.


マスター:稲田和夫
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/08/30


みんなの思い出



オープニング

 雛浦 由佳は市立小学校に赴任したばかりの養護教諭だ。
 まだ20代前半ながら、女学生らしい清楚さと子供の眼から見れば十分に『大人』を思わせる雰囲気、そして何よりも生徒たちの心と体の健康に真摯に向き合うその態度で子供たちからの人気は絶大だった。
 由佳も、子供たちに慕われることが嬉しく毎日保健室に来るのが楽しかった。

 それが、何故こんなことになってしまったのか。

 保健室は今や赤黒い粘ついた邪悪な光に覆われ床には『何であったのか』考える事を脳が拒否している肉片が散乱していた。

 床に座り込んで後ずさろうとする彼女をじっと見下ろす巨体。蝙蝠の羽と、異様に太い尻尾。明らかに怪物そのものである相貌。額には恐ろしげな角。

『これは極上の獲物だ』
 それは、好色と残忍さの入り混じった視線を床に倒れ込んだ由佳の、白衣の裾から覗く細い脚からタイがきちんと結ばれた胸元まで舐め回すように這わせていった。

「……はっ!」
 慌てて胸元を抑える由佳。その頬が恥じらいに薄く染まる。
 悪魔はニヤリと笑う。

『直ぐには殺さぬぞ。その身も心もたっぷりと堪能してからだ』

「由佳は何とか保健室の扉まで匍匐前進しようとする。
 だが、その手が散乱している肉塊の一つに埋まってしまい、悍ましさに由佳はその場で硬直する。

『薄情な教師だ。可愛い教え子を押しのけて逃げようとするとはな!』

「え……?」
 はっとなって、思わずその肉塊を見てしまう由佳。

 次の瞬間、丸い物体が彼女の前にごろりと転がって来る。

 『それ』と『目があった』瞬間、由佳の心臓が大きく脈打ち、瞳孔が見開かれた。

 ――せんせぇ

 ――せんせええええ いたいよおお

 続いて聞こえて来た、何処か遠くから呼ぶような子供たちの声を聞いて由佳は絶叫した――

……先生

「せんせー! いつまでねてるの!?」

「二組の子がサッカーしてて怪我しちゃったの!」

 突っ伏していた机から顔を上げた由佳は、自分が生徒たちに揺り起こされたのを知った。
 周囲はいつも通りの明るい保健室。机の上に積まれた書類が彼女の寝不足の原因だ。
「せんせー? 大丈夫?」
 男の子の一人が心配そうに由佳を覗き込んだ。


 グレーターモノホーン(jz0171)は何となく不穏な空気に苛まれながらも、最早残っている教師も少ないであろう夜の小学校の校門に立っていた。

「ふむ……この刻限、この空気。どうにも不穏だ」
 思い出すのは、先日久し振りに久遠ヶ原内の飲み屋で再会したある教師との会話だった。



「避難訓練を何だと思っている!」

 ビールのジョッキをどん、と置いたのは久遠ヶ原から他の小学校に赴任した中年の男性教員だ。

「東北で何が起きたかは知っているだろうに、教員にも居眠りして不参加の者まで……!」

 一週間前、教員が赴任した市立小学校で避難訓練が行われた。東北での大規模な襲撃の記憶も生々しい昨今、各地の学校で最もメジャーな状況は『天魔の襲撃』だ。

 この教員の学校でも例に漏れずその想定の下で訓練が実施されたのだが……生徒や一般の教員の反応や意識は久遠ヶ原という最前線にいたその教員からすればお話にもならないものであったらしい。

 一部の生徒に至っては

 ――せんせー! それで本物の天魔ってどんななの? カッコイイの? 見せて見せて!
 などと騒いだらしい。

「上手く伝えるのも我々の役目だろう。その養護教諭も運動部の健康管理など厄介な仕事を抱えて頑張っていたと君自身が話していたではないか」

 いつものことながら、自身は40度台の酒をストレートでビール並みに飲みながら全く酔わずむしろ落ち着いて宥めるモノホーン。
 しかし、相手は。

「それとこれとは話が別だ!」

「それで、君はどうしたいというのだ?」

 そう聞いてから、モノホーンは何故か発言を取り消したいという感覚を覚えた。
 だが、相手はここぞとばかりに頷くと、真剣な目つきでモノホーンを見つめて言い放った。
「だから、君に頼みたい事があるのだ!」



