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現場に急行した撃退士たち。山小屋の周囲をぐるぐると周り、様子を伺っている大蛇の姿があった。
小屋には要救助者であり、本件の通報をした真弓なる少女が逃げ込んでいるという。
そして、ヘビの中には……。
「……殺せば……いい……」
「待てって。何が何でも助けてやらねぇと!」
紅香 忍(
jb7811)を制して獅堂 武(
jb0906)が意気込むように、もう一人の要救助者がいる。
真弓の双子の姉に当たる、真矢。彼女はあのヘビに丸のみにされたというのだ。
通報から即駆け付けたのだ。幸いにして、転送装置で送られた地点は現場の真正面。飲まれて、通報を受けて、現在まで、三分程度。まだ間に合うかもしれない。
「時間との勝負だ。あまり長引かせるわけにはいかない」
急ぎ作戦を立てた撃退士たちは、フローライト・アルハザード(
jc1519)の合図で各持ち場へと散った。
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「選べ。眠って起きたら事件解決、解決するのを目に焼き付ける。五秒以内に返答を」
小屋へ突入したのは武、数多 広星(
jb2054)、そして桜庭 咲(
jc2102)といったメンバーだった。
そこには机の下で震える真弓の姿があり、恐怖とショックでまともな精神状態ではないことは明らかだ。
最早一刻の猶予もない。挨拶も抜きに、広星はそう告げた。
「え、あの、助けに……?」
「そうです。もう安心ですよ」
五秒経過。
咲が声をかけたか、かけないか。
「返答なし。獅堂さん」
「急すぎねぇかな。……しょうがねぇ、これも被害を抑えるためだ。必ず姉さんは助けてやるからな」
広星が武に合図を送る。
相手は双子。互いに助け合いたいという気持ちは強いだろう。だからこそ、無謀な行動に出られる可能性は潰しておきたい。割り切った言い方をしてしまえば、足手まといなのだ。
だから、真弓には眠ってもらうことにした。
魂縛符。本来、ゲートによる影響を緩和するための技だが、一般人相手ならば眠らせることも可能。
状況をしっかりと把握する間もなく、真弓の意識は落ちた。
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「こっちだ!」
外では、先陣を切った礼野 智美(
ja3600)が、ヘビに雷打蹴を叩き込んでいた。
敵の関心は、小屋に向いていた。まずは引き離さねばならない。
跳躍からの、急降下による蹴り。あまりにも派手なモーションに、ヘビは智美に注目せざるを得ない。
そして、釣り出されるように、ヘビは小屋を離れて車道へ。
「……撃ち抜く……」
「待って待って!」
移動中は、標的にするには格好の機会。ライフルを構えた忍。
しかしこれを遮ったのは、高瀬 里桜(
ja0394)だった。
生命探知で、真矢の位置を探っていた彼女は、その居場所を突き止めたのだ。
二度も待ったを食らって不服そうな忍だが、里桜の掴んだ情報は確かに重要なものだった。
「えっと、目の位置から一、五メートルくらいからの位置に真矢さんが!」
なるほど、よく目を凝らせば、それらしい部分がぷっくりと膨らんでいる。
「レディに危害を加えるわけにはいかない。狙いは頭、もしくは真ん中より尾の方。各員留意したまえ」
カミーユ・バルト(
jb9931)の指示で、攻撃目標が明確になる。
なるべく真矢が怪我をしないよう、それでいて早急に、確実に、敵を仕留めねばならない。
「こっちは終わりました。状況を」
そこで、小屋に入っていた広星と武が合流。
一斉に仕掛けよう。というところだが……。
「あれ、咲ちゃんは?」
「真弓の傍にいてやるってさ」
一人、姿が見えない。
里桜が疑問の声を漏らせば、武が答える。
万が一の場合に備え、咲は真弓の護衛に回ったのだ。
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再び、小屋の内部。
眠りに落ちた真弓を、備え付けの布団に横たえた咲は、いつでも動けるよう片膝を立てて少女の寝顔を覗き込む。
同い年くらいだった。きっと学校では美人として噂になっていることだろう。
「ごめんなさい……」
その言葉は、しっかりと説明しきれずに眠らせてしまったことに対する謝罪だった。
きっと、怖くて怖くて仕方がなかったことだろう。
せめて、今だけは。いや、眠りから覚めても、こんな恐怖を忘れられるように。咲は、祈った。
そしてもう一つ。
「真弓さんのために絶対帰って来てくださいね……」
真矢に向けても。
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「その役目は、信頼できないと任せられないね」
辛辣に聞こえる、カミーユの言葉。
