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白波を立て、ボートは進む。
目標ポイントは目前だ。人類を脅かす凶悪なディアボロを滅し、平和な明日を取り戻すべく、彼らは往くのだ。
釣竿を掲げて!
「かつお〜♪ かつお〜♪ 美味しい美味しいかつお〜♪ 刺身にたたきにアラ炊き〜♪」
のんきに歌う静馬 源一(
jb2368)は、ディアボロのことよりも、巨大カツオの群で頭がいっぱいになっているようだった。
旬のカツオは絶品。DHAもEPAも豊富。釣るしかないじゃないか!
「カツオ料理もいいけど、ディアボロ討伐に来てるってことを忘れるなよ?」
「心配はいらない」
本来の目的を確認するように声をかける雪ノ下・正太郎(
ja0343)。
ふっと息を吐いて応えたのはミハイル・エッカート(
jb0544)であった。
子どもはたくさん食べて大きく育つべき。そんな少年少女を守るのは、大人の仕事だ。
……と格好よくキメるのかと思いきや。
「タタキだろうがサシミだろうが、俺に狙われたら最後だぜ」
「お前もかよッ!」
食べる気満々のミハイルに、正太郎は突っ込まずにはいられなかった。
大人とは、大人とはいったい……。
「全く、目的を履き違えていないか?」
「安心しろ、目的は明確だ」
礼野 智美(
ja3600)は嘆息。
この船に乗り込む二人目の大人、矢野 古代(
jb1679)は自信たっぷりに胸を叩いた。
そうだ、ディアボロを倒し、平和な海を取り戻すため――
「俺は! 酒を飲みに来た!」
「いい大人が、いい加減にしないか!」
この船の大人は、酷い。
そんな中、スマホを弄るルーガ・スレイアー(
jb2600)。インターネット上のミニブログに船上のやりとりを逐一エントリーする彼女は、現状を楽しんでいるようだ。
そうこうしている内、ボートは目標ポイントへと辿りつく。付近には民間のものと思われるボートが一隻。甲板に出た一人の中年男性が、既に竿を垂らしている。
「おーい、そこのおっさん! この辺にディアボロが出るってよ! 危ねーから、竿しまって大人しくしとけー!」
船を寄せ、紫 北斗(
jb2918)は釣りに興じる男性に向けて声を張り上げた。
間違いなく声は届いているはずだが、しかし、男は笑顔で手を振り返すのみ。全く聞いちゃいない。
「お兄ちゃん、あの人、聞く耳持たないよ……」
尚も竿を離さぬ男性の様子に眉尻を下げ、みくず(
jb2654)は伺うように北斗を見上げた。
どうしたものか、と思案するが、言って聞かぬのならば仕方ない。
相手方のボートに飛び移って強引に竿を取り上げるのも手段としてはアリかもしれないが、それは少々野暮だ。
そこでルーガが選択したのは、護衛という名の監視だった。
「やあやーあ、釣れているのかー?」
「まーだまだ、これからさー」
翼を用いて飛翔したルーガは、男の頭上を旋回しつつ声をかける。
これに男は驚きもせず、のんきに手を振ってみせた。少なくとも、ルーガらがディアボロ討伐に訪れた撃退士であるということは理解しているようだ。
そうでないのならば、釣りをすること以外頭にないのかもしれない。
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男の監視をルーガに任せた撃退士達は、早速ディアボロを釣り上げるべく、各々竿を手に取った。
……はずなのだが。
「野球やろうぜ〜」
何を思ったか、みくずは持参したバットを手に、しきりに海面へと呼びかけるようにしていた。
その背へ、正太郎が声をかける。
「どうしたんだ?」
