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マスター:稲田和夫
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/04/11


みんなの思い出



オープニング

 寒い冬が過ぎ、久遠ヶ原にもようやく春の足音が聞こえ始めた三月下旬。
春は久遠ヶ原にとって新年度の始まりではないが、それでも一つの区切りではあり、君たち学生は忙しい日々を送っていた。
 
 その夜の事、あなたは授業で使う文房具をなくしている事に気付く。まあ、明日登校前にコンビニで買っても良いのだが、春眠暁を覚えずだ。朝はゆっくりしたい。
 時計を確認すると、ルームメイトに行先を告げ、ついでに他に入り用なものを確認して寮の階段を降りるだろうか。

 ――あるいは
 きつい依頼だった。凶悪な天魔を相手に数日に渡って地方で戦い続け、ようやく勝利したものの心身共に疲労困憊。今はとにかく熱いシャワーと、寮の自分のベッドが恋しい気分で学園内を歩いているだろうか。

 それとも、部活動やその懇親会、あるいは期限の迫っている課題などですっかり遅くなり明日の講義も早いのに、と気を重くしながらとにかく少しでも休むために急いでいる最中だろうか。


そこは、街灯もまばらな並木道だった。廃棄区画という訳ではないが、この時間は付近の建物からも明りが消え、人通りも極めて少なくなる。
 更に10m程行った角を曲がった所にあるコンビニの他には付近に開店している店舗も無い。
 足早に目的地へと急ぐあなたたちが、ふと周囲に目をやると目の前には満開の桜が数本光の弱まった街灯に照らされていた。
 ここは学園内でも名の知れた花見スポットという訳ではない。
 一般的な住宅地や小さな公園に植えられているのと同じ何の変哲もない桜の木だ。
 それでも、その光景にふと季節を感じて歩みを緩めたあなたたちは――気付いてしまう。

 桜の木の下に、黒い人影が佇んでいる事に。
 人影といったが、それは明らかに人間ではなかった。2mを越す巨体は、筋肉で膨れ上がり、何よりその爛々と輝く真紅の両眼の間からは太い角が伸び、背からは巨大な黒い翼が生えていたのだから。

 ――天魔!

 学園内の廃棄ゲートから出現したものだろうか。突然日常から戦闘へ引きずり込まれ、身構えるあなたたちに、その天魔は目を細め――ゆっくりと口を開き――スルメか何かの乾きものをゆっくりと咀嚼した。

「これは、無作法なところを見られた」

 地の底から響く様な声で、しかしややばつの悪そうな声でその天魔は言うと今度は瓶ビールをくいっと傾けると、手に持っていたビニールに投げ込んだ。

「夜桜が、余りに見事だったのでな。つい帰り道で花見と洒落込んでいたのだが……」
 そのはぐれ悪魔は久遠ヶ原小等部教師のグレーターモノホーン(jz0171)であった。

「これも、何かの縁だ。一献傾けて、ささやかに春の訪れを祝ってはどうか」
 モノホーンは穏やかに言うと、ベンチに腰掛け二本目のビールを開けた。


リプレイ本文

「疲れてたのかな……」
 まだ、眠い目を擦りだるさが取れない体で伸びをしながら長幡 陽悠(jb1350)は呟く。自室に帰った後、疲れを感じ少しだけ休もうと横になったのはまだ日が沈む前。
それが、目を覚ましてみればこの時間になっていた。
 時計を確かめると、もう夕飯を自分で作れるような時間はなさそう。長幡は財布を確かめ悩んだが、最終的にはその日の夕食をコンビニで調達することに決め、玄関へと向かった。

