「ああ……来ないで……っ」
時は、文化祭前夜。準備のために遅くまで明かりがついているその教室ではサンバラト(jz0170)がしっかりと自分の体を抱きしめながら壁に向かって後退っていた。
「……観念なさい? いちごオレの恨み、忘れたわけじゃないのよ!」
そのサンバラトを追い詰めるシルファヴィーネ(
jb3747)(ことシルヴィ)は手をわきわきさせつつSな笑い。よく見ればサンバラトの着衣には所々乱れが!
「大丈夫! サンバラトくんなら絶対に合うよっ」
はっと振り向くサンバラト。そこには豪華で本格的なドレスを広げるエリアス・ロプコヴィッツ(
ja8792)がこれまたSな笑いを浮かべ、サンバラトを押さえつけた。
瞬く間に上着とシャツ、そしてズボンまでが床に投げ出される。慣れた手つきでドレスを着せていくエリアス。
「……ちょっと胸、開き過ぎじゃないかしら……」
うーむ、と首を捻りつつドレスを引っ張るシルヴィ。
「母様のドレスだからしょうがないかな……ようし」
「え……あっ!」
エリアスはサンバラトの全身に手を這わせ弄りはじめる。
「そ、そんな所……くぅっ……んっ……!」
どこを触られたのか頬を染め、必死に唇を噛むサンバラト。
「調整だから問題無いよね♪」
「シ、シルファヴィーネ先輩……!」
サンバラトは困り切った表情だが。
「……ごめん。こっちまで恥ずかしくなってきちゃった……」
ちょっと目を逸らすシルヴィであった。
◇
「どうして、こんなにスカートが短いんですかっ!? それに、この靴下……」
顔を真っ赤にしてスカートを押さえつつ抗議の声を上げる箕星箕星(jz0003)。
「ええ〜? だってニーソで絶対領域は義務だって、雑誌で見たよ?」
そういってふんわりと緩く笑う白桃 佐賀野(
jb6761)。
「でも、確かに丈短いかな〜?」
そういう割に『くるりん☆』と回ってみたりする白桃に周囲から男どもの歓声が凄まじい。
「やっだー、皆お肌綺麗〜♪ 何かしてる!?」
いや、男ばかりか女性の稲葉 奈津(
jb5860)までが大はしゃぎだ。
「うんうん、二人とも本当に綺麗だよね〜☆」
そう言って二人の頬をぷにぷにとやさしく突っつくジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)
「そ、それは何ですか……!?」
奈津がもっているメイクアップセットを見て、身構える箕星。
「わ〜凄いセット♪」
一方女装に抵抗の無い白桃は目を輝かせた。
「あはは……みんな、普通に良く似合うと思うよ」
苦笑する常識人の長幡 陽悠(
jb1350)だったが……
「貴方もなかなかじゃない♪」
がっしりと長幡の肩を掴む奈津。
「お……俺も?」
「んっふっふー♪ 腕が鳴るわぁ〜! みんな綺麗にしたげるからねっ!」
腕まくりする奈津に、藤井 雪彦(
jb4731)は引きつった笑み。
「……なんか、なっちゃんの目がキラキラしてて……怖ry……いあ、嬉しそうだね……」
「私はカリスマスタイリスト! う〜ん、良い響きっ!」
こうして、教室には読者モデル系やゆるふわ系にメイクアップされたメイドやらお嬢様が出現した。
「どう〜? 似合ってる〜?」
思いっ切りポーズを決める白桃。彼とエリアスに強制されてサンバラトや箕星、長幡もきゃるーん☆ なポーズ。
――うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!