抗議の視線を送る里桜だが、そうではない。
「彼女を信じよう。そして僕らも、信頼に答えねばならない。さぁ、一斉に仕掛けようか」
既に、智美とフローライト、そして忍がヘビに攻撃を加えている。
急ぎ加勢せねば。
「遅いぞ獅堂! あとで正座だ」
「アルねぇそりゃ勘弁!!」
フローライトが叫ぶ。
ヘビはかなりしぶとく、ダメージがなかなか通らない。
……というよりは。
「すぐに回復されて火力が足りない。攻撃を集中させよう」
「……頭、狙う……」
智美が言うように、ヘビの表面がうっすらと体液で覆われ、攻撃を受けても即座に回復しているようだった。
ならば、回復が追いつかないほどの攻撃を、集中させるべき。
そこで忍が提案したのは、頭部を積極的に狙うことだった。
「でも、真矢さんが……」
「しくじらなければ平気だ」
渋る里桜を抑え、フローライトが黒き鎖を構える。
前へ出たのは、カミーユだ。
「ならば、僕が一肌脱ごう」
審判の鎖とは、聖なる鎖で対象を絡み取り、動きを封じる技。
メンバーに目くばせし、解き放つ。
ヘビの動きが止まった。
「ハッ!」
血界で己の肉体を強化した智美が、ヘビの頭部に刃を突き立てる。
鱗に阻まれて食い込みは浅い。が、それで終わりではない。
続いて忍がアサルトライフルの弾丸を見事頭部へ集中させると、今度は武の番だ。
「悪いけど、俺だって説教されたくないからな!」
振るった小太刀が、鼻を切り落とす。
流石にこれは効いたようで、ヘビは苦しそうに目をギョロギョロと動かした。
「それでもお説教だ」
パールクラッシュの光を鎖に込め、フローライトが打ち付ける。
さらに飛び出してゆくのは、里桜。
「もう、こうなったら!」
真矢への被害は抑えられている。ならば、今は一刻も早く討伐し、彼女の救助を。
聖なる輝きをその身に、ヴァルキリージャベリンを解き放つ。
……が。
「うそっ」
外れた。
審判の鎖から抜け出したヘビは、身を捩ってその尾を叩きつけてきたのだ。
肩を叩かれ、吹き飛ぶ里桜。
「止まっていろ」
広星が影縛りの術で再びヘビの動きを止めた。
「もう時間がねぇ! 腹でも裂くか?」
「いや、頭部の傷が癒えていない。もうひと押しだ」
なんとしても真矢を助け出したい武の提案を、フローライトは遮る。
先ほど武の切り落とした鼻が再生しかかっているものの、ヘビの頭には無数の傷が刻まれたまま。
例えディアボロであろうとも、やはり頭は急所。
もうひと押しだ!
「そろそろ、消えたまえ。レディを返してもらおう」
大剣によるインパクト。カミーユの一撃は、ヘビの脳天を叩き割った。
やったか?
いや、最早虫の息とはいえ、その体はのたうち回っている。
驚異的な生命力だ。
が。
「……死ね……」
血を噴出させ、原型の見えぬ姿となったヘビの頭を踏みつけた忍は――。
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真矢は生きていた。
ヘビは煙となって消え、そこには真矢が横たわっていた。
消化しきられなかった彼女は、ヘビの一部とならずに済んだのだ。
「しっかりして。もう大丈夫だから。ほら、分かる?」
駆け寄り、揺さぶり起こす里桜。
少女の目には、溶けかかっているものの、包帯が巻かれていた。きっと、盲目なのだろう。
だから、目を開けることはないだろう。と、思っていた。
「う、ん……?」
新鮮な空気と、はっきり感じ取れる感触、音。
真矢は目を開けた。光が見えていた頃の習慣なのかもしれない。
「良かった。なんとか生きて……」
「座れ、武」
安堵の息を漏らす武だが、そこにフローライトの冷たい言葉が降ってきた。
「え、は、何で!?」
当然、武は納得できない。
結局、要救助者は無事だったのだ。いったい何の文句を言われる必要があるのだろうか。
「もう少し遅くて間に合わなかったらどうするつもりだったんだ。いいから座れ」
「でもほら、助かったわけで――」
「座れ」
「はいすみませんッ」
この圧倒的な威圧感には勝てず、土の上に正座する武。
その傍らでは、敵を倒した以上、何にも興味がないとばかりに忍がポッキーをむさぼっていた。
「レディ、痛むところはないかい? 少し落ち着いたら、状況を説明しよう」
真矢の体を起こしたカミーユが優しく声をかける。
気品に満ちた彼。
一方で真矢の方は、ボロボロの恰好ながらも目鼻立ちが整い、栗色の髪が美しい。
そんな様子を目にした里桜は。
(わぁ、おとぎ話の王子様とお姫様みたい……)
などとときめいていた。
「救急車の手配はしておいた……何を呆けているんだ?」
「えっ? い、いや、何でもない、何でもないよ! あは、は」
戻ってきた智美がそう告げると、妙に焦る里桜。まさか乙女趣味な妄想をしていたと知られるわけにはいかない。
しかし、そんな時だった。
「あ……みえ、る……」
真矢が、小さく言葉を漏らした。
見える。確かに、そう呟いたのだ。
