暗い、朽ちた教室の一角でディアボロは遂に獲物を追い詰めた。目の前にある机を透過すれば自慢の爪を振るえるのだ。人間ではなくなった表情を歓喜に歪ませながら、ゆっくりと目の前に机を透過しようとする。
だが、ディアボロは机にぶつかってしまし金物が軋むような悲鳴を上げる。
「――! もしかして……」
一般人の男の子の方は何が起こったのか解らなかったようだが、撃退士の方はすばやく反応。一般人を抱えて、素早く教室の反対側に、より多くの障害物が積んであるほうに移動する。
「子供が体張っているんだ、見過ごせるか」
たった今、二人の少年の危機を救った龍崎海(
ja0565)はそう呟くと、今度は口元に手を当てて大声で叫ぶ。
「救援に来たぞ。返事ができるなら何階にいるのか教えてくれ!」
龍崎の声は、周囲が無人なのと窓ガラスがないせいでよく響く。撃退士の少年は背中に一般人を庇いながら手近な椅子を片手で持ち上げ、思いっきり窓から放り投げた。地面に落下した机が音を立てる。
「な……なにしてるの……?」
友人の突然の意味不明な行動にサスペンダー方は不安げな表情を見せる。
「もう……大丈夫だと、思う」
そう言ってから窓の外を見た彼の表情は僅かに安堵の色を浮かべていた。
「え……?」
言われて窓の外を見たサスペンダーが目撃したのは
【人 魔 一 体 !】
などとデカデカと書かれたプラカード。正確にはそれを高々と掲げた更科 雪(
ja0636)と彼女を抱えて、夜空を羽ばたくレイティア(
jb2693)の姿だった。
「〜!?」
狼狽えるのも無理はない。しかし二人はそのまま割れた窓から教室内に侵入した。
「けてけて? とかいうお化けとかに似てるとか? 人間界にも変なのがいるんだねー」
やはり呆然と侵入者を見上げているディアボロを一瞥したレイティアが呟いた。
一方、ディアボロは天使であるレイティアに反応したのか爪を両手に力を込めて跳躍の構え。だがその周囲に更科の放ったオートマティックの弾丸が連続で着弾する。更科を安全な位置で降ろしたレイティアは何はともあれ二人の要救助者を背中に庇った。
「お友達を護ろうとしたんだ……一人でよく頑張ったね」
ディアボロを警戒しつつ背後を振り向いたレイティアは撃退士の少年に微笑みながら想う
――人間のこういうとこが好き。打算とかあった訳じゃなくて、友達だから、とか
「あ……はね……? ひっ!……」
サスペンダーの方は相次ぐ異常事態に腰を抜かしていた。このご時世、少女の背中から生えている闇夜の色をした羽を見ればその意味するところは明らかだ。
「大丈夫……見て」
だが、撃退士の少年が友人を安心させようと、レイティアの儀礼服を指し示して見せた。
「お姉さんたちが、『撃退士』だよ」
少年の物言いにレイティアはやや照れくさそうに笑った。
「あはは、そうか実戦は初めてなんだっけ? 大丈夫、私もこれが撃退士として初めての依頼なんだ、頑張ろう!」
新たに現れた敵に、しかしディアボロはまだ怯みはしなかった。むしろ獲物が増えた事を喜ぶかのように咆哮。振り上げた爪を振るう。強力な風圧と衝撃波。咄嗟にレイティアは剣を構える。
(う、受け切れない……!?)