 その用件について相談するために学校を訪れてみれば、肝心の教員は急用が入り合うのは遅くなるというメールがモノホーンの携帯に入る始末。
 モノホーンは溜息をつくと校舎に向かって歩き出した。
 
 人通りが少ないとはいえ、この格好で無闇に久遠ヶ原以外を歩くのが大問題である事は重々承知(かといっていわゆる『人間の姿』はもっと凶悪なので変身を解く意味も無いのだ)しているモノホーン。
 学校は既に教職員も全員帰っていると聞いていたので、どこか人目につかない場所でのんびり待つ算段だったのだが――

「……なるほど。君の心配は無駄では無かったな」

 狂暴な貌を二割増し怖くしたモノホーンは即座に阻霊符を発動。対象はこの学校全体である。

「数は……一体か」
 それはディアボロだった。闇にまぎれるようにして飛来したそれが物質透過で校舎に侵入する瞬間をモノホーンは見逃さなかった。
 だが、すかさず携帯で久遠ヶ原に連絡をとろうとした瞬間、モノホーンの手が止まった。

「灯り……!? まだ人間が残っていたのか!?」

 たった一つだけ灯りの点いた窓。そこは保健室だった。


「いや! それ以上近づかないで下さい!」

「せんせえ! 怖いよぉ!」

 緊急事態とは言え、目の前の自分が引き起こした事態を目の当たりにしてモノホーンは後悔を感じた。

 こうなっては致し方が無いと、校舎に飛び込んだ彼は保健室に直行。
 ディアボロより先に保健室へ辿り着き、礼儀正しくノックまでして入ったのだが、中にいた由佳と、彼女に遅くまで悩みを相談していた男子生徒の反応は見ての通りであった。

 ――勿論、モノホーンが由佳の見た悪夢の内容など知る術も無い。

「胸中は痛いほど察しよう。だが、今は緊急事態だ。この通り証明書もある。今は私を信じていただきたい」

「だ、騙されません! ……いや、来ないで!」 
 目に涙を浮かべながら、必死で由佳が叫んだ時――今度は保健室の窓が割れ――王子さまが現れた。

 由佳はその美貌の割には浮いた話が皆無だった。勉強熱心で、生徒第一の彼女にとっては仕方の無い事、とはいえ彼女も全く異性に興味が無い訳では無く、時折理想の男性を想像した事くらいはあったのだが――。
 今、彼女と生徒の一人を助けに現れた撃退士の青年は正に彼女の漠然とした理想通りの人物だった。

 見え見えの嘘で自分を騙そうとする悪魔の爪を受けて、浅くは無い傷を受けながらも、剣を構え一歩も引かない覚悟で二人を守るように悪魔と対峙。
 そして、二人に向かって早く逃げろと叫ぶ。

 何とか悪魔の脇をすり抜け、保健室の扉から校舎の中に逃げ込んだ彼女の背に、必ず迎えに行くから、という優しい声が聞こえた。

「せんせい……?」
 そんな由佳に手を引かれる男子生徒は不思議そうに由佳を見上げた。
 彼には、悪魔が、もう一体の悪魔と殴り合っている光景しか見えなかったのだから。



「すまない。結局君たちに任せるしか無いようだ」
 到着した君たちに、傷だらけのモノホーンは謝った。
 
 はぐれとなった彼はかつての力を大きく減じている。
 まして、狭い室内で二人の民間人に配慮しなければならない状態では仕方が無かったのかもしれない。
「敵の分析できた限りの特徴はこのメモにある通りだ。女性が逃げ出した後、即座に逃げた事から人間を確保することが目的だろう……くれぐれも、慎重に頼む」


