ヘリが待機している小学校の西側には、この集落の人々が耕している畑が広がっている。丁度冬野菜の収穫時期なのか、まだ青々とした野菜が茂っている畑もあり、畦道には農作業用のトラクターが駐機していた。
そのトラクターが、青々とした畑が、太く逞しい足に蹴散らされていく。
透過するのももどかしいのか、全身が白金に輝く恐竜型サーバントは進路上にあるあらゆるものを蹂躙しながら東進し続ける。
迫り来るサーバントを迎え撃つべく佇むインレ(
jb3056)の表情は兎のような耳のついたフードと目に当てた布に隠され、外から伺うことは出来ない。
だが、彼の曲がった口元は明確に不機嫌さを表していた。
彼は胸中の様々思いは胸に秘めただ一言、言い放った。
「――塵殺するぞ」
その瞬間、各々思いは違えど、この場にいる全ての学園生が敵の方を見た。
◇
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は、塵殺という単語に口の端を歪めた。
「面白ぇ、人間の戦争がどんなかを天使様に教育してやろうぜ」
ラファルの手足は、既にその偽装を解き狙撃に適した武骨な機械の姿を晒している。
機械の指が構えるライフルは白金恐竜を護衛する銀の騎士に狙いを定める。その長射程故にどの武器よりも早く、彼女の銃は弾丸を放った。
「食らいなッ!」
ラファルに狙われたナイトの持つ盾から銀の光が広がる。盾がラファルの弾丸を受け止めた。しかし、強力な魔界の力の影響を受けたアウルの弾丸は、それでもなお銀騎士にたたらを踏ませる。
攻撃を受けたサーバントたちは一斉にラファルの方を向く。この時点で気配を絶っていた彼女は敵に発見されたことになる。
だが、これは予定通り。ラファルはそのまま二体目の銀騎士に照準を移そうとして、目を見開いた。
いつの間にか、全身に銀色の焔を纏った銀騎士が、彼女の眼前で剣を高々と振り上げていたのである。
光無き虚ろなナイトの目と、見開かれたラファルの目の視線が交わる。白金恐竜の咆哮が大気を震わせた瞬間、振り下ろされたナイトの剣はただ一刀でラファルを血の海に沈めた。
ラファルを含めて、ほとんどのメンバーは銀騎士の突撃が一瞬でライフルの射程分を詰めてくるほどのものだとは予想していなかった。
加えて、銀騎士は直接竜に指揮されておりその一撃は鋭さを増していた。
また、サーバントの天界の力とラファルの魔界の力の相性の問題もあった。
何より大きかったのは、銀騎士がラファルの放った特殊弾に傷つけられつつも、その朦朧効果には耐えた事だろう。
最も、これで一体が行動不能になったとしてももう一体が突撃を行っただろうが。
「ラファルさん……!」
ラファル同様、銀騎士を白金恐竜から引き離す役目を担っていたシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は唇を噛んだ。
しかし、状況は必ずしも悪くなったばかりではない。見方を変えれば護衛の一体を一気に引き離したことになる。
「参ります……二体目を引き離しますわ」
ラファルが攻撃した時より更に接近して来た敵に向かって弓を構えるシェリア。だが、今度は銀騎士の方が早かった。
銀の焔が爆発し、二体目もシェリアに切り掛かる。
「くぅ……っ」
何とか耐え切ったシェリアは、弓での攻撃を断念。得意とする魔法の術式に入る。
「古き時代の騎士の家系の者として、その装いの相手をするのは心苦しいですが……」
やや陰りのある表情でシェリアは呟いた。だが、すぐに相手を見据え力強く。
「本来守るべき人を襲うとなれば話は別! 騎士道に反するなら躊躇はしませんわ」
シェリアの手から放たれた魔力の渦が銀騎士を包み込む。
なおも、剣でシェリアを攻撃しようとしていた銀騎士はその渦に意識を朦朧とさせ、いつも以上に生気の抜けた表情でその場に立ち尽くす。
「おやおや、大層な美形ぞろいですが、目が腐った魚のようですねえ……そのまま倒れて下さい♪」
その光景を見たエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は飄々とした声で呟くと爪で銀騎士に切り掛かるのだった。
このように銀騎士への攻撃が行われている間、既に他の撃退士たちも動き始めていた。だが、ラファルが倒れたことで一体の銀騎士がまだ白金恐竜の傍らにいる。
その銀騎士が真っ先に狙ったのは、パンデモニウムの魔導書を抱えていた鑑夜 翠月(
jb0681)だった。
「しまった……!」
銀騎士に気づいた翠月はとっさに自身を闇のアウルで覆った。しかし、大きく闇の力に傾いている翠月では、この状態でも耐えきれるかどうか解らない。
だが、その時銀騎士と翠月の間に飛び込んで来た者がいた。
「んふー、暇なら私のお相手をお願い致しますワ!」
ミリオール=アステローザ(
jb2746)は銀騎士のチャージを真正面から受け切った。当然小さくないダメージは受けているが、意に介さず装備したパイルバンカーを至近距離から銀騎士の腹に叩き込む。
銀の板金鎧が砕け、銀騎士がよろめいた。
「さぁ、皆さんは早くあの白金恐竜を止めるのですワ!」
◇
佐藤 七佳(
ja0030)が真っ先に走り出した。一見効率の悪そうなジグザグの動きは白金恐竜の焔を警戒してのものだ。
その甲斐あってか、彼女は吐き出された火炎の直撃を免れる。
こんどはこちらの番とばかりに、白金恐竜の巨体の横を通過しながらすれ違いざまに剣で敵を薙いだ。
多重の魔法陣を纏った刀身が、白金恐竜の胴を打つ。しかし、白金恐竜は動じた様子もなくその動きも止まらない。
佐藤は仕方なく、そのまま白金恐竜の背後に回るとその巨体を追走する。
一方、七佳とは反対方向から回り込んだインレは白金恐竜の巨大な脚部を補足すると大地を踏みしめ、アウルを練り上げる。
「これなら、いくら硬かろうとも関係ないだろう?」
冷たく言い放ちながら、闇を纏った手刀をその脚部に叩き付けるインレ。しかし――。
「ここまでとは……」
白金の装甲は、黒鉄の刃を弾いた。驚愕するインレを白金恐竜の太い尾が殴打。ダメージはそれほどでもなかったものの、インレの体は弾き飛ばされた。
◇
箕星の額には汗が浮かんでいた。まず、正面の白金恐竜を見据え、続いて背後を見る。
戦闘開始直後から白金恐竜はほとんどその足を止めず、また方向転換も行っていない。ということは着々と脱出地点へ近づきつつあるということだ。
「僕が……行かなくちゃ!」
敵が並々ならぬ強敵であることはここまでの攻防から箕星にも理解できる。だからこそ、少しでも皆の力になりたい――!
