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寒空の下、屋敷に集まったのは五人の撃退士と東条 要だ。
皆思い思いの衣装に身を包みレイア・クローディアに渡された道具を手に、ぼうぼうと背丈ほどに生えた草達を眺めていた。
100平方メートルほどの庭一面に広がった草達はびゅうと風に吹かれなびき、それはさながら
「ここはどこのジャングルなのだろうか……」
こぼしたのはメイシャ(
ja0011)だ。
「まったく、こうなる前にマメに手入れすればいいものを……」
メイシャはぶつぶつ言いながらも、足下にある草を丁寧に根本から引っこ抜き始めた。
「まずは屋敷までの道を開けないとな。こんなに草がぼうぼうに生えてちゃ、休める場所もない」
「それは同感だ」
メイシャの隣にしゃがみ込み、草をむしり始めたのは地堂 光(
jb4992)だ。
「今日はサンドイッチも持ってきたんだ。レイアも紅茶を用意してくれるって聞いてるし、テラスを優先で片付けていこう」
「そうか、それは楽しみだ。早いところここを片付けてしまおう」
頷き合い、二人は目の前の草をひたすらに抜き始めた。
「急ぎの依頼、ってことでしたが、どんな理由で急いでるんです?」
志塚 景文(
jb8652)は屋敷で窓の外を眺めるレイア・クローディアに声をかけた。
ブロンドの髪を揺らし振り向くと、礼儀正しい景文に応じてレイアもにこりと微笑んだ。
「それはほら、終わってからのお楽しみってことで……ね?」
口元に指を当て、楽しそうに笑うレイアに景文は肩をすくめる。
「とにかく、ちょっと近いうちに庭を使いたい用事があるのよ。またこの依頼が終わったら言うわ」
にっこりと微笑む彼女の顔からは緊迫した空気は感じられない。急いでいると言っているとはいえ、大事な用事、緊急性の高い必要性があるわけではないと判断した景文は、代わりに庭が綺麗だった頃の写真がないか尋ねることにした。せめて庭といえる状態に戻すためにも参考にしたかったのだ。
その旨を聞いたレイアは快く写真を見せてくれた。そこにはレイアと思しき少女とつややかな毛並みのゴールデンレトリバーの姿が写っていた。
「昔はこの庭もそれくらい綺麗で、その子とよく遊んでたんだけれどもね」
窓の外に目を向け、レイアはスカートを翻す。
「その子がいなくなっちゃってからは庭でも遊ばなくなっちゃって……思い出がいっぱいあって、庭に出るのが辛くなっちゃって。それで整備を怠っていたからね、こんなに庭が荒れてしまったのは」
振り返り、レイアは微笑む。
「でも、もう大丈夫なの。その子ともお別れするんだ。思い出の場所の、この庭を綺麗にしてね」
写真の裏には鉛筆で「レイア12歳、キャンディと」と書かれていた。
「庭の手入れなど初めてなのじゃ!なんだかワクワクするのう♪」
屋敷を眺めながらアヴニール(
jb8821)は作業着に身を包み、目をらんらんと輝かせている。
でも、とアヴニールはうつむき、続ける。
「こんな大きな屋敷を見ていると我の家を思い出して、少し……なんじゃろう。変な気持ちなのじゃ」
そんなアヴニールの肩にぽんと手が置かれる。
「よーし、おじさん頑張っちゃおうかな〜♪みんな一緒に頑張ろうね〜」
土古井 正一(
jc0586)はアヴニールに微笑む。
「そうじゃな。いつか家族や我付きの執事に再開した時に、我も色々なことができるようになっていることを見せて吃驚させたいモノじゃからな」
アヴニールは満面の笑みを浮かべると、翼を広げ空を飛んだ。上空からレイア邸の庭を眺める。
「我の背丈ではどこが一番汚れていて、どこからやればいいのかわからないのじゃ…………と、正面玄関はあそこじゃな。まずはあそこから綺麗にしていくことにしよう」
飛び降りると、アヴニールは意気揚々と軍手を手にはめた。