「ガッツリ盛った甲斐があったわ! これも、一種の『魔法』よね☆」
ご満悦でドヤ顔全開の奈津。
「……何着せても女の私より似合うって何か腹立つわね……」
一方、シルヴィは何故かぐぬぬ顔であった。
●
そして、オープン当日が来た。まず訪れたのは男子学生数名。冷やかし半分に入店した彼らを待ち受けていたのは。
「「ようこそおいで下さいました。ご主人様」」
優雅にカーテシー(女性が行う最上級の敬意を表すお辞儀。スカートの端を摘まむアレ)で出迎えるのは、両側にメイド服姿のサンバラトと、より本格的なヴィクトリアスタイルで、しかし何故かバッチリスリットの入ったロングスカートのジェンティアン・砂原(
jb7192)を両脇に控えさせた令嬢こと、エリアス。
「お、お嬢様……?」
あんぐり口を開けて見とれるお客にエリアス上品に会釈して。
「メイドがいるのなら、あるじがいるのも当然では?」
こうやられてはもう黙って頷くしかない。だって可愛いし!
◇
一方、最初のお客を前に接客の準備をしていたヒスイ(
jb6437)は、遠い目をしつつ傍らの舞鶴 希(
jb5292)に謝った。
「……何かごめん。でも相変わらず似合ってるねぇ 」
言うまでもなく、二人ともメイド服姿がよく似合う。
「……ありがと」
ヒスイに巻き込まれるような形で参加した舞鶴はため息をついて、肩を落とした。
「……最近、似たような事をした記憶があるなぁ……」
再び舞鶴がため息。しかし、そうしている間にもエリアスや砂原の『お迎えに惹かれてお客はどんどん入って来る。顔を見合わせる二人。空気に飲まれたのかやるからにはしっかりやろうと決心したのか、まず舞鶴がお客に微笑みかける。
「いらっしゃいませ♪ こちらの御席へどうぞ♪」
その可愛らしい姿にお客がざわめく。
(ううっ、やっぱり恥ずかしい……っ)
必死に笑顔を保つ舞鶴の表情は、しかし引きつっており、頬は紅く染まっていた。舞鶴は今更ながら短いスカートが気になり、押さえながら次のお客を案内に向かうのだった。
「ごめんね……エレムさん……でも、これなら恥ずかしくない……!」
ヒスイはそんな舞鶴とは違い、何故か余裕の態度で舞鶴が案内した客からオーダーを取る。短いスカートの背後を客が通るが敢えて気にしない。
「な……紺色……だと……っ? ま、まさか……ス、スクみ……」
たまたまヒスイの背後にいた男子生徒が叫ぶ。
「や、やっぱり恥ずかしい……っ」
顔を真っ赤にしてスカートを押さえるヒスイだった。
「慌てていて、パンツを穿き忘れちゃった……穿かないでやらなきゃ……ううっ……中…見られちゃうよっ……」
何やら聞き捨てならないことを呟きながら店内を歩くのはまだ幼い外見の堕天使ロシールロンドニス(
jb3172)
顔を上気させ内股でもじもじ歩く彼は気付いていただろうか?
たまたま、彼の後ろの席に座っていた数名の客が鼻血を噴いてぶっ倒れた事に。
◇
一方、同じ教室内の別の一画ではまた別の空気が流れていた。
非の打ち所の無い着こなしに文句のつけようの無いメイクでそつのない接客を見せるのは、流れるような漆黒のロングヘアーが美しい二人の超絶美人メイド……ではなく、当然こちらも女装した緋山 要(
