マリカの発表があった瞬間、にわかに男子生徒が騒ぎ始めた。
「「冗談じゃない! 俺達はマリカせんせー(の水着)を描きに来たんだー!!」」
半分涙目で抗議の声を上げる男子たち。
「あらあらー? 何だか困った事になっているですー……」
この事態に、困った顔になってしまうマリカせんせー。
「ふむ、何やら手違いがあったようだな。如何する?」
公園の広場の中央に設けられた、演説台の上でモノホーンが顎に手を当てた。ちなみその服装は、何時ものスーツでは無く隠れも無い褌一丁! それも白褌だ。
……だが、余り違和感が無いのは、元々「服を着ている状態の方が異様な感じのする」御仁だからだろうか。
「あのー、水着というのは何の事か解らないですがー、私がモデルになった方がー良いのですかー?」
幸か不幸か、事情を知らないマリカせんせーがそう言い出すと。
「ならば、私が生徒指導に回るか?」
これはあくまでも授業だ。どちらかがモデルになっている間、もう片方が生徒の指導や解説などをする必要がある。モノホーンはお互いの役割を交換しようと言い出したのだ。
だが、男子生徒たちが希望に目を輝かせた時、一人の女子生徒の声が雰囲気を一転させた。
「りあるあくまカッコイイです!」
一斉に男子生徒の視線を集めたのは、雁鉄 静寂(
jb3365)であった。
「マリカせんせーを描くのも捨てがたいですが、モノホーン先生は更に描きでがありそうです! 私は是非モノホーン先生にお願いしたいです!」
男装の麗人という言葉が相応しい静寂が熱く語ると、彼女より年下と思しき女子生徒たちが賛同を示す。
さあ、男性諸君は困ったことになった。何しろ、この授業は意外に女子の比率が高かった。その状況でこれ以上騒げば、女子にどうせ下心なんだろうと、白い目で見られかねない。
◆
何人かは黙ってしぶしぶ準備に入る。だが、特に熱心な何人かはまだ諦めきれないらしい。
「くそっ! ヤツら(斡旋所のこと)に騙されていたんだ! 俺は絶対に何かあると思っていたぜ……!」
そんな事をいう男子学生も居る。
「あなたは正しい……」
「は?」
突如、隣から聞こえてきた奇妙な同意に、その男子生徒は思わずそちらの方を振り向く。
「こんな秋も深まった屋外でデッサンとか、しかもマリカ先生がモデル? ……絶対になにかある。いや、なくちゃおかしいはずだったんだ……」
それは、見た目的にはごく普通の外見の男子学生 鈴代 征治(
ja1305)だった。だが、その様子は明らかに普通ではない。というか、明らかに征治は一人の世界に入ってブツブツと呟き続けている。
「きっと焼き芋を焼いてる時間を適当に絵でも描かせて潰して、自分は消しゴム用のパンを食べるつもりとかそんな感じで……」
「はくしゅん! ですー……?」
手にほかほかの焼き芋(公園に来ていた石焼芋から買った)を握ったマリカせんせいが何故かくしゃみ。
「風邪か?」
と、モノホーン。
「違うのですー。誰かが私の噂をしていますー……」
「それが! モノホン先生を描いて良いんですか、と!? マジですか? なにそれここは桃源郷ですか? ヒャッホーイ!!」
「ちょ、おま……」
雄叫びを上げた征治は男子生徒の突っ込みなど無視して、一心不乱にキャンパスに向かい始めた。
その異様な気迫によりキャンパスの上には早くも、見ていた男子学生を後ずさりさせる何かが描かれようとしていた。
◆
あれか、こういうのは男のロマンとかそういうのか。いや、男の子に限らないのかこちらでは女子生徒もその筋肉美に魅せられていた。
「か、かっこいい……!」
地領院 恋(
ja8071)も、静かに目を輝かせてそして一心に木炭を走らせている。
「そういえば落ち着いてデッサンなんて久しぶりだな……偶にはこういうのも悪くない」
上機嫌で集中する恋。そういえば、彼女も静寂同様、割と中性的な外見だがやはり男のロマンなのか?
