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「チッ、覚悟はしていたが……」
「奴らめ、とんだ二次災害を残していきおって」
燃え盛るスーパーを目に、Vice=Ruiner(
jb8212)、エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)は苦々しく呟く。
炎を操るディアボロを退治したのは良いが、飛び火した火災がこれほどまでに大きくなっている。状況は芳しくない。
消防隊が既に鎮火に当たっているが、火の勢いは収まる気配を見せなかった。
「この中に取り残されている人はいるのか?」
消防隊員に、龍崎海(
ja0565)は尋ねた。
もし逃げ遅れが存在しなければ、一刻も早い鎮火を祈るより他はない。だが、そうでない場合は……。
「現在、百名近い人命が取り残されている模様です。突入したいところですが、火勢が強く難航中。弘雄――隊員が一人、強行突入していきましたが」
「早く見つけ出して救助しないと……!」
藍那湊(
jc0170)の言葉が、撃退士一同の心を固めた。
六人の雄姿が、燃え盛るビルを前に映える。
「プロとして歯がゆい限りだが、一刻の猶予もない。常識を超えた肉体を持つ諸君らに期待する。本来、指令の役目ではあるが……」
隊員に代わり、現場の指揮を執る消防隊長が撃退士を整列させる。
決意に満ちた彼らの表情を確認し、隊長は大きく息を吸い込んだ。
「火災指令! ビル火災第二出場、北町ビル。出場隊、撃退一。総員出場!!」
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北町ビルは、地図の上でのスーパーの名前であった。
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)と湊が向かった二階は、主に衣類を取り扱うフロア。
気がかりが、一つ。
「消防の兄ちゃんも世話かかるなぁ、気持ちはわかるけれど俺達がいなかったらどうする気なんだ」
最後の無線の内容から、単身突入していったという消防隊員、入谷弘雄が向かったと思われる階でもある。
昨今の衣服に用いられるポリエステル繊維は耐熱性に優れているとはいえ、ここに要救助者がいるならば危険に変わりない。当然、弘雄の安否も確認する必要がある。
「誰かいませんかー? 助けにきましたよー」
二階に到達すると、湊はすかさず生命探知を以て人命検索に当たった。
要救助者が散り散りになっているようなら厄介だ。が、その心配はせずに済みそうだ。
「どうだ?」
「かなり多くの人が一か所にまとまっているみたい。えっと、こっちの方向!」
湊が指差す。
しかしその道は女性用下着コーナーを横切らねばならず、棚ごと炎上して完全に閉ざされていた。
撃退士の二人ならば強行突破できないこともないが、その後要救助者を伴って戻ってくるのは困難であろう。
「別の道を探すしかねぇだろ。こっちだ」
何とか回り込めないものかと、見取り図を頼りにラファルが駆ける。
二人が使用した階段をぐるりと迂回する。婦人服売り場を経由し、湊が探し当てた要救助者の一団への合流を目指した。
「こっちも炎の壁だ! ラルさん、どうしよう」
「いや、火の勢いはこっちのが弱ぇ。ちょっとどいてろよ、湊。……デストロイモード、起動!」
ラファルの全身から火器が展開。正面で燃える陳列棚を一直線に破壊、一時的な消火を果たした。
●
「駄目だ!」
「えっ?」
仲間が全員突入していったことを確認した鳳 静矢(
ja3856)は、スーパー入口を攻撃することで出入口の拡大を図った。
が、その行動は消防隊に諌められることとなる。
「最悪の場合、崩落して出入口が塞がれる。建物はただでさえ火災でダメージを受けているんだ」