jb3347)とルーカス・クラネルト(
jb6689)だ。
「母親の教育方針が……今更役に立つとはな」
やや複雑そうな表情で呟く緋山。
「何故俺が……しかし頼まれては断れん。致し方あるまい……」
ルーカスもそう呟きながら、しかし仕事はしっかりとこなしていく。
「結構本格的だな。バイトは幾つかやったことあるから 接客は結構大丈夫な方……てなわけで頑張るぞー!」
負けじと気合を入れるのは、やはりバッチリと女装した鏑木鉄丸(
jb4187)しかし――
「と思ったのに……姉貴、何の冗談だ。 これじゃパンツ見えちまうじゃねえか……っ」
思わずスカートを抑える鉄丸。無理も無い。彼のそれはクラスが元々用意していた衣装にも劣らない裾の短さだったからだ。
とはいえ、彼もまた結局は意気揚々と接客をこなし始める。こうしてまだ昼食時にもならないというのに店は大盛況となった。
「あーどしよー皆可愛いー♪ 雪ー? 折角だから接待してよぉ」
自らの『魔法』の成果に奈津もご満悦。席に陣取って周囲の女装男子を眺めつつ雪彦を呼びつける。
「お待たせしましたお客様〜♪」
だが、そこにやってきた雪彦が、着物にウィッグ、化粧までしているのを見ると。
「……なんか堂に入って……若干ひくわぁ〜」
と苦笑い
「当然! ここ迄するならば、やりきろう! むしろっ楽しもう♪ 」
一方雪彦は完全にノリノリであった。
●
「はぁ〜……極楽ねぇ。あたしもしかして死んじゃってて、ここは天国なんじゃないかしら……?」
満面の笑みを浮かべた御堂 龍太(
jb0849)。早速、カメラを取り出して写真撮影に入ろうとするが、その彼の視界にこんな紙を張り出す緋山の姿が。
『無断撮影禁止』
「あ〜ら、残念……」
ごつい顔にごつい指を当てて「むー」とかなる御堂さん。しかし、YESショタ!NOタッチ! の遵守を旨とする彼にとしてはここでマナー違反を犯すつもりも無い。
仕方なく注文をとりに来た子を適当に物色していると。
「ん、可愛い♪ いやぁ……綺麗な子は目の保養です☆ ……知ってる子がこういうカッコなのは……何とも複雑だけど……やっぱり可愛いねぇ♪」
とサンバラトと箕星を眺めのほほんとお茶を飲むジェラルドが。
「あ、折角だから箕星ちゃんも一緒に写真撮ろ☆」
顔見知りのジェラルドの頼みだからか、サンバラトも承諾する。
「あの〜、あたしもご一緒してよろしいかしら?」
すご〜く参加したそうにする御堂。
こうして、四人は記念撮影することとなったのであった。。
◇
「女装カフェも小等部だと、女装もなんか微笑ましい……と、思っていたのですが……これは……」
昼近くになって入店してきた若杉 英斗(
ja4230)は店内の女装男子を見て思わず目を見張る。
「ぬう、女装カフェ……わ、私だって装えば、簡単にこれぐらい美しくなれるぞ、若杉殿!」
色々対抗意識を燃やすラグナ・グラウシード(
ja3538)であったが、ふと、コンロなどが据えられ厨房となった一角から出てきて、料理をメイドに渡す星杜 焔(
ja5378)の女装姿に
( Д ) ゜ ゜
「ほ、星杜殿?! い、いったい……!?」
(非モテ騎士友の会の皆が何故ここに……っ!?)