リプレイ本文

「せんせー、ボク怖いの! 早く逃げよーよ!」
 夜の闇の中、ガランとした空間が広がる体育館。
涙目の子犬のような上目遣いで、白野 小梅(jb4012)は由佳にひしっと抱きついた。これなら、子供好きならずとも誰だって守ってあげたくなること必定だ。

「大丈夫! 必ず先生が守ってあげるわ!」
 由佳は、インクブスの魔力で多少おかしくなっているせいもあるだろうが、一片すら疑うことなく白野を信用したようだ。

「うん……じゃあ、先生。早くボクと一緒に学校の外に逃げよっ!」
 ニッコリと笑う小梅。
 いかにも小さな子供がするように小梅は先生の手をいじらしく引っ張る――無論天使である彼女が本気で引いたらどうなるかは明らかなので十分に手加減してからであるが。

「え……そ、それは駄目よ! あの方を見捨てて行くなんて……!」
 しかし、ここで由佳が明らかに難色を示す。言うまでもなく例のインクブス=王子様の魔力が未だに影響しているのだ。

 恐らく、撃退士たちは聞こえぬように舌打ちしたかもしれない。しかし、今度は 江戸川 騎士(jb5439)の出番。彼は由佳ではなく彼女の側で震えている男の子の方に語りかけた。

「お前、偉いな。非常時に冷静な目を持つのは、とってもいい事だ」
 モノホーンと同じ眷属とはいえ、見た目的には断然イケメンというか女性的な騎士にこういわれては子供も悪い気はしない。
 もともと彼はインクブスの術中に嵌っていないこともあり、小梅と一緒になって説得する。

「冷静になれ。あんたがこの場に残っていたら足手纏いになって却って危険だろうが」
 まさしく、悪魔の囁き! ……あれ? の割には正しくね?

 とにかく、由佳はまだ後ろ髪引かれる様子を見せながらも、徐々に折れそうな雰囲気。

(緊張感が無さ過ぎる……)
 唯一、撃退士で不機嫌そうに眉根を寄せているのは天宮 佳槻(jb1989)。彼の感覚では由佳の今回の行動は事情を考量しても受け入れがたいものだったのかもしれない。

 ともあれ、やがてあっさりと折れた由佳は三人に付き添われて体育館の外へ。

 その瞬間――校舎の上階の窓ガラスが音を立てて砕け散った。釣られて五人はそちらの方に顔を向ける。
 その瞬間、由佳の目が大きく見開かれた。
 彼女は『見た』のだ。
 いとしい王子様が空中で残虐な天魔の群れに追い回されているのを――!



「逃がさない……」
 リアナ・アランサバル(jb5555)のアサルトライフルから降り注ぐアウルの弾丸は容赦無く飛び回るインクブスの逃げ場を奪っていった。

「こちらにも逃げ場などなくてよ?」
 黒い影のようなリアナとは対照的に白い翼で優雅に空を舞うロジー・ビィ(jb6232)の放つ矢をも辛うじて回避するインクブス。
しかし、そこに今度は校舎の窓から長幡 陽悠(jb1350)の紅鏡霊符から放たれた炎の刃が襲い掛かった。

 インクブスはこれも辛うじて避けたものの。そのまま地面に激突してしまう。

「被害を少なくするため、体育館まで追い込みたかったのですが。まあ校庭に追い詰めただけでも上出来でしょうか」

 飛行能力が無いために少し後れて校舎の中から姿を現した炎武 瑠美(jb4684)はゆっくりと手をかざす。
 その彼女の全身から放たれたアウルの淡い輝きに照らされ、インクブスの姿が明らかになった。
Erie Schwagerin(ja9642) は、その敵の姿に軽く口笛を吹く。
「誘惑されたからって、アレを見間違えるなんてねぇ……なんかつくづく気の進まない依頼だわぁ……」

 そう言いつつ、彼女は武器を構える。

 その彼女の前でインクブスが顔を地面から引き離す。

 雛浦とインクブスの視線が交わったのはこの時だった。
 途端に目の焦点を失う由佳。

「まずいぞ……」
 長幡が呟く。
 次の瞬間、インクブスは跳ね起きると由佳たちの方へと滑空。由佳の側に居た三人は咄嗟に武器を構えた。上空に居たリアナとロジーもそれに続く――