いや、そうでもないらしい。
「お、おお? 今日はモノホーン先生を可愛く描けばいいのか? え、違う? でも何にせよ楽しそうなのなっ! 皆に負けねぇような、超絶! かぁーっちょいいのを描くのな! うむ!」
大狗 のとう(
ja3056)と真野 縁(
ja3294)もまた、割とやる気で早々とデッサンを始めていた……が、何かがおかしい。具体的には、そう――
「消しゴム……配られてねーから、擦って誤魔化すか……」
食パンの目的を理解していない……だと!?
「頑張って描くんだよー!」
とか言いつつ縁に至っては即効パン食い始めてるし!
それでも、真剣な目でモノホーンをみて、筆を走らせているだけまだマシなのか。
ともあれ、モデルのモノホーンも何気なく彼女らの方を見た。
「お、こっち見てるのな!」
笑顔で手を振るのとう……と思ったらのとうもパン食べ始めたし!
「こらー! それは食べるパンじゃないのですー!」
先生らしく間違いを正すマリカせんせー。しかし、余り説得力がないように感じるのは何故か。
「飲食はおっけーですから、別の物をたべるのですー、大体、このパンは油や牛乳が入っていないから余り美味しくないのですー!」
「もご……も?(なんだか変……と思ったらそういうことなんだね……まあいっかー!)」
気にせず食べ続けてくれる縁さん。
「というか、結構香ばしくてイケるのな!」
遠くから、この会話を聞いていたモノホーン先生、動かずに目を光らせ。
「ふむ……市販では良い物が手に入らず自家製の焼きたてを用意したのだが……誤算だったか?」
「……芸術の秋ーげいじゅつのあきー……や……焼きたて? 食欲……芸術……しょくよくのあきー!」
その言葉に反応してしまい、縁の方は明らかにおかしな物をキャンパスに書き始めた。
「おおっ、何かオーラが出てたな! 良いな!! しかし、こう……ビームが出る感じに……」
いや、おかしな方向に走っているのは、のとうも同じであった……。
「今日は良いスケッチ日和ですねー♪」
一方、此方では真赭 藍(
jb7096)がすぐにデッサンを始めようとせず、カメラで周囲の風景や秋の空模様を捉えることに夢中になっている。
とはいえ、彼女も今回のデッサンに興味が無い訳ではないようで、満足するまで写真を撮るとおもむろにクロッキー帳を取り出して、遠目にモノホーンを見つめ筆を走らせる。
「マリカ先生じゃなくてグレーターモノ……ああいう先生もいるんだ〜格好いいな〜」
興味津々といった様子でモノホーンを書いていく藍、最初は遠目から大まかな形を写している。
その真剣な様子に、近くにいるマリカ目当ての男子も何も言えない。
(あのマリカ先生の授業と言う事で履修してみたが……思わぬ「当たり」だ)
アイリス・レイバルド(
jb1510)は、そんな事を考えつつ慣れた手つきで手を動かし、瞬く間にデッサンを仕上げていく。その様は毎日当たり前の様にこの動作に取り組んでいる事を示しているようだ。
「独創的なモデルですね、学園らしいといいますか」
微笑したのは安瀬地 治翠(
jb5992)だ。参加した男性全員が下心を持っていた訳では無く、彼の様に純粋に絵を描く機会を求めて参加した者もいる訳で、当然未練がましく騒いでいる生徒たちには迎合しないのであった。
やがて、最後までモデルが違うことに抗議していた男子が溜息をつく。こうして授業は予定通りに進行し始めた。
モノホーンが改めて適切なポーズを取り、マリカせんせーも焼いも片手に、生徒たちの間を回り始めた。
●
「モデルはマリカ先生だと伺っていたのですが……これはまた、描き甲斐のあるモデルですね」
樒 和紗(
jb6970)も、どちらかといえばモノホーンがモデルであることを知って余計にやる気を出した方の生徒である。
「目撃情報を伝える訓練ならば、描くスピードも意識した方がいいですね。正確に、出来るだけ早く……」