「草刈り、草抜きとは、如何やればいいのじゃ?こうして引っこ抜けば良いのかの?」
アヴニールは見よう見まねで草を抜く。
「そうそう、そうやってこっちの方に抜いた草をためておこう」
正面玄関から草を押し分けて出てきた要は草をむしるアヴニールにテラスの横のかろうじて開けた場所を指し示した。
「ほら、こうやって根本から草を抜くんだ。そうすると次に生えにくくなるからね」
アヴニールは手際よく根本から草を抜いていく要に目を輝かせる。
「そうか、そうやってやればいいんじゃな!うむ、なかなか楽しいのう♪」
要を真似てアヴニールはどんどん草を抜き進めていく。と、その足が止まった。
「おお、何やら変な動きのモノが居るぞ!」
もぞもぞと動く黒っぽい小さな生き物をキラキラした瞳で眺めるアヴニールの背中から声がかかる。
「それはダンゴムシって言うんだ。ほら、ちょっと触ってごらん」
言われ、少し硬い背中を指先でつつき、転がす。するとダンゴムシはころんと丸くなってしまった。
「おお……!面白い動きをするのう!このような生き物は初めて見たのじゃ」
新たな生き物に会えるかと、次々に草を抜いていくアヴニール。
「要!また何か見つけたぞ!こっちは何というモノなのかの?」
「それはミミズだね」
「要!これは何という……」
「それはナメクジ」
「要!これは」
「それはムカデ……ってムカデ!?逃げて!!」
地面を這うムカデに二人は逃げ惑う。
わあわあ騒ぎながら足をばたつかせる二人の足元をかいくぐり茂みに勢い良く突っ込んで身を潜めたそれを見て、思わず溜息を漏らす二人なのだった。
一方、空を飛んでいったアヴニールを確認した正一は草をかき分け屋敷へと向かった。
屋敷の隣には草刈機が一台置かれていた。レイアの話によれば、これを使っていたのは数年前で、動くかどうかわからないとのことだった。
それは蔦に絡まれ周りは草に覆われ、まるではじめからそのような置物であるかのようであった。
ふん、と力を入れ蔦を千切ると、バラバラと草刈機に絡みついていた蔦は地面に落ちた。
「あ〜これは結構ひどく錆びちゃってるね……動くかな〜」
持参した工具を駆使して草刈機を調べる。錆びた部分には油を差し、正一は木枯らしが吹くこの寒さにも関わらずしばらく汗水を流しながら作業に没頭した。
エンジンがかかるのを確認して、いよいよ草刈機を駆動できるようになったのは
「みなさん、休憩にしますよー!」
というレイアの声ですっかり綺麗になったテラスに呼ばれた頃だった。
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日が真上に昇り木々を照らす頃。
メイシャが拭き掃除までして綺麗にしたテラスに全員が出揃い、白塗りの細工のこだわったテーブルと椅子が用意されていた。
テラスだけとはいえ、綺麗になると気分がいい。
景文は手を組んでぐいっと上に伸ばす。こんなに汗水を流して労働らしい労働をしたのは久しぶりだった。
レイアの用意したクッキーと紅茶の他、テーブルの上には光の持参したサンドウィッチも用意された。
レイアが光が用意してくれたことの説明を手短に済ませると、いただきまーすという皆の気持ちいい声でティータイムが始まった。
紅茶を淹れるなど、メイシャはレイアに付き添いちょっとした手伝いをした。
皆長時間労働していただけあって手の進みは早い。美味しい、美味しいと言葉と笑い声が飛び交い、あっという間にサンドウィッチもクッキーもなくなってしまった。
草刈り作業は日が少し陰る頃に再開された。
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午後の作業はスムーズだった。草刈機を正一が動かせるようになった為だ。
大きな駆動音を立て、ボロボロで眠っていた草刈機を操作して気持よく草を刈っていく。