 留美の生命探知が探り出した由佳と生徒の居場所は体育館だった。一方のインクブスは民間人二名の発見時点では、校舎の最上階を彷徨っていた。
 インクブスを発見、攻撃する班と民間人を保護する班に分かれていた撃退士たちは当初の作戦通り、まずは民間人の確保を優先。その後タイミングを見計らって敵を戦い易い体育館に誘導する作戦を採った。
 無論、両班は連絡を取り合い民間人に危険が及ばないよう心掛けていた。

 しかし、飛行能力を持つ相手に空中戦を挑めば必然的に戦場は屋外の上空へと移る。

 この時点で由佳とインクブスが接触したのは、由佳が体育館にいた事も含めて様々な要因が重なっての結果としか言いようが無かった。



「皆さん、気をつけてください!」
 異様な気配を感じたのか、ロジーが叫ぶ。
「……これが……」
 リアナも事前の警戒が功を奏して、ロジーとほぼ同時に上空へ退避する。

 このインクブスが持つ魅了ガスは、二回が限度。
 そのうち一度は既にモノホーンに使っている。
 最後の一発をこのタイミングで使用したのは、さして知能の高くないこのインクブスの本能だったのだろう。

 撒き散らされたスモッグとも、霧ともとれるアウルは極めて広範を薄桃色に覆った。
  距離が近すぎたせいか、剣を振るう暇も無かった天宮も含め、民間人二名の側に居た三名は直撃を受けた。

 リアナとロジーに加えまだ距離があった長幡、Erie、留美もそれを免れたが、煙に巻かれずに済んだ者にとっても事態は深刻だ。

「煙で視界が……! これでは!」
 ロジーの言う通り、煙の中の様子は全く解らない。

「面倒だわぁ……纏め吹き飛ばす?」
 軽口とは裏腹に、流石のErieも術式を放つ直前で手を止める。この状況で迂闊に攻撃すれば脆弱な民間人が巻き込まれる危険性が極めて高い。
 撃退士たちが手出しできないでいる内にスモッグが晴れ――三体の人影が跳躍する。
 それは、魅了にかけられた天宮、小梅、騎士の三名だった。背後ではインクブスが恍惚とした表情の由佳を手で抱いている。その近くには男の子が震えている。

「ストレイシオン! ……耐えてくれな……!」
 もはや、由佳に配慮している場合ではない。長幡はそれまで物陰に隠れさせていたストレイシオンを自身の傍らに立たせ――虚ろな目つきで飛びか掛かってくる三名の前に盾を構えて立ち塞がる。

「留美さん!」
 ストレイシオンのアウルによる支援を受けても三人からの集中攻撃はキツい。だが、長幡は耐え留美に叫ぶ。

「お任せください……必ず」
 一方、留美は一直線に由佳の方へ走る。留美は長幡同様、魅了された仲間の攻撃を受ける役に回りたい気持ちを敢えて抑えた。彼女の最優先となる行動は保護対象の確保。
 ここは、無事だったリアナやロジーらと共に由佳の方へ向かうべきだと判断したのだ。
 だが、その彼女の前に騎士が立ち塞がる。囮が長幡と彼のストレイシオンの二体にたいして、魅了された撃退士は三名。完全には抑え切れなかったようだ。
「く……」
 咄嗟に防御の構えを取る留美。だが、彼女が歯を食いしばって騎士の攻撃に備えた瞬間、飛来した炎の剣が、騎士に着弾した。

「当たっちゃったあ? でも、私自分から射線に入ってきた場合は知らないわよって言っておいたわよねぇ♪」

 紅いドレスに緑の瞳。禍々しい美しさを誇るようにクスリとErieが嗤う。

「ありがとうございます…・・・!」
 留美は今度こそ、インクブスに走り寄る。

 その姿を見送るErieは、面倒を見ずにはいられない自分の性格に溜め息を一つ。

「ほんと……気の進まない依頼だわぁ」



「ではお願いしますね、リアナさん。……私の攻撃では人質の方を巻き込んでしまいますから」

「わかった……」

 リアナとロジーは素早く言葉を交わす。続いて、まずツヴァイハンダーを構えたロジーが急降下して渾身のスマッシュを放つ。
 が――この一撃は外れ、校庭から土煙を上げるだけに終わった。