星社も一瞬、焦るがすぐに営業スマイルで。
「星杜? 知らない人ですね〜ご注文をどうぞ〜♪」
結局、深い事情があるのだろうと勝手に判断して席に着く若杉とラグナ。
「星杜君、シェフのモテモテ気まぐれパスタと、コーラください! あるでんてで!」
「かしこまりました〜♪」
笑顔で応じた星社は早速厨房で忙しく動き出した。
◇
「あー。思った通り、衣装や人員だけでなくご飯LVも高いな〜」
星社や他の学園生が作ったパスタの匂いや見た目にため息をついたのは礼野 真夢紀(
jb1438)だ。
自身もメニューと睨めっこしつつ何故か忙しく片手を動かしカリカリと鉛筆の音をさせている。
「……あのな、まゆ。うちはまっとうにやるからな」
妹がこの店の衣装をデッサンしているのを見て眉を顰めたのは姉の礼野 智美(
ja3600)だ。
「フリフリレースは年少組なら映えるし、露出過多でミニスカート違和感ない人もいるしぃ……」
妹の呟きにため息をつく智美。だが、部員の顔を思い浮かべれば正に妹の言う通りなのでまた溜息。
やがて、運ばれてきたパスタを一口食べ。
「あ……やっぱり美味しい……」
連日、料理の苦手な自分の部活の部員が作る失敗作の焼きそばを食べ続けて疲れたミニはなおさらだった。
「な。衣装に凝るより全員同じ味に作れるようにする方が先だと思うぞ?」
「う〜ん、ちぃ姉の言うとおりかも……あ、あのメイド服すごーい!」
また溜息をつく智美であった。
◇
まあ、こういう訳で大抵は客も店を出す側も大いに楽しんでいたが、どいう訳か不機嫌な者もいる。
「すっげー可愛いな! ほんとに女の子みたい……いやむしろこんなに可愛い子が(以下略)だよ! どこのクラス!?」
「あ、あははははどーも……」
間違いなく褒められたのに微妙な表情でいじいじと食器を下げるのは宗方 露姫(
jb3641)。まあ、彼女の反応……褒められて男して悔しい、ではなく純粋に残念がっているのも無理は無い。
(それりゃあ……確かに我ながら渾身の「美少年メイド」だと思うさ)
スタッフの控え室に据えられた鏡の前で改めて衣装を確認する露姫。
(バレないよう気も使ったけどさ……誰も気付かねーなんてよ……)
実際、露姫は顔見知りのジェラルドなどに料理を届ける時、むっちゃドキドキしていたのだが――
「俺、女なのにさ……」
ちょっと拗ねる露姫はとても女の子らしかった。
一方、その露姫が去っていった方角を見つめながら藤堂・R・茜(
jb4127)は呟いた。
「ほんとに、此処きてからは他の天使や悪魔の人も、ようけ見るようになったねぇ」
露姫が外見から悪魔だと判断出来たせいだろう。
「そうね……少し増え過ぎてると思うけど……って、あんたは天使なの? 随分変な話し方するわね……」
当初は若干警戒していたシルヴィだったが、藤堂ののんびりな口調に少々毒気を抜かれ気味であった。
◇
「あの……僕達、なにか失礼な事、してしまいましたか……?」
「……楽しんで貰えなかったのなら、ごめんなさい……」
「いえいえ、よく似合っていますねえ、実に可愛らしいと思いますよ」
昼食の時間が過ぎたころ、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は何故か注文をとりに来た看板娘の二人ことサンバラトと箕星に対してニコニコしつつ不機嫌オーラ全開であった。
理由のわからない二人は生来のまじめさや気の優しさも手伝ってオロオロするしかない。
(……僕より年下のくせに、僕より背が高いことを除けば、ね!)
とは流石にマステリオも言えない。
やむをえず、一旦去る二人。
トラブルが起きたのはその直後であった。
●
さて、このように余りにも魅力的過ぎた故にこのカフェでトラブルが起きた事については既に述べた。以下はその顛末である。