槍を握り締め突進する箕星。その目は前しか見据えていない。
「はぁっ!」
槍に全力を込めて突き出す箕星。だが、渾身の一撃を容易く弾いた白金恐竜はまるで虫でも払うかのように尻尾を振り上げた。
「あ……」
咄嗟に防御しようとする箕星。だが、間に合わない。その時――
「箕星さん、防御を」
抑揚のない声が響いたかと思うと、箕星に周囲にまるで人の怨霊の如きアウルが出現。それらが収束し、箕星の槍に宿った。
「……!」
咄嗟に何が起こったかを把握した箕星は、その怨霊の如きアウルを宿した槍を使い何とか白金恐竜の攻撃を受け止める。
「気負い過ぎては……勝てるものも、勝てませんよ」
箕星を自らのアウルで庇った機嶋 結(
ja0725)は、いつもと変わらぬ口調でそう箕星に告げた。
戦闘前、何時になく気負い立っていた箕星を気にかけていた結は、箕星と共に白金恐竜の脚部に攻撃していたが、箕星が攻撃を受けそうになったので庇ったのだ。
「あ、ありがとう……ございます……あの……」
結が同じ年頃の少女であったせいか、おもわずどぎまぎしながら赤面する箕星。
「……今は、目の前の敵を叩きましょう。あなたも自分の出来ることをしてください」
「自分の……出来ること」
同じくらいの年齢に見えるにもかかわらず、遥かに場馴れした様子の結の言葉にはっとなる箕星であった。
◇
だが、結と箕星の脚部への攻撃も白金恐竜を止められなかった。更に小学校へと接近する白金恐竜に、それまで空中から全体の状況把握に努めていたユウ(
jb5639)は危機感を抱いた。
「この恐竜を野放しにすると、脱出するヘリが飛び立つ事ができませんね。何としても排除しなければ……」
幸い、銀騎士の一体は接近戦を挑んだミリオールのパイルバンカーによって倒され、もう一体はシェリアの術で動けなくなったところでエイルズレトラの爪の餌食になった。
残る一体は長距離からの狙撃を行ったラファルに突撃したせいで白金恐竜からは引き離されている。
決意したユウは剣を構えると急降下して白金恐竜の頭上に接近する。
「さあ、私はここですよ」
あえて、敵を惹きつけるため左右に飛び回るユウ。
サーバントがそちらに気を取られた瞬間、白金恐竜の背後に回っていた七佳が跳躍して、相手の頭部に渾身の一撃を叩き込んだ。
「余所見をするなら……狩らせてもらいます」
七佳が呟く。
ユウもこの勝機を逃すまいと、まず武器に天界の眷属への効果を増大させるアウルを付与して間髪を入れず急降下。その勢いを利用して魔界の力を纏った武器を敵の頭部に叩き付ける。
二人の攻撃は期せずして白金恐竜の頭部を飾る結晶体のような角にも命中していた。
硬質な音が響き、煌めく結晶が角から僅かに舞う。
凄まじい悲鳴が上がり、同時に竜の様子にも変化が起きた。それまで散々攻撃を受けてもひるむ様子を見せなかった白金恐竜が、初めてその足を止めたのだ。
「効いているのですか?」
ユウの表情がわずかに明るくなった。しかし、次の瞬間、怒り狂った白金恐竜はその頭部を離脱しようとするユウに向けると、くわっと口を開いた。
「やらせませんワー!」
そこに、銀騎士を屠ったミリオールが極光翼で滑り込んで来た。
自らの指の先を歯で噛みきったミリオールは、その血の一滴を白金恐竜に弾き飛ばしつつユウを庇って白金恐竜の口の正面に立ちはだかる。
「血の一滴だけ味見させてあげますワっ……狂い舞え! アウラニイス!」
ミリオールの血は、瞬く間に膨張し、金属質に輝く触腕の群れと化して白金恐竜の頭部に襲い掛かる。
またもや、結晶体の破片飛び散り白金恐竜は苦悶の悲鳴を上げる。
だが、同時に白金恐竜の口から遂に火球が発射された。
「これは……しまったのですワー……!」
正面から撃ち合ったせいでミリオールは回避が間に合わなかった。
ミリオールに命中した火球は大爆発を起こし凄まじい熱や爆風を撒き散らす。それが収まった時には無残に焼き尽くされたミリオールとユウが大地へと叩き付けられていた。
「ユウさん、ミリオールさん!」
そう、叫んで駆けだしたのは箕星だった。
「箕星さん……!?」
結が驚愕したように叫ぶ……が、すぐに冷静になると、箕星を援護するべく後を追った。傷の手当てが出来る箕星は、確かにこの状況では救出に適任だろう。さきほど結に助けられたことで、箕星は自分の役割を思い出したのかもしれない。
「
気負い過ぎないようにと……言ったのですが……」
