雨はその強さを増し、瓦礫の間には所々水溜りが出来ていた。
その水溜りが蹴立て、飛沫と共に灰色の霧の中から突進して来たのは三体のBWだった。
「下がって――纏めて相手をするわ」
そう呟いて前に出た暮居 凪(
ja0503)はぐっと、ディバインランスを握りしめる。
直後、目に留まらぬ速さで繰り出された刺突が三体のBWの体躯を穿ち、鮮血が飛ぶ。だが、凪もまた魔力による斬撃を受け、よろめく。
既に凪はシールドを活性化させていたが、三連続攻撃を完全に防御し切れなかったのだ。
それでも凪はランスをアスファルトに突き立て、体を支える。
その表情が険しいのは、自身の痛みよりも倒れたら年少の子供たちが危機に晒されるという焦燥。
そして――敵の集結を許してしまった事への口惜しさか。
「……まだ、来るのね」
刺突を受けた三体に代り、新たなBWが大剣を構え凪へと向かう。
「やらせん……!」
普段着用している眼鏡を外し、阿修羅の如き形相と化した獅童 絃也 (
ja0694)が凪とBWの間に飛び込んだ。
弦也の足が踏みしめていたアスファルトが陥没した瞬間、BWは弦也の肩をブチ当てられ、跳ね飛ばされた。
「むっ……」
しかし、呻き声を上げたのは弦也だった。死角から忍び寄って来たBWがその魔力の刃を男に突き立てたのだ。
「獅童さん……! くそぉっ!」
後列に位置していた矢野 古代(
jb1679)の拳銃が火を噴き、アウルの弾丸がBWに撃ち込まれる。
「皆後退するんだ! 俺と箕星君で治療を――!」
叫ぶ古代。彼はすでに気配を消すのを止めていた。また、後列とはいっても彼が居るのは凪と弦也に箕星景真(jz0003)、そして向坂 玲治(
ja6214)で構成した即席の円陣の内周に過ぎなかった。
後退と言うのは円陣を狭め、彼とアストラルヴァンガードである景真でせめても応急手当てをしようと言う事。
しかし、敵はそれを黙って見逃してはくれない。円陣の隙間を縫うようにしてまた一体のBWが大剣を構えて突進して来た。
「待てよ……! 俺といっちょ遊んでくれねぇか!?」
そのBWに玲治が挑発する様に大剣を向ける。同時に、アウルを身に纏いディアボロの注意を引き付けようと試みる。
その挑発に乗ったのだろうか。BWが立ち止まる。
いや、CLによって指揮されているBWはそう簡単には勝手な行動を取らない。立ち止まったBWはゆっくりと彼らの将の方に顔を向けた。
倒壊した建物の瓦礫の上からここまでの戦闘を悠然と眺めていたCLはくいっと人間で言えば顎をしゃくるような動作を見せる。
途端、BWは剣を構える玲治へと突進していった。
「へっ……!」
玲治は不敵に笑うとエスクードを構え、クレイモアを振り被った。
大剣同士の打ち合いは、深く斬られたBWが後退することで終わった。
「ざまあないな……!」
不敵に笑う玲治。だが、彼の全身にも無数の傷が刻まれている。今の打ち合いによる者だけではない。ここまでの攻防で彼も決して少なく無いダメージを受けていたのだ。
「しっかりしろ、向坂さん!」
「痛ぇ!?」
その向坂をいきなり古代が鉄拳制裁!?
仲間割れですか?