「……お客様?何をされるおつもりで? まさか…私がいるのによそに目がいってしまってるワケじゃ……ないですわよねっ♪」
突然話かけられ、箕星とサンバラトに絡んでいた男二人が振り向くと、そこに立っていたのは銀〇の有名クラブのママの如き風格を漂わせた雪彦であった。
「何だよてめえ!」
「び、美人だけどか、箕星きゅんにはおよばないぞぉ!」
ピクリ、とこめかみを動かす雪彦。
「あらあら〜お客様ったら寝言は寝て言いましょうね〜♪」
にっこりと笑いつつ雪彦が自身のアウルを操作する。撃退士なら見覚えがあるかもしれない。一般人を眠らせる『魂縛符』の術式である。
これで一件落着――と誰もが思った。だが、意外な邪魔が入る。
「止めて下さいっ」
鋭い声ではっきり叫んだのは、何と迷惑を蒙っている本人である箕星だった。
「み……箕星ちゃん?」
思わず相手を見つめる雪彦。
「気持ちは嬉しいけど、緊急事態でもないのに、普通の人に無闇にアウルを振るうのは……良くないと思いますっ」
無論、一般人に撃退士のスキルを使う行為が禁止されている訳ではない。だが、良くも悪くも優等生的な箕星にとっては、相手を気絶させてしまうような術を平時に使うのは撃退士としての倫理に反するのではないかと言う想いが拭えなかったのだ。
「……」
雪彦も箕星に賛同するかどうかは別として、箕星の真剣な想いに思わず手を下す――だが、この下衆どもには箕星の想いは通用しなかった。
「へへへ、良く解んねえけど、触られるのが好きなんだよな!」
「お、怒っている箕星きゅんのひきしまった顔……はぁはぁ」
何を勘違いしたのか二人は、馴れ馴れしく箕星の肩を抱いたり、密着して匂いを嗅いだりし始めた。
「ああ……くぅっ……」
必死に耐える箕星。しかし、その眦には涙が溜まりつつあった。
(彼はああ言うが……こういう輩はどうにも虫が好かない。幼い子供を辱めるようなことは やはり許せない、な)
――男たちのそれは、勿論同情の余地も無い只の劣情だ。だが、緋山の母親が幼い彼に迷信と心の弱さから強いた事、そして其れに逆らえなかった幼い自分と二人の少年の姿が緋山の中で重なった。
「嫌な事は、はっきりと嫌だと、言うんだ」
やや強い口調で緋山が言う。
最初は相手が一般人ということで、持ち前の優しさから戸惑っていた二人だったが、ここにきてようやく決心が固まった。
「やめて……っ!」
「放して下さいっ!」
勿論手加減してではあったが、箕星が一人を振り払い、サンバラトがもう一人を引き離す。
「てめえ……優しくしてやってんのによぉ!?」
「こ、今度は青い子の匂い……!」
それまで耐えるだけだった二人の抵抗に腹が立ったのか逆ギレする二名。
なおも、しつこく二人の方に近寄ろうとするが――
「きゃっ☆ テーブルに調味料を届けようとしたら手が滑っちゃいましたぁ☆」
ぶっしゃあ! とドジっ娘を装った星社の手により悪漢二名の顔面にケチャップとマヨネーズがブチ撒けられた。
「このガチムチ野郎!」
焔の女装も決してレベルが低くは無いのだが、顔はともかく背の高さはお気に召さなかったのか男は無謀にも掴みかかろうとする。
「い、いい加減にして……っ!」
たまらずサンバラトが男を止めようとする。
「へへ……何だよ、やっぱり俺の事が……」
途端に鼻の下を伸ばしてサンバラトの腕を掴む男。
「人のお気に入りに気安く触ってんじゃないわよ……」
シルヴィの、その怒気を含んだ呟きは誰にも聞こえなかった。しかし、一見藤堂と談笑しつつ優雅に紅茶のカップを口に運ぶかに見えた彼女の手が、そのままカップの中身を男の顔面にぶっかけた音は店内に響いた。
「て、てめぇ……げほっ」
「あら、顔が綺麗になって良かったんじゃない?」
見るのも汚らわしいとばかり視線を合わせず水を飲むシルヴィしかし、良く見るとカップの取っ手にピシリ、とヒビが。