ディアボロのパワーはかなりのものだった。悪魔と天使の相性もあり咄嗟に相当のダメージを覚悟するレイティア。しかし――
「!?」
直撃の瞬間、斬撃が何かの力によって緩和されたのを感じた。
「お手数おかけします……うん、やっぱり飛べるって便利だよな」
窓の外には、新たなる援軍が到着していた蒼桐 遼布(
jb2501)に抱えられた長幡 陽悠(
jb1350)が、ほっとした表情を見せた。
「きゃあ! な、何あれ!?」
またもやたまげたサスペンダー。そう、教室には新たな侵入者がいつの間にか鎮座していた。
ストレイシオン。長幡の召喚した暗青色の2mくらいある竜が教室の一角に泰然と蹲っている。
「レイティアさんはありがとう。君も、良く頑張ったね」
まず、攻撃を受けたレイティアに、それから撃退士の少年に声をかける長幡。
「良く頑張った少年。もう少しだけ頑張ってくれ」
蒼桐も言う。
「貴方は……バハームート、テイマーですか?」
と小等部撃退士。
「もう大丈夫だ、このストレイシオンの力が皆を守るよ」
「情報からの予想はテケテケがベースらしいけど……個人的にはテケテケって空に浮いててシーツ被ってるイメージだったんだけどな」
長幡を下ろした蒼桐は敵を見てつぶやいた。
「むしろ映画の有名な女性の悪霊のようなものを考えていたが……こいつは女性らしさが微塵も無いな」
敵、いや餌食が増えたと見たディアボロはじりじりと下がり始める。逃げるのではなく距離をとって慎重に仕留める気だろう。
この間、蒼桐は剣を振るい、自分と敵の周囲に散乱する机などを片付ける。立ち回りに不利なると判断してのことだ。
「さぁて、のんびりしてる時間はないし、さっさといきますか!」
爪と剣が切り結ぶ。蒼桐は敵の側面に回りこみ、一閃! たまらず吼えたディアボロは障害物に突き当たるのも構わず、全速力で後退。全力で体当たりを受けた教室の壁が崩れ去り、そのままディアボロは廊下の角に激突。頭を振って体勢を立て直す。
さて、ここで時間は一旦戻る。駆けつけた8人の内、レイティアら4人が窓から突入した頃、藍 星露(
ja5127)を抱えたカノン(
jb2648)は光の翼で飛行しながら校舎の側面を回り込んでいる最中だった。
校舎の反対側の窓から突入、ディアボロを挟み撃ちにしたり、先に要救助者、あるいは階段で上がって来る二人のフォローも兼ねての事であった。
「本来であれば、子供達が遊びに興じるのに危険を心配しなくていい筈の世界だったのでしょうね、こちらは……」
そう呟いたカノンの表情は心苦しそうだった。
「まあ、今回はディアボロが相手なんだしそう気負わなくても良いんじゃない?」
と藍。
「今回は確かにそうですが……私がいた天界を含む天魔によってそれが歪められたのであれば、止めなければ」
学園に籍を置く天魔も、堕落なりはぐれの理由は各々異なる。人間界が自らの同族に侵略されているということを意識しているカノンにとっては、天魔の区別など人間の側からすればあまり意味が無い、と言いたいのかもしれない。
「その意気よ。ま、どっちにしろ友達を庇って一人ディアボロに立ち向かうなんて……いい撃退士になりそうな子にはあたしたちが先輩として、いいところ見せないとね」
「……そうです、ね」
少しだけ表情を明るくするカノン。ディアボロが激突した衝撃で校舎全体が大きく揺れたのはその時であった。
●
「カノンさん、足にも注意して! これだけテケテケに似ているのなら、方向転換が苦手なだけじゃなく、足も狙って来る可能性が高いわ!」
「わかりました。やはり、真っ直ぐにしか速く動けないというのは当たっているようですね」
藍とカノンは互いに声をかけないながら、廊下でディアボロと打ち合う。反対側の窓から飛び込んだ二人はすぐに後退したディアボロと鉢合わせ。そのまま交戦を開始したのだ。
カノンの大剣と藍の大斧が左右からディアボロを襲う。しかし、ディアボロもその爪で二人を相手に互角に打ち合っていた。そして打ち合いながらも一般人のいる方向を伺う。どうやら犠牲者を切り刻みたいという欲望が強いようだ。