「……浅慮でした。突入します!」
一歩中へ踏み入ると、そこは正しく地獄絵図の様相を呈していた。黒煙は視界を奪い、炎は行く手を遮り、熱気と息苦しさが確実に体力を奪ってゆく。
このような過酷な状況で、人々が取り残されている。急がねばならない。
その時だ。
「ウワァァーーーッ」
奥の方から、悲鳴が響いてきた。それも、一人二人のものではない。
声を頼りに、静矢は走った。
「落ち着け、死にたくなかったら私の言うことを……」
「し、死ぬ!? 死にたくねェよォ!!」
「もう駄目だ、もう終わりだぁああぁあぁ!!」
騒然となる現場を沈めようと、エカテリーナは大声を発する。だが、それが要救助者たちの不安を煽る結果となったようだ。
死。この言葉に反応した人々の絶望は波紋して共鳴し、拡大してゆく。
「何があったんですか?」
静矢が合流し、状況を確認する。
エカテリーナは、黙って床の方を指さした。三メートル四方ほどが瓦礫に埋め尽くされている。
「要救助者と共に屋内消火栓で周囲の鎮火をしていたところで、急に落ちてきた。それでこの騒ぎというわけだ」
「……上で、いったい何が」
彼女は、まだ余力のある要救助者と共に周囲の安全確保に努めていたところだった。
崩落。それは上階で大きな衝撃を生み出す何かがあったか、建造物そのものが限界を迎えようとしているか。その真相を知る由もない要救助者たちは、ただ動揺するより他にないのだろう。
貸与された無線機を取り出した静矢は、すかさず二階に連絡を入れた。
「こちら一階、先ほど中央階段付近で規模の大きい崩落があった。そちらの様子は?」
『下の人をデストロイするとこだったじゃない!』
『うっせーな、しょーがねぇだろ。……あー、進路確保のために破壊消火したんだ。すまねぇ、気を付ける』
やれやれ、と肩を落とす静矢。幸い、この崩落での怪我人はいないようだ。
「焦りは命を削るぞ! もうすぐここから出られる、騒ぐな!!」
エカテリーナの怒声も、要救助者たちの声にかき消されてしまう。
せめて、勝手な行動に出る人物が出ないように気を配らねばなるまい。
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三階、映画館。
ここへ向かった海とViceは、惨憺たる現場を目撃することとなる。
「助けに来たぞ。まずは皆頭を低くするんだ」
天魔の舌にて声量を増したViceが呼びかけると、返事はすぐにあった。
各劇場は完全に閉鎖され、チケット売り場で要救助者たちが途方に暮れていた。階段が焼け落ち、逃げ道を失った彼らに、最早逃げ出す術はない。
撃退士は超人的な跳躍力で三階へたどり着けたが……。
「これじゃ、飛行しての脱出も限界があるな」
「はしご車が回ってくンだろ。それまで待機だ」
要救助者は約三十名。ここは火勢がさほど強くないものの、脱出経路の確保は困難だった。
Viceの言うように、無線で状況を連絡すれば救助が来るだろう。問題は、どうやって外に出るか、だ。このフロアに、窓はない。
ぐるりと周囲を見回す。チケット売り場に並ぶように、フードコーナーがあった。大量に生産されたポップコーンが、ケースから溢れんばかりに詰まっている。
「……念のため、確認しておくべきか」
近寄っていく海は、ポップコーンに手を出さず厨房と思しき奥を覗いた。
ガスコンロのようなものは見当たらない。巨大な冷蔵庫と、いくつもの電子レンジが並んでいるだけだ。
密閉されているのも同然なこのフロアでは、火を使うことはできないのだろう。
大きな危険はなさそうだ。そう判断し、引き返そうとした時だ。
「! 全員伏せろ!!」
視界の隅、無造作に置かれた手持ち式のガスバーナーが見えた。そしてその脇で、食料のような何かが燃えている。
慌てて飛び出す海。
咄嗟に頭を低くする一同。
