範囲は索敵可能である。
「やはり最初の様に闇雲に向かって来る訳ではないようですね」
一匹の気配を感知したが、勿論彼一人で挑む訳にはいかないので慎重にそれを避けながら進む。
そうしている内に、イリンは二体の冥魔が同じ場所に居る事に気付く。そこへ近づいたイリンが目撃した光景は、いうまでも無く2体の獣人と対峙したファティナたちだった。
「急いで皆に伝えなければ……!」
イリンは急いで同じ天使で意思疎通を保持している不動神 武尊(
jb2605)に連絡を取った。
こちらは【本隊】
イリンから連絡を受けた武尊が言う。
「遊撃隊にも天使は混じっていたが、彼女が意思疎通を活性化していなければ俺の方から一方的に通信することしか出来ん。どうするか……」
――私が戻って道案内するとしても時間がありません。
イリンも言う。
「俺がやってみる」
そう言って踏み出した言羽黒葉は何かのスキルを活性化させると、じっと木々の隙間から星を眺め、続いて目を閉じ、耳を手に当ててじっと耳を澄ます。どうやら風の音を聞いているようだ。
「武尊さん? イリンさんのいる方角だけでも解りますか?」
武尊からそれを伝えられた黒葉は再び星をじっと観察し――
「あっちだ」
と、確信を持って一つの方向を指差した。
●
援軍の登場で強気になったのか、二体の獣人は遊撃班と囮二名の周囲をぐるぐる回り始めた。チャンスを待って一気に襲う心算なのだろう。
やがて、遂に狙いに定めたのかまず豹頭の方が跳躍の構えを見せる。
「こっちですよ! さあ、ショウ・タイム!」
いきなり。木立の向こうの闇の中に、アウルの光によってスポットライトの様に照らし出されたエイルズレトラが現れた。
その異様な姿に豹男は目をパチクリさせる。
「余所見はいけないな」
間髪を入れず、飛び込んで来た月詠が煌めく大剣の一振りで獣人を弾き飛ばす。
起き上がって怒りの表情を見せる獣人。だが、その後方の茂みががさがさと動き、なかからネットに木の葉や草を絡ませたギリースーツ姿の人物がぬっと立ち上がった。
「餌にかからなくなって退屈しておったところだが、面白くなってきたではないか! ひねり潰してくれよう。ムハハハハハハハハ!」
ヴァルデマールのスターショットで大きく肉体を傷つけられた獣人は苦悶の叫びを上げた。そこに、他の撃退士も攻撃を集中させる。
一方、狼男の方にもクロエ・キャラハン(
jb1839)がキューピッドボウの矢を放つ。矢に射られ回避を強いられる敵を見て、クロエは冷たく笑った。
「ふふふ、さっきまであんなに暴れ回ってたのに。いいざまですね」
最後に止めを刺したのは伊都だった。矢で動きを制限された狼男に接近すると、八岐大蛇で鋭い一撃を繰り出し、狼男の胴を袈裟懸けに切る。
「大丈夫でしたか? 皆さん、無事で帰りましょう♪」
そう言ってほほ笑む彼の背後で狼男は盛大に血を吹いて絶命した。
豹男の方も、なおも撃退士たちの猛攻を受けていた。
反撃しようと剣を振るうが。
「やれやれ、ゆっくり本も読ませてもらえないとは……迷惑な連中ですね」
字見 与一(
ja6541)が所持している本から放ったアウルの雷の弾が豹男に降り注ぐ。
「もっと愉しみましょう人間。もっと踊ってください家畜共。世界はこんなに美しいのです、愉しまなければ損でしょう?」
与一と合わせるようにして、ヴィル=O=ヴィスペルビア(
jb3634)も不可視のアウルの弾丸を空中から敵に投射する。
「味方に被害は出させません!」
その隙をついて龍仙 樹(
jb0212)がエメラルドスラッシュを敵の背に叩き込んだ。
「これが……俺達の? だが、これ以上味方はやらせないぞ!」
人間界で育った悪魔である夜神 蓮(
jb2602)にとってディアボロは馴染みの薄い物だった。僅かに何か想う所があっても、躊躇せず剣を敵の脇腹に叩き込む。
こうして、豹男も数の差に飲まれ倒されたのであった。
この時、高山の数か所から獣の遠吠えの様な声が上がった。半数以上の仲間が斃されたことを血の匂いで嗅ぎつけた獣人たちが遂に撤退を決めたのだった。
「……半数か」
戦場から離れた木の上で狼男は、呟いた。
「……は、半分も残ったの……? よ、良かった……」
おずおずと言った少女の細く可憐な喉をいきなり猟犬の腕が締め上げる。
「ひぐぅ! いたぃい、痛いぃ……!」
「お嬢様は、算術がお苦手でやがらぁ。自分から喧嘩売って、半分やられて帰って来たら、そりゃあボロ負けっていうんだよ!」
●砲火湖畔
西ノ湖はかつて、中禅寺湖の一部であった遺留湖である極めて小さな湖である。中禅寺湖に比すれば遥かに小さく、観光施設も少ない。
しかし、今夜はその湖面が少々騒がしかった。澄んだ湖の湖面の下を何か人間大の影が泳いでいる。微かな水音と共に顔を出したのは、蜥蜴、いやイモリを思わせる面構えのディアボロだ。
手には手斧を携えたそれは、湖畔から暫く跳ねるように歩いて進んだ後感情を感じさせない目で周囲を見回した。
「おやおや、この場所には動物園も?」
ギロリと振り向いた視線の先にはジェラルドがいた。性格にはジェラルドだけでなく、昼間彼と一緒にいた綾や、虎綱、はくあといった面々を始め計12名の撃退士がそれを包囲するように出迎えたのだ。
「せっかく温泉での骨休めが出来ると思ったのにな……厄介事を持ち出してくれたもんだよ」
そう言って敵を睨み付けた志堂は忍刀・蛇紋を抜刀する。
敵は獲物を見つけたと見ていきなり斧を構えて集団に攻撃を仕掛けた。
身構える志堂。しかし、イモリは彼の眼前で突如跳躍する。
「上!?」
見失ってしまう志堂。だが、はくあの夜目は即座にそれを看破。
「後ろだよっ! ふふ、わたしの眼からは逃れられないよっ!」
ディアボロの攻撃をクローで受け止めたのはジェラルドだった。
「キミの背中はボクが守るよ♪」
飛び退いた両生類に、今度は綾のクリスタルダストが突き刺さる。
「人の休暇を邪魔すンのはお前かァ!!」
虎綱も雀蜂で敵の肩に突き刺すが、が滑る皮膚が刃を滑らせる。
「待って! 陸側からももう一匹来たよ! 気を付けて……!」
索敵を行っていたはくあが叫ぶ。
彼女の言葉通り北西の湖畔林の方向からイボガエルのような面のデイァボロが跳ねるように向かってくる。
「僕が抑えます! 例えどんなに困難でも……必ず護ってみせる!」
和國が血霞を抜いてそちらへ向かう。
「私もお手伝いします!」
同じく忍軍である糸魚 小舟(
ja4477)も苦無を構え和國の援護へと向かう。
まず、糸魚が苦無を投擲して相手の注意を引いた隙に接近した和國が小太刀を一閃させた。
「せっかくの温泉がぁ……絶対許さないです!!」
斬るだけでは気持ちが納まらなかったのか、和國は攻撃と同時にアウルの霞を発生させた。これにより一時的に視界を奪われた蛙は顔面を押さえてもがく。
その隙に引く二人。仮にこの二匹が冷血旅団の中でも強力な固体であるならその戦力は8×2の16となり、12人ではきつい相手。そして、何より彼らの役割はあくまでも【陽動】なのだ。
一方、なおも暴れようとする山椒魚に対してはクラウディア フレイム(
jb2621)が他の仲間の作った隙を突いて審判の鎖を投射した。
「邪魔なやつじゃ、一度封じてくれるぞ!」
鎖に絡め取られた山椒魚の動きが鈍ったのを見て、クラウディアは叫ぶ。
「ようし! そろそろ動こうぞ! もたもたしておると敵が集まってくるからの!」
12名の【陽動】班は一斉に引き始めた。クラウディア自身は距離を離した後、光の翼で飛び上がる。
「いくぞい、光の翼の性能を見せてやるのじゃ!」
敵が麻痺や認識障害から回復しかけるのを見てリボルバーを空中から撃つ。ディアボロをしっかりと罠へ誘い込むためだ。
案の定、頭に血が上った二匹が追ってくるのを見て、クラウディアはニヤリと笑った。
●
湖畔からそう遠くない空き地で二匹のディアボロを待ち構えていたのは、先ほどとは異なる10名の撃退士の面々だった。
近付いて来る不気味な敵の姿が、自らの用意した証明に照らし出されるのを見たドニー・レイド(
ja0470)は、太刀を構えつつもじっとりと背中が汗に濡れるのを感じた。敵が怖い訳ではない。
(……俺は、こいつを守れるのか?)