「あれは……もしかして、先生?」
 長幡にとって、モノホーンの姿は見慣れたものであったが、それだけにこの状況はかえって新鮮に映る。
「ああ、長幡か。息災そうで何よりだ……どうした?」
 じっと立ち尽くしていたところを不思議がるモノホーンに、長幡はばつが悪そうに頬をかいた。
「あ、こんばんは。あ、いえ、なんだか不思議な光景だなって……」
 そう慌てて答えた長幡の前で、桜の花びらが舞い、一人立つモノホーンの隆々とした肩に降りかかる。
(そうか……いつも、小学生の子と一緒が多いから……)
 納得した長幡は、気を取り直して改めて会釈する。
「俺も、夕飯まだなんです。じゃあお言葉に甘えてご一緒させていただきますね」
 だが、そう言った途端長幡はあるものを見て驚く。
「うわっ!? せ、先生、後!」
 先ほどまで一人だったモノホーンの背後に、彼よりは遥かに小柄な、だが不気味な黒い人影がまさしく亡霊のようにぬっと現れたからだ。
「……またか」
 うんざりしたように人影が呟く。
「貴様で8人目だぞ……吾輩は幽霊ではないというのに、何故皆……」
 現れたのは、黒いローブに身を包んだパウリーネ(jb8709)であった。
「全く……ようやく先生殿に出会えてほっとしていたのに、心外です。先生殿」
 そう言ってモノホーンを見上げるパウリーネ。その身長差は倍以上ある。
「あ……何だか何時もの先生に戻ったみたいだ」
 こっそり思う長幡だが。
「……吾輩は子供じゃないからな」
「ご、ごめんなさい! あはは……」
 パウリーネに釘を刺され、長幡は思わず冷や汗。
「おや、また参加者が増えましたね」
 背後からの声に振り向いた長幡の前に立っていたのはコンビニの袋を掲げた美森 仁也(jb2552)だった。
「取り敢えず買ってきましたが……パウリーネ君は、日本酒でも大丈夫ですか?」
「おお、感謝するぞ。持参して来た大吟醸だけでは心許なくてな」
 モノホーンが見守る中、幽霊のような外見のパウリーネに荷物を渡すのは、見た目は眼鏡をかけた好青年の仁也――ではなかった。
 そこに立っているのは、銀髪金眼に角と翼を備えた紛う事無き悪魔だ。
今日はご同輩が多いので少し昔の姿に戻ってみました、と仁也は悪戯っぽく笑った。


「疲れました……」
 クタクタに疲れた体を引き摺るようにして並木道を歩いているのは、ついさっきようやく戦闘依頼から帰還した袋井 雅人(jb1469)だ。
「今日はもう、何か買って帰りましょう……」
 そう言えば、この辺にコンビニがあったな、と顔を上げた袋井の目に見過ごせない光景が飛び込んで来た。
「あれは……!?」
 それは、巨大な黒い、いかにもな悪魔型と小柄な幽霊型のディアボロ、そして銀髪の悪魔が互いに酒を飲み交わしその周囲を小型の竜のようなディアボロが飛び回っている光景だった。よく見ると、やや長身の人影も見えるが、これも天魔だろうか。
 すかさず戦闘準備に入ろうとする袋井だったが、今の彼は疲れ過ぎている。いっそ逃げようかなどと様子を伺っていると、小型の竜がぱたぱたと彼の方へ飛んできた。
「来ましたね……あれ?」
 訝しむ彼に、謎の集団から声がかかる。
「こら、ヒリュウ! 戻って来い……どうもすみません。驚かせてしまって……」
「ふむ、今宵は千客万来だな」
 ヒリュウを呼び戻す長幡と、穏やかに挨拶するモノホーンに袋井はようやく事態を理解し、自分もこの奇妙な宴会に参加することにしたのであった。
 その後、更に二人の学園生を加え、和やかな雰囲気の内に宴会は始まったのである。