直後。
爆音。
飛び散る金属片。
交差する悲鳴。
「おい、落ち着け! ルード、非常階段を探してくるんだ、急げよ」
パニックに陥った要救助者たち。
大声で沈めようとすると逆効果だ。Viceはヒリュウのルードを放ち、はしご車が到達するであろう非常階段の捜索にあたらせた。
●
二階へ向かったラファルと湊は、ようやく要救助者の元へたどり着いていた。
「なんだ、消防隊のヤツはここにいねぇのか」
入谷弘雄の姿はそこになく、要救助者たちがエレベーター前で蹲っていた。
呆れたようにため息を吐くラファル。
話を聞くと、このフロアで行方の分からない人がいないかと人命検索にあたっているらしい。
「あっちはプロだから、大丈夫だと思うけど」
それよりも、湊らが優先したのは要救助者の保護だ。
消防隊、つまり火災のプロである弘雄ならば、この状況下でも自らの力で切り抜けるだろう。
そうでない者たち。要するに、要救助者はただ不安と恐怖に苛まれているのだ。彼らの身の安全を確保する方が先だ。
「ともかく、下に降りようぜ。ぼちぼち、出られるようになってるだろ」
ラファルは要救助者たちを立たせていく。
一度に全員を連れていくのはむしろ危険。要救助者は三十名程度。これを十名ずつに分け、順に移動させる算段を立てた。
避難させる者の優先順位は、子供や年寄り、怪我人。
自力で歩くことが困難なものに肩を貸しつつ、ラファルは階下へと移動を開始する。
残る二十名を任された湊は、炎が寄ってこないようクリスタルダストで鎮火を図るも、彼の生み出す氷は実物の炎には効果がないことを思いだした。
その時だ。
「わ、わァァッ」
誰かが悲鳴を上げた。
ハッと振り返る湊。
崩落だ。
天上が落ち、炎に包まれた椅子が落ちてきたのだ。この真上は劇場なのだろう。
場所が悪かった。
大学生くらいの女性が、燃える椅子の下敷きになっている。
「た、助けてやってくれ、誰か!」
男が叫ぶ。当の本人は、その悍ましい光景に腰を抜かしてしまったらしい。
(こ、こわい……! でも、でも)
湊は覚悟を決めた。
恐怖に抗ってでも、助けたい人がいる。
「でぇぇえええいっ!」
椅子を蹴飛ばす。
下敷きの女性。その服に、炎が燃え移っていた。
「カーテンがあったぞ!」
「貸して!」
要救助者の一人が持ってきたカーテンをひったくり、広げて女性に叩き付ける湊。
徐々に炎は勢いを失い、消えた。
「大丈夫ですか、返事を、返事をしてください!」
……無言。
だが、微かに指が動いた。
ラファルが戻るまで、一人で何とかしなくてはならない。
祈るような気持ちで、湊は彼女にライトヒールを施した。
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「チッ、脱出口の確保はまだなのか!」
次第に疲弊してゆく要救助者を目に、エカテリーナは悪態をついた。
彼らのパニックは、収まったとはいえない。この上は、一刻も早い避難を行うより他はない。
「いや、今避難させるのはまずい」
「何故だ」
「我先にと駆け出すだろう。すると、不意の事故が起きやすい」
対比的に、パニックの鎮静化を優先すべきと考えるのは静矢。
しかし、そんな時だった。
『こちら、北町一○三。撃退一○二、及び撃退一○六。北町ビル正面ゲートの鎮火完了。速やかに人命の移動を』
無線が響く。この連絡を耳にした要救助者たちは……。
「聞いたか、助かるぞ!」
「正面はあっちだ!」
己こそが真っ先に脱出を。
興奮冷めやらぬ要救助者たちは、周囲を顧みず走った。
「待て、無暗に動いては……」
静矢の静止も、空しいだけ。
「ボヤボヤするな!」
叫ぶ、エカテリーナの声。
我に返った静矢は、弾かれたように駆けた。
要救助者の安全確保。これが最優先事項だ。
そうでなければ、いったい誰が彼らを守るのか!
