●一日目
とある住宅街にある市民公園。
普段は何もない広場に、今朝はビニールシートで覆われた、人の高さを超える箱がずらりと並んでいた。よく見るとそこかしこから鉄骨が覗いている。
一見不気味な光景。
何が始まるというのだろうか? 実はここの住民はみんな知っている。
そう、今日から夏祭りだ!
黒井 明斗(
jb0525)が祭り会場に到着した時、そこにはまだ誰もいなかった。
黒井は少し安堵し、持ってきた掃除用具で今日から三日間働く職場の周囲を掃き始める。
ひと通り掃除が終わった頃に、野太い声を真後ろから浴びた。
「おう、もう来てやがったか、感心だ!」
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
「店を開くから手伝ってくれや」
黒井はたこ焼き屋の大将を手伝って、ビニールシートを外す手伝いから始めていく。
そうこうするうち他のメンバーも集まってきた。
全員でたこ焼き屋の屋台の準備を完成させる。
「よし今日から頼むぜ、お前ら。まず、祭りが始まる前にタネの作り方から教えていくぞ」
大将が屋台の裏にあるテーブルの上に、どっかりと大鍋を置いた。
さて、いよいよだ。
天菱 東希(
jb0863)はしっかりと意識を集中させる。
(職人技ッスから、ある程度からは熟練の勘とか言葉で教えられるものじゃない部分もあるッスよね)
(一つ一つ、着実に大将の調理を再現すれば難しくはないはず……)
そう考える鳳 静矢(
ja3856)は周到にストップウォッチを用意していた。これで焼く時間で計っていくのだ。
大将が分量の説明をしながら鍋に材料を加えていく。
いくつかの「企業秘密」も惜しげもなく披露していく。
「これはここだけの秘密だぜ」
にやりと大将が笑う。
次に実際に焼いてみせる。
「火加減をよく見ておけ、外はカリカリ、中はトロリ。そういうたこ焼きを作る火加減てのを覚えとけ」
ダッシュ・アナザー(
jb3147)も鉄板の下を覗き込んでガスの炎をしっかりと確認する。
「こういう、技術は……後々、役に立つ」
少女はこくりと頷いた。
鉄板の上に油が塗られていく。たこ焼きを流し込むへこみ一つ一つに素早く丁寧に塗り込んでいくのだ。
そしてタネを流し込む。早速香ばしい匂いが立ち込める。
一連の大将の動きを間近に見ながら、真野 智邦(
jb4146)はその動きの無駄のなさに感嘆していた。
(なるほど、ほとんど戦闘ばかりなので、こういうのも、たまには良いのかもしれませんね)
梅垣 銀次(
ja6273)は、大将の手際を熱心に覗き込んでいる他のメンバーの邪魔にならない位置に立ちながら、迫りくる祭りの気配にワクワクしてきた。
「ええね、この空気!」
実は祭りを一番楽しみにしているのは、最年長者のこの人かもしれない。
「よし出来た。そら食ってみろ」
大将が焼き上がったたこ焼きの入ったフネを、順繰りに回していく。
みんなハフハフと食べていく。
カリッとした表面。噛むと中身がトロリととろけてくる。タコの歯ごたえ。程よい塩気。紅しょうがのアクセント。
「今日一日でこれを作れるようになってもらうぞ。かなりキツイがお前らは優秀な撃退士達だ。食らい付いてこいよ!」
まずはきれいな形を作れるところから始めないといけない。
祭りの始まった屋台の裏で、家庭用のたこ焼き器で練習だ。
「ああ、聞いた事あるわ。大阪の嫁入り道具に必ずあるいう奴や」
梅垣は一人うなずく。
さすがは撃退士。大将の手並みを見ながら器用にたこ焼きを転がすコツを掴んでいく。
大将がたこ焼きを焼く時間を、鳳がストップウォッチで計っていく。
「さすがに安定している。平均は……」
「おっとアンちゃん。時間で見るんじゃねぇ、表面の焼け具合、千枚通しを通した時の感触で見ていきな。あんたらなら出来るはずだぜ」
「なるほど」
既に時間の目安は付いたので、表面の状態を把握することに集中する。
ダッシュは大将の動きを熱心に追いかけ、事細かにメモを取るよう心がける。
「美味しく、ないのは……厳禁。出来る限り、忠実に……再現できるように」
黒井はまず裏方に集中した。鰹節も怠りなく丁寧に削っていく。
「削りたての鰹節は風味が違いますから」
真野は練習をしながら気になったところをメモしていき、時間の空いた隙を見て大将に質問をしていく。
「おう、みんな熱心だな、うれしいぜ」
昼が過ぎた頃、屋台にある鉄板の端を使っての特訓が始まる。
「そいつはまだ早いぜ!」
「す、すみません」
大将の無駄に大きな声に涙目になりかける天菱。
(でも、お客さんの為にもなけなしの根性出すッス……!)
