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マスター:飯賀梟師
シナリオ形態:イベント
難易度:難しい
形態:
参加人数:24人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/07/03


みんなの思い出



オープニング


 日常、というものは人の数だけ存在する。
 学校へ通うのも日常。アルバイトに励むのも日常。家事をこなすのも日常。仕事に精を出すのも、読書に耽るのも、遊びに興じるのも、全て日常。
 それぞれがどのような日常を送るのか。やはり人によって千差万別。
 もしも共通していることがあるとしたら、明日も同じような日常がやってくることを疑う者は非常に少ないことだろう。
 小倉舞もその一人だった。
 学校へは通わず、パン屋でアルバイトをして過ごす元撃退士の少女は、今日も同じような日になるだろうと、漠然と考えていた。


 午前九時。
 学生は学校にパラパラと集まりだし、会社員は業務開始の準備に勤しみ、徐々に町が慌ただしくなってくるこの時間。
 異変は起ころうとしていた。

「なぁ舞。この間のことだけどよ」
「……あ、トレイ追加しておいた方がいいかな」
「結局どうすんだよ。自分で滅茶苦茶にしちまって。あれで良かったのか?」
「えーっと、値札、は大丈夫そうだね」
「聞けよ!」
 この町の小さなパン屋、プチ・ブランジェ。
 店長の浩也は、舞に向けて何度も声をかけるが、全く取り合ってはくれなかった。
 様々な事情で、父子にも近い関係の二人。話したいことは、つい先日の出来事についてだった。
 非常にややこしい話なのだが、舞は幼馴染の青木隆という少年に恋心を告白したことがある。その時は、既に付き合っている人がいる、とのことで振られてしまった。が、それからしばらくたったついこの間のこと。隆が逆に舞への恋情を告白してきたのだ。
 人の心は、一筋縄にくくることなどできないだろう。この告白を、舞は平手で以て拒否した。
 その尋常ならざる様子について、問いかけたいところだったのだが。これでは取り付く島もない。
「だいたいな、いくらなんでもあれじゃ……」
「その話、やめてよ。私だって、そうしたかったわけじゃないんだから。お父さんなら、分かるよね?」


 午前九時三十分。
 町中にサイレンが響き渡った。
 天魔出現を知らせる、緊急警報のそれだった。
 ほんの数日前、この町には四体のサーバントが出現したばかりだったというのに。
 しかも、今回の敵正反応は……。
「サーバントが出現致しました。町民の皆様はすぐに避難もしくは屋内に待機してください。現在、サーバントの数は調査中です」


 午前九時三十二分。
 青木隆は走っていた。
 町を、サーバントが破壊して回っている。
 透過能力にて家屋に押し入る姿を見れば、直後に耳をつんざくような悲鳴が聞こえてくる。
 路上には、既に物言わぬ肉袋と化したいくつもの骸が血だまりを作っていた。
「ふざけんなよ、ふっざけんなよ! 間に合うか……?」
 目指すのはプチ・ブランジェ。
 町そのものが壊滅しかねないこの危機に、彼の胸の内には一人の少女の顔がちらついて仕方がなかった。