「……そこの人たち……いい加減になさい? 中身が男でも、女でも……あんたがしてるのは恥ずべき行為には違いないのよっ!!」
ここで奈津が大声を上げる。折角メイクアップした彼らがこんな目に合うのは許せないのだろう。アウルによる気迫も相まって凄い迫力だ。
流石に悪漢二人が退きそうな様子を見せる。
「サンバラトさん、だっけ? はい、コレ新しい注文」
そこに、まずヒスイが助け舟を出す。
『あ、注文お願いします♪ 折角だから…サンバラトちゃん☆ ご指名OK?』
これにジェラルドも続く。取り合えずサンバラトと箕星をこの場から去らせるための口実だ。
そして、悪漢二名が何か言う前に、彼らの視界を白く柔らかな翼が優しく覆った。
「!?」
これが久遠ヶ原名物の天魔生徒か。そう思う間もなく、白桃の甘い(悪魔の)囁きが悪漢二名の耳に快く響いた。
「ねぇ……そんな子より、俺を見て欲しいなぁ……」
そして、柄の悪い男の手が白桃のきめ細やかでしっとりとした手に優しく包まれた。
唾を飲み込む音がやけに大きく響く。
(んぅ……俺もホモじゃないし女の子が好きなんだけど仕方ないや……み〜んな俺の虜にしちゃうよ〜)
心の中で舌を出しつつ、相変わらずノリの良い白桃。
その様子を羨ましそうに見ていた小太りの男の目の前にスリットから覗く素晴らしい美脚がちらついた。
「失礼いたしました、ご主人様、落とされたカトラリーは私が拾います故」
そうニッコリと笑う砂原に、男は恍惚となった。
同時に砂原の金髪が美しく揺れ、その様子はまるで輝きに包まれているようだ……実際、砂原のアウルの光が男の視界を遮っていたのだが、そんなことをする必要も無いくらい男は砂原の美脚と髪の毛に見惚れていた。
こうして、サンバラトと箕星は避難することが出来た。
「お〜い、さっきから何やってんだ? お客様がお待ちかねだぞ」
だが、そこに何事かと様子を見に来た露姫が現れた。
「おおっ……コイツもなかなか……へへへ……」
「ぐふふ……か、可愛い子がたくさん……」
元々常識など無かった悪漢二名だが、お色気作戦で一層節操を無くしていたのか、いとも気安く露姫の胸に手を伸ばしやがった。
――時間が凍りつく
「……ん? こ、この感触……」
「……触ったな? 触っちまったなてめぇ?」
「ひっ!?」
憤怒の形相の露姫に片手で同時に胸倉を掴み上げられて、情けない声を上げる男たち。
「美少年にセクハラして良いのはなぁ、それに相応しく身も心も美しい男子とおなごに限るんじゃい! お前らなんぞお呼びでねぇわド三流顔めがぁ!!」
しかし、その言葉を聞いた瞬間、悪漢共の顔がみるみる赤くなっていく。
「三流顔……? てめぇ、誰が三流だぁ!?」
「い、いくら可愛くても言ってはいけない事もあるんだぁ!」
自分たちのことは棚に上げてキレたガラの悪い男はいきなり露姫に殴りかかった。小太りの方は人への暴力までは行かなかったが、手近なテーブルを持ち上げて暴れようとする。
――!
思わず周囲の客も店員も息を飲む。肉のぶつかる重く鈍い音が響いた。
「な、て、てめぇ!」
代りにパンチを受けたのはラグナであった。
「貴殿も紳士たるべき行動をとらねばならないな、メイド相手とはいえど、な」
にっこりと笑うラグナ。逆にそれが相手を威圧する。
「……どうやらオハナシの必要がありそうだな」
ポキポキと指を鳴らすラグナ。
一方、小太りの男はいきなり何かの布に視界を塞がれて暴れていた。
「もがー?!」
「はいはい、お触りは禁止ですよー? あらイケマセンワそんなとこー」
男の頭上から、鏑木の棒読みな作り声が響く。
素早く飛び込んで来た鏑木が男の首根っこを押さえて強引に自身のスカートの中に押し込んだのだ。
「くそ、どいつもこいつもこの俺様をコケにしやがって!」
「も、潜り込むならさっきの金髪メイドさんの背中が良い……っ!」