和沙はそれまでの誰よりも早い速度でデッサンを行っていく。黙々と集中する和沙。だが、そのしっかりと結ばれた口の端からやがて妙な呟きが。
「大胸筋……上腕二頭筋……外腹斜筋……」
「筋肉の躍動、艶のある肌、そして迫力……己の力量を磨くには大変有効ですね……などと言えるのも、学園所属の天魔相手だからですけれど……」
和紗自身としては、この発言に対して特に他意は無かったろう。だが、一部の生徒がこの言葉を聞けば、それなりに重く感じたのかもしれない。
◆
「……嘘だろ?」
デッサンの素材について真実を知った瞬間、それまで秋の屋外での授業に年頃の少年らしくはしゃいでいた黒崎 啓音(
jb5974)は険しい表情を見せた。
いや、それどころかこのまま帰りそうな様子さえ見せている。
「あきらめろ、現実だ」
ごく冷静に、義兄である音羽 海流(
jb5591)が声をかけた。
「今から帰ったら、欠席で単位にも響くぞ?」
「海流にぃは何でそんな冷静なんだよっ!」
その義兄の反応に、啓音は思わず怒鳴り返す。
――忘れることなど、出来はしない。自分の家族を奪ったモノたちを
歯を食いしばる啓音。だが、海流はいつものどこか眠そうな声で畳み掛けるように。
「落ち着け啓音、お前の反応の方が少数だろうが。実際マリカ先生の意見は正しいぞ」
「……ヴ〜〜」
それでも、まだ小型犬のように歯を剥き出して唸る啓音。
と、その啓音の眼前にクッキーが一つ差し出された。
「食べる? なんか怖い顔してるよ。お腹空いてるのかな?」
啓音の視線の先でソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が笑っていた。
いやいやながらもデッサンを始めた啓音を見て小さく息を吐いた海流は、自身も鉛筆やボールペンといった道具を広げ始めた。
「そういえば、モデル聞いていたのと違うんだね。やっぱり、皆マリカ先生が書きたっかたのかな?」
事情を知らないソフィアは啓音の不機嫌な様子を勘違いしたようだ。
「いや……まあ、そんな所かな」
適当にお茶を濁す海流であった。
●
「グレーターモノホーン先生を描くんですか……」
二人の友人と共に授業を履修していた八神 翼(
jb6550)がそう呟いた後、一瞬沈黙した。その間、彼女がどんな思いを抱いていたのかはわからない。確かなのは、彼女もまた啓音のように天魔に家族を奪われた経験があるということだけだ。
「まぁ……かまいませんけど……」
それは、まるで自分に言い聞かせているかのような雰囲気だった。しかし、彼女はそれ以上はそれについて何も言わず、二人の友人を見た。
「いやぁ昼寝するのに最高の天気だね。授業も秋も楽しまねぇとな!」
大日向 透(
jb5151)はそう言うと楽しそうにデッサンを進めていた。
「うーん!いいお天気だねー! 屋外の授業って解放感があっていいよね! さーて、芸術の秋するか! 描くのはモノホーン先生の方で良いんだよね!……画面から飛び出てくるくらいの勢いで描いちゃう! ……ね、私達ももっと近くに行こうよ!」
天原 茜(
ja8609)に至ってはむしろモデルがモノホーンであることに喜んでいる。
「ま……絶好の行楽日和ですから」
翼はそう小さく呟くと、気持ちを切り替え友人たちとの一時を楽しむべく、二人の後に続くのだった。
●
教師にはぐれ悪魔がいるように、生徒にも居る。
(なんだか、先生のお姿を見ていると魔界のことが思い出されますわね……)
暫し、懐かしさに浸っていたシャロン・リデル(
jb7420)だったが直ぐに気を取り直し、イーゼルに向かう。
「デッサンの経験はあまりないけど頑張りますわ。本物と寸分の違いもなく仕上げてみせましてよ!」
「だりぃな……同じ悪魔描いてもしかたねぇな……」
一方、恒河沙 那由汰(
jb6459)は同じ理由で気乗りがしないようであった。
「冥魔の者は……あのような姿を……好むのですか……?」