リプレイ本文

●力なき少年に光明のあるべきか
 午前九時三十四分。
 龍崎海(ja0565)を初めとした面々は、上空または建物の上から敵の様子を探っていた。
 これだけ多量の野良サーバントが暴れ回っているのだ。行き当たりばったりで対処しきれるものではない。
 咥えて、住民の避難が完了したとも言いきれない。現に、海の目には血を流し倒れる人間だったモノの姿が映っていた。
「酷い有様だね……。む、あれは?」
 学校周辺。時間から考えて、遅刻してきた学生だろう。スラックスをだらしなく尻まで下げた男子が悲鳴を上げながら走っていた。
 その少し背後。巨大な影が筒状の腕を彼へと向ける。
「鈴代さん!」
 その手の拡声器で呼びかける。
 付近にいた仲間、鈴代 征治(ja1305)は、声や音を頼りに走った。
 爆発音。
 ガラガラと何かが崩れる音。
 間に合うか……?
「い、嫌だ、死にたくねぇ、よぉ」
 サーバント、サイレントキャノン。両手の砲筒が火を噴いた。
 狙われた学生は間一髪それを避けたようだが、その先にあったコンビニに砲弾が炸裂。
 いくつもの悲鳴が上がり、瓦礫やガラス片が飛び散った。
「何てことを! よくもッ」
 征治が槍を手にSCへ迫った。
 距離を詰めれば砲撃はできまい。
 振り下ろされる腕砲を柄で受け止め、押し返しつつ振り向く。
 へたり込む学生。その先、コンビニからは負傷した者同士で支え合いながら顔を出す住民の姿。
「学校へ行ってください、早く!」
 この辺りで最も安全に近い場所は、そこしかない。
 これだけサーバントが跋扈しているのだから、絶対はあり得ないが。少なくとも、災害時の避難場所にはなっているはずだ。
 とにかく目の前の敵に集中、しようとした時だった。
「わ、わぁッ!?」
 またも悲鳴があがる。
 敵との間合いを開けぬよう視線だけで声を追うと、逃げようとした住民の前に立ちはだかるサーバントの姿。
 左胸に仰々しい装置のようなものがついている。
「ボマーか!」
 索敵に徹している場合ではないと判断した海が急行する。
 彼の敵サイレントボマーは、広範囲を撒き込んで自爆する厄介な対象だった。
 そして案の定、SBは胸の自爆装置に腕を叩きつけんとする。
「隠れて!」
 海はフローティングシールドを放った。
 住民の前に展開する盾。
 しかし。

 ――ウォォッ!!

 咆哮と共に自爆するSB。
 その爆風は恐るべき熱気を帯び、広がってゆく。
「わァァッ!」
「く、あぁッ!?」
 それに煽られ、バランスを失い地に叩きつけられる海と征治。
 怯む暇はない。
 征治は急ぎ立ち上がると、一も二もなくSCの首を槍で刺し貫いた。
「そんな。そ、んな……」
 その背後で、海は体を起こす気力すらも削がれていた。
 学生も含め、彼が守ろうとした住民は五人。
 あの爆風の後、姿を確認できたのは、盾の真後ろにいた一人のみ。
 残る四人がいた位置に人の影はなく、ただアスファルトに煤のような跡を残しているだけだった。

「させませんよ!」
 上空。
 両腕に剣の形状をとるサイレントセイバーを狙撃したユウ(jb5639)は、そのまま急降下。
 不意打ちに成功した彼女は、苛烈な勢いで距離を詰めるとその額を拳銃で撃ち抜いた。
 ドサリと倒れる巨体。
 ユウはすと手を伸ばす。
 まだ言葉も話せぬであろう赤子を抱いた女性に向けて。
「もう大丈夫です。さぁ、ここは危ないですから避難しましょう。大丈夫、私がついていきますから」
 不安を与えぬよう、恐怖を拭うよう、努めて笑みを湛えながら。
 安堵の表情を浮かべる女性。
 手を握り返し、へたり込んだ恰好から立ち上がった彼女。だが、その表情はすぐに恐怖のそれへ塗り替えられた。
「う、後ろに……」
 ワナワナと震える指先。
 ハッとして振り返ったユウが目にしたものは、どこから出てきたのか、砲筒を備えたSCだった。
 既に砲撃の構えに入っている。
「やめて、お願い!」
 女性の前に立ち、何としてもこの母子を守らんと両腕を広げるユウ。恐れがなかったといえば嘘になるだろう。
 だが、それでも。覚悟を決めねばならない時がある。

 ――ゴホォォッ!

