●
通報を聞きつけ、直ちに出撃した撃退士たち。
事前の情報によれば、敵は巨大なゴリラと、やはり巨大なミミズクだという。
どちらも野生の動物としては森の賢者と呼ばれる生き物だ。ヤツらはモリノケンジャーズなどと名付けられ、ミミズクがゴリラの肩にドッキング(ただ掴んでるだけ)した状態のことを超絶合体モリノケンジャーと呼称されることになった。
どこの誰がそんなイマイチなネーミングセンスを発揮したのか知らないが、これに胸をときめかせる者があった。実に驚愕すべきことであるが。
「新作のロボット物か? 乗れるのか!?」
「変形はしてねぇが合体ロボってなところか……存分に遊べそうだ」
ミハイル・エッカート(
jb0544)、そして甲斐 銀仁朗(
jc1862)の両者である。
転移装置を抜けた彼らは、現場へ急行する道すがら、ニタニタと頬を緩ませていた。
合体。それはロマン。少年時代に誰もが憧れを抱いたであろう強大なる雄姿。その姿を、今、この目に……!
「はぁ……。これだから男は」
「お仕事だってこと、忘れないでくださいね」
嘆息するアサニエル(
jb5431)にRobin redbreast(
jb2203)。
女には理解しがたいこの感覚。この躍動感。Wild&Toughnessを持ち合わせたこの響き。
抑えきれないワクワクとドキドキ。幼い日のあの興奮を呼び覚まされた二人を、どうして諫めることができようか!
「浮かれるのもいいけど、オッサンは初仕事なんだからほどほどにな」
「オッサンではない。まだ三二だ」
ジョン・ドゥ(
jb9083)の指摘が正しいのかどうか。その判断は読者諸兄に委ねるとしよう。
●
現場ではモリノケンジャーズが我が物顔で練り歩いていた。
最早動かぬ羆の体を弄ぶのも飽きたゴリラは、ショーウィンドウに覗く小奇麗な洋服を興味深そうに覗いている。
ミミズクの方は死肉を貪り、一時の食欲を満たしている。
警官を初めとする人間たちは既にどこかへと姿を消しており、彼らも顕示欲を示そうにも対象がいない。退屈しているのだ。
撃退士が到着したのは、そんな時だった。
「なんだ、ロボットじゃないのか」
「そう情報にあったじゃないか」
心底ガッカリした様子のミハイルに、アサニエルは嘆息。
むしろあの情報で敵がロボットだと考える方が難しいだろう。
だが、反論はあった。
「確か、アニメーションであったなぁ。ほら、動物の形なんだけどロボットなヤツ。なんだっけ、ビースト――」
「くるよ、構えてください」
記憶をたどり始めた銀仁朗を遮り、ロビンがカマエルの紋章を手に戦闘態勢へと移行。
こちらに気づいたミミズクが突進してきたのだ。
次々と光纏する撃退士たち。
「やれやれ、まずは挨拶といこうじゃないか」
滅魔霊符より光の玉を飛ばすアサニエル。
だが、直撃する間際、ミミズクは体を傾けてその一撃をかわした。
「……結構すばしっこいね。気に入ったよ、あいつはあたしが殺る」
「なら、援護させてもらうよ、姐さん」
少なくとも外見の年齢では上に見えるミハイルに言われたからか、アサニエルはややムッとした表情を見せる。だが、いちいち小言を言ってもいられない。
ミミズクが反転して再び襲いかかってきたのだ。
加えて。
「こっちはあたしが対応するよ」
「力比べだ、相手に不足はない」
彼らを振り返ったゴリラも突撃してくる。この対応にはロビンとジョンが回った。
「んじゃ、俺はどっちつかずの蝙蝠さんってことで」
「敵にはつくなよ?」
「……そりゃもちろんで」
有名な童話によると、鳥と獣が戦争をした際、両方に取り入ろうとした蝙蝠は、最終的にどちらにも仲間として認めてもらえず孤立した。
