●作戦
背後から敵別動隊が迫ると聞いて動ずる共和国軍提督はいなかった。開戦前に敵の位置が掴めたのは重畳。後は作戦次第である。
いくらかの討議を経て方針は決まった。全艦隊を以て正面の敵艦隊を包囲撃破。後に翻って別動隊と相対する。つまりは各個撃破。
後は実行するのみ。各艦隊、速度を上げ敵に向かう。
●開戦
共和国軍の各艦隊は、二列横並びになって艦を進めた。
「挟み撃ちですか。古典的ですが、効果的……挟まれればですが、まだです」
第一九艦隊の黒井 明斗(
jb0525)提督は旗艦デメテルの艦橋において一人呟いた。
彼の艦隊の前方には敵艦隊。そして右手には全てを溶かす天然の核融合炉、恒星スーリアが横たわっていた。
前列右翼が彼の担当。
彼の隣、中央右側に陣取るのは全艦緑色の塗装で異彩を放つ第五艦隊だった。
「シャーウッドの艦隊」と呼び名されるこの艦隊を指揮するのは旗艦ロビン・フッドに座乗する黒百合(
ja0422)提督。
黒百合は麾下の艦艇の全通信回路を開かせると、指揮卓の上に飛び乗った。
「お疲れ気味の将兵の皆様に艦隊指揮官の黒百合からのサービスタイムよォ。なんとォ、敵艦を撃破した毎に、撃破した艦の乗員全員に金一封をプレゼントするわァ。この機会に一杯稼ぎなさいねェ、以上ォ♪」
演説を終えると軽やかに自身の座席に飛び降りる。
破天荒な提督であったが、艦隊運用には定評がある。
防御力の高い大型艦を正面に据える編成を取り、複数の艦艇で敵一隻に集中砲火を浴びせる戦法を得意としていた。これからその威力が発揮される。
ロビン・フッド艦橋のメインモニタには、星とは違う光彩が細長く広がっていた。
帝国の艦隊群。
ミサイルの射程に入る。黒百合の号令が艦橋に響いた。
「てぇッ!」
タイミングは同時だった。前列の四艦隊から一斉にミサイルの軌跡が伸びていく。
「敵からもミサイル飛来!」
第一九艦隊旗艦デメテルのオペレータが叫ぶ。
「ミサイル迎撃」
黒井の命令が即座に実行される。囮を発射し、敵ミサイルを誘導する。
敗残艦隊の寄せ集めとも言われている第一九艦隊であるが、彼は見事な手腕により、こうして最前線で戦い得る艦隊へと整い上げていた。
輸送艦隊の副司令官として、大小多数の輸送船を運用していた実績の賜物か。
中古の戦艦である旗艦デメテルも、その厚い装甲が頼りになる。
敵のミサイルが到達するより前に、遙か彼方でいくつもの光球が広がる。観測艇から爆発して二つに折れる敵戦艦の映像が届く。
興奮の混じったどよめきが艦橋に広がる。
「手を緩めるな。敵艦隊前衛部隊に攻撃。火力を集中して一気に突き崩せ」
今度は味方の直近で爆発。敵ミサイルが囮にかかり誤爆した。それを乗り越え次の敵ミサイルが。
「味方駆逐艦二、いや三隻が沈没!」
「敵巡洋艦二、駆逐艦三の撃沈を確認!」
彼我の損害が短い間に次々と累積していく。
「敵の攻撃が緩いわね」
暮居 凪(
ja0503)提督が呟く。
黒百合の隣、中央左側に陣取る彼女は、自身の名が売れる事を嫌い、手柄や戦果を可能な限り他者に譲るよう立ち回るような人物である。
それでも彼女の艦隊の名前は共和国軍に轟いている。
ズィルバーリッター。銀騎士隊。艦隊はそう呼ばれていた。
この栄光の艦隊名は代々受け継がれたものであり、配属された暮居は否応なくその名を背負い、旗艦シュペーアにて指揮を執るのであった。
暮居は敵が攻撃に失敗していると気付いた。恐らくこちらが急速接近した事で、開戦時間を見誤ったのだろう。
タイミング。それを逃したのだ。
辛うじて応射はしてきたが、それは散漫な物だった。
