「あ、あれ! ねえ、あそこに生えているの、ウドじゃないかな!?」
そう叫んだのは、川澄文歌(
jb7507)。他のメンバーがそちらを向くと、確かに少し離れた場所にそれらしい植物が雑草に交じって生えているのが見える。
「ん〜どれどれ〜……そうやね〜大きさも丁度良いし、ええんちゃうかな〜?」
堕天使にも関わらず田舎生活の長い藤堂・R・茜(
jb4127)もそれが食べられる山菜であると太鼓判を押す。
「決まりだね。早速取りに行こう!」
元気よく言う文歌。だが、それに水を差すようにシルファヴィーネ(
jb3747)がぼそりと呟く。
「……で、どーやって採るのよ……?」
その山菜が生えている場所は棘の多い灌木や、倒木に阻まれ一見したところ近づくのが大変そうだ。
思わず顔を見合わせる文歌と同行していたサンバラト(jz0170)。
だが、茜はそんな仲間たちに対して不思議そうに首を傾げて見せた。
「えー、ほんなら、物質透過とか使うたらえぇんやなかろか?」
「……あっ」
気付いたらしい仲間を背に、茜は悠々と障害物を透過して山菜の方に向かう。暫くして戻って来た茜は収穫してきたものを得意そうに掲げて見せた。
「あ、あんたね……それを早く言いなさいよ!」
得意顔の茜に突きつけた指をプルプルと震わせるシルヴィ。
だが、サンバラトは感心したように。
「凄いね……茜先輩……僕なんかまだまだだ……」
「あははー、褒めたって何もでんよ〜?」
笑いあう二人。それを何となく面白くなさそうに眺めるシルヴィだったが、その彼女に突然文歌が囁いた。
「大丈夫、まだいいとこを見せられるチャンスはあるよ!」
思わず振り向いたシルヴィの前で、口に手を当てて悪戯っぽく微笑む文歌。
「ど、どういう意味よ!?」
明らかに焦るシルヴィ。
「ほら、早くしないとあの二人で先に行っちゃうよ?」
文歌の言う通り、二人は料理のことなどを話しながら彼女らとは離れた位置を歩いている。
文歌はシルヴィの肩をぽんと叩いて文歌は先を急がせるのだった。
同じ頃、野営地点の近くにある沢では箕星景真(jz0003)が、裸足で渓流の中に入りぱちゃぱちゃと水音をたてて魚を追っていた。
彼の手には愛用の槍が握られているが、刃先が大き過ぎてこれで魚を仕留めるのは難しいように思える。
実際、何度か槍が水中に突き出されるが一向に魚には当たらない。魚はどんどん逃げるばかりだ。
やがて、魚たちが箕星を引き離しそうになる。だが、箕星は慌てた様子もなく叫んだ。
「お願いします」
その声に応じるように、川の底から巨体が浮上して来た。
「今だ! ストレイシオン!」
長幡 陽悠(
jb1350)の号令に合わせて召喚獣は口を開くと、水中で咆哮を上げる。魚たちは気絶し次々と水面に浮かぶ。
「ちょっと可哀想だけど……ごめんな」
箕星と共に魚を集めながら長幡はそう謝った。
やがて、二人が魚を集め終わったとき、丁度山菜採りを終えた紅 貴子(
jb9730)が川岸の向うから現れる。
「これで十分じゃないかしら」
魚の数を確認して微笑む貴子。
「そうですね。必要以上に採り過ぎるのは可哀想です」
同意する長幡。
「ええ、こんなに綺麗な自然なんだもの、これからも残していきたいわ」
貴子がそう答えた時、すっかり暗くなった森の奥から暖かい光が彼らの方に近づいて来た。一瞬、西洋の伝説にあるウィルオーウィプスにも見えたそれは、文歌の星の輝きで光源を確保した仲間たちだ。
そのままそれぞれの成果を確認して、野営地点へと戻った彼らを出迎えたのは、川の石と砂で組み上げた石窯の側でナゾの鼻歌を歌いながら、一心に小麦粉をこねるアティーヤ・ミランダ(
