●元カノは吠える。
小宮章子が朝の澄んだ匂いに包まれながら小道を歩く。今日は結婚式。ドキドキして落ち着かないな。幸せで胸がパンクしそう。
(なんてな)
彼女、実は章子ではなかった。変化したアティーヤ・ミランダ(
ja8923)というのが本当のところ。
幸せ一杯の笑みを浮かべながら、アティーヤ自身はやさぐれていた。
(結婚か……うるせえ畜生!! あたしにそんな予定は無いやい!!)
本物の章子は今頃朝陽が釘付けにしているはずだ。長電話は女の常である。
章子を狙って元カノの細波綾女がやって来る。付近を巡回していた天宮 葉月(
jb7258)が彼女を見付けた。すぐに仲間へ連絡。
「真っ直ぐ章子さんの家を目指してます。服装は黒のジーンズにセーター。全身黒です。今いる場所は……」
アティーヤは綾女の進路に合わせて動き、自分の姿が目に付くようにする。
上手く引っかかった。綾女は相手が一般人だと油断しきっている。鬼道忍軍のスキルも使わずに、すぐ後ろから殺気を漲らせてついてくる。
アティーヤが走って逃げると、追いかけて肩を掴んできた。追い付かれたのは計画通り、車の少ない駐車場。
「あーん? あたしに殴られる覚えはないぜ?」
にやーっと笑みを浮かべる顔はアティーヤの物。
「え? あんた誰?」
綾女が混乱した様子で跳び退くと、その背中をリーガン エマーソン(
jb5029)が受け止めた。
「少し話を聞いてくれないか」
「他にもいるの?」
リーガンから離れると、今度は葉月が立ち塞がる。
「花嫁、章子を傷付けるという話、考え直してはもらえないか」
リーガンが静かに語りかけるが、綾女は目を吊り上げて聞く耳を持とうとしない。
「あんたら撃退士だね。だとしても私の邪魔はさせない!」
腰を低く落として身構える。自分も撃退士なのだ。力尽くでもここは通してもらう。
「大人しく諦めて下さい」
前に踏み出した葉月にいきなり拳を繰り出す。かわすのが遅れ、頬を掠ってしまう。
「あ、やっちゃったね。撃退士に囲まれて戦意喪失しないのは見上げたもんだけど!」
アティーヤが攻撃を繰り出す。
脇腹を打たれて大きくよろける綾女。
「仕方が無いかな」
リーガンも銃弾を放つが、これは辛うじてかわされてしまう。人間の女性を撃つのは気が進まなかったのだろうか? 少し肩をすくめるリーガン。
続いて葉月の斧の一撃。斧? 相手は素手ですが? しかし葉月に容赦はなかった。頬をほんのちょっぴり傷付けられたのが、カチンときたに違いなかった。
綾女、あえなく地面に倒れ伏す。そして拘束される。
さて、こうしてお縄にかけたが、素直に聞き分けるのだろうか。何らかの説得が必要なようだが……。
「どうやって説得するんだこんなの」
アティーヤが頭をかいてぼやく。
「諦める訳ないよ! 私達は四年も付き合ってた。あの女狐よりずっと長いの!」
綾女が吠えた。
と、十四倍返しを済ませて元の明朗さを取り戻した葉月が前に出る。
「大事なのは年月じゃなくて真摯な想いです。本当に高村さんを愛していたというなら、どうして浮気したんですか? 自分を一途に大事に想ってくれないなら、疑って心が離れるのも当然です。つまり、貴女は自分から別れる原因を作ったんです!」
ビシッと指さす。
「くっ、私だって、浮気したくてしてた訳じゃないんだよ」
うなだれてよろける綾女。
「何? この際だし、思いの丈を吐き出すがよい」
アティーヤが優しく背中をさする。
「世の中にイイ男が一杯いるのが悪いんだよ。ついつい目移りするのも仕方がないじゃない。分かるでしょ?」
「あー、分かる分かる」
適当に答えるアティーヤ。
「たったの八回くらい良いじゃない」
「あー、浮気八回っすか……。あれだ、八回もよそ見する相手じゃなくて、釘付けにされる相手見付けりゃ良いんじゃないっすかねぇー」
どこまでもおざなりなアティーヤ。
「そうかもね。なんか、あんたって話しやすいね。親しみを感じる」
それは多分、忍法「友達汁」の効果である。アティーヤ的には非常に微妙な気分だ。
(つか、失恋したコをフェロモンバリバリでたらし込むとか、怪しいお姉様じゃないですかー、やだー!!)
