「まるで狂人ですね……」
主たるヴァニタスの意を受けたかのように、激しく咆哮するデュアルを見て雫(
ja1894)は呆れたように呟いた。
『こんなにサンバラト様を敬愛している僕は狂っていないッ! 正常だッ! やれぇ!』
雫に反応した主人の命令でデュアルはその逞しい腕を振るった。
「貴方は、サンバラトさんを想って行動しているつもりで自分の考えを押し付けているだけです」
正面から大剣でそれを受ける雫。彼女の全身に振動が伝わる。
「変態さんだねぇ、気持ちは分からなくもないけど……」
来崎 麻夜(
jb0905)はふぅ、と溜息。
「相手の言い分も意思も確認せずに実力行使は嫌われちゃうよー?」
『僕とサンバラト様の間に……男同士の間に聞いた風な口を利くなー!』
「……こっちに、来るな……!」
今度は麻夜の方に向かおうとするデュアル。だが、その足元の影から突如漆黒の鎖が蛇の様にうねりながら現れ、ディアボロの手足に絡みついた。
「ま……言って理解してくれるとは思わなかったけど。……じゃあ九十九(
ja1149)さん、お願いね?」
そう言ってまた溜息をつく麻夜の、服から覗く肩口には黒い鎖のような痣が浮かんでいた。
「ん……まぁややこしい事になってるけど、お仕事の内容に変わりは無いって事だろうねぃ」
デュアルに鎖が巻き付いたのを確認した九十九はそう言いながら頭を掻きつつ、矢を番える。
――纏うは大地を殺す腐毒。その矢を構成するアウルが鉄さび思わせる禍々しい色へと変質していく。
「荒ぶる九頭の大蛇に、食らい尽くされるがいいさねぇ」
矢が命中すると同時に、アウルが多頭の蛇のようにうねりながらデュアルの身体を覆った。恐らくアウルによる腐食に伴うであろう肉の焦げるような音に包まれデュアルは激しく暴れ回った。
だが、直後にデュアルを拘束していた漆黒の鎖が砕け散り、周囲に飛び散り、霧散していく。デュアルの高い抵抗の前では九十九の一撃を当てる為の隙を作るのが精一杯だったようだ。
かくして、デュアルは遠距離から自分を攻撃した九十九の方に駆け出した。
「簡単に激情してくれるのは都合が良いけど……これはこれで厄介だよねぇ」
麻夜は一旦後退しながらクスクスと笑った。
●
「我が友よひさしぶりじゃ〜。相変わらずふこおじゃの〜」
「ハッド……先輩? 来て、くれたの……?」
ハッド(
jb3000)はデュアルが余所見をしている間に素早くサンバラトの方へと近付く。
「あいかわらず愛いヤツよの〜。王たる者友の危機なればたすけるしかあるまいて〜」
その時、またデュアルから声が響いた。
『お前ェッ! サンバラト様に何をしているっ!?』
「お前がサンバラトんに与えた傷をやさし〜く癒すに決まっておろう!」
そう言ってサンバラトの傷口に、アウルを集めるハッド。
『……! お前はッ! サンバラト様のお召し物を奪った不届き者! 許さない……今度こそ許さないぞ!』
「あっさりひっかかったの〜♪ サンバラトん、取り合えず傷が癒えたのなら戦闘開始じゃ〜」
猛然と突進して来るデュアルに対して、ハッドは闇の翼で急上昇した。
「お前ぇ! サンバラト様を何処にやったぁ!」
ハッドのダークフィリアでサンバラトを見失った事に激怒するデュアル。そのデュアルに空中からハッドの放った雷剣が飛翔する。
「いっぱいくわされたの〜。そうじゃサンバラトんパパもグンマーにきておるのか〜?」
『お前などにお館様の事を教えるか』
デュアルも上空のハッドに向けて毒液の飛沫を水鉄砲のように飛ばすのであった。
●
「はっはっは、いい具合に病んでるな」
ハルヒロが麻夜の忠告に逆ギレし、ハッドの挑発に激昂するのを眺めながらエルザ・キルステン(
jb3790)は乾いた声で笑った。
「確かあいつの心は弄られていないとか言っていたが……いや、心はそのままでも精神は弄られているようにしか思えんのだが……ヴァニタスになって精神のタガが外れたか。業の深いことだな。……まあおかげでこちらの目的は果たせそうだが」
「……だから心配なのよ」
とシルファヴィーネ(
jb3747)が小さな声で呟いた。
(何であいつはいつも……!)
