●
「随分早かったじゃねぇか。女絡みとなると目の色変えて、ってか?」
「黙れ! 里奈を、返してもらう」
廃倉庫。
奈落会所属の武麗奴は、村方里奈を人質に、一様に下卑た笑みを浮かべる。
到着した一蓮組の大石昌吾は、おちょくるような態度の彼らを一喝した。
武麗奴トップ、三浦伸治は笑みをその顔に留めたまま、昌吾を見据え、そしてその背後にいる武藤健蔵を見やった。
「用心棒つきってワケか。だがな、たった二人でどうするってんだ、ア?」
一蓮組は二人、対して武麗奴は十二名。
この事実を確認した武麗奴の一同はまた笑みを浮かべた。勝利を確信しているのだろう。
(圧倒的に一蓮組が不利そうね……)
積まれた小麦袋に身を隠したヴェス・ペーラ(
jb2743)は、二つの組織が今にもぶつかりそうな様子を観察していた。
彼女は風紀委員に依頼され、この抗争を鎮圧すべく派遣された学生である。
同じく、今回の鎮圧活動に参加した学生が数名おり、中でもヴェスは物質透過能力を用いて倉庫内に潜入して様子を探る役割を担っていた。
相手は多数。下手に突撃すれば、ただ乱戦となるのみ。まずは状況を把握し、下準備を整えた上で鎮圧に当たる必要があった。
(あっちに縛られているのが、里奈という人質の子ね。救出してあげたいけれど……どうしたものかしら)
ヴェスは悩んだ。というのも、この廃倉庫へ向かいながら仲間と相談して決めた作戦が、躓いてしまったからである。
●
「あー、面倒くせえ」
「ふふ、残念だったわねぇ」
廃倉庫の外、嶺 光太郎(
jb8405)はボヤく。
そんな彼を光藤 姫乃(
ja5394)が茶化すが、光太郎は努めて無反応を装った。面倒というのもあるが、この女――いや男に正面から反応を返したら何か良からぬことになるのではないか、とその肌に感じたからだ。
それはともかく。
「アテが外れた……」
ヒビキ・ユーヤ(
jb9420)が口にしたのは、打ち立てた作戦が躓いたことに対してのこと。
彼女、ヒビキと光太郎は、ヴェスとは別の経路から廃倉庫へ侵入し、中の様子を探る。そしてヴェスが人質を救出するのと同時に鎮圧へ動き、他の仲間が廃倉庫へ突入する時間を作り、奇襲を以て場を制す。
これが、作戦であった。
しかし、誤算だったのだ。
この廃倉庫、物質透過ならばともかく、生身のまま侵入するには、大きな問題がある。それは、どこから侵入するか、ということだ。
直接的な出入り口は一つ。車両も進入できるようにと設けられた大扉だ。これを開ければ、中の人物の目につく。それでは意味がない。
出入り口はあと二つある。一つは非常口。しかしここは施錠されており、これを無理に破壊するわけにもいかず、発見される危険がある以上、先に潜入したヴェスに開けてもらうわけにもいかない。もう一つは廃倉庫に直結した事務所から入れそうなのだが、こちらもやはり施錠されている。
この二つの出入り口にしても、廃倉庫の持ち主に鍵を借りに行く時間はない。
そこで、作戦は、急遽ヴェスに様子を探ってもらい、機を見て正面から突撃する作戦へと変更になったわけだ。
「合図は、まだか……」
「きっともうすぐだよ。相手の人数に関する情報は届いたし、後は人質救出の連絡さえあれば」
組んだ腕のまま指を泳がせ、神埼 晶(
ja8085)は睨みつけるようにして廃工場の正面入り口を見据えていた。
これを制止するように、スマホの画面に目を落としたのは黒須 洸太(
ja2475)だ。武麗奴十二名、一蓮組二名。たった六人で、この抗争を鎮圧せねばならない。
合図があるまでただ待つしかない状況に気持ちは焦る。