 いや。

 ロジーはわざと外したのだ。


「……動きを封じる」
 インクブスが気をとられた瞬間に、やはり急降下してきたリアナのアンブル闇の中で蒼い雷光を放つ。その電流に絡まれたインクブスが耳障りな悲鳴を上げる。

「人質は返していただきます」
 そのインクブスの腹に留美のモラクスホーンがめり込む。インクブスがよろめいた瞬間に、留美は人質をしっかりと奪い返した。

 その場から動けなくなったインクブスは悪あがきとばかり、男の子を見ようとする。
 しかし今度はインクブスの視界を黒い闇が覆った。

「無様な所見せちまったが……仮は返させてもらうぜ!」
 それは、何とか正気に戻った騎士だった。彼は敵の視界を奪っている隙に素早く男の子を確保すると安全な位置に向かう。

「一時不覚を取ったが……形勢逆転ですね」
 いや、騎士ばかりではない。インクブスの足元から澱んだオーラが立ち昇りインクブスが苦しみ始めた。
 やはり回復した天宮だ。

 もはや勝負は決したかに見えた。しかし、ここでこのインクブスの厄介な特性が効力を発揮した。
由佳が駆け出したのだ。

「やめてええ!」
 まるで目の前で想い人が傷つけられた恋人のような声を上げる由佳。いや、実際彼女の目にはそういう光景しか見えていないのだから仕方がない。

「先生!」
 留美が叫ぶ。彼女は一旦由佳を救出した後、仲間の攻撃を受け深手を受けた長幡の治療を行っており由佳を監視する余裕はなかった。

 だが、突然由佳の動きが止まる。見れば小天使の翼で飛んできた小梅がしっかりと由佳の腕を掴んでいた。
「ごめんなさい、アレはダメなの」
 少し真面目な顔をした小梅は由佳に謝った。ちなみに、小梅が束縛陣を使用しなかったのは、束縛陣には目標を傷つける効果もあるからである。

「どうして、こんな酷い事を……!」
 天使である小梅を振り解く事など出来ないが、それでも由佳は暴れ続ける。
「……!」
表情を険しくした天宮は由佳を術式で眠らせようとするが、それをErieが押し留めた。
「いいんじゃなぁい? もう『戦闘』じゃなくて『処刑』なんだし。……いい機会だから、先生にも教えてあげるわあ♪」
 そう言ったErieは艶やかな唇の端を吊り上げた。



 凄惨な、声にもならぬ悲鳴が上がった。

「ほら、もっと泣き叫びなさい劣等。魔女に楯突いたこと、後悔するのね」

 由佳はというともはや声も出せず、動くことも出来ず、目を見開いて震えている。

 インクブスはというと、真っ先に翼を破壊された上、その全身をErieの攻撃で穿たれて、それでも急所を外され死ねずにいた。
「いい様ね。じゃあ惨たらしくヤッてあげるから覚悟なさい?」
 絶叫する由佳の眼前で、Erieの生み出したアウルによるギロチンの刃がインクブスの頭部を切断した。

「……え?」
 その瞬間、泣き叫んでいた由佳が気の抜けたような声を出す。
 インクブスが息絶えた事で、その魔力が解けたのだ。
 彼女の眼前に転がってきたのは、確かに人間似てはいるが、明らかに人間ではないと解るインクブスの頭部だ。

「天魔も人間も所詮――」
 Erieは、敢えてそれ以上言わず興味を失ったように、無造作に頭部を踏み潰した。


 インクブスの撃破後、由佳と撃退士たちは保健室に集まっていた。非常灯と、街の灯りのせいか保健室の中は全くの暗闇という訳でもない。

「今回の件で天魔がどういうものか解った筈です。生徒を守るべき教師ならなおさら、緊張感を持つ事は大切な筈です」
 男の子をベッドに寝かせ、自身も疲れ果て椅子に座り込んでいる由佳に天宮が淡々とではあるが厳しさを感じさせる声色で声をかける。

