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生い茂る草木を掻き分け、撃退士達は山へと足を踏み入れた。
事前情報から、敵は好んでタケノコを食していると目されている。その習性を利用しない手はない。
幸いにして、この山には豊富にタケノコが生えているらしい。ならば、これを掘り、敵を誘き寄せ、あわよくば初手を有利に進めるための罠を張ることも可能であろう。
目的を定め、撃退士達はまずタケノコを採取することから始めた……のだが。
「ドコ探シテモ、タケノコナイネ」
王・耀華(
jb9525)は嘆息。
竹やぶの中を探す彼女は、いくら地面に目を凝らしてもタケノコを発見することが出来ずにいた。
そもそも、タケノコ狩りの催しでは、初心者でも見つけやすいようにと、タケノコが埋まっている付近に目印を設置している場合がほとんどだ。つまるところ、それだけ発見が困難であるということ。
落ち葉なのか枝なのか、それともタケノコの頭か。これを見分けるのは初心者には至難の業である。
「目を使うんじゃないよー、足を使うんだよー」
これに優しく手ほどきする橋場 アイリス(
ja1078)。
タケノコの頭は、当然ながら周囲の地面に比べ、固い。歩き回り、足に感じる違和感を頼りにタケノコを探すというのが、初心者が覚えるべき基本とも言える。
ただしこの時、足に体重をかけてはいけない。前に出す足はそっと、重心は軸足に持っていく。強く踏み込んでしまうと、仮にそこにタケノコがあった場合、踏み潰して台無しにしてしまうことがあるからだ。
ふむ、と頷いた風見斗真(
jb1442)は、見よう見まねで足先に神経を集中させて目当てのタケノコを探す。
「なるほどなぁ、目で見て分かんねぇならこうやって……と、お?」
その時だ。
斗真が踵に違和感を覚えた。ただ枝を踏んだのとは違う、確かな踏み応えと、むしろ押し上げられるような感触。
間違いない、タケノコだ!
屈み、周囲の土を掘っていく斗真。
これに感化されたソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は、悔しそうに唸り、落ち葉を巻き上げるようにして地を蹴った。
舞い散る落ち葉、枝。
彼女の蹴り上げた一帯が、落下物を失って素肌を晒す。そこに、まるで出来物のような物体がポツンと顔を出していた。
「あ、あった! ふっ、あたしにかかればこれくらい……」
「明らかに偶然の産物だな」
「違うよ! これは、ほら、足を使えって言うから!」
呆れるように溜め息を吐く翡翠 龍斗(
ja7594)。
飽く迄ソフィアは強気に誤魔化すが、誤魔化しきれていないのは明白だ。
ともあれ、斗真のものと合わせて収穫は二つ。これだけあれば罠を設置するには充分かと思われるが、撃退士達はタケノコ掘りを続行していた。
何故ならば。
「季節の食材は美味しいからねぇ☆」
ということらしい。
そう、季節は正に春。タケノコは、旬である。
山の所有者から許可が下りている以上、掘らねば損だ。
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)もまたタケノコ掘りに夢中となり、一つの新たなタケノコを見つけて歓声を上げる。
合計で十個にも及ぶタケノコを掘り出した頃だった。
「目的を忘れていませんか?」
鷹司 律(
jb0791)のツッコミが入り、一同はようやく正気に戻った。
目的はいつしかタケノコ掘りにすり替わり、サーバントのことをうっかり失念していたのである。
「ドウ掘ル?」
「まず固く突きだしたその先端をぎゅっと握ってー、周りを慎重に掘り下げてー」
一方、耀華は未だに橋場の手ほどきを受け、タケノコを掘っていた。
土の中から、にょっきりとタケノコが姿を見せる。
これに橋場は鉈を構えた。
「根元にずどん!」
根を切り落とし、またもタケノコを収穫。これで合計獲得数は十一となったわけだが……。
「ええい、目的を! 忘れて! いませんか!!」
「あ……」
再び律の言葉を受け、この二人もようやく、本来の目的を思い出したのである。
●
肝心の罠はどういった形にするか、具体案は二つあった。一つはくくり罠。イノシシ等が仕掛けに乗ることで紐が対象の脚や体を捕え、縛り付けて捕獲するものだ。もう一つは大笊。笊に紐のついたつっかえ棒を立て掛け、地面と笊の間に隙間を作ってそこにタケノコを仕掛け、対象が食い付いたところで紐を引き、笊に捕えるというものだ。米粒を使った雀捕獲の罠の応用である。
しかし、いずれも効果的かどうかは微妙なところだ。
くくり罠は、対象が通るであろう獣道、ルートを足跡などから選定し、どの地点に足が乗るかを緻密に計算して割り出さねばならない。それをある程度容易にするため、タケノコを用いようという考えだが、ほんの一センチのズレで罠が作動しないため、非常に根気と時間を必要とする。
大笊は、何より目立つ。警戒心の強いサーバントであれば、いくらタケノコで釣っても回避されてしまうだろう。
このリスクを考えれば、いずれも有効とは言い切れなかった。
落とし穴などの策があれば良かったのかもしれないが、彼らにその発想はなかった。
結局どうしたのかといえば……。
「いやぁ、実にシンプルな罠になったね☆」
ジェラルドの言うように、罠と呼べるのかどうかも怪しい仕掛けが用意された。
内容を説明しよう。
獣道に、タケノコを三本置いておく。
……これだけである!