結果、浮気女に親しみを覚えられるのだ、微妙すぎた。
「相手の男の事は忘れるといい。所詮はあの程度の女になびく程度の男だったのだよ」
そう綾女のプライドをくすぐってみるリーガン。本音はどこにあるのか読めない。
「じゃあ、貴男みたいなオトコならちょうど良いのかな?」
変に立ち直った綾女が妖しい視線をリーガンに向ける。
かすかに笑みを返すリーガンの本心は本当に読めない。
「懲りない女だ」
アティーヤがため息を付く。
●ヤンデレた女。
駅に向かう雪村千歳の後を、来崎 麻夜(
jb0905)がつけていく。千歳の家の前で張り込んでいたのだ。
千歳が向かうのは高村宏明の家。今日結婚する彼と無理心中するつもりでいる。その衣装は純白のワンピースだった。
宏明が住むマンション周辺で待機していたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、連絡を受けるとまずは宏明に変化した。そして家から出て来た宏明を装って、千歳の目に発見されるようなコースを歩いて行く。
「さてさて、ショータイムです」
千歳は上手く釣れた。そのまま事前に決めておいたおびき出しポイント、人気の無い空き地まで誘導する。後ろから感じるどす黒い気配が怖い。
空き地に着いて振り返ると、いきなり千歳が突進してきた。
難なくかわしたエイルズレトラだが、相手の持つ出刃包丁に背筋が凍る。この際、攻撃力なんて関係なかった。長い黒髪で顔の隠れた白いワンピースの女が、出刃包丁を両手に構えてこっちを向いているのだ。絵面が怖かった。
「宏明君、一緒に死んでっ!」
言う事はさらに怖かった。
そこへアイリス・レイバルド(
jb1510)と麻夜が合流する。
「何? あなた達。宏明君の何なの?」
千歳が予期せぬ二人の女の登場に狼狽する。
「僕は宏明さんではないのです」
エイルズレトラが顔の前でトランプを扇状に広げる。すぐに閉じてみせるともう顔はエイルズレトラの物だ。にこりと笑顔。
「変化の術? 撃退士なの?」
「千歳さん、愛する人を傷付けるような真似は止めて下さい」
エイルズレトラが語りかけるが千歳は聞いていない。
「騙したのね。私を騙したのね! キィィィィ!!」
髪の間から見える顔が紅潮している。
スッと、アイリスが前へ出る。
「選択肢は三つある。一つ、執着を忘れ帰るか。一つ、未練を飲み込み祝福するか。一つ、私達を相手に武力で押し通るか」
無表情に指を一本一本立てながら話すアイリス。内心では、アウル能力者が殺人計画などと抜かした時点で穏やかに返す気は無かった。
「ふっざけるんじゃないわよぉぉっ!!」
千歳が出刃包丁を構えて突進してくる。それをかわしてみぞおちに一撃するアイリス。
「安心しろ、社会人として仕事に支障が出ないよう顔を狙うのは遠慮しておく」
さらに反対の拳をねじり込む。
「げふぅっ」
千歳から息が漏れる。
「殺さないように回復スキルも完備した。遠慮なく暴力を執行する」
殴打。殴打。さらに殴打。
「君が。泣いて謝るまで。殴るのをやめない。淑女的に」
あくまで無表情に言う姿が恐ろしい。
キレのあるフックが千歳のボディを捉え続ける。
千歳が白目を剥いたのを認めると、アイリスは原初の光を浴びせてダメージを回復させる。
その光を眺めていると不思議と心が落ち着いてくると言われているが、今はただ、再びやって来る惨劇の予感に身も凍るような思いがするだけのエイルズレトラと麻夜だった。
そして全回復。