背後を振り返ったドニーの視線の先にはカルラ=空木=クローシェ(
ja0471)。彼女は彼の恋人ではないが、只の友達でも……要するに友達以上恋人未満だよ! 書かせんな恥ずかしい!
さて、一方のカルラも相手を心配する気持ちは同じだった。
(行楽気分で行ける、楽そうな依頼に誘ったはずなのに……)
もし、この戦闘でドニーが傷ついたらそれは自分の責任ではないのか? そう考えると、カルラは拳銃を握る両手が汗ばむのを感じずにはいられない。
「ん〜、一匹くらい持って帰りたいなぁ……駄目?」
一方、天魔に研究対象としての興味を抱いている四条 那耶(
ja5314)は呑気な事をつぶやいている。
「単騎無双できるような力は、ないからな……十分に引きつけてからだ」
石動はじっと相手を見据える。
「せっかく温泉でゆっくりしようと思ってたのに……早く終わらせて温泉堪能するわよ!」
月影 夕姫(
jb1569)はそう言いつつ、他のメンバーより数歩後ろへ下がり、後方の何かを守るように身構える。
ディアボロが不気味な声を上げ、突っ込んできた。彼らの知能では撃退士の意図など知ったことではないのだろう。
「シオン君!」
撃退士陣営で最初に動いたのは空木 楽人(
jb1421)だった。彼に召喚されたストレイシオンはその魔力もて壁のように立ち塞がる撃退士たちを庇護する。
最初に突っ込んで来たガマガエルは、全身に浮き出た疣を蠢かすと、そこから毒々しい色の霧を放出。どうやら体力を削る毒ガスらしい。この攻撃に前衛のメンバーが咳き込む。
続いイモリの方は柄の長い斧を振り回し、前衛の何名かを纏めて転倒させた。
だが、楽人のストレイシオンのおかげでまだ致命傷を負った者はいない。
「この……!」
まず、ドニー太刀での一撃を叩き込み、カルラとやや下がっていた夕姫もそれぞれ銃と魔法で遠距離攻撃を仕掛ける。
「その大口に叩き込んであげる!」
叫ぶ夕姫。
この時、重要なのは彼らが『動かなかった』という事実。
反撃出来る位置に居た者は攻撃を行ったがそうで無い者はあえて動かなかった。
「1・2・散!」
そして、オーデン・ソル・キャドーが叫んだ時、前衛の撃退士たちの内何名かは一斉に散った!
「天魔に冬休みは必要ないのですね……」
最初に立ち塞がっていた10人の更に後方にも、10名の撃退士が待機。その内の一人である牧野 穂鳥(
ja2029)が溜め息をつく。
「ですが、私達のお休みはきっちり取り返しましょう」
穂鳥は気を取り直すとアウルを集中。直後、カエルの周囲に椿の木と蕾の様な幻影が揺らめき――一挙に落下。そして蕾の開花とともに爆炎がカエルを包む。
「糸魚さんたちが誘い出してくれたんだ。ここで仕留める!」
常磐木 万寿(
ja4472)も素早い動きでリボルバーを連射。山椒魚に弾丸を撃ち込んだ。
「……いくよ、良助……!」
「うん。……大丈夫、ルイなら当たてられるよ」
ルイと良助は同時に飛燕翔扇とスターショットを発射。イモリの皮膚に深い切傷がつき、さらに冥魔の苦手とするエネルギーがその皮膚を焼いた。
「いやいやいや!? まだ倒れねえだと? 硬過ぎねぇか!? 」
獅堂 武(
jb0906)は、丁度良く直線に並んだ二体を巻き込める位置に近づく。用意していた奥の手を使うためだ。
この後、名前は後に述べるが更に5名の撃退士が遠距離攻撃を浴びせた時、ディアボロ二匹は満身創痍となっていた。それでも凶暴性を減じず、今度はたった今攻撃に参加した良助たち後衛を狙おうとする。
だが、夕姫が邪魔な位置に立ち塞がっていたため、まずもう一度カエルがガスを撒き、続いてイモリが彼女を狙う。しかし、そこは壁が身上のディバインナイト。彼女は防御陣を駆使して何とか斧の一撃に耐えた。
「護りは任せて、後ろへは一撃も通さないわ……さあ、確実に少数ずつ仕留めましょう!」
今度は前衛のドニーやカルラも遠距離武器で攻撃。更に。
「まだまだ、次があるんだから…さっさと倒れてよね!」
那耶の影手裏剣が次々とイモリに突き刺さった。
「あー、もうめんどうくせぇ!! 片っ端から撃ち落としてやらぁ!!」
最後に、武の放った巨大な火球に飲み込まれた二体は火達磨となって崩れ落ちた。それを見た那耶は、ふうと息をつき。
「こっちは、大丈夫な感じかな? 次はどこに行こっか?」
那耶に言われて良助とオーデンは相談する。この二人が西ノ湖で支持を出す立場にあった。
三班に分かれた作戦の提案者はオーデン。そして、一箇所に留まって敵を集め過ぎない様、三つの迎撃地点を決めてそれらを移動し続けるよう支持しているのが良助だ。
「えーと、敵はこっちに二体かな」
「向こうにも一体おったぞ〜(・ω・)ノノ」
索敵担当のはくあ、それに空中からの索敵を行っていたハッドとも相談して、三人は次のポイントを全員に伝える。
こうして、ここまでに詳述したような包囲殲滅が繰り返され、撃退士たちも無傷とは行かなかったが計3匹の悪魔冷血旅団が湖畔を飛ぶ砲火に沈んだ。
●
さて、撃退士たちは敵に水陸両用の生物を模したディアボロが多いことから、特に【近接】班と、【射程】班は水際へは近づかないよう注意していた。
しかし、戦況が推移してくるにつれある事態が起きた。
「困ったの〜、奴ら水辺から動かんぞ〜><」
たハッドが困ったような顔で報告。
彼が探知した所、数匹のディアボロが何故か湖岸近くの水中から動こうとしないのだ。
「待って、また反応が! こっちにも二匹くらい!」
そうこうしている内に、今度ははくあが別方向にも敵を発見する。敵がはっきりと連携を意識しているかは不明だが、挟撃の危険性も無いとは言えない。
良助とオーデンは頷き合う。
「仕方ありません。先に数の少ない湖側の敵を叩きましょう」
それを聞いた各務 浮舟(
jb2343)がふと呟く。
「水場が厄介かも。……何かで繋いでいれば、囮になっても大丈夫かな?」
●
「これぞ、かの島津家考案、釣り野伏せである。魚だけでなくディアボロも釣り上げて見せよう!」
そう勇ましく、というか偉そうに言って時雨はスレイプニルで湖上に飛ぶと空中から水面に向けて拳銃を撃つ。証明は穂鳥のトワイライト他、複数の仲間が担当しているので問題ない。
しかし、ワニとウシガエルのようなディアボロはすいすいと泳ぎ回って回避するだけで一向に水面に上がろうとしない。ちなみに、志堂は氷晶霊符で湖面を凍らせられないか試したのだが、これは流石に無理だった。
