さすがは斡旋所だ。モデルになってくれる人はすぐに集まった。
木村はこれから順に撮影していく事になる。
どんな撮影になるのだろうか?
●知夏
ウサギの着ぐるみで現われた大谷 知夏(
ja0041)に木村は驚いた。
「知夏の躍動感に溢れる動きを、お見せするっすよ!」
なるほど、彼女が活躍できるのは商店街の歩行者天国だろう。
「写真展で注目を集め、全身着ぐるみを布教っす!」
道すがら、知夏は彼女の野望を語るのだった。
「知夏の動き、カメラで捕らえられるっすかね!」
歩行者天国にたどり着いた途端、光纏した知夏は溢れんばかりの元気さで、コミカルに走り回り始めた。
着ぐるみでの活発な動き。通行人の注目を集める集める。
知夏がダイナミックなバク転を決めた瞬間を、木村はカメラに納める。
「さて、そろそろ本気でギャラリーを集めるっすかね!」
すでに十分ギャラリーはいますよ?
「さぁさぁ皆さん! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃいっすよ♪」
「すごい、ウサギだよ、お母さん」
子供達が興奮気味に知夏を指さしたり。
「ふっふっふー♪ やはり、ギャラリーが居るとやる気が上がるっす!」
女子高生が駆け寄ってきて、一緒の写真を携帯で撮っていったり。
そんな姿も知夏と一緒にフレームに入れて撮影。
「そこの人! 写真に興味は無いっすか? 写真撮影部はいつでも部員を募集中っすよ!」
部員の勧誘までしてくれるとはありがたい。
「そこの見目麗しいお嬢さん、写真撮影部は美麗な被写体も募集中っす!」
ちょっとしたポーズを決めながらそんな事を言う知夏が、木村にしてみれば良い被写体だった。
知夏の躍動感を逃さず捉えていくのだ。
「そこの方! 流行の最先端は、フィルム写真っすよ! 写真撮影部に入れば、流行に鋭い女子にモテモテ! ……かもっすよ!」
何その自信なさげな語尾。
知夏の愉快なパフォーマンスは続いていき、最後にはギャラリーと一緒になってはしゃぐのだった。
「ふぅー、何か途中で当初の目的を忘却した気がするっすけど、楽しかったので良かったっすよ!」
いい汗をかいた知夏は、満面の笑みでそう言うのだった。
それから、この界隈で全身着ぐるみの子供達の姿をよく見掛けるようになったのはまた別の話。
●星露
藍 星露(
ja5127)はデートを提案した。
「男女の信頼関係構築には、二人きりで遊びに行くのが一番よ♪」
という事なのだ。
「あ、これも信頼を深める為。親しみを込めて大輔くんて呼ばせてもらうわね☆」
などと微笑まれただけで、木村は一杯一杯だった。
星露の服装は体型にフィットするアンシンメトリー裾のベージュ色ニットトップスと黒いフレアマイクロミニスカート。
足元はトップスと同色のブーツ。
肩にレザーのショルダーバックを提げていた。
「大輔くんが普段写真を撮ってる場所を巡りたいかな」
という星露の希望に従って、木村はいつも撮影している下町の路地裏へと案内した。
このゴチャゴチャとした路地裏の風景と、魅力的な星露が生むコントラスト。
木村は道を歩く自然な星露の姿をカメラに収める。
そうするうちにお昼になった。
「お弁当を作って来たの。一緒に食べましょう?」
近くにあった広場でお弁当を広げる。
料理は中華系でまとまっていた。
(……ちょっと好みは分かれるかも)
星露はそんな事を思ったが、木村は美味しいと言いながら食べていった。
美人が作ったというだけで、木村にとってはこれ以上無いご馳走なのだった。
そして撮影の本番。
星露のプランに従って、木村の部室でセッティングをする。
鍵を掛けて、カーテンをきっちり閉めるよう念押しした星露は、何故か悪戯っぽい笑みを浮かべるのだった。
星露にはちょっとした「企み」があった。
着替えるからと言って、星露は木村に背を向けさせた。
そして下着だけの姿になると、星露はいきなり木村に抱き付いた。
「今日のデート、とても楽しかったから……そのお礼。あたしの全部、大輔くんに撮らせてあげる」
木村の身体がこれ以上無いほど強ばっているのを感じる。
「下着は……大輔くんに脱がせてほしいな」
そう言って、星露は木村の耳に吐息を送った。
木村は突如ダッシュして星露から離れると、振り返って土下座した。
「頼みます。勘弁して下さい!」
「ヌードは嫌?」
下着を脱がせろは言い過ぎだけど、ヌードには興味があったんだけど。
木村はしばらく動かなかったが、ゆっくりと頭を上げた。視線は下にやったまま。
「あの、本当にいいんですか?」
「うん」
木村は部室脇の棚から白いシーツを出してくる。
「あの、これを使って下さい」
そうして、星露は生まれたままの姿でソファに腰を下ろし、シーツを身に纏ってカメラへと視線を送る。
木村からはさっきまでのオドオドした様子が消えて、真剣に被写体を追う目になっていた。
そうしてポーズを変えながら、二人だけの撮影が続けられたのだった。
●來鬼
「良い機会だし……やってみよう!! 何事も経験だぉ」
とは言えどうしたものか。
幽樂 來鬼(
ja7445)は悩んでいた。
「出展するんだし結構緊張はするよねぇ」
写真のモデルは初めてなのでどうしたものかと悩みながらも、こうして考えていくのは楽しかった。
そして着物に着替えた。
「着物着るの何時振りだろう」
そう呟いて苦笑してしまう。
着物に合いそうな日本庭園があると木村に連れられていく。
よく手入れされた樹木に色とりどりの秋の花。
來鬼の着物は庭園の風景によく映えた。
そんな姿を撮っていく木村。
写真を撮られるなんて七五三くらいなのもあって、來鬼はなんだか照れくさく思ってしまう。
道の向こうに御茶屋さんがあるのを見つけた。
「あそこで撮らせてもらおう!」
來鬼は子供みたいに木村へ声をかける。
ちょっとだけ疲れたかな?