「あ、おじちゃん待って」
隣で眺めていた光が駆け寄ったところには少し変わった形の植物が生えていた。足元をよく見るとレンガがあったりと、元々は花壇だったように思える。
「これハーブだよ。自然に群生してたのか。ハーブティーとかに使えそうだ」
部や寮で淹れてみようと考え、仲間の笑顔を思い浮かべ思わずニンマリする。
レイアは光の提案に二つ返事で了承し、自然に群生していたハーブは綺麗に整備された花壇へ、一部は光が持ち帰ることとなった。
「草をひたすら抜くのも疲れ……って、おわっ……!!」
メイシャはズサァと勢い良く突如地面に空いた穴に滑り落ちた。
「だ、誰だ、こんな所に落とし穴を作ったのは……っ!」
わなわなと拳を震わせ立ち上がる。すると上からくすくすと声が聞こえてきた。
見上げると小学生と思しき子供が4人ほど穴の縁から顔をのぞかせていた。
「お前ら……待てェ!!」
きゃっきゃと声がする方へと、穴から這い出し駆ける。が、その足はあっけなく掬われてしまう。
木と木の間を張るロープに足をとられたのだ。ずべしゃと漫画のように見事に顔面から突っ伏したメイシャを見て子どもたちは更に声をあげた。
メイシャは転んでも只では起きんぞ、とロープを手に取ると子供を追いかけた。
「で、どうしようね?この子たち」
ロープで縛られた子どもたちは正一をはじめとした撃退士たちに囲まれていた。
子どもたちは近くに自分たちの秘密基地があるのだと泣き喚く。
この庭は草がぼうぼうに生えていて、まさか人の家の敷地内だとは思いもしなかったのだという。ちょうど子どもたちが忍び込んできていた穴も茂みに見つけた。
とても人の家の庭には思えなかったという子どもたちの言葉にレイアは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
いくつかの提案が上がった中、そうだと正一は手のひらの上に拳を置いた。
「は〜い、君たち約束を守れるかな〜?」
正一が提案したのは、せっかく作った子どもたちの遊び場である秘密基地を壊すのも酷であるが、それをクローディア家の庭に置いておいていいのかということで、秘密基地を残してもらう代わりにこの庭の掃除をするということだ。
レイアの了承と子どもたちの必死の頷きで、彼らは解放され庭掃除を手伝うこととなった。
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「これでおし、まいっと!」
景文は額を浮かぶ汗を拭い、ふうと息を吐く。
すっかり日は暮れ、夕日が綺麗になった庭と彼らを照らしていた。
「今日は本当にありがとう!こんなに綺麗になるなんて……助かったわ!」
庭を見渡しレイアは言う。
ふと「キャンディ」と描かれた墓石にレイアは手をかけ、愛おしそうに撫でた。
「キャンディ、今日はみんなが来てくれて庭の掃除をしたんだよ。貴方がいなくなってしばらく経って……私は庭で遊べなくなっていたけれど。子供たちに秘密基地まで作られていたのよ、笑っちゃうわよね」
レイアの後ろで子どもたちが互いを見合いつつ笑う。
「キャンディがいた時のこと、決して忘れないよ。向こうでも楽しくやってるかな。やってると、いいな。私はもう、大丈夫だよ」
レイアは手に持っていた、自然に生えていたちょっとした花から頂戴したものを墓石の近くに置いた。
柔らかな風が綺麗になった庭と彼らを包み込むように吹いた。
●日が落ちる頃に
「はっ……!?」
自宅のベッドで目を覚ましたのは天羽 伊都(
jb2199)だ。
普段の疲れからか、深い眠りについていたようだ。外を見れば真っ暗な空と光る星々が一つの事実を教えてくれる。
彼が絶対的に今回の依頼に遅れてしまった事を。
今度謝罪しておこうと、伊都は布団にもう一度潜った。