「仕方ないな」
「ええ、余り敵の縄張りに踏み込みたくは無いけど時間が無いわ」
共に忍軍であり、水上歩行を持つ楊と紺屋は止むを得ず水面に踏み出した。即座にディアボロ二匹が泳ぎ寄ってくる。楊は手裏剣で、紺屋は弓で水面下の敵に応戦するが、今一つ効果が無い。
「危ない!」
浮船二は人がそれぞれ敵に掴まったのを見て咄嗟に旅館から持ち出していたロープを投げる。楊がにこれを掴むが流石にディアボロの力は凄まじくあっという間にロープは引き千切られた。
しかし、この時一 晴(
jb3195)が同時にロープよりは丈夫なアレイスティングチェーンを放り投げた。
晴のチェーンは楊ではなく、彼女を捕獲していたディアボロを捕らえた。
が、V兵器とはいえ、さほど強度の無いチェーンはみしみしと軋み始める。万策尽きたかと思われたとき、以外な助っ人が水中に飛び込んだ!
それは雨音 結理(
jb2271)が召喚したストレイシオンだった。
「お願いね!」
ストレイシオンには水中で活動する能力もある。主の命令を受けストレイシオンは果敢に敵へ向かい、岸へ追い込もうとする。
「そうか、人間はエラ呼吸できんが……ストレイシオンならば」
これを見た石動も、アレイスティングチェーンを投げる代りに結理に習ってストレイシオンを召喚した。
「こいつなら!」
続いて、武は鉄数珠を使用して晴がチェーンを巻きつけている鰐男を拘束。
ストレイシオン二匹の攻撃と二人がかりで引張った事もあり、鰐男は徐々に岸に近づく。
「迷惑な話だ。息抜きが一転戦いとはな……!」
ここで、緋山が最後の一押しとばかりに湖に近づいた時点で活性化させていたタウントを使用。鰐は湖岸へと這い上がった。当然、彼はディアボロの噛み付き攻撃を受けるが、何とか耐える。
「大丈夫だ。このくらいで倒れるわけに行かないからな……だが、雪花は……」
知人の知人である紺屋を気遣う緋山。
「……虎がいるから大丈夫!」
綾の言うとおり、虎綱が使用したニンジャヒーローに誘われ、蛙男の方も紺屋を放して水面から跳躍した。恐らく、先に仲間が水から上がったのに誘われたのもあったのだろう。
最初からタウントやヒーローを使用してもそうおいそれとは乗って来なかった筈だ。
こうして紺屋も何とか陸に避難する。
「こうなったら、こっちのモンやで〜! 行けー、爆熱ノックや!」
笹本 遥夏(
jb2056)は威勢よく叫ぶと強力なアウル火球を形成。フルパワーで敵に打ち出した。炎に包まれたディアボロが暴れる。
――極度の興奮や怯えは集中力を鈍らせる
自分たち【射程】班の出番が来た事を知った各務 与一(
jb2342)は静かに弓を構え、目を閉じて黙考した。
――必要なのは波紋ひとつない水面の様な静かな心と一瞬の機を見逃さない集中力。の俺にその二つを成す事は出来ないかもしれない……それでも、やるんだ。俺の大切な人と共に生きるために
改めて集中力を統一した与一は自分の大切な人。大切な双子の妹である浮船を見る。
「浮を狙う敵は全て俺が射抜いてみせるよ。信じてくれるかい、俺の事を」
微笑む浮船。
「こうやって一緒に戦うのは初めてだね。援護は俺に任せてね」
続いて、初めて出来た友人である結理を見る。彼女も与一に笑って見せた。
二人に微笑み返す与一。次の瞬間高速で矢が放たれ、炎上してもがく蛙男に突き刺さった。
「結局、戦闘ですか……まあ、いい。襲ってくるなら、天使であろうが悪魔であろうが、何であろうが狩る。ただ、それだけです」
灰里も、これ以上炎を見たくない一心t攻撃。ロザリオから放たれた無数の光の矢が鰐男に降り注ぐ。
いや、降り注ぐのはそれだけではない。遥か上空から飛行するヴィルヘルミナのフラッシュライトがディアボロを照らし、そこに彼女の氷の刃が降り注いだ。
「真由と別れて行動するのは心配だが過保護でもあの子の為にはならん。精々無事を祈るさ……その為にもお前たちにはさっさとご退場願頂こう。さて、氷の雨はいかがかな?」
「楽しい旅行中に来るなんて……粉々になればいいのですワっ!」
ミリオールも同様に炎陣球を放つ。
「粉砕じゃ〜!」
ハッドも空襲の如く、極彩色の火花でディアボロを攻撃。こうしてディアボロは圧倒的なアウルの砲火の前に圧殺された。
その後、更に1体が撃破され西ノ湖に迫っていた旅団は慌てて指揮官の下へ逃げ帰った。
●温泉
かくして激闘を終えた撃退士たち。だが、これで泥のように眠る――かというとそうではない。何しろ冬とは戦闘の汗、汚れ。
若い女性も多い彼らとしては、このまま布団に戻るのも具合が悪い。
「やっぱり一仕事終えたら温泉ですよね。温泉……あって良かったです♪」
久遠寺 渚は、うきうきと脱衣所に向かう。無論、他の学園生も。
「とにかく、死人も重体も出なかったのは何よりだね。お疲れ」
「あ、ま、黛さんでしたよね。戦場ヶ原ではお世話になりました」
怪我人の治療に当たった黛 アイリにぺこりと頭を下げる渚。
「いや、私も怪我人とか出るのは嫌だったからね……もしそうだったら、明日の観光が台無しだ」
そう言ってアイリは少しだけ笑う。
「おお、久遠時殿か。出撃前はすまなんだのう。借りた物は中々役に立ったぞ」
更に白蛇も登場。久遠時に作戦用に借りた服の礼を述べた。
「いえいえ、高山も苦戦したそうですが皆さん無事だったみたいですねっ! お役に立てたのなら何よりですっ!」
笑顔で応える渚。
「うむ。こうかは ばつぐん であったぞ。やはり清楚な乙女の使ようず……」
「わーっ! わーっ!」
「……?」
何か言いそうになった白蛇の口を慌てて抑える渚。それを見たアイリは一人首を傾げるのだった。
この旅館一つ一つの温泉は大きくないものの、種類が豊富で数が多い。とりあえず、渚と白蛇、黛は人の少なそうな露天風呂へ。大分夜明けが近づいた山の住んだ空気と温泉の暖かさを味わっていた。
「うむ……中々良い湯加減じゃ。何しろ明日は同輩にあいさつ回りをせねばならぬからのお。身を清めておくのが礼儀というものじゃ」
「あ、じゃあ白蛇さんお背中流しますよ!」
「おお、すまんの!」
「じゃあ、私も流そうか?」
「わ、黛さんありがとございます!」
こうして三人は、ゆったりと温まった後は、全身の汗と泥を流しつつ寛いでいたが――
「ねぇ……パパ……」
「!?」
突如、リラックスの境地に達していた三人の耳に、やったら艶を含んだ女性の声が届いた。