椅子に腰掛け少し休憩。
ぼぉっとするもふいに大事な人の笑ってる姿が頭をよぎり、クスリと小さく笑う。
そこを木村に撮られてしまう。
來鬼は我に返って顔を赤くしながも誤魔化すように笑い、
「何回か撮るの?」
と木村に聞く。
木村は曖昧な答えしか寄越さずに、結局その御茶屋さんにいる間中、何回もシャッターを押されてしまう。
庭園にある池には錦鯉がゆったりと泳いでいた。
それを欄干に身を預けて熱心に眺める來鬼。
そういう姿はどことなく子供っぽいが、眺めるうちに大事な人の事がまた頭に浮かぶと、來鬼は恋愛している一人の女の子になるのだった。
その姿をまた撮られてしまう。
やっぱり照れくさい。
ひと通り庭園を巡り撮影を終える。
「ありがとうございます。いい画が撮れました」
そういう言葉を木村から受ける。
モデルをして心機一転、出来たかな?
きっと何かが変わったに違いない。
來鬼はそんな事を思うのだった。
●シェリア
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)に似合いそうな洋館が郊外にあった。 横浜にあった物を移築したという、歴史ある建物だ。
「ふふ、自分で言うのもなんですが、これでもルックスには自信がありますの。自然体でいますから、綺麗に撮ってくださいませね」
シェリアは銀髪をふわっと払って胸の下で腕を組む。
ゴシック調のドレスがよく似合っている。
思わず見惚れてしまった木村に、
「ちょっと、何をぼーっとしていますの。モデルとして写真を撮るのでしょう? さあ、遠慮なくどうぞ」
と少し咎めるように言う。
慌てて木村は石で出来た門の脇に佇むシェリアを写真に収めた。
そうやって自然体と言いながら、撮られる気満々で決めポーズのシェリア。
クールに振る舞いながらも実は人一倍写真のモデルになれる事を喜んでいるのだ。
建物の中に入ると広いエントランス。
古いが丁寧に手入れされているのがよく分かる。
シェリアが屋敷内を巡っていき、それを木村が撮影していく事とする。
リビングに入ったシェリアは、一人用のクラシックなソファに腰を下ろし、眼鏡をかけて持ってきていた本を広げた。
髪が垂れたのを、耳にかける何気ない仕草を写真に収める。
ダイニングには木製の、屋敷と同じだけの年代を感じさせるシックなテーブルがあった。
そのテーブルに向かい、紅茶を淹れたカップを傾けるシェリアの上品な姿を木村は逃さず撮っていく。
「あなたも休まれてはいかが?」
固辞した木村だったが、結局はお茶を飲む事になる。
ちょっとしたティータイム。静かに時が流れる。
小さいながらもホールがあった。
磨かれた床が陽光を反射し、部屋に明るみを与えていた。
窓に近寄ったシェリアは、窓枠に手をかけて、憂いを帯びた表情で外の景色を眺める。
そうした姿は被写体として申し分ないばかりか、ただそのまま眺めていたい気分に木村をさせる。
そうして屋敷の中をひと通り回っていった。
元のエントランスでシェリアが口を開く。
「うふふ、上手く撮れましたかしら? ま、まあまたモデルが必要になったらもう一度被写体になってあげない事もなくってよ?」
そう言いながらも、シェリアは自分の頬が少し赤くなっているのを自覚していた。
今日は一日、モデルを楽しんだシェリアであった。
●マロウ、フルール
マロウ・フォン・ルルツ(
jb5296)とフルール・クーレ(
jb5395)の希望に従い、学園内の音楽ホールの一つを貸し切った。
そこはこぢんまりとしていて、観客席とステージに段差がほとんどなく、ライブハウスと言うよりはジャズバーに似た雰囲気だった。
木村はあらかじめ二人の許可を取り、知り合いの音楽好きを何人か呼び寄せておいた。
ジャズ調という話だったので、それなら聴衆がいた方がいいと思ったのだ。
マロウは膝丈の紺色のAラインドレスと白い靴。
団子状にアップに纏めた髪に白い髪留。
いつもの服よりも幾分かシンプルにまとめていた。
一方のフルールは黒の燕尾服にリボンタイ、黒のハイヒールと、マロウのドレスが映えるように黒の正装だった。
