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マスター:飯賀梟師
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/05/07


みんなの思い出



オープニング


 祖母が亡くなったのは、もう二十五年前のことだ。
 当時のことを思い出すのは命日くらいのものだったが、あの時抱いた感覚は今でも忘れない。
 人は、死ぬとどうなるのだろう。
 その肉体が、という意味ではない。死ぬというのは、どういった感覚なのだろう、ということ。目に見えるもの、触れる感覚、鼻に感じる臭い、音――そういった自分の意識は、どうなるのだろう。
 眠りについた時と同じなのだろうか。永遠に、覚めることのない暗闇に落ちるということなのだろうか。果たして闇の牢獄に、そもそも意識などという感覚は存在するのだろうか。
 ……誰にも分からない。
 それが知りたくて仕方なかった。
 だから、とは言いたくない。けれども、恐らく、キッカケはそこにあったのだろう。


 床、壁、天井、扉、照明。たったこれだけとなった部屋の真ん中で、一つ息を吐く。
 荷物は既に車へ積んだ。明日の着替えだけが、部屋の外に用意してある。スマートフォンを覗くと、時刻は午後十時を示していた。
 いつもなら、既に両親は眠っている時刻。
 けれど、部屋の外からは人の気配がした。
 父は酔っ払って眠りについている。
 自分はと言うと、酔うに酔えず、ただぼんやりと、この部屋で過ごす最後の時を過ごしていた。
 きっと、母がまだ起きているのだろう。……眠れないのかもしれない。
 明日は、旅立ちの日だ。小さくなってしまったこの部屋を、窮屈だと感じたことはない。感謝の念すら芽生えるほどだ。
 驚くほど静かな刻の中、母の咳が響く。
 また一つ息を吐いて、立ち上がる。扉を開け、階段を降りればダイニング。これを左へ行けば居間だ。
 母はテレビもつけず、炬燵に足を突っ込んで座椅子に身を預けていた。
 寒がりな母のおかげで、我が家の炬燵はまだまだ活動期間中。がらんとした部屋にいたおかげで、自分の足も冷えてしまった。
 父が愛用する座椅子に座り、自分もまた炬燵へ足を入れる。
 すると母は、物も言わず、こちらに視線を投げた。
「何してたんだよ」
 頬杖を突き、視線を合わさず、呟く。
 母は何も答えない。
 テレビをつける気にもなれず、スマホを出して用もなく弄る。
「一つ約束してちょうだい」
「何だよ、急にさ」
 何分もそうしていたように思っていたのに、実際に母が口を開くまでは数十秒だっただろう。
 妙に改まった雰囲気の母に、スマホを置く。
「きっと、放っておいたってアンタも親になるでしょ」
「放ってちゃ駄目だろ。親になるには、イロイロとヤらなきゃ――」
「バカ」
 渾身のギャグのつもりだったけども、一蹴された。
 こういう重苦しい空気は苦手だ。
 せっかく、明日は門出だというのに。
 二週間後に結婚式を控え、自分は明日に新居へと引っ越すことになっていた。
 母とも、当分会わなくなるだろう。だから、笑ってほしかったのに。
「子どもが出来たら、絶対にこれだけは約束しなさい」
「だから何だよ」
 少し苛立って、トゲのある口調で返してしまった。
 それに母は動じる様子もなく、まっすぐ、射抜くような視線をぶつけてきていた。
 こちらの方が委縮してしまう。
 全く気の早い話だというのに。
「子どもに、冗談でも何でも、一生、死ぬまで、『死にたい』と言わせないで」
「……」
 押し黙ってしまった。
 母の言葉が、重たく感じた。それと共に、何を言っているのか、何故そう言うのかちょっと理解出来なかった。
 でも、一つだけ思い当たることがある。
「小学生時代の口癖だったな」
 祖母が亡くなり、人の死というものについて考えるようになってから、俺は小学生になった。
 最初は、死んだらどうなるのだろうという好奇心だった。
 それが徐々に、今思えばほんの些細なことで「死にたい」と口にするようになった。
 友達と肩がぶつかって、相手に怒鳴られた時、「だったら死んで詫びてやる!」と言って、四階の教室から飛び降りようとしたこともある。あの時は学年全体で大騒ぎになって、母が急遽迎えに来て早退するような事態にもなった。
 似たようなことは、中学生になるまで続いた。
「アンタは分からなかったかもしれないけどね、母さんは、アンタが『死にたい』って言う度、どれだけ悲しかったか。母さんの育て方が間違ってたのかなとか、何もしてあげれないのかなとか、そんな風にずっと、自分を責めて……」
 そこまで言って、母は泣きだした。
 何も答えることは出来なかった。
 その言葉の重みを、受け止めることが出来ない。それだけの受け皿が、出来ていない。
 結局、「そうか」とだけ口にして、体を炬燵の中へと潜り込ませた。
 酒が回っているせいにして、眠るフリをする。
「嫌でもそのうち分かるよ。おやすみ」
 そんな、母の言葉を耳にしながら。