慌てて周囲を見回す。しかし、ここは入る前に確かめたがれっきとした女子用であり、しかも広さがそれほどでもなく隠れる場所もない……が、謎はすぐに解けた。
植え込みで仕切られていたが、すぐ向こうが混浴になっていたらしい。
とにかく、三人ともその尋常ならざる女子力に当てられたのかつい茂みの向こうに目を凝らしてしまう。
「セ、セラフィンさん!?」
我が目を疑う渚。混浴の方の露天風呂みにいたのは、やはりついさっきまで戦場ヶ原で共に戦っていたセラフィンその人である。
「セラフィン? ならお父さんと一緒に入っているだけしょう? 騒ぐことじゃないわよ」
興味を失ったのか、マイペースにまったりするアイリ。
「でででもでもでも!」
一方渚さんマジテンパッてる。
実際、女湯からは見えないがセラフィンはどうもタオルすら使っていないらしい。
「どうしたって言うの。騒がしいわね」
と、露天風呂の物陰から声がする。
「どどどどなたですか?」
見知らぬ少女の登場に渚はまたびっくり。100人いるとはいえ、一応名簿で参加者はお互いに確認している筈だからだ。
「何言っているの? ナナシよ……ああ、帽子が無いから気付かなかったのね」
ナナシは僅かに苦笑すると頭に手をやる。どうやら彼女も一人、温泉でグッタリしていたようだ。
「まあまあ、きっと甘えてるだけだと思うよ。親子の団欒に水を差したら悪いよ」
また一人、女子露天風呂に入って来た夕姫。
「はっ!? 夕姫さん、ナズェ光纏しているんですかっ!?」
「あ、ごめんね。私リボンを解いて光纏ようにしているから……」
そう言って光纏を解除し、長く艶やかな髪を片手でかき上げる夕姫。帽子とか、リボンとか普段頭につけているアクセサリーを入浴時とかに外すのって良いよね!
「は! い、今の声はまさか覗き!?」
違うよ!
「この温泉……美肌効果あるんだって♪ ……どう?少しはキレイになったと思う?」
さて、そうこうしている間にもセラフィンはパパへのゆーわく(変換し忘れではありません)を続行中である。
「……せめて、タオルで隠すか何かしたらどうだ?」
しかし、デニスはクールに返す。……考えてみれば、途中からは男手ひとつで娘を育ててきたのだから当然か。
「……もうっ! パパのイジワル! 知らないからっ!」
見事に撃沈し、一気に子供らしい拗ねた声に戻るセラフィン。しかし、デニスはなおも冷静に。
「だからタオルを使え。……他の人に迷惑だろう」
「……え?」
実際、デニスはとしては当たり前の事を指摘しただけだった。だが、夢中になっていたセラフィンは回りに気づいていなかったのである。
「……セラフィンさん、ファイトです!」
氷月はくあに悪気は無い。純粋に応援しているだけだろう。
「またまたリア充発見!……ってこれは何か違うでござるな」
と虎綱。微妙に目逸らし。
「雪見露天風呂で一杯、そして美人!(美少女?)たまりませんねぇ☆」
ジェラルドは特に気にした様子も無くマイペースに温泉に浮かべた日本酒を一杯。ちなみに彼は何故か酒のアテにおでんを用意されていた。一体誰が!?
「がんばれ〜♪ もっと成長したら、きっと!」
同じく、虎綱らとまったりしていた綾も応援。確かに綾はそう言うだけのバストの持ち主であろう。しかし、彼女は気づいているだろうか? セラフィンも年齢の割には決して侮れぬ質量の持ち主だという事に。
「え……え……?」
それまで薄っすらとピンク色だったセラフィンの顔はここで一気に真っ青に。しかも目撃者はそれだけではなく。良く耳を澄ませば女子風呂の方からも話し声、というか茂み越しに渚やそれ以外のメンバーも見えている。
「ムハハハハハ! 娘はそれくらいの年頃が一番可愛いものよ! わしの娘も……おっとこれ以上は長くなるから明日の晩ビールでも飲みながらどうだ!?」
男湯の方はきちんと仕切りがしてあって、視覚的には問題ないが何しろセラフィンが余りにノリノリだったので、声から状況だけは伝わっていたらしい。
かっぽーん、と獅子脅しが落ちた。
「イヤあああああああぁぁぁあああああああああ!? パパぁぁああああああああああ!?」
ようやく事態に気づいて絶叫するセラフィン。
「……自業自得だ」
内心はどうあれ、他人の前なのでクールに言うデニス。だがのぼせすぎたセラフィンがぶっ倒れると、流石に優しく抱き上げてついでにタオルをかける。
「ほれ、これでも飲ませてやれ。安心せい。ただのお冷じゃよ」
と、やはり温泉に日本酒を浮かべて一献を楽しんでいたクラウディアが水を持ってきてくれた。
礼を言って立ち去るデニスと、ぐったりしてパパに運ばれるセラフィンを眺めつつ。
「全く人間界は面白き所よのぉ」
とクラウディアはまた一杯、くいっと傾ける。
酒のアテ?
オーデソン師匠が用意してくれたおでんに決まってんだろ!
流石に全員分はむ無理だったが、オーデソンの熱意にうたれ旅館にある材料で少々用意してくれていたようだ。
――冷えた体に沁み入る、おでんの魔力。存分に味わいなさい
他にも、小腹が空いておでんに手を出した者はこの言葉が耳にいつまでも残ったとか残らなかったとか。
●
一方、こちらは男湯。
「とにかく、先輩も皆も無事で良かったです」
「うむ、和國もな」
激戦を乗り越えた四条と石動も、冬の湖水で冷え切った身体に温泉が沁みていく感覚にまったり。
「はぁ〜傷に効きそうですね〜♪」
袋井正人は本格的な湯治の気分のようだ。
「こうなるとナンパが首尾よくいかなかったのが悔やまれますね。いや、まだ出会いの機は……!」
どうも、袋井は一日目にある少女に声をかけて。
「私、パパ一筋だから!」
と言われた挙句、その父親に。
「Hey Boy,一変死んでみるか?」
とバキボキ拳を鳴らされ退散したらしい。その親子については彼らの名誉のため、名前は伏せて置く。
力強く拳を握りしめる袋井。と、そこにぱちゃぱちゃとやってくる人影。何気なくそちらを見た袋井は驚愕する。
「ふぅ……やっぱり皆寝る前に温泉は入るんだな。お疲れ」
そう、にっこりと笑った人物は、どう見ても腰まである長い白に近い銀髪の女性だったからだ。
「え!?」
ちらりと胸を確認する袋井。だが、バスタオルがいかにも女性らしく巻き付けられ、おまけに安心の湯煙パワーで細かい部分までは確認できない。
思わずゴクリ……とかやってしまう袋井。だが、これはチャンスかもしれない。今こそナンパの続きを!
