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朝。ピークは過ぎたもののまだ人の多い電車の中。
「お母さん、これ何だろ」
「さ、さぁ? ぬりかべ?」
席に座る親子の目の前でつり革にぶら下がっているのは、スーパーにある総菜のパックのように見える。ただ、人の大きさくらいあって、黒タイツの手足が生えているのだが。
前側は透明になっていて、卵焼きの作り物が見える。芸が細かい。
発泡スチロールとマジックなんかで作られた手作り感MAXの彼の名は「ソウザッイー」。水無月 ヒロ(
jb5185)の生み出したお総菜のゆるキャラだ。
今日からとあるスーパーでお総菜キャンペーンが開かれるので、ヒロは助っ人としてそれに参加する。
のだが、わざわざ着ぐるみを着込んで通勤しなくても良いようなものだ。
彼はどこかズレている。
開店を前にして、ユウ・ターナー(
jb5471)は表通りに出てチラシ配りをしていた。
「特別企画販売をよろしく。来てね☆」
と可愛らしく配っていくのだが、実は彼女は悪魔。その囁きには人をその気にさせる特殊な効果があった。チラシを受け取った通行人は後からお店にやって来るだろう。
ここでもう少し景気付けをしようか。
ユウはお得意のハーモニカを吹き始める。人を楽しい気分にさせる音色が響き、多くの人の足が止まる。
「へぇ、あそこのスーパーでお総菜のキャンペーン」
「久し振りに行ってみようかしら」
そんな声が聞こえてくる。
反応の良さにユウが嬉しくなっていると、視界の端にぬりかべみたいな物が入ってきた。
黒い手足の付いた卵焼きのパックが目の前を横切っていく。
「スゴイの来たよ!」
ハーモニカを吹く手が止まるユウだった。
葛城・A・鈴蘭(
jb7767)は思わずぎょっとなった。スーパーの裏口を開けたら、目の前にぬりかべが立っていたのだ。
人見知りをする鈴蘭が言葉を探していると、卵焼きのパックが呟いた。
「決して中の人なんていないんだ……」
「は、はぁ……」
着ぐるみがタイムカードを機械に差し込んだ。ガチャン!
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スーパーのお総菜コーナーはキャンペーンの間、スペースを大幅に拡張した。そして今回の助っ人達が提案した新商品が並べられるのだ。
「フォアグラと牛フィレ肉のロッシーニ風」「フカヒレの豪快姿煮」「キンキの煮付け」「とあるホテルのシャリアピンステーキ」。
数日前。水無月 葵(
ja0968)の提示したプレミアムお総菜のメニューを聞いた俵は思わず唸った。
「高級レストランみたいだね」
「材料の原価はかかりますが、レシピはシンプルで簡単かつ美味しい物ばかりです。これらの料理を日替わりで限定販売します。先着五名、こちらのスーパーのポイントを使って五名。用意するのは合計十個です」
「そして値段を赤字覚悟の格安に設定して目玉商品とするのか……」
ポイントでも買えるようにする事で、スーパーを使っていればいつかは食べられるという目標になる。そうやって他のお総菜が売れるように仕向けるのだ。
「プレミアム以外のお総菜が二割以上売上を伸ばせば大幅な利益アップが望めると思います。プレミアムお総菜で話題を作ってリピータを増やすのです」
葵は今の仕入れ先からの領収書などをチェックして、キッチリと原価率を出して利益を生む方策をまとめていた。
プレミアムお総菜の赤字分以上の利益が出るようにコンサルティングしたのだ。
数字に立脚したプランに隙は無く、
「うん、これでやってみようか」
と俵を頷かせた。
葵が提案したのは他にもあった。週替わりのご当地グルメフェア。今回はご当地の餃子を沢山揃える事にする。
と言う訳で今日葵の棚に並んでいるのは、贅沢に切ったフォアグラと牛フィレ肉のステーキに、各地の餃子。良い匂いを漂わせている。
「美味しそうねぇ。でも高いんでしょ?」
買い物カゴを下げた主婦がステーキに目をやりながら聞いてくる。
「こちら千久遠としております」
葵が丁寧に応対する。
「あ、本当ね。物凄く高い訳じゃないのね。ていうか、これならむしろ安い?」
主婦が脳内で緻密な計算を始める。そしていくつか質問してくるが、それら全てに葵は丁寧な説明をするのだった。
「頂くわ」
「ありがとうございます」
深々と礼をする葵。お客は満足げに商品を受け取った。
(お総菜コーナーを盛り上げる新商品開発……なかなか難しそうだけど頑張ろう!)