そう言いつつも満更でもないような結は、撃墜された二人を助け起こす箕星に迫る白金恐竜に向けて、怨霊の刃を放つ。結の援護のおかげで二人を救出出来た箕星は、治癒のアウルで二人に応急処置を施すのだった。
◇
ナナシ(
jb3008)は、自身の両手に、そして武器に天界の眷属を浸食し消滅させる術式を付与しつつ呟いた。
「ん、やっぱりあの角には何かあるみたいね。そんなに時間的余裕も無いし。一か八か狙ってみる価値はあるわね。とっとと、あのキンピカ竜を倒さないと」
彼女は空中のアウトレンジから、狙撃を幾度となく行っていた。
しかし、当初の狙いであった口や、目には数度当てたもののやはり頭部以外への攻撃同様効果が見られなかった。
「……決めるわ」
ナナシは長大なアハトアハトを固定し、翼を小刻みに動かして射角を調整。静かに引き金が引かれた。
ナナシの弾丸の着弾点からひびが広がり、それが七佳やユウ、ミリオールの攻撃で出来ていたひびと繋がった瞬間白金恐竜の頭部の結晶体が粉々に砕け散った。
一際大きな苦悶の悲鳴。そして白金恐竜の体表の白金の輝きが鈍くなっていくのが誰の目にも解った。
しかし、そのまま地面に倒れ込むかに見えた白金恐竜は二本の脚を踏ん張って体重を支えると、狂ったような速度で前進を再開した。
「もうこれ以上、行かせませんっ!」
白金恐竜と並走しながら、翠月が叫んだ。
血走った白金恐竜の瞳に睨み据えられても怯まず、翠月は術式を発動。放たれた乱舞する闇の刃が白金恐竜の脚部を滅多切りにする。
それが、それまで白金恐竜に加えられた中でも最も魔界に偏ったアウルの攻撃であったためか。いや、おそらく角が破壊され白金恐竜が纏っていたアウルが弱まったためだろう。
誰の目にも明らかな深い切り傷を脚に受けた白金恐竜はその足をもつれさせたかと思うと遂に、轟音と共に大地に横倒しになった。
「やりました……えっ」
思わず翠月が微笑んだのも束の間。怒りに燃える白金恐竜の瞳が翠月を睨み、白金恐竜の牙の並んだ口が大きく開かれ、灼熱の火焔が迸る。
「きゃあああああっ!」
悲鳴を上げ、瞬く間に火だるまになる。翠月。彼の魔界の力が白金恐竜に強力な一撃を与えたように、白金恐竜の天界の力も翠月にとって致命傷となったのだ。
「冗談じゃないわぁ……あの炎を何とかしないとこっちが危ないわよぉ」
白金恐竜の背後に回り込んで攻撃の機会を伺っていた黒百合(
ja0422)が忌々しそうに吐き捨てた。
「ティラノサウルスですか……ブルブル、でかい図体の割に機敏なことで。嫌な記憶が蘇りますねえ。昔、僕を踏みつぶしてくれたのは冥魔側のTレックスでしたか。今回こそはサクっと倒して、苦手意識を払拭させてもらいましょうかねえ」
黒百合の側に来ていたエイルズレトラがにやりとする。
「どうする気なのぉ?」
「なぁに、今度こそ口を狙えば済む話ですよ」
黒百合にそう答えたエイルズレトラは、翆月の攻撃で動きの止まった白金恐竜の巨体に易々と飛び移った。
突然人間に纏わりつかれた白金恐竜は、苛立たしげに暴れるがエイルズレトラは自慢の素早さを生かして恐竜の体表を縦横無尽に駆け回り補足を許さない。
そして、白金恐竜が口を開いた瞬間、爆発力を持つカードをアウルで形成。直接相手にカードを突き刺すべくその口に躍りかかった。
「――え?」
誤算であった。
いかにエイルズレトラが素早いとはいえ何の対策も無く口に近接攻撃を仕掛ければ、その顎に捕えられるも当然であろう。
「しくじりましたねぇ……くぅううううう!? ……あうっ……」
通常の金焔竜より更に優れた臍力をもって、白金恐竜は一息にエイルズレトラの細くしなやかな体を噛み砕いた。
苦悶に端正な顔を歪めたエイルズレトラが遠ざかる意識の中で聞いたのは自身の骨が砕ける音と。
「ナイスよぉ……仇は取ってあげるわぁ……」
という黒百合の声だった。
「これで炎は吐けないわよねェ!?」
エイルズレトラを咥えたまま傷ついた足で起き上がり、なおも進もうとする白金恐竜の足元に黒百合が恐るべき速度で襲いかかる。
白金恐竜も気付いてエイルズレトラを吐きだそうとするが、もう間に合わない。
一閃。更にもう一閃。
「その重量級の身体で歩くのは大変でしょォ、横になった方がいいんじゃないのォ……♪」
深い闇を纏った黒百合の大剣は、丸太の如き白金恐竜の脚をただ一刀ずつで切り飛ばした!