「これは大きな失敗ですよ」
前列左翼の第四艦隊を指揮する神坂 楓(
jb8174)提督が副官に言う。
温厚な性格の彼女であるが戦闘スタイルは攻撃的で、近距離での撃ち合いや艦載機による近接戦闘を好んで採用した。
「合戦準備、戦闘旗掲げっ!」
会敵前の号令で、旗艦扶桑のメインマストにはプレート状の共和国軍宇宙艦隊の軍艦旗が掲揚されていた。
地球における海戦のこの伝統は、宇宙時代に途絶えてしまっていたのだが、戦史に深い興味のある彼女の手によって、この艦隊では復活していたのであった。
神坂は続けた。
「この会戦は両者損害を免れ得ぬ果てしない削り合い。打撃を受ければ受けるほど、反撃の火力は減じてしまいます。緒戦での失敗は大きく後を引きますよ」
神坂は声を張り上げる。
「対艦誘導弾、発射」
このチャンスに攻撃の手を緩める神坂ではなかった。
●包囲
後列の四艦隊は、左右に分かれて前列の外側を迂回していった。
前列が敵艦隊を釘付けにしている間に、側面を抜けて後方へと包囲していくのだ。
右翼から敵側面を狙うのはミリオール=アステローザ(
jb2746)提督の第一四艦隊だった。
旗艦は「深淵女王(アウラニイス)」。黒曜石のような艶のある黒色をした戦艦である。
彼女は宇宙を放浪する傭兵団の部族長という変わった経歴を持っていた。その強大な戦闘力を共和国軍に見込まれたのだ。
艦隊の半数が傭兵団からの編入という編成に、当初は軍内にも批判の声が大きかったが、その後の戦果が彼等を黙らせた。
特に操艦に優れ、現在も、空間を三次元的に最大限利用して敵艦隊の薄い部分をすり抜けるという機動によって、目的を達しつつあった。
「宇宙空間は私達の領域……見せて差し上げますワっ!」
そしてミサイルを敵側面に叩き込む。
「ワふー……これは久々に全力で暴れたくなるのですワ」
アステローザに続くのはフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)提督の第八艦隊。
ボールドウィンは元帝国軍上級士官であり、世襲に腑抜けた帝国はもはや存在する価値無しと判断して共和国へと亡命していた。
その旗艦は真紅の外装の帝国上級士官用戦艦・リベリオン。彼女が亡命に際して乗艦していた物である。ボールドウィンは亡命時に相当数の艦艇を伴っており、第八艦隊にはその時の艦艇が組み込まれている。
リベリオンにせよ、それらの艦艇は共和国軍のパーツが組み込まれ、性能は共和国軍の物と変わりがないレベルにまで引き上げられている。
彼女の艦隊はドリフトをするような軌道で敵艦隊側面に回り込んでいった。
「世襲の腑抜けどもが……数が居ようと有象無象では相手にならぬ事を教えてやる」
敵ががら空きにしている側面を見てそう呟く。
「ミサイル第一波発射後接近、打撃戦に移行する」
ボールドウィンの号令がこだまし、第八艦隊のミサイルが敵の艦隊を側面からへし折った。
左翼から敵側面に回り込んだのはリオン・H・エアハルト(
jb5611)提督の第一一艦隊だった。
クルーエル級高速戦艦「マローダー」を旗艦とするエアハルトは、帝国からの亡命貴族の子孫という経歴を持っている。
「さて、仕事の時間だ」
艦橋にいる面々に向かって静かに言った。
メインモニタには敵艦隊の側面が映し出されている。前面の共和国艦隊との激しい戦闘のさなかで、こうして見ている間にも戦艦の一つが爆発を起こした。
エアハルトが声を挙げる。
「斉射三連、てぇぇッ!」
第一一艦隊から一斉にレーザーが放たれ、敵艦隊の弱い側面を抉っていった。
