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ディアボロがこちらをジッと見ている。大峰山 朝陽(jz0243)は視線を外せないまま考える。
ディアボロの向こうに和人君とタロがいる。それに気付かれる訳にはいかなかった。しかしこのまま建屋の外までおびき出すのも難しい。建屋の中は雑然としていて、下手に暴れられると和人君達を予想外の危険にさらしてしまう。それに外へ出たら出たで今度は町で暴れられる危険が生じる。
自分一人ではどうしようもない。
日は既に落ち、建屋の中は朝陽のペンライトがわずかに照らすのみ。夜の冷気が肌を撫でる。
と、不意に背後から強い光が。視界が開け、ディアボロが目を細めて怯む。
「変身っ!」
後ろからの大声。振り返る間もなく朝陽の目の前に勇壮な人影が舞い降りた。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
ビシッとポーズを決める千葉 真一(
ja0070)。
「お前の相手は俺達だぜ!」
さらに続いて、
「闇に映える桃色のツインテ! 紫の高貴な番犬推参! 悪いけど倒されて頂戴♪」
可愛らしくポーズを決める綾(
ja9577)の登場。顔を向けると軽くウィンク。
「待たせたな、朝陽さん!」
振り返った千葉の顔にはヒーローマスクがしっかりと装着されていた。
正義の味方の登場だ。
「助かったわ、撃退士。奥に子供がいるの」
「そちらには別に救援が向かっている。大峰山さんはこちらに」
後ろにいたアイリス・レイバルド(
jb1510)が朝陽を簡単に両手で抱え上げた。
「おおっ、ちょっと」
慌てる朝陽には構わずに、アイリスは建屋の外へと素早く向かう。
「ピギギギギィ!!」
ディアボロは派手に現われたこの一団を早くも敵と認め、威嚇の声を上げた。
「小さな体で主人を守ろうとする彼は立派な『戦士』だ。ならば『戦士』の為に僕も戦おう」
ディアボロから主人を守るタロに心を打たれた御剣 真一(
jb7195)が光纏する。その姿は半獅子と呼ぶべきもの。御剣が激しい感情に駆られた時、その姿は獅子へと変貌するのだ。
突如現われた獣人を恐れたディアボロが顔を背けかける。
「おっと、そうはさせんよ」
リーガン エマーソン(
jb5029)の威嚇射撃。威力を抑えたアウルの弾で頬を撃たれ、ディアボロが怒りの目をエマーソンに向ける。
この間、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)はナイトビジョンで建屋の様子を調べていた。和人君の位置は既に確認済み。敵との位置関係を考えて、まずはディアボロが暴れ出さないように足止め策。
「安全な所に行ってもらうまでは大人しくしていて」
Catene di fiori(カテーネ・ディ・フィオーリ)を唱える。無数の何者かの腕が現われてディアボロを束縛した。
「ピギギギギィ!!」
吠えるディアボロだがどうする事も出来ない。
「今だよ。和人君達の救助を」
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和人君は工作機械の影に隠れて震えていた。タロを探して入り込んだ工場に、まさかディアボロがやって来るとは思わなかった。タロが助けを呼んでくれたようだが、向こうがどうなっているのかさっぱり分からない。胸に抱くタロの温かさだけが支えだった。
ユウ・ターナー(
jb5471)は建屋の外から回り込んで和人君の居場所へと向かった。悪魔の力を使えば建屋への侵入も容易だ。
一方で播磨 壱彦(
jb7493)は入り口から建屋へ入り、他のメンバーがディアボロの関心を引いている隙を突いて建屋の奥へと潜行していった。ナイトビジョンで建屋内の資材の配置、救助対象、敵の位置関係を細かく観察した上での行動だ。遁甲の術と鬼道忍軍の機動力がその行動を確かな物とする。
和人君に小さく声をかけるユウ。声を出しかけた少年の口に優しく指を当てる。
「おっきな声、出しちゃダメッ!」
ナイトビジョンを外して素顔を見せた播磨も優しく語りかける。
「もう大丈夫。よく頑張りました」
播磨が頭を撫でると、和人君も気を緩めて笑顔を見せる。
「ユウ達は撃退士だよ☆ 和人くんとタロを助けに来たんだカラっ♪」
「ディアボロの動きはソフィアが止めている。今のうちだ」
