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サーバントに包囲され、絶体絶命の幼稚園バス。
雛人形を模した三体のそれらは、未来ある子供たちの命を脅かしていた。
このまま、少年少女らは殺されてしまうのか……。
だがその時、窮地に駆け付けた八人の若き勇者たちがあった!
「灯りをつけましょ、人形にー。ドカンと一発、撃退士ー」
どこかで聞いたようなリズムで物騒な歌を歌う彼女の名は、石川 康子(
jc2186)。女だてらに男顔負けの豪快さを備える、将来を担う戦士である。
「ったく、景気のいい歌は構わねぇが、縁起の悪ぃ雛人形がいたもんだぜ……」
溜息と共に刀を引っ提げ表れたのは、天王寺千里(
jc0392)。彼女もまた、男もビビらすワイルドな風貌の女性。その容姿は子供を守るヒロイックなそれとはかけ離れているが、その心は強きをくじき弱気を助ける精神に激しく燃え上がっているのだ。
「相手は選べない。何をしてくるのか分からないのが天魔だからな。おい、これは手の込んだ撮影と。そう言ってやれ」
「わっ、分かりました!」
ローニア レグルス(
jc1480)に言われて、マリー・ゴールド(
jc1045)は背筋を糺し返事する。
彼女、マリーはまずバスへと向かい、中に取り残された園児らを安心させる役割を担っていた。
ただ救助に来た旨を伝えるだけでは、幼い子供ほど不安を膨らませる。泣き叫ぶ子供に「もう大丈夫」と伝えても、すぐには泣き止まないのだ。それを知っていたからこそ、ローニアは助言したのである。
表情豊かとは言えず、どちらかといえば不愛想で冷たい印象の彼だが、そんな言葉が出てくるあたり、実際には子供好き……なのかもしれない。
「では、園児たちのことは任せるよ。その間の護衛は、こちらで引き受けるから」
直衛にあたるのは、マリーだけではない。龍崎海(
ja0565)もまた、役割を同じくする者だった。
ボブカットの少女は頷いて了解を示す。
この他三名の撃退士もこの場に参上しているが、彼らは何かコメントを残すよりも先に、敵の動きを止めるために動き出した。
出遅れるわけにはいかない。各々の情感もそこそこに、八名の撃退士たちは憎き雛人形サーバントを滅すべく駆けた。
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バスに対して左側に布陣するは、その毛髪を自在に伸縮させる能力を持つ、いわば髪人形。
これを抑えるは、千里と神凪 景(
ja0078)である。
奇抜な能力によって、バスが拘束されるようなことがあってはならない。十分に射程圏内へと踏み込んだ景は、白銀の槍を振りかざした。
「幼稚園バスを攻撃って……天魔の考えることは分からない、わ、ねっ!」
封砲。それは、武器に黒き光の力を宿して放つ技。懐へ飛び込まずとも強力な一撃を見舞える、大いなる力だ。
今まさに、髪を伸ばしてバスに打ち付けんとしていたサーバントは、これに飲み込まれた。
――だが。
「……うそ」
髪人形は多少怯みを見せたのみで、堪えた様子を見せていない。なかなかに耐久力があるようだ。
ならばと躍り出るのは千里。
「アタシは弱いもんイジメをする奴をぶっとばすのが三度の飯より大好きなんだ、覚悟しやがれ!」
刀を掲げ、斬りかかる。封砲の攻撃に紛れて接近した。……つもりだった。
予測以上に人形の反応は速く、バスを狙っていた髪をしならせて、千里へと振り下ろす。
「んなモン、自慢の刀で――っ!?」
斬り払う算段だった。しかし伸びた髪は非常にしなやか。
千里自慢の刀は絡めとられ、身動きが封じられる。
「放しなさい!」
即座に双銃へ持ち替える景。
だが、千里が盾のように使われてしまい、迂闊に手が出せない。