やがて二人は難なく黒い球体の前に到着した。デュアルは球体の事などとうに蚊帳の外らしく、全く二人の方を見ない。
エルザとシルヴィは顔を見合わせる。
数秒後、半球はシルヴィの攻撃を、損傷した場所に受けた。ディアボロの全身にひびが入る。しかし、まだ壊れる様子は無い。
「さっさと壊れなさいよ! 私はね、怪我したアイツが――」
シルヴィが更に止めを刺そうとした瞬間――。
「……私は特に思い入れがあるわけではありませんが」
球体に、エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)の放った炎の剣が突き刺さった。続いて紅の鋼糸が半球に巻き付く。
「いい加減に壊れてくれ」
そして、糸に締め上げられた半球は粉々に砕け散った――。
●
「ほれほれ〜どうしたのじゃハルヒロ〜、そんなんではサンバラトんを連れ帰るなど無理じゃな〜m9(^Д^)」
デュアルはハッドによる空中からの爆撃を受け、咆哮した。
遠距離攻撃の手段が無い訳でもないが、九十九の援護射撃の元前線で足止めする雫と長幡。更に隙を見て攻撃する麻夜の相手もしているため、結果として攻撃に精彩を欠いていた。
それでも、九十九の攻撃で表皮の強度を弱体化させられている事を考えれば、恐るべきタフさではあるが。
『何で邪魔するんだよお! お前たちがサンバラト様を誑かして……!』
ヴァニタスのもどかしげな叫び。だがそれを聞いた長幡は思わず苦笑した。
「何訳のわからない事を言ってるんだろ」
『なんだと!』
「……サンバラト君は俺達の仲間なんだから、連れてなんて行かせない」
太刀を構えながら力強く長幡は言った。
『ナカマ……!? 汚らわしい汚らわしい! サンバラト様は僕の……ッ!』
「彼は学園の大事な仲間だ。俺は彼が自分の意思でここに居ると信じている。だから彼は君の所に行かない」
「嘘だッ! サンバラト様のお優しさに付け込んでェエエ!」
長幡に襲いかかるデュアル、だがそのボディに今度は光の鎖が絡みついた。
「本当に、興味は無いのですが……不愉快なのは確かですね。何だか今回は楽しめません。早く帰って温かいミルクを飲んで寝たいです……」
半球を破壊した後、背後からアウルの鎖で敵を拘束したエリーゼはそう溜息をついた。
「……存在ごと、無に帰れ」
その絶好の機会に麻夜が自身の手を毒々しい黒いアウルで染める。その中から出現した赤い拳銃が漆黒のアウルを放った。
だが、デュアルは着弾寸前に鎖を砕き、眼前に迫った黒い弾丸を、前足を交差させてガードした。直後、大剣を構えて雫が飛び出す。同時に少しでも隙を作ろうと雫は再び語りかけた。
「…では、何故サンバラトさんが、なぜ身を挺して人間を助けたか考えましたか?」
『人間を……? 違う! サンバラト様が本当に大切に思って下さっているのはお前ら有象無象じゃあないッ! この僕だけだ!』
雫の繰り出した一撃は、敵の防御を貫通し内部から破壊する一撃。しかし、デュアルはその攻撃に対して鋭い手刀でカウンター。
緑色の前足が一閃したかと思うと、雫の衣服の一部が宙に舞い、雫自身は激しく地面に叩きつけられ、うつ伏せに倒れた。
それでも、雫は何とか身を起こす。彼女自身の秀でた防御力ゆえまだ致命傷では無い。
『何だよその傷……? 今の攻撃によるものじゃない……?』
ハルヒロの不思議そうな声が響く。
途端、デュアルに背を向けたままの雫がびくんと身を震わせた。
「な……え……あ……!?」
デュアルに向き直ったは良いが、頭を抱える雫。歯がカチカチと鳴り目の焦点は定かではない。
どうやら背中の傷を見られたせいのようだ。戦闘中はずっと集中していたのだが、今の一撃を受けた際一時的に集中力が切れたのだろうか。
『あはははははっ! 何か知らないけれど僕とサンバラト様の仲を邪魔しようとした報いだ! 殺してやる……え? サ、サンバラト様!?』
雫を庇うようにして目の前に現れたサンバラトに、デュアルが素っ頓狂な声を上げた。
『もう……止めて……ハルヒロっ! 僕の知っているハルヒロはこんな酷い事をするような人じゃなかった……!』
サンバラトは何時も戦闘時に着ている自身の上着を脱ぐと、そっと雫の背中にかけてやった。
『――!?!!!?!!!!』
もはや、言葉にならない叫びがデュアルを通して響く。
ハルヒロの癇癪に同調したかのようにデュアルがサンバラトを殴り飛ばした。
その瞬間、昼なお暗い木立の間から二つの黒い影が跳躍した。
●
そう呟きつつカーマインを構えたエルザ。そしてシルファヴィーネがデュアルに飛びかかった。二人は気配を消してこの機会を待っていたのである。
『うわあああああああ!』
だが、この時ハルヒロの叫びと共にデュアルが全身から赤い霧を吹き出した。それは密集する木々をものともせず凄まじい勢いで周囲を覆っていく。
全身から噴出したために動きを見切るのは間に合わない。
また、毒は皮膚に付着するだけで効果を発揮するために、口で吸いこまなければ良いというものではなかった。