「相手はカツオでしょ? だからこうしてれば誘われて出てくるかと――」
「よせ、目に見えぬ力に潰されるぞ!」
とってもメタなお話です。
……それはともかくとして。
改めて、みくずを含む撃退士達は海面へ竿を垂れた。
予めカツオの好む水深へ針が降りるよう調節されていたおかげで、釣り初心者の彼らも余計なことを考えず集中することが出来る。
「時に、俺、思ったのだが」
ふいに、古代が口を開いた。
「全員で竿を垂れてちゃ、いざディアボロが釣れた時に対応が遅れるんじゃないか?」
「尤もだ」
賛同したミハイルは、いつディアボロがかかっても良いようにと竿を上げ――ようとした。
その時だ。
「むっ、この体を持っていかれるような手応えは……!」
ミハイルの竿が大きくしなった。
両手で支え、船のヘリに足を突っ張るようにしてリールを巻く。
いよいよディアボロとの対面か。
各員が己の竿を手放して臨戦態勢に移る。
古代はミハイルの腰を抱き、獲物の引き上げを手伝った。
渾身の力を振り絞り、ミハイルが大きく竿を持ち上げる。
果たして引っかかったのは……。
「敵ではなかったか」
全長1mに及ぶ巨大なカツオ。だが、ディアボロではない。
ハズレだ、と吐き捨てた智美。しかし、他の面々は歓喜に震えていた。
「こいつはデケェ!」
「食糧は確保だ。後は任せるぞ」
威勢よく暴れるカツオを抱え、古代は御満悦。
これをミハイルがボート備え付けのクーラーへと放り込み、今度こそディアボロが釣れても良いようにと甲板で待機することにした。
彼と同じように待機を選んだのはみくず。ただ何もせず下がったわけではなく、キビナゴを中心としたカツオの餌をボートの周囲へと放った。撒き餌だ。
相手が普通の餌にも食い付くのであれば、撒き餌は有効なはずだと踏んでのことだった。
それが功を奏したのか。撒き餌を行ってからわずか五分後。
「この引きは! ……今度こそ、デヤァァーッ!」
正太郎がアタリを引いた。
体勢を崩しそうになりながらも、努力と気合と根性で踏ん張り、全身全霊を以て竿を上げる。
そこにかかっていたのは果たして……!
「カツオだーッ!?」
またもディアボロではない。本物のカツオだ。
やはり1m級の巨大なカツオ。
狙いの獲物ではないが、何故か落胆する気にはなれない。大物を釣り上げた感動と喜びは、正太郎が想像していた以上に大きなものであった。
「見てくれ、俺の釣り上げたカツオ!」
目的も忘れ、正太郎は釣り上げた獲物を掲げて仲間へとアピール。
これに対抗心を燃やしたのは北斗だ。
「クソッ、よし、俺だって!」
「お兄ちゃんがんばってー!」
一度引き上げた針を、今度は別のポイントへと放る。
その背を、みくずが手を振って応援した。
カツオでもディアボロでも、この際どちらだって構わない。
妹の手前、何でもいいから釣り上げて見せ、面子を保ちたいところだ。
しかし。
「交代だぞー」
ゆったりと旋回しつつボートへ戻ってきたルーガが声をかける。
飛翔していられる時間が限界に達した彼女は、一時休息を取るために帰還したのだ。
隣のボートで釣りをしている男性を監視する役は、北斗へと引き継がれた。
舌打ちしながら竿をしまった北斗は、首をコキリと鳴らしてから甲板を蹴って飛翔。男性のボートへと向かったのである。
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釣り人の頭上をゆっくりと回り、チラリとクーラーを覗いて北斗は驚愕した。
撃退士達は一人につき一尾釣るのが関の山。しかしこのおっさんは、既に三尾も釣り上げていたのである。
(これが、腕の差か……!)
