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現地に到着した撃退士達が最初に行ったのは、サーバントが出現したという寺の住職に話を聞くことであった。
情報によると、ここに設けられている動物霊座のうち一つだけが破壊されているという。そしてパピヨン型のサーバントの出現。何か関連があるのではないか、と撃退士達は睨んだのだ。
「それでェ、破壊された霊座の状況はァ?」
そう尋ねる黒百合(
ja0422)。破壊されている、との情報しかないので、もっと具体的なことを聞き出しておきたいところだ。
ただ、問い掛けは漠然としたものだ。状況といっても、様々な視点がある。
「ふむ……。パッと見て分かるのは、遺品から何から、全てきれいさっぱり壊されていた、としか」
当然、返答も漠然としたものになる。
首を傾げたのは雪室 チルル(
ja0220)だ。
「遺品も? じゃあ、霊座の中身は空っぽなんだ」
「……! なるほど、そうか」
鈴代 征治(
ja1305)は何やらピンときたような表情で顎に指を当てる。
そして数瞬の間を置いて、一つの確信的な推測を述べた。
「住職さん、もしかして、霊座の破片は、中ではなく、外へ散っていませんでしたか?」
「ん? あぁ、そういえば、そうだった」
「やっぱりそうだ!」
一人納得顔の征治。
これを聞いて、黒百合も少し合点がいったようだ。チルルはというと、頭に疑問符を浮かべている。
「えっとぉ……どゆこと?」
「霊座の破片が外へ飛び散っていたということは、内部から破壊された……。つまり、霊座の中にあったものが外へ飛び出したってことになります」
問題は、何が外へ飛び出したのかということ。
これは、事前に得てきた情報と照らし合わせれば自然と答えが導き出される。霊座に眠っていた遺体が、サーバントとなって外へ飛び出したのだ。
回答を得て、日野 灯(
jb9643)は拳で掌をポンと手を叩いて納得。今回のサーバントは、まず間違いなく、破壊された霊座に眠っていた遺体が素体となっているのだろう。
そうとなれば、次に問うべきことは自ずと明らかになる。
「破壊された霊座に眠らっていた動物というのは?」
青戸誠士郎(
ja0994)の問いは、敵そのものの情報を得るために必要なものだ。
素体となったものの特性が受け継がれているとすれば、作戦の立てようもある。
「エリーゼという名のパピヨンだ。今月霊座に入ってね、ちなみに戒名は――」
「安らかに眠ることも出来ないのか……可哀そうに……」
言葉を遮って呟いたのは雪之丞(
jb9178)だった。
住職によれば、エリーゼなるパピヨンが素体。最早疑う余地もない。名前がついていたということは、つまり飼い犬だった。ペットだったのだ。
どのような死を迎えたのか、そこまでは分からない。それでも、眠りについたというのに、無理に叩き起こすかのような、天使の所業。
静かに眠らせてやるべきだというのに。雪之丞の胸に、静かな怒りの感情がポツポツと湧きだした。
「犬の特徴を受け継いでいるなら……、使えるものがありそうだ。調達してこよう」
「サーバントはこちらで見つけておきます。なるべくお早めに」
「……あぁ」
何かを思い付いたように、その場を立ち去る滝沢タキトゥス(
jb1423)。
見送るアレクシア・エンフィールド(
ja3291)は、相棒のストレイシオン、ウィルムを空へ放った。
敵の正確な位置を掴んでおいて損はないだろう。
この寺、さほど広いわけでもない。だが、敵と施設の位置関係が分かれば、どこで仕掛ければ、あるいはどこに誘いこめば良いか、その判断材料にはなる。
物資の調達に動いたのは滝沢だけではない。征治、それから灯もだ。
全員が再び集合したのは、その十五分後のことである。
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サーバントが居座っていたのは、破壊されていたという霊座の前だった。そこからピクリとも動かないその様は、まるで未練に取り憑かれた地縛霊のような振る舞いだ。
当然、サーバントとなれば生前の記憶などなかろう。それでも、何かに拘っているかのように見える。
ウィルムの目を通して様子を把握したアレクシアから情報を聞いた撃退士達は、地図を見ながら位置を確認する。
霊座と火葬場は、広場の両端に位置し、その距離は五十メートルほど。具体的な位置関係は、境内へ通じる門を潜ればそこが広場。正面を見れば本堂、これは北方だ。東に火葬場、西には霊座が位置している。広場は正方形で、門と本堂、そして火葬場と霊座を結ぶように、石畳が十字に交差している。
この霊座というのは、野外に設置されたものではなく、一つの建物の中にいくつもの霊座が立ち並んでいる形だ。建物には正面入り口の他に裏口もあり、住職はここから入って霊座の破損を確認したのだという。正面入り口前には十段程度の階段があり、サーバントは、その階段の上に位置している。