そう言って、かくりと首を傾げたのはミルシェ・ロア(
jb6059)。彼女は割とモノホーンに近い位置に座っていたが……。
「とても……美しい…景色ですね……」
何と! ロアはモノホーンではなくその背後に広がる秋の風景を一心に描いていた。マリカせんせーも別の場所で生徒の指導に当たっており、これには気付かない。
自然風景>>こえられない壁>>筋肉というのが、彼女の優先順位らしい。思わずロアの口から洩れた清澄な歌声に惹かれた小鳥などが彼女のイーゼルに留まると、もう彼女の意識は完全に自然の方へ行ってしまっていた。
さて、那由汰の方はというと絵をかく気すらなかったのだが、顔見知りの褪せ治安瀬地に見つかったせいで、結局キャンパスに向かうことになった。
「絵はあまり描いた事ありませんか?」
丁寧に教えようとする安瀬地に渋い顔をしながらも、仕方なく那由汰は書き始めるのだった。
「なんだか難しそう、です。ちゃんと描けるといいな……」
小杏(
jb6789)が呟いた。想定していたマリカとは大きさが違うので不安になったようだ。
「我輩の筆力、見せてやるのである! このマクセルに、特に筋肉に於いて妥協はない……! さあ、唸れ我が右腕!! この肉体美を永久に世界に残すために……!!」
暑いよ。折角秋が来たというのに見事なまでに暑苦しく目を燃やし、ついでに背景も燃やしているかのように見えるのはマクセル・オールウェル(
jb2672)だ。
同じ天使でも、彼の方はモノホーンに興味があるらしい。
「この筋肉隆々の悪魔の教師がマリカ教師であるか……」
……どうやら何か勘違いしているらしいが。
「くく……見せてやろうか、そろそろ本気を出したワイルド・モンスターをな!」
そう言って木炭を握り、怪しく笑う命図 泣留男(
jb4611)もとりあえずはモノホーンを描く気らしい……と思いきや彼はその木炭でいきなり画用紙を完膚なきまで真っ黒に塗りつぶす!?
「凡夫ども見ろ、ブラックカジュアルを極めた俺のお通りだッ!」
周囲の何人かが呆気に取られる中、命図はおもむろにパンとコイン取り出す。
「な、何をやっているんだ……?」
男子生徒の一人が尋ねるが。
「それは完成してのお楽しみじゃい!」
何とも不安になる光景だが、その時彼らの近くを通りかかったマリカせんせー、最初は真っ黒に塗りつぶされた画用紙を見て驚くも、直ぐに何かに思い当たったかのようににっこり笑うとその場を離れるのだった。
こうして、日が高く上るにつれ公園のあちこちでデッサン、あるいは絵画は佳境を迎えつつあった。
●
「もっとこう、背中を……うん! モノホーン先生、そのポーズ凄く良いよ!」
茜が笑顔で叫んだ。
「そう、そのポーズ素晴らしいですわ! いかにもな感じで、何だか魔界を思い出しますわね……だから、絶対に動かないで下さいませ!」
何事にも全力投球なシャロンも真剣な表情で指示を出す。
「元より、許可が出るまでは凝固を続ける心算だ。心行くまで描くが良い」
モノホーンは疲れた様子も面倒そうな様子も見せずに、丁寧に生徒の様々な注文に応じていく。
ふらり、とモノホーンの立つ朝礼台の前に来たアイリスは、既に一枚極めて写実的な一枚を完成させていたが、この光景を見ると再び筆を走らせ、その速さによって茜やシャロンがモノホーンに注文を付けている間に、アイリスは二枚目のデッサンを完成させた。
それは、何故か見ただけで描かれたモノホーンの誠実な人柄が伝わってくる作品となった。
一方、静寂と藍の二人は共にモノホーンのすぐ間近で目を皿の様にしていた。
藍はモノホーンの質感を上手く表現しようとしており、静寂はややあおり気味の構図で、パースを考えつつモノホーンを写す。
「みんな熱心ですね。あの角度からも先生の翼を見てみたいのですが……翼といえば、飛ぶ事が出来れば楽ですね」
安瀬地が何気ない呟きに、面倒そうに作業していた那由汰が口を挟む。
「ぉ? なら俺が――」
「……いえ、結構です」