 唸り声が聞こえる。
 思わず瞼をきつく閉じたユウ。
 だがその耳に響いたのは、砲撃の発射音でも炸裂音でもなく、ガキという鈍い音だった。
「人々の日常を守るのが私達の役目! 貴方の相手は私だよ!」
 付近で敵を捜索していた不知火あけび(jc1857)が矢を放ち、敵の砲筒を射止めたのだ。
「ギリギリ、だけど……間に合った」
 追従するSpica=Virgia=Azlight(ja8786)が付近の警戒を厳にする。
 サーバントがどこから現れるかは分からない。怪我を圧して参加したSpicaは、しかし状況に屈することなく、己にできることを全力で果たそうとしていた。
 そこにまたわらわらと集まり出すサーバント。
「早く行って!」
 あけびに急かされ、ユウは女性を伴って駆け出した。
 全部で、三体。SCが二、SBが一。
 数の上では、不利。
 特に厄介なのは、SBだ。
「ここは、お願い……」
 これを見たSpicaが飛翔する。
 怪我した体では、このまま戦っても状況を悪化させる。そう判断してのことだろう。
 だが。
「ここから先には通さないよ! 私だって、やれるんだから」
 意気込んで踏み込んだものの、砲撃に遭って接近できない。下手に躱せば、建物に被害が出る。
 このままではただやられるのを待つばかり。
 そんな時だ。
「今度こそ、救う!」
 声と同時に、SCの右肩を雷の槍が貫いた。
 足取りもおぼつかない程に疲弊しているが、救援に書け付けたのは、海だった。
「僕もいるんです、よッ!」
 加えて、征治も合流。
 雷に怯んだSCの喉を槍で刺し貫く。
 思わぬ援軍に心を奮わせたあけびは、ここぞとばかりに地を蹴った。
「さっきの、痛かったんだから!!」
 振り下ろした軍刀で、残るSCの腕を切り落とす。
 これを見たSBは自爆せんと腕を振り上げた。
「ロックオン……逃がさない……!」
 照準を定めたSpicaは、スナイパーライフルの引き金を引いた。
 吐き出された弾丸が、SBの頭を撃ち抜く。
 これに堪らず、前のめりに倒れ込むサーバント。
「いけない!」
 征治が、完全に倒れる直前、それを蹴り上げた。
 このまま倒れていたら、胸の自爆装置に衝撃が与えられるところだった。これがトリガーとなって自爆が引き起こされたかもしれない。
 そう考えると、ぞっとしない。

 この地域で最も防衛優先度の高い施設といえば、言わずもがな、学校であろう。
 有事の際には避難場所として指定されるだけあって、学生だけでなく付近にいた住民までもが、この高等学校に身を寄せていた。
 ただ目的もなく殺戮を繰り返すサーバントが、ここを見逃すワケもなかった。
「止まりなさい! ここの人達は、全員私が守ってみせます!」
 群がるサーバントの群に、両腕を広げて通行止めをアピールする華子=マーヴェリック(jc0898)。
 仲間の報告を基に、敵の進行ルートを割り出すと、行きつくのはここだ。ならば、何としても食い止めねばならない。
「大丈夫、必ず助けますからね! 僕の分まで、頼みます」
 救助した民間人を学校へ避難させつつ、佐藤 としお(ja2489)は華子の武運を祈る。
 実際、敵の動きを予測したのはとしおだった。
 それがなければ、見落としてしまったかもしれない。
 彼もまた、怪我を圧して参加している。だからこそ、ここの守護を華子に託したのだ。
 だが……。
「この数、どうしたら」
 SSが七体、SCが一体。
 さらに、SBも迫っていることだろう。
 これを一人で相手にするのは、いくら何でも無理がある。
 それでもやらねばならない。
 幸いにして、SCは一体だけだ。距離は詰めやすいだろう。
 とはいえ。華子は後方支援を得意とするものの、前線に立って積極的に仕掛けることは本分ではない。
 覆すには、どうしたら。
「困ってるようですね。助けが必要、かな」
 サーバントの猛攻を一人防ぎ、早くも披露の色が濃くなってきた華子の救援に、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)が駆け付けた。
 空から敵の動きを探ると、ここに多くのSSが向かっていることを察知できた。だが、ここを守る味方はあまりに少ない。
 ならば、助太刀しなくてなんとする。
 エイルズレトラは、SSへ向けて突撃してゆく。
「ありがとうございます、おかげで……」
「お礼は後でいいです。それより、ここを突破させるわけにはいきません。踏ん張りどころですよ」
 まだ敵は残っている。
 撃退士が増えたとはいえ、数の不利は相変わらずだ。