躊躇は一瞬のはずだったが、敵はその隙を逃してはくれない。
「な、待て、おいこら!」
髪人形は、千里の刀だけでなく彼女の腕まで毛髪を絡ませると、大きく頭を振るわせて、千里を投げ飛ばした。
景へ向けて。
「わ、わ、わっ!」
咄嗟のことで驚愕の声しか出せない景。避けることもままならず、千里と彼女は激突。両者共に体を強かに打ち付け悶絶する。
「クソッ、これじゃ近づけねぇ」
口に入った砂を吐き出しつつ、千里は悪態をつく。
接近さえできれば、いくらでも打つ手はあるのだが。
そのための手立てを、景は考えていた。
案を受けた千里は立ち上がる膝のバネを行かして駆けだした。
三歩目で反復横飛びの要領で右へ飛ぶ。すると、脇を二発の弾丸がすり抜けていった。
視界の隅に細切れの毛髪が飛び散り、髪人形が怯む。
景の策とは、敵と千里と景が一直線に並ぶよう布陣し、千里が横飛びするのと同時に銃撃を放ち、また千里とラインを合わせる。これを繰り返すことだった。
敵は当然のように、また髪を伸ばして千里を襲う。しかし横飛びすることでその攻撃を逃れ、髪は弾丸の勢いに貫かれて飛散する。
そう、この流れを続けることによって、敵の懐へと飛び込むことが可能となるのだ。
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変わって、バス右側。
こちらに布陣する敵は、手に扇を持つ人形。
「何を狙っている……?」
訝しむ鳳 静矢(
ja3856)。扇を手にした敵の能力とは……。
ただ涼むためのものではないだろう。まして、飾りでもない。となれば、何かしらの能力を発揮するものに違いない。
扇が想起させる能力。
「風、か?」
同じくこちらへ回った西條 弥彦(
jb9624)が顎を撫でるようにして呟く。
人形が扇を高々と掲げた。
「やらせるものか!」
「最初から出し惜しみ無く行かせてもらうぞ!」
駆けだす弥彦。続いて静矢。
だが、踏み込むには距離がありすぎた。
「くっ」
反射。
弥彦は横飛びする。そして後悔した。
背後にあるものは何か。守るべきバスだ。
だが、静矢は避けなかった。
「ぬ、ぅぅぅっ!」
己が身を風防に、突風を全身で受け止める。
実体のないその攻撃を、全て防ぐことは叶わないだろう。後方からはバスがガタリと揺れる音が聞こえる。
今、弥彦にできることは、敵の気を逸らすことだ。
「こっちだ! 余所見すんなよ」
アサルトライフルから弾丸を吐き出し、弥彦は駆ける。
狙い通り。
扇人形は、標的を弥彦へと変えた。
「ぐ、ふぅ」
だが、扇の生み出す風は、自然界のそれを逸していた。トラックに跳ね飛ばされたかのような衝撃と共に、地面から足が離れ、体が浮き、次の瞬間にはビルに背中を打ち付けていた。
それでいい。
ほんの一瞬の隙を、静矢は見逃さなかったのである。
「出し惜しみ無しだと、言っただろう?」
刀を煌めかせ、距離を詰めた静矢。
持てる力は、全て出し切る。その心とは。
「未来ある子供達が沢山乗っているからな……」
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「はぁい、撃退士のおねーさんですよです。何とかしちゃうから、もう少し我慢しててです」
バスの屋根に飛び乗ったマリーは、側面の窓を覗き込みつつ務めて朗らかに告げた。子供らの不安を和らげるためだ。
園児らから見ると、逆さまになった顔がひょっこりと覗いている。実にユーモラスだ。
「落ちても知りませんよ」
同じくバスの上に立つ海は、絶えず周囲の様子に気を配る。防衛対象であるこのバスに被害が及んではならない。敵の攻撃が迫るのであれば、身を盾にしてでも守る心構えだ。
一方でマリーはというと、先ほど受けたアドバイスをそのまま、この戦闘は撮影であるなどと告げて、立ち上がった。