ja8923)である。
「よーし、食料も集まったみてーだし……ナン焼くぞー!」
アティーヤが叫び、撃退士たちは料理に取り掛かるのだった。
●
日が落ち、夜の帳が訪れる。夜空には一つ、また一つと星々が煌めき始める時分、貴子は上機嫌で集まった山菜を吟味していた。
「ずいぶん集まったけど、調理前に一応確かめるわね。食べられない野草が交じっていないか。私もお婆様に教えてもらったものだわ」
やがて、全ての山菜をチェックし終えた貴子の合図で学園生たちは野営の準備に取り掛かる。だが、撃退士たちがそれぞれ調理やテントの設営など、それぞれの役割を楽しみながらこなすなかで、一人だけぽつねんと所在無さげにその様子を眺める者がいた。
シルヴィである。
今、彼女の視線はじっとサンバラトと茜の調理する姿に注がれている。
「――そやからな、この山菜はこうやってアクを抜くと美味しく食べれるんよ」
「……凄いね。ラウニ先輩は。僕よりずっとこの世界の事を知っているんだね……」
「あはは、でも教わってすぐ料理できるサンバラト君も大したもんやと思うよ〜」
「……」
女子力の差とか、そういうのを見せられて益々重い気分になるシルヴィだったが、それでも彼女は何とか自分を叱咤する。
「別に……二人とも、最初から料理が上手かった訳じゃないし……私だって練習すれば……今度時間のある時にでも教えて……」
「いつ、教えてもらうんだ? 今だろ!」
「きゃあっ!?」
いつの間にかブツブツと声に出して呟いていたシルヴィは、いきなりアティーヤに耳元で囁かれ、絶叫する。
「いや、思ったより火をおこすのに手がかかってさ。ちょっとナンの生地をこねるのを手伝ってほしんだよな」
「だ、だから私料理は……」
「大丈夫! あたしの言う通りに材料を混ぜたら、後はひたすら生地をこねるだけだ。上手くいけば、お手製のパンだって堂々と出せるぜ〜?」
悪戯っぽくヒヒヒと笑うアティーヤ。与太郎だ。
「……!」
お手製のパン、という言葉に反応するシルヴィ。
(……あいつも、恋人がいたとして、やっぱり手料理とか作って貰えると嬉しいのかしら? 今までの付き合いからすると、作ってそれを嬉しそうに食べて貰う方が喜びそうなイメージだけど……)
その時、折よく、サンバラトが茜に答える声が聞こえてきた。
「……うん、昔は僕も料理を作ってもらう事の方が多かったから……今でも寮の皆と交代で食事を作っているけど……やっぱり料理を食べるとその相手の色んな事が解るような気がするから……僕は好きかな……」
そこまで聞いたシルヴィは、無言でぐっと腕まくりすると、アティーヤの用意した材料に歩み寄る。それを見たアティーヤはニヤニヤ笑うのであった。
「いや〜、若いね〜」
「そうね。若い子には負けてられないわね」
と、ここで貴子が登場。ちなみに8人の中でこの二人だけ外見年齢がにじゅ(以下略)
「さて、貴子の早業クッキングの時間ですわ。材料はコンビニで買ってきた安い香辛料などなど色々。それを独自の基準で調合……したものがこちら、そして……長幡さんたちが捕った魚を捌いたものが此方になります」
にっこりと笑う貴子の手には、袋に入った調合済みのスパイスと、綺麗に下ろされた川魚の身があった。
それを見て、何故か感動で身を震わせるアティーヤ。
「すげえ……これをスパイスに漬け込んでやれば、フィッシュティッカができるじゃねーか! お前らの中にこれを知っている奴が居ようとは……!」
「あれって淡水魚で作ることもあるでしょう? これならカレーにも合うと思ったの」