「お主は先日の。大人しく建物内に避難しておれ!」
 一方で。イオ(jb2517)はこの非常時に避難もせずただ一目散に走る少年の姿を見つけていた。
 青木隆。以前この町を訪れた際に見かけた高校生だ。
 確か、この町のパン屋で働く少女に告白して、盛大にフラれたはずだ。
 いや、そんなことは今はどうでも良い。
「うるせぇ! 俺はあいつを助けに行くんだよ!」
「何ができると言うんじゃ! 力もないのに調子に乗るでないわ!」
 問答をしていると、付近に不穏な影。
 間違いない、サーバントだ。
「くっ、おいお主、イオの傍を離れるでな――どこへ行くんじゃ!」
 路地から姿を見せたSSに武器を向けて牽制しつつ隆を横目に捉える。
 が、彼は制止も聞かずに飛び出していた。
 追わねば。しかし目の前の敵を放っておくこともできない。
 迷う余裕はないが、どうしたら……。
「大人しくしてください。あなたは、救助対象なんです」
 そこへ合流したRehni Nam(ja5283)が、隆の腕を掴んだ。
「なっ、放せよ!」
「少しでも多くの人を。その思いで、私たちはここにいます。放すことはできません」
 暴れる隆を抑え込むRehni。撃退士の彼女にとって、一般人を捕まえておくことなど造作もなかった。
 その間、イオは滅魔霊符でSSを牽制しつつ距離を測っていた。
「イオさん、代わります」
「うむ、任せるのじゃ」
 隆をイオに預けたRehniは、その盾から光の槍を産みだし、SSへと挑む。
 他方で。
「もういいだろ、俺は」
「痴れ者!」
 イオは、隆の頬を引っ叩いた。
 へたり込む彼をの胸倉を掴み、無理やりに立たせる。
「気持ちだけでは誰も救えぬぞ。舞が大切ならば、あとで無事な姿を見せてやれ」
「だから、だから助けに行くんだ! 傍にいてやりたいんだ」
 言葉を聞きながら、イオはその手に力を込めた。
「敵は弱い者を狙うのじゃぞ? お主を追ってパン屋に敵が殺到したらなんとする!」

 Rehniとイオは、ようやく説得に応じた隆を伴って学校へと向かった。
 そこで目にしたものは。
「す、すみません、もう、回復が追いつかなくて……」
「心配ない、ですよ。ほら、援軍が」
 SSの猛攻をギリギリで耐えていた華子とエイルズレトラが、満身創痍で踏ん張っていた。
「ここにも敵がおったか。おい隆、隠れとれ。くれぐれも逃げるでないぞ?」
 まずはここを何とかせねば、この聞きわけのない少年を避難させることができない。
 残るSSは五体。SCもまだ生きている。
 上手く連携すればあるいは……。
「ふん、イオが来たからには百人力じゃぞ。滅してくれる!!」
 霊符を翳す彼女の手で、さらに一体のSSが消し飛んだ。
 しかし。
 少しずつ歩み寄る影。その正体に気づいたのは、エイルズレトラだった。
「ぼ、ボマーだ! こっちは僕が!」
 駆け出す。
 一刻も早く無力化せねば。
 その想いは強かった。
 余力を振り絞り、SBの腕を削ぎ落す。これで、自分の力で自爆はできないはずだ。
「よし、これで……!」
 敵の手は封じた。
 後は残るサーバントを駆逐さえすれば。彼は対SSの戦列へ戻った。
 そんな時だ。


  ――オォォッ!!

 SCが、咆哮を上げた。
 向ける腕砲の照準は。
「いけない、皆逃げて!」
 Rehniが走る。
 照準は、倒れたSBへ向けられていたのだ。
 声に反応し、イオも華子もエイルズレトラも、そして隆までもが蜘蛛の子を散らしたように逃げ出す。
 ただ一人、Rehniは。
「させませ――ぐぅっ」
 SBの前に立ちふさがり、砲撃を防ごうとした。が、接近していたSSの腕剣に弾かれてしまう。
 直後。