「ん? ……そうか……」
断られた那由汰は少し寂しそうであった。
「それにしても綺麗な景色ですね。デッサンも良いですが、風景画も面白そうです」
安瀬地が目を細めた。
「綺麗か……すまねぇな、俺にはその感覚はイマイチわかんねぇわ」
那由汰はそう口を尖らせたものの、安瀬地と一緒に公園の風景を眺めるのだった。
◆
「皆、熱心だし上手いっすね……」
モノホーンの近くの生徒の熱心な様子を見る緊張気味に天羽 伊都(
jb2199)が呟く。彼の作品はというとどう見ても上手いとは言えないモノホーンのデッサンの背景に、おそらく本人としては幻想的なものを目指したのであろう雑多な色が出鱈目に配置されていた。
「……」
改めて自分の絵を確認して伊都は溜息をついた。
「お互い、大変ね。芸術品を眺めるのはそれなりに良いのだけれど、実際にそれらを作成する側に廻ってみるとその辺の作成センスが欠けてて、ある意味苦手なのよね」
伊都の隣のグレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)はそう伊都に語りかけた。
「教科書の丸呑みと応用で済む文系理系と違って、芸術系は自分自身の感性が問われる次第で発揮する無聊恵まれてないというか……」
そう言うグレイシアの作品は、それでもやはり上手い。
ますます緊張する伊都。と、そこに。
「感性も大事なのですー。でも、絵にとって大切なことは、それだけでは無いのです」
伊都とグレイシアは思った。いつもにこにこしているマリカ先生だが、何故か今はいつも以上にその笑顔が温かいものに感じられると。
「絵で大切なことは、『見た』物をきちんと他の人に伝えるということなのです……だから、どんなに苦手に思っても、まずは見た通りに描くという事を忘れては駄目ですー」
「感性や、個性だって本当に大切ですよ? でも、まずは先生の言った事を意識してもう一回描いてみて下さい」
伊都は作品を見直して、マリカの言葉を反芻していた。
「大丈夫ですー! これだって十分モノホーン先生を書いたって解りますー! もう一息なのです!」
「まあ、秋はそれぞれに結実される季節なのだから『〜の秋』と称されるのが多いわ。その辺を向上させる機会と思えば良い訳なので、リラックスして構えつつ己の技量程度物を描ければ良いんじゃないかしら?」
「……もう一度、やってみるっす」
そう言うと伊都に、今度は地領院が。
「大丈夫、解らない所があったら先生と一緒にアタシも教えるよ」
そう言ってから、地領院もまたマリカの言った事を思い出していた。
「奇抜な個性がなくても、ちゃんと見た事を伝える事が出来れば、絵の力が戦闘でも役に立つ……意外だな。アタシがアタシのままでも出来ることがあるんだろうか」
「例えば、人間の警察では犯人の似顔絵を使うことがあるだろう同じ事だ」
モノホーンの補足に、地領院の表情が明るくなった。
◆
こうして、なおも時間は立っていく。既に昼時だったがお弁当を広げているグループもあれば、まだ描いているグループもある。
モノホーンは、ここでようやく休憩を取り体をほぐしていた。
「これが、ふんどし……と、言うのですね……」
そこに、休憩中のロアがやって来た。
「うむ。この日本で昔から使われていた男用の肌着だ」
「なるほど……あら? モノホーン先生、後の紐が……」
全ては、一瞬の出来事だった。
後に容疑者Mは供述している。
「結びなおそうと……思ったのですが……」
実にあっさりと、褌は床に舞った。マリカ先生は伊都の側におかげで気付かなかったが、さきほどからモノホーンの側に居た女生徒達から悲鳴が――上がらなかった。
何故かって? 考えてみて欲しい。ファンタジーゲームに登場するモンスター……この場合はいわゆるデーモンって大半は裸だけど別に何ともないでしょ? 人型に近いディアボロやサーヴァントだって全部が腰布巻いている訳ではないでしょ?