だが、こいつらつくづく懲りない。ガラの悪い方は殴りかかる隙を伺い、小太りの方もスカートから脱出して身構える。
……つくづく自分たちが手加減されている事にきづかないらしい。しかし、その思い上がりも遂に終わりが来た。
「……いい加減にするんだな」
まず、遅れて駆けつけたルーカスが再び殴りかかろうとしたガラの悪い男を、芸術的とさえ言える無駄の無い動きで綺麗に押さえつける。見た目にはそれほど動きを封じているように見えないのに、男は苦痛に呻き、身動きさえ出来ない。
撃退士としての身体能力に加え、特殊部隊で受けた訓練の賜物だろう。
「流石に目に余るな。実力行使も止む無し、か」
小太りの方は、これまた颯爽と飛び込んで来た若杉にあっさりと関節を決められ、激痛に泣き叫ぶ。
「……そうだな、ここまでやってくれたんだ。関節の一つも外そうか?」
平然と、ルーカスに言う若杉。
「……同感だ」
頷くルーカス。
二人の悪漢がひぃっ、と情けない声を出しその場に居たものの何人かは思わず耳を塞ぐ
――が。
多くの者が予期した『音』は聞こえず次の瞬間二人の悪漢は床に転がされていた。
「……これでいい加減懲りたか?」
ルーカスが溜息をつく。
「お店に迷惑をかけたくないからな……」
若杉が肩を竦めた。
◇
さて、ここは女装メイドカフェがある校舎の裏の少し大きめの倉庫。ここに女装メイドカフェで使うお菓子などが保管してあるのだが……
「え……あの人たち……」
丁度、無くなった材料を取りに来ていたロシールは気付いてしまうさっき騒ぎを起こした二人が倉庫の側に近づいているのを。何か、良くない事を企んでいるのは間違いない。片方の男の手にはライターが握られていた。
「ど……どうしよう……そうだ!」
何やら思いついた様子のロシールは……何故かその可愛らしいお尻を、二人の方にこれみよがしに差し出した?!
◇
「ご、御主人様……あーん……」
「お、おお……お、男の娘がボクの膝の上に……ぬ、ぬくもりが直にいいいいいいっ!」
「は、早く替われよ!」
どうしてこうなった。
男の膝の上にちょこんと乗ったロシールは、もう一人に倉庫から適当に出したお菓子をあーんしていた。
どうやら、色気で二人の悪戯を止める作戦らしい。案の定、二人は骨抜きだ。しかし、少々効き過ぎたのか……
「ロ、ロシールきゅん! ボ、ボクもう……!」
「てめえ! 抜け駆けするんじゃねえ!」
汗まみれのキモさ全開でロシールに迫ろうとする変態二名。だが、ロシールはやんわりと……。
「ま、待って……この倉庫はすぐ人が来ちゃうから……一緒に校舎のトイレに来て……?」
凄まじい勢いで首を縦に振る二人だった……。
◇
「ようこそいらっしゃいました。お客様♪ ……おや、どうされました? 随分と震えられているようですが……」
罠だった。
まんまとトイレに誘い込まれた二人の背後を、まず黒い笑みを浮かべた舞鶴が塞いだのだ。
「どうやら、まだ懲りて頂けなかったようなので、致し方ありませんね?」
長さ2.6mの戦追がぶんっと空を切る。流石に、これには二人も震えている。
「あ、あの……皆、あんまりやり過ぎないようにしような……?」
お仕置きを手伝うために、というよりは多分仲間の遣り過ぎを止める為に着いて来たであろう長幡が言う。
「まあ、その……あの二人だけじゃなく普通に可愛い(男の)娘が多いから気持ちは解らないでもないけど……もう、いい加減にしましょうよ。ほら、こいつでも見て和んで……」
何とか場を繋ごうと長幡はちっちゃなメイド服を着せたヒリュウを見せた。
「ふ…ふざけんじゃねえ! 俺は、俺は可愛い(男の)娘じゃなきゃあ……」
「……もふもふ」
「ああ?」
一笑に付したガラの悪い男は、傍らの小太りの男の様子がおかしい事に気付いた。
「ボ、ボクが悪かったんですー! 反省しますから、もふらせて下さいー!」