寺に被害を出さないためにはサーバントを寺の外へ誘い出すのが一番との声もあったが、そうすることで、今度は民家への被害を考慮せねばならない。となれば、石畳が交差するポイント、広場の中心へ誘い出したいところ。
そこで、滝沢、征治、灯が調達してきたものが役に立つ。
「仕掛けは僕がやっておきます。お二人は誘い出してください」
「……分かった」
小さく頷くと、初動を任された滝沢と灯が境内へと駆け出す。これを追うような形で征治、他の面々も続いた。
征治の腕に下がるビニールにあるのは、ドッグフードだ。文字通り、敵を誘いだすための「餌」である。
「そんなものでェ、本当に釣れるのかしらァ?」
相手がサーバントである以上、黒百合が漏らした疑問は尤もだ。
やらないよりは価値がある、と征治は返す。
十字の交差点にトレイを置き、そこへガサガサと餌を盛ってゆく。後は先行した二人が上手く誘い出してくれるのを祈るだけだ。
それにしても、と誠士郎は霊座の方を仰ぎ見る。
「霊座まで設けられて弔われていたということは、きっと飼い主に大切にされていた犬だったのでしょう」
「当然だと思います。家族ですから……」
呟くようにして、アレクシアは目を伏せる。
家族という言葉に、彼女はほんの少しだけ抵抗があった。それは、己の血筋の奇怪さによるもの。敢えてそれを口にする必要はない。したところで、理解が得られるかは難しいところだ。
これをチルルは、言葉通りに受け取った。
「よく言うよね、ペットは家族だ、って。あたいも犬とか飼ったら分かるのかなぁ」
「面倒見切れるのか?」
「ば、バカにしないでよ! あたいだって、その気になればわんこの一匹や二匹……!」
少しつついてやれば大げさに反応するチルルに、雪之丞はふと鼻を鳴らした。
お前の方こそまるで犬のようだ、と呟けば、キャンキャンと吼えるチルル。
ぶっきらぼうな顔をしていじめているようにも見えるが、これはこれで雪之丞なりのスキンシップであった。傍から見ていれば微笑ましくもある。
しかし忘れてはいけない。今は依頼遂行中であるということを。
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滝沢と灯が調達してきたものというのは、ゴムボールであった。仮に、サーバントが犬としての特性を持っているのならば、このボールを使って上手く誘い出すことが可能ではないか、という考えである。
果たして、目標のサーバントは石段の上で丸くなっていた。
「わぁ! ね、ね、お昼寝してるよ、お昼寝! 可愛いよね、撫でてあげてもいいのかな?」
「騒ぐな……。仕事だぞ」
滝沢の制止も聞かず、期待めいたものに胸を(物理的に)弾ませながら灯は石段を駆け上がる。
その物音に耳をピクリと反応させ、パピヨンは首を持ち上げた。
途端、サーバントはその牙を光らせ――。
「危な……い?」
思わず発せられた滝沢の叫びは、疑問に掻き消えた。
「くぁ……」
凶悪かつ凶暴であるはずのサーバントは、大きく欠伸。
襲いかかってくる様子は特に見られない。
「見て見て! この子大人しいよ!」
「調子が狂うな、全く……」
嘆息し、滝沢が頭を掻く。
ゴソゴソとゴムボールを取り出した灯はそれをサーバントの目の前で振って遊ぼうと語りかける。
するとパピヨンの目はボールにくぎ付けとなった。
「よーっし、行くぞー。そォ、れっ!」
灯は石段の下へ向けてボールを放る。
すると助走もなしに石畳を蹴ったサーバントは、ボールが地に落ちる前にそれをキャッチ。口に咥えたまま着地すると、再び石段を登り、灯の下へと戻ってきた。
「ん、いい子だね。よし、もう一回!」
今度は先ほどよりも少し遠くへとボールを投げる。
またも一足でボールを捕えたパピヨンは、今度は滝沢へとボールを持ってきた。
「……何だ、僕か?」
声をかけてやると、そのサーバントはお座りして大きく尻尾を振る。まるで遊んでくれと言わんばかりに。
こうも上手くいくとむしろペースを乱されるかのような錯覚を覚えるが、好都合だ。
ちらり、と石畳の交差点へと目をやる。
既に餌は設置されており、仲間達は物陰へと身を潜めたようだ。やるなら今だろう。
「僕は少し荒っぽいからな。そーら……取ってこい!!」
遊んでやるには本気が過ぎる。外野手も真っ青の剛速球は、火葬場にまで届くほどの勢いで飛んでゆく。
これには、さしものパピヨンサーバントも追いつかない。小さな体を必死に揺さぶって追い掛けるが、結局キャッチは出来ず、火葬場の壁に跳ね返って転がったボールを咥えて戻ってくる。
その間に滝沢と灯は交差点へ移動。餌を前にしゃがみ、手招きした。
「お腹空いたでしょ? ほら、ご飯あるよー!」
ボールを放り出して駆けるパピヨン。
用意されたトレイに餌を認めると、脇目も振らずに食らいついた。
そちらへと夢中になっている間、滝沢と灯はゆっくり、ゆっくりとその場を離れてゆく。
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「仕掛けるなら今ねェ。私は空からいくわァ」