ここで銀仁朗がいう蝙蝠というのは、上手く立ち回ってゴリラ対応、ミミズク対応の両班をバランスよく援護しようというもの。
これをジョンは皮肉ったのだ。
●
「俺がヤツの気を引く。頼んだぞ姐さん」
「その呼び方はよしとくれよ」
飛来するミミズクを威嚇しつつ、ミハイルとアサニエルが散開する。
相手は巨大だ。一か所に固まっていればまとめてやられる。
注意を引くのはミハイルが引き受け、アサニエルの方はミミズクを地に落とすことに専念。
互いに了承し、魔銃の照準を合わせたミハイルは不敵に笑んだ。
「避けたらただのディアボロにするには惜しいぞ」
破魔の射手、発動。威力を増幅した聖なる光が、銃口から放たれる。
だが。
「ホーッ」
翼の微調整で避けられた。
敵はアサニエルの方へと向かっている。
「あたしの挨拶を無視した罰さ。ちったぁ反省しな!」
衝突する瞬間。 滅魔霊符から光弾を放つ。
この至近距離。今度はかわされない。
だが。
「ぐ……っ!」
手ごたえは確かにあった。
しかし翼に腹部を打ち付けられたアサニエルは堪らず悶絶。あまりの衝撃に息が詰まる。
「チッ、立て直すぞ。おい銀仁朗、フォローだ」
「任せなよ。そら、こっちは行き止まりだ」
銀仁朗は影手裏剣を放ち、ミハイルは射撃でミミズクの軌道を遮る。
しかし、翼を小さく傾けるだけでかわされてしまう。
よほど器用なのか……いや、違う。
「そうか、分かったぞ!」
ミミズクの動きを見て、銀仁朗はその特徴に気づいた。
確かに敵はギリギリで攻撃を回避している。それには理由があるのだ。そうせざるを得ない理由が。
「ヤツは直線的にしか飛べない。方向転換が苦手なんだ」
「ってことは……」
「あぁ、ど真ん中を狙ってやりゃいい」
●
ゴリラの突進を正面から受け止めたジョンは、筋組織がブチブチと音を立てるのを聞きながら、それでも愉悦に浸った笑みを浮かべていた。
百獣の王。その名を戴くジョンは、獣とのぶつかり合いに本能的な喜びを感じていたのだ。
「どれ、手合わせ願おうか……!」
獅子のような咆哮と共にゴリラを押し返せば、ゴリラも負けじと力を加えてくる。
やはりその容姿と体格はこけおどしではない。
膝が沈み、潰されてゆく。
押し負ける……。純粋な力では、太刀打ちできない。
そうジョンが悟った時。
「ウホぉっ!?」
ゴリラが悲鳴を上げて仰け反った。
敵の脇から、見える。
カマエルの紋章を掲げ、光の剣を飛ばしゴリラの背後を不意打ちしたロビンの姿が。
「ふん、残念だったなゴリラさんよォ。俺一人が相手なわけじゃ――」
ニタリと笑みを浮かべたジョンは、直後、驚愕の表情を強制された。
苛立ったゴリラがジョンを持ち上げ、そのまま背後のロビンに投げつけたのだ。
「え、嘘……」
突然のことで、ロビンも反応しきれない。
剛速球の勢いで飛んでくるジョンが激突し、そのまま沈み込む。
「い、てて……。悪い、大丈夫か?」
衝撃にくらくらする頭を振り、のそりと起き上がったジョン。
幸い、ロビンに大きな怪我はなさそうだ。顔に傷もついていない。
多少打ち付けたところは痛むだろうが、戦闘には支障なさそうだ。彼女もまた、すっと立ち上がったのだから。
「ちょっと痛い、かも」
だが、痛いものは痛い。無機質な声色でそう言った彼女。
ジョンは少しバツが悪そうに頬を掻く。
「でも、平気。まだ戦える」
「そっか、じゃあ詫びは後だ!」
振り返り、構える二人。
敵は己の力を示すかのようにドラミングしている。
挑発のつもりだろうか。
「いやぁ、羨ましいねぇ」
「うっせぇよオッサン!」
のそっと近づいてきた銀仁朗が笑いを堪えながら茶化す。