エアハルトの艦隊に続いて側面に入ったのは天宮 佳槻(
jb1989)提督の第七艦隊。
彼の経歴もまた波乱に満ちていた。帝国の庶民に生まれた彼は、世襲貴族に苦杯を嘗めさせられた天涯孤独の元・帝国士官学校の学生だった。
当初ジャーナリスト志望だったが報道や言論の自由に乏しい体制下で挫折。軍なら実力次第でのし上がれると聞いて士官学校へと進んだが、そこでも身分制度の壁にぶち当たり、挙げ句無実の罪で投獄されかけ共和国へと亡命したのだった。
結局のところ帝国も共和国も権力の腐敗や差別意識に変わりはないと今ではシニカルに見ている。
それでも戦う以上、役目は果たす。それが彼の矜恃であった。
彼の艦隊にも敵艦隊の側面が見えてくる。
ミサイルの斉射。光芒と共に多くの命が散っていく。
これらの側面攻撃によって、敵の両翼の二艦隊は大打撃を被る。正面の共和国艦隊からの攻撃を加えると、早くもその戦力は半減していた。
さらに共和国の両端の二艦隊は、敵後背を目指して進軍していく。
「よし、敵の陣形の裏側に回り込むぞ。味方の射線に入るなよ?」
エアハルトが悠然と命令を下す。
●殲滅
ここに於いて、前列を形成していた四艦隊は中央突破の好機と見て取った。
敵中央と相対する黒百合のシャーウッドの艦隊、及び暮居のズィルバーリッターが突破に向けて陣形を整える。
「よし、敵艦隊が乱れたわねェ……全艦、主砲斉射三連、その後全艦突入ゥ!!」
黒百合は心を躍らせるといった風に命令を下す。
「銀騎士隊。行くわよ」
暮居は主砲斉射で攻勢をかけ、まずは敵艦隊の戦線を崩しにかかる。
黒井の第一九艦隊と神坂の第四艦隊も中央の敵二艦隊にレーザーを叩き込み援護する。
「味方の突入ポイントに砲撃、その後、後方に備える」
「主砲、撃ち方始め」
シャーウッドの艦隊、ズィルバーリッターが突入を開始。
この時点で、両艦隊は敵との撃ち合いにより二割程度艦艇を減らしていた。無傷とは言えない打撃。しかしそのまま敵へと肉薄する。
彼我の距離が指呼の物となったところで艦載機の発進。攻撃機が敵艦隊へと殺到する。
機敏な攻撃機は敵艦隊の防空網を突破し、動きの鈍い敵戦艦に劣化ウランの銃弾を叩き込む。
敵も艦載機を繰り出すが、既に抗戦出来るほどの戦力は備えていなかった。
共和国艦隊両端に位置するアステローザとエアハルトがついに敵後背に達する。
この間敵とて座視していた訳ではない。側面に展開する共和国軍に砲撃を加え、横腹を晒さないよう回頭した。
しかし彼等は正面にも敵を抱える身であった。判断の遅かった左翼艦隊は四五度の回頭に留まり、いくらかましだった右翼側は側面一八〇度をカバーする円弧状の陣形を取った。
これらの対応は焼け石に水という物だった。共和国軍の前方、側面、後背からの砲撃が容赦なく帝国軍を削っていった。
「攻撃隊発艦前に艦砲射撃を実施。発艦後、更に三十秒間の援護射撃だ。攻撃隊には『当たるな』と伝えておけ」
敵艦隊に迫るエアハルトの指令。
側面攻撃のボールドウィンと天宮の艦隊は、レーザー砲による激しい攻勢によって敵陣を乱す。
「ターボレーザー搭載艦の準備はいいか。接近と同時に叩き込んで陣形を乱す。突破の援護にはなろう」
第八艦隊の備える新型兵器のターボレーザーは、これが初の実戦投入であった。
ここに於いて、ついに敵の左翼艦隊が撃破された。
「微速後進、砲撃距離を保ち、味方艦隊と砲撃ポイントを合せろ。確実に削れ」
黒井の終始的確な指示により、正面の敵艦を確実に削り取った成果である。
続いて右翼艦隊も、正面から迫った神坂の攻撃機により壊滅する。