「おう、その調子だ!」
鳳が素早く千枚通しを操り、たこ焼きを仕上げていく。
「大将、このたこ焼きならどうだろうか?」
「うん、文句ねぇ」
裏方で力仕事を一手に引き受けていた梅垣が、ひょいと鉄板の方へ顔を出す。
「見とるだけや、きにしんとやってやー」
「おう、アンちゃんもやってみろや」
こうして全員が大将から手ほどきを受けていく。
そうして閉店。最後には、全員が売り物として出せるたこ焼きを焼けるようになっていた。
「ようし、これで俺も安心して屋台を空けられるぜ、後は任せたぞ!」
●二日目
この日も朝一番に現われたのは黒井だった。
掃除をして、屋台の準備を進めていく。
「おはようございます」
「よう、兄ちゃん熱心だな!」
隣の射的屋のお兄さんが声をかけてくれる。
ダッシュは浴衣で現われた。なんとなくどよめく男性陣。
そしていよいよ祭りが始まる。
「ん? 天菱君、震えとるんか?」
「む、武者震いというやつッスよ」
それは若干の強がりのように周りからは見えたが、実際に仕事が始まると天菱は接客をスムーズにこなしていった。
初日、大将に鍛えられた仲間だからだろう。全員うまく連携してお店を回していく。
まずは黒井がタネを作っていく。何気にたこ焼き好きなので、特に出汁作りには拘りがあった。鰹節を丹念に削り出していく。
鳳は焼いていく。焼きたてをお客に提供できるように、焼くタイミングを調整していく。そういう心配りが出来るのが鳳だった。
「冷めたり焼き過ぎたたこ焼きは美味しくないからねぇ」
ダッシュは接客に努めた。
「会計や、注文……梱包は、任せて」
実に手際よくこなしていく。
真野は客寄せをした。
「美味しいたこ焼きはいかがですか? 試食も出来ますよ〜」
子供向けにマヨネーズで絵を描いてみせるのも好評だった。
そして梅垣は裏方での力仕事を担当した。
「真野君、細っこい体やけど大丈夫か? 暑かったらちゃんと水飲みやぁ」
他のメンバーへの気配りも忘れない。
さて、お客の入りはどうかというと、多い、と言うより多すぎた。
ダッシュが手の空いた隙に試してみた「悪魔の囁き」の効果が大きすぎたのだろうか?
「如何、ですか……美味しい、ですよ?」
みんなの作るたこ焼きが美味しすぎたのだろうか?
ともかく繁盛した。
担当はローテーションしていったが、休むゆとりはなかなか生まれない。
鳳のように、隙を見て水分補給などをしながら体調管理に努める。
コンディションが悪くなって、味を悪くする訳にはいかない。
夜になり、閉店近くになっても客足は衰えない。
天菱がテンポよくたこ焼きを転がしていく。
「焼きは寧ろ俺的に本命ッス」
大将に鍛えられた苦労が実ったのだった。
たまにはちょっとタチの悪いお客がやってくる。
もしかすると祭りの外の飲み屋にでも行っていたのかもしれない。すっかり出来上がった酔っ払い客が接客をしている上品な黒井に絡んできた。
「兄ちゃんちょっとマケてぇな」
「や、やめて下さい」
馴れ馴れしく肩を抱いてくる酔客。
黒井が力づくで排除するのをためらっていると、梅垣がその酔客の襟首をぐいと掴んだ。
「ちょっとおっちゃん、こっち行こかぁ」
そのままどこかへ連れ去ってしまった。
そうしてようやく二日目が終わる。
●三日目
三日目ともなると、覚えの早い撃退士達は屋台の運営のコツを掴んでいった。
学生達で取り仕切っている屋台という物珍しさもあるのだろう。お客は相変らず絶える事がなかった。
「大変そうねぇ、これ飲んで」
そうやって、お客であるおばさんに差し入れされる事まであった。
ありがたくペットボトルのお茶を頂戴する。
子供も多く訪れた。
そういった子供のお客には、鳳が用意したキーホルダーから好きな物をプレゼントするサービスをした。
「買ってくれて有難う、一つどうかな?」
キーホルダーを受け取り、恥ずかしげに走っていく女の子なんかが微笑ましい。
黒井が事態に気付いたのは昼過ぎの事だった。
「大変です。このままでは紅しょうがが足りなくなります!」
お客の入りが予想以上で、大将の用意した食材が尽きかけていたのだ。
「他の材料は……大丈夫?」
ダッシュの問いに黒井がうなずく。
「じゃあ、俺が買い出しに行ってくるッス!」
天菱が名乗りを上げる。
ちょうど話を聞いていたこの付近の住民であるお客から、スーパーの場所を教えてもらう。
天菱の素早い行動が功を奏し、品切れになる事なくお店を続ける事が出来た。
この騒動の間も、真野はその集中力を途切れさせる事なく、たこ焼きを焼き続けた。
「粉、ねぎ、たこ。七時から一時に回してくるっとな」
こうしてうまく役割分担をしていく事で、お店は回り続けたのだった。
祭りが終わる一時間前になって、大将が現われた。
自分の屋台を閉めた後、すぐにこっちまで飛んで来たのだという。
「ありがてぇこった。お前ら本当によくやってくれた!」
大将がボトボトと涙をこぼしながらみんなの手を握っていった。
「おおげさだな、大将」
鳳が静かに微笑む。
大将が何度もうなずく。
「ようし、今日までありがとうよ、時間は残り少ないが、後は祭りを楽しみな。たこ焼きなら好きなだけ食え!」
「じゃあ……マスターに……お土産を焼いて……いいかな?」
ダッシュが少し身を乗り出す。
「おう、好きにしな!」
「たこ焼きだけやったらあれやろ、おじちゃんが皆になんか奢ったろ、何でも好きなもん言いや」
梅垣がちょっとした提案をしてくる。自分で言うほどおじちゃんでもないのだが。
「そんな悪いです」
黒井が遠慮して手を振る。
「ええてええて、丁度お馬さんに一稼ぎさせてもろたとこやねん」
「お馬さん?」
真野が小首を傾げる。
「お前ら、好きなだけ奢ってもらえ!」
大将が豪快な笑みを浮かべた。
「じゃあ、ご馳走様ッス!」
天菱が素直に頭を下げる。
こうして六人、祭りの最後の輝きを、心ゆくまで楽しんだのだった。