「……れ、Rehniさん!」
 サーバントは跡形もなく消し飛んだ。
 華子の悲鳴が空しく響く。あの爆風に巻き込まれたRehniの安否は。

●力なき少女に未来のあるべきか
「随分と多くの敵が入り込んでいるみたいですね」
「まだ、避難できていない人もいるようです。ただ、ここは……」
 上空にヒリュウを飛ばし、周囲の状況を探りながら雫(ja1894)が呟く。
 隣に並ぶ八種 萌(ja8157)は、住民の気配を探っていた。逃げ遅れた人がいたとなれば、戦いに巻き込むわけにはいかない。発見次第、即座に避難させねば。
 しかし懸念もある。
 この住宅地には、避難に適した大きな施設に乏しい。
 手近な建物に避難させるより他ないが、それでは戦闘に巻き込まれる可能性もある。
 SCの砲撃、そしてSBの自爆によって建造物が倒壊したらと考えると、ぞっとしない。
「見つけました。剣が一体、砲が二体。まるで獲物を探して彷徨うかのようです」
 相棒の目を通して敵を発見した雫が、その位置を伝える。
 スマホでマップを確認しつつ、周囲の気配を探った萌は迎撃プランを即座に組み立てた。
「この先の十字路ならば周囲に人がいません。そこで迎撃しましょう」
「十字路? あぁ、見えました。では先回りを……って、あら?」
 迎撃地点を上空からの目で追う雫。
 しかしその先に、また違った影を発見していた。

 自ら空を飛び、索敵に当たっていた雪ノ下・正太郎(ja0343)はサーバントの姿を早々に見つけていた。
 最も数が多いSSが、合計で五体。一度に全てを相手にはできないが、仲間と連携すればそれも可能だろう。
「SSを見つけた! 近くにいる人は応援頼むぜ。場所は」
 応じたのは二人。
「任せい。ひとっ飛びじゃ」
 同じく付近を飛行していた白蛇(jb0889)は速度を上げ、連絡のあった地点へと急行する。
 もう一人は、逃げ遅れた人がいないか捜索して回っていた逢見仙也(jc1616)だ。
「走ればすぐだ。俺も行く」
 無線にそう声を発した仙也は、すぐさま方角を確認、駆け出した。
 が、その足は二十秒と経たぬ内に止まる。
 通りかかった道。枝葉のように分かれるいくつもの路地。その一つに、蠢く影があった。
「た、助け、誰か……」
「やめろ!!」
 反射的に地を蹴っていた。
 叫び、影に組みついた時、初めて状況を理解した。
 まず、敵はSCであること。
 そしてその奥には、スーツ姿の女性がへたり込んでいること。
 逃げ遅れ、サーバントに終われ、ここまで追い詰められてしまったのだろう。放っておくわけにはいかない。
「逢見仙也だ。すまない、合流は少し遅れる」
 無線に向けて言葉を投げ、仙也は女性を庇うように立った。
「もう大丈夫だ。俺が守る!」
 しかし。

  ――ブォォォッ!!

 咆哮と共に、SCは砲撃を始めた。
 狙うのは仙也でもなく、女性でもない。
 ここは路地。建造物の狭間。
 そう、このサーバントが狙ったのは、この、建物だった。

 萌と雫が十字路へ辿り着くのと、正太郎と白蛇が同地へ敵を呼び込むのはほぼ同時だった。
「やはりお二人もここを選んだのですね」
 考えることは同じか、と納得。萌はそれが最善だと考えていた。
 生命探知の結果、この十字路周辺に人の反応はない。仮に建造物に被害が出ようとも、人命には関わらない。この住宅地では最も戦闘に適した位置とも言える。
 二組の撃退士が呼びこんだ敵は、SSが六体、SCが二体。
 SBがいないのは幸いか。これだけ多くの敵を、自爆の脅威に対応しながら捌くのは骨が折れる。
 しかし逆に考えると……いや、今はそこまで気を回してはいられない。
「相手に不足はないぜ! 我龍……転成ッ!!」

 説明しよう!
 雪ノ下・正太郎はその気力を解放することにより、リュウセイガーへと光纏するのだ!

 戦闘態勢へと映る撃退士達。
 それぞれが獲物を構え、合図もなくサーバントへ肉迫。
 まずは正面のSSを叩かねば、後方のSCに届かない。
「司、出ませい! 薙ぎ払え!!」
 白蛇が召喚した、司の名を持つフェンリル。早速の指示に応じ、周囲のSSへ目にもとまらぬ体当たりしてゆく。
 弾かれたSS。後列への道が出来た。
「今じゃ、駆けよ!」
「陣形を乱すぞ、突撃!」
 正太郎を先頭に、萌と白蛇が続く。
 これを追撃せんと動いたSSを阻んだのは、雫だった。正確には、相棒のヒリュウと言うべきか。
「そこから動くことは許しませんよ!」
 ボルケーノ。
 吐き出された業火が、SSの身を焼いてゆく。

  ――ヴォォォオオッ!!