エマーソンの渋い声がここまで届く。
うなずき合ったユウと播磨は、和人君を連れての移動を開始する。播磨がディアボロの様子を窺うと、確かに身動きしていない。今がチャンスだ。
播磨が和人君を背負い、ユウがタロを抱える。
物陰から物陰へ。静かに音を立てず。ディアボロから目を離さずに。
向こうにいる味方がうまくやってくれているようだ。ディアボロがこちらに注意を向けてくる様子はない。
やがて裏口に到達する。鍵は内側からなら簡単に開く物だった。音を出さないよう気を付けながら扉を開け、播磨が先導して外へ出る。
和人君が十分建屋から離れたのを見届けてから、ユウが中にいる仲間に声をかける。
「和人君、脱出成功☆」
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アイリスは朝陽を工場前の道路まで運び、そこで降ろした。
「さすが撃退士ね。私なんて軽々。力あるわ」
「それは淑女的には褒められている気がしないな」
表情が読めないアイリスだが、少し機嫌を損ねたようだ。
「いや、その、ありがとう。ここまで来たら私は大丈夫よ」
「そうだな。では私は戻るぞ」
言い終わると同時にアイリスは工場内へと戻っていった。
アイリスが工場の建屋に戻ると、仲間はちょうどディアボロを外へおびき出しているところだった。
ソフィアの束縛から解き放たれたディアボロは、怒りに身を任せて暴れる気配を見せた。
そこを見逃さず、エマーソンは自身の拳銃を操りディアボロの動きを牽制した。アウルの弾が肩をかすめ、資材を倒す前に身を引かせる。続いて足元を撃ち、相手を挑発する。まんまと乗って身体を前に出すディアボロ。
「さぁ、こちらまで出てきてもらおうか」
長く伸びた鼻先で周囲の機材を打ち倒そうとすれば、すぐに弾が飛んできて動きを封じられる。エマーソンは巧みにディアボロを操った。
そうするうち、ディアボロは建屋の外まで引き摺り出されていた。
「ブヒイイイイ!!」
大きく咆吼するディアボロ。四足歩行で全長三メートル程の黒い巨体。長く伸びた鼻はまさしく豚だが、口からはみ出た牙は長く鋭い。足にある太い蹄で地面を掻いている。
「後は、被害が出る前に倒しちゃおうか」
余裕のあるソフィアの声。ディアボロは既に撃退士達の手で取り囲まれている。
「さぁて、ショータイムと行こうか」
御剣がステップを踏みながら敵に近付く。警戒して鼻を鳴らすディアボロ。
不意に御剣の身体が前に動き、敵の懐に入った。
サイドステップ。
御剣の蹴りがディアボロの脇腹に突き刺さる。脚に装備した『アルラキス』により、その蹴りの威力は大きく増している。ディアボロがよろめいて尻をつく。
どうにか立ち上がった黒い豚が、その大きさを頼んで突進してくる。最小限の動きで身をかわす御剣。
「フフッ、そんな動きで僕を捉えられるのかい?」
軽くフェイントのような動きを見せて挑発する。
怒りに燃えたディアボロがもう一度突きかかろうと構えたところへソフィアの攻撃呪文。
La Pallottola di Sole(ラ・パッロットラ・ディ・ソーレ)。
太陽のように輝く魔力の弾が敵を襲う。
「これで大人しくしてね」
まともに食らったディアボロの背から煙が上がり、焼けた臭いが漂う。黒い豚の叫びが夜空に轟く。
エマーソンの自動式拳銃・オルプニノスH17が火を噴く。そのクイックショットは攻撃を悟らせる間もなく敵を攻め立て、なすすべもなく敵に血を吹き立たせる。
「どうかな、もう動けまい」
ここまでの傷を受けて、なおもディアボロは戦闘意欲を失っていなかった。雄叫びを上げながら血走った目を撃退士達に向け続ける。
そこにアイリスが静かに忍び寄る。
「この手の敵は体重を支える足が弱いと相場は決まっている」
動きが緩慢になっている黒い豚の足を、その大鎌で狙い撃つ。光る刃が無音で迫る。大鎌は足を胴から斬り離し、ディアボロからその巨体を支える術を奪い去る。
右前足を失ったディアボロが地面にへたり込む。
続いて綾が不思議植物図鑑を掲げる。
「このままやられてしまいなさい!」
一見するとただの本に見えるかもしれない。しかしこれは恐るべき攻撃兵器となるのだ。図鑑から木の葉の刃、種子の弾丸が射出され、ディアボロ目掛けて殺到する。それらの刃、あるいは弾丸は、ことごとく敵の巨体に突き刺さった。
敵の動きが止まる。これで終わったか?