だが、万全を期するならば、待つしかないのだ。
●
廃倉庫内では動きがあった。
伸治以外の武麗奴メンバーが木材や鉄パイプを手に、一蓮組との距離を詰め始めたのだ。
しかし、昌吾も、健蔵も、これに動じず、里奈を返せと訴えていた。
必然、人質である里奈の近くには伸治だけが残る。
ヴェスは、これを好機と捉えた。
物陰を渡り歩き、倉庫奥へと移動する。恐らく、誰にとっても死角だ。この位置からならば、伸治の動きさえ止めてしまえば里奈を救出することが可能だ。
「そんなに返してほしけりゃ、返してやるよ。テメェらをボコった後でな!」
伸治が怒鳴る。
これを合図に、武麗奴の面々が一斉に一蓮組へと踊りかかった。
このタイミングを、ヴェスは見逃さない。
「そこまでです!」
仲間へ電話をかけ、そのままスマホを放ったヴェスは物陰から飛び出し、髪芝居で伸治の気を引いた。
「な、うぉっ!?」
一瞬の隙を突き、ヴェスは投げつけるようにザインを投げ、怯んだ伸治の体に腕を回し、ザインを巻きつけた。
縛る暇はない。相手の動きを一時封じたこの間に、彼女は捕らわれの里奈へと駆け寄る。
里奈は口にガムテープを貼られ、後ろ手に縛られていた。この腕を縛る荒縄をカッターで急ぎ切断したヴェスは、彼女を抱き抱えて出入り口へ走る。
「誰だテメェ! その女をよこせ!」
「クソッ、健蔵、この場は任せる!」
武麗奴の半数、そして昌吾は狙いをヴェスに定めて地を蹴った。
廃工場を出るには、こうした不良連中を掻い潜って走らねばならない。どこかで捕まるのがオチだろう。
しかし、その瞬間、廃工場の大扉が開かれた。
「さ、暴れてやる!」
廃工場へ踏み込んだ晶は、一も二もなく駆けた。
これに追随するのは、姫乃、そしてヒビキ。
三人は目に着いた近くの不良から片付けにかかる。その中には、健蔵も含まれていた。
「無粋なマネしやがる。これは、俺達の問題だ。横槍入れるんじゃねぇよ」
「若い……若いわぁ……。貴方のような無骨な男って、ス・テ・キ♪」
これに目をつけたのは姫乃だ。
健蔵の放つ漢の香りに当てられ、姫乃は是非拳を交わさんと意気込む。
しかし邪魔が入った。
「余計なことしてんじゃねェ!」
「雑魚は引っ込んでやがれってんだゴルァ!」
木材を手に姫乃へ襲いかかる武麗奴の男。
しかし機嫌を悪くした姫乃は、さっと一撃をかわし、擦れ違いざまに鳩尾へ深く拳を突き入れる。
男は胃酸をも吐き出さんばかりの形相で目を見開いたかと思えば、そのまま気を失って地に伏した。
「あらヤダ私ったら! んもう、レディに対しておイタしちゃダ・メ・よ♪」
「何やってんですかね」
ヒビキは嘆息。そんな彼が羽織るのは、番長を想起させる黒のコート。背には深夜会特攻隊長の赤き文字。
相手は不良グループだ。気持ちで負けてはいけないと彼女が自ら用意したものだった。
「ガキが調子こいてんじゃねェ! 何が特攻隊長だ!」
武麗奴の男が鉄パイプを振り上げる。
しかし小柄な体格を活かしたヒビキは、転がるようにして攻撃を避け、すぐ脇に見つけたドラム缶を抱えて飛翔した。
「徹底的に、相手の邪魔をするのが、私のお仕事。そして、これが……」
叩きつけるように、ヒビキはドラム缶を地へ投げた。
武麗奴の男二人が逃げ遅れ、下敷きとなる。ダメージは甚大だ。
「特攻feat.ドラム缶」
特攻したのはドラム缶であるが。
一方で、ヴェスは男たちに追い回され、だんだん隅へと追いやられていった。
里奈を抱えたままでは、相手の足を振りきることは出来ない。武麗奴の男達が、ヴェスへと迫る。
その時だ。
「卑怯だね」