フィッシュティッカとはインド料理の一種だ。有名なタンドリーチキンなどと同じく予めスパイスに漬け込んだ魚を窯(タンドール)で焼いたものをいう。これをそのままカレーにいれれば、フィッシュティッカカレーとなる。
本来はナイルパーチやメカジキなどで作る事が多い。
「趣味で買ったインド料理の本に載っていたのを思い出したの」
と貴子は笑い、包丁を握った。
「さあ、メインディッシュも決まったことだし、もう一頑張りしましょうか?」
●
夜が更けるに連れ、夜空に輝く星はその数を増す。その星空の下野営は宴もたけなわとなっていた。
アティーヤと貴子、それに長幡のフィッシュティッカカレーは、ご飯にも、ナンにもよく合い、付け合わせの多種多様な旬の山菜と共に学園生たちの身も心も満たしてくれた。
だが、テンションの上がりきった彼らはすぐに寝るという訳にはいかず、焚火の周りに集まって、談笑したり、戯れに長幡の持参した花火を楽しんだりして夜を過ごしていた。
「色々あったよね……何だか、山って本当はこんなに綺麗で平和だなんて信じられないな」
線香花火の小さな火を眺めながら、長幡はサンバラトと箕星に語り掛けた。
「……」
沈黙しつつも頷く二人。無理もない、彼らはそれぞれ、長幡と共にこういった山の中で強力なディアボロと戦った経験があり、それは良かれ悪しかれ確かに彼らの記憶に刻まれているのだ。
「戦いだけじゃない。こうやって色々な事を楽しめる仲間がいるんだから、ハルヒロの事もさ。あまり思いつめないようにね」
優しく言う長幡。
「ありがとう……」
サンバラトが小さくそう言った時、文歌が口を開いた。
「そう、私たちは戦うだけじゃない」
文歌の手には彼女の愛用のギターがしっかりと握られている。
「このギターは本来……V兵器で戦いに使うものだけど、こうやってみんなを楽しませることもできる。アイドルと撃退士の二つを続ける私の生き方と……ううん、撃退士と今みたいに宝探しやキャンプを楽しむ学生の二つを続ける私たちみんなの生き方と同じなんだよ」
文歌はそっと目を閉じ、ギターを奏で始める。やがて、彼女が旋律に乗せて歌い始めたのは西洋の民謡に端を発する静謐なメロディーだった。
「おお、いいねぇ〜……」
うっとりと目を閉じるアティーヤ。他の仲間たちもそれぞれお喋りや自分たちの事を止めて耳を傾ける。
サンバラトも、最初はそうしていたが、やがていてもたってもいられなくなった様に、チラチラと自分の荷物を確認し始めた。
「折角だから、吹いておいでよ」
長幡が優しく言うと、サンバラトは荷物の中からフルートを取り出し、文歌に合わせ始めた。
より美しさを増した旋律が周囲に響き渡る。
「大したもんやね〜……」
うっとりと言いつつも、ちらりとシルヴィの方を気にする茜。案の定彼女の視線の先には、我を忘れたようにぼうっとなるシルヴィの姿があった。
もともとサンバラトにフルートを持ってくるよう勧めたのはシルヴィなのだが、今の彼女にはその旋律も届いてい居ないようだ。
まあ、無理もない。手作りに張り切り過ぎたシルヴィは、自分のナンに兆ミリを入れ過ぎてしまい明らかに食べるのが困難なナンを焼いてしまったのだ。
無論アティーヤが十分な量のまともなナンを焼いていたので大事には至らなかったのだが。
ため息をつく茜。だが、シルヴィがサンバラトをこっそり見ている事に気付き、ため息をつく。
(そういうことやったんやね〜)
更に、茜は文歌がそっと自分に目配せしていることに気付いた。やがて、文歌の曲がひと段落したのに合わせて、今度は茜が歌い出す。それは少々変わったメロディーであったが、文歌とサンバラトは即座に合わせる。
「おーし、あたしも歌うぞー!」
すっかり上機嫌になったアティーヤがこれに加わる。インド系の面目躍如というべきか、流石に様になっている。