そして攻撃再開。
殴打。殴打。殴打。
「あの、もうその辺で……」
さすがに麻夜が取りなそうとする。
しかし殴打。ひたすら殴打。どこまでも殴打。
「うっ、うううっ……」
千歳がついにマジ泣きを始めた。
言葉通り殴るのを止めるアイリス。じっくりと相手の様子を観察する。
「こうなったら、こうなったらーっ! 私だけ死んでやるっ!!」
千歳が出刃包丁を内側に向けて振り上げる。
マズイ。
麻夜がとっさに頭を揺さぶる悲鳴を発する。バンシーズクライ。千歳がへたり込み、出刃包丁を手放す。
そこですかさずエイルズレトラがクラブAを繰り出す。アウルで作り出した無数のカードが千歳に貼り付き身動きを取れなくする。さらに圧迫して千歳にダメージを与える。
完全に力を失う千歳。もう抵抗する気力は残っていないようだ。さめざめと泣いている。
「宏明君。宏明君……。私だけが本当に宏明君を愛してるのに……」
「違う!」
憤然と手を腰に当てて麻夜が言い切る。
「愛って言うのは、相手の意志を尊重して相手の幸せを願う事なの! 貴女のは愛でも何でもない、『それ』はただの自分勝手な独占欲!」
呆けた顔で麻夜を見上げる千歳。クシャクシャになった髪の間から涙で腫れた目が見える。
「自分の幸せだけを願って、彼の事なんて見てもいない。そんなものを愛と呼んで欲しくないんだよ!」
麻夜はひどく怒っていた。
ボクの苦労も知って欲しいな、まったく。
愛して愛して愛して、愛されずにそれでも先輩の幸せを願ってるのに。
ま、後輩としての愛情は貰ってるけど、さ。
そんな想いを抱いているのだ。千歳の歪んだ感情は許せなかった。
「自分勝手?」
千歳から言葉がこぼれる。
「そう。彼の幸せを願わない貴女は自分勝手」
「そう、なんだ……」
千歳がうなだれて動かなくなった。
千歳にはこれから長い時間が必要だろう。しかし気持ちを切り替えるきっかけは、今、麻夜から貰えた気がした。
●どうする、ブラコン
兄が実家に帰って来ないまま結婚式当日を迎えた事に、高村咲野は腹を立てていた。せっかく久遠ヶ原から帰郷しているのに、顔ぐらい見せても良さそうな物だ。
まぁいい。忌々しい結婚式とやらは私が粉砕してやるのだ。
制服姿の咲野が玄関を出ると、目の前の道路にスポーティな外車が停まっていた。
運転席の扉が開き、中から出て来たのは雁鉄 静寂(
jb3365)だった。
「咲野さん、結婚式場まで送りますよ」
「は、はぁ」
何となく圧倒されて言う事を聞く咲野。
車が動き出し、静寂が口を開く。
「いかに式場を破壊すると言っても来賓に怪我をさせないところが素晴らしいです」
「うっ、何故その話を。まぁ、お客さんは一般人が多いからね。兄さんの友達もいるし」
「結婚断固阻止といってもお兄さん思いで立派な妹さんですね」
こうやって、まずは咲野を褒めちぎっていくのが静寂の作戦だ。話していくうちに、咲野は心を開いていく。
「兄さんは女運が悪いんだよ。結婚だとか兄さんが不幸になるに決まってる!」
「お兄さんの心配をされているのですね。お兄さんもきっとこんな良い妹さんをお持ちで鼻が高いでしょう」
しかし咲野はため息をついてしまう。
「どうなんだろ、昔と違って兄さんを遠く感じるよ」
咲野の中に揺らぎがあると見て取って、静寂は言葉を投げかける。
「お兄さんの本当の幸せとは何なのでしょうね」
「え?」
不意を突かれた咲野を余所に、車は会場に到着した。
「こんな良い妹さんに出席して貰えて、お兄さんもお嫁さんも幸せ者ですね」