「あの……チョコしかないのですが、どうぞ食べて下さい……です」
 華桜りりか(jb6883)はそう言ってコンビニで買ったばかりのチョコレートを皆に配る。いずれもこの季節らしい桜風味の者でピンクのパッケージや、桜の花びらの意匠が目立った。
「そうだ、先生殿もどうぞ、呑みますか?」
 続いてパウリーネが開けたばかりの日本酒を掲げて見せる。
「あ……えと、折角だから私にお酌させて欲しいの……」
 丁寧な仕草で、改めて参加者にお酒を注いでいくりりか。流石に喫茶店で働いているだけあって、その仕草は堂に入ってはいたが、顔はやや赤く染まっていた。
「はぅ、初めての方ばかりで緊張……」
 そして、りりかが一通り注ぎ終ると今度は仁也がジュースをリリカに注ぐ。
「どうぞ。未成年もいますからね。買っておいて良かった」
「ありがとうございますなの……」
 りりかは両手でそれを受けつつちらっと横目で他の参加者を観察。長幡は普通にジュースを貰っていたが、明らかにりりかより年下に見えるパウリーネは、というと……。
「なんだその目は。しつこいが我輩は……」
「問題はない。彼女もまた、外観よりは年を経ている。我が同胞故にな」
 穏やかに説明するモノホーン。
「し……失礼しましたなの……! そうだ、せんせいは桜が好きなの、です?」
 ぺこぺこと頭を下げた後、話題を変えようと質問するりりか。
 この質問に、モノホーンは頭上の桜を見上げると、ゆっくりと目を細める。
「この惑星で過ごす愉しみの一つは、季節が巡る毎にこれを眺める事が出来る事だ」
 そう言って、日本酒を飲みチョコをつまむモノホーン。
「せ、先生殿……その組み合わせは……」
 視覚的にも味覚的にもなかなかな光景に思わず突っ込むパウリーネ。彼女自身はするめをもきゅもきゅやっている。一見普通だが彼女の外見を考慮するこれはこれで中々にシュールである。
 しかも、もっとシュールなことにほろ良い加減のパウリーネはやはり桜を見上げて日本の古い和歌を口ずさんだ。
 もし、私が死んだあと誰かがそれを弔ってくれるなら、桜の花を供えて欲しい。そんな古い和歌を。
「でも、先生殿の仰る通り、人間が何故、桜を好むのかは理解に易いです」
「本当綺麗なの……」
 りりかも釣られて桜を眺める。
「以外に穴場かもしれませんね。ここは。個人的には夜桜の方が好きですが、他の知り合いや何より妻が未成年ですからね、ここ近年は健康的な日の下での花見が多くて……」
 そういって、ゆっくりと杯を傾ける仁也。
「奥さん? 失礼ですが……」
 仁也の方を見た袋井に仁也は笑って答える。
「ええ、妻は人間ですよ。実は地方での依頼帰りなのですが……暫く妻に逢えなかったですからね、明日も平日で学校有りますのに妻にあったら、気がぬけちゃいそうなので……朝になってから帰ろうかな、と」
「良いですね! いえ、自分も人間の恋人だけでなく堕天使の愛人やはぐれ悪魔の親友を持つ身なので! それこそ、あくま先生の方が普通に見えるくらいです……こうやって、人と悪魔が共に夜桜を愛でる事が出来る何て、素晴らしいと思います!」
 この場の雰囲気で気分が高揚してきたのか、袋井は熱心に語る。
「私は、まずこの久遠ヶ原のような場所を増やしていければ、大げさかもしれませんが人間や天魔が種族や立場といったものに関係なく共存出来る世界を恋人と愛人と親友と信頼出来る仲間達と一緒に作っていけると信じています」
「袋井さん、素敵な夢なの……」
 りりかが柔らかく笑う。
と、それまでは宴会に参加しながらも余り喋らず、表情も、笑いも何処か空虚だっ鈴木悠司(ja0226)が初めて真剣な表情を見せた。
「雅人さんの言う世界、か……その世界が来ても、後悔は…終わった事は取り戻せない……でも、何時か誰も戦わないで済む世界が来るのなら……」
 そんな鈴木の様子が気になっていたのか、モノホーンは彼を一瞥したが、今は何も言わない。
「……ですが、最近はリアルてんしやリアルあくまよりも人間の方が恐ろしい世の中になってしまいましたね」
 ふとそう漏らす袋井。
「桜と、人か……桜って色々エピソード抱負ですけど先生はどういうのがお好きなんですか? 俺はあれです、山賊の話。中学生の時に読んだんですが桜が咲くと何故か思い出すんですよね」
 長幡が挙げたのは、昭和の頃に書かれた日本の小説であった。
恐れを知らぬ悪党でありながら桜の森だけを恐れ続け、愛する女性のために狂気に翻弄され、遂には恐れ続けた桜が満開に咲く中で悲劇的な結末を迎えるある山賊の物語だ。
「私も一度読んだことがある」
 モノホーンはゆっくりと述べた。
「その話の人の狂気、孤独、虚無感が……何か頭から離れなくて……毎年思い出すんです」
「その三つは人間のみならず我々も含めて誰もが内包しているモノなのだ。それと、桜が結びつくのは、あの凄まじい満開が狂気を、花だけで咲く様子が孤独を、そして散り様が虚無を象徴していると無意識に感じるのかもしれん」
「……」
 長幡は目を閉じる。束の間、心地よい夜風が彼の髪を揺らす
「それでも、毎年前に進むしかないんですよね……仕方ない」
 静かだが後ろ向きではない口調。
「その意思があれば、そう簡単にそれらに捕えらえる事はないだろう」
 モノホーンは僅かに笑った。