このため、至近距離にいたシルヴィとエルザが毒を受けた。二人は思わず膝をついた――かに見えた。
「いい加減、死に損ないには退場願おう」
だが、エルザは至近距離で強烈な毒を浴びた筈なのに、その場で大きく飛び上がると着地前に紅い鋼糸をデュアルの頭部に絡みつかせる。そして着地する勢いでデュアルの頭部に鋼糸を深く食い込ませた。
頭部に攻撃を受けたデュアルがよろめく。
『なんで毒を受けたのに動けるんだよ!』
「敵が毒を用いると解っているのなら、無策でいる方が愚かですよ?」
くすり、と無邪気にエリーゼが笑う。
彼女は前もって行動を共にしていた二人に、毒への抵抗力を高めるアウルの保護を付与していたのだ。
『くそっ……何時の間にかあのディアボロまで破壊されている……こうなったら、サンバラト様だけでもっ!』
朦朧としつつも、すぐ側に倒れているサンバラトに手を伸ばすデュアル。だが、毒への抵抗力をエリーゼに付与して貰ったのはエルザだけではなかった。
「ふざけないでよ……ッ!」
そのデュアルの太い腕をシルヴィが渾身の力で振るったハルバードが叩き斬った。すかさずバックステップで距離を取るシルヴィ。
『くそぉおおおお! 栄光ある冥魔に反旗を翻した裏切り者共があ!』
「冥魔? 勘違いするな私たちは『吸血種』だ」
エルザがやや不機嫌に呟いた。
デュアルはシルヴィに追い縋ろうとするが、ハッドの空中からの攻撃がそれを足止めした。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。
王である! ゆえにそなたの企みなどお見通しじゃ〜(>ω<)」
「ん……まさか自分が止めを刺す事になるとは……驚いたさぁね」
再び、九十九がアウルを矢の形に変化させる。今度は先刻とは違い、光のようなアウルが収束していく。
本能的に危険を感じたデュアルが残った方の腕で頭部を守ろうとするが、その腕に鎖鎌が巻きつきこれを切断した。
「厄介なのは、毒と……その腕だね」
と麻夜は鎖鎌を回収する。同時に九十九がアウルを解き放った。
「蒼天の下、天帝の威を示す一撃さぁね! 蒼天風 降来威天雷帝(ツァンティェンフォンシィァンライウェィティェンレイディ)」
放たれた蒼き雷光の如き光の矢はデュアルの頭部に着弾。その頭部を文字通り吹き飛ばした。ゆっくりと倒れ込むデュアル。
だが。
『よくも……よくも……! こうなったら!』
頭部を破壊されたデュアルの頸部が痙攣。そこから大量の赤い体液が圧縮されて噴出して九十九を狙う。
「……これは、不味いかねぇ」
天界寄りのアウルを集中させたことで、九十九は冥魔の攻撃に対して無防備になっている。直撃すれば最低でも重体は間違いないだろう。
「長……幡、さん!」
ようやく起き上がったサンバラトが九十九を庇おうとする。しかし、そのサンバラトの前に長幡が立ち上がった。
「大丈夫。誰かを身体を張って護った君のため、俺も、召喚獣も身体を張って仲間も、サンバラト君も彼が護ろうとする者も絶対に護る……だから、ストレイシオンはよろしくな。全力で守ってくれ」
青い鱗の竜が九十九とデュアルグリーンの間に割って入った――。
●
「何だか、今日は美味しいミルクがのめそうですね」
エリーゼは上機嫌で、毒を受けた長幡に毒への抵抗力を高める術式を使用していた。
「すみません……」
と長幡。
「以前の奴の能力を考えればヴァニタスまでは無理か。まったく、消耗した状態でも敵わないとは。己の非力さが嫌になるな」
そんな中、撤収の準備を進めながらエルザが呟いた。
とはいえ、雫の手当てや戦闘中の配慮もあり何とか全員が無事であった。
その雫はと言うと。
「た、確かにさっきは私も動転してしまいましたけど……一応はこれでも女の子なのですから……その、照れくさい気が、します」
困ったようにサンバラトに話す雫。男物の服が恥ずかしいのか、それとも……
「あ……ごめん、なさい……その、服は学園に着いてから返してくれれば良いから……」
サンバラトもしどろもどろでそう応じて、怪我人の手当てを手伝おうとするが、やはり傷が大きかったのか、ふらりとよろめいた。
「あ……」
そのサンバラトの腕を誰かががっしりと掴んだ。
「あんたはもう…! 前の時もそうだったけど人の事ばっかり……!」
「あ……シルファヴィーネ先輩……あっ、な、何を……」
いきなりシルヴィに背負われサンバラトはうろたえた。
だが、シルヴィは至って真面目な表情で。
「あんた…もっと自分を大切にしなさいよ? 護って貰っても、あんたが死んだりしたら助けられた側も辛いから……」
「……」
サンバラトはやや沈黙した後、静かに口を開いた。
「ごめんなさい……でも、僕はあの時ハルヒロを、助けられなかった……だから……!」
シルヴィが何か答えようとした時、麻夜が口を開く。
「貴方も大変そうだねぇ……本当、上手く行かないものだよねぇ」
サンバラトが静かに目を伏せる。
麻夜は勢い良く叫んだ。
「抱えられる人は怪我人を担いだ? さぁ、頑張って下山だ!」