しかし微塵も疲れを見せないおっさんは、頭上の北斗に笑顔で手を振って見せた。
決して悪意などなかったはずだが、しかし北斗は一抹の悔しさを覚えて拳を強く握った。
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撃退士達はというと、次には源一がカツオを釣り上げて歓声を上げていた。
「ふっふっふっ、自分のことは『グランダー静馬』と呼ぶで御座るよ!」
巨大カツオをゲットしてすっかり得意になった源一。
この様子を、ルーガはスマホを利用して動画撮影していた。
「上手く少年需要が得られたら再生数うなぎ昇りなんだがー」
後日、源一の姿が某巨大動画サイトにアップロードされ、一部女性ユーザーの人気を博したのはまた別の話である。
その時だ。
「む? この引き、この手応え。間違いない、奴だ!」
智美の竿が大きくしなった。
強烈な抵抗に、体勢を崩すどころか、そのまま海へ引きずり込まれそうになる。
初心者であれば、針にかかった魚の抵抗を過剰に大きく感じてしまいがちだが、それにしても撃退士である彼女をこうも手こずらせるのであるから、期待しても良い。
「くっ、誰か、助勢してくれ!」
明らかにこれまでと違う、竿をへし折らんばかりの引きに、智美は堪らず助けを求めた。
これに呼応したのは、ルーガだ。
「大物の予感なう!」
ディアボロを釣り上げる決定的瞬間を収めるべく、ネックストラップに下げたスマホのビデオ機能を立ち上げたまま、智美の竿を握る手を支えるルーガ。
二人の力を以てしても、まだ釣り上げるには至らない。
これにみくずが手を貸し、三人が息を合わせて竿を引き上げる。
果たして海面から姿を現したのは……。
「出た、ディアボロだ!」
「前菜にもならないな、消えろ」
源一の叫びと同時に、待機していたミハイルがスナイパーライフルを通じて弾丸を吐き出す。
海風を割いて飛び出した弾丸は、しかし、大きく体をくねらせたカツオディアボロの尾に弾かれた。
戦闘開始だ。
これを見た北斗が、急ぎボートへと戻ってくる。
その場面にあって、古代は未だに自分の竿を握っていた。
「何してんだ、ディアボロだぞ!」
「待て、こっちはこっちでアタリがだな」
「諦めろ!」
正太郎に急かされ、古代は泣く泣くカツオのかかった糸を切った。
ディアボロはというと、甲板に着地し、口に引っかかった糸を吐いて、滑走の要領で智美へと突撃をかました。
「甘い!」
彼女の得意とする槍は、狭い甲板では取り回しにくい。そこで智美が用意したのは、鉈だ。木工などに使われるものだが、V兵器の技術を活かして作られたこれならば、天魔との戦闘にも耐え得るはずだ。
ディアボロの頭へと刃を叩きつける。が、体表のぬめりを利用してその一撃を受け流したディアボロは、そのまま智美の脇をすり抜けた。
その先にいたのは源一。
同じく体当たりがくるものと思って、源一は身構えた。
しかし違った。
ディアボロは、その口から高圧圧縮した水を吐き出したのだ。
「うぉぉっ!?」
水鉄砲を食らい、吹き飛ぶ源一。
この影から北斗とみくずが飛び出す。
「みくず、兄妹アタックだ!」
「カツオディアボロの丸焼きだー!」
まず北斗がゴーストアローで牽制、次いでみくずが炎球を放った。
陰陽師であるみくずの攻撃に、温度というものはない。しかし、温度感覚を狂わせる力はあった。
冷たい海を根城にするディアボロにとって、温度感覚は絶対不可欠のものだ。これを狂わされては堪らない。
ディアボロは苦しみもがき、甲板の上をのたうち回った。
「畳みかけるぞー」
この隙を逃すわけにいかないと、ルーガが封砲を放つ。
これに撃たれ、衝撃に弾かれたディアボロを、古代とミハイルが撃ち抜く。
虫の息となて甲板に叩きつけられるディアボロ。
肉迫するのは正太郎だ。
「龍転っ!」
叫びに合わせ、魔装が彼の体に装着された。
蒼き鎧の勇者、リュウセイガーへと転じた彼は、一撃必殺の念を拳へと込める。
「天魔を断つは龍の爪っ!!」
両手に構えた大槌が紫焔を発し、徐々に龍を思わせる爪の形を成していった。
これぞ我龍転成リュウセイガーの誇る必殺の型。
「ドラゴンスラーーーッシュ!!」
まともにこれをくらうディアボロ。
哀れカツオディアボロは、見事三枚に下ろされたのである。
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「俺のヌシが、ヌシがディアボロだったなんて……」
戦い終わって。
釣り人のショックは計り知れなかった。求めていた海のヌシがディアボロで、自分で釣ることも叶わず、結局撃退士によって倒されてしまったのだから。
しかし、落胆するおっさんに救いの手が!