「そのままくたばるといいわァ!」
地面に倒れ、今度こそ起き上がれなくなった白金恐竜に黒百合は哄笑した。
地面に横たわり、それでも身体をくねらせなおももがく白金恐竜。しかし、その哀れにも見える姿を見るインレの表情に一切の情けは無かった。
インレの脳裏によぎるのは、ヘリを降りる時に見た住民たちの不安と嘆き。白金恐竜がゴミのように蹴散らした彼らの生活の証――。
――そこに尊きモノがあるならば
――そこに助けを求める声があるならば
――手を伸ばそう
「今、僕は機嫌が悪い。故に」
ようやくエイルズレトラを放し、炎を吐こうとする白金恐竜であったが。
「容赦があると思うなよ、眷属ども」
それより早くインレの手刀が黒い光跡を残す。
その喉を深々と斬り裂かれた白金恐竜は体液を噴出させながら痙攣し、今度こそ動かなくなった。
◇
白金恐竜が止めを刺されている頃、ラファルを血祭りに上げた最後の銀騎士は何とか白金恐竜と合流しようと急いでいた。
急ぐべき状況であるのにもかかわらず、銀騎士はチャージを使わずひたすらに徒歩で畑を突っ切ろうとする。
と、突然銀騎士の足が止まった。咄嗟に盾が構えられ銀の光が周囲に広がる。自らを狙撃した曲者を確かめようとする銀騎士。
その視線の先に居たのは血の海に倒れ伏しながらも、なおライフルを掴んだままのラファルだった。
止めを刺すべきか、それとも一刻も早く護衛すべき仲間の元に駆けつけるべきか。
一瞬のうちに逡巡するサーバント。しかし、次の瞬間には銀騎士はもう悩む必要が無くなっていた。
天界の眷属を蚕食する力を纏ったアウルの弾丸が飛来、ラファルに気を取られていた銀騎士の上半身を一撃で粉砕したからだ。
「へッ……思い知ったか。これが人間様の戦争ってヤツだぜ……ッ」
それを確認したラファルはニヤリと笑うと、中指を立てたまま今度こそ血の海に突っ伏した。
「しっかりなさってください!」
そのラファルをシェリアが助け起こす。
一方、遠距離から銀騎士にライフルで止めを刺したナナシはそれを確認して。
「こっちは終わったわね。さ、急いで脱出地点に戻りましょう」
●
周囲を山に囲まれた小さな村落。
気温は平野部より更に低い。その冷涼な大気の下、熱を感じさせない太陽を反射して黄金の胸当て、そして槍の穂先がギラギラと輝く。
のっぺらぼうの顔に唯一存在する口から奇声を発しつつ、その青銅兵は村落を徘徊していた。
その足が止まる。口と、後は額に黒い穴があるだけの顔がゆっくりと通りの向うを向いた。
「さぁ、鬼姫が遊んであげますの」
悠然とたった一人歩み来るのは銃を構え戦闘態勢に入った紅 鬼姫(
ja0444)。だが。
「まだ、遠いですの」
銃の射程は12m、それに加えて今、サーバントと忍軍の間には紅が一呼吸で移動できる20mの距離があった。
筈だった。
「…え?」
青銅が槍を構えた。そして『光が爆発して何かが放たれた』
そう紅が忍認識した瞬間には、鋭い槍が紅の体を貫いていた。
「かぁ……っ!」
吐血する紅。その彼女の眼前、文字通り息のかかる距離にのっぺらぼうの顔が迫り、食い縛った歯の隙間から奇声が漏れていた。
「これが…突撃? 幾らなんでも、早過ぎですの…っ!」
ようやく、紅の拳銃が火を噴く。身体の数か所に傷を受けた青銅兵がよろめく。
一旦跳躍して距離を取る紅だったが――。
「……!」
その彼女の視界の隅に、新手の青銅兵が映った。別の一体が合流して来たらしい。
その額に穴の開いた顔が、紅の方を向く。
今度は紅は躊躇しなかった。素早く身を捻った彼女の真横を輝く光が貫いた――と思った時には、二体目の青銅兵が槍を電柱に突き刺していた。
二体目が槍を引き抜き、紅に迫る。
「これは…放置しておいたら民間人が危険ですの」
敵の注意が自分に向いている内に、出来るだけ引き離す――紅は覚悟を決め、突進を警戒しつつ再び遠距離から攻撃。
だが、青銅兵は不可解なことに今度は突進せず通常の速度で彼女に向かう。
「……そう何度も、突進は使えないみたいですの。さぁ、さぁ、捕まえてごらんなさいですの……、見事捕まえたら、十倍返しですの!」
突進が連発できないのなら、勝機はある。紅は不敵に笑って見せた。
●
公民館の表玄関である自動ドアはぴったりと閉められ、その奥では住民たちが震えていた。