 気がつけば、自分は父親になっていた。
 息子は四歳になる。
 妻と子に囲まれて、幸せだったはずだ。いつしか、この家族というものが当たり前になって、ありきたりになって、その幸せという感覚すら薄れてきた頃のことだ。
 その日は、家族そろって遊園地へとやってきていた。
 当然、息子は小さいので、メリーゴーランドと観覧車くらいしか楽しめない。
 それでも、ほんの少しでも思い出になったり、息子が幼稚園で自慢話の一つにでもしてくれれば、と思っていた。
 華やいだ休日の遊園地。
 ジェットコースターに乗りたいとせがむ息子だが、身長が足りない。すっかりいじけてしまった息子を膝に乗せ、フードコートで食事にする。
 その時。にわかに騒がしさの質が変化した。
 人々から笑顔が消えた。
 見れば、遊園地の入り口の方に大男の影が見える。
 ただの人間ではない。緑色の肌、でっぷりとした体格、麻で作ったような簡素な肝のに、右手の巨大な棍棒。
「お、おい、マジかよ……」
「早く逃げましょ! 早く、早く!」
 何故こんなところに天魔がいるのかなどと考える余裕もない。
 妻と子を守るため、一刻も早くこの場を離れねば。
 そう思って駆け出したというのに、不運にも、その大男はこちらへと向かってきた。
 逃げても逃げても、まるで狙いを定めたかのように追ってくる。
 やがて、遊園地の最奥、観覧車乗り場へと追い詰められた。
 殺される――。
 妻も、子も……!


リプレイ本文


 死にたいと思っていた。
 死にたい、死にたい、死にたいと口にしながら、心のどこかに、死にたくないという矛盾した想いが混在していた。
 一貫性のない感情を抱えて、生きてきた。
 でも。今はそんな脳みそだけの感傷など全てが吹き飛んでしまった。
 自分の命なんかよりもよっぽど大事で重くて尊いものが、消されようとしているのだから。