どうやら、縁起でもお芝居でも無く、こいつは小動物萌え>男の娘の人だったらしい。
主人の命令で大人しくなったヒリュウを抱きしめてすっかりご満悦。毒気の抜けた顔を見せる。
「……そんな恨めしい目で見るなって……後で腹いっぱい食わせてやるよ」
微妙に目を逸らす長幡。
救いは、まあ本当に猫好きな人が猫を抱いたりするような普通の可愛がり方だったことか。
「く、くそぉ! あんな格好しておいてよぉ、我慢出来るか!」
一方、まだごねるガラの悪い方。
「なるほど……お客様は、まだ足りないんだね♪ よし、『特別メニュー』だ♪」
「趣味趣向は自由だけど、限度があるよねえ……あはっ、何かコレで『極弱オシオキ』も楽しそう♪」
と、そこにやけに嬉しそうな顔をしたエリアスとヒスイが進み出る。二人が持っているのはエリアスが用意した手錠にアイマスク、カメラにライター、鞭という品々。
……お察しください。
「あたしの分も残しといてよ〜♪ ……フフン、あそこまでされて懲りないなんて、そういうイキのいいのも嫌いじゃないわね……ジュルリ」
ダメ押しとばかりに気合の入ったフリフリエプロンの御堂が腰を抜かしている男を見下ろす。
え、彼がこの後どうなったかって? 書かせないで下さいわぁ……アッ―――――!
そして、全てが平和裏に片付いた後、ガラの悪かった男は保健室で藤堂のありがた〜い。手当てを受けていた。
「次、こんな事をしたら……解ってますね? これに納められた今日の貴方の一部始終がどこにアップロードされるか……」
冷たい表情で男を見下ろし、デジカメを振って見せるエイルズ。
だが、包帯だらけの男は無反応だ。
「ま。これで少しは懲りるんやな〜」
藤堂も治療はしつつ延々とお説教。
「ま……良かったんちゃうか? 『卒業出来て』」
あ、男の虚ろな目から一粒の涙が! ……止め刺しちゃったよ!
●
「二人とも、大変でしたね……まあ、その、僕の大人気無さも含めて……コホン」
ようやく店に平和が戻り、そろそろ夕方が近づき、少し落ち着いた店内でエイルズはココアを飲み干しつつ、ややばつが悪そうにサンバラトと影真から目を逸らした。
「そんな、こちらこそ助けていただいて……」
と箕星。
「ありがとう……」
とサンバラト。
「まあ、色々大変でしょうが、頑張ってください」
そしてエイルズは去る。
「何か……迷惑掛けてごめんね? お仕事終わりにどこか誘おうと考えてたけど……」
やや、申し訳なさそうにシルヴィが言う。
「ううん……先輩も、ありがとう……今日は僕も片づけがあるから……、今度、その、いちごオレのお礼に僕が……」
「……ありがと」
そしてシルヴィも去る。
その様子を見つつ帰り支度をしていたジェラルドは。
(何だかんだで、ここでの生活を楽しめてるみたいだね……願わくばキミの笑顔が陰りませんように☆)
●
夕日が照らし始めた店内で箕星と話すのは矢野 古代(
jb1679)だった。
「そうか……大変だったな」
「はい……また、皆さんに助けていただいて……僕……何も出来なくて……」
悔しそうな箕星。その様子をじっと見ていた矢野がようやく口を開いた。
「あの時のように……か?」
「!」
はっとなる箕星に矢野は別段責めるわけでもなく静かに続けた。
「短い間でも君の性格はある程度分かる。その上で聞くが『君以外の囮が倒れてしまった』あの戦いで――何かを感じていないか」
「もし仮に君が何か自責を感じていたらそれは俺の責任だ。恐怖や焦燥を感じていたのならそれは見当違いだ。作戦を考えた側は俺達。出来る限り支えるのが先に生まれた奴の仕事だろう」
「君は撃退士だけど。少しくらい弱音を吐いても、甘えても……皆に頼っても良いと思うんだ。君が大人でも俺はそれを言いに来ると思う」
箕星は何も言わなかった。
ただ、その顔はまっすぐ前を見ていた。