ミシリ。
嫌な、音が聞こえる。一も二もなく飛び出す静矢。
「危ない!」
あっという間に要救助者たちに追いついた静矢は、先頭を走る男に飛びつき、力任せに伏せさせた。
直後。
まさに目と鼻の先で、天上が崩れた。ガラガラと音を立て、通路を埋め尽くすように降り注ぐ瓦礫。
あと一秒でも遅れていれば、彼は瓦礫の下敷きとなっていただろう。
「ここを突っ切れば出口だ。躓いて転ばぬよう留意し、瓦礫の上を通って進むぞ」
エカテリーナが指揮を執り、一行は出口へ向かった。
●
Viceの相棒たるルードが戻ってきた。非常階段へ続く扉を発見したらしい。
要救助者たちは、未だに混乱している。
「よくやったぞルード。おい、俺についてこい。焦るなよ」
努めてゆっくり、Viceが要救助者を伴って歩き出す。
逸る気持ちを落ち着かせるため、決して駆けたりはしない。
殿は、海が勤めた。
扉が、開いている。ルードが開けておいたのだろう。
「おぉーい、こっちだ!」
向うから声が聞こえた。既にはしご車が回ってきたのだろう。
希望が見えたと扉に殺到する要救助者たち。
「乗れるのは十五名が限度だ。二回に分けて運ぶから、順に乗ってくれ」
指示を受け、まずはViceが要救助者の半数を連れ立って下へ降りてゆく。
「もう半分は任せたぜ。ルードを残しておくから、何かあったら頼む」
「あぁ」
そうやって見送る海。
それからしばらくして、もう半分の要救助者を回収するべく、消防隊員が戻ってきた。
順に人命を乗せていく。
最後に乗るのは、幼い女の子だ。
「さ、もうこれでだいじょう――」
「あぁーっ、ホーちゃんがいない!」
はしご車へ乗せるべく、彼女を抱き上げようとした海の腕をすり抜ける。
女の子は、なんと燃え盛るビルの中へと駆け戻ってしまった。
「どっ、どうするんですか!?」
「連れ戻します。今の乗員を降ろしてあげてください!」
消防隊員に要救助者を託し、海とルードはビルへと再突入する。
女の子は、すぐに見つかった。
その腕には、ボロボロになってしまったフクロウのぬいぐるみが抱えられていた。
「……友達は見つかったかい?」
「うん!」
「良かった。さ、早く俺と一緒に――」
海が手を伸ばす。その時だ。
ガキッ。
不穏な音が鈍く響いた。
そして。
「なっ」
崩落。床が崩れたのだ。
海と少女を分断するかのように。
女の子は、悲鳴を上げる間もなく落ちてゆく。
「キューッ」
咄嗟に飛び出すルード。視覚を共有していたViceが手早く指示を出したのだろう。
急ぎ、手を伸ばす海。
ルードは少女の手を、海はルードの尻尾を掴んだ。
宙吊りの少女。
「今、引き上げ……くっ」
しかし。
ぷにぷにもちもちの、ルードの尻尾は、滑る。
手をするりと抜け、少女とルードが落下してゆく。
「まだだァッ!」
瓦礫を蹴り、崩落した穴へ飛び込む海。
少女を腕に抱え、陰影の翼を以て二階を滑空する。
正面に窓。
彼女の頭を包むようにして胸に抱き、硝子を突き破って、海とルードはその場を脱出した。
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スーパーの損傷は激しい。ある程度鎮火できたとはいえ、入谷弘雄の姿は見えない。
そして。
「崩れる……」
力なく、湊が呟いた。
正面ゲートで、崩落が発生。脱出口が、閉ざされてしまった。
土煙が、ビルの姿を隠す。
「弘雄ォッ!」
「入谷さん!!」
消防隊員たちが悲痛な叫びを上げる。
「探して……やりゃあ、良かった、のか」
ラファルが悔しそうにポンプ車を殴りつけた。
もう、あの消防隊員は助からない。
誰もが悲しみに暮れた時だった。
「いや。見ろよ、あれ」
Viceがビルを指さす。
土煙が収まってゆく。
そして、そこには。
「北町一○八、北町ビル、人命検索及び救助、完了――!」
小さな少年を背負って現れた若き消防隊員の姿。