 大男、トロルは右手の棍棒を高々と振り上げた。
 長く伸びた舌を得意げに出し、口の周りをべたべたにしつつニタリと笑みを浮かべる。
「やめろォォッ」
 男は妻と息子を背に庇うようにして、トロルの眼前に立ち塞がった。
 苛立ったような表情を見せたトロルだが、しかし構わず、その棍棒を握り直し、振り降ろそうとした。
 そこへ。
「こらあぁぁ〜っ!!」
 パルプンティ(jb2761)の怒声にも似た叱咤が飛んだ。
 PDWを構え、突撃。トロルの背後に迫る。
「ヘイヘイ、お尻の穴を増やされたくなかったらコッチ向くですよーぅ!!」
 しかし、万が一にも流れ弾が追い詰められた親子に当たってはならない。弾丸はトロルの背を撃ち貫くのでも、棍棒を握る手を狙うのでもなく、空へ向けて放たれた。
 威嚇。これで気を引ければと彼女は目論んでいた。
 だが、トロルの動きは止まらない。直接害を及ぼしてこないものには目もくれず、といったところか。
 ならばと鳳 静矢(ja3856)が取った行動は、挑発であった。
「そこの木偶の坊、突っ立っていると背中から切り捨てるぞ」
 星煌を突きつけるようにして脅しにかかるが、トロルは背を向けていることもあり、その様子は見えていない。
 それだけでなく、今まさに棍棒を振り降しているところなのだ。見向きもしない。
 慌てて霧谷 温(jb9158)が全力で地を蹴り、神谷 愛莉(jb5345)がストレイシオンを召喚して、それぞれの身を滑り込ませて自らを盾にしようとするが、トロルの巨体に阻まれて回り込めない。
 角に追い詰められた親子の姿は、回り込んだとしても確認は出来ず、トロルの股から彼らの脚が見え隠れするだけだ。
 トロルの棍棒が、父親の脳天を捉える。……かに見えた時だ。
「いやぁ、危ないところだったねぃ」
 地から壁からフェンスから、果ては中空からも伸びた無数の腕が、トロルの右手を捕えた。皇・B・上総(jb9372)による、異界の呼び手だ。
 攻撃を中断させられたトロルは、今度は足を上げ、親子を踏み潰さんとした。
「やめてくれ!」
 父親は、己の家族を抱き締めるようにして地に伏せる。
 トロルの脚は、ギリギリ、家族を捉えることはなかった。しかし、僅かに身じろぎすることもできないほどに追い詰められてしまった。
「おい、どうしたらいいんだよ、あれじゃやられちまう!」
「迂闊に攻撃して、あのままトロルが崩れ落ちたら、被害が……。くそッ」
 大狗 のとう(ja3056)、そしてミハイル・エッカート(jb0544)が動揺する。
 ましてミハイルは、あのトロルにこそ、自分を重ねていた。
 かつて、同じことをしていたはずなのだ。ターゲットを追い詰め、逃げ場を奪い、そして……。
「まずいねぃ、もうすぐ腕が消えてしまうよぅ」
 そろそろスキルを継続的に使用するにも限界を迎える。上総の呟きに、一同が震えた。
「こうなったら、俺が脳内愛犬達を……」
「それじゃジリ貧だよ。膝裏とか狙って転ばせたいけど、あの人達をトロルから引き離さないと」
 上総の異界の呼び手のように、のとうにも無数の犬の幻影を放って敵の動きを止める技がある。
 しかし、それを繰り返したところで抜本的な状況の改善は見込めないと温は苦言を漏らした。
 あの親子を何とか救助しなければ下手に動くことも出来ない。とはいえ、何もしないで見ているわけにもいかない。
「振リ返ッテ御覧ナサイ……。振リ返ッテ」
 トロルの頭上。そこには、闇の翼を広げて、黒き書物を開く女性――Viena・S・Tola(jb2720)の姿があった。
 ひらり、ひらり、とページをめくる度、どこか感情の欠落したような声で連なる文字を読み上げる。それにつれ、書物からはらり、はらりと灰が舞い散り、それがトロルの体へと降り注ぐ。
 するとどうだろうか。トロルは頭から徐々に、灰を被ったように白く豹変してゆく。
「すごい、トロルが真っ白に……」
「あれは、石化か!」
 その様子を見た愛莉が歓声を上げ、静矢が冷静に状況を観察する
 まるで――いや、形容せずとも、それは魔法だ。灰を被ったその箇所から、トロルがどんどん石と化してゆく。
 抵抗のつもりか、もう一度足を上げるトロル。だがその姿勢のまま石化は完全なものとなり、バランスを失って背中から倒れた。
 好機と見た撃退士達は、トロルに追い打ちをかけるより先に、あの親子の下へと駆け寄った。
「よう、バケモノ前にして頑張ったじゃないか。いい目をしてるぜ」
 家族に覆いかぶさるようにしていた父親を助け起こしたミハイルは、肩を貸してやりながらその場を離れる。
 彼の妻、子どもも、次々と撃退士達が解放していった。
 パタリと本を閉じたVienaは、眼下の救出劇を目に、表情を変えぬまま、胸中、思考と感情のもつれを抱いていた。
 家族とは、いったい何か。
 父がおり、母がおり、互いの血が混じり合った子がおれば、家族。戸籍という書面上の繋がりを、家族というのだろうか。それならば、この親子は恐らく、これに合致するのだろう。
 でも違う。これは、違う。そんな、薄っぺらいものではない。……というところまでは理解できる。あの、自らの命を張ってまで妻子を守ろうとした父親の行動は、一枚の紙に印字された活字が表現するものではない。
 愛だとでもいうのか。それが、無償の愛だとでもいうのか。
「家族、ですか……」
 呟いた時、頬が緩んだのを感じた。
 何故かは分からない。分からないが、それに心地よさを覚えたのは嘘ではない。
 同時に、チクリと刺す胸の痛み。その原因は、やはり分からない。
「もう大丈夫、怖かったね、頑張ったね、偉い偉い!」
 子どもを安全な場所まで抱えてきた温は、恐怖に泣きじゃくるその子の頭を撫で、励ましていた。
 もう怖くない、もう大丈夫だと、そう繰り返しながら。