静寂は最後に柔らかく釘を刺すのだった。
「出席……か。いやいやいや、私は結婚断固反対なのだ!」
咲野が会場の中に足を踏み入れようとすると、いきなり横から金髪天使が顔を出してきた。
「きゅぴぴーん! そこの貴女、誰かにLOVEだけど、結ばれなさそうで危ないこと考えていますネー?」
「うっ、貴女何?」
カティナ=ランベルト(
jb8012)だ。実は男だが、自分は女だと思い込んでる残念な天使……。
「ユーのHeart、傷ついているならミーが直してあげますデース!」
「傷付いてる? そうかな? そうかも。だから結婚式粉砕なんだよ」
思いを強くする咲野。深くうなずく。
「ミーも大好きな御兄様達がいますから気持ちはわからなくはないデース! But、一方的に向けているLOVEを人はLOVEとは呼ばず自己満足と言いマース!」
ぐいっと咲野に顔を近付けるカティナ。顔は笑顔だが、言っている事は辛辣だ。カティナはセリフを続ける。
「ブラコン勉強して出直して来いデス!! 兄の幸せを願えないなど、ユーのLOVEは偽物デース!!」
「偽物なんかじゃありません!」
「偽物デース!!」
睨み合う笑顔のカティナと怒り顔の咲野。そこへ各務 与一(
jb2342)が声をかけてくる。
「まぁまぁ、今はそこまでしておこうか」
「あなたは?」
どうにか顔を取りつくろい、咲野が問いかける。
「こんにちは。僕は各務 与一。君と同じ撃退士で、君を止めに来たよ」
「また? いやもう間に合ってるし」
咲野の態度にも与一は穏やかな笑みを崩さない。
「俺にも妹がいるんだ。双子で大切なたったひとりの家族がね」
「だったら分かるでしょ? 私にとっても兄さんは大切なんだよ」
「君が式場を壊し、結婚式を阻めば君のお兄さんの恋人も、お兄さんの心も傷付くよ」
「う、それは……」
私は自分勝手な事をしてるのかな? 静寂に自分の想いを話すうち、胸の内で整理が付いてきているのを本当は知っている。
今の兄の幸せ。
兄との思い出が胸を通り過ぎていく。兄の笑顔。結婚式を叩き潰して、あの人はどんな顔をするだろう……。
うなだれていく咲野。
「お兄さんの選択を信じ尊重する事。そしてお兄さんが幸せになる事を願う事。それが本当にお兄さんを想う事なんじゃないかな。少なくとも、俺の場合はそうだよ」
本当はとっくに知っていた。受け入れたくなかったけど……。
「私も兄さんの幸せを願いたい……」
「もしお兄さんが不幸な事になるようだったらその時は取り戻しに行けばいい。俺も、そうするからさ」
与一の穏やかな笑顔。
「なるほど、それは良いかも」
顔を上げて、にっと笑う咲野。吹っ切れた表情。
遠くから見守っていた静寂も笑みを浮かべる。
「ユーはこれで本当の意味でユーのbrotherを愛しています。さぁ、お祝いしてあげるといいデース!」
「そうしよっか」
式場へと元気良く向かっていく咲野。
「これでgirlは救われマシタ!」
バシッと決めポーズのカティナ。最後の美味しいところを持っていく。
●結婚式
こうして無事に結婚式が開かれた。
ライスシャワーを浴びながら幸せな笑顔を見せる新郎新婦。それを少し離れた所から見届ける功労者の九人。
そうしながら葉月は幼馴染みを想った。
昔は勇気が無くて花に託した……でも、怖がらずに今度はちゃんと言葉で伝えよう。ずっと愛して、って……。
皆、それぞれの想いに浸っていた。遠くから眺める結婚式にはそうした気分がよく似合う。