捕えるのが難しいとなれば、逆に、捕えなければ良い。
遠巻きに隠れてタケノコを監視し、臭いに釣られて敵が姿を現したところへ一気に先制攻撃をしかける。シンプルイズベター!
「下手にあれこれやるよりはいいかもしんないけどさ、大丈夫なのか?」
「しっ! ちょっと静かにしてて!」
あまりに簡素な罠に思わず斗真がボヤく。
そこへ、声が聞かれて相手に警戒されてはまずいとソフィアが口元に指を当てた。
口をヘの字に曲げ、斗真は茂みの中からタケノコに目を移す。
まだサーバントは現れない。
そうやって観察を続けて、二十分が経過した。
「退屈ネー」
「こちらから探した方が早かったか?」
木の根に腰を降ろした耀華が、幹に体を預けて監視を放棄し出した。
苦笑交じりに、龍斗も諦めて立ち上がろうとする。
律が異変を感じ取ったのはそんな時だった。
「……来た」
遠くから、枝葉のトンネルを潜って巨大なイノシシが姿を見せる。その背後につきまとう二頭のイノシシ。
相対的に見たらまるで親子のようだが、後ろの二頭は紛れもなく成体であろう。
撃退士達は息を殺し、姿勢を低くする。
先制攻撃をしかけるためには、射程のある武器が必要。そこでソフィアが選んだのはアハト・アハトであった。
敵がタケノコを仕掛けた地点に到達した瞬間、発砲。それに合わせて各員が飛び出し、一気に攻めかかる。……これが手順だ。
「もうちょっと……。五、四……」
静かに、ソフィアが発砲のタイミングを計る。相手がこのまま進めば、カウント零で戦闘開始だ。
だが、誤算があった。
「三、二……そんなっ!?」
もう少し。
あと少しというところで、サーバントがくるりと向きを変え、その場から逃げだしたのである。
慌てて発砲するソフィアだが、急なことで狙いが定まらない。
弾丸は大きく逸れ、地を抉るだけに終わった。
「チッ、待ちやがれ!」
斗真を初め、撃退士達が一斉に追走へ移った。
一度罠が破られた以上、二度目はない。ここで仕留め損なえば、また敵の捜索から始め、正面から対峙せねばなくなる。
「もう、何で気付かれたの!」
「銃が大き過ぎたんだよー、きっと」
「そういうの、先に言ってよ!」
駆けながら、ソフィアが疑問を口にする。
これに答えた橋場に、ソフィアは悪態を垂れた。
イノシシの脚は、やはり強靭で早い。いかに身体能力の高い撃退士といえど、距離を保つので精いっぱいだ。
だが幸運なことに、警戒心は強くとも、知恵の回る敵ではないらしい。
猛進するイノシシは、絶壁へと到達した。目の前に立ちはだかる壁に、サーバントは逃げ場を失う。
背後についていた二頭のイノシシは、左右に散って逃亡を図った。
この前に立ったのはそれぞれ、斗真と耀華だ。
「農家の敵、農作物に被害が出る前に害獣駆除だ!」
「食ザ……イノシシ確保アル」
斗真が剣の腹でイノシシを殴打して昏倒させれば、耀華はナイフを額へと突き立てた。
思わず耀華が口走りかけたが、食材確保である。
問題は、サーバントだ。
追い詰められたイノシシサーバントは、反転。反撃態勢へと移った。
「突進はさせないよ!」
踏み込むジェラルド。
相手の出鼻をくじくべく、大きく武器を振り払う。
サーバントは、マンモスを思わせる巨大な牙を盾にして地を蹴った。
その動きは、読んでいる。ジェラルドはそれでも攻めた。上手く決まれば、相手の動きを止めることが可能だと信じて。
しかし。
「弾――!?」
想像以上に、その牙は頑丈であった。
刃は牙に弾かれ、ジェラルドはのけぞる。
ここにサーバントの突進。
衝撃に吹き飛ばされるジェラルドだが、サーバントの猛進はそこで終わらない。
その直線状にいたのは、龍斗だ。
慌てて大剣を盾に、守りに入る。
衝撃に押され、引きずられるような形。踏ん張り、押し返そうとするほど、全身の筋肉が軋み、悲鳴を上げる。
「ぐぅ……ッ」
力で負かすのは無理だ。
振り払うようにして逃れた龍斗は、振り向きざまに一撃。サーバントの尻に切っ先が掠る。
「狙いが……!」
再びアハト・アハトを構えるソフィアだが、サーバントの動きに発砲タイミングを計りあぐねた。
これを手助けしたのは律だ。
「誰を狙っているか、理解していますか?」
回り込んだ律が深い闇を発し、サーバントを包み込む。
視界を奪われたイノシシが、一瞬足を止めた。
「もらった!」
この好機を逃すまいと、ソフィアがトリガーを引いた。
大口径の銃口から放たれる光弾が、サーバントの足元を捉える。
衝撃にすっ転ぶサーバント。
ここへ橋場が躍りかかった。
「残念、ゲームオーバー!」
構えた直刀が、真紅の光を伴って振り降ろされる。
これに首を切り落とされ、サーバントは息絶えたのであった。
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目標は達成した。
収獲は、イノシシ二頭とタケノコ八本。こんなものが目の前にあったら……。
調理せずにはいられない!