 危険を感じた二体のSCが砲撃する。
 これを受けたのは正太郎と萌。
 だが二人は怯むことすらなく。
「行ってください、なんとかリュウセイガーさん!」
「我龍転成だ!」
 ヒールを受けた正太郎が訂正を入れた直後、SCの顔面に拳を叩き込む。
 よろけたところへ白蛇の司が噛みつき、確実に一体目のSCを沈めてゆく。

 一方で。
「みゅ、良い香り……パン屋さん?」
 サーバントを捜索していたユリア・スズノミヤ(ja9826)は、生地の焼ける匂いに釣られてふらりと行き先を変えた。
 ハッと気づいた時には時すでに遅し。だが、この香りを辿れば住民がいるに違いない、ならばそれを守るのが撃退士の務め、と己に言い聞かせることで正当化した。
 果たして辿り着いた場所は、プチ・ブランジェという名のパン屋だった。
「お邪魔します……。従業員さんかにゃ?」
 そっと戸を開いたそこには店主らしき男性と、まだ十代と見える少女の姿があった。
「え、あの、撃退士の人……? それとも、ここに避難?」
 少女の顔には戸惑いの色が浮かぶ。
 この状況での来訪者といえば、どちらかだろう。
「そうじゃなくてね、あ、そだ、安全な所まで一緒に行こ!」
「ここで何をしている」
 避難を促すユリア。
 その背に声をかけた者があった。凪澤 小紅(ja0266)である。
 同じく天魔捜索をしていた彼女は、このパン屋に縁のある者であった。さらに言うのであれば、ここで働く少女、小倉舞の友人である。
 この店に囚われまい囚われまいと意識し、まずは仕事、この町を守ることと意識していた小紅。だが、結局放置することはできなかったのだろう。どこを守るか、どこを戦場にしたくないかと考える内、ここへ足が向いてしまったのだ。
「えとね、ここの人達、避難させなくていいのか――」
「外はサーバントがうろついているんだ。無暗に外へ出すな!」
 小紅の語調に圧倒され、ユリアは押し黙る。
 それは、ユリアの行動を軽率と判断してのことか、それとも別の理由か。
「何イラついてんだよ。あの空気読まねー野郎どもをさっさと片づけなくていいのかぁ?」
 合流したラファル A ユーティライネン(jb4620)が外壁に背を預けながら顎で道の先を示す。
 ぞろりと雁首そろえて歩いてくる大きなシルエット。
 サーバントに相違なかった。
「舞。ここでじっとしていろ。店長もだ。……すぐに片づける」
「小紅さん、ラファルさん。怪我、しないでね」
 戸を閉めた小紅は踵を返し、近づいてくる敵へとユリアを伴って駆け出した。
 その後ろ姿を目にしつつ、パン屋の戸に手を突きながら、ラファルは呟く。
「少しは育ったんじゃねぇか? このイモ娘はよ」
 満足そうに笑んだ彼女は、先を行く二人に続いた。

 まずいことになっていた。
 SSが四体、SCが三体。
 これを、たった三人で捌くには、無理がある。だが、無理をすれば付近で戦闘中の仲間が駆けつける時を待つことはできよう。
 しかし自体は逼迫していた。
 何故ならば、敵はそれだけではなかったのだから。
「この数……あれ、もしかして」
「ケッ、ボマーまで来やがったんじゃねぇか?」
 さらに迫ってくる影にユリアが目を細める。
 その正体を確認したラファルは、苦々し気に、それでいて凶悪とも形容すべき笑みを浮かべた。
 合計三体。
 たった一体いるだけでも脅威だというのに、この数を相手にするのは難儀だ。
 周囲の建物に住民の気配がないことだけが救いか。この距離ならば、パン屋に被害が及ぶこともないだろう。
「舞に静かな生活をさせてやれないのか天使ども!」
 小紅の怒りは頂点に達していた。
 撃退士をやめ、ようやく普通の少女としての生活を手に入れようとしていた舞。彼女の平穏が理不尽な暴力によって踏みにじられていく様を、小紅はもう、二度と、目にしたくなかった。
「じゃあ、眠らせちゃおかなー?」
「待て。策がある。しばらくボマー以外を引きつけていてくれ」
 強力な自爆攻撃を備えるSBを警戒し、その被害を軽減もしくは自爆そのものを阻止せんと、ユリアが武器を構える。
 だがこの状況を利用しようと考えたのが小紅だった。
「……バカな真似はすんなよ」
「他に手があるか?」
 策とは何か。勘づいたラファルが一応警告する。無駄だとは分かっていたからこそだ。その意志に揺らぎも間違いもない。
 それを確認したかった。
 そうか、とだけ短く返したラファルは光纏。正面のSSやSCを見据える。
「おら、最初から遠慮なしだ!」
 対天使ミサイルが降り注ぎ、敵の先鋒数体を爆風に巻き込む。
 当然、ユリアもただ見ているだけではない。
 小紅の動きを阻まんとしたSSの周囲に、うっすらと霧が立ち込めた。
 これを吸い込んだサーバントが、次々に倒れてゆく。
「そっち、行かせないから!」
 スリープミストだ。
 この隙に、小紅がSBを挑発し、誘い込む。
 サーバントが群れる、中心へ。
「天使ども、撃退士の覚悟を見ろ!」
 そこで小紅がとった行動、それは……。