「見える? 僕の顔が?」
「あ、あぁ……! 見える、私、見える!」
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あのヘビディアボロの厄介なところは、己の体液を滲ませることによる回復能力だった。傷を癒す力、それは、欠損した部分すらも再生させるほど、強力なもの。
体の表面に比べれば、内部の方が体液は多い。丸のみにされた真矢は、これに絶えず晒されていたわけだ。
かつて潰された両目にも、この体液が浸透したことで、失われた光が蘇った。そう考えるより他はない奇跡だ。
戦闘が終わったことを聞き、咲は真弓を起こして小屋の外へ連れ出した。
真矢が無事と知った真弓は、一秒でも早く駆けつけたかったに違いない。
「お姉ちゃん!」
叫び、姉の身を抱きすくめ、頬を寄せる。
ただ眠りの中で待つことしかできなかったのだから、無理もないだろう。
「真弓、聞いて。私……見えるの。ぼんやりとだけど、真弓の顔が、ちゃんと」
それをやんわりと押し返すようにしながら、真矢は告げる。
見える。その言葉に、信じられないとばかりに目を丸くさせた真弓だが、それはすぐに、大粒の涙へと変わった。
「大きくなったね」
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救急車が到着するまでの間、撃退士たちは概ねの事情を聞いた。
三年前の夏休みに、とある事件(詳しくは語られなかった)に遭い、結果として、真矢は目を潰されてしまったこと。それ以後、真弓が真矢の目となり、共に過ごしたこと。それに対して、真弓はずっと責任を感じていたこと。
親を失ったこと。どこへ行けば良いのかもわからないこと。
ただ。それでも、二人で生きていこうと決めたこと。
「待ちたまえ、レディ。君達に、伝えておきたいことがあるのだよ」
救急車へ乗り込む間際、カミーユは二人を呼び止めた。
これからを生きてゆく二人には、いくつもの困難が待っていることだろう。だが、せっかく救助した彼女らには、くじけて欲しくない。力強く、たくましく、生きていってほしい。
だから……。このまま終わりにしたくはなかったのだ。
「私、お二人からは、命の暖かさを感じました。だから、そのぬくもりを絶やさないでください。きっと、助け合ってきたお二人なら大丈夫です! その、えっと……上手く言えないですけど、大丈夫です!!」
「……うん、ありがとう、咲さん」
答えたのは真弓の方だった。
彼女をずっと見守っていたのは、咲だ。
きっと、真弓もまた、咲の暖かさを感じていたに違いない。だからこそ、通じる言葉もあるのだろう。
「さっきは、急ですまなかった。時間がなかったから……。その上で、問いたい」
次に進み出たのは、広星。彼もまた、双子の弟を持つ存在である。が、仲睦まじい様子の真矢と真弓とは違い、その関係は多少距離を置くもの。互いに愚弟、愚兄と称するような間柄なのだ。
だからこそ、彼は知りたかった。
「お前たちにとって、自分の片割れはどういう存在だ?」
世の双子は、いったいどういったものなのだろうか。
返答に困るような質問だったかもしれない。
そう広星は感じていた。
「「もう一人の私」」
が、返事は驚くほどすんなりと、そして同時に、同じ言葉で返ってきた。
なるほど、と納得。これだけシンクロしているのだから、確かに彼女らの言う通りなのかもしれない。
「なら、精々、大切にすることだ」
それ以上の言葉は、いらない気がした。
言葉を送るのは、もう一人いた。
里桜だ。
「ねぇ真矢ちゃん。貴方が妹を大事に思ってるように、妹だって貴方が大事で、失いたくないんだって忘れないで」
己を庇って亡くなった、兄の姿が瞼に浮かぶ。
どれだけ家族が大事でも、妹を想っていても、それで死んでしまったら……残された方は、ただ罪悪感に苛まれて、犠牲の上に生きていることに嫌気が差して、苦しむことになる。
「それから真弓ちゃん。私も死に掛けた時、弟に凄く泣かれて怒られた。それで、私は弟を守ってるつもりで、こんなに傷つけてたんだって気付いたの。言いたい事は全力でぶつけなさい! 独りよがりの姉にはそのくらいしないと伝わらないよ! 」
妹であり、姉でもある里桜。
撃退士として生きてきた彼女には、様々な経験がある。
だからこそ、言える言葉だった。家族とは、互いを想い、互いに助け合い、それでいて、心の拠り所。
それを失うことは、どういうことか。
分かってほしい。
「ありがとう。でも、大丈夫」
「うん、二人で生きていくって決めたの。だから、どちらかが欠けるようなことには、絶対ならないわ」
……どうやら、杞憂だったようだ。
もう、彼女らの心は決まっている。
きっと、どんな障害が待っていようとも、乗り越えていける。
二人の笑顔には、そう確信させる何かがあった。
だから、今は見送ろう。
去ってゆく救急車に、大きく手を振って。