マロウがチェロ、フルールがフルートを演奏する。
「ほら、フルートってボクの名前に似てるでしょ?」
そんな事をフルールは言っていた。
「撮るときは、ボク達の表情だけじゃなくて、音も乗るような写真にしてくれると嬉しいなっ」
それがフルールの希望だった。
「あなたがいちばん素晴らしい瞬間だと感じたのを、どこからでも、選んでね」
マロウの言葉だ。
離れたところで三脚を構えていたら、
「そんなに遠くからで、私たちの感情が伝わるの?」
とも言われた。
なので、二人で音合わせをしているところから、木村は撮影を始めてみた。
そして準備が整う。
「ボクたちのハーモニーも全部写真に残して見せてよっ」
フルールが木村に声をかける。
そして二人視線で合図し、息ぴったりに演奏を始める。
二重奏用にジャズアレンジされた「星に願いを」の緩やかなメロディーが流れ出す。
思わずため息が漏れる聴衆。
二人はすぐに演奏に没頭していった。
フルールはリズムに乗って身体を動かしながら曲に乗っていく。
楽しげに、それでもフルートの優雅さは忘れないパフォーマンスだ。
マロウはコンサート本番のような緊張感を持って演奏している。
音楽に対する思いが本物だからこそ。
マロウがフルールに視線を送ると、フルールも視線を合わせる。
お互いリズムと感情を重ねる。
木村はそんな二人の姿を撮影していく。
元々はジャズに興味のなかった木村だが、今では二人の演奏に乗っている自分を感じる。
曲が「UP UP AND AWAY」へと移る。
今度はアップテンポな曲だ。
聴衆の方から手拍子が聞こえ、木村もリズムに乗って身体を動かす。
マロウとフルールの二人も、視線を合わせながら演奏を楽しんでいく。
(ずいぶん上達したけれど、これは付いてこられるかしら?)
マロウがアドリブの利いたメロディを奏でる。
フルールがそれに合わせて曲を奏でていく。
(やっぱり誰かと一緒に演奏するのって最高っ!)
ヒールを上品にカツンと鳴らしてリズムを取ったり。
マロウは空調の利いたホールの中で額に汗を滲ませつつ、瞳は楽しげな色を見せている。
演者も聴き手も最高に盛り上がっていく。
その瞬間を木村はカメラに収める。
そして演奏が終わる。
聴衆から、力の限りの拍手。
さらにはアンコール。
マロウは笑顔を浮かべると、チェロを置いてピアノへと向かう。
ピアノから「星に願いを」のメロディー。
それに合わせてフルールからもフルートの調べ。
静かに聴衆は耳を傾けるのだった。
そして今度こそ閉幕。
木村の上気した顔を見て、フルールは音楽と写真共に楽しい事を突き詰めて、最高の演奏と撮影が出来たのだと確信した。
それはフルールの望みだった。
一方のマロウは木村と顔を合わせると、
「あら、そういえば。……どんな写真が撮れたか、写真展を楽しみにしているわ」
と冗談めかして言うのだった。
本当に忘れていたかどうかは言わぬが花。
●写真展
こうして無事に、木村の作品が出来上がった。
写真展の開催に合わせて、木村はモデルの六人を写真展に招待した。
六人が到着すると、彼女らの写真の前には人だかりが出来ていた。
なんとか入り込んでいき、どうにか自分達の写った写真を見る事が出来る。
着ぐるみで宙返りを決める知夏の元気な姿。
シーツだけを纏った星露の透き通るような姿。
着物姿で笑顔を綻ばせる來鬼の幸せを感じさせる姿。
ティーカップを傾けるシェリアの上品な姿。
音楽への情熱を感じさせるマロウと、心から楽しんでいる様子のフルールは、一枚の写真の中で視線を交わして一体になっていた。
どれも、六人の個性を感じさせる写真であった。
それが来場客の心を捉えていたのだ。
六人が満足げに写真を眺めていると、後ろから声をかけられる。
「雑誌社の者ですけど、モデルさん全員集まってますよね。一枚いいですか?」
こうして木村の作品と並んで六人の記念写真が撮られた。
それが雑誌に掲載された事で、つれづれ写真撮影部の活動は、無事生徒会に認められた。
そして部室の退去命令は撤回された。
木村は感謝の気持ちを込めて展示した写真をプリントし、モデル達に贈ったのだった。