「く……子供には手を出させません!」
叫ぶカノンの体がオーラを纏って輝く。このオーラにはディアボロの気を引く効果があった。ディアボロは咆哮してカノンに向かう。
【隙あり!】
更科が放った重藤の矢がディアボロに突き刺さった。
「これ以上後輩たちを怖がらせないでっ!」
藍は機会を逃さなかった。咄嗟にゴグマゴグを地面に突き立てると、相手の懐に飛び込む。その瞬間、藍の光纏が蛇龍の形状となり掌が命中すると同時に海鳴りの音が校舎を揺らした。
しかし、ディアボロを吹っ飛ばした藍自身も膝をつく。
「大丈夫か!?」
教室の方から駆け寄ってきた蒼桐が叫んだ。見れば藍も傷を負っていた。掌底のカウンターとして一撃受けたのだ。
「しっかりしろ。今治療する」
この間に、徒歩の龍埼も合流して、ヒールで藍の負傷を治療する。
だが、ディアボロの方は傷を受けつつもしぶとかった。もはや破れかぶれとばかりに咆哮すると、再び壁に向かって高速移動を行った。
「わ、まずいよ!」
要救助者を守っていたレイティアが叫ぶ彼女の眼前で壁をブチ破ったディアボロが、爪を振り上げる。
素早く移動して、レイティアに守られた小等部撃退士と一般人の前に移動した龍崎は、撃退士に持っていたライトを渡して言った。
「少年、よく頑張った。後は任せて、そこの子を守ってやってくれ。でも、ライトを持っていてくれると嬉しい」
そこからは激戦だった。ディアボロの爪の威力は侮れず駆けつけた七人全員がそれぞれ傷を受ける。撃退士たちが押している。しかし、撃退士たちは個人の戦術はしっかりしていたのだが、連携が完全ではなく今一歩止めが刺せないでいた。
「ストレイシオン! もう少しだけ……」
だが、召喚獣の力が、あと一歩のところで撃退士たちが致命傷を受けるのを防ぐ。
「せめて、銃が使えれば……」
乱戦の最中、小等部撃退士が悔しそうに呟く。
「あのさ、ちょっといいかな?」
「?」
その彼に、直接戦闘には参加せず要救助者の護衛に専念していたレイティアが話しかけた。
「多分、きみも習っているから余計なお世話かもなんだけど、撃退士の銃から発射しているのは弾丸じゃなくて、撃退士自身が作り出したエネルギー体だから弾切れってことはないはずだよ?」
「……!」
男の子の顔が真っ青になった。どうやらさっきは恐怖のあまりV兵器の銃の使い方を忘れていたらしい。普通の銃で例えるなら安全装置を外し忘れたようなものか。
「撃てます……!」
「よし! しっかり狙ってね! その……誤射なんかしちゃ駄目だよ? あはは……」
的確なアドバイスをしたものの、自身は銃器の扱いは苦手であるレイティアはちょっと冷や汗をかきつつ励ました。
長幡の銃撃がディアボロを怯ませる。
「……!」
小等部撃退士は歯を食いしばってトリガーを引く。連続で銃撃を受けたディアボロがそちらに注意をとられる。その瞬間――
「お前みたいのは、地獄に帰ってろ!!」
蒼桐が素早くチタンワイヤーを敵に巻きつかせた。もともと一対の手のみで移動と攻撃を行うディアボロにこれは効果覿面だった。
無様に床に転がったディアボロは、力づくでそれを引き千切ろうとするが、肉が深く斬られ動けない。そして、そこには皇 夜空(
ja7624)が窓を背にして立っていた。
「我は天罰の代理執行人。故に、俺が信じる物を踏み躙らんとする愚者はその肉の最期の一片まで――」
月光を背に引きつった笑みを浮かべつつ双剣を交差させる皇。ギラリ、と刃が反射する。
何かがヤバい――。
そのディアボロがそう思ったのかどうかは解らない。しかし、既に他のメンバーの攻撃で致命傷を受けていたこともあり、ディアボロは明らかに引こうとする様子を見せたが――。
「絶滅する事───然り!」
次の瞬間、夜空の周囲が危険な白刃の輝きに満ちた。鋼糸が芸術的な光跡を描き、ディアボロの表皮をズタズタに刻む。
「天魔は目視即撃滅! 全て肉なるもの草に等しく、 人の世の栄光は草の花のごとし。 何となれば、草は枯れ、花は散るものなれば!」
そのまま両手の剣で狂ったようにディアボロを斬りまくる!