「突撃隊形! 近接戦闘に移行する。艦載機発艦用意、対空戦闘用意」
近接戦闘は神坂の得意とするところだった。
こうして戦いながらも後背の敵への警戒は怠っていなかった。
神坂は偵察艇からの情報を常に確認し、挟撃の危険を警戒した。
その敵別動隊は今一歩の位置にいた。既に壊滅を始めていた本隊への救援には間に合わない。
正面の敵を撃破した黒井の第一九艦隊が回頭し、敵別動隊に備えて陣形を組み直していった。
アステローザ、天宮もここでの役割は終えたと見て、次なる戦場へと向かう。
残る敵正面艦隊へ、相対する黒百合のシャーウッドの艦隊と暮居のズィルバーリッターが攻撃機を飛ばす。
さらに後背からエアハルトとボールドウィンが迫る。
「こうもあっさり壊滅するとは歯ごたえのない」
敵後背までスライドしたボールドウィンのターボレーザー。
「乱戦か……白兵戦部隊を送り込め」
このエアハルトが決め手となり、中央の敵二艦隊も継戦能力を失う。
敵の別動隊到着前に本隊を撃滅。作戦は成功し、勝利は大きく近付いた。
●別動隊
共和国艦隊が敵別動隊と会敵。
驚くべき事に敵が先手を取った。
狙いを定めたのは、敵本隊を撃滅した勢いのまま次なる戦場に辿り着いたエアハルトの第一一艦隊。
ミサイルの飛来。迎撃する味方艦を貫く。ほんの僅か後手に回った事で被害は大きくなる。味方艦沈没の報が累積していく。
「別の敵艦隊、突っ込んできます! 艦載機の飛来を確認!」
敵の攻撃機が第一一艦隊を襲う。獰猛な狼が艦隊の対空網を潜り抜ける。
次々と光の玉と化す味方艦艇。
旗艦マローダーの真横にいた戦艦の機関部が暴発。激しい振動が艦橋を揺るがす。
「怯むな。ここで旗艦が怯めば全艦に動揺が広がる」
魔の十分間。この敵の先制攻撃は、第一一艦隊を半減させるという大打撃を与えた。
「楽には勝たせてくれないようだ」
エアハルトは辛うじて味方艦隊を立て直す。
しかしこのままやられる共和国艦隊ではなかった。一一艦隊にミサイルを放った敵艦隊を、黒井、アステローザ、天宮の艦隊が襲い、敵の四割程度を削り取る。天宮による側面攻撃が大きな戦果を上げた。
ここへ黒百合のシャーウッドの艦隊が到着。急激なありえない機動を取り、もう一つの艦隊にミサイルを叩き込む。
残る三つ目の敵艦隊の攻撃は、黒井の艦隊を僅かに削るに留まった。
味方艦隊は雁行の陣を形成。斜め方向に直線に並び、両端から敵艦隊の包囲を企図する。
しかし敵艦隊は巧みに位置を取り、容易に背後を取らせなかった。共和国艦隊の攻撃にも良く対応し、大きな損害を出す事なく応戦した。
「なかなかやりますね。先程の本隊よりよほど骨がある」
敵艦隊と少し距離のある暮居が、全体を見渡し戦況を把握する。
敵はよくやっている。しかし彼我の戦力差は既に三倍に達している。側面からの包囲にも成功しつつあった。
ついに敵左翼が崩壊する。潰走するその艦隊に最右翼にあった天宮が止めを刺す。天宮の艦隊は未だ健在。一割程度の損害を受けたのみ。
神坂とアステローザ、ボールドウィンの艦隊もここまでの損害は軽微。しかし残る艦隊は、三から五割程度の損害を出している。敵と撃ち合いになれば、否応なく艦艇は削られる。
ついに共和国艦隊の包囲が完成する。四方からの砲撃を受け、さすがに善戦を続けていた敵艦隊も壊滅する。
それを見届けて、神坂は敵味方を問わない生存者の救出を開始した。真空の孤独の中から多くの人命が助けられる。初めて生身で相対し、お互いが同じ人間である事に驚かされる者もいた。
スーリア星系に於ける会戦は、こうして共和国軍の勝利で終わった。帝国軍の侵攻は食い止められたのだ。