誰かが、扉の外を指さして叫ぶ。
人影だ。
大きな長槍を構えた人影がゆっくりと、歩いてくる。
人々は、固唾をのんで見守った。
槍など、自衛隊の装備ではないが撃退士の装備である可能性はある。もしかしたら――。
だが、その期待は人影の相貌が判別できる距離になって打ち砕かれた。
青銅兵の穴が公民館の方に向き、口が奇声を上げる。その瞬間――
「……間に合った!」
横合いから飛び込んできた日下部 司(
jb5638)の一撃が青銅兵を大きく弾き飛ばした。悲鳴を上げたサーバントは体勢を立て直し、再び武器を構える。しかし、そこには――
「ナイスっす! まずは一人目っすよ!」
それは、重厚な漆黒の鎧を纏った獅子の騎士――天羽 伊都(
jb2199)であった。
突き出されたサーバントの槍の一突きが盾に弾かれる。
「今度は……こっちの番っす!」
伊都の剣が漆黒のアウルを纏う。高濃度の闇のアウルが黒い光跡を残してサーバントの頭部をただ一撃で粉砕する。
その光景に、公民館の中から歓声が上がるのだった。
◇
「じ、自衛隊は!? 町内にはサーバントが徘徊しているんだろう!? だ、大丈夫なんだろうね!?」
歓声が上がったのも束の間。公民館に現れた撃退士たちが脱出地点まで誘導する旨を告げると、住民たちの間に動揺が生まれた。
サーバントがいるからこそ、自衛隊ではなく撃退士が来たのだが。
しかし、彼らの心配も無理からぬことなのかもしれない。何しろ、現れた4人は全身鎧姿の伊都を除けば、最年長の日下部でも高校生にしか見えぬ。何人かの住民はこともあろうにもうお終いだ、などと失礼なことをぬかしている。
だが、日下部は動揺せず務めて明るい表情で。
「皆さん、これから避難場所まで誘導します。何があっても必ず俺達が皆さんを守ります。だから俺達を信じて慌てずに行動してください」
と笑いかけた。
「そんなことを言ったって……!」
まだ文句を言おうとした住民がはたと口をつぐむ。彼は気づいたのだ。日下部が、いやここにいる少年少女らが傷だらけになっていることを。そう、彼らはここに来るまでに既にサーバントと刃を交えていたのだ。
そう理解して、住民の数名は口をつぐんだ。
「若いのにえらいもんだねぇ……」
などというお年寄りの声も聞こえる。
だが、子供たちはそうではなかった。実際に人が傷ついている光景や、サーバントを目の当たりにしたことで恐怖に蝕まれ始めていた。
――あのやりでさされたら、いたいの?
――ちがうよ! 死んじゃうんだよ!
何人かの子供のすすり泣く声が聞こえ始めた。
(このままじゃいけない)
ソーニャ(
jb2649)は子供たちの様子を見てそう感じていた。
(子供たちが心を強く持っていかなければ、みんなで無事に学校に辿り着くことはできない)
「こわいよぉ……あーん……」
親と離れ離れになっていた子供が心細さもあってか泣き始めた。
「あーん……えっ?」
その子供を背後からそっと抱きしめるソーニャ。ついでに、左右の子供たちもまとめて抱き寄せる。
ソーニャの柔らかい感触や、ふんわりとした香りに子供たちが動揺しているのにも構わず、天使は穏やかな声色で。
「ボクも怖いよ。でもここでがんばってパパやママに会いに行こう、助けに行こう」
「たすけに……いく?」
子供の一人が不思議そうに聞き返した。
「そう。がんばって歩くの。それがお兄ちゃんを、お母さんを、皆を助けることになる。だから、出来る事を精一杯やろう。ちっちゃいこをちゃんと守るんだ」
そう言って、ソーニャは赤ちゃんを抱いている母親を指した。
ソーニャによって子供たちの様子が変わって来たのを見計らって深森 木葉(
jb1711)が、あたかも自分が普通の子供であるかのように、子供たちの中から大声で呼びかける。
「丈夫なのですよぉ〜。撃退士の人たちがきっと守ってくれるのですぅ。だから、お姉さんの言う通り、頑張って避難しましょう〜」
蹲っていた子供たちが顔を上げ、やがて立つ。どうやら勇気づけられたようだ。
「良かったっす……こちらが急げばその分だけ味方の負担も減るはずっすからね」
油断なく周囲を警戒しながらも、伊都はほっと溜息をつき笑顔になった。
「ボク、先に行って様子見て来るからね!」
ソーニャはそう言って、走りはじめる。
――きをつけてねー!