「あ……あの人、怖いよ……」
サスペンダーの男の子のが友人にぎゅっとしがみついた。
「これこそ汝らへの福音なれば……新約聖書『ペトロの書簡』……」
どうやら、小等部撃退士には夜空が引用した言葉を知っていたらしい。
「我々を餌としてしか見ていない連中に鉄槌を! 殴り倒して思い知らせてやる!」
ディアボロが深い傷を受け、断末魔の悲鳴を上げる。
「貴様に人間の真の力を教え込んでやる! 貴様らに光纏の輝きを見せてやる! 貴様ら天魔の思い上がりを矯正してやる!」
夜空の周囲に孔雀の羽を思わせる形で光と闇の光弾が出現した。一旦、拡散したそれは次の瞬間ディアボロの頭部に収束し、閃光を放つ。それが収まった時、頭部を吹き飛ばされたディアボロの残骸がどさりと倒れこんだ。その死体を踏みつけて夜空が吐き捨てる。
「ご苦労。貴様は「義務」を果たした――いずれ辺獄で」
ディアボロが完全に死んだことを確かめて、夜空はさらに言う。
「眠れ」
その途端、教室の端からドサッと言う音が聞こえた。小等部の撃退士が倒れたのだ。
「え」
思わず声を出す夜空全員が夜空を見てしまう。
「ち……違うぞ」
思わず緊張する夜空。
「大丈夫。本当に眠っているだけだ。緊張が解けて疲れが出ただけだろう」
一人冷静に少年を診察していた龍崎の言葉に一同は安堵するのだった。
●
ディアボロを撃退後、一同は校舎の外に移動していた。
「ん……」
小等部撃退士は微かに呻いてから目を覚ます。まず、彼の目に入ったのは長幡の顔だった。
「頑張ったね。君は友達を護り切ったんだよ」
撃退士の上に腰を落として、屈みこんで優しく微笑む長幡に撃退士もはにかんだように笑みを返す。
「立派な撃退士ぶりだったよ」
一般人の少年の怪我を応急手当していた龍崎も言う。
【よしよ〜し、おねーさんが撫でてあげよ〜♪】
更科もそう書いたプラカードを掲げて少年の頭を撫でる。照れる少年。
【本当に、よく頑張ったね、そのお菓子を食べ終わる頃には救急隊や警察も到着するだろうから安心していいよ♪】
少年二人に更科から、チョコとキャンディが渡された。二人とも疲れていたのか、サスペンダーの方は夢中でチョコを食べ、撃退士の方も棒つきキャンディを舐め……るのではなく齧り始めた。
「二人とも、ちゃんと歯を磨くのよ?」
藍の言葉で一同に和やかな笑いが広がった。
「さて、他の怪我人の手当てもしなくちゃな」
龍崎がそう言うと、レイティアが。
「私も手伝うよ!」
「……ああ、頼む」
二人で全員にヒールを使用しながら龍崎は思う。
(天魔の人と学園では交流はあるが、依頼で一緒ってのは、まだちょっと慣れないかな……だけど……)
今回の依頼の成功は正に、人と天魔の協力あってのものだった。少しだけレイティアに笑って見せた彼も、きっとそれは解っていたのだろう。