「ど、どうです!? 折角だからこの後スポーツでも? い、いやその前に貴女のお名前を教えていただければっ!」
その銀髪の女性はきょとん、とした目で袋井の方を見ていたがやがてクスクスと笑い出す。
「え? あの……」
その女性? が何か言おうとした瞬間、混浴の方から声が飛んできた。
――『龍実? 男湯の方はどう? こっちと違う』
「こっちもいい感じだ」
ジェラルドの呼びかけに応じる女性――いや、志堂龍実(男性)。真相を知った袋井はあんぐりと口を開け――。
「し、失礼しました……」
とフラフラしながら風呂から上がるのだった……
部屋に戻る途中、口から魂が抜けかかっている袋井さんの背中が元気良く叩かれた。
「ふふふ〜♪、混浴の方から聞こえてたよ? 可哀相だから明日は他の人も誘って一緒にスキーやろっ♪」
元気良く笑うクロエ・キャラハン。ちなみに彼女も浴衣姿である。
「クロエさん……ううっ、ありがとうございます〜!」
嬉しさにマジ泣きする雅人でした。
●
「お、お姉さま!?」
混浴や先程の女湯とは別だが併設されている少し小さめの大浴場では、ファティナがイシュタルをハグしていた。
……いいか、もう一度言うぞ。『大浴場で』だ! 後は、解るな?
「イルちゃん、お疲れ様でしたね♪」
「お、お、お姉さま、当たって、当たっているわ!」
「アトリさんも、お疲れ様♪」
「ティナねーさまっ、んっ、お腹、くすぐったいよ……」
存分に義妹たちを愛でまくる銀髪長女。
「みんな元気だな」
その様子を微笑ましく見ているのは先程まで姉妹と共闘していた静流だ。
「いかがです? 静流さんなら大歓迎ですわ♪」
手招きするファティナさん。
「遠慮しよう。それに、余り騒ぐとよそに迷惑だ」
余裕の態度を貫く静流さん。
「大丈夫じゃない? 何か混浴の方が騒がしかったし」
とやはり姉妹と共闘していた黎。
「黎さんも、ご無事で何よりでした」
と微笑むファティナ。
「ありがとう……ところで、その私も……いや、うん、ごめん、何でも無い」
「? どうかなさいまして?」
●
かように騒がしい温泉の喧騒を背に、既に入浴を終え浴衣に着替えた常盤木万寿は念願の一服を深く吸い込んでいた。
「出撃前は吸えなかったが」
彼が一服を楽しんでいるのは、露天風呂へ向かう途中の屋外の通路に設けられた喫煙所だ。
「あら、常盤木さん?」
そこにやって来たのはいつも通り、もの静かな微笑を浮かべた糸魚小船である。
「糸魚さんか。お互いで無事で何よりだ」
万寿はそう言うと慌てて煙草を口から離す。
「あ、お気になさらないで下さい」
やんわりと、手を上げて万寿を止める糸魚。
一瞬、それこそ糸魚でも気付かなかったくらい短い時間、万寿の動きが止まった。
何故なら、糸魚の細い手指がゆっくりと曲げられるその仕草がたとえようも無く可憐に感じられたからだ。
「……」
軽く頭を振る常盤木に糸魚は首を傾げた。
そうこうする内に夜は一層更け、流石に明け方近くなり始める頃には温泉から撃退士たちの姿は無くなっていた。
……が。二十四時間営業である旅館の温泉にこの時、新たな影が現れた。
武尊である。かなり高い木の上から温泉に降り立った彼はしばらく立ち昇る湯気を眺めていたが、やがて脱衣所に行き、改めて温泉につかる。
「ふむ。悪くは無いか」
●三日目/再び栃木満喫編
三日目ともなると少数ながら意外な場所を訪れる者たちもいた。中禅寺湖畔にある郷土資料館の図書室で出会った。番場論子と字見 与一は礼儀正しく挨拶を交わし――そのまま各々読書に没頭中。
番場はその知識欲ゆえ、ここに来た。字見は持って来たほんをここで集中して読むつもりだったようだ。
しかし、人間である与一の方は昨夜の疲れが残っていたのか、暖房の効いた図書室で、いつしか本を伏せたまま机に突っ伏して寝始めた。
一方、特に行きたい所が無いので資料館に何となく来た一行もいる。
「みんな一緒……わくわく、なの」
それでも優雨はそれなりに楽しんでおり、それを見守るテレジアもにこにこしている。
「ふむ。これはこれで面白いかもな」
リョウの方も民謡などの資料に多少興味を示していたが。
「やっぱり、何で来たんだろ、私……こんな団体で〜とか、一番嫌いなのに……」
唯一ムスっとしてるのはエリーさん。昨夜の戦闘での充実感が懐かしいのか溜息ばかり。ついでに体系もテンションと同じく色々とサイズダウンしていた。
「せっかく来たんだ、少しは楽しもうぜ? どうせ明日は帰るんだ。何、学園に帰ればすぐ楽しめるぜ」
とキャルが言う。
「……誘ったのはあんたよね……この自由人……」
●雪山スキーラヴ
一方で、三日目も旅行を満喫する者もいる。
「Yea! ボクはこの雪山でも最速を目指すのだ!」
白銀のスキー場に、フラッペの元気な声が木霊する。その余りの早さに、他の観光客や学園生から驚嘆の声が聞こえる。あるいは、同じ撃退士なら気付いただろうか?
フラッペがストライドで生み出した擬似スノーボードを用いてスピードを出していることに。
「元気なものね。昨日あれだけの事があったのに」
とナナシ。
「あら、私たちも似たようなものでしょ? ……目が覚めたときは一日寝るか温泉でも入るつもりだったのですけど」
苦笑するのは楊 玲花。お互いにバッチリスキーウェアだ。
「やはり、学園にいてはスキー所に来る機会も少ないので、余録を活用させていただこうかと」
楊は笑う。二人とも寝過ぎても健康に悪いと思ったのか、午後からだけでも軽く滑ろうということらしい。
「そうね。昨日は一人で何もない高山の辺りを滑っていたから」
ナナシはそう言ってスキー場を眺める。
「じゃあ折角だから競争でもしてみます?」
と楊。
「面白そうなのだ! ボクも混ぜるのだー!」
二人が話している所にフラッペが軽やかに駆け上がってくる。考え見れば実際にスボーボードを担がなくて良いのだから身軽な物である。
こうして三人は、のびのびと滑る。
さて、その様子を横目に見ていたのが小田切ルビィと、御暁 零斗の二名である。
「見たかダチ公」
と零斗。
「ああ……どうやらそろそろ俺らもケリつけなきゃなんねーみてえだな」
とルビィ。
ちなみにこの二人、全身か湯気が立つほど疲労していた。
ゆっくり休んでから午後にスキー場へ出てきた女子たちと違い彼らは午前中から滑っていたからである。
それは別に良いのだが、当初は戯れから競争していたのがいつの間にか激化。終いには『勝った方が栃木土産を全額負担するという』所までエスカレート。両者の体力は限界。そんな二人が決戦の地として選んだのはどう見ても断崖絶壁というレベルの傾斜だ。
というか、明らかに立ち入り禁止レベルだろこれ。
「『壁走り』は使うんじゃねえぞ? 麓までの直滑降勝負、負けた方はお土産代全額負担だからな!!」
さっきのストライド・ガールのことが脳裏をよぎったのか釘を刺すルビィ。
「そっちこそ、妙なスキルは無しだぜ?」
言い返す零斗。
そう、もはや後には退けない。二人の漢(おとこ)は、お互いを見ると不適に笑い――ストックを押して、谷底へ!