自分に向かって手を振る子供たちに手を振り返しつつ、ソーニャは呟く。
「人は守るものがあるから強くいられる。こんなちっちゃいこでもそれは変わらないんだね」
◇
索敵で、住民たちの避難経路上にいる敵を捕捉したソーニャは、十分な距離をとって青銅兵を銃撃する。だが、次の瞬間光の爆発と共に矢の如き速度で青銅兵の槍がソーニャに襲い掛かって来た。
「つっ……中々に手強いね」
強烈な一撃を受けたソーニャは即座に光の翼を展開して空中へ退避すると、敵の注意を惹きつけるため、空中からの銃撃で避難経路からの引き離しを狙う。青銅兵はソーニャの飛び道具を無効化したいのか、ソーニャを追う。
「何とか、引き離せればいいんだけど」
敵の動きに警戒しつつソーニャはそう呟くのだった。
◇
「学校まで、後少しっす!」
先頭に立って住民を誘導していた伊都がそう、皆を励ます。実際、紅とソーニャの陽動が功を奏したのか、ここまで彼らは青銅兵に補足されずに済んでいた。
「だけどまだ油断は出来ないですぅ……」
深森がそう言った瞬間、轟音と共に彼らの横の民家の壁が崩れ、粉塵の中から煌めく穂先が突き出された。
悲鳴が上がる。
出現したサーバントは周囲を見回し……魔導書を抱えた深森に顔の穴を向けた。
「あたしを狙って来るなら……好都合ですぅ……!」
深森は、住民の集団の中から飛び出すと、独特の掛け声と共に中空に五芒星を描いた。
光の爆発と共に突っ込んできた青銅兵は深森の2m手前にて、その動きを遮られてしまう。
「おねえちゃん……すごい……」
子供たちが息を飲んだ。
「あたし、言ったですぅ。撃退士が守ってくれるって……」
そう言って、にっこりと笑う深森。だが、その口の端から紅い筋が垂れた。
「……!」
少女が息を飲む。
確かに、サーバントは木葉の2m手前で停止した。だが、その獲物である長槍は木葉の体に届いていたのだ。
救いは、貫通して背後の市民に届くのは避けられた事か。
「このくらいの傷ならだいじょうぶですぅ」
仲間や子供らに微笑んで見せる木葉。実際彼女には傷を癒す術がある。
だが。
「もう一体いる!」
日下部が警戒を促す。別方向からも、青銅兵が近づいて来ていた。
もう一度突進を受けては、木葉が危ない。
「やらせないっす!」
素早く伊都が、青銅兵と木葉の間に身を置く。伊都は青銅兵の額の穴が、何かの飛び道具を打つためのものではないかと警戒していた。
その予測は外れたが、その行動自体は正解だったと言って良い。
自らの進路を塞がれた青銅兵は、即座にチャージの目標を伊都に切り替えたのだ。そして、伊都は大剣を構え敵の攻撃に備えていた。伊都の大剣と穂先が擦れ、激しい火花を散らす。
「突撃さえ、防いでしまえば……お前なんかこれで終わりっすよー!」
勝負はすぐについた。よりその漆黒を濃くした大剣の刀身が青銅兵の槍をへし斬り、そのままサーバントの肉体をも砕いた。
「槍での突進は何もお前たちだけの得意技じゃないぞ!」
同じ頃、日下部も自身の長槍での一撃を、木葉に攻撃していた青銅兵に背後から叩き込んでいた。
数分後、ようやく校庭に着き待機しているヘリを目にしたとき、住民から歓声が上がった。
「あのおねえちゃんは?」
つられてほっと息をついた撃退士に、少女が心配そうに尋ねた。
その時、住宅街の方向から飛んでくる影が。
新手のサーバントかと身構える自衛隊や撃退士たちだったが、それが紅を抱えて飛んでくるソーニャだと分かった瞬間安堵した。
二人とも満身創痍だったが、無事だ。
日下部から誘導が完了した旨を連絡されると、撤退したのだ。
「何体か残ってしまいましたが……かなり引き離したからもう大丈夫ですの」
と紅。
「出来れば、全滅させたかったけど……もう離陸まで時間がないそうだ。よしとしよう」
そう頷く日下部であった。
●
脱出地点での戦闘を彩る金と銀の焔の光跡――次々と突撃してゆくサーバントたちの光だ。
「こいつら……っ!」
驚愕の表情を浮かべたのは、銃を装備して攻撃に備えていた黒羽 拓海(
jb7256)。彼はその装備と比較的前衛にいたために、最初の一発を放った直後、真っ先に敵の目標となった。
それでも、彼は武器を振るい敵に手傷を負わせていくが、瞬く間に全身に刃を受け血塗れとなる。
「皆を守れ、ストレイシオン!」
それでも辛うじて拓海が立っていられるのは、長幡 陽悠(
jb1350)が予め召喚しておいたストレイシオンの防御壁の賜物か。だが、長幡の装備は魔導書。敵の数体は長幡の方にも容赦なく突激して来る。
主を守るべく壁となったストレイシオンの体に容赦なく槍が突き立てれらる。
「しんどい思いをさせて……ごめんな」
自身も傷を負いつつ苦笑する長幡だった。
それでも、味方を援護すべく長幡はストレイシオンのブラストでサーバントを攻撃させる。
だが、敵の攻撃が集中しているということは当然ノーマークの者もいる。
「拓海……!」
幼馴染の危機に思わず叫ぶ天宮 葉月(
jb7258)は、改めて闘志を燃やす。
「……今居る人達だけじゃない。まだ逃げて来る人達の為にも、ここは通さない!」
葉月のアウルは無数の流星となり、敵の一団に容赦なく降り注いだ。奇声を上げる青銅兵。全身が傷ついた彼らの動きが鈍くなる。
「賑やかな戦場やなぁ、暴れ甲斐がありそうばい♪」
ぐいっと、手にしていた缶の中身を飲み干しつつ口元を拭った桃香 椿(