問題は正面だ。バスの背後から追いすがる形となった撃退士ら。正面担当が接敵するまでもう少し。
「ちっちゃい子を虐めるのダメ――」
仁王立ち。
腰に手を当ててふんぞり返り、見事な口上を放つ。
だが、それも中断。
彼女の視界には入っていなかった、右方向からの突風。これに煽られたマリーは、バランスを崩してよろけ、ふらふらと、
「へぶっ」
落下した。顔面から。
「だから言ったんですよ。大丈夫ですか?」
海が顔を覗かせる。彼はというと、バスのヘリをしっかり掴んで体を固定するのと同時に、バスが横転しないようにと上手くバランスを取っていた。
だが、心配ばかりもしていられない。
風が止んだことを確認した海は、再び屋根に立って正面の人形へ視線を移した。
その瞬間。
視界が、光に包まれた。
正面の人形が、目からビームを撃ったのだ。
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「チッ、奇襲を意識しすぎたか」
敵の背後を取ろうと密かに回り込んでいたローニアは、海が撃たれた様子を目に舌打ちする。
行動を共にする康子は、人形の側面に潜む。
注意の向いていない位置から、一瞬で攻めかかろうと画策したことが仇になった。
康子が、合図を送っている。
「次はない。行くか」
小さく手を上げたローニアは、そのまま民家の陰から飛び出した。
「おらおらおらー! っす!」
ピストルを乱射し、敢えて大声を発しながら突撃する康子。
命中は……しない。だがそれでいい。目的は別にある。
人形が攻撃対象を康子に変え、またもビームを放った。
「ぬぉぁっ!?」
足元をめくられ、すっころぶ康子。
だがその間にローニアが距離を詰めていた。
「必殺。栄光の……ロケットパンチ」
ローニアのハンズ・オブ・グローリーが飛び出す。
敵の不意を突き、一気にケリを付ける算段だ。
しかし人形も敏感だ。すぐさまローニアに振り向くと、やはり目からビームを発した。
光線が足を掠める。だが、ロケットパンチは直撃だ!
体勢を崩した雛人形がすぐに立て直さぬよう、康子が銃弾を撃ち込んでゆく。
「今っす! 早く!」
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合図を受けた海は、バスを守るためにビームを受けた肩を庇いながら、運転手に指示を出す。
バスは急速に発進。戦場を離脱した。
防衛対象の安全を確保してからの撃退士は、雛人形相手に苦戦することはなかった。上手く敵を抑え込んでいた撃退士らは、バスが離れてからほどなくしてサーバントを討伐したのである。いや、仮にバスが留まっていたとしても、既にトドメを刺せるほどに優勢だったのだ。
「終わったっすー! おなかすいたー!」
「倒して終わりじゃないだろ。行くぞ」
「っとと、そうだったっす」
敵を滅してすぐ、どこかに隠し持っていたスナック菓子を取り出して食べ始める康子。
それを諭すローニア。仕事は状況確認まで済ませてようやく終わり。まだ安心するには早いのだ。
雛人形と直接対峙していた面々は、足早にバスの方へと向かって行った。
幼稚園バスには、マリーが真っ先に乗り込んでいた。
「もう大丈夫! みんな大丈うぎっ」
が。扉にスカートが引っかかった。そしてすっころぶ。
いきなり入ってきた女の子がこんな姿を晒したのだから、中の園児らは大爆笑。
「おい、何をして――」
続いてバスに乗ろうとした海は言葉を失う。
扉には破れた布が挟まり、とっても純粋な感じのアレが隠れ家を失い、その主であるマリーが倒れている。
嗚呼、見てはいけない。見ちゃいけない。
分かってはいても、そう、分かっているからこそ。
「無事っすかー?」