声と共に、廃工場上部に取り付けられた窓をかち割って降り立ったのは洸太だった。
ヴェスと、武麗奴達を隔てるように着地した彼は、膝の埃をはたきながらゆっくりと立ち上がる。
「んだと!?」
「か弱い女性を盾にしなきゃ粋がることも出来ない君達は、卑怯な臆病者だ」
頭に血が上った男が、木材を手に洸太へと迫った。
これを腕から肘にかけて滑らすように受け流した洸太は、膝を相手の腰に叩きつけた。
「今の内に」
「はい、ありがとうございます」
ヴェスは里奈を抱えたまま倉庫の外へ。
これを追わんとした武麗奴の面々を遮ったのは、洸太が割った窓ガラスから降下した光太郎だった。
「ったく、奇襲を手伝ってすぐこれか。面倒くせえ」
「邪魔すんじゃ――」
「あー……ハイハイ」
迫る男に回し蹴り。
その隙に、ヴェスは廃倉庫の外へと逃げ出した。
旗色が悪いと見た武麗奴の伸治はようやくザイルを振りほどき、近くのフォークリフトへと乗り込んだ。
「よくも邪魔してくれやがったな、覚悟しやがれ!」
フォークリフト、始動。狙うは晶だ。
フォーク部分の間に彼女を挟み、どんどん壁際へと追い詰めてゆく。
「どうだ、思い知ったか!」
「はぁ……呆れるわ」
小さく息を吐いた晶は、するりと身を屈めてフォークリフトから脱出。
そして伸治の脇へ回り込むと、飛び蹴りをかました。
へぶ、と声を漏らし、伸治はもがく。
「サーバントやディアボロの攻撃に較べたら、どうってことないわよ」
「畜生が……。おいテメェら、なりふり構ってらんねぇ、殺っちまえ!」
怒りに任せて、伸治は棍棒型の魔具を取り出した。
これに感化され、四名にまで減った武麗奴の面々が各々の魔具を構える。
「喧嘩にV兵器を使うなんて、無粋な連中ね」
そうは言うものの、晶の口元には笑みが浮かんでいる。
喧嘩だ。強き者が勝利する、単純な闘争。これこそが、晶の求めていたものだ。
ホルスターからリボルバーを抜く晶。
突き出される伸治の棍棒。
華麗なステップで回避。
身をよじったままに狙いをつけ、晶はトリガーを引く。
伸治は棍棒を盾代わりに受け流した。
晶の背後を、武麗奴の別の男が狙う。
隙アリとばかりに剣を振り降ろそうとする男の頭で、スパーンと小気味のいい音が響いた。
「ででーん、あうとー」
ヒビキが魔具でもあるハリセンで、男をひっぱたいたのだ。
これに打たれた男は、ぐるりと白目を剥いて倒れた。
丁度その時、光太郎、そして洸太が他の武麗奴構成員をダウンさせていた。
残るは武麗奴の伸治、そして一蓮組の二人だけ。
「クソが、こんな、こんなァァ!」
「何もしてない女の子に怖い思いをさせるのは、男としてどうかと思うのよねぇ」
雄叫びを上げる伸治に対し、姫乃は自身のこめかみをつんつんと指先でつつきながら呟く。
「うるせぇ、うるせェ!」
「うるさいのは貴方の方よ」
晶を無視し、伸治は棍棒を振りまわして姫乃へと襲いかかった。
これをするりとかわす姫乃。
擦れ違い様、姫乃は伸治の襟を掴んだ。
「ぐぇッ!?」
「ほーら、トんじゃいなさいな♪」
そして背負い投げ。
中空へ放られたその身を、晶は逃がさない。
「観念しなさい! でやァァーッ!」
加速をつけて跳び上がり、その勢い全てを乗せた見事な蹴りが伸治の顔面を捉えた。
その身が地に落ちるのを待たず、伸治の意識はそこで途切れた。
●
「礼は言ってやる。だがな……」
武麗奴が倒れ、残ったのは昌吾と健蔵。
奇しくも、彼ら一蓮組は傷つくこともなく武麗奴から里奈を守ったことになるわけだが、昌吾は納得しなかった。
「俺達の問題だ。里奈は俺が救ってやらなきゃならなかったんだ。だから、俺のココが、お前らを許しちゃおけねぇんだよ!」
