●ヘリ
『後、六十秒!』
ヘリの操縦士が到着予想時間を告げる。
爆音の中、ヘッドセット越しにそれを聞いた翡翠 龍斗(
ja7594)は立体駐車場の配置図にもう一度目を落とした。
(中央を壁で防がれた螺旋状の構造か。狭いのが気掛かりだが、車の影に隠れながらなら潜行も十分可能)
礼野 智美(
ja3600)が口を開く。
「囮班が先行、その後ろから潜行班……でよいかな?」
頷く楊 玲花(
ja0249)と美具 フランカー 29世(
jb3882)。
シロ・コルニス(
ja5727)は見た事がない獲物に興味津々だった。心が沸き立つ。
『さすがにディアボロのいる建物には降りられない。あんたら、ヘリ降下の経験は?』
目の前の搭乗員の言葉に千葉 真一(
ja0070)がニッと笑う。
「任せな!」
ヘリが立体駐車場の上空に達した。搭乗員が扉を開けると突風が吹き込んでくる。遙か下に駐車場の屋上。ヘリからロープが垂らされる。
身体を金具でロープに固定し、搭乗員の合図と同時に足場を蹴る。軽快な音を立てながらロープを滑り落ちていく。一気に近付くコンクリート面。ステップを踏み難なく着地。すぐに前へと展開していく。
次々と降下していく撃退士。
「それじゃあ、早速トカゲ狩りを始めようかね」
アサニエル(
jb5431)が軽く髪をかき上げる。
●屋上から四階
権藤がヘリからロープで巻き上げられていくのを見届けた撃退士八人は、阻霊符を発動させて屋内への傾斜路に向かった。
物音を立てないよう手振りで合図をしながら囮班の四人が先行する。
侵入の前に、翡翠は双銃の片側をテープで左手に固定した上で、左腕に苦無で傷を付けていた。血で恐竜を誘おうというのだ。
テープで固定している為、痛みで銃を落とすような事は無いが、左側の命中精度は落ちてしまう。命のやり取りの場ではいささかリスキーな方法と言えるが、これも己の実力に自信があればこそだろう。
四人は四方に気を張り巡らせながら進んでいく。駐車された車の影に注意。
武術の遣い手である智美の足の運びは見事のひと言。物音一つ立てずに前へと動いていく。
敵の気配や匂いを掴みたいところ。頭上の注意も怠りなく、千葉の歩みも慎重。
明滅する照明に気が逸らされそうになる。心を静かに気を尖らせる。
道の角は特に意識を強く。大回りをしながら迎撃態勢を整えて。囮とは言え奇襲を食う訳には行かない。
そうして進むうち、三階への傾斜路に達した。
●三階
傾斜路を降り、最初の角を曲がる。敵の気配は相変わらずない。どこかで待ち伏せをしているのか。
緊張を保ち続けていられるのも撃退士としての訓練の賜物。油断なく歩を進めていく。
囮班から十分距離を置いて潜行班も侵入。
アサニエルが提案した基本方針は釣り野伏。戦国時代の島津氏が用いたと言われる戦法の応用。
囮役が敵を誘き出したら待ち伏せ役の所まで誘導。待ち伏せ地点を敵が通り過ぎてから、挟撃してそのまま殲滅。
まずはどこで待ち伏せするか。アサニエルは待ち伏せ箇所を探していく。車の多い所が隠れやすくていいだろう。
シロは内側の壁沿いに進んでいく。
玲花は外側を車両などの遮蔽物に隠れながら。鬼道忍軍の力がこういう潜行には有利に働く。いざとなれば建物の外から壁走りを使って敵の後ろに回り込む事も考えている。
美具はヒリュウを先行させ、敵の様子を探る。ヒリュウの小さい身体なら車体の下を隠れながらの移動も可能。
囮班、二つ目の角に至る。慎重に巡る。そして新しい通路へ。
ここで気配を感じる。勘と言ってもいいだろう。四人の緊張感がさらに高まる。
千葉が先行する。
左手に大きなワゴン。その影から。
●会敵
ワゴンの影から姿を見せたのは恐竜の大きな口。鋭い牙を上下に並べた顎が迫る。千葉は不意を打たれる事無くその姿を捉えた。