「ち、違うんだ! 断じて、そういうやましい気持ちがあったわけではなく、これはその、不可抗力で!」
「あー。盛大にドジ踏んでるっすねー。おーい、パンツ見えてるっすよー」
状況確認のために合流した康子は、無駄に焦る海をよそに、マリーを助け起こす。
そして園児たちに配るよう桜色の飴を海へ託して、マリーを連れ立って避難。とりあえず、上着を腰に巻いてやった。
気を取り直して、海は飴を配ってゆくが。
「……どうかした? ほら、もう大丈夫。怖くないから」
一人、しょぼくれた表情で項垂れる少女がいた。
他の園児らは嬉しそうに飴を舐めているが、その子だけが明るい顔を見せてくれない。引率の保育士に聞くと、ナナコちゃんというらしい。
「ナナね、おひなさま、かわにすてちゃったの。ママがね、そうしなきゃって。でも、すてちゃったから、おこってたのかな……」
しばらくの沈黙を挟んでから彼女の口から出た言葉は、流し雛の文化が入り混じった、正しいとも正しくないともつかない勘違いの産物だった。
子供からすれば、綺麗な人形を川に捨てたように見えたのだろう。奇しくも今回の敵は、雛人形の姿だった。重ねてしまった……いや、人形そのものが復讐しにきたと感じるのも、無理はない。
「怒ってねーよ」
後からバスの様子を見に来た弥彦。話は聞こえていたらしい。
海に割り込んで、ナナコに目線を合わせた弥彦は、流し雛とは何か、今回の敵はそれとは無関係であることを、可能な限り簡単な言葉で説明してやる。
「あれは流し雛が怒ってんじゃなくて、天魔のおもちゃ。天魔が流し雛の役目を邪魔してるんだけ――」
「……う、ぅ」
そのつもりだったが、子供にはまだ難しい。結局川に流したことは変わりないのだから、「捨てた」という感覚がある内は、立ち直れないのだろう。
それに。
「やっぱり、俺の顔って怖いか」
なんだか泣き出しそうなナナコの様子に、弥彦は小さく傷つきながらもその場を離れた。
どうしてあげたらよいだろうか。こういうことは、保育士に任せても良い気がするが、せっかく天魔から守ってあげた少女には、笑顔を見せてほしい。それが撃退士の本懐だ。
「だったらよ」
入れ替わったのはローニア。
「人形にごめんなさいって手紙を書いて、川に届けたらどうだ? ほら、ごめんなさいって言われたら、いいよって言うだろ?」
あっ、と表情が変わった。
そうだ。悪いことをしたら、ごめんなさいすればいいのだ。
「行かないのかい?」
「あはは、私、どう接したらいいのか分からなくて」
バスの外では、園児らの様子を確認しにいった面々が出てくるのを、景が待っていた。
しかし景は、自信がなかった。
「ハッ、何言ってんだい。いずれは母親だろう?」
「な――ま、まだ先の話ですっ!」
景の薬指に指輪を見た千里が茶化す。
茶化された方の景はというと、顔を真っ赤にしてしどろもどろ。
そうこうしている内に、 ローニアを筆頭に、バスに乗り込んでいたメンバーが戻ってきた。
「そ、そうですねっ! 帰りましょう!」
「だが、一人は残った方がいいな」
これぞ助け船とばかりに景が身支度を整えんとするが、そうもいかない。
先ほどの、ナナコの件だ。川に流した雛人形に謝る手紙を、すぐにでも届けにいきたいという。誰かが付いていった方がいいだろう。
ローニアは自分がついていこうと考えていたようだが、これは弥彦に止められた。
自分と、同じ気持ちになるぞ、と。
「ほら、出番だよ」
「うむ。行ってくるといい。花嫁修業ならぬ、母親修行として」
千里、そして静矢に推薦される景。
男性よりも女性が良いとの意見もあり、マリーと康子はスカートを何とかするのが先で、千里は弥彦やローニアと同じ理由で辞退。
結局景が行くことになったが……。
「子供って、いいなぁ」
戻ってきた時の彼女は、朗らかだった。