「イノシシを捌くのは任せてください。調理用具は予め猟友会に連絡してそろえておいた」
事前情報から、イノシシを捕える機会もあるだろうと周到に用意していた律。
彼は橋場とソフィアを駆り出して、イノシシの下ごしらえを始めた。
その間、他の面々は湯を沸かしたりタケノコの皮を剥いだりと各々準備に取り掛かる。
一仕事した後の食事は格別だ。
獣の肉を取り出すのは容易でなく、手間暇がかかるものの、その先に見据えるものがある分、その労力と時間は苦ではなかった。
この時、地元の人々も誘って食事会を開こうとの提案もあったのだが、結果的にそれは取りやめ。サーバントは一頭との情報ではあるが、他にいないとの保証はなく、そのような状態で地元の人々と食事会を開くのはいささか気が早いというものだ。
逆に考えれば、山に残ったまま食事をし、これが終わるまで異変がなければ二頭目のサーバントは存在しないと判断しても構わないだろう。つまり、時間潰しである。
下準備を終えた後、調理を担当したのは斗真とジェラルドだ。他の面々は念のために見回りへ動き、龍斗が護衛のためにその場に留まった。
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各員が散ってから一時間後。
特に異常も見られず、一同は調理班の下へと集合する。
その時には既に焼タケノコ、しし鍋、炊き込みご飯といった豪勢な食事が用意されていた。
「おぉ、美味しそう! いっただっきま〜す!」
早速箸をとったのはソフィアだ。よく煮えた猪肉を一口頬張れば、じゅわりと染み出る八丁味噌の味。少々固いながらも食べ応えのある食感。添えられたネギのキュッとした歯触り。全てが堪らず、彼女は目を丸くして、その感覚が残る内に炊き込みごはんを急いで口へ運んだ。
湯気立つ米の食感、タケノコの味わいが、猪肉の含んだ汁気を吸って香りとなり膨張してゆく。
これは……。
「ウーマーイーゾー!!」
「ホントアルカ? ワタシモ一口、イタダクネ!」
ソフィアのリアクションに、耀華もしし鍋をパクリ。
その感想は、山を揺るがす雄叫びとなった。
「好吃ィィイイイッ!」
自ら仕留めて得たものだからこそ、その感動はひとしお。
これに感化され、他の撃退士達も次々と箸を伸ばしていく。
「この炊き込みご飯、見事です」
「だろ? タケノコが固すぎたり、柔らかすぎたりしないよう、炊き込む前の下茹でが結構神経使うんだぜ?」
炊き込みごはんを絶賛する律。
斗真は自慢げに鼻を鳴らした。気を使ったのは、その柔らかさだけではない。タケノコは味が染み難いため、下味が重要となる。下茹での時点で醤油の味を添えてやる、その匙加減は素人には容易ではないのだ。
そのことを、律は承知している。だからこその賞賛。そして斗真が敢えて味付けについて言及しないのは、必要以上に自慢すまいという謙遜の心の現れだと判断した。
「ホントだー、この焼きタケノコも美味しいー♪」
頬を緩ませながら、橋場も舌鼓を打つ。
山椒の効いた焼きタケノコは、ピリリとした刺激と共に芳醇な香りが鼻から抜けていくよう。
思わず、次から次へと箸が伸びた。
「ところで、これ、余った食材で作ったのですが、先輩……試しに食べてみて下さい」
そう言って龍斗が差しだしたのは、使われなかった猪肉とタケノコの根元を正体不明の調味料で焼き転がし、あろうことかそのまま茹でた上で醤油に漬け込んだ黒々とした元食材の何か、であった。
この場でいう先輩とは、ジェラルドのことである。
「そ、そりゃあ……頂きますけども……」
後輩の頼みとあれば、無碍に断るわけにもいかない。
冷や汗を浮かべながら、ジェラルドは正体不明の料理を口に運ぶ。
果たして、その味は。
「あ、意外と……」
不意に、ジェラルドが笑みを浮かべる。
この味も何も全てが謎のベールに包まれた創作料理に、価値を見出したというのか。この凶悪な見た目に反して、意外と味はいけるというのか。
続く言葉は如何に!
「無理だね☆」