いいえ。応急手当です。
「皆さん、これが僕の最後の魔力です……」
一方、箕星は沈痛な面持ちで回復の術式を味方に行った。
「俺だって、もう限界さ」
古代が言う。
「だが、敵にも相応の被害を与えた事は間違いない。まだ俺達は――」
戦える、と古代は言いたかったのだろう。
だが、その言葉はCLが傷ついたBWを自身の周囲に下がらせ、まだ無傷のBWを前面に立たせたのを見たことによって途中で途切れた。
CLがその指揮杖をかざすと、禍々しい真紅に染まった魔界のアウルがBWに降り注ぎその傷を癒していく。
いや、そればかりか灰色に霞んだ瓦礫の向こうにまたもや蛸の頭部を持った人影が揺らめき、新たに数体のBWが戦列に加わった。
この光景を見て凪がぽつりと呟く。
「私たちは……敵の能力の見極めが足りなかったのかもしれないわね……」
撃退士たちの作戦は、二名が救助に向かい景真を含めた5名が陽動を兼ねてCLに攻撃する、というものだった。
この作戦はCLに辿り着くまでは、BWに邪魔されることも無く上手くいった。
問題は、CLが僅か五人で、しかも正面から戦いを挑んだのでは容易に倒し切れる相手では無かったことだ。
緒戦でその剣技をもって5人の猛攻に耐えたCLは、即座に散開しているBWたちを集結させた。
この時点では獲物である民間人の位置を特定しておらず、また撃退士による陽動などの対策も受けていなかった。BWは、CLに近い者から迅速に集結。
数の優位と、統制された力。更に回復の支援まで受けて撃退士たちに嵐の如く攻め寄せていたのである。
そして、BWは未だ集結を終えておらず、その戦力は更に膨れ上がるだろう。このままではこの作戦の趨勢は明らかであった。
「皆、良く聞いて。このままではこの作戦は間違い無く……成功するわ」
「……え?」
凪の言葉に思わず耳を疑ったのは景真一人。
他の三名は我が意をえたりとばかりに頷き合う。
「……先程、救出班から連絡があった。無事民間人を確保して救出部隊の方へ向かっているそうだ」
弦也が体勢を立て直しながら淡々と報告する。
BWがこの場所に集まっているという事は、当然民間人たちの方はノーマークになっているということである。既に救出という成果は手に入ったも同然であった。
問題は、その対価だ。
「このまま退くというのも癪だ。逃がしてくれるとも思えん」
弦やそう言うと呼吸を整え敵の群の背後に構えるCLを睨みつけながらアウルを練り上げる。
「敵陣ど真ん中からの脱出か……まぁ、もう救出は成功したも同然なんだ。何とかするしかねえな」
玲治も苦笑しつつ武器を構え直した。
「決まりね。退くにはこの身を賭すしかないというのなら……やるしかないわ」
凪のその言葉を合図に、撃退士たちは一丸となって敵陣へ突進する。
狙うは只一つ、CLのみだ。
「そんじゃま、精々派手に暴れてやるぜ!」
最初に敵陣へ飛び込んだのは玲治だった。彼は最後の防御陣で紅い豪雨の如く襲うBWの斬撃を受けつつ、果敢に大剣を振るう。
タウントは使い果たしていたが、この距離で暴れれば敵も否応なしに自分に戦力を回すしかないだろうという判断だ。
乱戦の中、瞬く間に切り刻まれる玲治。
「……美人ならともかく、タコに群がられても……まったく嬉しくないな」
そんな減らず口を叩きつつ、ゆっくりと水溜りに倒れ伏す玲治。
だが、玲治の重傷と引き換えにCLへ続く僅かな道が出来かけた事を凪は見逃さなかった。
「行って!」
凪は叫ぶと渾身の力でランスを押し出した。CLを守っていたBWが大きく弾き飛ばされる。
直後、凪は複数のBWに攻撃され倒れるが、弦也が遂にCLとの間合いを詰めた。
しかし、CLの剣技はかなりのもので容易には弦也に打ち込む隙を与えない。
焦燥を感じる弦也。
「獅童さん! 頼んだぞ……!」
その時、古代が叫んだ。
古代はBWの斬撃で背中を深く斬られながらも最後の気力でアウルの弾丸を放った。
「俺は弱い……でも意思を貫けるだけの強さはある……そうだ、救うぞ! 一人残らず!」
その弾丸がCLの鎧に命中すると、鎧は白い煙を噴き上げながら腐食された。
「好機……! その鎧ごと打ち砕く!」
強く大地を踏みしめる事で放たれた弦也の渾身の拳がCLの鎧に直撃した。
撃退士たちは固唾を飲んでじっと弦也とCLを見つめる。
一瞬の後、鈍い音を立ててCLの鎧が砕けた――がそれだけだった。