 これで少しは落ちついてくれるといいのだが。
「そろそろです……。皆さん……準備を……」
 一度地に降りたVienaが臨戦態勢を促す。
 撃退士一同が振り向けば、石化したトロルに亀裂が入り始めていた。魔法が解けようとしているのだ。
「戦術的に見れば、石化している間に攻撃すれば一方的だったのだが」
「優先順位ってもんがある。今回は、これで良かったのだろうさ。見ろよ」
 顎をしゃくるようにして呟く静矢に、ミハイルはあの家族の方を親指で指示してみせる。
「……確かに、正しかったというのは疑いようもないな」
 見れば、救出された親子三人、抱き合うようにして無事を喜び、涙していた。
 生きている喜びを噛みしめる、そんな姿を目にすれば、これを優先したことを後悔する要因などどこにあるのだろうか。
「あのお父さん、愛莉のパパと同じ……。親って、本当に凄いね」
「家族を守ろうとする意思、確かに素晴しいものだと思うよぅ」
 そんな様子を眺めながら、愛莉はひとり言のように呟く。
 へらりとした態度ながら感慨深げに目を細めたのは上総。
 そんな彼女が隣にいるからこそ、愛莉の胸の内は穏やかだった。
 あの日、守ってくれたのは紛れもなく父であり、母であった。そんな愛莉の記憶が、あの親子に重なる。
「ぼんやりしてていいのかーい? トロルが起きちゃうよーぅ」
 彼女らの意識を仕事へと引き戻したのはパルプンティだ。
 ハッと振り向けば、トロル石像の亀裂は全身に及んでおり、ところどころ剥がれるようにしてその内の素肌が露出し始めている。
 この好機を逃せば、あのトロルと正面から対峙せねばならなくなる。救助対象は避難を開始しており、一般人を守りながら戦うというハンデは背負わずに済んだものの、可能ならばこちらの被害を極力抑えたい。
 攻めるならば今だ。
 撃退士は各々の武器、あるいは召喚獣を呼び出して、一斉に攻勢に出る。
「お待ちかね、首ちょんぱの時間ですよーぅ」
 初手に動いたのはパルプンティだ。
 デビルブリンガーを構えた彼女は、石化した状態のままトロルの素っ首を切り落とさんとばかりに刃を振るう。
 ――が。
「なんですとーぅ!?」
 ガラリと石の殻を破ったトロルの左腕が動く。
 閃いたデビルブリンガーは、それを操るパルプンティの腕を掴まれたことで動きを止めた。
 石化から立ち直ったトロルは、棍棒を杖代わりにして立ち上がる。
 この時パルプンティは宙ぶらりんの状態。ジタジタとあがいてみせるものの、巨漢の握力から逃れることは出来ない。
「チッ、遅かったか。待ってろよ……」
 すかさずミハイルがスナイパーライフルのスコープを覗く。
 そこから見えるのは、パルプンティ救出に繋がる部位……奴の左腕、のはずだった。しかし実際に見えたは、パルプンティの尻だ。決して意図的に覗いたわけではない。トロルがミハイルへ向けてパルプンティを投げつけたのだ。
 苦悶の声を上げて倒れる二人。
 これを踏み越えるようにして躍り出たのは静矢だ。
「今度は私に付き合ってもらおうか!」
 紫光を宿した星煌を振りかざす静矢。
 トロルは棍棒を振り降ろして迎撃。
 かち合う剣と棍棒。一瞬の競り合い、そして砕ける棍棒。
 このまま二の太刀へ移らんとする静矢だが、思わず飛び退いた。
 支えを失ったトロルが倒れ込んできた――いや、のしかかってきたのだ。
 まともにくらって潰されるわけにはいかない。
 だが相手が転んでくれるなら大きな隙が生まれる。……と踏んだのだが。
 左腕を地に叩きつけたトロルは、肘をバネに大きく飛び上がった。
 着地するであろう地点にいたのは、温である。
「ぬああああっ、こっち来るな、来るなって!」
「させねぇ!」
 その眼前へ飛んだのはのとうだ。
 自らの背丈より巨大な剣を壁に、トロルの飛来を受ける。
 肩から腰へ抜けるような、あまりにも重い衝撃に前身の筋肉組織、間接が軋むような悲鳴を上げた。
「絶対、に……負けねぇ。俺は……」
 一度体勢を立て直したトロルが、今度は両の拳を握り合わせて振り上げる。
 もんどり打って転びそうになる体に鞭打ち、のとうは前方へと飛んだ。
「あの父親の立ち向かう勇気と、守りたいっつー想いを受け取ったんだ!」
 トロルの股をすり抜けるようにした彼女は、振り向きざまに剣を一閃。トロルの太ももを切り裂いた。
 膝を着くトロル。その頭上には、またもVienaが浮かんでいた。
「今度は……貴方が追い詰められる番……」
 翳した手から放たれる無数の蛇。
 これが次々にトロルの首筋に牙を立てると、たちまちトロルの顔が苦悶に歪んだ。
 額と思しき部位から吹き出る大量の汗。
 蛇による毒が、その身を蝕んでいるのだ。
「もう少しです、すーちゃん頑張って!」
 直後、愛莉のストレイシオンが突撃。
 バチリと電光を走らせたかと思えば、それはトロルの全身に絡みつくような軌道を見せた。
 毒、そして麻痺。動きを封じ、内部からその生命を奪ってゆく。
「手も足も出せずに嬲られて死んでいく気持ちはどうだい? 今までしてきたことの報いさね」
 次は上総が、開いた魔道書から電撃を放った。
 これに打たれたトロルが、白目を剥いて仰向けに倒れる。意識が飛んだのだ。
 だからといって、油断はしない。見逃しもしない。
「さっきは怖かったんだからな、お返しだ!」
 温は拳を構えると、ラッシュの要領で繰り出した。
 拳の先から迸る光の数々。これがトロルの顔面を打つ、打つ、打つ。
 鼻はひしゃげ、歯は折れ、右の眼球は飛び出し、トロルの顔は最早原型を留めてすらいない。
「よくもやってくれたねぇ。今度こそ、レーッツ☆首ちょんぱっ♪」
 トロルの胸へと飛び乗ったパルプンティがデビルブリンガーを振り降ろす。
 虫の息となったサーバントの首を切り落とすのは、さほど難儀なものではなかった。