●力なき市民に光明のあるべきか
 住宅街の方で爆発音が響いた頃。
 団地の方でも戦いは佳境を迎えていた。
「ったく、天使共には野良サーバントの管理くらいして欲しいもんだぜ」
 並び立つ団地は、各階を行き来する階段に外を見渡せる踊場がある。三階と四階の間に陣取ったミハイル・エッカート(jb0544)は、徘徊するSSの頭部を撃ち抜きながら漏らした。
 世界は、一つの決着を見ようとしている。そんな中で、こうして暴れるサーバントを排し、新たな時代の礎を築くことこそが急務だ。
 そんな彼を、SCの砲筒が狙っている。
 こんなところに着弾したら……?
「させるかっ!」
 放たれた砲弾とミハイルの間に割り込んだのは、翼を広げたキャロライン・ベルナール(jb3415)だった。
 爆風が、いくつも並ぶ窓ガラスを揺らす。
「おいおい。無茶しやがって」
 その衝撃波から身を庇うミハイルは、気丈にも防壁を発生させ耐える天使の姿を見た。
「ここには、あの子がずっと大切に想っている家族がいる。守り通してみせる。命を賭けてでも……!」
 守りたい誰かがいる。
 笑顔にしたい誰かがいる。
 そんな衝動に、想いに、キャロラインは突き動かされていた。
 気持ちに従い、心に従う。それは、彼女だけではなかった。
「皆が見てる。不安そうに、誰もが、私たちの勝利を祈って。だったら!」
 地を駆ける桜庭愛(jc1977)は、制服を脱ぎ捨てた。
 この状況でなんと破廉恥な! ということではない。制服の下に着こんでいた、空色のハイレグ水着のような衣装こそが、彼女の正装とも言うべき戦闘服なのだ。
 そう、彼女には裏の顔があった。
「私たちが闘うことで人々に勇気を鼓舞できたら美少女レスラー冥利につきるね!」
 レスラー。それこそが愛の正体であった。
 先ほど砲撃したばかりのSCに飛びかかるや、その腕を捕え、ねじ伏せる。
 どうと倒れるSCを、愛は全身全霊で以てねじる。
 ぶちっ、と千切れる音がした。
 何が起こったかは、敢えて明記すまい。