何も好きで投げられたわけでもないのだ。少し不機嫌そうなジョンだが、そうしたやり取りばかりもしていられない。
「まぁ、そんなことより。ほら、来るよ」
彼が指さしたのは、ゴリラではない。上空。
翼を大きく広げたミミズクが飛んでくるではないか。
「あっぶね!」
慌ててしゃがんで回避するジョン。
だが、敵はジョンを狙ったわけではなかった。
ミミズクはそのままゴリラの方へと飛び、その肩に止まった。
「ついに、完成してしまったか……」
銀仁朗が帽子を深く被り、呟く。
「あぁ、生まれるぞ。二体の森の賢者が手を取り合うその時、奇跡は起こる」
合流したミハイルも、ごくりと唾を飲んだ。
ミミズクは大きく翼を広げ、ゴリラと共に飛翔する。
その姿は、雄々しく、そしてどこか神々しくさえ見えた。
一つとなったミミズクとゴリラ。この雄姿こそまさに、
「「超絶合体モリノケンジャー!!」」
「付き合ってらんないよ」
興奮する二人の男を尻目に、アサニエルはもう何度目とも知れないため息を吐いた。
●
作戦は先ほどと変わらない。
ミハイルが敵の気を引き、アサニエルが敵を地に叩き落す。
そこを正面からジョンが、背面からロビンんが仕掛け、銀仁朗は各担当の援護。
ともかく敵を落とさないことには始まらない。
「一人じゃ手が足りないだろ? 俺もやるぜ!」
しかしジョンは翼を用いて飛翔。モリノケンジャーに正面から突っ込んでいった。
「ふっ、若いって、いいものだな」
「精神年齢じゃ負けてないだろうさ。いいからさっさと行きな」
哀愁漂うナイスミドル気分に浸るミハイルの尻を叩くアサニエル。
仕方なしといった具合で前へ出ると、ジョンが敵から離れた瞬間を狙って射撃する。
絶え間なく攻撃に晒されるモリノケンジャーだが、多少の攻撃に怯む様子も見せない。
「頑丈だな、だが打ち砕いて――」
渾身の力を籠めて拳を振るうジョン。
だが空振りに終わった。
勢いを付けたモリノケンジャーはジョンの脇をすり抜け、急降下していった。
「チッ、いい度胸だ。おい姐さん!」
「冗談!!」
近すぎる。
狙われているのはミハイルだ。敵との距離が近く、隙を見つけられない。
「構うな、上手く避けぐっ!」
躊躇した一瞬。
モリノケンジャーがミハイルを掴んだ。
そしてそのまま飛び上がっていく。
「叩き落して……」
「ダメだお嬢ちゃん。一歩間違えたら、ミハイルが危ない」
進み出たロビンを銀仁朗が諫める。
撃ち落としてしまえば活路はあるが、しかし仲間を犠牲にするわけにはいかない。
「くそっ、放せってんだ!」
「ウホッ、ホッホ!!」
もがくミハイルに応えるかのように、ゴリラは両腕を大きく振りかぶった。
そして……ありったけの力で投げつけたのだ。
「ミハイルがミサイルにィ!?」
叫んだ銀仁朗にミサイル――もとい、ミハイルが激突する。
これぞ必殺、モリノケンジャーミサイル!!
「隙を見せたあんたの負けさ。空もいいけど、地面も捨てたもんじゃないよ。ほら、特別にキスさせてやるさね」
だが隙はできた。
アサニエルがアウルで紡がれた鎖を放つ。
さっき銀仁朗が気づいた通りだ。あのミミズクは飛行パターンが単純。狙いやすい。
まして、あんなに巨大なゴリラをぶら下げているのだ。回避能力は極端に低くなる。
「ホッ!?」
鎖に絡めとられたミミズクは力を失って落下。
ゴリラも打ち所が悪かったのか、悶絶する。
「く、てて……。おい銀仁朗、ケガしてな――」
投げ飛ばされたミサ――ミハイルが救いを求めて手を伸ばし、掴んだもの。
それは銀仁朗を象徴するアレ。
凛々しくも雄々しいその姿。。
触れて初めて知る、奇跡の感触!