つまりそう言うことである。
まあ、このモノホーン先生の姿はあくまでも変身なので、その意味でも無難だったのだが。
一部の女生徒に至っては「むしろ褌をつけている方が卑猥に感じたくらい、自然でした」
と証言したくらいだ。
つまり、『無難』だったのだ。これ以上の言及は避けようと思う。
「つまりそれは我輩との勝負を望むということであるな!?」
だが、何故かそこにマクセルが乱入して来た。手には、その道の大家の、何というか入口くらいには立っているレベルのデッサンを抱え、既にパンプアップ済みの全身が眩かった。
……深く考えてはいけない。きっと、筋肉同士が惹かれあったのだろう。
そのままサイドチェストを決めるマクセルにモノホーンは。
「……ふむ、ボディビルディングか。余り詳しくは無いのだが」
「むむっ!? なるほど、では吾輩も本気を出すのであるっ!」
モノホーンのポーズあるいは筋肉に対抗してマクセルは更にポーズを取る。結局この勝負はマクセルが筋肉祭りを披露するまで5分程続いたのだった。
◆
「先生、大丈夫ですか? モデルって疲れそうですよね」
マクセルが去った後、ソフィアはモノホーンに持参した軽食を差し入れていた。
「かたじけない。ふむ、用意が良いな」
「時間掛かりそうだし、こういうのもあった方が良いかなって思ったんです。根を詰め過ぎるよりも、一区切りごとに休憩できますから」
そう言うソフィアは基本に忠実なデッサンがほぼ完成しつつあった。
●
「時間、余ってしまいましたね。夕方近くですけれど、宜しければ、少し一緒に散歩でもしませんか?」
この時間になると、ほとんどの生徒は作品を完成させていた。そんな中、鈴木千早(
ja0203)は頃合いを見計らって苑邑花月(
ja0830)を散歩に誘う。
「え、ええ…っ! も、勿論喜んで、ですわ」
千早の方はごく自然な態度だったが、花月のうごきはぎこちない。何しろ、内心では――。
(千早さん…からお散歩、の、お誘い…!)