自らの胸を叩く昌吾。
そんな彼を、洸太は鼻で笑った。
「くだらないね」
「何だと!」
「だってそうだろう? 君達は撃退士でありながら、こんなところでくすぶって、小競り合いをしている。そんな小ささが、あの女性を危険に晒したんだ。それで誰かを救うだなんて、よく言えたものだね」
彼の言葉は厳しかった。
言い過ぎでは、とヴェスが眉尻を下げたが、洸太はそれに構わない。
次の言葉を放とうとする洸太。
それより先に口を開いたのは光太郎だ。
「折角終わったってのにこれ以上面倒起こすなよ。もういいだろうが」
「ボクは、相手がコトを構えないのならこれ以上争うつもりはない。だけど気に食わないね。一蓮組だかなんだか知らないけど、そんな組織なんて捨てて、まともな撃退士として生きるっていうなら、ボクから言うことはないけども」
洸太は肩を竦める。
これに昌吾は何か言い返そうとするが、言葉が出ない。
そんな時に、健蔵が一歩進み出た。
「悪いが、俺はそう簡単に組を捨てれねぇ。……事情を理解しろとは言わない。だが提案させてくれ」
健蔵は一度言葉を切ると、すっと目を細めた。
「里奈はお前たちが救った。だから里奈は、お前たちの手中にある。……一対一だ。誰でもいい、サシで俺と勝負しろ。里奈を賭けてだ。俺が負けたら、お前らの言う通りにしよう」
「結局ケンカですか……」
ヒビキは思わず嘆息。
洸太は眉を釣り上げたが、声を大にしたのは姫乃だ。
「いいわ! 私と勝負しましょう」
「勝手に決めないでくれよ」
「いいじゃないの、結果がどうなっても、貴方は何も損しないのだから」
こう言われては、洸太はもう何も言えず、この勝負を黙認するしか出来なかった。
●
勝負の結果は、健蔵の勝利だった。
いや、正確には違うのかもしれない。
勝負に臨んだ姫乃は先手を取って拳を振るった。
これを避けた健蔵だが、その際にシャツのボタンが飛び、隆々とした筋肉が露出。
「ヤダ、ステキ……」
と頬を染めた姫乃。
その隙に拳を突きつける健蔵。
「あぁん……ッ! 私、あんッ、突くのもイイッ、でも、突かれるのも、うぅ……んっ」
妙な声を出し始めた姫乃は、最早喧嘩どころではなくなってしまったというのが正しい。
これにより、里奈は一蓮組が取り戻した、ということになったわけだが……。
「あー……俺ら風紀委員から言われて来ててよ。悪いがこいつらと一緒に連行されてくんねえか?」
全てが終わると、ヴェスが風紀委員に連絡を入れた。
その間に、光太郎が武麗奴達を見やりながら一蓮組に言葉をかける。
この後、武麗奴ともども一蓮組の二人も風紀委員によって指導される手はずとなっている。
「どう、今回はおとなしく風紀委員会に出頭する気はない?」
「里奈の安全は保証されるか?」
晶が口にすると、昌吾は質問で返した。
「里奈さんは被害者ですので、当然、安全のはずです」
「もちろん、指導なので、組を潰すってこともない、と思います」
これにヴェス、そして補足するようにヒビキが答えると、昌吾は安堵したようだった。
廃倉庫の外を見る。
遠くから、数人の影が走ってくるのが見えた。恐らく風紀委員会の者だろう。
「……世話になった」
「奴らの指導に納得がいったら、生き方を考えてもいい。じゃあな」
一蓮組の二人は、自ら、近づいてくる影の方へと歩きだした。
間もなく陽が落ちる。
撃退士達は、その背を各々の感情を胸に抱きながら見送った。
そして振り向く。
未だ気を失ったままの武麗奴連中。
「次は、これの片付けね」
姫乃が発したその言葉は、撃退士達の溜め息を誘ったのだった。