空木楽人と一晴もまた、雪山の熱気に当てられた二人組みである。これが初デートというこの二名。レンタルしたお互いのスノーボードを点検し、先ほどの男二人よりは常識的なコースの前でスタートに着く。
「負けないよ! 晴さん」
そう宣言する楽人の頬が紅いのは寒さのせいだけではあるまい。
「あたし、フリースタイルのボードには慣れてないから油断したら負けちゃいそうだね。ふふっ」
そう微笑しつつも余裕は隠せない晴。
そうして滑り始める二人。だが、彼らは気付いていなかった。じっと彼らをピーピングするもう一人の少女に……!
「ふふ、とうとう始まりおったで♪」
それまで、数多のカップルを傍目にヤケクソ気味の滑りを見せていた笹本遥夏は、ニヤニヤしつつ気付かれぬよう二人の後を追う。
「お熱いとこ見せてや〜、お二人さん♪」
●
楽人と晴の勝負の条件は、『競争で負けたら勝った方の言う事を聞く』だ。気合も入ろうというもの。
しかし、勝負は最初から一方的ではあった。やはり力量に勝る晴が終始リードを保つ。コースも残り僅か、ちらりとコースを確認する楽人。こうなってはショートカットしかない。
「ここ飛べば!」
どう見ても無茶なリードを取ろうとコースを外れる楽人だったが――
「リー、どぉっ!?」
楽人の叫びを中断させたのは、彼自身の自爆では無い。
遥か斜面の上から一直線に転がり落ちて来る二つのでっかい雪球であった。
「壁走り解禁だ! 止まらねえと、お二人さんにぶつかっちまう!」
相棒である零斗に叫ぶルビィ。
「出来る訳ねえだろ!? すまねぇな、お二人さん、めどくせぇことに巻き込んじまった……!」
流石撃退士というべきか、雪玉になりながらも叫ぶ二人。一方カップル二名も衝突は避けたが無茶な避け方をしたせいで、スノボの操作がままならなくなり、衝突。なんと二人纏めて雪玉の後を追うように斜面を転がっていく……
●
「こ、これはまた……」
友人の危機にピーピング所ではなく、慌てて駆けつけた遙夏は目の前の光景に唖然とした。
どういう奇跡か、綺麗にルビィの雪球の上に零斗の雪球が乗っかってまさに雪だるまとなった二人も、雪の中から顔だけ出して目の前の光景を呆然と見つめる。
しかし、何より呆然としていたのは当の楽人と、晴だったろう。何故なら、この二人は転がった勢いで楽人が晴の上になり真っ向からキスしている状態だったからである。
「こ、これがう、噂に名高いラッキースケベなのだ?!」
同じ学園生を心配して慌てて駆けつけて来たフラッペも口元を押さえている。
真っ赤になってお互いを見つめる楽人と晴。だが、先に主導権を握ったのはやはり晴だった。
「ふふ、ご褒美が先になっちゃったけど……」
一度唇を離して、楽人を見つめにっこり笑う晴。
「ね、楽人くんはあたしの事どう思ってる? 大きな声で叫んでみて」
「そ、それは!」
積極的な晴にリードされ、たじたじ。
「大丈夫、ドローだから、『私も』叫ぶよ……♪」
楽人も迷ったのは一瞬だった。意を決して顔を真っ赤にして晴を見つめ。
「ぼくは、晴さんを――」
「あたしは楽人くんを――」
『愛していますっ!!』
冬の雪山に響く絶叫。
「なあ、相棒?」
「何だよ、めんどくせぇ……」
「結果オーライって、ことかぁ?」
何とか自力で抜け出した零斗と、ルビィは顔を見合わせて苦笑。
「う、うらやましい〜」
涙目の袋井の肩を、ポンと一緒に滑っていたクロエが叩く。
一方、遥夏は
「いや〜! ええ仕事見せてもろうたでぇ〜あそこまでいってしまうとは恋する乙女は……びぇっきし!」
「若いのぉ」
綺麗に纏めたのは遥か上空から一部始終を眺めていた吹雪さんでしたとさ。
●中禅寺ラヴボート 〜転覆しろ〜
昨夜の激戦が嘘の様に中禅寺湖畔は晴れ渡っていた。その湖畔の各所には見事敵を追い払った撃退士たちが散在し、思い思いに観光を楽しんでいた。
道を行けば一般人の観光客や、土産物屋の人々が会釈してくれることもある。なにしろ、警戒のために呼び寄せた撃退士たちが見事役割を果たしてくれたのだ。撃退士冥利に尽きるといった所か。
しかし、彼らの大半は文字通りの学生である。ということはそこかしこで青春の甘酸っぱい光景が広げられている訳で。
「初日はゆっくり旅行を満喫して、次の日の夜にそのまま大決戦、と思ったらまた旅行とはギャップが凄いのです……。んー、人間って色んな意味で凄いのです。私も身心共にタフにならないと、です」
湖畔を散歩していたパルプンティの言う通りである。
●
「あ、そろそろお昼ですね。胡桃さん」
湖畔を連れ立って歩く黒井と胡桃。
「そ……そだね」
おや!? こもものようすが……?
初デートで緊張しているのは解るが流石に昼食でこの反応はおかしい。それとも、彼女には何か昼食が勝負どころでもあるというのか。
最も、それは黒井くんの方も同じ、初デートに相応しいランチどころを探そうとスマホで検索。
「く、胡桃さん? その美味しそうなレストランが近くに……って、え?」
と、ここで黒井は黙り込む。胡桃が恥ずかしそうに取り出した風呂敷包みに気付いたのだ。
「う、……うん。それも美味しそうなんだけど……えぇとあのその……お、お弁当作ってきたり、とか……」
「く、胡桃さん……」
感動する黒井。選択の余地などある訳が無く、二人は早速適当なベンチに腰掛ける。
「あ……そ、その、ちゃんと、義父さんにも味見してもらったし、だいじょぶだと、思う……」
おにぎり、卵焼き、から揚げ、金平、ポテトサラダ、ウインナー……、シンプルだが良く出来ている。
「ありがとうございます! で、では、いただきますっ!」
緊張して力みまくる黒井。まあ無理も無い。
「あ、ちょ、ちょっとまって……」
何故か黒井を止める胡桃。お預けか?
「そ、その……最初はあーん、しても いい、かな……?」
流石に自分で言ってて恥ずかしかったのか横を向く胡桃。だがしっかり箸の先におかずを持っているの図。
さて、この黒井くんはどうしたでしょう?