「……はい」
 天宮からモノホーンがここに来た事情も含めて聞かされた由佳はしゅんとなった。

 と、そこでまた保健室の扉が開いた。
「一通り校内を調べてみたが、インクブスの事件としては驚くほど被害が少なくて済んだな。よくやってくれた。「関係各所へも連絡しておいた。試験期間中に済まなかったな。後はゆっくり休んでくれ」
 と、モノホーン。

「緊張感が欲しいならこれでどうだい?」
そのモノホーンの顔が増真下から懐中電灯に照らされる。由佳がまた盛大な悲鳴を上げた。
「この姿なら子供達を恐怖の底に叩き込むだろうぜ」
 騎士はどうやら褒め言葉のつもりらしい。

「せんせー来たよー! 小梅、頑張ったよぉ!」
 一方、小梅は別に気にした様子も見せずモノホーンに走り寄っていってピタッと抱きついた。
 モノホーン、小等部の担任だけあってこういう生徒にも慣れているのか、デカい手で優しく小梅の頭を撫でていたが、ふっと表情を和ませて(モノホーンの表情を見ていた者の内何人がそう認識出来たかは不明だが)野太いバリトンでこう言った。

「そうか……天使であっても戦の場数が豊富だとは限らぬ。恐怖に耐えて、良く己の本分を果たした」
 モノホーンは、抱きついてきた小梅が、初めての普通のインクブスとの戦闘の余韻で未だに震えていることに気づいたのだ。

「……! せんせー!」
 はっとなって、モノホーンを見上げる小梅。数秒後、小梅は眼に微かに浮かんでいた涙を拭ってにっこり笑った。

「……うん!」

「よかったわね、白野さん」
 留美も友人の様子に優しく微笑む。

 由佳の表情の変化から彼女のモノホーンに対する見方が変わったことを感じた長幡は口を開く。
「怖い目にあって大変でしたけれど、真っ先に助けてくれたのはこの角先生なんです 。謝れとまで俺には言う権利ないけれど、見た目で判断しないで欲しいな……同じ、先生なら」

 静かに頷く由佳

「まあ、今回の事はあなたの責任というわけではありませんわ」
 ロジーは優しく由佳を労う。

「でも、天魔といってもその姿は様々なのは解っていただけて? ……そう、私たちのように、ですわ」
ここで、ロジーはあえて自らの翼を顕現させる。小梅と騎士もそれに習った。

息を呑む由佳。
「だから、普段から備えておくのも大切でしてよ?」
 ロジーの言葉を受けて騎士がモノホーンと由佳に言う。
「解決したら避難訓練のやり直しか、肝試し大会でもしたら? ガキが天魔見たいなら協力するし」

「……」
 
 リアナはその様子を無表情に眺めていた。
  
 ――私も協力した方が良いのかな?

 何の感情も無く、考える。そうすることで何か新しい発見があるかもしれないと感じたから。

 やがて、救急車などの到着する物音が聞こえた――。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 約定の獣は力無き者の盾・長幡 陽悠(jb1350)
 惨劇阻みし破魔の鋭刃・炎武 瑠美(jb4684)
 空舞う影・リアナ・アランサバル(jb5555)
重体: −
面白かった!:5人

災禍祓う紅蓮の魔女・
Erie Schwagerin(ja9642)

大学部2年1組 女 ダアト
約定の獣は力無き者の盾・
長幡 陽悠(jb1350)

大学部3年194組 男 バハムートテイマー
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
惨劇阻みし破魔の鋭刃・
炎武 瑠美(jb4684)

大学部5年41組 女 アストラルヴァンガード
RockなツンデレDevil・
江戸川 騎士(jb5439)

大学部5年2組 男 ナイトウォーカー
空舞う影・
リアナ・アランサバル(jb5555)

大学部3年276組 女 鬼道忍軍
撃退士・
ロジー・ビィ(jb6232)

大学部8年6組 女 ルインズブレイド