という風に動揺しまくっていたのだから。ともあれ、心地よくも微かな肌寒さを感じさせる秋風が吹く公園内を、二人は枯れ葉を踏みながら歩く。公園は広く、他の生徒も来ない。
夕日が二人に照り返した時、一際強い風が吹いた。
「花月さん、寒くはありませんか?」
「(ち、千早さんとお散歩千早さんとお散歩……)え……ええっ、あっ、はいっ」
頭が一杯だった。花月は内容も解らず返事。その肩にそっと千早のカーディガンかかけられた。
「あ……! 千早……さん、有難う御座いますのっ。で、でも……千早さん、は……寒く、ありま……せんの?」
頬を染めた花月は、いつの間にかそっと千早の手をとってそう問う。
「俺は寒くないですから、大丈夫ですよ」
千早が優しく笑う。
「あ……」
花月が嬉しさと恥ずかしさで気絶しそうになった瞬間――。
――「では、そろそろ終了とする。各自一旦作業を止め、片付けに入ってくれ。ゴミなどは集めて自分の作品をイーゼルにかけ、我々が見られるようにしてその場で待機」
「あ……」
幾分名残惜しそうな花月に、千早は優しく言う。
「秋も深まってきたら、きっと、もっと綺麗なのでしょうね。その時はまた、ご一緒できたら嬉しいです」
「は……はい、喜んで!」
◆
「……はっ!」
マリカせんせーに優しく声をかけられて、小杏はびくんと飛び上がった。
「ごめんなさい、です。今、終わるところ、です」
無事、それなりに上手い作品を完成させた小杏は思わず破顔。しかし、マリカせんせーがじっと見ていることに気付いて恥ずかしそうに縫いぐるみのアンズを抱きしめてしまうのだった。
●
秋の野外美術館となった公園は中々に壮観だ。
生徒もモノホーンやマリカについて講演内を回る。
花月、ソフィア、地領院、安瀬地、翼の作品などはどれも無難かつそれなりの上手さだった。
やはりなかなかの出来となった海流の鉛筆デッサンの側に置かれた啓音のデッサンはそれなりではあるもののいやいや感が漂う。
だが、モノホーンはこれを見ると。
「……良く、耐えた」
と一瞬だけ啓音を見て静かに次に進む。
「スクラッチ何て凄いですー♪ あ、こっちは点画ですー!」
「ふふん……どうだい?ティーチャー。漆黒に選ばれし男の体制への逆襲さ」
命図は凄まじいドヤ顔を見せるが、那由汰は相変わらず面倒そうだった。
「わー凄いですー、はくりょくがあふれてれていますー♪」
静寂はマリカにそう言われて顔を綻ばせた。
「わたし頑張った、やればできる!」
伊都も、丁寧に指導を受けたせいか決して上手くは無いがそれまでの彼の作品よりは技術の向上を感じさせる絵であった。それに、伊都は苦手意識がある分むしろマシなのかもしれない。
「なぁなぁ、俺すげぇ絵ぇ上手いからちょっと見て」
そう言った透と。
「どうでしょうか?この辺りとかそっくりに描けた自信がありますの」
と言ったシャロンの作品はいずれも前衛的かつ別物だ。
「えっ? 超うまくね? え? なんでそんな笑ってんの?」
透は、思わず噴き出した翼と茜に思わず抗議していた。
そして縁に至っては食欲の秋が行き過ぎて何とモノホーンらしき眼鏡のついた焼肉が網の上で美味しそうに焼かれているものであった。
一方、圧巻なのは上手ではないが妙にリアルで筋肉の隆起一つも逃さず描写され、まるで劇画のように恐ろしく情熱と言う名の執念が篭っている征治。
特徴を捉えつつも爪や角が実際より大分(?)大きく、何故か周りにお花が描かれ、異様な凄みを醸し出すのとう。
かなりリアルだが背景に特殊効果っぽい描画があり、書かれた者が何故か異様に個性的な立ち方をしている和紗の三名だ。
おまけに、のとうと縁はモノホーンを見つめにこにこ笑う始末。
「ふむ……これは興味深い」
だが、先生も動じた様子も無く歩き続ける。流石である。
「やった! 誉められたのな!」
「褒められたんだよー!」
一方、二人は嬉しそうである。
また、グレイシアとロアは何故か美しい公園の風景画のみを飾っていた。また、和紗も課題のデッサンの隣に風景画を置いていた。
しかし、最も人目を惹いたのは、生徒たちがモノホーンをデッサンしている風景を描いた藍の作品と、何故か公園のあちこちで収支意気消沈している一部の男子たちを描いたアイリスの三枚目の作品だったという。