「女はともかく、男に触られる日が来るとは、思わなかったぜ?」
「俺だって触りたくもねェよ!」
もちろん、ミハイルが掴んだのは銀仁朗の特徴的なアフロでした。
「ま、とりあえず元気そうでよかったね」
付き合いきれないアサニエルは、モリノケンジャーズにトドメを刺すべく構える。
その隣で、ロビンは妙に満足げな表情をおしていた。
「あの二人も、私とおんなじ」
「意味わかって言ってんのかい? そんなことより攻撃さね」
「……うん、そう、ですね」
妙な親近感を抱けたことにどこか嬉しそうにも見えるロビンは、ようやっと立ち上がったゴリラに八卦石縛風を放つ。
澱んだオーラがゴリラにまとわりつき、次の瞬間には砂嵐が吹き荒れた。
完全に囚われたゴリラ。砂嵐が数瞬の後にやむと、敵は見事な石像となって現れた。
「へぇ、やるじゃないか。そんじゃ、後は……」
アサニエルとロビンが一斉に身動きできぬミミズクに攻撃を叩き込んでゆく。
翼を封じられたミミズクには為す術なく、その命を散らした。
そして。
「跪け!」
石と化したゴリラを、ジョンの拳が打ち砕いた。
町を脅かしたモリノケンジャーズも、こうして駆逐されたのである。
●
「良かった……。建物に、被害はないみたい」
戦闘の後始末をしながら周囲を見回したロビンは呟いた。
町中で周囲にはビル群。もしもミミズクへの対応で下手を打っていたら、何かしらの被害が出ていたかもしれない。
何事もなくて安心したロビンは、ホッと胸を撫で下ろす。
「よう。さっきはその、悪かったな」
そういえば。
ジョンが先ほどのことを詫びる。不可抗力とはいえ、上手く回避できていれば、ロビンを巻き込むことはなかったはずだ。
「? ……あぁ、大丈夫です。ちょっと重かっただけ、ですから」
「そ、そうか。本当に怪我とか、してないよな?」
元凶はあのゴリラだ。
とはいえ、そのせいばかりにもできない。
戦闘によるダメージはあるものの、大きな怪我などはしていないその様子に、ようやくジョンは一息つくことができた。
「なんだ、その、悪かったな」
「なかなかショックだったぜ? あぁー、もうお婿に行けねぇ」
一方で。
ジョンと同じように、ミハイルも銀仁朗に詫びを入れていた。
お婿に行けないはかなり強引なこじつけだが、きっとアフロのセットには相当な手間がかかるのだろう。
自慢の髪に手形をつけられたのが残念、という気持ちはあるのだろうが、これを面白がった銀仁朗はというと、大げさに悲しんでみせる。
「こうなったら、ミハイルのミサイルも同じ目に……」
「なッ! まだそれを言うか! というよりミサイルってどういう意味だよ!」
「いい加減にしなよ、大の男がみっともないね」
冗談ばかり言い合う二人に、見かねたアサニエルが割って入る。
正直、見ていられない。
ふと笑んだ銀仁朗はふらりと手を振って、先ほど倒したモリノケンジャーズに近寄っていく。
「ケッ、壊れちまいやがった……もうちょっと遊べるとは思ったんだがな」
「よせ。もうあんなミサイル気分はごめんだ。ついでにゴリラはもう見たくない」
かつて出会ったゴリラ型の敵。今回と違い、当時の敵は何をしてきたか。思い出すだけでもミハイルはゾッとした。
しかしそんなことも知らない銀仁朗はまたニタニタと笑った。