「さぁ、ブレイブに恐竜退治と行こうか!」
千葉は闘気を解き放ち、アウルの黄金の輝きをアーマーのように身に纏う。物理能力が一気に高まった。
右側からも敵。智美が接敵。身を一捻りさせて右斜め後ろに跳ぶ。回避ではなく、攻撃の為の位置取り。目の前、車越しに恐竜の側面。
「やっ!!」
智美の槍が裂帛の気合いと共に唸る。車窓を抜き敵を突いた。そのままの勢いで恐竜の巨体が吹き飛ぶ。まずは先手を打っての敵の切り離し。
敵の出現を、美具は自身の召喚獣の目を通して察知した。
「恐竜型のう。こういう現実の知識が邪魔する敵は厄介じゃな」
美具は以前に恐竜パニック映画を観て不覚にも声を上げてしまった経験があった。今回の敵はトラウマを抉ってくる難敵だが、汚名を払拭すべく挑むのだ。
映画を引用すればラプトル。その姿を遠くに見て、シロの心は沸き立った。
「あれがキョウリュウ……たしかに、みたことがないですね?」
「見た目はそのままですが。……ここは難しい事は考えずに討伐に専念するのが賢そうですね。全力で当たらせて頂きます」
車の影から玲花が笑みを浮かべ、また姿を消す。
と、ラプトルの咆哮。闘気を開放し終えた千葉の攻撃より早い。真正面から受ける千葉。
「ちいっ!」
一瞬遠のく意識。その一瞬を敵は逃さない。車の影から三匹目。後ろ足の鋭い爪を千葉目掛けて振り下ろす。鮮血。
血を吸った爪で床を叩くラプトル。喜びに身を震わせているかのようだ。あくまで残忍な狩人。
翡翠の援護。現われた敵を両手の銃で撃つ。左手に若干の違和感があったが、難なく命中させる。流石の腕前。ラプトルが吠える。
「血が欲しければ、俺のを吸いに来るがいい」
跳弾が車に当たらぬように計算する余裕すらある。
智美が隠密苦無を投擲。ラプトルの身に食い込ませ、個体の目印とする。
三体同じ外見なら、効率良く倒していく為に目印は必要。ヘリの中で既に智美は自らの考えを示していた。そして自ら行動する。
そうする内、先に智美の槍で打たれていた一匹が身を起こしていた。真っ直ぐに千葉へと向かう。これが連中の狩りの作法。咆哮を食らわせ、意識を刈り取った獲物を一気に食らう。
抵抗のできない千葉は直撃を食らうが、元より強靱な肉体。命に関わるダメージにはならない。ただ、シャクに触るだけだ。今は耐える時。千葉は自らに言い聞かせる。
ロングボウを構えるシロ。狙いはもう十分に定めている。後は放つのみ。
「まずは、うごきを、とめます」
その目は狩人の物。狩人対狩人。相手をその手で狩り取った者にのみ、自ら名乗る資格が与えられる。
シロの鋭い一撃が恐竜の脚を射ぬく。体勢を狂わせた敵が轟く悲鳴と共に床に伏す。しかしまだやられはしない。辛うじて起き上がる。
三匹の敵の位置は分かった。玲花とアサニエル、美具は包囲に適した位置へ、深く静かに潜行する。
●牽引
「よし、作戦通り行こう」
翡翠が後ろに下がる。追い付かれそうな微妙な距離を保ちつつ。
智美も、先程とは別のラプトルに苦無を投げ付け後退する。これで個体識別は完了。
恐竜A、千葉に最初の咆哮を食らわせた奴が爪で攻撃してくる。これは誰も当たらない。
恐竜B、最初に智美が槍を食らわせた奴が咆哮しながら向かってくる。しかし誰も食わない。虚しく大音量だけが響いていく。
残る恐竜Cが智美に向かって咆哮した。それをやり過ごす。焦れて目尻をひくつかせるラプトル。
個体識別が可能になった時点で智美は一番攻撃を受けている敵の特徴を潜行班にも聞こえるように大声で叫ぶ。現時点で最もダメージが大きいのは恐竜C。
咆哮には注意。全員距離を取り、まとめて食わないようにする。
一方潜行班も密かに移動しながら敵を包囲していく。
今こうして囮班が恐竜を引き連れて道を戻っている。アサニエル達はこれをやり過ごし、背後から襲うのだ。