「強いね。花は何時か散るもの。でも、また咲くもの、か……」
 あるいはそれまでの長幡とモノホーンの会話を聞いていたのか、鈴木が呟く。
 静かに鈴木の方を向くモノホーン。その彼に向かって鈴木はゆっくりと語り出した。
「ねぇ、先生は後悔している事ってありますか……? 俺は、今、後悔だけしかなくて」
 モノホーンはまだ何も言わない。彼はこういう時は敢えて口を挟まない方が望ましいと考えているのだ。
「でも、前にも進むしかなくて。前は向いているつもり。だけど、進めて……いるのかな」
 モノホーンは静かに日本酒のカップを置くと、新しいビールを開けた。
「傷は癒えるけど、傷跡は残る。今は、まだ傷が癒えない。癒して良いのかも分からない」
 鈴木はコップの中のビールを飲んで続けた。
「ねぇ、先生。先生は、如何したら良いと思いますか? 俺は、これから先、戦い続ける事から、逃げようとしているのかも知れない。でも、力が欲しいんだ。何物にも負けない…敵にも、自分にも。そんな力が」
 モノホーンの紅い目が閉じられた。
「慰めがほしい訳じゃなくて、少し話したかっただけなので、気にしないで下さい、ね」
 苦笑する鈴木。そこにモノホーンが無言でビールを注ぐ。
「あ、いただきます……こんな時でも飲んでて良いのか分からないけど……駄目だな、俺……でも、ビールは美味しいね……」
「そう言えるのであれば問題無かろう。今は立ち止まっていてもいつかは自身で答えを見つけ出す。まだ進む意思があるのなら」
「え……」
 唐突に口を開いたモノホーンを見つめる鈴木。
「私はこれでも少々長く生きている。その過程で悔やまざるをえぬ事は無数にあった」
 考えてみれば、モノホーンは「はぐれ」だ。現在の彼に至るまで相応の紆余曲折があったであろうことは想像に難くない。
「傷は残る。何故なら生きるとはあらゆる意味において傷つき、それを癒すことの連続であるとも表現できる。癒さない方が良い傷ならそれは治癒しても、教訓となる」
 呆然とする鈴木にモノホーンはなおも続ける。
「戦い続けようと、それ以外の道を選ぼうと、それが自らの選択ならばそれはどちらを選んでも逃避ではない。そして、戦い続ける意思があるというのなら、何をすべきは恐らく自分自身が一番良く理解しているだろう」
 最後に、モノホーンは静かに笑う。
「案ずるな。ここに来て、桜を見る。酒を愉しむ。誰かに胸中を語る。それが出来るなら、まだ前に進む意思も正しい道を選ぶ力も残っているだろう」
(これが桜……やっぱりどこか懐かしい気がするの)
 
鈴木とモノホーンが話し始める少し前、りりかはそっと手を桜の幹にあて桜を見つめていた。
(昔……こうしていた事があるの? 上手に踊れたら褒めてくれて……あれは誰? たたかう時も勝手に身体が動いたけど、今回も……覚えていないけど、身体は覚えている…?)
 今は、喪われた記憶を辿ろうとするりりか。
「やっぱり桜は昔から好きだったの……」
やがて、りりかは何かを思い出したかのように次第に小さく鼻歌を歌い、かつぎを翻し舞い踊る。
 暗い消えかけた街灯は、かえって彼女の舞を幻想的に照らす。そこに舞い散る桜の花びらが加わり不思議な美しさを現出させる。

 ……やがて、舞い終えたりりか気付くと他の六人が彼女の舞を一心に眺めていた。
「わわっ……恥かしいの、です」
 顔を真っ赤にしてはわわと顔を隠すりりか。
「アンコールです! アンコールです!」
 そのりりかに、既に真っ赤になったパウリーネが笑い上戸らしい満面の笑顔で手を叩く。
 恥ずかしそうに一礼するとりりかは再び舞いはじめる。
 こうして、久遠ヶ原の片隅でも、春は盛りを迎えたのであった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

撃退士・
鈴木悠司(ja0226)

大学部9年3組 男 阿修羅
約定の獣は力無き者の盾・
長幡 陽悠(jb1350)

大学部3年194組 男 バハムートテイマー
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
最愛とともに・
美森 仁也(jb2552)

卒業 男 ルインズブレイド
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
大切な思い出を紡ぐ・
パウリーネ(jb8709)

卒業 女 ナイトウォーカー