突然ディアボロの傷口から勢いよく血が吹き出し、すぐに止まった。
「ブギイイイイイ!!」
ディアボロが残った足を支えに身を起こす。死力を後足に込めての跳躍。最後の攻撃。その先には千葉が。
千葉も跳ぶ。
「ゴウライ、バスターキィィィィック!!」
大声を響かせ、空中で捻り込んだ飛び蹴りを黒い豚の眉間に叩き込む。
一瞬の溜め。
ディアボロが身を捻りながら巨体を宙に舞わす。そのまま建屋の壁を破って中へと転がり落ち、二度と動かなくなった。
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外灯だけが照らす夜の道。
向こうからハーモニカの音が聞こえてきた。
吹いているのはユウ。隣の和人君はしっかりとタロを抱いている。その頭を優しく撫でている播磨。
三人が近付くにつれ、今までの緊張から解き放たれて涙が出そうになる朝陽だったが、ここはグッとこらえる。
工場から撃退士達がやって来た。
綾がタロへと駆け寄る。
「タロ、頑張ったわね。誇りに思ってよ?」
優雅に微笑み、優しく撫でる。
そう、タロが助けを呼びに行かなかったら、和人君はどうなっていたか分からない。
「ボクを見ているようで放って置けなかったの……。ボクもちゃんとご主人様の所に帰らなきゃね。……もう、離れちゃダメよ」
タロがくぅーんと鳴く。ちょっとした家出のつもりがこんな事になってしまったのだ。タロなりの反省が少しはあるようだ。
綾は次に和人君の方を向く。
「和人君ももう無茶はしない事! 分かったわね」
ちょっと強めに言ってみる。
「はい、分かりました……」
すっかり意気消沈している和人君。綾はニッコリ微笑むと、和人君の前に屈み込んで、その両頬を軽く摘まむ。
「でも無事で良かった」
少年の顔を覗き込む。
ユウが隣でおどけたようにハーモニカを吹く。そのリズムに合わせて綾が和人君の頬を上げたり下げたり引っ張ったり。
和人君もようやく笑みを見せる。
「和人君は声を上げる事なく怖いのをじっと我慢してくれましたね。おかげで無事逃げ切る事が出来ました」
行動を共にしていた播磨が優しく言う。
「よく耐え切った。君は『立派な男』だよ」
御剣が和人君の頭を撫でる。恐怖で一杯だっただろうに泣かなかった少年は、まさに『立派な男』だった。
「それに君は『立派な戦士』だ」
小さな身体で主人を守り切ったタロにも微笑みかける。タロが答えて元気に吠える。
そのタロを撫でるのはエマーソン。
「うん、よく頑張った。今日の頑張りはこれからも誇りに思えばいい」
そして朝陽にも顔を向ける。
「大峰山もディアボロ相手にいい覚悟を見せてくれたね。なかなか出来ない事だよ」
「いやー、私はただただ無我夢中で」
頭を掻いて笑う事しか出来ない朝陽。
「朝陽さん、照れてる?」
ソフィアが朝陽の頬を突いてくる。ニッコリと笑みを浮かべながら。
アイリスがジーッと和人君を見ている。子供相手には不器用で甘いアイリスは、どうしたものかちょっと迷っている。やがて手を出すと、クシャクシャと和人君の頭を掻き回した。相変わらず無表情だが、どことなく嬉しそうだ。
「和人君とタロは無事か?」
遅れてやって来た千葉が問いかける。
「ええ、お陰様で」
答えた朝陽に爽やかな笑顔を見せる千葉。
「大峰山さん、ご協力ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。撃退士のみんなには感謝感謝よ。お腹が空いたし夕飯にしましょう。いくらでも奢るわ。さ、皆来て」
朝陽が皆の手を引き、背中を押す。
こうして町の平和は保たれ、夜は更けていくのであった。