アサニエルは待ち伏せ地点を決めてそこまで敵を引き込むつもりでいたが、シロも含めた他の三人は積極的に動いていった。結果的に包囲が早く進めばそれもよし。
美具は召喚獣だけでなく自身の移動も開始。車体の後ろを移動する。囮班と恐竜たちの位置関係から敵の視界を考慮する。
香水の瓶を開栓したまま持ち歩き、適当な所で床に置くなどして敵を惑わす。この恐竜もどきは香水の匂いを嫌がり避けて歩いた。これはむしろ、美具の居所を探られなくて良かったと言える。
玲花も状況を探る。潜行しつつ動き回って、何かある時には囮班をカバーする気でいる。
やはり恐竜の咆哮は厄介だった。恐竜Aの咆哮が千葉を直撃する。またも身動きの取れない一瞬。
ここからさらに敵が向かってくる。しかし千葉に向かって殺到した二匹は、翡翠の銃弾、シロの矢によって行く手を阻まれた。
「千葉、今のうちだ!」
この間に不調から回復する千葉。
「冷や冷やさせるね。だけど、これで包囲完成さね!」
アサニエルが車の影から姿を現わす。
●攻勢
アサニエルから伸び出た聖なる鎖が恐竜Aの身体に纏わり付く、ラプトルの四肢を縛り付けてダメージを与えた。
ラプトルが細い声で悲鳴を上げる。
「これがいわゆる、緊縛プレイって奴さね」
鎖で締め上げながらにやりと笑うアサニエル。残忍な恐竜もこうなっては身動きが取れない。さらに身体が麻痺してしまい、その場に留まる事しか出来なくなった。
その隙を突いたのがシロだった。
サバイバルナイフを手に音もなく接近し、その首筋に刃を突き立てた。ヒットアンドアウェイを基本に据えつつ、このチャンスは逃さない。血を吹き立たせて力を失っていく恐竜A。
それまで姿を隠していた美具のヒリュウが前に出る。一見すると愛玩動物のようなこの召喚獣に秘められた攻撃力。
一気にラプトルとの距離を詰めたヒリュウが爆発的な力を解放した。その無尽蔵とも思えるエネルギーは広範囲の敵に打撃を与える。
恐竜B、恐竜Cが力の奔流に捕らえられ、大ダメージを受けて立つのも覚束なくなる。
フロアの暗がりから滲むように姿を現わした玲花が、八卦翔扇を滑らかに開く。
ごく軽く投げる。
翔扇は滑るように飛行し、恐竜Cの身を裂き元の玲花まで戻る。再び投擲。ラプトルは死の恐怖から逃れるかのように抵抗するが、確実に翔扇は敵の身を削ぐ。
距離を詰めると光爪の出番。アウルの爪がラプトルを抉る。
ラプトル決死の噛み付きを高い跳躍でかわし、逆に脚甲の蹴りで首を折る。両膝を床につく恐竜。ゆっくりと前と倒れ込む。その姿に背を向け玲花が八卦翔扇を静かに閉じる。
アサニエルが千葉にライトヒールをかける。いささか蓄積した傷が癒えていく。
「トカゲの餌になりたくなけりゃ、きりきり働く事さね」
などと軽口を叩きながら激励する。
気を練り続けていた千葉が目を見開く。目の前に最後の敵。恐竜B。
恐竜Bが口をゆっくりと開いていく。咆哮の構え。
千葉が床を蹴る。
恐竜の咆哮の重く耳障りな波動。それを捻り込みながら蹴りを繰り出す。
「ゴウライ、バスターキィィィック!!」
千葉の脚が恐竜の上顎を裂き、そのまま頭部を破壊する。
着地。轟音と共に倒れる恐竜。
●一戦後
立体駐車場三階フロアで繰り広げられた死闘の跡。
「雪、無事か?」
翡翠の言葉に囮役を務めていた夏野 雪(
ja6883)が落ち着いた様子で頷く。その姿を見て翡翠は安堵する。
床に転がる三匹のラプトルの死骸をシロが丹念に検分していく。傷の位置と確かに死んでいるか。
それに、狩人にとっては狩った後が大事なのだ。
「キョウリュウはどこがくえますか?」
「カワは……よさそうですね、つかえます」
などと熱心。
死骸はこの後警察が回収したのだが、爪が一本足りなかったとかどうとか。