「あたいの前で勝手なことをするとか、いい度胸ね!」
 同じ団地区画では、雪室 チルル(ja0220)もまた戦っていた。
 暴れ回るSSやSCに啖呵を切り、真正面から突っ込んでゆく。戦力差、一対五。それでもチルルは怯まない。
 何故ならば。
「あたいったら最強なんだから!」
 ……とのこと。
 だが、いかに長く経験を積んだ撃退士である彼女とはいえ、易々と攻略できるわけではない。
 剣に斬られ、砲撃に晒され、徐々に追い詰められていった。
 その様子を不安げに見守る目があった。
「仕方ないといっても、ここじゃ……。すみません、安否確認をしています。いらっしゃったらお返事とお名前を」
 団地の部屋一軒一軒を周り、住民の情報を記録していた水無瀬 文歌(jb7507)だ。
 ライフラインが途絶した今、こうした確認作業の必要性は高い。しかし、件数が多くて骨が折れる。
 最も懸念すべき事項は、チルルの戦闘が、その真下で行われていることだ。
「ここから離す、よ!」
「あっ、助けに来てくれたんだね! 最強のあたいにはいらなかったけど!」
「言ってる場合じゃない、でしょ」
 チルルに合流した水無瀬 快晴(jb0745)がサーバントの背後に回り込み、魔力を込めた斬撃を見舞う。
 団地に被害が及ぶことだけは避けねばならない。万が一にでも倒壊などということになったら……。
「カイ! あっち、あっち見て!!」
 夫の危機を察知し、階段から身を乗り出した文歌が叫ぶ。
 指さした先、そこには。
「ゲッ! ボマーが二体もいるじゃないのよ!」
「早く、ここから離そう、か」
 のっそりと、歩み寄るSBの影。
 まさかこんなところで自爆させるわけにはいかない。
「助けなきゃ……!」
 文歌が階段を駆け下りる。
 敵の注意を引き、団地から遠ざけてゆくチルルと快晴。
 だが。

  ――ヴァァァアアッ!!

 わざわざ従ってくれるサーバントではない。
 咆哮と共にSBが腕を振りあげた。
「間に合って!」
 追いすがった文歌がSBを石化させる。
 これで自爆は封じた――かに見えたが。SBはもう一体いた。
「文歌ッ!」
 叫び、疾走する快晴。
「ちょっと、無茶だってば!」
 チルルが止めようと手を伸ばすも、既に彼は……。

●そして町は
 救急車のサイレンが鳴り響く。
 けたたましい音にも拘わらず、この町は静かに感じられた。
 通りにはひび割れたアスファルトの残骸が飛散し、怪我をした市民が次々と搬送されてゆく。
 撃退士の到着を待たずして崩れた家屋もあれば、SBの自爆に巻き込まれて崩壊した団地もある。
 そんな中、爆心地にいた撃退士、Rehni、小紅、そして快晴の三名は口も利けぬほどの大けがによって即座に治療が開始された。
 とても学園へ移動できるような状態ではない。彼らの治療は付近の大病院で優先的に行われた。
 市民の中には、犠牲者もある。だが、町が壊滅することだけは免れた。

 数日後か、数か月後か、あるいは数年後か。
 この町に住む小倉舞は、一つの決心を固めることになる。
 撃退士らが必死に守ってくれたこの町で生きていく。そのためにできることは、またあの撃退士達に出会った時、胸を張って会話するためには。
 自分自身が幸せになろうと。そう決める。
 では、彼女にとっての幸せとは?


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: ラーメン王・佐藤 としお(ja2489)
 前を向いて、未来へ・Rehni Nam(ja5283)
 のじゃロリ・イオ(jb2517)
 ペンギン帽子の・ラファル A ユーティライネン(jb4620)
重体: 繋いだ手にぬくもりを・凪澤 小紅(ja0266)
   <爆発に巻き込まれた>という理由により『重体』となる
 前を向いて、未来へ・Rehni Nam(ja5283)
   <爆発に巻き込まれた>という理由により『重体』となる
 紡ぎゆく奏の絆 ・水無瀬 快晴(jb0745)
   <爆発に巻き込まれた>という理由により『重体』となる
面白かった!:7人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
繋いだ手にぬくもりを・
凪澤 小紅(ja0266)

大学部4年6組 女 阿修羅
蒼き覇者リュウセイガー・
雪ノ下・正太郎(ja0343)

大学部2年1組 男 阿修羅
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
拭えぬ後悔を未来へ代えて・
八種 萌(ja8157)

大学部1年2組 女 アストラルヴァンガード
さよなら、またいつか・
Spica=Virgia=Azlight(ja8786)

大学部3年5組 女 阿修羅
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
慈し見守る白き母・
白蛇(jb0889)

大学部7年6組 女 バハムートテイマー
のじゃロリ・
イオ(jb2517)

高等部3年1組 女 陰陽師
心の受け皿・
キャロライン・ベルナール(jb3415)

大学部8年3組 女 アストラルヴァンガード
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
その愛は確かなもの・
華子=マーヴェリック(jc0898)

卒業 女 アストラルヴァンガード
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
天真爛漫!美少女レスラー・
桜庭愛(jc1977)

卒業 女 阿修羅