砕けた鎧の下は、無傷。
一方、弦也は胸に走った赤い傷口から鮮血を迸らせ倒れ伏した。
冷たい水溜りに倒れ伏したままこ光景を眺めていた凪は、ふと可愛がっている猫の事を思い出していた。
――もう あの子に会えないのは、嫌、ね……
水しぶきを立てながら止めを刺そうと迫るディアボロの群を見ながら凪がゆっくりと目を閉じようとした時――空中から二つの影が戦場に飛び込んで来た。
●
「陽悠殿はそちらの三人を頼む! ここは時間を稼ぐ!」
「でも!」
「案ずるな! 俺とて無茶をする気は無い!」
それは、正に間一髪の所で闇の翼により飛翔して来たリンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)と召喚獣スレイプニルに乗る長幡 陽悠(
jb1350)であった。
まず長幡が玲治、景真を脇に抱え、更に古代を後ろから支えてスレイプニルに乗せる。
召喚獣に騎乗できるのはその召喚者たる者のみ。
それ以外の物を運ぼうとするとこうやって直接バハムートテイマーが抱えるしかないのだ。
その間リンドは飛んだまま全力でCLに斬りつけた。
だが、渾身の斬撃はCLの指揮杖によっていなされてしまう。
「手強い……! だが、…依頼を受けた以上は完遂せねばな! 人間ごとき守れずにいては名が廃る……誰一人として欠けさせぬぞ!」
そう叫んでリンドはなおも斬りつけようと――はせず、凪と弦也を抱えると素早く空中で方向転換。
一気に敵との距離を離して、トラックの方向へと飛び去った。
●
二台のトラックはひたすらに山道を走る。
振り向けば、ついさっき後にしたサービスエリアにデビルキャリアーの巨大な影が蠢いているのが見えた。
「へ……今日は……この辺で勘弁してやるぜ」
玲治は敵の方に向かて指を立ててみせた……が、それで体力の限界が来たのかぐったりとなって寝息を立て始めた。
「嫌な――いいえ、良い天気だった、のかもしれないわね」
未だ雨が降り続ける灰色の空を見上げながら、二台に横になっている凪が呟いた。
結局のところ、民間人の脱出が成功したのはこの天気のおかげかもしれない。
傍らで包帯だらけの古代も頷く。
「熱田神宮は……全然場所が違うが何か唐突に参拝したくなったよ」
「それにしても……」
凪は自分の身を包む、ごく普通の雨合羽を見て微笑した。
「助かったわ。雨に体温を奪われないですむわね」
よく見れば凪以外の撃退士たちも、救出された民間人も皆雨合羽を着込んでいる。
「役に立って、良かったです」
長幡は少し照れくさそうに鼻を擦った。
依頼を受け、現地の天候を聞いた長幡が転送前に学園内の100円ショップで買い求めた品だ。
その有用性は大きかった。これのおかげで疲労した民間人が雨中の、それも山の中をかなりスムーズに動けたのだ。
迅速に民間人がトラックまで辿り着いた事で、リンドと長幡にも仲間を助けに行く余裕が生まれたのだ。
――聞け人間、これから俺達と共に下山をする。決して先を急ぐな。先走る者は守る保証はしない
勿論、小屋に到着早々このように敢えて厳しい態度に出て民間人の行動の迅速化を図ったリンドの貢献も大きかった。
一方、樹生は大怪我をして横たわる先輩たちの手当てをしながら無力感に苛まれていた。
(僕が何か出来ていれば……せんせい……)
例えばリンドたちの到着後、自分が囮となってサービスエリア周辺を動き回るなどして少しでもBWを惹きつける事が出来ていれば、ここまで被害は大きくならなかったかもしれない。
「あまり……難しく考えるな」
そんな樹生に男のバハムートテイマーが言う。
「無事で良かった……今はそれだけで十分だよ……その為に来たんだから」
ふと、樹生が目を上げるとそこに優しい表情をした長幡が立っていた。
「ながはた、さん……うん、ありがとう……僕……」
「よく頑張ったね、皇君。貴方もお疲れ様です」
樹生とバハムートテイマーに言う長幡。二人は微笑み返し――緊張の糸が切れたのかやがてすやすやと寝始めた。
「おい……大丈夫なのか? ここはまだ冥魔の……」
撃退士たちの被害が大きい事に、民間人の一人が不安そうな声を上げる。
「大丈夫です、この召喚獣や俺達が貴方達を護ります」
長幡はそう言って自分と、リンド。そしてストレイシオンを指し示す。
「皆さん……本当にお疲れ様でした」
数時間後、トラックは無事人類側の拠点に到着した。