jb6036)は楽しそうに笑うと、猛然と敵陣に突撃した。
桃香の利き腕に出現した雷の腕が青銅兵の一体を捕えた。雷撃に貫かれ、体の動きを封じられる青銅兵を一顧だにせず、桃香は更に敵陣深く斬りこんでゆく。
「ひゃほー♪ ぶち殺したるでぇ!」
その桃香に敵に攻撃が集中する。
一方、シエル・ウェスト(
jb6351)は不機嫌な様子ではあったが戦意が高い点では桃香と同じであった。
「雑兵ならぬ造兵ですな、同じ顔がワラワラ喧しい……!」
そう吐き捨てたシエルは気配を立つ事で、最も自らの攻撃を発動するに相応しいタイミングを伺う。
「倒すのは二の次であります……今はともかく時間稼ぎを!」
シエルもっとも多くの敵を巻き込めそうな位置に飛び込むと、自らを中心に周囲を凍てつかせるアウルを放った。
広範囲を覆う冷気に巻き込まれたサーバントの内、三体の青銅兵が耐え切れずその場に昏倒する。
それでもなお前進するサーバントたちの前に千葉 真一(
ja0070)が敢然と立ち塞がった。。
「ここから先は一歩も通さないぜ!」
そう叫んだ千葉の姿は赤いマフラーを靡かせ、マスクを被り、往年の変身ヒーローのようだ。だが、これが彼の光纏なのだ。
「お前の相手はこっちだ! ゴウライ、ソニックパンチ!」
最接近していた青銅兵に強力な一撃を叩き込む千葉。コメットのダメージと重圧が残る青銅兵は送り込まれた衝撃内部から腹を砕かれ息絶える。
だが、数体が千葉に向かったものの残ったサーバントの前進はまだ止まらない。
「力なき人の剣であり、盾であることが騎士の務め。ここで力をふるわないのは本意ではない。いざ……参る」
リチャード エドワーズ(
ja0951)はサーバントの注意を惹きつけるべく、オーラを全身に纏う。これは功を奏しここまでヘリの待機している方向への前進を止めなかった銀騎士と、青銅兵がリチャードの方へ進路を変えた。だが、重圧の効果もありその歩みは鈍い
槍と斬撃を盾で受けたリチャードは猛然と反撃、二体を押し返す。
しかし、ヘリへの脅威は以前健在だ。未だ一体ずつの銀騎士と青銅兵がヘリに近づきつつあった。既にヘリは彼らの視界に入ってしまっている。
「これ以上近づかれたらまずいな〜!」
空中で状況把握を行っていたハウンド(
jb4974)はそう舌打ちすると、仕方が無いとばかりに闘気を高め、剣を構えると一直線に降下した。
「騎士相手にどれだけ戦えるかな〜?」
好戦的な笑みを浮かべたハウンドは銀騎士の胴体を薙ぎ払う。よろめいて動きを止める銀騎士。
「……街はお前たちに奪われた、だが彼らの命まで奪わせたりはしない。だからここは通さん……天に叩き返してやる!」
更に、ヘリへの脅威を排除すべく拓海が縮地で銀騎士に急接近した。
そのまま刀で銀を一刀両断する拓海。しかし、直後に傍らから突き出された槍が、既に満身創痍だった拓海を貫いた。
「拓海さん! 畜生、こいつら止まらねー!」
攻撃スキルを使用したのでやや口調の荒くなったハウンドが叫んだ。
そう、遂に一体の青銅兵がヘリの側に辿り着いてしまった。たった一体のサーバントでもヘリにとって重大な脅威である事は言うまでもない。
「怖いよ〜!」
ヘリの窓から此方へ向かって来るサーバントを眼にした子供が泣き始めた。
その時、突如千葉の声が周囲に響いた。
「それ以上は進ません! これを見ろ!」
青銅兵ばかりか、ヘリの中の住民までが声の方を見る。そこにはアサルトライフルを構えた千葉の姿が。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ! お前の相手はこの俺だ!」
「か、格好いい……」
「ねえ、新しいヒーローなの?!」
サーバントばかりか子供たちが千葉に熱い視線を向けた。いや、青銅兵の注意を惹いたのは千葉のライフルだったのだが。
しかし、ここで事態は急変する。突如、千葉の背後で光が爆発した。それまでリチャードを攻撃していたサーバントが、千葉に注意を向け温存していた突撃を敢行したのだ。
この劣勢下で複数の敵に狙われ絶体絶命の千葉。しかし、彼は迷わなかった。
「お前だけでも倒す! 勝負だ! ゴウライ、流星閃光パァァンチっ!!」
何と、千葉の背中からも燃え上がるアウルが翼の如き形で噴出した。そのまま、凄まじい速度で千葉は銀騎士に突進する。正に、燃え上がる流星同士の激突であった。
どこからか、「BLAZING!」というやたら格好良いアナウンスが聞こえたのは多分気のせいであろう。
「「ゴウライガー!」」
子供たちが一斉に叫んだ。
魔界の力である千葉の拳は見事に銀騎士の頭部を砕いていた。しかし、同時に銀騎士の剣と青銅兵の槍もまた千葉を貫いていたのだ。
「あはは……もっと遊んでやぁ♪」
この時、見境なく暴れていた桃香が駆けつけた。暴れ回っていたせいで、彼女自身も満身創痍だった。それでも、桃香は武闘の様な華麗な動きで淡い緑色の輝きを残しながら一体の青銅兵に背後から攻撃。相手を砕いたものの、彼女もまた槍に貫かれる。
桃香を突き刺した青銅兵が全身を試みるが――。
「通すと思ったか? 人形……」
シエルの声と共に、花火のようなカラフルな爆発が残った青銅兵を包み込んだ。
「鎧で蒸し焼きなんて如何?」
言い放つシエルの前でゆっくりと青銅兵が崩れ落ちた。
「後続のためにも敵は全て排除するであります!」