そう気合いを入れた天宮 葉月(
jb7258)は、豊富な種類の料理を用意した。
まずは季節のグラタン。
「このグラタン、何が入っているの?」
お客に聞かれて葉月はすぐに答える。
「マカロニ、鶏肉、玉ねぎ、マッシュルーム、しめじ、ブロッコリです。このスーパーで売っている物と同じ材料で作っているんですよ」
喫茶店でバイトして培った接客力を生かす時! 朗らかな笑顔でお客に対する。
「へー、でも私じゃこうは作れないかも。このグラタン買って帰るわ。他にもいろいろあるのね」
手羽先の唐揚げ、豆腐の味噌田楽、山菜ご飯、鶏飯といった物を用意している。
これらもスーパーで売っている食材を使っているが、味噌田楽の味噌はちょうど良い物がなかったので、自分で赤味噌を持ち込んで作っている。彼女のこだわりだ。
この辺りは割と安価で簡単に作れるので、上手く当たればお店のメニューとして残しやすいと考えていた。
「後それと、このかき揚げを試食させて」
桜えびのかき揚げは葉月の目玉品だ。
ちょっと高いけどと釜揚げ桜えびを用意して、他に玉ねぎと人参、三つ葉。それをお客の見える所で揚げるのだ。
「うーん、すごくサクサクしてて美味しいわ」
「ありがとうございます。衣を薄めにしてカラッと揚げました」
「これも貰うわ。いくらかな?」
商品の値段は原価などと相談して俵に決めて貰っていた。任せる物は任せてしまうのだ。
こうして作った商品のレシビは、しっかりとまとめてお店の人に渡していた。その心配りにお店の人は感謝したのだった。
葉月が隣の美森 あやか(
jb1451)に声をかける。
「あやかさん、これ、ミネストローネ?」
それはトマトの缶詰を利用したラタトゥイユと生姜入り根菜のミネストローネだった。
「ラタトゥイユをミネストローネにしました。一人分だと作り難いメニューですけど、ラタトゥイユは季節の野菜でアレンジし易いですし、この時期生姜入りの料理は身体が温まりますから」
基本内気なあやかだが、自分が工夫した料理の事なので熱く語ってしまう。
「後はスープにゼラチンを入れて零れないようにしてあります。温まれば元に戻るように」
「これもいいよね。私もしようかな」
葉月が指さしたのは、レシピを写真入りでまとめたカード。家族向けに並べて置いて、お総菜以外の食材の売上アップも狙っているのだ。
頑張った物を褒められると嬉しいもの。あやかはてれてれとなってしまう。
あやかが用意した物は他にもあった。
鶏手羽と卵の親子お酢煮。お総菜コーナーには油ものが多いので、さっぱり食べられるお肉料理を。
豚肉の生姜焼き。あまりお総菜コーナーを使わない人向けに、忙しい日に一品増やせる料理を。
冬野菜のサラダ。揚げ物の盛り付けに添えられる物でありきたりでない物を。人参、南瓜、ブロッコリ(芯も皮を剥いて茹で、彩りと共に価格を抑える)は茹で、蕪とラディッシュは薄切りにする。付けて食べる辛子明太子のマヨネーズ和え、アボカドのディップ、タルタルソースを容器に入れて同封。
そしてお弁当。お総菜コーナーにあるのは幕の内弁当ばかりだというのがあやかの意見。今回の新商品を集めたら良いお弁当が出来ると考えた。女性客狙いであえて少量詰めの箱に。
そしてあやか自身は人目を引くようにメイド服を着用。人を引くセリフも思い浮ばないので思い切ってやってみた。
しかしそこまでやらなくても良かったのかも知れない。あやかの工夫した料理の数々はお客の興味を集め、次から次へと売れていった。
それはそれとして、メイド姿も可愛がられた。注目を集めすぎてかえって一杯一杯になってしまう。
メイドは他にも居た。と言うよりも鈴蘭は普段からメイドだった。そして彼女も人見知りだ。それでもお総菜がよく売れるよう奮起する。
鈴蘭が用意したのはロシアンコロッケという凶悪な一品。中身はエビ、コーン、牛肉、クリーム、カボチャ、ハバネロ、餡子だった。
コロッケを作ろうと調理場へ行くと、葵もここで調理をしていた。巧みな手さばきで餃子を作っている。
思わず見惚れていると、葵が顔を上げて柔らかく微笑んだ。
「あなたは何を作られるのですか?」
「僕はコロッケだよ。隣、いいかな?」
「どうぞ」
そうして二人並んで料理をしていく。
さて、出来上がった物を売っていこう。
「い、いらっしゃいませ〜、惣菜はいかがですか〜?」
ややぎこちないながらも懸命に売っていく。
「ロシアンコロッケはいかがですか〜? 何が当たるのかはお楽しみです〜♪」
「面白そうねぇ」
一人の主婦が立ち止る。
「外れもあるの?」
「ハバネロがありますよ」
「それは強烈ね」
主婦が顔をしかめながらコロッケをトングで取っていく。
ん? それは!
主婦が鈴蘭の方を見て、手にしかかったコロッケからトグルを離す。鈴蘭安堵。
また主婦が手を伸ばす。ううっ、それは!