「待て」
火葬場の裏から様子を伺っていた黒百合が空から奇襲すべく準備に取り掛かろうとすると、同じ位置から見張っていた雪之丞がそれを止める。
何故? と首を傾げる黒百合。しかし雪之丞は答えない。
無視し、立ち上がろうとすると、雪之丞に腕を掴まれた。
「何がしたいのかしらァ?」
「食べ終わるまで、待て」
「……意味が分からないわァ。チャンスを逃すだけよォ?」
さしもの黒百合も苛立って、腕を振り払う。
動きが止まっているこの機に攻撃すれば、容易く撃破も可能であろう。
それを見逃そうというのは、どういった了見なのか。
「いいわァ、勝手にやらせてもらうからァ」
じっとサーバントの様子を観察する雪之丞は、それ以上咎めることはしなかった。
これは個人的な感傷だ。
サーバントといえど、生き帰ったのだ。今度こそ、これこそが、最期の食事となるであろう。
自分達で仕掛けた罠とはいえ、食事くらい、堪能させてやりたい。雪之丞は、あのサーバントに味覚が残っていることを胸中祈らずにはいられなかった。
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上空で待機するのは黒百合だけでなく、アレクシアのウィルムもそうであった。
地上から仕掛けるのであれば、相手までの距離はおおよそ二十五メートル。一斉に仕掛けるには充分といえど、初動が遅れる可能性が生じる。
そこで空から仕掛けることが出来れば、このタイムラグを埋めることは可能だと踏んだ。
黒百合が下方の仲間に視線を送る。
大きく手を振れば、雪之丞を除いた全員が手を振り返す。
確認した黒百合はウィルムへ合図し、一呼吸置いて降下を開始した。
暢気に餌を頬張るパピヨン。
頭上に迫った黒百合は、影縛の術を放つ。
徐々に大きくなる黒百合の影がパピヨンへ伸び、その影を捕えた。
最後の一口へと舌を伸ばしたまま、サーバントの動きが止まる。
直後、急降下したウィルムが尻尾を打ちつけた。
残り僅かとなったドッグフートが撒き散らされ、パピヨンがその場にくくりつけられたまま身を捩る。
この隙に乗じ、他の撃退士達も物陰から飛び出し、迫る。
「天魔とあれば、これを誅するのが撃退士の務め!」
「駄目だ!」
射程にサーバントの姿を捉え、征治がショットガンのトリガーを引く。
叫んだ誠士郎はすかさずその射線にストレイシオンを滑り込ませた。
放たれた弾丸は当然、ストレイシオンの肉に食い込む。
いわゆる拡散弾。これを全弾その身に受けたストレイシオンを通じ、誠士郎が苦痛に沈む。
「何をしているんですか!」
「依頼、を、忘れたのか……」
思わず征治は絶叫。
ぜぇぜぇと荒い息を吐き膝を着いた誠士郎は、白む視界の中で必死にサーバントの姿を捉えようとしていた。
依頼。サーバントを倒せ。そして、神社の施設を破壊するな。
広範囲に及ぶショットガンは、石畳を抉り、設置された灯篭を破壊する可能性が高い。誠士郎はこれを防ごうとしたのだ。
「もう、何してるのさ!」
チルルが叱責し、剣を振り上げて身動きの取れぬサーバントへ肉迫。
今ならば反撃されることもあるまい。そう踏んでのことだ。
「ふぎゃっ!?」
しかし。
突如、パピヨンの耳が七色に光り、それは収束してチルルへと放たれた。
怪光線をまともに受け、すっ転ぶ。
これを踏み越えるようにして飛んだのは滝沢だ。
「遊びは終わりだ!」
再び放たれる光線。
これを、宙に舞いながら下半身を捻った勢いで軌道を変え、回避。そのまま落下の勢いに任せてヒュームナックルを突き出した。
打たれた衝撃に、地を転げるパピヨン。そこへさらに雪之丞が迫る。
「大人しくして、頼むから!」
なるべく苦しまないように、と祈り、その刀を振り下ろす。
だがパピヨンは動いてしまった。攻撃を逃れるため。
結果、切っ先はサーバントの尾を切り降ろした。
「――ッ!」
ショックに言葉を失う雪之丞。
バランスを崩し転がったパピヨンにトドメを刺したのは、灯のアグリームレガースによる強烈な蹴りであった。
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撃退士達は、サーバントを倒した後、その遺体を元の霊座に収め、修復まで手伝ってから帰還した。
事の顛末は、そのように報じられている。
居ても立ってもいられず、私は休日を利用して霊座へと足を運んだ。
撃退士達が修復したという霊座だけが、まるで新品同然の輝きを放っている。それこそまさしく、エリーゼの霊座だった。
手元のメモと、記銘されている戒名を照らし合わせても間違いない。
「撃退士の方から伝言を預かっているよ」
ここまで案内してくれた住職さんは、霊座に手を合わせてから私を振り向く。
遺影のなくなってしまった霊座を物悲しい気持ちで見ていた私は、目を合わせることすら出来なかった。
せめて……そう、せめて。
「エリーゼは、寂しくて帰って来ちゃったみたいだけど、ちゃんと天国へ送り返しておいたから大丈夫」
本当に、そうだといいな。