この頃には、最初に睡眠を受けた青銅兵たちが再び動き出してた。しかし、そこにもはや、接近戦を挑む意味はないと判断した再度葉月のコメットが降り注ぐ。
「良くも拓海を……絶対許さないんだからっ!」
葉月は幼馴染のお返しとばかり叫ぶ。
チャージを使い果たし、コメットの影響でのろのろとしか動けにない敵の群に、ハウンドも好戦的な笑みを浮かべて切り込んでいく。
「皆の仇を討たせて貰うぜ!」
「ストレイシオン、あと一息だ……頼むぞ!」
辛うじて立っていた長幡もストレイシオンに命令を下す。
「最後まで油断はしない……守り切るのが騎士の務めだからな」
リチャードも敢然と敵を見据える。
既に、勝敗は決していた。
数分後、敵を駆逐した彼らは、北と西から帰還して来た味方と無事合流したのであった。
●
住民と自衛隊、そして撃退士たちを無事全員収容し終えたヘリは直ちに離陸した。
五機の内の一機、学園生らが乗り込んでいるヘリの中で、拓海は葉月に応急処置を受けていた。
「もう……『無理はするな』なんて言って……本当に心配したんだから!」
傷ついた拓海に葉月は憤りを隠さなかった。
「すまん……」
目を閉じる拓海。一番悔しいのは彼なのだろう。
だが、葉月はふっと表情を緩め。
「でも、ちょっとだけ良かったかも……護られるばかりじゃないって拓海に教えてあげられたから♪」
「何を言っているんだ、全く……」
と、拓海は急に思い出したように顔を赤くして。
「ところで葉月……この体勢は流石に、その、恥ずかしいんだが……」
拓海の頭は葉月の膝に乗せられていた。
◇
「頑張ってるね」
かいがしく負傷者の治療に回る箕星に、そう長幡は声をかけた。
「そんな……僕は、結局皆に助けられて……だから、こんな事しか出来なくて……」
言い淀む箕星。
だが、長幡は優しく続ける
「大丈夫……いつだって君は勇気のある優しい子だと思ってるよ」
箕星が何か言おうとした時、箕星の手当てで意識を取り戻したエイルズレトラが口を開いた。
「ええ、確かに良い子だと思いますよ。……これで僕より背が低ければ、文句なしなんですけどねえ……」
苦笑する長幡。顔を真っ赤にして少し頬を膨らませた箕星だったが、ふと視線を感じてそちらを見ると、そこには結が淡々と武器の手入れをしている姿があった。
◇
「おねえちゃんも、ありがとう!」
撃退士たちと同じヘリに乗っていた小さな子供たちは、窓際に座って外を眺めている七佳を見つけると無邪気な笑顔でお礼を述べた。
だが、七佳は彼らを無表情に一瞥して小さく呟いた。
「別に、あなたたちを助けた訳ではないわ」
「え?」
まだ小さい故によく意味が解らないのかきょとんとする子供。
「おねーちゃんも、せいぎのみかたじゃないのー?
別の子供が聞く。
「正義……人も天魔も独善を振りかざし、己を正義と謳う所は同じなのね……」
そう述べた七佳は再び外を眺め、子供たちが不思議そうに去るまで振り向く事は無かった。
「人も天魔も、独善を振りかざし正義を謳う……どこが違うというの?」
そう、誰にも聞こえないように呟いたつもりの七佳であったが――。
「綺麗な空、ですね。こうやって窓から眺めていると、自分で飛ぶのとはまた違った感じがして新鮮です」
そういって、微笑するのは応急手当てを受けて包帯撒かれたユウだ。どうやら、物思いに耽っていた七佳が、自分と同じように空を眺めていると勘違いしたらしい。
「……え、ええ、そ、そうなの?」
自分が考えていた事とは全く違う事で話しかけられたので、思わず、おどおどと返事をする七佳。その彼女の耳に明るい声が飛び込んで来た。
「これが、人間の乗り物〜? 凄いな〜!」
カメラを片手にヘリの内部を見物しているのは、ハウンドであった。
「やっぱり、授業より面白いよね〜!」
ご満悦なハウンド。恐らく彼の机には今日も『人間界になれたら参加します。それまで自習してきます』という紙が堂々と貼られているのだろう。
「ねえ! これは何に使うの〜?」
近くにいる自衛隊員を質問攻めにするハウンド。相手も快く答えている。
「彼、確かはぐれ悪魔だったような……」
その光景を眺めて呟く七佳。その胸中は解らない。
「ヘリもよかね〜。今度免許ば挑戦してみるかね……あー、戦闘後の一杯は染みるで〜……痛ッ! 傷に染みたばい!
乗り物好きの桃香もヘリに乗れて嬉しいらしい。二本目のノンアルコールを開けている。
そんな光景を眺めていた七佳がふと見ると、さっき七佳に話しかけた女の子が、疲れが出たのか母親に抱かれてすやすやと眠っていた。
「やっぱり、平穏が一番でありますね」
何時の間にか隣にいたシエルが笑っていた。
「君たちのおかげで、何とか人々の生命だけでも守る事が出来たよ。本当にありがとう」
七佳の後ろでは隊長らしき人物が日下部をそうねぎらっていた。
「良かった……本当に、俺、守れたんですね……」
「……?」
日下部の様子に何かを感じたのか、隊長は怪訝そうな顔を見せる。
「俺、天魔と何度も闘って……力が足りなくて……でも、やっぱり誰かを守りたくて……それが、ようやく……」
体長の手が、そっと日下部の肩に置かれる。
「……我々から見れば無敵の撃退士も、決してそうではないものな……大丈夫だ。今回間違いなく君たちは守ってくれたよ」
正義とは? 人と天魔の違いとは?
改めて自分の疑問を反芻する七佳。その答えはまだ出そうになかった。それでも、七佳はもう一度自分にお礼を言った少女を一瞥するのだった。