「あなた、顔に出てるわよ?」
「うっ」
自分で作っていくうちに、中に何があるか大体分かるようになってしまったのだ。そして主婦が取ろうとしているのはハバネロ。
「まぁいいけど」
主婦がハバネロのコロッケを自分の持つパックに入れる。
「結構辛いですよ?」
「最近息子が生意気になって来たの。ちょっとお仕置きしときたいのよ」
そう言って片目を閉じる。
「ありがとうございました〜♪」
にっこりと笑顔で主婦を見送る鈴蘭だった。
ユウの料理は鹿尾菜のハンバーグだった。
お豆腐と鹿尾菜の煮物、玉ねぎと調味料だけの簡単健康和風モノっ!
カロリーを気にしていたり、健康志向の主婦さんや旦那さんを持つ人にピッタリ。
どうかなっ? そこの綺麗なおかあさんっ!
と、悪魔の囁きでお客を誘い寄せるユウだった。
ユウはディスプレイにもこだわった。
やっぱり和風♪ と言う事で、赤い布の上に小さな和傘、小さな可愛い縮緬のうさぎさんのお人形。よく目立ってしかも可愛らしい。
そこへグリル用ホットプレートを乗せて実演販売だ。
いつでもホッカホカのハンバーグを試食して貰えるよっ! ユウはそう狙っていた。
そのユウは着物に襷、白いフリルエプロンを着用していた。ユウの金髪は着物姿に良く映える。
そして熱心に自らハンバーグを焼いていく。こんな小さなコが作っている、という物珍しさが人を集め、ハンバーグはどんどん売れていく。
一緒に景気よく並べておいた、このスーパーの鹿尾菜の煮物も売れていく。家で自分で作ろうという人達かも知れない。
悪魔の囁きの力だけではなさそうな人気振りであった。
「独身者の味方……ソウザッイー見参!」
ソウザッイーことヒロが用意したのはドライカレー(ルーのみ)百グラムパックだった。
価格はワンコイン。百久遠。
お弁当のご飯等にふりかけのようにして使うイメージなのだと言う。既存品との共存や売上向上、百久遠の付加売上が期待できるのだ。
バリエーションは豊富だった。ひよこ豆・ハードチーズ・ほうれん草・ピーマン・南瓜・エリンギなどなど。
この商品を、例のソウザッイーの着ぐるみで販売するのだった。
「サラダも単品買いしてビタミンを取ろう!」
「揚げ物はオーブンで軽く温めた方がパリッとして美味しいよ!」
言う事はまともだった。
何であれ、子供達は着ぐるみが大好きだ。群がって引っ張ってくる。手作りなソウザッイー、大ピンチ。
「ほらほら、止めなさい。中の人が困ってるでしょ?」
親が慌てて止めるがヒロは言わずには入られない。
「中の人なんていないんだ……!」
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お店が終わった後、みんなで作った物を持ち寄って軽いお食事会。朝陽も合流する。
「うん、フォアグラとお肉が贅沢っ」
葉月が葵のステーキに舌鼓を打つ。ユウも餃子を美味しく頂いている。
「やっぱり温まるね」
あやかのミネストローネを口にした鈴蘭がホッとしたように言う。
あやかも葉月のかき揚げを幸せそうに食べる。グラタンのレシピも聞いておいた。
ユウのハンバーグをヒロが味わう。こんなに美味しいのにヘルシーなんだ!
「私も頂きますわ」
「あっ、それは!」
遅かった。葵が口に入れたのは、鈴蘭のハバネロのコロッケだった。
葵の時間が止まる。
しかしすぐに柔和な笑みで、
「美味しいですよ」
と涼しげに言うのだった。お嬢様としての鍛え方が違った。
ヒロのドライカレーを一種類ずつ試していた朝陽に、ずっと横に居るヒロが声をかける。
「大峰山さんは彼氏や旦那さんにゴハン作らないんですか?」
場が凍り付く。
それは言ってはいけない。みんなから感じる気遣いの空気が余計に朝陽の心を冷やす。
「私は……、仕事に生きてるから……」
嘘にまみれた強がりを口にするが、曇りなき眼のヒロを見る事は出来ない。
ヒロに悪気は欠片もなかった。むしろ「探偵」「年上のお姉さん」という属性に、思春期特有の憧れ入りの恋心なんて抱いてみたり。
「これ、大峰山さんの為に作ったホビロンです……ポッ(赤面)」
殻のままの大きめの卵を渡してきた。
「ありがとう? 割って食べるの?」
朝陽は知らなかった。ホビロンというのが、孵化直前のアヒルの卵を茹でた物だと言う事を。半分以上雛な訳ですね。ええ。
響き渡る絶叫。
そんなヒロの恋心は、やはり思春期特有の移り気で、週を跨ぐ前に消え失せてしまったのだった。
ともあれスーパーのお総菜キャンペーンは大成功。予想を上回るこだわりの新製品が集まり、お総菜コーナーに新風が巻き起こった。
ショッピングモールも良いけれど、今日はいつも行ってたスーパーへ。そう思う人が増えたのだった。
めでたしめでたし。