やがて、茜の歌も終わった時、優雅に立ち上がったのは貴子であった。
「皆さん、中々ですわね。私も負けていられないわ。――魅せます」
優雅な動きで、舞い始める貴子。すかさず文歌が相応しい旋律を奏で、サンバラトがそれに続く。それが更に舞を彩り、まだ音楽に参加していなかった長幡と箕星は呆然と見つめるばかりだ。
「くぅー、もう我慢できねえ! 踊るぞー!」
負けじと舞い始めるアティーヤ。
「受けて立つわよ」
と妖艶に微笑む貴子。
二人のダンスはお互いを高め合い、もはや場の雰囲気を完全に支配していた。
――と、ここで文歌が今度はアティーヤと貴子に目配せ、二人は心得たとばかりに頷くと、更に茜にも合図する。
「――やはり、ダンスにはパートナーが必要ね」
と貴子。
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら――ってな!」
とアティーヤ。
二人は実に自然な動きで、まだ座っている箕星と長幡に近づく。そしてアティーヤは箕星の、貴子は長幡の手をそれぞれゆっくりと彼女ら自身の手に取った。
「え、あ、あのっ!?」
狼狽する長幡。
「あ、あっ!」
真っ赤になる箕星。
一方、女性二人は年上らしい余裕の表情で二人の純情な青少年をエスコート。慣れていないであろう二人に合わせて、さして難しくない、それこそ学校の運動会で踊られるようなフォークダンスに切り替える。
こうして、気が付けば歌っても踊ってもいないのはシルヴィ一人。流石に以上に気付いて焦る彼女の前に、ふわりとマイペースな動きで茜が近づき、シルヴィの手を取った。
「ちょ、ちょっと……」
慌てるシルヴィと踊りつつ、茜はへらりと笑った。
「まあ、何やろ〜、こういうのも、ありやと思うわ〜」
「え……」
シルヴィが訝しんだ瞬間、茜はそっとシルヴィの手を放し、彼女をサンバラトの方に押しやった。
「え……」
それに気付いたサンバラトは咄嗟に手を伸ばし――瞬間的に、シルヴィの手を取っていた。
「折角やから、やっぱり男女で踊るのがええよ〜、フルートの替わりは任せてや〜」
茜はそう言ってひらひらと手を振った。
いや、茜ばかりかシルヴィとサンバラト以外の全てが手を振るとか、ウィンクするとかで、二人の方に合図を送っていた。
「……あんた、こういうのも上手いのね。生意気だわ」
「……一応、僕はこういう家の出身だから……」
ジト目で睨むシルヴィを慣れた動きでエスコートしつつ目を伏せるサンバラト。
(私、何、どうでも良い事言っているんだろ……本当はあの子くらい素直に伝えたいのに)
自己嫌悪に無きそうなる顔を、見せないように伏せるシルヴィ
(だけど……やぱり今のサンバラトにこれ以上負担は掛けられない……だから……)
そして、意を決したように顔を上げたシルヴィはサンバラトを見つめた。
「一つだけお願い。今のあんたの抱えている問題が終わったらでいいから……私の気持ち、聞いてくれる?」
「……」
サンバラトもシルヴィを見た。二人の手足が二人の意思とは無関係に動く中でシルヴィはサンバラトが驚いてはいない事が解った。同時に、板挟みになった彼がとても悩んでいることも。それでも、彼はゆっくりと頷いた――。
――翌日、大いに楽しんだ学園生たちは、貴子が先頭になって野営の片づけを終えた後、順調にコースを消化し、何事も無く仰々しい鉄の箱に入れられ、土に埋められた「引換券」を入手して無事学園へ帰還することになった。
学園への帰り道でも、彼らは楽しく談笑していたが二人のはぐれ悪魔だけは、昨夜一睡も出来なかったらしく、終日ぐったりとしていたという。