勿論、胡桃さんのお願いは全て受け入れるんだよね?(ゲス顔)。めでたしめでた……爆発しろォ!(血涙)
●
「ねぇ、何をしているのかな? それ、楽しい? 邪魔をしちゃって悪いんだけど、教えてくれないかな?」
中禅寺を回る遊覧船の上でユエが声をかけたのは如月 千織と牧野穂鳥の二名だった。ちなみにこの二人が近い地にいたのは偶然に過ぎない。
如月は、景色を眺めつつずっとイヤホンで音楽に聞き入っており、穂鳥はデジカメ片手に船上を歩き回り、周囲の景色を撮影していた。穂鳥が如月の側を通りかかった所でユエが二人に気付いたという訳である。
「何って、説明するのも難しいですねえ。聞いてみたらどうです?」
と、イヤホンを差し出す如月。だが、ユエはそれを耳に近づけただけで、顔をしかめた。
「うわっ……なるほど、こういう道具なんだ。うん、ごめん。俺、苦手なんだ」
苦笑しつつ丁寧にイヤホンを如月に返すユエ。彼はどうやら音響芸術の類は苦手らしい。
「では、こちらはいかがでしょう?」
ユエの反応に興味を持ったのか、穂鳥は自分が納めた風景の写真をユエに示す。
「へえ……これは何が面白いの?」
さっきとは違って興味を惹かれた様子だ。
「こうやって景色を記録しておくのです。後で思い出にするために」
「オモイデっていうのはよく分からないけど……この景色を観賞するためにってこと? こっちは面白そうだね」
「……ふむ、君は人間界に来て日が浅いのか?」
ここで、やはり遊覧船に乗り込んでいた同じく悪魔のエルフリーデ・シュトラウスが声をかけた。
「そう言う君は、長そうだね」
そのまま言葉を交わす二人。
エルフリーデの方は人間界に来て百年強、それゆえ人間界の文化にも造詣が深いようだ。
「ゆっくりと冬の景色を楽しむといい。昨日は無粋な者らに少々水を差されたが、荒らされないだけましだったからな」
そう言って髪を風に靡かせるエルフリーデ。穂鳥は穏やかに微笑んで、デジカメを再び覗き込んだが――。
「……あれは、なんでしょうか?」
怪訝な声を上げる穂鳥。咄嗟に如月が遊覧船の双眼鏡に硬貨を押し込む。
――四人は交代で素早く覗いた後に沈黙。やがて、エルフリーデが溜息をついた。
「はぁ……。本当に、余程愉しみに水を差すのが好きとみえる。 腐乱犬に少女が一人か。昨夜の情報とも合致する。明らかに学園の者ではないな」
「うざったいなぁ……」
見るからに不機嫌を顕にした二名。その背中からは同時に黒いコウモリのような翼が顕現する。そのまま二人は飛翔しようと身構えるが。
「……そうだ。君らも連れて行こうか? あの距離なら運べないこともないし。戦力は多いほうが良い」
にやりと笑うエルフリーデ。人懐っこく頷くユエ。
勿論、穂鳥と如月に言ったものだ。
「天魔がまた出たのですか!? 僕も運んでください!」
と、やはり遊覧船に乗り込んでいた龍仙 樹が駆け込んでくる。
「いいよ。じゃあきみは男同士、俺が運ぼう」
にっこりとユエ。
遊覧船から二つの影が飛び立つ。ちなみ遊覧船の料金は前払いなので問題ない。()
●湖とボートとリア充共とヘルハウンド
時間は遊覧船組が無粋な侵入者を発見する少し前に遡る。湖の一角には多数のボートが浮かんでいた。乗り込んでいるのはどれも久遠ヶ原生徒だ。
「気持ち良いが……やはり寒い。身体を冷やさないようにしないとな」
このボートに乗り込んでいるサガ・リーヴァレストはそう言って自らのマントを優しく恋人である華成希沙良に羽織らせる。
「……有難う…御座います……」
真っ赤になって、マントを口元まで引き上げる希沙良。とても幸せそうだったが、その時ボートの向こうを通っていた遊覧船の起こした波が彼らのボートを揺らす。
「あっ……」
「大丈夫……か……?」
慌ててふらつく希沙良を抱き止めるサガ。だが、勢い余った二人は激突し……
『……』
真正面からお互いを見つめ合う二名。揺れは収まっている。離れなければ。お互いに間違いなくそう思っているのだが、何故かなかなか体が言うことを利かない。脳の命令を体が拒否しているのだ。
そう、愛しい人の唇を一秒でも長く感じていたいから……。
「じ、事故だ……すまない……」
それでも、まずサガが唇をし慌てて謝る。
「……事故…です…ね……はい…大丈夫…ですよ……」
だが、希沙良ときたらその『事故』という表現に目に見えてしょんぼり。
サガから視線を逸らして俯いてしまう。だが、希沙良の指は自らの唇を無意識になぞり、その『事故』の余韻をいつまでも味わおうとしていた。
●
「……わ、私達って今…どう見えてるかしらね?」
そして、ここにも初々しい恋人たちが二人。こちらのボートに乗っているのはカルラとドニーである。
「さぁ。……むしろ俺が聞きたい、それ」
やや頬を赤く染めたカルラの問いに、ボートを漕ぎつつ視線を逸らすドニー。溜息をつくカルラ。だが、諦めずなおもカルラは続ける。いや、何を諦めないのかは不明だが。
「は、話は変わるけど、この服、どうかしら? その、変じゃない?」
やや大人しい色調のお洒落にドニーが気づくか、密かにドキドキしながら待つカルラの期待はしかし、ものの見事に裏切られたのだった。
「……? いや、別に大丈夫だと思う。その格好なら栃木でもあったか――!?」
余りの鈍い反応に無言で繰り出されるするカルラのキック。
「い、痛い痛い! ちょ、スカート! スカートが!」
げしげしされ、必死に叫ぶドニー。ちなみにまだ『誰にも』見えていない。セーフ。
『おやァ? はしたない姉ちゃんもいたもんだなぁ! ギヒヒ!』
突如、どこからともなく響く下品な声。続いて二人のボートの上を黒い影が横切っていく。
「〜!」
冷やかされ、慌ててスカートを抑えるカルラ。
「多分、天魔の誰かね。まったく……けど、ドニーの……」
そこまで言ってカルラはドニーの様子がおかしいのに気づく。
「違う……」
「ど、どうしたの?」
ドニーは青ざめた表情で今の影が飛んでいった方を見て呟く。
「今のは……学園生じゃないぞ!」
●
「たまには、こういった静かなのもいいわね」
「キミとゆっくりするのも久し振り、か」
「ふふ、夕べはお互い無茶したわね」
恋人というか性で解る通り夫婦であるメフィスの膝枕でうたたねするアスハ。二人ともボートを漕ぐのを止め、安全そうな場所で奥日光の空気を楽しむ。
「やっぱり、のんびりが一番だね〜♪」
こちらでは青柳と千紗がボートを楽しんでいた。
寛いだ様子の青柳に微笑しつつ、千紗はこっそり呟く
「……このままずっと、こうしてられたらいいのに……」
「? ごめん、何か言った?」
「ううん……なんでもないっ♪」
そう言っておにいちゃんに寄りかかる千紗。優しく肩を撫でてくれる青柳の手が千沙には心地よかった。
本当に、いつまでも、このまま――そう千紗が願った時、遠くから何か重いものが水に落ちるような音が聞こえてきた。