 遊園地は、そもそも夢の楽園であるべき場所だ。
 恐怖から解放された人々の笑顔を見る度、のとうはそんなことを考えずにはいられなかった。
「ここは未来を夢見ても、遺す者と遺される者を作る場所じゃねぇ。親の面影を探す子供を、生み出す場所じゃねぇ。……そうだよな」
 言葉を漏らしても、答えは返ってこない。
 正しい。正しいはずだ。間違ってなどいない。そう自分に言い聞かせれば、そんな気がしてくる。
「しかし、あの親子が無事で良かったねぃ。下手を打てば、あの父親、犠牲になるところだったよぅ」
 のとうの呟きを聞いてか聞かずか、上総はあの親子の方へ視線を送りながら溜め息を漏らした。
 父親は、身を盾にして家族を守ろうとしていた。彼が撃退士ならばいざしらず、一般人でその行動は無謀ともいえる。
 全くだ、と返した静矢は、ツカツカとその親子へと歩み寄った。
「非常に勇敢な行動でした。父親の鏡を見せていただいた、そんな気分です」
「……それは、違う。何より優先すべきものを、信じただけだよ」
「そうでしょう。しかし、貴方は一つ大きな見落としをしていたと思いますよ」
 声をかけられ、父親は小首を傾げる。
 静矢の視線はこの男性から彼の息子へと移った。
「貴方が死ねば残された家族は誰が守る?」
「逆に問い掛けるけどね、私が命を張らなければ、誰が家族のために命がけになれると思う?」
 やりとりをぼんやりと眺めていたミハイルは、ふいに小さく笑みを浮かべた。
 彼らは生き残り、こうしてここにいる。
 それを「良かった」と思える自分に驚いた。
 自分は、奪う側に立っていたというのに。
『お客様にお知らせ致します』
 遊園地内各所に設置されたスピーカーからアナウンスが流れ始めた。
『当園に出現したサーバントは、撃退士により無事退治されましたが、安全を確保するため、本日は閉園とさせていただきます』
「当然だな。でも、皆今日を楽しみにしていたはずなのに、残念だな……」
 営業終了を告げる放送を耳に、のとうは深く息を吐く。
 いくらサーバントが退治されたとはいえ、このまま営業を再開するわけがないのだ。
 人々の嘆息が聞こえてくる。
『なお、ご迷惑をおかけしたお詫びに、退場口にて、当園の無料招待券を配布させていただきます』
「ホント!? ね、ね、愛莉たちももらっていいのかな?」
「いいに決まってます! よし、早速もらいに行こう!」
 このアナウンスに、愛莉と温は飛び跳ねるようにして駆け出した。
 次にいつ来れるかも分からないが、これは一つ、大きな楽しみが出来た。
 いつか、この親子が再びこの遊園地を訪れた時、今度こそ、良き思い出が残るように。
 愛莉と温を見送るようにした撃退士達は、胸中願わずにいられなかった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 守るべき明日の為に・Viena・S・Tola(jb2720)
重体: −
面白かった!:2人

絆を紡ぐ手・
大狗 のとう(ja3056)

卒業 女 ルインズブレイド
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
守るべき明日の為に・
Viena・S・Tola(jb2720)

大学部5年16組 女 陰陽師
不思議な撃退士・
パルプンティ(jb2761)

大学部3年275組 女 ナイトウォーカー
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
黒い胸板に囲まれて・
霧谷 温(jb9158)

大学部3年284組 男 アストラルヴァンガード
天啓煌き・
皇・B・上総(jb9372)

高等部3年30組 女 ダアト