「気を落とすことはないぞ! せっかく釣ったカツオがあるじゃないか。美味しく食べれば、きっと楽しいぞー」
寄せ合った二隻のボート。ルーガは釣り人のボートへ乗り移り、釣り人を励ました。
というよりは、なるべく大勢で新鮮なカツオを食べたいという願望によるものであったのだろう。
釣り人にしてみれば、他に気を紛らわす手段もなく、ルーガの話に乗ることにした。
撃退士達のボートでは、操縦士であるおっちゃんも交えて盛大なカツオパーティーが開かれんとしていた。
テーブルにならぶ料理の数々。やはり目玉はたたきだろう。
おろし生姜と醤油でいただくもの、ポン酢でいただくものとオーソドックスなものもあれば、高知特有のおろしニンニクでいただくものまで並んでいた。このニンニクでいただくものは、智美が故郷の食文化を持ちこんだものである。
他にもあら煮、つみれ汁など、いくつもの料理が並んでいた。
このほとんどを手掛けたのは、意外にも北斗である。
「さっすがお兄ちゃん!」
「任せろってんだ。このポン酢も自家製でな、カツオに合わせて酸味を調節してある。さぁ、役者もそろったし、食うぞ!」
みくずの賞賛に胸を張る北斗が音頭を取り、一同は一斉に箸をとった。
その中で、不敵に笑う男達がいた。
「アラニだろうがツミレジルだろうが、俺に狙われたら最後だぜ」
「まぁ待て、此処に茨城の地酒が数本ある……後は解るな」
「奇遇だな、こっちにも、秘蔵の芋焼酎がある。湯は沸いているか?」
ミハイル、そして古代だ。
こっそり持ちこんでいた酒をここぞとばかりに取りだした二人は、ニタリと笑むと、早速酒盛りを開始した。
これに釣り人のおっさん、操縦士のおっさん、さらには北斗までもが加わり、オヤジ同士の宴会が開かれたのである。
「かーッ! やっぱ新鮮な魚は美味いッ!」
「カツオ祭りで御座る〜! ひゃっほーーう♪」
「テラカツオなう!」
一方では、正太郎、源一、ルーガらが次々にカツオ料理へと箸を伸ばしていた。
スーパーで安売りされる目の濁った魚とはワケが違う。たった今まで大海原を泳ぎ回っていた魚の味は格別。DHAが脳へと沁み渡る。
「もう少し静かに出来ないものか……」
武人智美は、食事に賑やかさを求めない。クールに箸を動かす彼女だが、後で持ち帰ろうとカツオを一尾、こっそり持参したクーラーボックスに突っ込んだことは誰にも内緒である。
「せっかくなんだから、楽しく食べようよー。ほら、このたたき美味しいよ!」
そう言って、みくずは智美の皿にどんどん料理を盛っていく。
大食らいのみくずからすれば完食して当然の量であるはずだが、智美にとってはあまりに多すぎる。
それに困ったような表情の智美を、みくずは愉快そうに笑うのだった。
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彼らは忘れていた。
ここは船上。風が吹き、波の立つ海の上。
そんなところで酒盛りなどしたものだから。
「う、お、降ろしてくれ……」
「もう駄目だ、うぼぇぇ……」
宴会を開いていたオヤジ衆、全滅。
酒酔いに加え船酔いも加わったものだから目も当てられない。
甲板から海面に視線を落とすオヤジ衆、総勢五名。
一度は彼らの胃へ収まったカツオは、こうして海へと帰っていったのである。
めでたし!!