●
「おばさま、大丈夫かな……」
「ふざけてるとか、何か面白いものでも見つけただけかと思うけど……」
この時、ミィナ・シーンとウルスは極めて心配そうにボート漕いでおばさまことアウレーリエを『島流し』にした方向へ向かっていた。
ことの起こりはこの三人で行ったボート競走。見事一位をとったアウレーリエを島流しと称して離れた湖岸に置き去りにしたのである。
――『ふふん、島流し上級者の実力をお見せしよう』
などと自信満々ですぐに追いつきそうだったアウレーリエ。実際、ミィナもウルスも、すぐに帰ってくるだろうと思っていたのだが……
「幾らなんでも遅すぎるよね……って、見て、あれ!」
明らかにただ事でない叫びを発するウルス。慌てたミィナは。
「ウルス君、捕まって!」
●
「浮ちゃん!?」
双子の兄である各務 与一が叫ぶがもう遅い。先刻、千紗と青柳が聴いた物音の正体。それは、各務 浮船がボートから湖に飛び込んだ音であった。
なぜこんな事になったのか。ことの起こりは兄弟共通の友人である雨音 結理が持ってきてくれた道明寺の桜餅を三人で美味しくいただいた後。
「ボート漕ぎたいかな」
と浮船が言い出したこと。三人は相談の結果ボートを三台借りて競争を楽しんでいたのだが、張り切りすぎた浮船が途中で酔ってしまった。
そこで、競争をいったん中断して休んでいた際によろめいた浮船が双子の兄とペアである大切なペンダントを落としてしまったのだ。
こうして冬の寒中水泳を行う羽目になった浮船。だが、撃退士としての身体能力は流石と言うべきかすぐにペンダントを掴んで水上に上がる。
「浮ちゃん、捕まって!」
気がつけば、与一がボートを寄せてくれていた。
「あ、ありがとう一ちゃん……」
とにかく引き上げてもらった浮船。そして、ふと自分が最初に乗っていたボートの方を見た浮船は招かれざる客の存在に気づくのだった。
「いよう。この寒いのに寒中水泳とはご苦労なこったなァ! グヘヘヘヘヘヘ!」
●
「どう見ても、学園生じゃないね。……ここでやるというなら、ボク様が相手になるよ?」
続いて現れたのはミィナたちが探していたアウレーリエだった。『島流し』にあった後、普通に戻ろうとしていたのだがこの異常事態に気づいて、進路を変えたらしい。
いや、アウレーリエだけではない。先述の各務兄弟と雨音を始めとして、ボートに乗っていた撃退士たちも続々と集まっている。
そして、ユエとエルフリーデ、この二人に抱えられて遊覧船から飛び立ったものたちが次々とそこ ――中禅寺湖の北西の岸近くに集まって来た。
飛んできた面子はとりあえずボートに降り立って足場を確保する。
「おやおやおや……嘆かわしいこったなァ! 随分とはぐれた裏切り者が多いじゃねえか!」
わざとらしく手をかざして周囲を眺めた表皮も体毛も無い狼男の出来損ないのような悪魔は歯をむき出して皮肉めいた笑いを浮かべた。ついでに、ウルスを見ると。
「おやおや……珍しいなあ。『雑種』までいやがらあ」
「喚くな狗。狗はイヌ《家畜》らしく強者に尻尾振って頭垂れてりゃ良いんだよ。それが悪魔だろ?」
やはり飛んで来たヴィルが本性剥き出しの口調で挑発。
「クク、弱い犬ほどよく吼えるってなあ、兄ちゃん。解った! 跪いてやるよ。それから……ヒヒヒ」
ここには書けない様な下品な単語を並べた後、狼男はゲタゲタと笑った。
「……どういうつもりだ。腐乱犬。まさかここでやろうとでも?」
下品な話題を変えようとアウレーリエが言う。そこにまた新たな学園生が飛来した。
「おばさまっ!」
と叫んだのはウルスを抱えたままのミィナだ。
「大丈夫っ!?」
とウルス。
「だから、おばさまじゃないやい! ボク様だい! ……でもよく来てくれたよ。ミィちゃん、ウルス君」
こうして終結した撃退士たちを目前にしても狼男は余裕といった風情。だが、もう一人の少女の姿をした悪魔の方はそうではないらしい。
「い、いやぁ……ニンゲン、一杯ぃ……裏切り者……怖いよ……帰ろうよ、帰ろうよ……!」
だが狼男の少女の鳴き声を無視してエルフリーデに答えた。
「勘違いすんなよ? 俺は只お嬢様がボートに興味があるっていうからお連れして差し上げただけだぜェ? なあぁ?」
べろりと、ぬめり光る舌が少女の頬を舐め上げた。
「ひ……ち、違うぅ……夜になってからって……!」
「あぁ? 俺に逆らうってのかよォ!」
ジロリと黄色い目で少女を見る狼男。
「ああっ……ご、ごめんさいっ……ごめんなさいっ!」
いたぶられているように見える少女を見かねたのか、青柳が口を開いた。
「君が黒幕かい? 何が目的か分からないけど、あんな事止めて学園へ来ない?」
以外にも、狼男はこの言葉に明確な反応を示さなかった。しかし、肝心の少女の方はびくっと震えて狼男の後ろに隠れた。
「い、や……ニンゲン、怖い……」
「まあ、浮気はいけねえってことだよ、兄ちゃん!」
「え?」
そう言われて、初めて青柳は気づく。
同じにボートに乗っている千紗が再び黒いオーラを発しかけていることに!
「う、浮気……!? お〜に〜い〜ちゃ〜ん……!?」
ジト目の千紗。どうやら狼男の余計な野次で青柳の意図を間違って解釈したらしい。
とはいえ、彼女も青柳の天魔に対するスタンスは知っている。これもその一環なのだろうと思い直し、万が一の攻撃に備えて今度は青柳を守ろうと身構えた。
「裏切りの有無はともかく……貴方がどれほどのお力をお持ちかはわかりません。ですが、これだけの数の撃退士を相手にして無傷ともいかないでしょう。ここは退いてはいただけませんか?」
ここで、ユエに運んでもらった龍仙が他のメンバーとは違った切り口で交渉を試みる。彼は相手が天魔であっても、交渉を厭わない主義だ。
「言われなくても、そろそろ上司にどやされる時間だからなァ! あばよ!」
龍仙の説得が功を奏したのか。それとも、青柳の勧誘で敵の一人が怖気づいたからなのか。あるいは、言葉通り戦意が無かったからなのか。とにかく眷属は言葉通り、遥か栃木県の西の彼方へと飛び去っていった。
その直後、悪魔が飛び去った方角から戻ってきた時雨が全員に報告する。
「なんぞ少女の太ももに挟まれた狼が飛んでいくが……通報するべきであろうか?年若いのに(年齢固定しているのでそう見えるだけかもしれないし、本当に若いのかも)なんて破廉恥な……学園にも報告して記録しておこう。栃木にて接触した悪魔に特殊な趣味アリ、と……」
「でもさ。えーっと……」
と、やはり駆けつけた四条 那耶が首を傾げる。
「結局、奴らはどっちがヴァニタスでどっちが悪魔だったのかな?」
天魔に対して、好奇心が強い那耶らしい疑問。しかし、それを確かめる術はもはや無かった。
――群 レ ナ ス 魔 共の蠢動はここから新たなる局面を迎える。